思い出サブレ味
キャラクターノベル(グループ)制作 畑下はるこ納品 2022年05月24日 09時56分14秒
本当にいるかな。約束、ちゃんと覚えていてくれるかな。
疑っているわけじゃないけれど、旅をしていると色んなことがある。ちゃんといますように。祈るような気持ちで、約束の時間に約束の場所へ向かう。
だから、リブラネスタの片隅であの黒いマントを見つけた時には、サラはて嬉しくて走り出してしまった。
「だわおにいちゃん!」
近づいてきたサラに、だわは軽く手を挙げて応えてくれた。会えて嬉しい、久しぶり、渡したいものが。色んな言葉が浮いては消え、最終的にこぼれ出たのはありふれた言葉だった。
「元気、だった?」
「ああ。サラは」
「わたしも、元気、だったよ」
特に返事はない。表情も変わらない。
けれどふわっと緩んだ空気が、彼の心を雄弁に伝えてくれた。
●約束のクッキー
新暦1221年。
この年の2月、突如として迷宮都市エドゥノーグにて、カカオ豆ドロップ祭りが沸き起こった。大陸全土を席巻したチョコレートフィーバー、だわとサラもその新文化に触れ、チョコレートを楽しんで、最後に1か月後の再会を約束した。
そして1か月後の3月。
都市国家リブラネスタにて、だわはサラと再会する。
「これ、あの、作った、の」
サラがおずおずと差し出したのは、深緑色の瓶詰だった。色濃い夏の木の葉を思い起こさせるそれの中には、星型の影がちらちらと揺れている。
外側からだけでは何なのか分からなかったのだろう、だわは中身を見るべく蓋に手を掛けて……それを捻る前に、ちらとサラの顔を見た。贈り物をその場で開ける行為が不躾でないか、確認を求めたのだろう。
反射的に頷きを返したところでその事実に気づき、サラは頭の奥からほこほこぽわぽわ、温かい気持ちが湧くのを感じた。
(お菓子を貰ってから、少し距離が縮まった気がする)
仲良くなる度、見える。寡黙な鉄面皮の下に潜む、誠実さと気遣いが。
「クッキー? いや、……これは」
だわがそっと瓶から摘まみだした星は、その真ん中に赤い半透明な層を宿していた。春の色を増してきた陽射しにきらきらと透け、だわの指先に薄紅色の影を落とす。
「先月言っていた、飴のクッキーか」
サラがうんうんと頷けば、だわはクッキーを上向きに翳した。
だわが見つめる先にあるものをサラも見てみたくて、こっそりと首を伸ばす。柔らかい紅色の膜越しに、夢のような淡い紫色の空が見えた。
「えへへ……あのね、虹の色、なの」
はにかみながら零した言葉に、だわが瓶からもう1枚、2枚とクッキーを取り出す。黄色、紫。瓶の中には青や橙も見えた。
「お空、見ながら、わくわく、どきどき、食べて、ね」
「虹の色……」
たくさん並んだ小窓を眺めるだわは相変わらず無表情で、そこに感情は読み取れない、けれど。
「綺麗だ」
ぽつりと零れたその言葉は、サラを舞い上がらせた。
「よかった」
作っている最中のことを思い出す。先月にだわの話を聞いた時、だわはステンドグラスクッキーを透かして、カラフルな小窓越しに世界を見てみたいと言っていた。だからサラはより透明に、より綺麗な色になるよう、そしてどんな景色にも合うように素材を選んで、虹の小窓を焼き上げた。
「景色を探すのがまた楽しみになったな。大切にいただこう」
次の旅で見る景色が、だわにとって新しく好ましいものになるように。
サラの想いは、きっと伝わった。
●思い出サブレ味
サラとだわは、その後もあれこれと雑談を続けた。この1か月であったこと、だわが見た素晴らしい景色の話、サラが最近学んだ新しい料理。言葉数は多くなく、けれど互いの思いを響かせ合うように、取り留めもなく、あれこれと。
「……」
不意にだわが身を屈め、鞄を探った。不思議に思ったサラが見守る中、だわは鞄から包みを取り出す。
「これを」
受け取ったサラは少しだけ包みを見つめた後、先ほどしてもらったように、ちらりとだわを見る。自然に頷くだわの姿に少しだけ可笑しみを覚えながら、優しく器用に包みを開いた。
中に入っていたのはサブレだった。だわの促しに応じてサラはその中のひとつを口に運び、サクサクとした食感に心を弾ませる。
「だわおにいちゃん、も、食べて、いい、んだよ?」
そういえばとサラが指さしたのは、先ほどのクッキーが詰め直された瓶だ。
だわは瓶をじっと見つめ、その天辺に入っていた濃紫色の1枚を取り出した。サラも食べるならその色がいいと思う。作った中では一番色が濃くて、景色が見えづらい色だから。
夜空の色が、だわの口へ運ばれていく。ぱき、と軽やかな音がして、滅多に動かないだわの顔の筋肉が、咀嚼のために上下した。
「おいしい」
「うん、おいしいね」
「だわおにいちゃんは、どこで、おかし、みつけてくる、の?」
「ああ、旅先の喫茶店で。……今度そこへ一緒に行ってみるのも良いかもな」
「一緒に?」
一緒におでかけ。だわはそれを望んでくれるのか。サラは嬉しくて跳びあがりそうな気分になった。2人で歩く旅路は、さぞかし楽しく、温かいことだろう。だわが好む景色を、サラも隣で見られるかもしれない。
嬉しい。喜びはサラに未来を空想させ、そしてありえざるもう一つの考えに至らせた。
――いっぱいお話してくれて、わたしの為に素敵なお土産を用意してくれる、優しい優しいだわおにいちゃん。
――だわおにいちゃんが、本当のお兄ちゃんだったらいいのに。
そう思った時、不意にサラは思い出す。今日はもう一つ、だわに渡したいものがあった。
「あのね、これ」
今度の包みは布袋だ。簡素で頑丈な麻に、細いリボンを括って。そのサイズや形式から食べ物ではないと察し、だわが不思議そうにリボンを解く。
中に入っていたのもまた、リボン状の飾り。固く編んだ麻紐へ、白い貝殻がチャームのように組み込まれている。
少しの間、だわは真顔で固まった。
気に入らなかったのだろうか。心配で拳を握りこみながら見つめるサラの前で、だわは視線をついと移した。手に持ったその紐から、自分の手首へと。
「あ、違う、の。こっち。アンクレット、だよ」
サラは慌てて自分の片足を持ち上げ、足首を指さして見せる。するとだわは納得したように頷いて、アンクレットを丁寧に袋へ仕舞い直した。
「そうなのか。……これもお前が作ったのか」
「うん」
「器用だな」
だわの指先が、貝殻を揺らす。
「そう、かな。……貝殻の、アクセサリー。形にも、意味があるん、だよ」
「……形に意味が? 何だろうな」
興味を持ってくれたことが嬉しくて、サラはどきどきしながらだわを見る。
「気に、なる?」
「ああ」
――それは、それはね。
「……えへへ、でも、ね。今は、秘密、なの」
肩透かしを食っただわは、表情を変えずに押し黙る。
怒らせちゃったかな。少しだけ心配になったけれど、こんなささやかな悪戯で怒るだわではないことも、サラはよく知っていた。
「ありがとう。大切にする」
現に、だわは袋をひどく丁寧に鞄へ仕舞ってくれる。
「うん。だわおにいちゃんを、守ってくれる、と、いい、な」
袋を視線で追いかけて、サラはふにゃっと柔らかく笑った。
アンクレットは、とある地域では家族に贈るもの。
持ち主を守ってほしいという願いを込めて、固く織り込まれるものだ。
(どうか、どうか。だわおにいちゃんと次も、その次も、楽しくおしゃべりできますように)
祈るようにサブレを掲げ持って、サラはゆったりと目を細めた。
疑っているわけじゃないけれど、旅をしていると色んなことがある。ちゃんといますように。祈るような気持ちで、約束の時間に約束の場所へ向かう。
だから、リブラネスタの片隅であの黒いマントを見つけた時には、サラはて嬉しくて走り出してしまった。
「だわおにいちゃん!」
近づいてきたサラに、だわは軽く手を挙げて応えてくれた。会えて嬉しい、久しぶり、渡したいものが。色んな言葉が浮いては消え、最終的にこぼれ出たのはありふれた言葉だった。
「元気、だった?」
「ああ。サラは」
「わたしも、元気、だったよ」
特に返事はない。表情も変わらない。
けれどふわっと緩んだ空気が、彼の心を雄弁に伝えてくれた。
●約束のクッキー
新暦1221年。
この年の2月、突如として迷宮都市エドゥノーグにて、カカオ豆ドロップ祭りが沸き起こった。大陸全土を席巻したチョコレートフィーバー、だわとサラもその新文化に触れ、チョコレートを楽しんで、最後に1か月後の再会を約束した。
そして1か月後の3月。
都市国家リブラネスタにて、だわはサラと再会する。
「これ、あの、作った、の」
サラがおずおずと差し出したのは、深緑色の瓶詰だった。色濃い夏の木の葉を思い起こさせるそれの中には、星型の影がちらちらと揺れている。
外側からだけでは何なのか分からなかったのだろう、だわは中身を見るべく蓋に手を掛けて……それを捻る前に、ちらとサラの顔を見た。贈り物をその場で開ける行為が不躾でないか、確認を求めたのだろう。
反射的に頷きを返したところでその事実に気づき、サラは頭の奥からほこほこぽわぽわ、温かい気持ちが湧くのを感じた。
(お菓子を貰ってから、少し距離が縮まった気がする)
仲良くなる度、見える。寡黙な鉄面皮の下に潜む、誠実さと気遣いが。
「クッキー? いや、……これは」
だわがそっと瓶から摘まみだした星は、その真ん中に赤い半透明な層を宿していた。春の色を増してきた陽射しにきらきらと透け、だわの指先に薄紅色の影を落とす。
「先月言っていた、飴のクッキーか」
サラがうんうんと頷けば、だわはクッキーを上向きに翳した。
だわが見つめる先にあるものをサラも見てみたくて、こっそりと首を伸ばす。柔らかい紅色の膜越しに、夢のような淡い紫色の空が見えた。
「えへへ……あのね、虹の色、なの」
はにかみながら零した言葉に、だわが瓶からもう1枚、2枚とクッキーを取り出す。黄色、紫。瓶の中には青や橙も見えた。
「お空、見ながら、わくわく、どきどき、食べて、ね」
「虹の色……」
たくさん並んだ小窓を眺めるだわは相変わらず無表情で、そこに感情は読み取れない、けれど。
「綺麗だ」
ぽつりと零れたその言葉は、サラを舞い上がらせた。
「よかった」
作っている最中のことを思い出す。先月にだわの話を聞いた時、だわはステンドグラスクッキーを透かして、カラフルな小窓越しに世界を見てみたいと言っていた。だからサラはより透明に、より綺麗な色になるよう、そしてどんな景色にも合うように素材を選んで、虹の小窓を焼き上げた。
「景色を探すのがまた楽しみになったな。大切にいただこう」
次の旅で見る景色が、だわにとって新しく好ましいものになるように。
サラの想いは、きっと伝わった。
●思い出サブレ味
サラとだわは、その後もあれこれと雑談を続けた。この1か月であったこと、だわが見た素晴らしい景色の話、サラが最近学んだ新しい料理。言葉数は多くなく、けれど互いの思いを響かせ合うように、取り留めもなく、あれこれと。
「……」
不意にだわが身を屈め、鞄を探った。不思議に思ったサラが見守る中、だわは鞄から包みを取り出す。
「これを」
受け取ったサラは少しだけ包みを見つめた後、先ほどしてもらったように、ちらりとだわを見る。自然に頷くだわの姿に少しだけ可笑しみを覚えながら、優しく器用に包みを開いた。
中に入っていたのはサブレだった。だわの促しに応じてサラはその中のひとつを口に運び、サクサクとした食感に心を弾ませる。
「だわおにいちゃん、も、食べて、いい、んだよ?」
そういえばとサラが指さしたのは、先ほどのクッキーが詰め直された瓶だ。
だわは瓶をじっと見つめ、その天辺に入っていた濃紫色の1枚を取り出した。サラも食べるならその色がいいと思う。作った中では一番色が濃くて、景色が見えづらい色だから。
夜空の色が、だわの口へ運ばれていく。ぱき、と軽やかな音がして、滅多に動かないだわの顔の筋肉が、咀嚼のために上下した。
「おいしい」
「うん、おいしいね」
「だわおにいちゃんは、どこで、おかし、みつけてくる、の?」
「ああ、旅先の喫茶店で。……今度そこへ一緒に行ってみるのも良いかもな」
「一緒に?」
一緒におでかけ。だわはそれを望んでくれるのか。サラは嬉しくて跳びあがりそうな気分になった。2人で歩く旅路は、さぞかし楽しく、温かいことだろう。だわが好む景色を、サラも隣で見られるかもしれない。
嬉しい。喜びはサラに未来を空想させ、そしてありえざるもう一つの考えに至らせた。
――いっぱいお話してくれて、わたしの為に素敵なお土産を用意してくれる、優しい優しいだわおにいちゃん。
――だわおにいちゃんが、本当のお兄ちゃんだったらいいのに。
そう思った時、不意にサラは思い出す。今日はもう一つ、だわに渡したいものがあった。
「あのね、これ」
今度の包みは布袋だ。簡素で頑丈な麻に、細いリボンを括って。そのサイズや形式から食べ物ではないと察し、だわが不思議そうにリボンを解く。
中に入っていたのもまた、リボン状の飾り。固く編んだ麻紐へ、白い貝殻がチャームのように組み込まれている。
少しの間、だわは真顔で固まった。
気に入らなかったのだろうか。心配で拳を握りこみながら見つめるサラの前で、だわは視線をついと移した。手に持ったその紐から、自分の手首へと。
「あ、違う、の。こっち。アンクレット、だよ」
サラは慌てて自分の片足を持ち上げ、足首を指さして見せる。するとだわは納得したように頷いて、アンクレットを丁寧に袋へ仕舞い直した。
「そうなのか。……これもお前が作ったのか」
「うん」
「器用だな」
だわの指先が、貝殻を揺らす。
「そう、かな。……貝殻の、アクセサリー。形にも、意味があるん、だよ」
「……形に意味が? 何だろうな」
興味を持ってくれたことが嬉しくて、サラはどきどきしながらだわを見る。
「気に、なる?」
「ああ」
――それは、それはね。
「……えへへ、でも、ね。今は、秘密、なの」
肩透かしを食っただわは、表情を変えずに押し黙る。
怒らせちゃったかな。少しだけ心配になったけれど、こんなささやかな悪戯で怒るだわではないことも、サラはよく知っていた。
「ありがとう。大切にする」
現に、だわは袋をひどく丁寧に鞄へ仕舞ってくれる。
「うん。だわおにいちゃんを、守ってくれる、と、いい、な」
袋を視線で追いかけて、サラはふにゃっと柔らかく笑った。
アンクレットは、とある地域では家族に贈るもの。
持ち主を守ってほしいという願いを込めて、固く織り込まれるものだ。
(どうか、どうか。だわおにいちゃんと次も、その次も、楽しくおしゃべりできますように)
祈るようにサブレを掲げ持って、サラはゆったりと目を細めた。