少年の決意
キャラクターノベル制作 革酎納品 2022年05月05日 09時16分27秒
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よく降る雨だ――だわは青い瞳に陰鬱な念を浮かべ、巨木の幹にぽっかりと穿たれた空洞内から、半ば黒に近い灰色の曇天をそっと見上げた。
ここはリーンエス王国内の、とある森林の奥地。
冒険者としての任務を遂行し、依頼元の冒険者ギルド支部へ戻る途中で豪雨に遭った。急ぐ程の帰路でもなかったから、だわは偶々目に入った巨木の幹の根元程の位置にあった空洞に身を寄せた。
全身がずぶ濡れになる前に雨宿り場所を見つけられたのは幸運だった。しかし、この雨はいつになったらやむのだろう。
そんなことを考えながら冷たい雨粒を浴びている下生えや、名前も知らぬ花々を眺めているうちに、ふと、幼い頃の記憶が蘇った。
そういえば、だわの故郷を襲ったあの惨劇も、最初はこんな雨の降り出しから始まった。
だわから家族を、友人を、全てを奪った怪物は、未だ健在の筈だ。
奴は今、どこに居るのだろうか。
8歳の誕生日を迎えたばかりのリクアルド少年は、明るく活発な男の子だった。彼の生家はリーンエス王国の辺境に位置するルクサリア領内の、小さな村である。
決して裕福な土地だとはいえず、色々と苦労も多かったが、少年は家族と共に幸せな日々を送っていた。
「やあリクアルド。今朝も早いね。また今日も狩りの手伝いかい?」
「うん! それが終わったら、皆と騎士ごっこやるんだ!」
近隣住民からも、わんぱくながら可愛げのある村の子として大いに愛されていた。リクアルドにとってはこの小さな村が世界の全てだったが、少年の心にはそれで十分だった。
いつまでもこの穏やかで平和な生活が続くと信じてやまなかった少年の想いはしかし、ある日突然訪れた悲劇によって、全てが覆された。
●
突然、世界が水煙に覆い尽くされた。
一体何が起きたのか、リクアルドにはよく分からなかった。
瞬く間に黒一色の曇天へと変じた大空からは、巨大な桶をひっくり返した様な途方も無い水量が襲い掛かってきた。
近くを流れる小さな川はあっという間に氾濫し、茶色く濁った大量の水が溢れ出した。その一部はリクアルドの住む村にも容赦無く流れ込んできた。
「父さん! 母さん!」
リクアルドは必死に叫んだ。
偶々近所の友達数名と一緒に岩山で探検ごっこをして遊んでいたリクアルドだが、村の方から地響きの如き恐ろしい轟音が鳴り響いてきた時には、幼いながら事態の緊急なるを即座に理解した。
「リクアルド! その岩から動くんじゃない!」
近所のおじさんが、濁流に呑まれながら必死に叫んだ。やがてその姿は、すぐに見えなくなった。リクアルドは小高い岩の上から自分の家が一気に押し流されてゆく様を、呆然と眺めていた。
「父さん! 母さん! そんな、嫌だよ! おれ、ひとりで居たくないよ!」
リクアルドは声を嗄らして叫んだが、幼い子供に何が出来るという訳でも無い。濁流に飛び込んで泳ぎ抜くという様な技術も体力も無い。
激しく叩きつける雨粒に混ざって、リクアルドの目から涙が溢れた。愛する父が、母が、この世から居なくなってしまう。家族や友達が、死んでしまう。
なのにリクアルドは何も出来ず、この小高い岩山の上でただ必死に叫び、無事を祈ることしか出来ない。
何故こんなにも残酷な悲劇を、見せつけられなければならないのか。
どうして大好きな父さんと母さんを、目の前で奪われなければならないのか。
何ひとつ、分からない。何ひとつ、納得出来ない。
その余りにり理不尽な地獄を、リクアルドの幼い心は一切受け入れることが出来なかった。
そんな中――絶望と悲しみに暮れる少年の視界の向こうで、巨大な何かが動いているのが見えた。それはまるで、水の怪物だった。
液体の集合体ともいうべき超巨大な蛇型の何かが、村の中央をゆっくりと進んでゆくのが見えた。
何かを攻撃する訳でも無く、生物を喰らう訳でも無く、ただ兎に角、前へ前へとうねりながら進んでゆくのみである。
巨大な水蛇の周囲では更に雨が激しく降りしきり、その巨大な質量で大地を押し崩し、まるでひとつの巨大な災害が形を為して進んでいる様であった。
●
数時間後。
リクアルドは数名の兵士に抱えられて、村の裏側に位置するなだらかな丘の頂きへと搬送された。
既に雨は小康状態となり、濁流も水位を随分と下げている。しかし、押し流された村は最早、原形をとどめていなかった。
幾つも張られたテントのうちのひとつに運び込まれたリクアルドは、簡易ベッドに寝かされ、冷え切った体を温める為に何枚もの毛布を重ねられた。
視線を巡らせると、他にも幾つか同じ様な簡易ベッドが横たわっている。よく見知った顔があったが、村の全員がここへ運び込まれた訳ではなかったようだ。
リクアルドは必死に父と母の顔を探し求めたが、どこにも見当たらなかった。
いつの間にか、屈強な中年男性が若い兵士を従えてリクアルドの傍らに佇んでいた。
「君、大丈夫か」
声をかけてきたのは、駆けつけてきたルクサリア領軍兵の隊長らしき人物だった。彼はザンダー・ニコルゴスと名乗った。
「ねぇ坊や、何か見なかったかい? 例えば、こんな奴を」
若い兵が羊皮紙に描かれた何かを、リクアルドに見せた。それは鎌首をもたげて大地を突き進む様子の、巨大な蛇であった。しかし、ただの蛇ではない。全身が水で構成されている、とても生物とは思えない存在だ。
リクアルドは小さく頷き返した。あの時、岩山の上で見た巨大な姿と酷似していた。
「ねぇ……あれは一体、何?」
「我々は、『水の災害』と呼んでいる」
ザンダー曰く、自然発生的に誕生したものではない、ということらしい。ザンダーの隊は以前からあの『水の災害』を追い続けてはいるが、とても討伐出来る相手ではないのだという。
その為、ザンダーの隊は『水の災害』の出現位置を常に探り続け、可能であれば先回りして進路を逸らすことを試みたり、領民の避難誘導や救助に当たることを任務としているらしい。
「斃せるものなら、斃してしまいたいのだがな」
ザンダーは沈痛な面持ちでかぶりを振った。
あの恐るべき怪物はクリーパーかも知れないし、或いは魔獣の類かも知れない。だが、一切は謎に包まれているとの由。
その時、もうひとりの若い兵士トルモス・マツェンコフが温かいお茶をカップに入れて、リクアルドの前に差し出してきてくれた。
リクアルドはザンダーの大きな腕に支えられながら上体を起こし、その小さな両手で、トルモスからカップを受け取った。
「ねぇ……父さんと母さんは、どうなったのかな……ここには、居ないのかな」
「済まない。我々が駆けつけた時には、ここに居る生存者しか発見出来なかった」
悔しそうに唇を噛むザンダー。瞼を伏せて、言葉を発しないトルモス。
リクアルドは温かいカップを小さな両手で抱える様に持ったまま、泣いた。涙がとめども無く溢れてきて、泣いた。誰に憚ることも無く、嗚咽を漏らして、泣いた。
それは8歳の少年にとっては、当然の反応だった。
●
ザンダーの隊は恐るべき『水の災害』の専門家と目されていたが、彼等は実際のところ、『水の災害』が嵐や竜巻、大水害などを伴って移動するということ以外、何ひとつ分かっていないのだという。
常にどこかに出現しているという訳でも無く、ある時、忽然と姿を見せるケースが圧倒的に多いという話であった。但し、予兆はある。突然天が黒い雲に覆われ、天候が急変し始めた時は『水の災害』が出現する可能性が極端に高まるらしい。
また、過去の移動経路の延長上に必ず現れるということから、姿を見せていない時でも密かに移動を続けているのではないかと推測されている。水の巨体のまま地中を這い廻っているか、或いは水蒸気となって目に見えない状態で移動を続けているか、その詳細は未だ不明のままではあったが。
ただひとつ分かっていることは、『水の災害』は常に移動し続けている為、同じ被災地域には二度と現れないことがほとんどだという話であった。
つまり、リクアルドの村は今後数十年、或いは数百年、あの恐ろしい怪物の進路にはなり得ないということの様だ。
しかし、だから何だというのだろう。現実に『水の災害』はリクアルドの村に現れた。そして、大切なひとびとの命をあんなにもあっさりと、奪っていってしまった。
もう二度とリクアルドの村には現れないからといって、それは何の慰めにもなっていなかった。
「あいつ、誰にもやっつけられないのかな?」
「さぁな……強力な授恵者なら、斃せるかも知れないけどね」
幾分落ち着いた頃になって、ベッド上のリクアルドはザンダーに訊いた。ザンダーはずっと、リクアルドの隣りに付き添い続けていた。
そして何よりもザンダーはリクアルドをただの子供ではなく、ひとりの男として言葉を交わしてくれていた。もしかするとザンダーは、リクアルドの瞳の中に何かの意思を感じ取っていたのかも知れない。
「おれ……いつか絶対、あいつをやっつける」
リクアルドは誰に語りかけるともなく、小さく呟いた。
だわは未だやむ気配の無い雨に、茫漠とした視線を投げ続けていた。
しかし、不意に何か、嫌な予感が込み上げてきた。雨は更に強くなり、風が吹き始めた。どこか遠くで、川面の流れが轟音に変じつつある。
樹々がへし折られ、押し潰される様な音が雨音の向こう側で響いた。明らかに、何かが居る。自然界にあるまじき不自然な存在だ。それがゆっくり、こちらに近づいてくる。
かつて幼い頃に、肌で感じたことのあった異様な気配が感じられる。
そういえば、この森はまだ、あの怪物が通ったことは一度も無かった筈だった。
(まさか……奴か)
だわはゆっくりと空洞内で立ち上がり、得物に触れた。
よく降る雨だ――だわは青い瞳に陰鬱な念を浮かべ、巨木の幹にぽっかりと穿たれた空洞内から、半ば黒に近い灰色の曇天をそっと見上げた。
ここはリーンエス王国内の、とある森林の奥地。
冒険者としての任務を遂行し、依頼元の冒険者ギルド支部へ戻る途中で豪雨に遭った。急ぐ程の帰路でもなかったから、だわは偶々目に入った巨木の幹の根元程の位置にあった空洞に身を寄せた。
全身がずぶ濡れになる前に雨宿り場所を見つけられたのは幸運だった。しかし、この雨はいつになったらやむのだろう。
そんなことを考えながら冷たい雨粒を浴びている下生えや、名前も知らぬ花々を眺めているうちに、ふと、幼い頃の記憶が蘇った。
そういえば、だわの故郷を襲ったあの惨劇も、最初はこんな雨の降り出しから始まった。
だわから家族を、友人を、全てを奪った怪物は、未だ健在の筈だ。
奴は今、どこに居るのだろうか。
8歳の誕生日を迎えたばかりのリクアルド少年は、明るく活発な男の子だった。彼の生家はリーンエス王国の辺境に位置するルクサリア領内の、小さな村である。
決して裕福な土地だとはいえず、色々と苦労も多かったが、少年は家族と共に幸せな日々を送っていた。
「やあリクアルド。今朝も早いね。また今日も狩りの手伝いかい?」
「うん! それが終わったら、皆と騎士ごっこやるんだ!」
近隣住民からも、わんぱくながら可愛げのある村の子として大いに愛されていた。リクアルドにとってはこの小さな村が世界の全てだったが、少年の心にはそれで十分だった。
いつまでもこの穏やかで平和な生活が続くと信じてやまなかった少年の想いはしかし、ある日突然訪れた悲劇によって、全てが覆された。
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突然、世界が水煙に覆い尽くされた。
一体何が起きたのか、リクアルドにはよく分からなかった。
瞬く間に黒一色の曇天へと変じた大空からは、巨大な桶をひっくり返した様な途方も無い水量が襲い掛かってきた。
近くを流れる小さな川はあっという間に氾濫し、茶色く濁った大量の水が溢れ出した。その一部はリクアルドの住む村にも容赦無く流れ込んできた。
「父さん! 母さん!」
リクアルドは必死に叫んだ。
偶々近所の友達数名と一緒に岩山で探検ごっこをして遊んでいたリクアルドだが、村の方から地響きの如き恐ろしい轟音が鳴り響いてきた時には、幼いながら事態の緊急なるを即座に理解した。
「リクアルド! その岩から動くんじゃない!」
近所のおじさんが、濁流に呑まれながら必死に叫んだ。やがてその姿は、すぐに見えなくなった。リクアルドは小高い岩の上から自分の家が一気に押し流されてゆく様を、呆然と眺めていた。
「父さん! 母さん! そんな、嫌だよ! おれ、ひとりで居たくないよ!」
リクアルドは声を嗄らして叫んだが、幼い子供に何が出来るという訳でも無い。濁流に飛び込んで泳ぎ抜くという様な技術も体力も無い。
激しく叩きつける雨粒に混ざって、リクアルドの目から涙が溢れた。愛する父が、母が、この世から居なくなってしまう。家族や友達が、死んでしまう。
なのにリクアルドは何も出来ず、この小高い岩山の上でただ必死に叫び、無事を祈ることしか出来ない。
何故こんなにも残酷な悲劇を、見せつけられなければならないのか。
どうして大好きな父さんと母さんを、目の前で奪われなければならないのか。
何ひとつ、分からない。何ひとつ、納得出来ない。
その余りにり理不尽な地獄を、リクアルドの幼い心は一切受け入れることが出来なかった。
そんな中――絶望と悲しみに暮れる少年の視界の向こうで、巨大な何かが動いているのが見えた。それはまるで、水の怪物だった。
液体の集合体ともいうべき超巨大な蛇型の何かが、村の中央をゆっくりと進んでゆくのが見えた。
何かを攻撃する訳でも無く、生物を喰らう訳でも無く、ただ兎に角、前へ前へとうねりながら進んでゆくのみである。
巨大な水蛇の周囲では更に雨が激しく降りしきり、その巨大な質量で大地を押し崩し、まるでひとつの巨大な災害が形を為して進んでいる様であった。
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数時間後。
リクアルドは数名の兵士に抱えられて、村の裏側に位置するなだらかな丘の頂きへと搬送された。
既に雨は小康状態となり、濁流も水位を随分と下げている。しかし、押し流された村は最早、原形をとどめていなかった。
幾つも張られたテントのうちのひとつに運び込まれたリクアルドは、簡易ベッドに寝かされ、冷え切った体を温める為に何枚もの毛布を重ねられた。
視線を巡らせると、他にも幾つか同じ様な簡易ベッドが横たわっている。よく見知った顔があったが、村の全員がここへ運び込まれた訳ではなかったようだ。
リクアルドは必死に父と母の顔を探し求めたが、どこにも見当たらなかった。
いつの間にか、屈強な中年男性が若い兵士を従えてリクアルドの傍らに佇んでいた。
「君、大丈夫か」
声をかけてきたのは、駆けつけてきたルクサリア領軍兵の隊長らしき人物だった。彼はザンダー・ニコルゴスと名乗った。
「ねぇ坊や、何か見なかったかい? 例えば、こんな奴を」
若い兵が羊皮紙に描かれた何かを、リクアルドに見せた。それは鎌首をもたげて大地を突き進む様子の、巨大な蛇であった。しかし、ただの蛇ではない。全身が水で構成されている、とても生物とは思えない存在だ。
リクアルドは小さく頷き返した。あの時、岩山の上で見た巨大な姿と酷似していた。
「ねぇ……あれは一体、何?」
「我々は、『水の災害』と呼んでいる」
ザンダー曰く、自然発生的に誕生したものではない、ということらしい。ザンダーの隊は以前からあの『水の災害』を追い続けてはいるが、とても討伐出来る相手ではないのだという。
その為、ザンダーの隊は『水の災害』の出現位置を常に探り続け、可能であれば先回りして進路を逸らすことを試みたり、領民の避難誘導や救助に当たることを任務としているらしい。
「斃せるものなら、斃してしまいたいのだがな」
ザンダーは沈痛な面持ちでかぶりを振った。
あの恐るべき怪物はクリーパーかも知れないし、或いは魔獣の類かも知れない。だが、一切は謎に包まれているとの由。
その時、もうひとりの若い兵士トルモス・マツェンコフが温かいお茶をカップに入れて、リクアルドの前に差し出してきてくれた。
リクアルドはザンダーの大きな腕に支えられながら上体を起こし、その小さな両手で、トルモスからカップを受け取った。
「ねぇ……父さんと母さんは、どうなったのかな……ここには、居ないのかな」
「済まない。我々が駆けつけた時には、ここに居る生存者しか発見出来なかった」
悔しそうに唇を噛むザンダー。瞼を伏せて、言葉を発しないトルモス。
リクアルドは温かいカップを小さな両手で抱える様に持ったまま、泣いた。涙がとめども無く溢れてきて、泣いた。誰に憚ることも無く、嗚咽を漏らして、泣いた。
それは8歳の少年にとっては、当然の反応だった。
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ザンダーの隊は恐るべき『水の災害』の専門家と目されていたが、彼等は実際のところ、『水の災害』が嵐や竜巻、大水害などを伴って移動するということ以外、何ひとつ分かっていないのだという。
常にどこかに出現しているという訳でも無く、ある時、忽然と姿を見せるケースが圧倒的に多いという話であった。但し、予兆はある。突然天が黒い雲に覆われ、天候が急変し始めた時は『水の災害』が出現する可能性が極端に高まるらしい。
また、過去の移動経路の延長上に必ず現れるということから、姿を見せていない時でも密かに移動を続けているのではないかと推測されている。水の巨体のまま地中を這い廻っているか、或いは水蒸気となって目に見えない状態で移動を続けているか、その詳細は未だ不明のままではあったが。
ただひとつ分かっていることは、『水の災害』は常に移動し続けている為、同じ被災地域には二度と現れないことがほとんどだという話であった。
つまり、リクアルドの村は今後数十年、或いは数百年、あの恐ろしい怪物の進路にはなり得ないということの様だ。
しかし、だから何だというのだろう。現実に『水の災害』はリクアルドの村に現れた。そして、大切なひとびとの命をあんなにもあっさりと、奪っていってしまった。
もう二度とリクアルドの村には現れないからといって、それは何の慰めにもなっていなかった。
「あいつ、誰にもやっつけられないのかな?」
「さぁな……強力な授恵者なら、斃せるかも知れないけどね」
幾分落ち着いた頃になって、ベッド上のリクアルドはザンダーに訊いた。ザンダーはずっと、リクアルドの隣りに付き添い続けていた。
そして何よりもザンダーはリクアルドをただの子供ではなく、ひとりの男として言葉を交わしてくれていた。もしかするとザンダーは、リクアルドの瞳の中に何かの意思を感じ取っていたのかも知れない。
「おれ……いつか絶対、あいつをやっつける」
リクアルドは誰に語りかけるともなく、小さく呟いた。
だわは未だやむ気配の無い雨に、茫漠とした視線を投げ続けていた。
しかし、不意に何か、嫌な予感が込み上げてきた。雨は更に強くなり、風が吹き始めた。どこか遠くで、川面の流れが轟音に変じつつある。
樹々がへし折られ、押し潰される様な音が雨音の向こう側で響いた。明らかに、何かが居る。自然界にあるまじき不自然な存在だ。それがゆっくり、こちらに近づいてくる。
かつて幼い頃に、肌で感じたことのあった異様な気配が感じられる。
そういえば、この森はまだ、あの怪物が通ったことは一度も無かった筈だった。
(まさか……奴か)
だわはゆっくりと空洞内で立ち上がり、得物に触れた。