特別な日
キャラクターノベル制作 真柄 葉納品 2022年06月08日 08時57分43秒
怒号にも似た大声が通りに響き、ひっきりなしに行き交う馬車が路石を削る。
活気とも少し違う独特の熱気を纏う場所こそが、商都リブラネスタ商業区だ。
そんな賑わいも、陽が落ちれば一変する。
ぼんやりと光る紋具の街灯が照らし出す石造りの商館群は、まるで古代神殿を思わせる。夜の静寂の中、威厳に満ちた石殿の林をひたすらに歩いた。
静まり返った石殿の威容の一角、そこはまるで終着点だと言わんばかりに明るく照らされている。
「あぁ! よく帰ってきたね、我が愛しの息子よっ!」
時間は既に深夜といってもいいのに、わざわざ玄関先まで出迎えに出てくれていた事に驚いた。
両手を広げ満面の笑みを浮かべるこの人物の名は、『フレッド・J・カークランド』。
僕と同じ明るい金髪に空色の瞳。快活な笑顔はとても愛嬌があり、その人懐っこさが伺える。視力があまり良くないので眼鏡を掛けてはいるが、それもまた彼の魅力の一つだろう。
そんな彼こそ、ここカークランド商会の現当主にして、商都リブラネスタで辣腕を振るう商人。そして、この僕ハーヴィの父親でもある。
「ただいま、父さん。遅くなってごめんね」
「なにを言うんだハーヴェスタ! ここは君の家なんだ、いつ帰ってきてもいいんだよっ! さぁ、中に入って!」
そう言ってフレッドは、ハーヴィの後ろに回り込んでその背を押してくる。
「わわっ、そんなに押さなくても逃げたりしないからっ!」
「それはどうだろう? 君は両親の心配をよそに、冒険者になってしまったからね。こうしてしっかりと捕まえておかなくては、また逃げられてしまうかもしれない」
冗談めかして言ってくるフレッドに、ハーヴィは苦笑い。
確かに冒険者になると言った時、両親は反対こそしなかったがとても苦い顔をしていた。
それも当然だろう。僕は生来身体が弱かった。治療と祈祷の時以外ほとんど外に出る事も出来ず、ずっと家の中に居たくらいだ。それが授恵者となって身体が丈夫になった途端、冒険者になりたいと言って家を飛び出したのだから。
「に、逃げないから」
「そうかい? それならいいんだけどね」
フレッドは背を押すのを止め、ハーヴィに並ぶ。
「大きくなったね、ハーヴェスタ」
「そうかな? 家を出た頃からそんなに変わってないと思うんだけど」
並んで歩きながら、フレッドは嬉しそうにハーヴィを見下ろした。
父の方が頭一つ大きい。病気だったせいか、これ以上の成長は諦めているけど、欲を言えば父くらいの身長が欲しかったと思う。
「大きくなったさ、男としてね」
「男として……? どういう事?」
「うーん、男が大きくなる理由っていうのは沢山あるんだけど、そうだね。例えば――『恋』とか?」
「ええっ!? そ、そんなのないよっ!!」
「そんなに驚く事じゃないだろう? 君ももう19歳だ。恋の一つや二つ……いや、結婚していたって不思議じゃないんだよ? 父さんがハーヴェスタの年の頃には、それはもう熱烈な恋をしていたものだよ! 相手は当然君もよく知る人物! そう、君の母さんだ! あの頃の母さんは本当に可憐でね。父さん達の間では――――」
「うん、わかったよ父さん、その話はもう何度も聞いたから」
苦笑するハーヴィに、フレッドは「そうか?」と少し残念そうな顔で答えた。
「声が大きいわよ、フレッド。何時だと思っているの」
玄関を過ぎ、廊下を曲がった所で声をかけられた。
壁を背に部屋の前で佇んでいたのは、妙齢の美しい女性。
「ははっ、すまないアリス! 久しぶりに我が子と会えたものだから、会話が弾んでしまってね!」
「弾むのは結構だけど、声まで弾ませる必要はないでしょう? まったく……」
フレッドがハーヴィの傍を離れ、アリスに駆け寄っていった。
「ただいま、母さん」
「ええ、お帰りなさい、ハーヴェスタ」
申し開きをしている父の横から、こっそり帰宅の挨拶をする。
彼女こそ、僕の母『アリス・J・カークランド』。
緩く癖のあるくすんだ金髪に新緑色の瞳。少し釣り目で気難しそうに見えるのを本人は気にしていたりするが、僕は気品があってとても素敵だと思う。
リブラネスタの豪商カークランド商会の一人娘であり、紆余曲折あってフレッドを婿に貰った人だ。
「今日もギルドのお仕事だったのでしょう?」
「うん、ごめんね遅くなって」
「そんな事は気にしなくていいのよ。貴方が選んだ仕事なのだから、どれだけ時間がかかっても完遂させることが冒険者としての責任でしょう」
「うん、そうだね。ありがとう母さん」
一見厳しくも聞こえる叱咤の裏には、母の優しさが沢山込められている事を知っている。
「別に礼を言われるような事ではないわ」
アリスはハーヴィから視線を外し、相も変わらず自分を誉め立てるフレッドへと向き直った。
「疲れて帰ってきた息子をいつまで立ち話させていてはいけないわね。二人共、部屋に入りなさい」
アリスはデレデレのフレッドの耳を摘まみ上げると、そのまま部屋へと入っていく。
ハーヴィは相変わらずの二人のやり取りを好ましく見つめながら、後をついて部屋に入った。
●
「二人は?」
「もう寝てしまったよ。ハーヴェスタが帰ってくると知って、頑張って起きていたのだけどね」
母が淹れてくれた紅茶を飲みながら父と話す。
年の離れた弟アルヴィンと妹のフローレンス。彼等にもしばらく会っていなかったから会いたかったのだけど、時間が時間だけに諦めよう。
「それで、今日は泊っていくの?」
「そうしたいのは山々なんだけど、明日の早朝には街を出なくちゃいけなくて」
「相変わらず忙しいんだね。無理に帰ってくることはなかったんだよ?」
対面に座った両親が心配そうにのぞき込んでくる。
「ううん、今日だけはちゃんと帰って来たかったから」
だって、今日は二人にとっても、そして、僕にとっても大切な日だから。
「……そうね。今日は貴方が授恵者になった記念の日だものね」
「ああ、あの時ほど神に感謝した事はなかったよ! 病弱だった我が愛しのハーヴェスタを救ってくれてありがとう、ってね!」
「よく言うわ。『神に金が稼げるか? 俺が沢山金を稼いで必ずハーヴェスタを救って見せる!』なんて、息巻いていたくせに」
「そ、そんなこと言ったかな……? いやー忘れちゃったな、はははっ!」
「まったく……。でも、本当にあの時は感謝したわ。神にではなく、貴方の持つ強い運命の力に」
それは、占い好きな母らしい言葉だった。
そして、その母の趣味があったからこそ、僕は大切な『師匠』に出逢う事が出来たんだ。
「うん、本当に」
僕の進むべき『道』を照らしてくれた母に、そしていつも大きな愛で包み込んでくれる父に感謝する。
「父さん、母さん」
僕は二人を微笑ましく見つめながら口を開く。
僕が授恵者に覚醒した日は、二人にとっても特別な日。
そう、今日は二人の――。
「20回目の結婚記念日、おめでとう。これからもどうか末永く幸せに暮らしてください」
机に置いたプレゼントに驚く二人の顔に、嬉しくなる。
本当に、本当に末永く、いつまでも仲良くしてください。
僕にはいつでも帰れる家があるのだと実感させてください。
我儘なお願いを、これからもたくさん聞いてください。
貴方達の息子は――貴方達の子供で本当によかった。
ありがとう、父さん。
ありがとう、母さん。
ハーヴェスタは今とても幸せです――。
活気とも少し違う独特の熱気を纏う場所こそが、商都リブラネスタ商業区だ。
そんな賑わいも、陽が落ちれば一変する。
ぼんやりと光る紋具の街灯が照らし出す石造りの商館群は、まるで古代神殿を思わせる。夜の静寂の中、威厳に満ちた石殿の林をひたすらに歩いた。
静まり返った石殿の威容の一角、そこはまるで終着点だと言わんばかりに明るく照らされている。
「あぁ! よく帰ってきたね、我が愛しの息子よっ!」
時間は既に深夜といってもいいのに、わざわざ玄関先まで出迎えに出てくれていた事に驚いた。
両手を広げ満面の笑みを浮かべるこの人物の名は、『フレッド・J・カークランド』。
僕と同じ明るい金髪に空色の瞳。快活な笑顔はとても愛嬌があり、その人懐っこさが伺える。視力があまり良くないので眼鏡を掛けてはいるが、それもまた彼の魅力の一つだろう。
そんな彼こそ、ここカークランド商会の現当主にして、商都リブラネスタで辣腕を振るう商人。そして、この僕ハーヴィの父親でもある。
「ただいま、父さん。遅くなってごめんね」
「なにを言うんだハーヴェスタ! ここは君の家なんだ、いつ帰ってきてもいいんだよっ! さぁ、中に入って!」
そう言ってフレッドは、ハーヴィの後ろに回り込んでその背を押してくる。
「わわっ、そんなに押さなくても逃げたりしないからっ!」
「それはどうだろう? 君は両親の心配をよそに、冒険者になってしまったからね。こうしてしっかりと捕まえておかなくては、また逃げられてしまうかもしれない」
冗談めかして言ってくるフレッドに、ハーヴィは苦笑い。
確かに冒険者になると言った時、両親は反対こそしなかったがとても苦い顔をしていた。
それも当然だろう。僕は生来身体が弱かった。治療と祈祷の時以外ほとんど外に出る事も出来ず、ずっと家の中に居たくらいだ。それが授恵者となって身体が丈夫になった途端、冒険者になりたいと言って家を飛び出したのだから。
「に、逃げないから」
「そうかい? それならいいんだけどね」
フレッドは背を押すのを止め、ハーヴィに並ぶ。
「大きくなったね、ハーヴェスタ」
「そうかな? 家を出た頃からそんなに変わってないと思うんだけど」
並んで歩きながら、フレッドは嬉しそうにハーヴィを見下ろした。
父の方が頭一つ大きい。病気だったせいか、これ以上の成長は諦めているけど、欲を言えば父くらいの身長が欲しかったと思う。
「大きくなったさ、男としてね」
「男として……? どういう事?」
「うーん、男が大きくなる理由っていうのは沢山あるんだけど、そうだね。例えば――『恋』とか?」
「ええっ!? そ、そんなのないよっ!!」
「そんなに驚く事じゃないだろう? 君ももう19歳だ。恋の一つや二つ……いや、結婚していたって不思議じゃないんだよ? 父さんがハーヴェスタの年の頃には、それはもう熱烈な恋をしていたものだよ! 相手は当然君もよく知る人物! そう、君の母さんだ! あの頃の母さんは本当に可憐でね。父さん達の間では――――」
「うん、わかったよ父さん、その話はもう何度も聞いたから」
苦笑するハーヴィに、フレッドは「そうか?」と少し残念そうな顔で答えた。
「声が大きいわよ、フレッド。何時だと思っているの」
玄関を過ぎ、廊下を曲がった所で声をかけられた。
壁を背に部屋の前で佇んでいたのは、妙齢の美しい女性。
「ははっ、すまないアリス! 久しぶりに我が子と会えたものだから、会話が弾んでしまってね!」
「弾むのは結構だけど、声まで弾ませる必要はないでしょう? まったく……」
フレッドがハーヴィの傍を離れ、アリスに駆け寄っていった。
「ただいま、母さん」
「ええ、お帰りなさい、ハーヴェスタ」
申し開きをしている父の横から、こっそり帰宅の挨拶をする。
彼女こそ、僕の母『アリス・J・カークランド』。
緩く癖のあるくすんだ金髪に新緑色の瞳。少し釣り目で気難しそうに見えるのを本人は気にしていたりするが、僕は気品があってとても素敵だと思う。
リブラネスタの豪商カークランド商会の一人娘であり、紆余曲折あってフレッドを婿に貰った人だ。
「今日もギルドのお仕事だったのでしょう?」
「うん、ごめんね遅くなって」
「そんな事は気にしなくていいのよ。貴方が選んだ仕事なのだから、どれだけ時間がかかっても完遂させることが冒険者としての責任でしょう」
「うん、そうだね。ありがとう母さん」
一見厳しくも聞こえる叱咤の裏には、母の優しさが沢山込められている事を知っている。
「別に礼を言われるような事ではないわ」
アリスはハーヴィから視線を外し、相も変わらず自分を誉め立てるフレッドへと向き直った。
「疲れて帰ってきた息子をいつまで立ち話させていてはいけないわね。二人共、部屋に入りなさい」
アリスはデレデレのフレッドの耳を摘まみ上げると、そのまま部屋へと入っていく。
ハーヴィは相変わらずの二人のやり取りを好ましく見つめながら、後をついて部屋に入った。
●
「二人は?」
「もう寝てしまったよ。ハーヴェスタが帰ってくると知って、頑張って起きていたのだけどね」
母が淹れてくれた紅茶を飲みながら父と話す。
年の離れた弟アルヴィンと妹のフローレンス。彼等にもしばらく会っていなかったから会いたかったのだけど、時間が時間だけに諦めよう。
「それで、今日は泊っていくの?」
「そうしたいのは山々なんだけど、明日の早朝には街を出なくちゃいけなくて」
「相変わらず忙しいんだね。無理に帰ってくることはなかったんだよ?」
対面に座った両親が心配そうにのぞき込んでくる。
「ううん、今日だけはちゃんと帰って来たかったから」
だって、今日は二人にとっても、そして、僕にとっても大切な日だから。
「……そうね。今日は貴方が授恵者になった記念の日だものね」
「ああ、あの時ほど神に感謝した事はなかったよ! 病弱だった我が愛しのハーヴェスタを救ってくれてありがとう、ってね!」
「よく言うわ。『神に金が稼げるか? 俺が沢山金を稼いで必ずハーヴェスタを救って見せる!』なんて、息巻いていたくせに」
「そ、そんなこと言ったかな……? いやー忘れちゃったな、はははっ!」
「まったく……。でも、本当にあの時は感謝したわ。神にではなく、貴方の持つ強い運命の力に」
それは、占い好きな母らしい言葉だった。
そして、その母の趣味があったからこそ、僕は大切な『師匠』に出逢う事が出来たんだ。
「うん、本当に」
僕の進むべき『道』を照らしてくれた母に、そしていつも大きな愛で包み込んでくれる父に感謝する。
「父さん、母さん」
僕は二人を微笑ましく見つめながら口を開く。
僕が授恵者に覚醒した日は、二人にとっても特別な日。
そう、今日は二人の――。
「20回目の結婚記念日、おめでとう。これからもどうか末永く幸せに暮らしてください」
机に置いたプレゼントに驚く二人の顔に、嬉しくなる。
本当に、本当に末永く、いつまでも仲良くしてください。
僕にはいつでも帰れる家があるのだと実感させてください。
我儘なお願いを、これからもたくさん聞いてください。
貴方達の息子は――貴方達の子供で本当によかった。
ありがとう、父さん。
ありがとう、母さん。
ハーヴェスタは今とても幸せです――。