開かれた扉に光射し
キャラクターノベル(グループ)制作 空色みなも納品 2022年05月18日 09時15分10秒
●
男には、誰にも踏み込ませたことのない領域があった。
固く閉ざされた扉を開いたのは、一人の少女であった。
先の見えないような心の暗闇に、一筋の光が射した――。
●
「ここが、だわおにいちゃんの、おうち……」
部屋の扉が開いて、光が射し込んだかと思えば、入口にサラの姿があった。
サラがキョロキョロと左右を見回せば。
部屋は使い古された様子こそあれど、丹念に掃除がなされたのであろうか、埃が積もっている様子はない。
また、古ぼけた家具に混じって、新しい家具が並んでいるのが目に映る。
「えっと、ふつつか者ですが、宜しくお願い、します」
「こちらこそ宜しく。楽にしてくれ」
サラが後ろを振り返ると、そこにはだわが立っていた。
「食器は買い足したが寝具は……」
そう、この部屋は元々、だわが一人暮らしのため用意していた自宅であった。
家具が新旧入り乱れているのも、サラと二人で暮らすため、新たに買い求めたものがあるからだ。
とはいえだわ曰く寝具まではまだ手が回らず、一つしかないようであるが。
この家が置かれているのは、リーンエス王国ルクサリア領の街、セラフィ。
領都ではないが、活気は程々にあり。
だわがサラと暮らすうえで問題ないと思えるだけの治安も有していた。
そもそも、だわがこの街に家を持ったのは、だわがルクサリア領の騎士であったからだ。
これまでだわはある目的を持って冒険者として活動していたが、このたび騎士業にも復帰することとなったのだ。
幸い、騎士を務めつつも、冒険者を続ける許可は領主より得られている。
そういう事情であるから、騎士業としての制服だろうか、だわはいつもより整った装束をまとっていた。
普段は周囲に自身をだわと呼ばせているが、騎士業においてはリクアルドという本名を名乗っているのだとか。
「だがそこは俺が床で寝れば……」
「……だめ。床で寝たら、疲れ、取れない、の」
だわはこういうことを平気で口にするが、そこはサラに窘められる。
何といってもだわは嘘のつけない男なので、こうしてサラに否定されることを期待してではなく、本気で言っているのだ。
「……買うから、そんな顔をするな」
だわは表情こそ動かさないが、むうっと頬を膨らませたサラを前に、たじろいでいることがありありと分かる。
こうして、だわはサラを住処に迎え入れ、新たな生活をスタートさせたのだった。
●
「おかえりなさい、だわおにいちゃん!」
「ああ……ただいま」
ぱっと花が咲いたようなサラの声に迎えられ。
だわは静かに、しかしはっきりと自らの帰還を告げた。
思えば、こうして帰宅の挨拶をかわしたことなどいつ振りか――。
これは家族のいない期間がともに長かった二人にとって、共通の想いであった。
「……いい匂いだ。食事を用意してくれたのか」
「うん! もうご飯、出来てるよ。今日はね、兎肉のシチューなの!」
鼻腔をくすぐる香りに気付いただわに、献立を告げるサラの声は期待に満ちている。
食事が趣味と言えるだわが、サラの手料理に喜んでくれることを願って。
「ね、早く、着替えて来て。一緒にご飯、食べよ?」
「……ん。すぐ行く」
サラに促され、だわは言葉通り奥の部屋からすぐに台所兼食堂に戻ってきた。
いつも見慣れた、冒険者としての服装で。
二人はテーブルを間に向かい合う形で、席に着く。
テーブルの上では、すでに配膳されたシチューが湯気を立てていた。
だわと囲む温かい食事、そして、テーブルに置かれたランプから漏れる温かい光。
たったこれだけのことでも、サラは十分に心が温かくなるような、そんな気がした。
「味、どう、かな?」
サラが恐る恐るといった様子で、シチューを口に運んだだわの顔を覗き込む。
果たして、美味しい、と言って貰えるだろうか。
この胸の高鳴りは、単なる緊張から来るものか、それとも――。
「ああ。美味い」
「……良かった!」
だわが漏らした呟きを聞き取って、サラはフワフワと浮き立った気持ちを胸に感じた。
飾らない言葉であることがよく分かるだけに、嬉しい。
だわの好みを踏まえて、懸命にメニューを考えた甲斐があったというものだ。
実際、だわは馬など一部の生き物の肉が食べられないことを除けば、一般の肉類は好物に入る。
これまでもだわの間近にいたサラは、そうした傾向をいつの間にか感じ取っていた、ということだろうか。
「どんどん、食べて! おかわりもある、から!」
サラはあっという間にシチューの皿を空にしただわを見て、満面の笑みを浮かべた。
●
「サラ、話しておかなければいけないことがある。聞いてくれ、とても大切な話だ」
だわが真剣な声で話を切り出したのは、食事が終わったのを見計らってであった。
テーブル上には、パンでシチューを拭われ、すっかり綺麗になった皿がまだ並んでいた。
サラも神妙な面持ちになって、だわが話を続けるのを待っている。
「この領には雨を伴って現れる、災害級の魔物――水の災害が居る」
「雨……水の、魔物……」
だわの重々しい言葉に、サラも思わず息を呑む。
水の災害――それは水から成る大蛇のように、豪雨と共に全てを洗い流す魔物。
その存在こそ、だわが対策を集めるため冒険者として各地を回ることになったきっかけである。
だわの故郷であった村も、水の災害によって失われたのだ。
サラと別々に家を用意せず、こうして同居することにしたのも。
いざという時にサラを守るため、という思いがあってのことだ。
「豪雨に気を付けろ。様子がおかしければすぐに逃げろ。水辺を避け、離れた岩山などへ避難しろ」
「うん、分かった。雨の後は、水辺に近づいたらだめ、って、おばあちゃんも言ってた、から。大丈夫。わたし、守れる、よ」
水の災害への対処を言い聞かせるだわに対し、サラは約束する。
それは、サラを庇護対象として見るだわを、安心させるためのものでもあった。
「……だわおにいちゃん、あんまりお水、好きそうじゃないのって、もしかして」
サラは気づいていた。
雨が降るたび、そして水辺に近寄るたび、だわが微かに憂鬱の色を滲ませていたのを。
だわにしても、それを表に出したつもりはなかった。
しかし、サラはだわのことを見ている。
よく、見ているのだ。
「……いつか話す」
しかしだわはそっとフードを下げて、その青色の瞳を隠した。
自身の内を見透かそうとするサラの緑色の瞳から、逃れようとするかのように。
いつであったか、サラがだわと川で蝋燭を流す祭りを訪れたときもそうであった。
故郷のことを語るとき、だわはフードを目深に被り、顔を隠したものだった。
その時フードの奥に隠されていた表情を、サラも見ることができたわけではない。
だからこれはサラの想像になるけども。
だわが見られまいとした瞳には、普段は見せることのない悲しみの色が浮かんでいたのではないだろうか。
「だわおにいちゃんがいつか話す、って言うからには、いつか話してくれる、よね。だわおにいちゃん、嘘ついたことない、もん。だからわたし、待ってる、ね」
だが、サラはそんなだわを見て、微笑んでみせたのだった。
だわの言葉を、いつの日か必ず守られる約束と見て――。
男には、誰にも踏み込ませたことのない領域があった。
固く閉ざされた扉を開いたのは、一人の少女であった。
先の見えないような心の暗闇に、一筋の光が射した――。
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「ここが、だわおにいちゃんの、おうち……」
部屋の扉が開いて、光が射し込んだかと思えば、入口にサラの姿があった。
サラがキョロキョロと左右を見回せば。
部屋は使い古された様子こそあれど、丹念に掃除がなされたのであろうか、埃が積もっている様子はない。
また、古ぼけた家具に混じって、新しい家具が並んでいるのが目に映る。
「えっと、ふつつか者ですが、宜しくお願い、します」
「こちらこそ宜しく。楽にしてくれ」
サラが後ろを振り返ると、そこにはだわが立っていた。
「食器は買い足したが寝具は……」
そう、この部屋は元々、だわが一人暮らしのため用意していた自宅であった。
家具が新旧入り乱れているのも、サラと二人で暮らすため、新たに買い求めたものがあるからだ。
とはいえだわ曰く寝具まではまだ手が回らず、一つしかないようであるが。
この家が置かれているのは、リーンエス王国ルクサリア領の街、セラフィ。
領都ではないが、活気は程々にあり。
だわがサラと暮らすうえで問題ないと思えるだけの治安も有していた。
そもそも、だわがこの街に家を持ったのは、だわがルクサリア領の騎士であったからだ。
これまでだわはある目的を持って冒険者として活動していたが、このたび騎士業にも復帰することとなったのだ。
幸い、騎士を務めつつも、冒険者を続ける許可は領主より得られている。
そういう事情であるから、騎士業としての制服だろうか、だわはいつもより整った装束をまとっていた。
普段は周囲に自身をだわと呼ばせているが、騎士業においてはリクアルドという本名を名乗っているのだとか。
「だがそこは俺が床で寝れば……」
「……だめ。床で寝たら、疲れ、取れない、の」
だわはこういうことを平気で口にするが、そこはサラに窘められる。
何といってもだわは嘘のつけない男なので、こうしてサラに否定されることを期待してではなく、本気で言っているのだ。
「……買うから、そんな顔をするな」
だわは表情こそ動かさないが、むうっと頬を膨らませたサラを前に、たじろいでいることがありありと分かる。
こうして、だわはサラを住処に迎え入れ、新たな生活をスタートさせたのだった。
●
「おかえりなさい、だわおにいちゃん!」
「ああ……ただいま」
ぱっと花が咲いたようなサラの声に迎えられ。
だわは静かに、しかしはっきりと自らの帰還を告げた。
思えば、こうして帰宅の挨拶をかわしたことなどいつ振りか――。
これは家族のいない期間がともに長かった二人にとって、共通の想いであった。
「……いい匂いだ。食事を用意してくれたのか」
「うん! もうご飯、出来てるよ。今日はね、兎肉のシチューなの!」
鼻腔をくすぐる香りに気付いただわに、献立を告げるサラの声は期待に満ちている。
食事が趣味と言えるだわが、サラの手料理に喜んでくれることを願って。
「ね、早く、着替えて来て。一緒にご飯、食べよ?」
「……ん。すぐ行く」
サラに促され、だわは言葉通り奥の部屋からすぐに台所兼食堂に戻ってきた。
いつも見慣れた、冒険者としての服装で。
二人はテーブルを間に向かい合う形で、席に着く。
テーブルの上では、すでに配膳されたシチューが湯気を立てていた。
だわと囲む温かい食事、そして、テーブルに置かれたランプから漏れる温かい光。
たったこれだけのことでも、サラは十分に心が温かくなるような、そんな気がした。
「味、どう、かな?」
サラが恐る恐るといった様子で、シチューを口に運んだだわの顔を覗き込む。
果たして、美味しい、と言って貰えるだろうか。
この胸の高鳴りは、単なる緊張から来るものか、それとも――。
「ああ。美味い」
「……良かった!」
だわが漏らした呟きを聞き取って、サラはフワフワと浮き立った気持ちを胸に感じた。
飾らない言葉であることがよく分かるだけに、嬉しい。
だわの好みを踏まえて、懸命にメニューを考えた甲斐があったというものだ。
実際、だわは馬など一部の生き物の肉が食べられないことを除けば、一般の肉類は好物に入る。
これまでもだわの間近にいたサラは、そうした傾向をいつの間にか感じ取っていた、ということだろうか。
「どんどん、食べて! おかわりもある、から!」
サラはあっという間にシチューの皿を空にしただわを見て、満面の笑みを浮かべた。
●
「サラ、話しておかなければいけないことがある。聞いてくれ、とても大切な話だ」
だわが真剣な声で話を切り出したのは、食事が終わったのを見計らってであった。
テーブル上には、パンでシチューを拭われ、すっかり綺麗になった皿がまだ並んでいた。
サラも神妙な面持ちになって、だわが話を続けるのを待っている。
「この領には雨を伴って現れる、災害級の魔物――水の災害が居る」
「雨……水の、魔物……」
だわの重々しい言葉に、サラも思わず息を呑む。
水の災害――それは水から成る大蛇のように、豪雨と共に全てを洗い流す魔物。
その存在こそ、だわが対策を集めるため冒険者として各地を回ることになったきっかけである。
だわの故郷であった村も、水の災害によって失われたのだ。
サラと別々に家を用意せず、こうして同居することにしたのも。
いざという時にサラを守るため、という思いがあってのことだ。
「豪雨に気を付けろ。様子がおかしければすぐに逃げろ。水辺を避け、離れた岩山などへ避難しろ」
「うん、分かった。雨の後は、水辺に近づいたらだめ、って、おばあちゃんも言ってた、から。大丈夫。わたし、守れる、よ」
水の災害への対処を言い聞かせるだわに対し、サラは約束する。
それは、サラを庇護対象として見るだわを、安心させるためのものでもあった。
「……だわおにいちゃん、あんまりお水、好きそうじゃないのって、もしかして」
サラは気づいていた。
雨が降るたび、そして水辺に近寄るたび、だわが微かに憂鬱の色を滲ませていたのを。
だわにしても、それを表に出したつもりはなかった。
しかし、サラはだわのことを見ている。
よく、見ているのだ。
「……いつか話す」
しかしだわはそっとフードを下げて、その青色の瞳を隠した。
自身の内を見透かそうとするサラの緑色の瞳から、逃れようとするかのように。
いつであったか、サラがだわと川で蝋燭を流す祭りを訪れたときもそうであった。
故郷のことを語るとき、だわはフードを目深に被り、顔を隠したものだった。
その時フードの奥に隠されていた表情を、サラも見ることができたわけではない。
だからこれはサラの想像になるけども。
だわが見られまいとした瞳には、普段は見せることのない悲しみの色が浮かんでいたのではないだろうか。
「だわおにいちゃんがいつか話す、って言うからには、いつか話してくれる、よね。だわおにいちゃん、嘘ついたことない、もん。だからわたし、待ってる、ね」
だが、サラはそんなだわを見て、微笑んでみせたのだった。
だわの言葉を、いつの日か必ず守られる約束と見て――。