『予言』と『喪失』1

天魔大戦アポカリプス・ゼロ-四月革命- イベントノベル(テーマ)制作 黒岩かさね納品 2022年05月29日 09時12分54秒

 穢れなき光輝に満たされた天界の一角に、その庭園はあった。
 四季折々の花々が咲き誇る、ルチルエル(ルチル・プルメリア・グレイハーツ)専用の庭園。
 天魔大戦の喧騒も、此処には一切届かない。
 開戦前にそうしていたように、ルチルエルはのんびりと花の香を楽しみ、穏やかな一時を過ごしていた。
 しかし、ふと。純白のヴェールの下で、紫鱗に覆われたルチルエルの鼻が、ぴくりと何かを嗅ぎつける。
 馨(かぐわ)しき花の香に混じり、苦悶と悲嘆に満ちた切々たる哀切の香が、微かに匂った。
 次いで、蜥蜴の如き鋭敏なる聴覚が、遥か彼方の下界から『予言』を乞い求める人間の声を、確かに拾う。
「……おや。私を呼ぶ声がしますねぇ」
 のんびりとした声音の中に、幾許かの喜悦を混ぜて。ルチルエルは呟いた。
「未来を知りたがるなど、人間の思考は全く理解に苦しみますが。これもまた、天使としての務め。いえ、何より……個人的な楽しみなので。まぁ、応えて差し上げるのは、やぶさかではありませんね」
 白き二対の翼を広げ、下界へ向かわんとするルチルエル。
 その背に不意に、庭園を訪れた一柱(ひとり)の熾天使(セラフ)が声を掛ける。
「あら、あら。せっかく、あそびにきましたのに。ルチルさまは、おでかけ、なさるのですか?」
 麗しき金糸の如き髪を揺らして小首を傾げ。曇りなき黄金の瞳で、来訪者――マレーネ(マレーネ・シェーンベルグ)は、ルチルエルへと親し気な視線を向けている。
 光輝を具現化したような形状の杖を携え、三対の白翼で天界の空に浮かぶマレーネの姿は、ふわふわと捉えどころのない雰囲気を漂わせ、まるで水面に映った月のようだと、いつもながらにルチルエルは思った。
「ええ、どうやら人間が、『予言』を所望のようで。救いようがない方々に付き合うのも、まぁ、悪くないものですから」
「まあ。るちるさまは、きょうも、はたらきものなのですね。では、わたくしも、ごいっしょさせていただいても?」
 マレーネの申し出に、ルチルエルは薄い笑みを浮かべて快諾した。
 ――彼女(マレーネ)は常に、只々善意のみを以て行動する。水の天使同士、日頃から行動を共にする事も多いルチルエルは、彼女の性質をよく把握していた。故に、同行を申し出たのも他意あっての事ではないだろうという確信。もっと言えば、彼女が同行してくれたなら、きっとまた面白いものが見れるだろうという確信。
 にやり、と笑みの形に歪んだ紫蜥蜴(ルチルエル)の口元から、爬虫類の牙が覗いていた。

「ああ……天使様、どうか……お慈悲を。私に……予言をください。どうか……」
 一心不乱に祈り続ける老婆が、両手を祈りの形に合せ、只管(ひたすら)に乞い願っていた。
 何処かの国の、何処かの病院である。
 白い寝台には、昏々と眠り続ける少女の姿。
 その体には幾つもの管が繋がれ、呼吸を補助する機械が口を覆い、容体が芳しくないのであろう事は、誰の目にも明らかであった。
 下界へ降臨したルチルエルとマレーネは、病室の中、老婆と少女の傍らに立っている。
 しかし、天使の姿は人間には見えない。
 両目に涙すら浮かべ祈り続けている老婆に向かい、ルチルエルはいつものように魔術で己の声を届けることにした。
『……水の天使、ルチルエルでございます。貴女……予言を聞きたいのですか? ……良いでしょう。但し、貴女にとって都合の良い結果となり得るかは、保証致しませんが』
 喜悦めいた笑いすら零しつつ、紫蜥蜴(ルチルエル)は老婆の祈りに応えた。
 その隣では熾天使(マレーネ)が、寂寞とした病室にそぐわぬ無垢な笑顔を浮かべたまま、事の成り行きを見守っている。
 脳裏に響いた天使(ルチルエル)の声に、老婆は驚き、そして喜びの声を上げると、切々と訴えた。
 曰く。もはや唯一の肉親となった孫娘が、重篤な病気を患っているのだと。快癒の見込みは乏しいが、明日、成功率僅かな手術を受けるのだと。老婆の願いとは即ち、手術の結果を予言して欲しい――というものだった。
 
 では、とルチルエルは天使としての権能を発動させる。時の流れとは、川の流れにも喩えられるように、水に属するものである。人間には見ることも触れることも叶わぬそれに、魔力を以て干渉し、掴み、行く末を視る。
『……予言を告げましょう。手術の結果は、失敗です。手術中に大動脈が破裂。その娘さんは、即死。……侭(まま)ならないものですねぇ……人の運命というものは』
 のんびりとした抑揚で、あっさりと。否、むしろ何処か愉しそうな響きすら伴い、無慈悲なる予言が下される。
「ああ……そんな……」
 絶望に打ちひしがれ、がっくりと崩れ落ちる老婆を尻目に、ルチルエルはやれやれ、といった風情でマレーネを見る。
「まったく……人間というのは不思議ですねぇ。未来を知ってもつまらないか、絶望を二度も味わうかだけでしょうに」
 魔術を介さぬ天使達の声は、老婆の耳には届かない。首を傾げるルチルエルに、マレーネは応える。
「ぜつぼう? このひとは、いま、ぜつぼうしているのですか?」
 熾天使の無垢な瞳が、落涙止まぬ老婆を見詰める。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0