温泉旅情
キャラクターノベル制作 ウケッキ納品 2022年05月15日 10時31分31秒
●温泉旅情
鳥がさえずる声が響き渡る森の中。
心地よい朝日を受けた木々が風に揺れ、海のさざ波のような音を響かせていた。
そんな森に似つかわしくない物がひとつ。
黒くて、丸い物体。そう、それは大きな竈だった。
その制作者であるストレガ・L・リベルガストラは荷物から薄荷やドクダミなど薬草の類を取り出していた。これらを竃に張った湯に投入することで薬湯の出来上がりというわけである。
ストレガは竃に薪をくべ、なみなみと張った水が湯になるまでの間に改めて自身が用意した竃を眺めた。
それはかなりの大型で、シャルガネで飯炊き用に使われている竃よりも数倍は大きい。彼女が入っても不足はないだろう。
もしも普段使いであるならば、大型の魔物を煮る際にも使えるかもしれないと思いながら彼女は薪を火に放り込んで、筒で空気を送る。ぼうぼうと火が燃え盛った。
彼女は湯に入る前に、体を洗う必要があると考えた。汚れたまま入れば湯が汚れてしまう。
聞く所によればシャルガネでは一般的に湯に入る前に身体を洗うようだが、見聞きした中では他の文化圏だと多少の違いが見受けられるようだ。国によって入浴という行為の根付き方も様々である。
スライムから製作した石鹸を用意し、ストレガは体を洗う為に衣服を脱ぐ。一枚、また一枚と布が消え、彼女の美しい褐色の肢体が露わとなった。
周囲には竃をぐるっと隠すように木製の仕切りが立てられている。そのおかげで彼女の裸体は誰かに見られることは無い。
中々の大きさを誇る胸と形のいいお尻といった魅力的な体を持つストレガだが、彼女には羞恥心といったものはない。例え誰かが自分の裸を見たとしても、何も思わず逆に見た者の反応の方に興味がいってしまう、それほどに彼女の知識欲は高いのだ。
間違っても彼女の風呂を覗くことはお勧めしない。そこに生命の危険はないかもしれないが、彼女に見つかればきっと“ありとあらゆる反応”を研究され尽くしてしまうことだろう。もっとも、その覚悟があれば別だが。
柔らかい胸をぐいっと押し上げ、アンダー部分をスライム石鹸で洗う。ここは冒険をしていると汗が溜まりやすい箇所だ。大きな胸を持つ者の宿命と言っていいだろう。
沸いて程よい温度になった湯を体にかけながら、まずは腕をスライム石鹸でこする。スライムを利用したこの石鹸は汚れの落ちが良く、彼女はとてもこれを重宝していた。
足を延ばして石鹸で洗っていく。冒険者として様々な所を歩く関係上、足の健康管理は大事である。こうして定期的に清潔に保たなければ、ふとした時に不潔さからくる病や怪我に見舞われてしまう。そうなれば依頼達成はおろか、危険な地域から生還することすら難しいのだ。
時間を掛けて足を洗ったストレガは腹部や柔らかい尻をゆっくりと洗っていく。
身体を洗い終わると、彼女は湯を少しかけてスライム石鹸で浮き上がった汚れや垢をこそぎ落とす。水と違って温かな心地よさを感じながらストレガはほうっと息を吐く。
「水とは違っていい気分なのだ。湯で汚れを流す、これはある意味身体から毒を浄化してるのではないか。ふむ、熱すれば消える毒もあるというし」
普段から彼女は多くの料理を手掛けているせいか、どうにも料理基準で考えてしまうことがあった。どうやら今回もその例に漏れないらしい。
体が十分に綺麗になったことを確認したストレガは台を使って竃に張った湯へ身体を沈めていく。
ちょうどいい暖かさが身体にじわじわと広がっていった。
「む? やはりこれは浮くのか……脂肪であるわけだし、それも道理なのだ」
彼女が視線を落とすのは自身の胸元。標準よりも大きい褐色の宝珠は、ぷかりとふたつ、湯に浮かんでいる。これは持たざる者には見えない光景と言えよう。
ぐっと手を伸ばして伸びをし、ほうっと息を吐いたストレガは各国の風呂事情に想いを馳せた。長旅の中で彼女は様々な話を聞いている。その記憶を反芻していく。
あまり裕福ではない地域や開発の進んでいない地域では、そもそも風呂に入るという概念自体が見受けられない場所もあった。そう言った場所では川辺で水浴びの習慣が根付いている。湯を料理に使いはするが、それで身体を洗おうとは思わないようだった。
リーンエス王国では、個人所有の風呂は普通の家にはほとんどなく大体は水浴びで済ます、といった具合だ。個人所有でなおかつ、潤沢に水を用意してそれを入浴の為だけに沸かすことのできる余裕は貴族にしかないだろう。一種のステータスなのだろうなとストレガは思う。
フィルエス大森林の方は見て回った際に風呂に入っている者に少なくともストレガは出会ったことがない。大多数が水浴びである。湯に入る者も探せばいるのかもしれないが恐らく少数だろう。
逆にシグモル火山帯、シャルガネ、ドワーフ王国、これら三つの地域では土地柄もあってか温泉が湧く。
そうなればそもそも湯に入らないという選択肢の方が生まれ辛いだろう。
そういえばと思いだし、シャルガネを旅していた時の頃を思い出す。あの地域は辺境都市群といったこともあって、古代の上下水道が完備されている。そこに住まう人々はそれらを補修しながら大事に使っているが、他よりも浴場が多いのはその上下水道の存在も関係しているのかもしれない。
更に思いを馳せ、帝国北方を考える。あれらの地域では風呂といった物は聞かない。これは土地柄によるものだろうか。
だが風呂無しと結論付けようとした時点で何かを思い出し、いや待てとストレガは思い留まる。記憶の端に引っかかったのだ、何かが。
それは風呂ではないがその亜種ともいえる。そう、サウナだ。
聞く話によれば、世界のどこかには携帯サウナという代物まであるらしい。あれはもう風呂といってもいいのではないかとストレガは思った。
極北については人の出入りが少ない為か、正直情報に乏しい。あの地域の情報もいずれ集めるべきだろう。
湯の温度を調節しながら、ストレガはゴールディを思う。あそこの親分も含め、あそこはきっと水浴びだ。
頭に水浴びしながら護衛を伴っている親分の姿が容易に浮かんだ。
「うむ、やはりこうして考えてみると……風呂の普及には上下水道の整備が必須かもしれないのだ。何か手をいずれ、考える必要がありそうなのだ」
そう彼女は各地の風呂事情に関する考察を締め括った。
なお、あくまでここまでの考察はストレガという一個人が見聞きできた範囲での話であって、どの地域の事情も一概にそうだとは語れない。
風呂には湯治という側面もある。
ひとえに湯と言っても、その効能は様々だ。
ただの湯には何も効果はない。どこまでいってもただの沸かした湯に過ぎない。
だがそこにストレガが入れたような薄荷やドクダミを入れれば、その薬草の薬効成分は溶けだし身体に浸透するだろう。
そうすれば、様々な効果が望めることとなり治療の役にも立つ。
ストレガは湯を沸かすのではなく、温泉であるならばと今度は考える。
温泉は火山活動の影響でその種類は多岐に渡る。
まず鉱物の特性が染み出した鉱泉。こちらは冷たい物もあるがその治癒効果は確かな物で、種類にもよるが皮膚病や傷の治癒にも利用は可能だろう。
「冷たい事を除けば、有効活用できそう……ならば水道設備以外にも簡単に沸かすことのできる設備が必要なのだ」
手軽に鉱泉を楽しむにはそういった施設が必要そうだ。様々な種類の鉱泉を利用できれば、それこそ湯治によって治る病もあるかも知れない。
次に温泉を考える。こちらは鉱泉と違って全て元より温かい物だ。
とは言え、それ故に“火山”の近くでないと活用し辛く、距離長く水道を通せば温泉の泉質が変容しやすい。
これらを活用するには火山が近くにあるシグモル火山帯が最も適しているだろう。
「ふーむ、手軽に持ち運べる方法でもあれば……各地の湯の花を集めて乾燥させ、薬草と配合すれば……手軽に温泉が楽しめるかもしれないのだ」
もしもそんな物が開発されれば、この世界のどこでも湯を沸かすだけで手軽に温泉が楽しめるだろう。
だがその手法は今の所、博識であるストレガですら試したことがなかった。
それを試したら、一体どんな風呂が出来上がるのだろうか。
気になってしまえば試したくなるのがストレガという人物である。やらないという選択肢はないだろう。
そうとなれば材料集めである。ストレガは町に帰ってから用意を整え、シャルガネ、シグモル火山帯、ドワーフ王国の各地にある温泉地へと飛んだ。
湯の花というのは、温泉の成分が凝固した物体である。泉質によってその色は異なる。
そのままでは持ち運びがしにくい為、ストレガはそれら各地の湯の花を乾燥させ、それらを持って再びこの森の実験地へと戻ってきた。
彼女は手軽に温泉を再現する為、その研究に入る。
記録したシャルガネの温泉資料を紐解き、まずその温泉の泉質を調べる。テストケースに選んだのは乳白色をした温泉だ。
まずはシャルガネ地区周辺で取れる薬草を適当に粉砕して粉末状にする。それらを乾燥した湯の花と共に湯に突っ込むと木の棒でストレガは掻き回し始めた。
しばらくしてから湯をすくって軽く飲んでみる。若干の苦みがあるようだ。
「口当たりが悪いのだ、湯の花をもっと細かく粉末状にする必要がありそうなのだ」
粉末にした湯の花、薬草を混ぜ合わせながらストレガは何度も、何度も様々なパターンを試していく。
それから休憩を挟みながら、しばらくして。
「で、できたのだ! シャルガネ、シグモル火山帯、ドワーフ王国……三つの地域を再現した携帯湯の花……いや、湯の花粉末が!」
試行錯誤を繰り返した結果、乾燥させた湯の花と各種薬草、香草を混ぜ合わせた三つの粉末が完成したのである。
オレンジ色の粉末が【シャルガネの素】。赤い粉末が【シグモル火山帯の素】。緑色の粉末が【ドワーフ王国の素】と名付けられた。
いざ実際に試してみようとストレガは用意していた三つの竃にそれぞれ水を張りお湯を沸かす。
沸いたひとつ目にストレガはシャルガネの素を投入した。オレンジ色の粉末が湯に溶け、湯の色が乳白色に変わる。混ぜた薬草や香草の影響か、この粉たちの色と湯の色が連動していないのもまた不思議だった。
ちゃぷんとストレガは乳白色の湯に体を沈める。そしてひとすくい、手にすくって湯を飲んだ。
「うむ、この味が近いのだ。まだ100%の再現ではないが、ベースはできた気がするのだ」
しばらく湯を楽しんでから、ストレガは別の竃に今度はシグモル火山帯の素を投入する。赤い粉末が溶け少し濁っているが、ある程度透き通った湯へと変わった。
台を使って登り、ゆっくりとストレガは濁り湯へ入浴する。じわっとした温かさが身体に広がってく。また、ぱちぱちとした水中で泡が弾ける感覚が心地いい。
「これはいい刺激なのだ。思ったよりも刺激が少なくこれなら危険性もなさそうなのだ」
満足そうな顔を浮かべたストレガは湯から上がる。もう彼女は研究を優先しているからだろうか、全くと言っていいほど身体を隠していない。きっと男性がいればそのプロポーションに釘付けになるだろう。とは言え仕切りがあるので混浴という行為が許されれば、の話ではあるが。
最後にストレガはドワーフ王国の素を竃に投入する。投入された粉末は湯に溶け、今度は茶褐色の湯へと変わった。香りは三つの内で最も強い。それは決して臭いというわけではないが、苦手な人もいるであろう香りだった。
湯に体を沈めたストレガは空を仰ぎ見て、ふうっと息を吐いた。じんわりとした温かみが彼女の身体を芯から温めていく。
「少し予定よりも匂いが強すぎるのだ……でも、これはこれでありなのだ」
試した試作粉末の再現度にある程度満足したストレガは最後の茶褐色の湯を楽しむ。湯を腕にかければ、肌少々すべすべになったような気さえした。
湯を楽しみ終わったストレガは、普通に沸かしたお湯を使って洗濯を行っていた。最初は残り湯を使おうと思ったのだが、湯の花の影響か硫黄臭が思いのほか強く洗濯に適さず使用できなかった。
水よりもお湯の方が汚れが落ちやすく、これはとてもいい方法に思える。普通の風呂ならばいいが、温泉の場合は匂いもクリアする必要がありそうだが。
「着たまま入れば洗濯の手間いらずなのだ? ふむ、急いでいる時はそれもアリかもしれないのだ」
洗濯を終え、資料に記録を取りながら、ストレガは今日の事を反芻する。目の前には三色の湯が入った瓶が並べられていた。
「風呂は確かにリラックスに良い。だがしかし、その用意の手間さが普及を妨げる原因なのだ。更に上下水道が整備されていないと用意すらままならないのだ」
水を大きな風呂桶に供給し、薪を使って湯を沸かす。やってみてわかったことだが、これはかなりの手間と労力を要していた。気軽に誰もができる方法ではない。料理で湯を沸かすのとはわけが違った。
先程作った粉末を改良していけば、いずれは遠方でも温泉が楽しめるかもしれない。だがその前に、風呂を普及させねばこの粉末は意味をなさないのだ。そもそも流通させるような量を個人では制作できないという問題もある。
ストレガは風呂の普及という観点を考える。
もしも、風呂が普及していない地域に風呂が普及すれば……それは容易に人々の清潔度が上がるということ。それは不潔からくる病を防ぐ効果も期待できるだろう。
とは言え、課題点も多い。
まず上下水道を整備するのが古代の水道を持つ辺境都市群周辺地域ならいざ知らず、その他の地域に整備するとなると容易ではない。それこそ国家規模のプロジェクトになるだろう。
更に王国では個人の風呂を所有することがある種の貴族のステータスとなっている関係上、一般市民が簡単に使えるようになるのは良く思わない輩もいるだろう。
個人の整備が難しいのなら大衆浴場とする手もあるが、これは設備や燃料の節約を考えて男女を分けるか、混浴とするかというの問題があるだろう。前者ならば燃料費は掛かるが比較的浸透しやすいと思われる。後者は燃料費が節約できるが、男女が同じ所で湯に入る、この一点を拒否する者もいるだろう。基本的に皆、羞恥心があるのだから。
洗濯を終えた服を木の間に張ったロープにかけて乾かしつつ、ストレガは物思いにふける。
「風呂を普及させるには前途多難なのだ」
考えていたストレガの手から本が落ちそうになる。落とす前に支えるとページの間から小さな紙片がひらりと舞い落ちた。
そこには卵の図案が描かれており、それはどうやら温泉に浸っているようだった。隣には【温泉卵】と記されていた。
それを拾ってストレガはじっと眺める。すると、新たな疑問が頭に浮かんできた。そうなれば、やることは一つだ。
「温泉によって温泉卵の味が違うのだ? さっき作った粉末が違いの検証に役立つかも知れないのだ!」
ストレガは小さな鉄鍋を三つ用意。そこに湯の花粉末を投入して三つのお湯を作成した。
それぞれに卵を投入する。卵は鉄鍋の底に沈んでいった。
それから数分が立ち、頃合いだと思ったストレガは三つの鉄鍋から卵を引き上げる。
水にさらしながら殻を剥いていくと、新たな発見があった。違う温泉で茹でた卵は微妙に色が違ったのだ。
まずシャルガネの湯に入れた卵をかじってみる。こちらは薄い塩味でそのままで食べるには少々物足りない味だった。
次にシグモル火山帯の湯に入れた卵をかじってみた。こちらは同じ時間だというのに少々硬く茹で上がっているようだ。成分の違いだろうか。味はまあまあといった所。
最後にドワーフ王国の湯で茹でた卵を頬張る。強い塩味と独特の香りがストレガの口内で広がる。味は大変美味しい物であった。
「三つの湯で少しずつでも味が違うのだ……やはり成分の影響が強く出ている方が……」
何やら思い立ったのか、ストレガは紙にわかったことを記していく。
こうした日々の積み重ねが、ストレガたる彼女の糧となり、それは次代のストレガを受け継ぐ者へと知識として継承されていくのだろう。かつての彼女がそうであったように。
彼女にとって、無駄な経験も意味のない研究も存在しない。
例え、今は意味をなさない知識があったとしてもそれは別の誰かの研究を進ませるきっかけや、失敗しない教訓になるのかもしれないのだから。
だからこそ、彼女はあらゆることを記録し研究する。知識欲の赴くままに。
そうして彼女の持つ資料はまた一段と分厚く、立派になっていくのであった。
鳥がさえずる声が響き渡る森の中。
心地よい朝日を受けた木々が風に揺れ、海のさざ波のような音を響かせていた。
そんな森に似つかわしくない物がひとつ。
黒くて、丸い物体。そう、それは大きな竈だった。
その制作者であるストレガ・L・リベルガストラは荷物から薄荷やドクダミなど薬草の類を取り出していた。これらを竃に張った湯に投入することで薬湯の出来上がりというわけである。
ストレガは竃に薪をくべ、なみなみと張った水が湯になるまでの間に改めて自身が用意した竃を眺めた。
それはかなりの大型で、シャルガネで飯炊き用に使われている竃よりも数倍は大きい。彼女が入っても不足はないだろう。
もしも普段使いであるならば、大型の魔物を煮る際にも使えるかもしれないと思いながら彼女は薪を火に放り込んで、筒で空気を送る。ぼうぼうと火が燃え盛った。
彼女は湯に入る前に、体を洗う必要があると考えた。汚れたまま入れば湯が汚れてしまう。
聞く所によればシャルガネでは一般的に湯に入る前に身体を洗うようだが、見聞きした中では他の文化圏だと多少の違いが見受けられるようだ。国によって入浴という行為の根付き方も様々である。
スライムから製作した石鹸を用意し、ストレガは体を洗う為に衣服を脱ぐ。一枚、また一枚と布が消え、彼女の美しい褐色の肢体が露わとなった。
周囲には竃をぐるっと隠すように木製の仕切りが立てられている。そのおかげで彼女の裸体は誰かに見られることは無い。
中々の大きさを誇る胸と形のいいお尻といった魅力的な体を持つストレガだが、彼女には羞恥心といったものはない。例え誰かが自分の裸を見たとしても、何も思わず逆に見た者の反応の方に興味がいってしまう、それほどに彼女の知識欲は高いのだ。
間違っても彼女の風呂を覗くことはお勧めしない。そこに生命の危険はないかもしれないが、彼女に見つかればきっと“ありとあらゆる反応”を研究され尽くしてしまうことだろう。もっとも、その覚悟があれば別だが。
柔らかい胸をぐいっと押し上げ、アンダー部分をスライム石鹸で洗う。ここは冒険をしていると汗が溜まりやすい箇所だ。大きな胸を持つ者の宿命と言っていいだろう。
沸いて程よい温度になった湯を体にかけながら、まずは腕をスライム石鹸でこする。スライムを利用したこの石鹸は汚れの落ちが良く、彼女はとてもこれを重宝していた。
足を延ばして石鹸で洗っていく。冒険者として様々な所を歩く関係上、足の健康管理は大事である。こうして定期的に清潔に保たなければ、ふとした時に不潔さからくる病や怪我に見舞われてしまう。そうなれば依頼達成はおろか、危険な地域から生還することすら難しいのだ。
時間を掛けて足を洗ったストレガは腹部や柔らかい尻をゆっくりと洗っていく。
身体を洗い終わると、彼女は湯を少しかけてスライム石鹸で浮き上がった汚れや垢をこそぎ落とす。水と違って温かな心地よさを感じながらストレガはほうっと息を吐く。
「水とは違っていい気分なのだ。湯で汚れを流す、これはある意味身体から毒を浄化してるのではないか。ふむ、熱すれば消える毒もあるというし」
普段から彼女は多くの料理を手掛けているせいか、どうにも料理基準で考えてしまうことがあった。どうやら今回もその例に漏れないらしい。
体が十分に綺麗になったことを確認したストレガは台を使って竃に張った湯へ身体を沈めていく。
ちょうどいい暖かさが身体にじわじわと広がっていった。
「む? やはりこれは浮くのか……脂肪であるわけだし、それも道理なのだ」
彼女が視線を落とすのは自身の胸元。標準よりも大きい褐色の宝珠は、ぷかりとふたつ、湯に浮かんでいる。これは持たざる者には見えない光景と言えよう。
ぐっと手を伸ばして伸びをし、ほうっと息を吐いたストレガは各国の風呂事情に想いを馳せた。長旅の中で彼女は様々な話を聞いている。その記憶を反芻していく。
あまり裕福ではない地域や開発の進んでいない地域では、そもそも風呂に入るという概念自体が見受けられない場所もあった。そう言った場所では川辺で水浴びの習慣が根付いている。湯を料理に使いはするが、それで身体を洗おうとは思わないようだった。
リーンエス王国では、個人所有の風呂は普通の家にはほとんどなく大体は水浴びで済ます、といった具合だ。個人所有でなおかつ、潤沢に水を用意してそれを入浴の為だけに沸かすことのできる余裕は貴族にしかないだろう。一種のステータスなのだろうなとストレガは思う。
フィルエス大森林の方は見て回った際に風呂に入っている者に少なくともストレガは出会ったことがない。大多数が水浴びである。湯に入る者も探せばいるのかもしれないが恐らく少数だろう。
逆にシグモル火山帯、シャルガネ、ドワーフ王国、これら三つの地域では土地柄もあってか温泉が湧く。
そうなればそもそも湯に入らないという選択肢の方が生まれ辛いだろう。
そういえばと思いだし、シャルガネを旅していた時の頃を思い出す。あの地域は辺境都市群といったこともあって、古代の上下水道が完備されている。そこに住まう人々はそれらを補修しながら大事に使っているが、他よりも浴場が多いのはその上下水道の存在も関係しているのかもしれない。
更に思いを馳せ、帝国北方を考える。あれらの地域では風呂といった物は聞かない。これは土地柄によるものだろうか。
だが風呂無しと結論付けようとした時点で何かを思い出し、いや待てとストレガは思い留まる。記憶の端に引っかかったのだ、何かが。
それは風呂ではないがその亜種ともいえる。そう、サウナだ。
聞く話によれば、世界のどこかには携帯サウナという代物まであるらしい。あれはもう風呂といってもいいのではないかとストレガは思った。
極北については人の出入りが少ない為か、正直情報に乏しい。あの地域の情報もいずれ集めるべきだろう。
湯の温度を調節しながら、ストレガはゴールディを思う。あそこの親分も含め、あそこはきっと水浴びだ。
頭に水浴びしながら護衛を伴っている親分の姿が容易に浮かんだ。
「うむ、やはりこうして考えてみると……風呂の普及には上下水道の整備が必須かもしれないのだ。何か手をいずれ、考える必要がありそうなのだ」
そう彼女は各地の風呂事情に関する考察を締め括った。
なお、あくまでここまでの考察はストレガという一個人が見聞きできた範囲での話であって、どの地域の事情も一概にそうだとは語れない。
風呂には湯治という側面もある。
ひとえに湯と言っても、その効能は様々だ。
ただの湯には何も効果はない。どこまでいってもただの沸かした湯に過ぎない。
だがそこにストレガが入れたような薄荷やドクダミを入れれば、その薬草の薬効成分は溶けだし身体に浸透するだろう。
そうすれば、様々な効果が望めることとなり治療の役にも立つ。
ストレガは湯を沸かすのではなく、温泉であるならばと今度は考える。
温泉は火山活動の影響でその種類は多岐に渡る。
まず鉱物の特性が染み出した鉱泉。こちらは冷たい物もあるがその治癒効果は確かな物で、種類にもよるが皮膚病や傷の治癒にも利用は可能だろう。
「冷たい事を除けば、有効活用できそう……ならば水道設備以外にも簡単に沸かすことのできる設備が必要なのだ」
手軽に鉱泉を楽しむにはそういった施設が必要そうだ。様々な種類の鉱泉を利用できれば、それこそ湯治によって治る病もあるかも知れない。
次に温泉を考える。こちらは鉱泉と違って全て元より温かい物だ。
とは言え、それ故に“火山”の近くでないと活用し辛く、距離長く水道を通せば温泉の泉質が変容しやすい。
これらを活用するには火山が近くにあるシグモル火山帯が最も適しているだろう。
「ふーむ、手軽に持ち運べる方法でもあれば……各地の湯の花を集めて乾燥させ、薬草と配合すれば……手軽に温泉が楽しめるかもしれないのだ」
もしもそんな物が開発されれば、この世界のどこでも湯を沸かすだけで手軽に温泉が楽しめるだろう。
だがその手法は今の所、博識であるストレガですら試したことがなかった。
それを試したら、一体どんな風呂が出来上がるのだろうか。
気になってしまえば試したくなるのがストレガという人物である。やらないという選択肢はないだろう。
そうとなれば材料集めである。ストレガは町に帰ってから用意を整え、シャルガネ、シグモル火山帯、ドワーフ王国の各地にある温泉地へと飛んだ。
湯の花というのは、温泉の成分が凝固した物体である。泉質によってその色は異なる。
そのままでは持ち運びがしにくい為、ストレガはそれら各地の湯の花を乾燥させ、それらを持って再びこの森の実験地へと戻ってきた。
彼女は手軽に温泉を再現する為、その研究に入る。
記録したシャルガネの温泉資料を紐解き、まずその温泉の泉質を調べる。テストケースに選んだのは乳白色をした温泉だ。
まずはシャルガネ地区周辺で取れる薬草を適当に粉砕して粉末状にする。それらを乾燥した湯の花と共に湯に突っ込むと木の棒でストレガは掻き回し始めた。
しばらくしてから湯をすくって軽く飲んでみる。若干の苦みがあるようだ。
「口当たりが悪いのだ、湯の花をもっと細かく粉末状にする必要がありそうなのだ」
粉末にした湯の花、薬草を混ぜ合わせながらストレガは何度も、何度も様々なパターンを試していく。
それから休憩を挟みながら、しばらくして。
「で、できたのだ! シャルガネ、シグモル火山帯、ドワーフ王国……三つの地域を再現した携帯湯の花……いや、湯の花粉末が!」
試行錯誤を繰り返した結果、乾燥させた湯の花と各種薬草、香草を混ぜ合わせた三つの粉末が完成したのである。
オレンジ色の粉末が【シャルガネの素】。赤い粉末が【シグモル火山帯の素】。緑色の粉末が【ドワーフ王国の素】と名付けられた。
いざ実際に試してみようとストレガは用意していた三つの竃にそれぞれ水を張りお湯を沸かす。
沸いたひとつ目にストレガはシャルガネの素を投入した。オレンジ色の粉末が湯に溶け、湯の色が乳白色に変わる。混ぜた薬草や香草の影響か、この粉たちの色と湯の色が連動していないのもまた不思議だった。
ちゃぷんとストレガは乳白色の湯に体を沈める。そしてひとすくい、手にすくって湯を飲んだ。
「うむ、この味が近いのだ。まだ100%の再現ではないが、ベースはできた気がするのだ」
しばらく湯を楽しんでから、ストレガは別の竃に今度はシグモル火山帯の素を投入する。赤い粉末が溶け少し濁っているが、ある程度透き通った湯へと変わった。
台を使って登り、ゆっくりとストレガは濁り湯へ入浴する。じわっとした温かさが身体に広がってく。また、ぱちぱちとした水中で泡が弾ける感覚が心地いい。
「これはいい刺激なのだ。思ったよりも刺激が少なくこれなら危険性もなさそうなのだ」
満足そうな顔を浮かべたストレガは湯から上がる。もう彼女は研究を優先しているからだろうか、全くと言っていいほど身体を隠していない。きっと男性がいればそのプロポーションに釘付けになるだろう。とは言え仕切りがあるので混浴という行為が許されれば、の話ではあるが。
最後にストレガはドワーフ王国の素を竃に投入する。投入された粉末は湯に溶け、今度は茶褐色の湯へと変わった。香りは三つの内で最も強い。それは決して臭いというわけではないが、苦手な人もいるであろう香りだった。
湯に体を沈めたストレガは空を仰ぎ見て、ふうっと息を吐いた。じんわりとした温かみが彼女の身体を芯から温めていく。
「少し予定よりも匂いが強すぎるのだ……でも、これはこれでありなのだ」
試した試作粉末の再現度にある程度満足したストレガは最後の茶褐色の湯を楽しむ。湯を腕にかければ、肌少々すべすべになったような気さえした。
湯を楽しみ終わったストレガは、普通に沸かしたお湯を使って洗濯を行っていた。最初は残り湯を使おうと思ったのだが、湯の花の影響か硫黄臭が思いのほか強く洗濯に適さず使用できなかった。
水よりもお湯の方が汚れが落ちやすく、これはとてもいい方法に思える。普通の風呂ならばいいが、温泉の場合は匂いもクリアする必要がありそうだが。
「着たまま入れば洗濯の手間いらずなのだ? ふむ、急いでいる時はそれもアリかもしれないのだ」
洗濯を終え、資料に記録を取りながら、ストレガは今日の事を反芻する。目の前には三色の湯が入った瓶が並べられていた。
「風呂は確かにリラックスに良い。だがしかし、その用意の手間さが普及を妨げる原因なのだ。更に上下水道が整備されていないと用意すらままならないのだ」
水を大きな風呂桶に供給し、薪を使って湯を沸かす。やってみてわかったことだが、これはかなりの手間と労力を要していた。気軽に誰もができる方法ではない。料理で湯を沸かすのとはわけが違った。
先程作った粉末を改良していけば、いずれは遠方でも温泉が楽しめるかもしれない。だがその前に、風呂を普及させねばこの粉末は意味をなさないのだ。そもそも流通させるような量を個人では制作できないという問題もある。
ストレガは風呂の普及という観点を考える。
もしも、風呂が普及していない地域に風呂が普及すれば……それは容易に人々の清潔度が上がるということ。それは不潔からくる病を防ぐ効果も期待できるだろう。
とは言え、課題点も多い。
まず上下水道を整備するのが古代の水道を持つ辺境都市群周辺地域ならいざ知らず、その他の地域に整備するとなると容易ではない。それこそ国家規模のプロジェクトになるだろう。
更に王国では個人の風呂を所有することがある種の貴族のステータスとなっている関係上、一般市民が簡単に使えるようになるのは良く思わない輩もいるだろう。
個人の整備が難しいのなら大衆浴場とする手もあるが、これは設備や燃料の節約を考えて男女を分けるか、混浴とするかというの問題があるだろう。前者ならば燃料費は掛かるが比較的浸透しやすいと思われる。後者は燃料費が節約できるが、男女が同じ所で湯に入る、この一点を拒否する者もいるだろう。基本的に皆、羞恥心があるのだから。
洗濯を終えた服を木の間に張ったロープにかけて乾かしつつ、ストレガは物思いにふける。
「風呂を普及させるには前途多難なのだ」
考えていたストレガの手から本が落ちそうになる。落とす前に支えるとページの間から小さな紙片がひらりと舞い落ちた。
そこには卵の図案が描かれており、それはどうやら温泉に浸っているようだった。隣には【温泉卵】と記されていた。
それを拾ってストレガはじっと眺める。すると、新たな疑問が頭に浮かんできた。そうなれば、やることは一つだ。
「温泉によって温泉卵の味が違うのだ? さっき作った粉末が違いの検証に役立つかも知れないのだ!」
ストレガは小さな鉄鍋を三つ用意。そこに湯の花粉末を投入して三つのお湯を作成した。
それぞれに卵を投入する。卵は鉄鍋の底に沈んでいった。
それから数分が立ち、頃合いだと思ったストレガは三つの鉄鍋から卵を引き上げる。
水にさらしながら殻を剥いていくと、新たな発見があった。違う温泉で茹でた卵は微妙に色が違ったのだ。
まずシャルガネの湯に入れた卵をかじってみる。こちらは薄い塩味でそのままで食べるには少々物足りない味だった。
次にシグモル火山帯の湯に入れた卵をかじってみた。こちらは同じ時間だというのに少々硬く茹で上がっているようだ。成分の違いだろうか。味はまあまあといった所。
最後にドワーフ王国の湯で茹でた卵を頬張る。強い塩味と独特の香りがストレガの口内で広がる。味は大変美味しい物であった。
「三つの湯で少しずつでも味が違うのだ……やはり成分の影響が強く出ている方が……」
何やら思い立ったのか、ストレガは紙にわかったことを記していく。
こうした日々の積み重ねが、ストレガたる彼女の糧となり、それは次代のストレガを受け継ぐ者へと知識として継承されていくのだろう。かつての彼女がそうであったように。
彼女にとって、無駄な経験も意味のない研究も存在しない。
例え、今は意味をなさない知識があったとしてもそれは別の誰かの研究を進ませるきっかけや、失敗しない教訓になるのかもしれないのだから。
だからこそ、彼女はあらゆることを記録し研究する。知識欲の赴くままに。
そうして彼女の持つ資料はまた一段と分厚く、立派になっていくのであった。