「せんせい」が教えてくれなかったこと
キャラクターノベル制作 炙りとろ左門納品 2022年05月13日 10時53分24秒
ミア=リゼルは悩んでいた。
パンクリアース学園に入学し、新たな環境で過ごすことへの不安ももちろんあるが――。
「……今日こそ、お返事を」
目下の悩みは、恋人から送られてくる手紙への返信、である。
● 綴る言の葉、想いを込めて
机の上には、真新しい便箋のほかに、毎日のように届けられる恋人からの手紙。すでに封箱もふたつめとなった。一通一通丁寧に香が焚き染められているため、とても上品な香りがする。
ミアはその中から一通を手に取り、開いた。
「……貴族の間では、こういう内容が、普通なんでしょうか……?」
手紙の内容が甘すぎてどこまで本気にしていいのかわからない。詳しい内容については割愛するが、つい先日恋心というものを知ったばかりの少女には比較対象となるような経験も皆無である。
とはいえ、だ。
ほぼ毎日、時間を見つけて手間をかけてくれる、それに込められた愛情は流石に理解できる。これに何も返さないというのは、たとえ先方が「気にしなくていい」と言っても、やはり誠意に欠ける気がする。
「がんばります」
気合を入れて白紙の便箋に向き合うものの。
「……うぅ~」
はじめての恋心を持て余す少女に、甘く蕩けるような文が書けるはずもない。購買で入手したレターセットは大変高級な装いであるが、それに見合う優美な文章が思いつかないのだ。
「……もらったお手紙を、参考にしましょう」
ミアは再び、送られてきた手紙を手に取る。
「だいじょうぶ。恥ずかしくないです」
すでに耳の先まで真っ赤だが。深呼吸をして、向き直る。
「なにゃぁ……」
そして数行読んだところで机に突っ伏した。強敵だ。
「『せんせい』は、教えてくれなかったもの」
恋がどんなものか、なんて。
壊れてしまいそうな胸の高鳴りも、焦燥感も、独り占めしてしまいたい気持ちも、締め付けられるような切なさも。唯一絶対のひとである『せんせい』にさえ、抱かなかったものだ。
――『暁の寒さに君の温もりが恋しくなる』
さすがに、その言葉の意味するところがわからないミアではない。
手紙でよかった。真正面から言われていたら処理しきれずに気絶していた。
「だ、誰かに見られたらどうするつもりなんですか……」
ミアへ手紙が届く間には、寮監や寮生の手がある。今のところ検閲や開封などはされていないが、もしうっかり内容が外に漏れるようなことがあれば、一大事である。
いくら同じ気持ちだったとしても、ミアがそれを綴るのには随分な制約があるのだ。
「……よし」
何も便箋いっぱいに想いを綴る必要はない。昔の文豪も友人へ宛てた手紙にこう書いている。ついだらだらと書いてしまっていけない、短く近況を伝えるのは難しい、と。
『口づけを送ります。愛しい人へ』
その一言だけを綴り、ミアは頬を赤らめた。
「ちょ……ちょっとまだはやいかも……」
抱きしめられたし、抱きしめたこともあった。手を繋いで歩いたし、指を絡めて想いを分かち合った。しかしまだ、キスは未経験である。恋人なら当然そういうこともあるだろうが、ミアはまだ受け止めきれそうにない。
「でも、書いちゃった……」
高価な紙だ。くしゃっと捨てるにはあまりに損失が大きい。
出すのか、これを。ミアは悩んだ。なんだかねだっているようではないか。
そこで、はっと思い出す。
確か先日読んだ恋愛小説に、このような文言で一緒にハンカチを送るシーンがあった。会えない間はそれを私と思って――というやつである。少なくともキスをねだるような意味にはなるまい。
「それです!」
善は急げである。ミアは立ち上がると素早く机の上を片付け、代わりに裁縫箱を取り出す。そして新品の使っていないハンカチを広げて、刺繍針に糸を通す。
「あ……」
頭にすぐ浮かぶ図案は、レモンとその花だが……。
それは、『せんせい』との思い出だ。
ミアは少し悩んで、紫色の糸に入れ替える。
紫色のライラック。その花言葉は『初恋』というらしい。それは、これから彼と共に歩んでいく時間のために。その花を見るたびに、この気持ちを思い出せるように。
結局小包に手紙とハンカチを収める形になってしまったが――ミアは最後に、封筒にそっと口づけを落とすのだった。
パンクリアース学園に入学し、新たな環境で過ごすことへの不安ももちろんあるが――。
「……今日こそ、お返事を」
目下の悩みは、恋人から送られてくる手紙への返信、である。
● 綴る言の葉、想いを込めて
机の上には、真新しい便箋のほかに、毎日のように届けられる恋人からの手紙。すでに封箱もふたつめとなった。一通一通丁寧に香が焚き染められているため、とても上品な香りがする。
ミアはその中から一通を手に取り、開いた。
「……貴族の間では、こういう内容が、普通なんでしょうか……?」
手紙の内容が甘すぎてどこまで本気にしていいのかわからない。詳しい内容については割愛するが、つい先日恋心というものを知ったばかりの少女には比較対象となるような経験も皆無である。
とはいえ、だ。
ほぼ毎日、時間を見つけて手間をかけてくれる、それに込められた愛情は流石に理解できる。これに何も返さないというのは、たとえ先方が「気にしなくていい」と言っても、やはり誠意に欠ける気がする。
「がんばります」
気合を入れて白紙の便箋に向き合うものの。
「……うぅ~」
はじめての恋心を持て余す少女に、甘く蕩けるような文が書けるはずもない。購買で入手したレターセットは大変高級な装いであるが、それに見合う優美な文章が思いつかないのだ。
「……もらったお手紙を、参考にしましょう」
ミアは再び、送られてきた手紙を手に取る。
「だいじょうぶ。恥ずかしくないです」
すでに耳の先まで真っ赤だが。深呼吸をして、向き直る。
「なにゃぁ……」
そして数行読んだところで机に突っ伏した。強敵だ。
「『せんせい』は、教えてくれなかったもの」
恋がどんなものか、なんて。
壊れてしまいそうな胸の高鳴りも、焦燥感も、独り占めしてしまいたい気持ちも、締め付けられるような切なさも。唯一絶対のひとである『せんせい』にさえ、抱かなかったものだ。
――『暁の寒さに君の温もりが恋しくなる』
さすがに、その言葉の意味するところがわからないミアではない。
手紙でよかった。真正面から言われていたら処理しきれずに気絶していた。
「だ、誰かに見られたらどうするつもりなんですか……」
ミアへ手紙が届く間には、寮監や寮生の手がある。今のところ検閲や開封などはされていないが、もしうっかり内容が外に漏れるようなことがあれば、一大事である。
いくら同じ気持ちだったとしても、ミアがそれを綴るのには随分な制約があるのだ。
「……よし」
何も便箋いっぱいに想いを綴る必要はない。昔の文豪も友人へ宛てた手紙にこう書いている。ついだらだらと書いてしまっていけない、短く近況を伝えるのは難しい、と。
『口づけを送ります。愛しい人へ』
その一言だけを綴り、ミアは頬を赤らめた。
「ちょ……ちょっとまだはやいかも……」
抱きしめられたし、抱きしめたこともあった。手を繋いで歩いたし、指を絡めて想いを分かち合った。しかしまだ、キスは未経験である。恋人なら当然そういうこともあるだろうが、ミアはまだ受け止めきれそうにない。
「でも、書いちゃった……」
高価な紙だ。くしゃっと捨てるにはあまりに損失が大きい。
出すのか、これを。ミアは悩んだ。なんだかねだっているようではないか。
そこで、はっと思い出す。
確か先日読んだ恋愛小説に、このような文言で一緒にハンカチを送るシーンがあった。会えない間はそれを私と思って――というやつである。少なくともキスをねだるような意味にはなるまい。
「それです!」
善は急げである。ミアは立ち上がると素早く机の上を片付け、代わりに裁縫箱を取り出す。そして新品の使っていないハンカチを広げて、刺繍針に糸を通す。
「あ……」
頭にすぐ浮かぶ図案は、レモンとその花だが……。
それは、『せんせい』との思い出だ。
ミアは少し悩んで、紫色の糸に入れ替える。
紫色のライラック。その花言葉は『初恋』というらしい。それは、これから彼と共に歩んでいく時間のために。その花を見るたびに、この気持ちを思い出せるように。
結局小包に手紙とハンカチを収める形になってしまったが――ミアは最後に、封筒にそっと口づけを落とすのだった。