Zクラスのバーサークヒーラー
キャラクターノベル制作 望月誠司納品 2022年04月29日 11時03分43秒
風が唸る。
蜂蜜色の艶やかに長い髪を靡かせながら青い瞳の少女が駆けている。
人を超えるサイズの大型の蟷螂が、緑色の鎌腕を振るった。
少女――ユークリア・フィナンシェは前傾姿勢で地を蹴り突進しながら左腕を頭上で横に振るう。
鎌刃が少女の腕に激突する。白肌が深々と斬り裂かれる。衝撃と激痛とが襲いかかったが、それでもユークリアは速度を落とさずに地を破裂させるが如き勢いで踏み込んだ。
真っ赤な鮮血と黄金の髪が舞う中、巨大蟷螂の懐に飛び込んだ少女は、先程鎌を払うべく腕振るった動作の勢いで身を捻りつつ、さらに独楽の如く回転しながら跳躍した。
太陽の光に似た輝きが逆巻いた。
宙空にて、小柄な少女が黄金の稲妻を纏い、竜巻のごとく回りつつ右脚を繰り出す。後ろ回し蹴りだ。
黄金の閃光が唸りをあげて巨大蟷螂の顔面に炸裂、鈍い音と共に爆砕し吹っ飛ばした。
黄金少女が着地すると共に爆ぜ飛んだ肉片が雨の如くに周囲へと降り注ぐ。
頭部を失った蟷螂の体躯が、糸が切られた操り人形の如くに崩れ落ちた。
「いたたた……」
ユークリアの左腕はぱっくりと裂け、溢れる赤の中に白いものが見えていた。しかし少女は軽い調子で右掌に光を集め傷口へとあてる。
断面がみるみるうちに接合され出血が止まり、痛みが引いてゆく。
「うーん、刃物相手に素手だとやっぱり不利だね――ですね」
親から言葉遣いの注意を受けている少女は、誰に聞かれている訳でもなかったが、独白を訂正しつつ思案した。
徒手空拳だと鎌やハサミを持つ魔獣だけでなく、刃物を持った人間相手にも不利である。
「武器の扱い方を本腰入れて習った方が良いかなですね……」
素手の不利を肌で実感したユークリアは、その後、槍の訓練も新たに始める事となる。
●
その少女はフィナンシェ伯爵家の娘として生まれた。
フィナンシェ伯爵領では玩具の生産が盛んだった。武器や防具よりも専ら玩具が作られている。
これはユークリアを可愛がりたくてそうなったという説があった。
が、その伯爵令嬢は玩具よりも、貴族としての振舞よりも、武芸の鍛錬にこそ打ち込んでいた。
過去にはそれなりに行っていた礼儀作法の分もすべて武芸の訓練に費やし「脳筋度が上がっている」と周囲からは評判である。
貴族令嬢として大丈夫なのかという周囲の心配を余所に、本人は以前よりも元気溌剌だった。授恵者として覚醒して力を手にしたので、生半にはいじめられなくなったというのもあるだろう。暴力は暴力を呼ぶ時もあるが、この世の卑近な厄介事の大体を解決してくれるものでもあった。
故にユークリアは十二歳になった時、さらなる力を求めて帝国軍の門を叩き、ヴァイセントラフ砦にて行われている帝国兵採用試験へと臨んだのだった。
●
幾つかの試験を終えて後の面接で、ユークリアは面接官より幾つかの質問を受けていた。
金髪少女は元気一杯に答えて言う。
「戦列は選りすぐった精鋭達でのみ並べるべきだですっ! 強固な堤も一点の穴から決壊するもの! 弱兵とは戦列に生ずる穴に他ならないっ!」
足を引っ張る味方は時に敵よりも恐ろしい、その事実を少女は既に知っていたので、少数精鋭と大兵のどちらがより望ましいか、という問いに対し臆する事なく精鋭主義を推した。
続いての、バルダス家は永久不滅であるべきかという問いに対しても、
「バルダス皇家は帝国最強! そして、であるからこそ帝国の統治者たる資格を持ってんです! もし万一、皇家衰えたる時は、現存する最強の家に至尊の座を譲るべきだねしょう! 帝国は実力主義であり、君臣共にそれを謳うなら! 頂点自ら率先して範を示すが帝王たる者の責務! 強く! 正しくあってこそ人は帝に従い、帝国は強くあれんですっ!!」
やはり臆する事無く、場合によってはバルダス皇家といえども支配者の座から退くべき、との考えを発した。
「ふむ、なるほど……一理ある。純粋だな。まさに尚武の国たる帝国人らしい考え方だともいえる」
解答を聞いた面接官――大柄なハーフビーストが頷いた。
黒下地に金の筋の重鎧を纏う黒獅子の半獣人、『雷獣』の異名を取るグラスである。
「しかし……」
面接官はユークリアへと近寄ると、おもむろに拳に黒雷を纏わせ突き出して来た。
迫り来る死の巨拳に対し、しかしユークリアは真っ直ぐに死を見つめたまま微動だにしない。
黒雷の拳が少女の鼻先ギリギリの所で止まり、獅子の双眸が細められる。
「……俺が、この拳を止めると、お前は信じていたのか?」
「いいえ!」
「では何故、避けなかった!」
「ここで死んだら死んだでその時はその時だと思ったからです!」
「なるほど……お前は少し、危険だな。少しは死を恐れろ」
そうして試験後、ユークリアが配属されたのは、最底辺のクラスであるZクラスだった。
●
死んだ目をした少年少女達が川辺で盥の前に屈み込み、衣服を両手で掴んで盥に張られた水に漬けながら力を籠めてゴシゴシと揉んでいる。
彼等の仕事は洗濯だった。
最下位であるZクラスは他クラスの見習い兵の衣服の洗濯や部屋の掃除をさせられ続ける不遇のクラスだった。
「ありえん……こんなのありえねぇだろ……」
「どうして私がZクラス……どうして……」
見習い兵となった少年少女達が愚痴っている。中には「やってられるか!」と叫び暴れ出す者もいた。盥を蹴り上げ衣服と水をぶちまけている者もいる。
そんな中でもユークリアは黙々と盥の前に屈みこみ、白い両手を伸ばして衣服を掴み、動かして、洗濯を続けたのだった。
●
ユークリアは見習い兵の制服に身を包んでいた。
遠くから盛大な歓声が聞こえている。
どうやら前の試合は決着がついたらしい。
「フィナンシェ見習い兵、番だ。進め」
係員である帝国兵からの指示を受け、薄暗い石の地下通路を歩いてゆく。遠くに見えている四角い眩い光、出口――あるいは入口――を目指して歩いてゆく。
ユークリアはやがて光に包まれた地上へと出た。
天井は吹き抜けで青い空が見えている。白い太陽が輝いている。
すり鉢の底のような場所に立っていた。
円状に広がる斜面は観客席となっていて、大勢の帝国市民がユークリアを見下ろし「やれー」だの「ぶっころせー」だの歓声をあげている。
視線を正面へと戻し、砂と土を踏みしめながら中央へと歩いてゆく。対面側からも子供が一人進み出て来た。
中央には審判である教官が立っている。
教官はユークリアと別の見習い兵をそれぞれ一瞥すると「用意は良いな? 構えろ」と促してきた。
ユークリアと少年がそれぞれ頷く。構える。教官が手を振り上げる。
「――始め!」
試合の開始が宣言された。
周囲の観客席から一際強く歓声が巻き起こる。
ヴァイセントラフ砦の見習いクラスでは定期的に一対一の選抜戦が行われていた。
ユークリアはZクラスから選ばれ出場していた。対戦相手の少年はXクラスだ。比較的位が近い相手だったが、組み合わせはくじ引きなので、位がかけ離れたクラス同士の生徒がぶつかる事もある。
Xクラスの少年は槍を手にしていた。
ザッと音を立てて砂を蹴り、鋭く踏み込んで来る。雄叫びと共にユークリアの心臓部分を狙い槍を突き出して来る。
ユークリアは退がらずに前方へと踏み込んだ。両手で保持している愛槍の切っ先を斜め上方へと向かい突き出す。
槍と槍とが激突する。
柄と柄が絡み合うようにぶつかり合う。
真っ直ぐに伸びてきた少年の槍の柄は、ユークリアの槍の柄によって横方向の力が加えられてベクトルが逸れ、その穂先はユークリアの胸にではなく、左肩を掠め虚空を貫いていった。
ユークリアは少年の穂先を逸らしながら、さらに前へと踏み込んだ。既に槍の間合いではない。
一気に懐まで飛び込んで、おもむろに右足を前へと繰り出す。長靴に包まれた爪先が、少年の腹部に突き刺さった。鈍い手応えと共に少年が苦悶の息を吐き出し、前のめりに身を折る。
少女は金髪を靡かせながら身を回転させた。
手に持つ槍もまた螺旋を描きながら旋回させる。
持ち手を滑らせリーチを調整しつつ石突側の部分を横殴りに少年の顔面へと叩きつける。
鈍い音と共に歯が折れ飛んだ。少年が独楽のように回転しながら宙を舞う。
砂地に激突して転がり呻き声をあげ痙攣した。
立ち上がって来ない。
「そこまで!」
教官の鋭い声が響き渡る。
「勝者! Zクラス・ユークリア・フィナンシェ!」
湧き上がるブーイングに対してユークリアは「見たか!」といわんばかりに槍を掲げて笑顔を向けると踵を返し、地上の競技場からまた地下へと戻っていったのだった。
●
上位クラスは前線へと出る事もできたが、下位は前線に出る事はできない。
だからZクラスに所属するユークリアにとっては、定期的に行われる選抜戦がすべてだった。
ユークリアはその後も選抜戦に出場し続けた。
時には苦戦し、手傷を負う事もあったが己自身で回復出来る利点を生かし勝ち続けた。
血を流そうと骨が折れようお構いなしに戦い続け、その姿からバーサークヒーラーと周囲からは渾名されている。
「ユークリア……お前に足らんのは協調性って奴だ。俺にも無いがな」
最初は「馬鹿娘」としか呼んでくれなかったグラス教官だったが、戦い続けるうちにこの頃は名前で呼んでくれるようになっていた。
「協調性?」
盥に張られた水の中で手を動かし、洗濯物をゴシゴシと洗いながら金髪少女は大柄なライオン教官を見上げた。
「お前は力を信奉しているようだが……なればこそ、基本的には数だと知れ。数は力だ。磨かれた一本の槍も、十本の槍衾を前にした時、容易く圧し折られる」
「でも伝承歌では磨かれた一本の槍側が勝つお話ばっかりですよね?」
「滅多に起こらんから歌になる。そういう歌ばかりが人気が出るから他の現実的な地味な歌は忘れられる。だから歌の内容はそういうものばかりになり、一本の側が勝つのが当たり前のように人々から思われだす。だが、現実は歌とは違う。だから、兵士に必要なのは何よりも規律とチームワークだ。だからお前に必要なのは協調性だ」
「でも、グラス教官にも無いんですよね協調性? 雷獣のグラスは、生きてる伝承歌ですよ?」
「……俺は言うべき事は言ったからな馬鹿娘が。あと洗い物はもう少し丁寧に洗え。布をボロボロにして洗濯しました、はないぞ。言葉遣いはちょっとはマシになって来たが、所作がまだまだだ」
獅子頭のグラス教官はガリガリと頭を掻くとユークリアに背を向け去っていったのだった。
●
選抜戦の中では見知った顔とぶつかる事もあった。
試合開始の合図と共に燃えるような赤髪の大柄な少年が踏み込んで来て炎を纏う剣を振り下ろし、ユークリアが槍を掲げて柄で受け止める。
力任せに炎剣を押し込んできながら鍔迫り合いのような態勢で少年が言う。
「見ろよこのシルトラース式の剣模様……逸材だぜぇ!」
ユークリアに敗北して以来、ガラは少しおかしくなっていた。
以前よりも一層、剣に固執するようになっている。
(模様……?)
上から降り注いで来る少年の荒い息にユークリアは顔を顰めつつ思う。
――だからどうした。
「余所見する暇なんざ、微塵も必要ネェんですよ!!」
金髪少女は足を勢い良く振り上げるとガラの下腹部を蹴り上げた。
野太い悲鳴と共に青年の剣から力が抜け、その隙にユークリアは一歩後退しつつ槍を最上段に振り上げる。
黄金の天雷の如く上から下へと走った穂先が、ガラの頭部を鉄兜の上から強打し、少年を見事に昏倒させたのだった。
「勝者! Zクラス・ユークリア・フィナンシェ!」
審判がユークリアの勝利を宣言する。
「ZクラスがBクラスを倒した!」
「すげぇ!」
「ユークリア! お前はZクラスの希望の星だッ!!」
「あのキモい馬鹿倒してくれてありがとう!」
湧き上がる歓声に対してユークリアは心から笑顔を向けて槍を掲げると踵を返し、地上の競技場からまた地下へと戻っていったのだった。
●
ユークリアは戦い続けた。
その中で気づいたのはクラス分けは必ずしも実力順や才能順ではなかったという事だ。
上位クラスの方が教育の質が良いので能力も高い傾向にあったが、入隊以前にユークリアに完膚無きまでに打ち負かされていたガラがBクラスで、ユークリアがZクラスというのは実力や才能順だというのなら、おかしな事だった。
「信頼できない奴を鍛えあげた所で、幹部に据えられるか?」
ユークリアが疑問をもらすとグラスはそんな事をぽろっと言った。
どうやら、クラス分けは大まかに帝国、皇帝への忠誠心が大きく影響しているようだった。
「――神へのお祈りは終わりですか? では戦いましょう、神の望み通りに」
ユークリアは微笑を浮かべ青い瞳で眼前に立つ少女を見つめた。
彼女は侯爵家の令嬢ロザリー。
Aクラスに所属する十三歳の少女だ。
彼女の家は忠誠と格式と美を重んじる家柄として高名である。
「ふん、フィナンシェの変人娘が一丁前に吼えますわねぇ。役に立たない子供のオモチャばかり作ってるぅ~、ざぁこな伯爵家の令嬢に負ける訳がありませんわぁ~!」
ユークリアは玩具に興味はあんまり無い。
だが、ちょっとイラッときた。
桃色髪のツインテールの少女ロザリーは、そんなユークリアに対し嘲笑を向けると、試合開始の合図と共に短杖を翳し呪を高速で唱えてきた。
ワンドの先端から蒼い霊光が溢れ出し、瞬く間に怒涛の水流へと変化してユークリアに襲いかかって来る。
小柄な金髪の少女は槍を眼前に立てて構え、水流を切り裂きながら真っ直ぐに突っ込んだ。
ユークリアが突き進む中、水流が突如として消滅し、ロザリーが杖に光を集める。飛燕の如く素早く翻る。
瞬間、白く煌めく濃霧が出現した。こごえんばかりの冷気と共に周囲一帯に逆巻く。
ダメージは無きに等しかったが、しかしずぶ濡れになっていたユークリアの身が、瞬く間に凍り付いてゆく。
「身体が……っ!」
「猪みたいに突っ込むばかりが戦いじゃあないですわぁ~!」
動きが鈍った金髪少女に対し桃髪少女は三度呪文を唱えつつワンドを振り上げ、眩い光を凝縮すると巨大な氷の錐と化し撃ち放った。
唸りをあげて弩矢の如く飛び出した巨大氷錐が、身動きが取れないユークリアの腹を貫きながら吹き飛ばす。
「Aクラスを侮るんじゃあないですわ、Zクラスが」
ワッと歓声が湧いた。
ロザリーが上機嫌に高笑いをあげる。
しかし、審判から決着の宣言がなされない。
(まだ勝利とみなされない? それならトドメを――あら?)
地へと視線を向けると、いつの間にか氷錐の先端から確かに貫かれていた筈の金髪少女の姿が消えていた。
その刹那、煌めく白霧を切り裂いて、ロザリーの背後から黄金の雷を纏った槍の穂先が伸びて来る。
「――はっ?!」
少女術師は振り向きざまに短杖を翳す。光の障壁が出現する。蒼い光と黄金の雷光とが激突した。
光と光は激しく明滅すると、粒子を散らし轟音を周囲に響かせてゆく。
やがて障壁が力負けたしたかのように消滅した。ロザリーが大きく飛び退く。喰らいつく猟犬の如くにユークリアが追尾し迫る。
(そんな――っ!)
ユークリアの制服の腹の部分には大きな穴があき、周囲は血に染まっていた。確かにロザリーの槍はユークリアを貫いたのだ。だが、既に滑らかな白肌が復活している。あの一瞬でこの金髪少女は己を回復させ、ロザリーが生み出した白霧に紛れて目を盗み、密かに忍び寄って来ていたのだ。
(Zクラスごときが――)
「神への祈りは済ませましたか?」
ユークリアは青い二つの瞳から光を放ちロザリーを見据えながら再度問いかけた。
黄金の雷を全身より激しく放出しながら一際強く槍の穂先に収束させ、天雷の如くに振り下ろす。
ロザリーが咄嗟に杖を頭上に翳した。
黄金の雷槍と蒼い魔力障壁とが激突し激しく鬩ぎ合う。
観客席から人々が歓声を熱狂的にあげている。
(――うるさいオーディエンスですわねっ!!)
桃髪少女は胸中で毒づきつつ歯を喰いしばり、全身全霊を籠めエーテルを解放した。
蒼光の壁が輝きを増し、黄金の雷槍を弾き飛ばす。
「見ましたか! これがAクラスの――」
ロザリーは最後まで言葉を述べられなかった。
槍を手放し、前傾姿勢で低く地を這うように踏み込み肉薄したユークリアの、全体重を乗せた肘が桃髪少女の水月に突き刺さったからだ。
苦悶の息と共に細身が折れる。
「――周りなんか気にしてんじゃねぇですよっ!」
ユークリアは裂帛の気合と共にロザリーの後頭部を両手で掴むと、引き落としながら膝に黄金の雷光を収束させ脚を振り上げた。
黄金雷の膝が、少女の顔面に食い込み、鈍音を盛大に響かせながら、衝撃力を解き放つ。
とさり、と小さな音を立て、昏倒したロザリーの身が地に落ちる。
「――勝者! Zクラス・ユークリア・フィナンシェ!」
歓声が爆発的にあがった。
だがすぐに止んだ。
霧が晴れて、ロザリーの顔が衆目によく晒されるようになった時、皆が息を呑んだからである。
かくて、Aクラスの令嬢を粉砕したユークリアの名は轟き、周囲から畏怖の視線で見つめられる事となる。
だが、そんな中でも教官のグラスだけは認めて、変わらず相手をしてくれたという。
蜂蜜色の艶やかに長い髪を靡かせながら青い瞳の少女が駆けている。
人を超えるサイズの大型の蟷螂が、緑色の鎌腕を振るった。
少女――ユークリア・フィナンシェは前傾姿勢で地を蹴り突進しながら左腕を頭上で横に振るう。
鎌刃が少女の腕に激突する。白肌が深々と斬り裂かれる。衝撃と激痛とが襲いかかったが、それでもユークリアは速度を落とさずに地を破裂させるが如き勢いで踏み込んだ。
真っ赤な鮮血と黄金の髪が舞う中、巨大蟷螂の懐に飛び込んだ少女は、先程鎌を払うべく腕振るった動作の勢いで身を捻りつつ、さらに独楽の如く回転しながら跳躍した。
太陽の光に似た輝きが逆巻いた。
宙空にて、小柄な少女が黄金の稲妻を纏い、竜巻のごとく回りつつ右脚を繰り出す。後ろ回し蹴りだ。
黄金の閃光が唸りをあげて巨大蟷螂の顔面に炸裂、鈍い音と共に爆砕し吹っ飛ばした。
黄金少女が着地すると共に爆ぜ飛んだ肉片が雨の如くに周囲へと降り注ぐ。
頭部を失った蟷螂の体躯が、糸が切られた操り人形の如くに崩れ落ちた。
「いたたた……」
ユークリアの左腕はぱっくりと裂け、溢れる赤の中に白いものが見えていた。しかし少女は軽い調子で右掌に光を集め傷口へとあてる。
断面がみるみるうちに接合され出血が止まり、痛みが引いてゆく。
「うーん、刃物相手に素手だとやっぱり不利だね――ですね」
親から言葉遣いの注意を受けている少女は、誰に聞かれている訳でもなかったが、独白を訂正しつつ思案した。
徒手空拳だと鎌やハサミを持つ魔獣だけでなく、刃物を持った人間相手にも不利である。
「武器の扱い方を本腰入れて習った方が良いかなですね……」
素手の不利を肌で実感したユークリアは、その後、槍の訓練も新たに始める事となる。
●
その少女はフィナンシェ伯爵家の娘として生まれた。
フィナンシェ伯爵領では玩具の生産が盛んだった。武器や防具よりも専ら玩具が作られている。
これはユークリアを可愛がりたくてそうなったという説があった。
が、その伯爵令嬢は玩具よりも、貴族としての振舞よりも、武芸の鍛錬にこそ打ち込んでいた。
過去にはそれなりに行っていた礼儀作法の分もすべて武芸の訓練に費やし「脳筋度が上がっている」と周囲からは評判である。
貴族令嬢として大丈夫なのかという周囲の心配を余所に、本人は以前よりも元気溌剌だった。授恵者として覚醒して力を手にしたので、生半にはいじめられなくなったというのもあるだろう。暴力は暴力を呼ぶ時もあるが、この世の卑近な厄介事の大体を解決してくれるものでもあった。
故にユークリアは十二歳になった時、さらなる力を求めて帝国軍の門を叩き、ヴァイセントラフ砦にて行われている帝国兵採用試験へと臨んだのだった。
●
幾つかの試験を終えて後の面接で、ユークリアは面接官より幾つかの質問を受けていた。
金髪少女は元気一杯に答えて言う。
「戦列は選りすぐった精鋭達でのみ並べるべきだですっ! 強固な堤も一点の穴から決壊するもの! 弱兵とは戦列に生ずる穴に他ならないっ!」
足を引っ張る味方は時に敵よりも恐ろしい、その事実を少女は既に知っていたので、少数精鋭と大兵のどちらがより望ましいか、という問いに対し臆する事なく精鋭主義を推した。
続いての、バルダス家は永久不滅であるべきかという問いに対しても、
「バルダス皇家は帝国最強! そして、であるからこそ帝国の統治者たる資格を持ってんです! もし万一、皇家衰えたる時は、現存する最強の家に至尊の座を譲るべきだねしょう! 帝国は実力主義であり、君臣共にそれを謳うなら! 頂点自ら率先して範を示すが帝王たる者の責務! 強く! 正しくあってこそ人は帝に従い、帝国は強くあれんですっ!!」
やはり臆する事無く、場合によってはバルダス皇家といえども支配者の座から退くべき、との考えを発した。
「ふむ、なるほど……一理ある。純粋だな。まさに尚武の国たる帝国人らしい考え方だともいえる」
解答を聞いた面接官――大柄なハーフビーストが頷いた。
黒下地に金の筋の重鎧を纏う黒獅子の半獣人、『雷獣』の異名を取るグラスである。
「しかし……」
面接官はユークリアへと近寄ると、おもむろに拳に黒雷を纏わせ突き出して来た。
迫り来る死の巨拳に対し、しかしユークリアは真っ直ぐに死を見つめたまま微動だにしない。
黒雷の拳が少女の鼻先ギリギリの所で止まり、獅子の双眸が細められる。
「……俺が、この拳を止めると、お前は信じていたのか?」
「いいえ!」
「では何故、避けなかった!」
「ここで死んだら死んだでその時はその時だと思ったからです!」
「なるほど……お前は少し、危険だな。少しは死を恐れろ」
そうして試験後、ユークリアが配属されたのは、最底辺のクラスであるZクラスだった。
●
死んだ目をした少年少女達が川辺で盥の前に屈み込み、衣服を両手で掴んで盥に張られた水に漬けながら力を籠めてゴシゴシと揉んでいる。
彼等の仕事は洗濯だった。
最下位であるZクラスは他クラスの見習い兵の衣服の洗濯や部屋の掃除をさせられ続ける不遇のクラスだった。
「ありえん……こんなのありえねぇだろ……」
「どうして私がZクラス……どうして……」
見習い兵となった少年少女達が愚痴っている。中には「やってられるか!」と叫び暴れ出す者もいた。盥を蹴り上げ衣服と水をぶちまけている者もいる。
そんな中でもユークリアは黙々と盥の前に屈みこみ、白い両手を伸ばして衣服を掴み、動かして、洗濯を続けたのだった。
●
ユークリアは見習い兵の制服に身を包んでいた。
遠くから盛大な歓声が聞こえている。
どうやら前の試合は決着がついたらしい。
「フィナンシェ見習い兵、番だ。進め」
係員である帝国兵からの指示を受け、薄暗い石の地下通路を歩いてゆく。遠くに見えている四角い眩い光、出口――あるいは入口――を目指して歩いてゆく。
ユークリアはやがて光に包まれた地上へと出た。
天井は吹き抜けで青い空が見えている。白い太陽が輝いている。
すり鉢の底のような場所に立っていた。
円状に広がる斜面は観客席となっていて、大勢の帝国市民がユークリアを見下ろし「やれー」だの「ぶっころせー」だの歓声をあげている。
視線を正面へと戻し、砂と土を踏みしめながら中央へと歩いてゆく。対面側からも子供が一人進み出て来た。
中央には審判である教官が立っている。
教官はユークリアと別の見習い兵をそれぞれ一瞥すると「用意は良いな? 構えろ」と促してきた。
ユークリアと少年がそれぞれ頷く。構える。教官が手を振り上げる。
「――始め!」
試合の開始が宣言された。
周囲の観客席から一際強く歓声が巻き起こる。
ヴァイセントラフ砦の見習いクラスでは定期的に一対一の選抜戦が行われていた。
ユークリアはZクラスから選ばれ出場していた。対戦相手の少年はXクラスだ。比較的位が近い相手だったが、組み合わせはくじ引きなので、位がかけ離れたクラス同士の生徒がぶつかる事もある。
Xクラスの少年は槍を手にしていた。
ザッと音を立てて砂を蹴り、鋭く踏み込んで来る。雄叫びと共にユークリアの心臓部分を狙い槍を突き出して来る。
ユークリアは退がらずに前方へと踏み込んだ。両手で保持している愛槍の切っ先を斜め上方へと向かい突き出す。
槍と槍とが激突する。
柄と柄が絡み合うようにぶつかり合う。
真っ直ぐに伸びてきた少年の槍の柄は、ユークリアの槍の柄によって横方向の力が加えられてベクトルが逸れ、その穂先はユークリアの胸にではなく、左肩を掠め虚空を貫いていった。
ユークリアは少年の穂先を逸らしながら、さらに前へと踏み込んだ。既に槍の間合いではない。
一気に懐まで飛び込んで、おもむろに右足を前へと繰り出す。長靴に包まれた爪先が、少年の腹部に突き刺さった。鈍い手応えと共に少年が苦悶の息を吐き出し、前のめりに身を折る。
少女は金髪を靡かせながら身を回転させた。
手に持つ槍もまた螺旋を描きながら旋回させる。
持ち手を滑らせリーチを調整しつつ石突側の部分を横殴りに少年の顔面へと叩きつける。
鈍い音と共に歯が折れ飛んだ。少年が独楽のように回転しながら宙を舞う。
砂地に激突して転がり呻き声をあげ痙攣した。
立ち上がって来ない。
「そこまで!」
教官の鋭い声が響き渡る。
「勝者! Zクラス・ユークリア・フィナンシェ!」
湧き上がるブーイングに対してユークリアは「見たか!」といわんばかりに槍を掲げて笑顔を向けると踵を返し、地上の競技場からまた地下へと戻っていったのだった。
●
上位クラスは前線へと出る事もできたが、下位は前線に出る事はできない。
だからZクラスに所属するユークリアにとっては、定期的に行われる選抜戦がすべてだった。
ユークリアはその後も選抜戦に出場し続けた。
時には苦戦し、手傷を負う事もあったが己自身で回復出来る利点を生かし勝ち続けた。
血を流そうと骨が折れようお構いなしに戦い続け、その姿からバーサークヒーラーと周囲からは渾名されている。
「ユークリア……お前に足らんのは協調性って奴だ。俺にも無いがな」
最初は「馬鹿娘」としか呼んでくれなかったグラス教官だったが、戦い続けるうちにこの頃は名前で呼んでくれるようになっていた。
「協調性?」
盥に張られた水の中で手を動かし、洗濯物をゴシゴシと洗いながら金髪少女は大柄なライオン教官を見上げた。
「お前は力を信奉しているようだが……なればこそ、基本的には数だと知れ。数は力だ。磨かれた一本の槍も、十本の槍衾を前にした時、容易く圧し折られる」
「でも伝承歌では磨かれた一本の槍側が勝つお話ばっかりですよね?」
「滅多に起こらんから歌になる。そういう歌ばかりが人気が出るから他の現実的な地味な歌は忘れられる。だから歌の内容はそういうものばかりになり、一本の側が勝つのが当たり前のように人々から思われだす。だが、現実は歌とは違う。だから、兵士に必要なのは何よりも規律とチームワークだ。だからお前に必要なのは協調性だ」
「でも、グラス教官にも無いんですよね協調性? 雷獣のグラスは、生きてる伝承歌ですよ?」
「……俺は言うべき事は言ったからな馬鹿娘が。あと洗い物はもう少し丁寧に洗え。布をボロボロにして洗濯しました、はないぞ。言葉遣いはちょっとはマシになって来たが、所作がまだまだだ」
獅子頭のグラス教官はガリガリと頭を掻くとユークリアに背を向け去っていったのだった。
●
選抜戦の中では見知った顔とぶつかる事もあった。
試合開始の合図と共に燃えるような赤髪の大柄な少年が踏み込んで来て炎を纏う剣を振り下ろし、ユークリアが槍を掲げて柄で受け止める。
力任せに炎剣を押し込んできながら鍔迫り合いのような態勢で少年が言う。
「見ろよこのシルトラース式の剣模様……逸材だぜぇ!」
ユークリアに敗北して以来、ガラは少しおかしくなっていた。
以前よりも一層、剣に固執するようになっている。
(模様……?)
上から降り注いで来る少年の荒い息にユークリアは顔を顰めつつ思う。
――だからどうした。
「余所見する暇なんざ、微塵も必要ネェんですよ!!」
金髪少女は足を勢い良く振り上げるとガラの下腹部を蹴り上げた。
野太い悲鳴と共に青年の剣から力が抜け、その隙にユークリアは一歩後退しつつ槍を最上段に振り上げる。
黄金の天雷の如く上から下へと走った穂先が、ガラの頭部を鉄兜の上から強打し、少年を見事に昏倒させたのだった。
「勝者! Zクラス・ユークリア・フィナンシェ!」
審判がユークリアの勝利を宣言する。
「ZクラスがBクラスを倒した!」
「すげぇ!」
「ユークリア! お前はZクラスの希望の星だッ!!」
「あのキモい馬鹿倒してくれてありがとう!」
湧き上がる歓声に対してユークリアは心から笑顔を向けて槍を掲げると踵を返し、地上の競技場からまた地下へと戻っていったのだった。
●
ユークリアは戦い続けた。
その中で気づいたのはクラス分けは必ずしも実力順や才能順ではなかったという事だ。
上位クラスの方が教育の質が良いので能力も高い傾向にあったが、入隊以前にユークリアに完膚無きまでに打ち負かされていたガラがBクラスで、ユークリアがZクラスというのは実力や才能順だというのなら、おかしな事だった。
「信頼できない奴を鍛えあげた所で、幹部に据えられるか?」
ユークリアが疑問をもらすとグラスはそんな事をぽろっと言った。
どうやら、クラス分けは大まかに帝国、皇帝への忠誠心が大きく影響しているようだった。
「――神へのお祈りは終わりですか? では戦いましょう、神の望み通りに」
ユークリアは微笑を浮かべ青い瞳で眼前に立つ少女を見つめた。
彼女は侯爵家の令嬢ロザリー。
Aクラスに所属する十三歳の少女だ。
彼女の家は忠誠と格式と美を重んじる家柄として高名である。
「ふん、フィナンシェの変人娘が一丁前に吼えますわねぇ。役に立たない子供のオモチャばかり作ってるぅ~、ざぁこな伯爵家の令嬢に負ける訳がありませんわぁ~!」
ユークリアは玩具に興味はあんまり無い。
だが、ちょっとイラッときた。
桃色髪のツインテールの少女ロザリーは、そんなユークリアに対し嘲笑を向けると、試合開始の合図と共に短杖を翳し呪を高速で唱えてきた。
ワンドの先端から蒼い霊光が溢れ出し、瞬く間に怒涛の水流へと変化してユークリアに襲いかかって来る。
小柄な金髪の少女は槍を眼前に立てて構え、水流を切り裂きながら真っ直ぐに突っ込んだ。
ユークリアが突き進む中、水流が突如として消滅し、ロザリーが杖に光を集める。飛燕の如く素早く翻る。
瞬間、白く煌めく濃霧が出現した。こごえんばかりの冷気と共に周囲一帯に逆巻く。
ダメージは無きに等しかったが、しかしずぶ濡れになっていたユークリアの身が、瞬く間に凍り付いてゆく。
「身体が……っ!」
「猪みたいに突っ込むばかりが戦いじゃあないですわぁ~!」
動きが鈍った金髪少女に対し桃髪少女は三度呪文を唱えつつワンドを振り上げ、眩い光を凝縮すると巨大な氷の錐と化し撃ち放った。
唸りをあげて弩矢の如く飛び出した巨大氷錐が、身動きが取れないユークリアの腹を貫きながら吹き飛ばす。
「Aクラスを侮るんじゃあないですわ、Zクラスが」
ワッと歓声が湧いた。
ロザリーが上機嫌に高笑いをあげる。
しかし、審判から決着の宣言がなされない。
(まだ勝利とみなされない? それならトドメを――あら?)
地へと視線を向けると、いつの間にか氷錐の先端から確かに貫かれていた筈の金髪少女の姿が消えていた。
その刹那、煌めく白霧を切り裂いて、ロザリーの背後から黄金の雷を纏った槍の穂先が伸びて来る。
「――はっ?!」
少女術師は振り向きざまに短杖を翳す。光の障壁が出現する。蒼い光と黄金の雷光とが激突した。
光と光は激しく明滅すると、粒子を散らし轟音を周囲に響かせてゆく。
やがて障壁が力負けたしたかのように消滅した。ロザリーが大きく飛び退く。喰らいつく猟犬の如くにユークリアが追尾し迫る。
(そんな――っ!)
ユークリアの制服の腹の部分には大きな穴があき、周囲は血に染まっていた。確かにロザリーの槍はユークリアを貫いたのだ。だが、既に滑らかな白肌が復活している。あの一瞬でこの金髪少女は己を回復させ、ロザリーが生み出した白霧に紛れて目を盗み、密かに忍び寄って来ていたのだ。
(Zクラスごときが――)
「神への祈りは済ませましたか?」
ユークリアは青い二つの瞳から光を放ちロザリーを見据えながら再度問いかけた。
黄金の雷を全身より激しく放出しながら一際強く槍の穂先に収束させ、天雷の如くに振り下ろす。
ロザリーが咄嗟に杖を頭上に翳した。
黄金の雷槍と蒼い魔力障壁とが激突し激しく鬩ぎ合う。
観客席から人々が歓声を熱狂的にあげている。
(――うるさいオーディエンスですわねっ!!)
桃髪少女は胸中で毒づきつつ歯を喰いしばり、全身全霊を籠めエーテルを解放した。
蒼光の壁が輝きを増し、黄金の雷槍を弾き飛ばす。
「見ましたか! これがAクラスの――」
ロザリーは最後まで言葉を述べられなかった。
槍を手放し、前傾姿勢で低く地を這うように踏み込み肉薄したユークリアの、全体重を乗せた肘が桃髪少女の水月に突き刺さったからだ。
苦悶の息と共に細身が折れる。
「――周りなんか気にしてんじゃねぇですよっ!」
ユークリアは裂帛の気合と共にロザリーの後頭部を両手で掴むと、引き落としながら膝に黄金の雷光を収束させ脚を振り上げた。
黄金雷の膝が、少女の顔面に食い込み、鈍音を盛大に響かせながら、衝撃力を解き放つ。
とさり、と小さな音を立て、昏倒したロザリーの身が地に落ちる。
「――勝者! Zクラス・ユークリア・フィナンシェ!」
歓声が爆発的にあがった。
だがすぐに止んだ。
霧が晴れて、ロザリーの顔が衆目によく晒されるようになった時、皆が息を呑んだからである。
かくて、Aクラスの令嬢を粉砕したユークリアの名は轟き、周囲から畏怖の視線で見つめられる事となる。
だが、そんな中でも教官のグラスだけは認めて、変わらず相手をしてくれたという。