産声よ、世界中に響け
キャラクターノベル制作 赤坂納品 2022年06月08日 09時19分12秒
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『――勇者が天高く掲げると、剣は眩く輝いた。雲が割れ、白光と共に燃ゆる体の怪鳥が現れた。勇者の傷付いた胴を掴むと、鳥は雄叫びを上げながら飛び去ってゆく。北へ、北へ……』
幼い少女は本を閉じると、自分の胸に手を当てた。とっ、とっ、とっ。心臓が早鐘を打っている。
大きな表紙に視線を向けると、雄々しい勇者の挿絵に目が留まる。少女は勇者の姿を見つめながら、瞳の奥で冒険譚を反芻する。鼓動が一際早くなった。
吐息が震える。
言葉が出ない。
勇者の冒険は、何よりも彼女の胸を躍らせた。その感情を表す言葉は人により様々だが、例えば気取った詩人ならばこのように嘯くものかも知れない。
少女は、冒険譚に恋をしたのだ。
●
リーンエス王国に連なる都市の一つに、『アヴィーレ工房』は在った。革細工専門の、小さい工房だった。
ある日の朝、工房を切り盛りするアヴィーレ夫妻が目を覚ますと、けたたましい叫び声が家中に響き渡る。
「できたぁ〜〜〜っ!!」
夫妻は顔を見合わせると、作業場に足を踏み入れた。果たして開口一番、主人が口にしたのは、ため息混じりの言葉である。
「ガレナ、またお前は……」
彼の視線の先にあったものは、愛娘の満面の笑みであった。
娘は、名をガレナといった。
「勿論うちだ! こんな剣を打てるのは、うち以外にいるわけないね!」
自信満々に告げながら、ガレナはやんちゃな仕草で一振りの剣を突き出した。まるで男のような立ち振る舞いと、短くクセのある黒髪が、少女の性別を曖昧にさせている。育て方を間違えたかしら……という心配の眼差しを妻が向けていた。
「剣か……。む……」
剣を受け取りながら、主人が苦い顔をする。ガレナの自信に満ちた顔は、煤で黒々としていた。その背後には、やはり煤まみれの炉と金床がある。ガレナたっての希望で作業場の一角に簡単な鍛冶場を拵えたが、今となっては後悔ばかりが募るのだった。
「ガレナ、うちは革細工の工房でな」
「うん!」
「鍛冶より、革細工の練習をな」
「うん」
「非力なハーフリングに、鍛冶は向かないしな……」
「うん……でもうち、一応授恵者だし……それに」
徐々に目を伏せるガレナだが、意を決して言葉を続けた。
「うち、鍛冶師になりたいんだ。冒険譚に出るような、すっごい剣を打ちたい。いつかうちの打った剣で、勇者が冒険を……」
「ガレナ、鍛治はドワーフの仕事だわ。ご覧、あなたの作った革細工、とっても刺繍が綺麗じゃない」
今度は妻がポシェットを手に優しくガレナに語り掛けた。なるほどそれは良い出来だったが、ガレナは納得がいかなかった。
「種族がどうとか、そんな理由……よく分かんない!」
ムキになってそう言い放つ娘を前に、アヴィーレ夫妻もまた、どう接するべきか分からず困惑していた。
●
革細工をやらせたい両親と、鍛冶師を目指したいガレナの攻防は、暫く続いた。
「見てよ、この斧!」
「革細工をな」
「良い槍が打てたと思うんだけど!」
「革細工をね?」
「どうだ、この短剣!」
「革細工を……」
「剣!」
「革細工ぅ!」
何度突っ撥ねられても、ガレナは折れなかった。それほどまでに、幼い頃に読んだ冒険譚への憧憬が強かったのだ。
一方、両親の考えも変わらなかった。伝統を第一とする王国の気風が、彼らにはすっかり染み付いていた。
打てども認められぬ日々を過ごし、さしものガレナの顔も曇り始めた頃……転機が訪れた。
「もし。このポーチを作られたのは、こちらの工房かな」
ある時、唐突に工房を訪れる者があった。出迎えたアヴィーレ夫妻は、二つの事に驚いた。
まず、その者は貴族であり、位は伯爵であった。
そして、伯爵が持つ革細工は、ガレナの作であった。
すぐにガレナも呼ばれ、三人で伯爵の話を聞く。
「いや、何、この素晴らしい刺繍が気に入りましてな。ひとつ、モノは何でも良いので、同じ職人の手で自信作を作って頂きたい」
恐縮しっきりの夫妻をよそに、ガレナは少し考えてから問うた。
「自信作なら……何でも良いんですか?」
伯爵はこれに頷くと、細々とした相談をした後、早々に馬車で立ち去ってしまう。
後に残された夫妻は、大喜びでガレナを激励した。
「良い革細工を作るんだぞ!」
「うん」
その夜、遅くまで考え事をしていたガレナは、両親の寝室を横切った折に、彼らの話し声を聞いた。
静かにドアに耳を当てると、会話が耳に入って来る。
「あなた、ガレナは……伯爵に剣をお出しするつもりかもしれないわ」
その瞬間、ガレナの心臓が跳ねた。確かに、ずっと考えていた事だったからだ。
伯爵への問いの真意は、そこだった。自分が最も自信を持てるものは、革細工ではなく剣なのだ。
「分かっている。だが、許すわけにはいかん」
主人の苦悩に満ちた声が続いた。
「僕は鍛冶師じゃないが、良し悪しは分かる。ガレナの鍛冶は、革細工に比べて余りに未熟……。伯爵は満足しないだろう」
『――勇者が天高く掲げると、剣は眩く輝いた。雲が割れ、白光と共に燃ゆる体の怪鳥が現れた。勇者の傷付いた胴を掴むと、鳥は雄叫びを上げながら飛び去ってゆく。北へ、北へ……』
幼い少女は本を閉じると、自分の胸に手を当てた。とっ、とっ、とっ。心臓が早鐘を打っている。
大きな表紙に視線を向けると、雄々しい勇者の挿絵に目が留まる。少女は勇者の姿を見つめながら、瞳の奥で冒険譚を反芻する。鼓動が一際早くなった。
吐息が震える。
言葉が出ない。
勇者の冒険は、何よりも彼女の胸を躍らせた。その感情を表す言葉は人により様々だが、例えば気取った詩人ならばこのように嘯くものかも知れない。
少女は、冒険譚に恋をしたのだ。
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リーンエス王国に連なる都市の一つに、『アヴィーレ工房』は在った。革細工専門の、小さい工房だった。
ある日の朝、工房を切り盛りするアヴィーレ夫妻が目を覚ますと、けたたましい叫び声が家中に響き渡る。
「できたぁ〜〜〜っ!!」
夫妻は顔を見合わせると、作業場に足を踏み入れた。果たして開口一番、主人が口にしたのは、ため息混じりの言葉である。
「ガレナ、またお前は……」
彼の視線の先にあったものは、愛娘の満面の笑みであった。
娘は、名をガレナといった。
「勿論うちだ! こんな剣を打てるのは、うち以外にいるわけないね!」
自信満々に告げながら、ガレナはやんちゃな仕草で一振りの剣を突き出した。まるで男のような立ち振る舞いと、短くクセのある黒髪が、少女の性別を曖昧にさせている。育て方を間違えたかしら……という心配の眼差しを妻が向けていた。
「剣か……。む……」
剣を受け取りながら、主人が苦い顔をする。ガレナの自信に満ちた顔は、煤で黒々としていた。その背後には、やはり煤まみれの炉と金床がある。ガレナたっての希望で作業場の一角に簡単な鍛冶場を拵えたが、今となっては後悔ばかりが募るのだった。
「ガレナ、うちは革細工の工房でな」
「うん!」
「鍛冶より、革細工の練習をな」
「うん」
「非力なハーフリングに、鍛冶は向かないしな……」
「うん……でもうち、一応授恵者だし……それに」
徐々に目を伏せるガレナだが、意を決して言葉を続けた。
「うち、鍛冶師になりたいんだ。冒険譚に出るような、すっごい剣を打ちたい。いつかうちの打った剣で、勇者が冒険を……」
「ガレナ、鍛治はドワーフの仕事だわ。ご覧、あなたの作った革細工、とっても刺繍が綺麗じゃない」
今度は妻がポシェットを手に優しくガレナに語り掛けた。なるほどそれは良い出来だったが、ガレナは納得がいかなかった。
「種族がどうとか、そんな理由……よく分かんない!」
ムキになってそう言い放つ娘を前に、アヴィーレ夫妻もまた、どう接するべきか分からず困惑していた。
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革細工をやらせたい両親と、鍛冶師を目指したいガレナの攻防は、暫く続いた。
「見てよ、この斧!」
「革細工をな」
「良い槍が打てたと思うんだけど!」
「革細工をね?」
「どうだ、この短剣!」
「革細工を……」
「剣!」
「革細工ぅ!」
何度突っ撥ねられても、ガレナは折れなかった。それほどまでに、幼い頃に読んだ冒険譚への憧憬が強かったのだ。
一方、両親の考えも変わらなかった。伝統を第一とする王国の気風が、彼らにはすっかり染み付いていた。
打てども認められぬ日々を過ごし、さしものガレナの顔も曇り始めた頃……転機が訪れた。
「もし。このポーチを作られたのは、こちらの工房かな」
ある時、唐突に工房を訪れる者があった。出迎えたアヴィーレ夫妻は、二つの事に驚いた。
まず、その者は貴族であり、位は伯爵であった。
そして、伯爵が持つ革細工は、ガレナの作であった。
すぐにガレナも呼ばれ、三人で伯爵の話を聞く。
「いや、何、この素晴らしい刺繍が気に入りましてな。ひとつ、モノは何でも良いので、同じ職人の手で自信作を作って頂きたい」
恐縮しっきりの夫妻をよそに、ガレナは少し考えてから問うた。
「自信作なら……何でも良いんですか?」
伯爵はこれに頷くと、細々とした相談をした後、早々に馬車で立ち去ってしまう。
後に残された夫妻は、大喜びでガレナを激励した。
「良い革細工を作るんだぞ!」
「うん」
その夜、遅くまで考え事をしていたガレナは、両親の寝室を横切った折に、彼らの話し声を聞いた。
静かにドアに耳を当てると、会話が耳に入って来る。
「あなた、ガレナは……伯爵に剣をお出しするつもりかもしれないわ」
その瞬間、ガレナの心臓が跳ねた。確かに、ずっと考えていた事だったからだ。
伯爵への問いの真意は、そこだった。自分が最も自信を持てるものは、革細工ではなく剣なのだ。
「分かっている。だが、許すわけにはいかん」
主人の苦悩に満ちた声が続いた。
「僕は鍛冶師じゃないが、良し悪しは分かる。ガレナの鍛冶は、革細工に比べて余りに未熟……。伯爵は満足しないだろう」