被告人ゲルト

キャラクターノベル制作 革酎納品 2022年04月27日 13時22分10秒

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 今日もまた、昼休みを知らせる鐘が鳴る。
 その音色を合図として、生徒達の心は一斉に勉学から楽しい昼食のひと時へと切り替わる。パンクリアース学園では毎日繰り広げられる、最もありふれた日常だ。
 ゲルトもまた、その例には漏れない。
 いつもの様に教科書、ノート、筆記用具を愛用の鞄に放り込み、パスタと生ハムサラダを詰め込んだランチバスケットの番をしている相棒の白狼ノーラのもとへと向かおうとした。
 ところが、教室を出ようとしたゲルトの前にひとりの男子生徒が立ち塞がった。
 気品と傲慢さを同時に体現した様な顔つきのその人物は、リーンエス王国フォルマー伯爵家の嫡男アンゼルムである。
 何事か、とゲルトは驚くと同時に、内心で嫌な予感を覚えた。
 アンゼルムはクラスの中心的存在であり、同クラスの貴族子女生徒達から慕われている。しかし彼はリーンエス王国の多くの貴族がそうである様に、同じくヒューマン至上主義の信奉者であった。加えて貴族至上主義者でもあり、パンクリアース学園は貴族とその周辺人物の為に存在していると信じてやまない。
 近年学園が青田買いで市井の民からも生徒を呼び集めていることを面白く思っておらず、そういった平民出身生徒にも厳しい態度を取ることでよく知られている人物だった。
 そのアンゼルムがどういう訳か、ゲルトを教室から出すまいとして入り口扉の前で仁王立ちになっている。
(一体何の用だ?)
 ゲルトは内心で身構えた。
 同時に、周囲が異様な雰囲気に包まれ、多くの生徒達が固唾を呑んで事の成り行きを見守ろうとしている。
「ゴブリン。貴様に窃盗容疑がかかっている。今ここで白状し、盗んだ物を大人しく差し出せば、教師には知らせずにおいてやろう」
 何のことだと、ゲルトは訝しげな視線を返した。
 すると、アンゼルムの傍らからひとりの女子生徒が、金切り声に近しい甲高い声音を叩きつけてきた。
「しらばっくれても無駄ですよ! 犯人は、状況的に貴方しか有り得ないんですから!」
 その女子生徒はリーンエス王国シトリン男爵の令嬢クリステル。
 ゲルトが窃盗犯であるとしてアンゼルムに訴えかけたのは、彼女だった。
 当然、ゲルトには何のことだかさっぱり分からない。しかしアンゼルムは汚物でも見る様な嫌悪感たっぷりの眼差しで、緑色の肌の少年をじろりと睨みつけた。
 ざわめく教室。入り乱れる好奇と憐れみの視線。
 またこのパターンか――ゲルトは軽い眩暈を覚えた。

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 アンゼルムは、冒険者という存在が学園に籍を置いていることだけでも苦々しく感じているらしい。しかもそれが緑色の肌を持つゴブリンともなれば、尚更だ。
 ゲルトを日々疎ましく思い、なるべく関わろうとはしなかった彼だが、しかしフォルマー伯爵家で培った高貴な精神には偽りは無いらしい。
 盗んだ、いや盗んでいないと、延々と水掛け論に終始するクリステルとゲルトの、一向に埒のあかぬやり取りに対し、アンゼルムは学級裁判で事実を明らかにすべきだとして、一旦この場は収めようとしたのである。
 尚、パンクリアース学園生徒には司法権といった強い権限は与えられていない。その為、風紀委員や学級委員の如き制度も存在せず、当然ながら学級裁判というものもアンゼルムが勝手にいい出した根拠の無い提案だ。
 つまり、アンゼルムは何の効力も無い越権行為を敢えて提案したといって良い。
「その様なことをしなくとも、犯人はこのゴブリンに決まっているのです! 間違いありませんわ!」
「それはそうだろう。しかし今は昼時だ。他の生徒達の穏やかな昼食時間を妨げる訳にもいかない。決着は放課後の学級裁判にて、白黒つけようではないか」
 その上で、同クラス内では抜群のバランス感覚を持つと目されている某侯爵子息のクラスメイトを裁判長役に充て、アンゼルム自身は検事役を務めるといい放った。
 後はゲルト自身がこの学級裁判に同意するかどうかの判断である。
 ゲルトは、受けて立つことにした。
 今後もこのクラスで、周りの皆と表面上はぎくしゃくせずにやっていく為には、アンゼルムの提案に乗らざるを得ない。
 傲慢で暴虐な輩には何の効力も無いだろうが、傍観している他の生徒や、同様の立場の異種族生徒、市井出身の生徒を意識するならば、学級裁判を受けて立つ以外の選択肢は無かった。
「私は貴様をクラスメイトだとは思っていないが、しかし学園生徒としての籍を持つ以上は、貴様にも弁護人をつける権利があることを認めよう。さぁ、誰を弁護人につけるか、この場で指名するが良い」
 ゲルトは教室内を見廻したが、しかし誰ひとりとして手を挙げようとはしない。
 さもありなん。クラスの中心的人物たるアンゼルムを敵に廻そうという変わり者は、このクラスには居なかった。
「……誰も挙手せんようだな。どうする、ゴブリン。自己弁護に挑んでみるか?」
「そうする以外に、手は無いじゃないか」
 それだけいい残し、ゲルトはアンゼルムとクリステルの間をすり抜けて中庭へと向かった。
 取り敢えず今は、腹ごしらえだ。空腹のままでは、落ち着くものも落ち着かない。
 しかし廊下を進む間も、ゲルトの心中は穏やかではなかった。放課後の学級裁判で無実を証明出来なければ、一瞬にして立場が失われてしまうのである。
(物的証拠は何も無いんだ。まずはオレ自身の行動を振り返るんだ)
 クリステル曰く、盗まれたのは資料庫の文献なのだという。本来この文献はそう簡単には閲覧出来ないらしいのだが、レポート作成の為にとクリステルが担任教師に頼み込み、特別に許可を得て借り受けたのだという。
 そういえば、とゲルトは中庭へと降り立ち、駆け寄ってくるノーラの姿を眺めながら、ふと思い出した。
 ゲルトがいつも出入りしている大図書館で、分厚い文献を読みながらレポート作成に勤しんでいるクリステルの姿を見かけたことがあった。
 あの時、彼女が参照していたのが問題の文献なのかと、ゲルトは渋い表情を浮かべた。
 或いは、担任教師ならばゲルトの無実を証明する助けになってくれるかも知れなかったが、クリステルに文献閲覧の許可を出したその担任教師は現在、実家の都合で数日間、学園を離れてしまっていた。
 課題の未提出や備品の破損・紛失には非常に厳しい教師ではあるが、いわれのない差別をする様な人物でもなく、公平に物事を見てくれるという点では頼りになる人物でもあった。
(居ないひとを当てにしても、仕方が無いな……何とか自分で切り抜けるしかないか)
 ゲルトがノーラからランチバスケットを受け取り、中庭のテラス席へと腰を落ち着けたその時、ひとりの女子生徒が歩を寄せてきた。

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 その女子生徒は、確かエミリーという名だった。
 普段はおとなしく、日頃から余り接点の無いクラスメイトだが、ゲルトの記憶が正しければ平民出身の生徒だった筈だ。
「良いのか? こんなところ見られたら、他の連中から何かいわれるんじゃないのか?」
「大丈夫だよ。貴族達はどうか知らないけど、平民出身の生徒でゲルトのことを本気で疑ってる生徒は少ないから」
 いいながら、エミリーはゲルトから許可を得ることも無く、同じテラス席に腰を下ろして持参した弁当を広げた。尤も、ゲルトにしてもエミリーの同席を拒む理由は無かったのだが。
 この時、ノーラが嬉しそうにひと声吠えた。エミリーは、学園では友人らしい友人が居ないゲルトが、ルームメイト以外で接した数少ない人物ということになる。余程に珍しかったのだろう。
「さっきは、味方になってあげられなくて、ごめんね。アンゼルム君があんな調子だから、表立って庇ってあげることが出来なかったの」
 苦しそうに瞼を伏せるエミリー。
 ゲルトは、気にするなとかぶりを振った。
「こんな時に先生が居てくれたら、もうちょっと何とかなったかも知れないね」
「いや……敢えて居ない時を狙って仕掛けてきた、とも考えられるな」
 担任教師も、パンクリアース学園の現在の理念をよく理解している筈だ。その理念とは即ち、学園改革。人種や出身を越えた学びの園を実現しようという理想。
 それらを理解しなければ、教職の地位に留まることは出来ない。であるならば、ゲルトが冒険者且つゴブリンであるという理由だけで、無意味に排斥しようとする動きには黙っていない筈だ。
 つまり、担任教師が数日学園を離れる今こそが好機だ、と捉えて行動を起こしてきたに違いないというのが、ゲルトの推測だった。
「何か……嫌だね、そういうの」
 エミリーには貴族の政治闘争というものが、よく分からない。政治闘争とは、即ち陰謀だ。そういった世界で育ってきた者には陰湿な性格が多くなるのかも知れない。
 勿論、気高い精神を持つ貴族も大勢居るのだろうが、少なくともこのパンクリアース学園の貴族至上主義の連中は大体陰湿な輩が多いというのが、ゲルトとエミリーの一致した意見だった。
 今回、アンゼルムが検事役を引き受けたのも、ゲルトを犯罪者に仕立て上げることで徹底的に追い詰め、ゲルトが自発的に学園を去る様に仕向けたいとの考えからだろう。相手を不利な立場に追い込むのは、政治闘争の基本であった。
 しかしゲルトも、負けるつもりは無い。折角得られた学びの機会を、そう簡単に手放してなるものか。
 とはいえ、一発逆転の秘策がある訳でも無い。
 まずは地道に、己の行動を振り返るところから始めなければならない。
 クリステルは昨日、問題の文献が盗まれたといっていた。であれば、ゲルト自身の昨日の行動を洗い直すしかあるまい。

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 窃盗が起きたのは、前日の放課後とされている。
 昨日のゲルトは、教室の近くに位置する男子トイレの掃除当番担当だった。そして同じく、クリステルもその隣の女子トイレの掃除当番担当だった。
 クリステルは、件の文献が盗まれたのはまさにその掃除時間だったと主張していた。彼女が女子トイレで熱心にモップ掛けしている最中に、トイレ外の棚に置いてあった鞄の中から盗まれてしまった、と。
 この時ゲルトは折り悪く、一度男子トイレを出ている。掃除中、力を入れ過ぎてしまったのか、モップの柄が折れてしまったのだ。そこでゲルトは男子トイレを飛び出し、替えのモップを倉庫まで取りに走っている。
「でも、鞄なんて置いてなかったぞ」
 パスタをすする手を止め、ゲルトは低く呟いた。目の前ではエミリーが、不思議そうに小首を傾げている。
「何か思い出したの?」
「思い出した……とはいえないな。何の確証も無いし」
 同じ様にサンドイッチを口に運ぶ手を止めたエミリーに、ゲルトは弱々しくかぶりを振った。
 まだ何ひとつとして、決定打といえる証拠は無い。それどころか、モップの替えを倉庫まで取りに行ってしまったことで、ゲルトは自らのアリバイを崩してしまっていることに気付いた。
 トイレ掃除を終えたゲルトはその後、下校時刻まで大図書館での読書を楽しみ、閉門を知らせる鐘が鳴る直前に小食堂で夕食を済ませてから、のんびりと寮に戻った。
 どうってことは無い、いつも通りの日常であり、学園生活だった――トイレ掃除とモップの交換以外は。
 それにしても、よく分からない。文献を盗んだのは、誰か。その動機は何なのか。
「駄目だな……オレの周りに怪しい奴が居たっていう記憶も無い」
 昨日ゲルトと接触したのは同じトイレ掃除当番の別の生徒と、帰寮後に顔を合わせたルームメイトぐらいだった。
 逆をいえば、ゲルトの無実、即ちアリバイを証明してくれる者は誰も居ない、ということでもあった。
(拙いな……)
 このままでは、学級裁判で負ける。勝ちに持っていける材料が、何ひとつ無かった。
 冒険者として幾度も危地を乗り越えてきたゲルトだが、まさか学園内という平和そのものの世界で、ここまで窮地に追い込まれようなどとは、思っても見なかった。
 相手はあの、非貴族排斥の急先鋒たるアンゼルムだ。ほんの僅かな隙でも見逃してはくれないだろう。
(今からその文献とやらを探すか? いや、駄目だ。時間が無さ過ぎる上に、仮に見つけたとしても、オレが所持していたら、それ見たことかと鬼の首を取った勢いで迫ってくるぞ)
 ゲルトは紺碧の空を思わず見上げた。
 勝てる材料が見当たらない――いい様のない絶望感だけが、ゲルトの脳裏で重苦しく渦を巻いていた。

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アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0