開幕! ハネ娘プリティピジョン
天魔大戦アポカリプス・ゼロ-四月革命- イベントノベル(テーマ)制作 真柄 葉納品 2022年05月05日 15時10分55秒
大地を緑が埋め尽くし、柔らかな風が頬を撫でた。
蒼い空からは、眩しいばかりの光が降りそそいでいる。
「は……?」
イバラージョは突然開けた視界に、口をぽかーんと開けた。
「なんだここは……まさか」
隣に居たセブンスナイトが咄嗟にイバラージョを背に隠し、辺りを見渡す。
そう、セブンスナイトが感じたそのまさか。そこは――――。
「天界ですの……? 一体なぜ、こんな場所に」
「わからねェが天使共の罠かもしれねぇ。俺の後ろに隠れてな」
セブンスナイトがイバラージョを背に隠し、周囲を警戒しようとした時――。
「あら、イバラージョではありませんの」
突然聞こえた声に二人は振り向くと、部下の悪魔を侍らせたオーカがこちらに手を振っていた。
「ふふ、貴方達も出場しますのね。これは面白くなりそうですわ」
「は……え? 出場?」
部下の馬車に乗り近づいてきたオーカ。
知った声に「知り合いか?」と問いかけるセブンスナイトの影から、イバラージョは顔をのぞかせた。
「そうですわ! 天使と悪魔の最速最強を決めるレース! どこのどなたが発案したのか知りませんが、まさに私の為にあるレースといっても過言ではありませんわ!」
不敵に微笑むオーカに、二人は呆気に取られる。
「……いったいなんのことだ。イバラージョ、何か知ってるか?」
「し、知りませんわ。レースって何の事――」
「おおっ! らずりんだ。ひっさしぶり!」
と、イバラージョがオーカに問いかけようとした時、三人の元へサフィエルがふわふわと飛んできた。
「てっ……あれ、雰囲気変わった?」
「はえ? わたくしですの……?」
「うん……って、悪魔? およよ、堕天したの?」
「堕天なんてしていませんわ!? わたくしはイバラージョ! 最初っから悪魔ですのよ!!」
「ほえ? ふーん、そうなんだ。なんか似た雰囲気の子にそっくりだったから。そっか、イバラージョっていうんだね。それじゃラージョって呼ぶね!」
「へ? え、ええ……え?」
「てめぇ、何勝手に人の女にあだ名つけてやがる。ってか、誰だよ」
「アタシはサフィエル! 今日のレース頑張ろうね! それじゃまた後で!」
と、間に入ったセブンスナイトの事など気にもせず、サフィエルはビューンとどっかへ行ってしまった。
「な、なんでしたの……?」
「宣戦布告じゃありませんの? ふふ、天使風情が私のイバラージョに宣戦布告だなんて、生意気ですわね」
「おい、誰がてめぇのだって?」
「あら、聞こえませんでしたの? この『完璧なる悪魔』オーカのもの――」
「あら、イバラージョ! 奇遇ね、あなたも出場するなんて」
イバラージョを巡ってオーカとセブンスナイトによる熾烈な争奪戦が勃発し……なかった。
突然天から舞い降りたクローウェルが、イバラージョに後ろから抱きついたのだ。
「ひょわっ! あああ、あんたはあの時の羽毟った天使じゃねぇーですか!?」
「そうよ! 私の羽はまだ大事にしてくれている?」
「え……あ、えっと……」
「ふふ、失くしてしまったのかしら。それじゃ、レースが終わったらまたあげるわね!」
「なんだと……」
セブンスナイトが「これは俺のだ!」とイバラージョを取り返すと同時に、辺りを氷で閉ざす程の冷気が、上空から降りてきた。
「……お前がお嬢様の羽を毟った張本人だと」
薔薇色の髪をなびかせ、クローウェルの隣に舞い降りたミルスは、お嬢様と親し気に話していたイバラージョに、氷の視線を向ける。
「また増えやがったのかよ。おい、くそ天使共。俺達に何の用だ」
「くそ天使だと……口を慎め、下等な悪魔が。貴様らのせいで、お嬢様は翼を失った……その行い万死に値する!」
「はぁ? たかが羽の一枚や二枚毟られたくらいどうしたよ。別に悪気があったわけじゃねぇんだ。許してやれよ、魂小せぇな」
「貴様……その罪の重さを理解できていないようだな――」
「はいはい、二人共。ここは争いの場ではないわよ。対決したいのなら、レースで決着をつけなさいね?」
一触即発。今にも起こりそうな天魔闘争の間に割り込んだほのぼの空気。
「……お嬢様。本気でこ奴等を『ハネ娘プリティピジョン』に出場させるおつもりですか……?」
「出場させるも何も、ここにいるということ自体が、レースに出場する資格があるという事。これは神が定めた理だもの」
クローウェルにたしなめられミルスはしゅんと肩を落とすと、セブンスナイトに鋭い視線を向けた。
「おい、勝手に話を進めるな」
二人の天使に、二人の悪魔がぶーぶーと親指を下へ向け抗議する。
「……嫌なら出場を辞退すればいい。ライバルが減ってこちらも助かる。腑抜けなど必要としていない」
と、そこへ更なる乱入者。
黒い翼を小さく畳み、リーチェが天界へと降り立った。
「はぁ? もしかして腑抜けってのは俺達の事を言ってるのか……?」
突然現れた悪魔の物言いに、セブンスナイトは怒気を膨らませる。――――一方、「確かに腑抜けですけども」とこっそり同意するイバラージョ。
「……他にいる?」
「てめぇ……レースかなんか知らねぇがここでその首引っこ抜いてやろうか」
「短気……程度が知れる」
「どうやら、口で言ってもわからねェようだな……いいぜ、体でわからせてやるよ」
リーチェの挑発ともとれる言動に、セブンスナイトが静かにキレた。
膨大な魔力が膨らみ、そして彼の体内へと収束していく――――。
「おあつマリマリみなサーン! よくきたジャーン!」
緊張感MAXな現場に、弛緩しきった声が響いた。
ふわふわと地に降りてきたのは、腕に『すたっふ』と書かれた腕章をつけた四枚羽の天使リュミュシェール。
「天界へようこそだワヨ、悪魔のみなサーン! タダイマーをもって会場へとご案内しますですのハイ! 天使の皆サーンも着いてクルクルだワヨ!」
よくわからない片言で、先導旗をふりふりするスタッフ天使に、これから何が起こるか知っている者は意気揚々とリュシェの後ろについた。一方、まったく事態が飲み込めていない二人は互いに視線を合わせ首をひねる。
「おや? オヤオヤオヤオヤ? お二人様はゴケンガクガーク?」
「はぁ? ご見学も何も一体どういう事か説明しろ。この集まりは何なんだ」
「オゥ! これは失礼しましマタ! ご新規二名様ーは、まだ『ハネ娘プリティピジョン』をご存じナイ! アチャー! シッタイ失態!」
「なんですの、このとんちき天使は……」
ぺちんと額を叩き舌をぺろりんと出すリュシェに、二人は呆気に取られた。
「今から開かれるノワ! 天界のエラーイ人主催の天魔入り乱レなんもアリの大レースなのダワヨ!! 優勝者にはとーーーってもBigなメイヨと、優勝賞品がジュヨされるのヨ!!!」
「なに優勝賞品だと?」
「Jesus! 『超豪華方舟で行く人間界世界一周旅行ペアチケット』のGetChance! 最速最強の天魔をSelectダワヨ!」
「へぇ、世界一周旅行ペアチケットか。面白れぇな。イバラージョ、折角のご招待だ。遊んでいこうぜ」
「ふえっ!?」
驚くイバラージョに微笑みかけたセブンスナイトは、改めて参加の意思を示した。
●
スタンドから観客が興奮と応援の声が響く。
スタート地点『湖畔』でスタンバイする天魔、総勢30名の参加者達は、スタートの合図を今か今かと待っていた。
高揚感と緊張感が渦巻くスタートライン。そんな中、サフィエルが知人に似た悪魔を見つけた。
「ほわ!? え……レリーチェ、だよね……?」
「……サフィエル、貴方もいたのですね」
「久しぶり……って、ええっ、どうしたのその姿!?」
「……声が大きい。今の私はアマツカゼ。ただの悪魔です。その名は口にしないでください」
「うぬぬ……そっかぁ……堕天かぁ……好きな子でもできた?」
「……何故その結論に飛躍するんですか。そういう話ではありません」
「へーーーほーーー」
「……なんですかその視線は」
サフィエルのにやにや視線にアマツカゼはうんざりとため息をつく。
そうこうしていると『スタッフ』リュシェが旗を持って現れた。
「lady’s&gentleman! お待たせしたダワヨ! それじゃ、かっ飛ばしてイテミヨー! 用意はイイ? イイネ? イイヨ! ヨシッ! Ready……ゴー!!!」
たっぷりタメを作ってから、ご自慢の旗を振り下ろした。
●
「ふふふっ、この天界一のスピードを誇るサフィエルにかとーなんて1万年早いよっ!」
真っ先に飛び出したのはサフィエル。天界最速のメッセンジャーの異名に恥じぬその速度で、ウィリー決めつつ空気の壁をぶち抜いた。ぶち抜きすぎて……。
「ふふふ、誰もついてこれない……って、あれ。みんなどこ行くの……?」
余裕をかまして振り返ってみれば、他の参加者達はぜんぜんまったく別の方へと飛んで行っている。
『WOW! サフィエル選手、いきなりコースアウトジャーン! トバしてルー!!』
と、リュシェの実況ではっとなったサフィエルは、慌ててUターンを試みる。あんなにぶっ飛ばしていたのに。いきなり。急に、そんなことしたら……。
「な、なんですの……すごい音がしましたわ」
「行くぜイバラージョ!」
「はい、セブンスナイト様……って、はへっ? 何をしますのっ?! ひえぇ!」
「はは、こっちの方がはえぇ!」
後方で何やらものすごい音がして振り返ったイバラージョを、セブンスナイトが突然肩車した。肩の上でイバラージョが何やら悲鳴を上げているけど気にせず、セブンスナイトはぶっ飛ばす。全ては優勝賞品の為に。
「お嬢様、あのような者達に先行を許してはおけません」
「ふふ、そんなに焦らなくても大丈夫よ。レースは長いんだし、楽しみながら行きましょう」
そんな二人を追うのは、ミルスとクローウェルの主従。
「お嬢様が優勝するのは確定的事実であり、疑いようはありませんが……あの悪魔。羽毟りのイバラージョは危険です」
「あら、随分気に入ったのね。わかるわ、あの子とても面白いものね」
「面白くありません。あれはこの世にあってはならぬもの。お嬢様の羽を奪った大罪人です」
「もぉ、ミルスってば顔が怖いわよ。それに言ったでしょ。あの羽は私が彼女にあげたのよ?」
「それが問題なのです! 何故、悪魔などの手にお嬢様の羽が……! どうして私の手には無くて……ではなく、悪魔の手に天使の羽があるなど言語道断!!」
「ふふ、ありがとう、ミルス」
唇に血を滲ませるミルスを、クローウェルは愛おしそうに微笑んだ。
「ふふっ、猪達がうじゃうじゃと先行していきますわ」
更にその様子を窺うのは、馬車の上で不動のオーカ。
「レースは長期戦。こんな序盤でスタミナを消耗するなど、愚策もいいところですわ。序盤はスタミナを温存しつつ、相手の出方を分析し、ここぞという所で真の力を解放する。それこそが、完璧たる私の策略ですわ!」
「言ってる間に、最後尾ですよ……。策士、策に溺れる事の無いようにすることですね……」
そんなオーカの脇を漆黒の風が通過した。
オーカ同様、先行する参加者達の出方を窺っていたアマツカゼは、機械的な正確さで参加者のデータ分析を終え、オーカに先んじ飛び出していく。
「……ふ、ふふふ。新参者風情がこのオーカ様にお説教ですの? 面白いですわ。多少分析が早いからといって、それが何ですの! 真の勝者はこの私以外にあり得ませんわ!」
オーカはすぐに部下オギに命令し、馬に鞭を入れさせた。
そして、ここに二人の背中を見つめる一人の天使がいる。
「ンマッ……このHeartバックンバクンする気持ち……is 何?」
超高速で去っていくアマツカゼの黒翼の羽ばたきが、スタッフであるはずのリュシェの胸に微かな揺らぎをもたらした。
「一体、あの悪魔サーンはどこチャンだれチャン……?」
ギュッと胸の前で手を握り、遠くを見つめる……。
……おや!? リュシェの様子が……!
眩しいばかりの閃光に包まれたかと思うと、麗しかった細い眉毛がにゅーんと太く濃くなり、大きかったお目目が細く鋭く尖る。
「……他人の『走り』を見て刺激されるなんて……。あんなスゴイものを見せられると、体がムズムズしてじっとしていられない」
片言どこいった。
リュシェは眼光鋭くアマツカゼの背を見つめると、フラッグをポーンと投げ捨てる。
「リュシェはどんなバトルからも逃げないって決めたんだ!!」
「いや、いつ決めた」と観客が総ツッコミを入れる中、リュシェは参加者達の後を追い飛び出して行ってしまった。
●
勢い勇んで飛び出していったリュシェだったが、既に先頭集団とは大差がついており、まともに飛んでも追いつけない。
リュシェは考えた。めっちゃ考えた。そして……考えるのをやめた。
とにかく一直線。チェックポイントまでの最短距離をかっ飛ばせば一番早く着く。
そう結論付けたリュシェは、全速力でぶっ飛ばし、途中にあった木をなぎ倒し、小屋を粉砕し、廃屋に突っ込み……止まった。
「プッハー! あちゃー! メッチャ飛び飛びシタじゃんジャーン!」
もちろんコースアウト。リュシェは慌てて瓦礫から顔を出しコースに復帰しようと、辺りを窺うが――。
「な、なんなのよこれ……一体どこの誰がこんな事を」
目の下に真っ黒なクマを湛え、手には人類の英知を握りしめ、呆然と会場を見つめていたアルトストラタスと、目が合った。そして、運命を感じた。
「素敵ナ……じゃ、ナイだワヨ! 中間管理職オーラを纏うソチラ様はどちらサマ?」
リュシェは無意識のうちにその人影に声をかけていた。
「む。貴女は一体どなたです……? うん、その腕章は」
その声に気付いたアルトストラタスはリュシェへと近づき、腕章に目を止めた。
アルトストラタスはリュシェを瓦礫から引っこ抜くと、目の前で起こっている騒乱の説明を求める。
「……ハネ娘プリティピジョン?」
パンパンと埃を払うリュシェから企画の全容を聞きアルトストラタスは更に困惑。今この天界で何が起こっているのか、その優秀な頭脳をフル回転させ考える。考える。考える……ピカーン!
「なるほど、そういう事ね。ねぇ、貴女、ゴールはどこかしら」
「マッ! 参戦サンセン!!??」
「違う。そんな訳ないでしょう? いいから、協力なさい」
そう言ってアルトストラタスはリュシェに耳打ちした。
●
「セブンスナイト様、ハリーハリー! 何だかいつの間にかモブの羽が手の中にありますの!!」
「はいはい、ハリーハリー。ってか、いつそんなもん毟ったんだよ。やるじゃねえか」
「わかりませんわ!? おかげでとっても視線が痛い!! 早急に離脱しませんと命の危機ですわ!!」
相変わらずセブンスナイトに肩車されつつトップを疾走するイバラージョが、いつの間にか毟った羽を手に、猛追してくるミルスを見て絶叫している。
「くっ。あの悪魔、また天使の羽を……!」
「ふふ、あの彼氏さんすごいわね。イバラージョを肩車してるのにあんなに早い」
「お嬢様っ! 何を呑気に撮影しているんですか!」
「えー、だって皆の雄姿をちゃんと記録に納めなくちゃもったいないじゃない」
二人を猛追するミルスの横を並走するクローウェルは、何故かカメラ片手に参加者の皆を応援&撮影していた。
「お嬢様が本気を出せば、あのような下賤な悪魔など、すぐに抜き去れます! どうか本気を出してください!」
「ふふ、それも面白いのだけど、貴方の飛んでいる姿を記録に残しておきたいの」
「え、私の姿を……?」
「だから、私にかっこいい所を沢山見せてね。応援しているわ、私の従者様」
それだけを言うと、クローウェルはミルスを置いて先の二人の元へ飛んでいく。
「……わかりました、お嬢様。そのご期待に応えて見せます」
クローウェルの残した言葉を激励と受け取ったミルスは、改めて先を見る。
お嬢様に追いつかれギョッとしているイバラージョ達を睨み付けると、大きく翼をはためかせ――。
「にゃっしゃーー!! ミルスっち抜いたりー!!」
音速を越えたサフィエルにあっさり抜かれた。
大暴走から復帰したサフィエルは、持ち前の速度はもちろん、こっそり調べてあった抜け道を使い、慣性ドリフトやブーストダッシュを決めまくり、あの膨大な遅れを取り戻していた。
「このまま一気にトップを頂くんだからーー!!」
目の前には現在トップの悪魔夫妻。そして、何故かカメラを構えるクローウェル。
サフィエルは翼を折りたたむと空力を最大限にし、弾丸となって先頭を追う。
「……誰にも優勝賞品は渡さない」
しかし、その背後から猛烈な勢いで迫る人影があった。
アマツカゼは一気に先頭集団まで詰め寄り大きく翼を広げ速度を落とすと、天頂に巨大な魔方陣を描いた。
魔法陣から放たれた禍々しいばかりの魔力が、参加者達を撃つ。
「……これで能力は封じた。さぁ、フィジカルで勝負よ」
アマツカゼの魔力が参加者達の特殊能力を縛る。当然、自らの能力もだ。
これで純粋な速度勝負。神の奇跡だの悪魔の災厄だのが介入する余地は無くなった。
「ふふ……能力を縛ったとろでなんですの。私の従者にそんなものは通用しませんわ!」
だが、自らの特殊能力をまったく使っていないオーカにはその呪縛は無意味。
オギの駆る馬車が一気に速度を上げ、上位陣を猛追していく。
アマツカゼのデバフのおかげか、どんどんと後続が距離を詰め先頭集団は大混戦。
チェックポイント『庭園』、『草原』、『神殿』を越え、抜きつ抜かれつのデッドヒートが繰り広げられていた。
そんな先頭集団の後方、とんでもないスピードで迫る影があった。
「ドーケドケドケーイ! このママ負けランネェんだワヨ! リュシェはアイボーと一緒! ブチ抜くゼっ!!」
空を飛んでいるはずなのに土煙をもうもうとあげ、迫りくるのは……リュシェ?
いつの間に着替えたのか学ランに身を包み、どどーんと天を衝くリーゼントヘアーで疾走してくる。しかも、どこからともなく聞こえるこの歌は……。
「「「なぜ演歌っ!!」」」
と、先頭集団の総ツッコミが入る中、演歌をBGMに爆走してくるリュシェ。そして、その背には……。
「貴方たち、ゴールで待っているから、覚悟なさい」
仁王立ちするアルトストラタスの姿があった。
まったくもって理解不能の闖入者の登場に目を剥く天魔たちを一瞬で追い越し、二人はかっ飛んでいった。
●
ゴールである『コロッセオ』には、観客達が詰めかけ、選手達の到着を今か今かと待ちわびる。
『おーっと! ついに先頭が見えた!!!』
コロッセオに響いた馬蹄の音に、実況天使がマイクに向かって叫ぶ。
最初に入ってきたのは、オーカが乗る馬車だった。
「ふふふっ! やはり最後に勝つのは私ですわ! さぁ、讃えなさい! 我が策を! 我が完璧を!!」
馬車の上で仁王立ちするオーカは、観客にその雄姿を見せつけるように、オギに速度を落とさせると、両手を振って声援に応える。
『オーカ選手余裕だ! 余裕の凱旋だ!! しかし、そんな事をしている暇があるのか!?』
「うん?」
実況天使が何やら訳の分からない事を叫んでいる。
オーカが何の事だと首をかしげていると――。
「うりゃりゃりゃーー!! これが諦めないって事だぁぁぁぁ!!!!」
最後の力を振り絞ったサフィエルの追い込みがさく裂し、オーカを抜き去った。
「へ……? ここがゴールじゃありませんの……?」
そう、オーカはやらかした。コロッセオに入ればゴールだと思い込んだ。
しかし、本当のゴールは……。
『ゴオォォォッォォォル!!! サフィエル選手、一着でゴールだぁぁ!!!』
実況天使の絶叫がコロッセオに響き渡る。
ゴールテープを切ると同時に倒れ込んだサフィエルの雄姿に、観客達の大歓声が降りそそいだ。
●
次々とゴールしてくる選手達を観客達の歓声を迎える。
ゴールテープを切った選手達は、闘技場内をゆっくりと飛びながら、観客の声援に応えた。
そして、ウイニングランを終え、選手達が控室へと向かおうとした……その時だった。
「何処の誰が企画したか知らないけれど、後始末するのが誰かわかってやっているのかしらね?」
絶対零度を思わせるその声に、選手達は凍り付いた。
「アタシの仕事を増やすな! こちとら5日も寝てねえんだよ!!」
一転、天雷の如き怒号が選手たちに降り注ぐ。
そこには、仁王立ちでブチ切れたアルトストラタスの姿があった。
頭を冷やせと浴びせられた大洪水でびしょ濡れの選手達が一列に正座させられる。
少しでも動こうものなら、射殺さんばかりの視線が向けられた。
「クローウェル様! 貴女がいらしてなんですかこの失態は!」
「ふふ、とても楽しいわよ?」
「ミルスさんもクローウェル様をちゃんと止めてくださいよ!」
「す、すみません……」
「サフィエルさんは相変わらずスピード出し過ぎなのよ!!」
「ひぃ……ごめんなさい」
「リュミュシェールさんは、神殿裏までいらっしゃい。顔を戻しても許しません!」
「ヒョェ……せっかく乗せたノニ……」
「貴女は、やるなら馬車なんか使わずに正々堂々勝負しなさい!」
「ふふ、今のお仕事に不満がある様ね。どう、私の所に来れば幸せにしてあげるわよ」
「結構です!」
「あー、説教中悪いが提案だ」
「貴方は……、聞くだけ聞いてあげましょう」
「イバラージョを俺の膝の上でってのはどうよ?」
「却下! お説教中になにイチャつこうとしてるの! 天使の羽まで毟ってただで帰すと思っているの!?」
「こ、これは気付いたら毟れていたのですわ!!」
「言い訳無用! 大人しく座ってなさい!」
一人一人丁寧にお説教をしていくアルトストラタス。
参加者達もその迫力に圧倒され、素直に怒られる。
「それから――」
そして、最後の一人――。
「レリーチェちゃん! 急に姿を見せなくなったと思ったら……もう!」
姉妹と慕った姿を見つけ、困った様な嬉しい様な複雑な表情を浮かべた。
「アルト……もう二度と会う事はないと思ってた。でも、最後に会えてよかった」
そう言って、アマツカゼは手を伸ばす。
「まったく、お説教の最中だっていうのに……私も会えてうれしかったけど、二度と戻って来ちゃダメよ」
アルトストラタスは伸ばされた手を取り、少しだけ辛そうに微笑んだのだった――――。
蒼い空からは、眩しいばかりの光が降りそそいでいる。
「は……?」
イバラージョは突然開けた視界に、口をぽかーんと開けた。
「なんだここは……まさか」
隣に居たセブンスナイトが咄嗟にイバラージョを背に隠し、辺りを見渡す。
そう、セブンスナイトが感じたそのまさか。そこは――――。
「天界ですの……? 一体なぜ、こんな場所に」
「わからねェが天使共の罠かもしれねぇ。俺の後ろに隠れてな」
セブンスナイトがイバラージョを背に隠し、周囲を警戒しようとした時――。
「あら、イバラージョではありませんの」
突然聞こえた声に二人は振り向くと、部下の悪魔を侍らせたオーカがこちらに手を振っていた。
「ふふ、貴方達も出場しますのね。これは面白くなりそうですわ」
「は……え? 出場?」
部下の馬車に乗り近づいてきたオーカ。
知った声に「知り合いか?」と問いかけるセブンスナイトの影から、イバラージョは顔をのぞかせた。
「そうですわ! 天使と悪魔の最速最強を決めるレース! どこのどなたが発案したのか知りませんが、まさに私の為にあるレースといっても過言ではありませんわ!」
不敵に微笑むオーカに、二人は呆気に取られる。
「……いったいなんのことだ。イバラージョ、何か知ってるか?」
「し、知りませんわ。レースって何の事――」
「おおっ! らずりんだ。ひっさしぶり!」
と、イバラージョがオーカに問いかけようとした時、三人の元へサフィエルがふわふわと飛んできた。
「てっ……あれ、雰囲気変わった?」
「はえ? わたくしですの……?」
「うん……って、悪魔? およよ、堕天したの?」
「堕天なんてしていませんわ!? わたくしはイバラージョ! 最初っから悪魔ですのよ!!」
「ほえ? ふーん、そうなんだ。なんか似た雰囲気の子にそっくりだったから。そっか、イバラージョっていうんだね。それじゃラージョって呼ぶね!」
「へ? え、ええ……え?」
「てめぇ、何勝手に人の女にあだ名つけてやがる。ってか、誰だよ」
「アタシはサフィエル! 今日のレース頑張ろうね! それじゃまた後で!」
と、間に入ったセブンスナイトの事など気にもせず、サフィエルはビューンとどっかへ行ってしまった。
「な、なんでしたの……?」
「宣戦布告じゃありませんの? ふふ、天使風情が私のイバラージョに宣戦布告だなんて、生意気ですわね」
「おい、誰がてめぇのだって?」
「あら、聞こえませんでしたの? この『完璧なる悪魔』オーカのもの――」
「あら、イバラージョ! 奇遇ね、あなたも出場するなんて」
イバラージョを巡ってオーカとセブンスナイトによる熾烈な争奪戦が勃発し……なかった。
突然天から舞い降りたクローウェルが、イバラージョに後ろから抱きついたのだ。
「ひょわっ! あああ、あんたはあの時の羽毟った天使じゃねぇーですか!?」
「そうよ! 私の羽はまだ大事にしてくれている?」
「え……あ、えっと……」
「ふふ、失くしてしまったのかしら。それじゃ、レースが終わったらまたあげるわね!」
「なんだと……」
セブンスナイトが「これは俺のだ!」とイバラージョを取り返すと同時に、辺りを氷で閉ざす程の冷気が、上空から降りてきた。
「……お前がお嬢様の羽を毟った張本人だと」
薔薇色の髪をなびかせ、クローウェルの隣に舞い降りたミルスは、お嬢様と親し気に話していたイバラージョに、氷の視線を向ける。
「また増えやがったのかよ。おい、くそ天使共。俺達に何の用だ」
「くそ天使だと……口を慎め、下等な悪魔が。貴様らのせいで、お嬢様は翼を失った……その行い万死に値する!」
「はぁ? たかが羽の一枚や二枚毟られたくらいどうしたよ。別に悪気があったわけじゃねぇんだ。許してやれよ、魂小せぇな」
「貴様……その罪の重さを理解できていないようだな――」
「はいはい、二人共。ここは争いの場ではないわよ。対決したいのなら、レースで決着をつけなさいね?」
一触即発。今にも起こりそうな天魔闘争の間に割り込んだほのぼの空気。
「……お嬢様。本気でこ奴等を『ハネ娘プリティピジョン』に出場させるおつもりですか……?」
「出場させるも何も、ここにいるということ自体が、レースに出場する資格があるという事。これは神が定めた理だもの」
クローウェルにたしなめられミルスはしゅんと肩を落とすと、セブンスナイトに鋭い視線を向けた。
「おい、勝手に話を進めるな」
二人の天使に、二人の悪魔がぶーぶーと親指を下へ向け抗議する。
「……嫌なら出場を辞退すればいい。ライバルが減ってこちらも助かる。腑抜けなど必要としていない」
と、そこへ更なる乱入者。
黒い翼を小さく畳み、リーチェが天界へと降り立った。
「はぁ? もしかして腑抜けってのは俺達の事を言ってるのか……?」
突然現れた悪魔の物言いに、セブンスナイトは怒気を膨らませる。――――一方、「確かに腑抜けですけども」とこっそり同意するイバラージョ。
「……他にいる?」
「てめぇ……レースかなんか知らねぇがここでその首引っこ抜いてやろうか」
「短気……程度が知れる」
「どうやら、口で言ってもわからねェようだな……いいぜ、体でわからせてやるよ」
リーチェの挑発ともとれる言動に、セブンスナイトが静かにキレた。
膨大な魔力が膨らみ、そして彼の体内へと収束していく――――。
「おあつマリマリみなサーン! よくきたジャーン!」
緊張感MAXな現場に、弛緩しきった声が響いた。
ふわふわと地に降りてきたのは、腕に『すたっふ』と書かれた腕章をつけた四枚羽の天使リュミュシェール。
「天界へようこそだワヨ、悪魔のみなサーン! タダイマーをもって会場へとご案内しますですのハイ! 天使の皆サーンも着いてクルクルだワヨ!」
よくわからない片言で、先導旗をふりふりするスタッフ天使に、これから何が起こるか知っている者は意気揚々とリュシェの後ろについた。一方、まったく事態が飲み込めていない二人は互いに視線を合わせ首をひねる。
「おや? オヤオヤオヤオヤ? お二人様はゴケンガクガーク?」
「はぁ? ご見学も何も一体どういう事か説明しろ。この集まりは何なんだ」
「オゥ! これは失礼しましマタ! ご新規二名様ーは、まだ『ハネ娘プリティピジョン』をご存じナイ! アチャー! シッタイ失態!」
「なんですの、このとんちき天使は……」
ぺちんと額を叩き舌をぺろりんと出すリュシェに、二人は呆気に取られた。
「今から開かれるノワ! 天界のエラーイ人主催の天魔入り乱レなんもアリの大レースなのダワヨ!! 優勝者にはとーーーってもBigなメイヨと、優勝賞品がジュヨされるのヨ!!!」
「なに優勝賞品だと?」
「Jesus! 『超豪華方舟で行く人間界世界一周旅行ペアチケット』のGetChance! 最速最強の天魔をSelectダワヨ!」
「へぇ、世界一周旅行ペアチケットか。面白れぇな。イバラージョ、折角のご招待だ。遊んでいこうぜ」
「ふえっ!?」
驚くイバラージョに微笑みかけたセブンスナイトは、改めて参加の意思を示した。
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スタンドから観客が興奮と応援の声が響く。
スタート地点『湖畔』でスタンバイする天魔、総勢30名の参加者達は、スタートの合図を今か今かと待っていた。
高揚感と緊張感が渦巻くスタートライン。そんな中、サフィエルが知人に似た悪魔を見つけた。
「ほわ!? え……レリーチェ、だよね……?」
「……サフィエル、貴方もいたのですね」
「久しぶり……って、ええっ、どうしたのその姿!?」
「……声が大きい。今の私はアマツカゼ。ただの悪魔です。その名は口にしないでください」
「うぬぬ……そっかぁ……堕天かぁ……好きな子でもできた?」
「……何故その結論に飛躍するんですか。そういう話ではありません」
「へーーーほーーー」
「……なんですかその視線は」
サフィエルのにやにや視線にアマツカゼはうんざりとため息をつく。
そうこうしていると『スタッフ』リュシェが旗を持って現れた。
「lady’s&gentleman! お待たせしたダワヨ! それじゃ、かっ飛ばしてイテミヨー! 用意はイイ? イイネ? イイヨ! ヨシッ! Ready……ゴー!!!」
たっぷりタメを作ってから、ご自慢の旗を振り下ろした。
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「ふふふっ、この天界一のスピードを誇るサフィエルにかとーなんて1万年早いよっ!」
真っ先に飛び出したのはサフィエル。天界最速のメッセンジャーの異名に恥じぬその速度で、ウィリー決めつつ空気の壁をぶち抜いた。ぶち抜きすぎて……。
「ふふふ、誰もついてこれない……って、あれ。みんなどこ行くの……?」
余裕をかまして振り返ってみれば、他の参加者達はぜんぜんまったく別の方へと飛んで行っている。
『WOW! サフィエル選手、いきなりコースアウトジャーン! トバしてルー!!』
と、リュシェの実況ではっとなったサフィエルは、慌ててUターンを試みる。あんなにぶっ飛ばしていたのに。いきなり。急に、そんなことしたら……。
「な、なんですの……すごい音がしましたわ」
「行くぜイバラージョ!」
「はい、セブンスナイト様……って、はへっ? 何をしますのっ?! ひえぇ!」
「はは、こっちの方がはえぇ!」
後方で何やらものすごい音がして振り返ったイバラージョを、セブンスナイトが突然肩車した。肩の上でイバラージョが何やら悲鳴を上げているけど気にせず、セブンスナイトはぶっ飛ばす。全ては優勝賞品の為に。
「お嬢様、あのような者達に先行を許してはおけません」
「ふふ、そんなに焦らなくても大丈夫よ。レースは長いんだし、楽しみながら行きましょう」
そんな二人を追うのは、ミルスとクローウェルの主従。
「お嬢様が優勝するのは確定的事実であり、疑いようはありませんが……あの悪魔。羽毟りのイバラージョは危険です」
「あら、随分気に入ったのね。わかるわ、あの子とても面白いものね」
「面白くありません。あれはこの世にあってはならぬもの。お嬢様の羽を奪った大罪人です」
「もぉ、ミルスってば顔が怖いわよ。それに言ったでしょ。あの羽は私が彼女にあげたのよ?」
「それが問題なのです! 何故、悪魔などの手にお嬢様の羽が……! どうして私の手には無くて……ではなく、悪魔の手に天使の羽があるなど言語道断!!」
「ふふ、ありがとう、ミルス」
唇に血を滲ませるミルスを、クローウェルは愛おしそうに微笑んだ。
「ふふっ、猪達がうじゃうじゃと先行していきますわ」
更にその様子を窺うのは、馬車の上で不動のオーカ。
「レースは長期戦。こんな序盤でスタミナを消耗するなど、愚策もいいところですわ。序盤はスタミナを温存しつつ、相手の出方を分析し、ここぞという所で真の力を解放する。それこそが、完璧たる私の策略ですわ!」
「言ってる間に、最後尾ですよ……。策士、策に溺れる事の無いようにすることですね……」
そんなオーカの脇を漆黒の風が通過した。
オーカ同様、先行する参加者達の出方を窺っていたアマツカゼは、機械的な正確さで参加者のデータ分析を終え、オーカに先んじ飛び出していく。
「……ふ、ふふふ。新参者風情がこのオーカ様にお説教ですの? 面白いですわ。多少分析が早いからといって、それが何ですの! 真の勝者はこの私以外にあり得ませんわ!」
オーカはすぐに部下オギに命令し、馬に鞭を入れさせた。
そして、ここに二人の背中を見つめる一人の天使がいる。
「ンマッ……このHeartバックンバクンする気持ち……is 何?」
超高速で去っていくアマツカゼの黒翼の羽ばたきが、スタッフであるはずのリュシェの胸に微かな揺らぎをもたらした。
「一体、あの悪魔サーンはどこチャンだれチャン……?」
ギュッと胸の前で手を握り、遠くを見つめる……。
……おや!? リュシェの様子が……!
眩しいばかりの閃光に包まれたかと思うと、麗しかった細い眉毛がにゅーんと太く濃くなり、大きかったお目目が細く鋭く尖る。
「……他人の『走り』を見て刺激されるなんて……。あんなスゴイものを見せられると、体がムズムズしてじっとしていられない」
片言どこいった。
リュシェは眼光鋭くアマツカゼの背を見つめると、フラッグをポーンと投げ捨てる。
「リュシェはどんなバトルからも逃げないって決めたんだ!!」
「いや、いつ決めた」と観客が総ツッコミを入れる中、リュシェは参加者達の後を追い飛び出して行ってしまった。
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勢い勇んで飛び出していったリュシェだったが、既に先頭集団とは大差がついており、まともに飛んでも追いつけない。
リュシェは考えた。めっちゃ考えた。そして……考えるのをやめた。
とにかく一直線。チェックポイントまでの最短距離をかっ飛ばせば一番早く着く。
そう結論付けたリュシェは、全速力でぶっ飛ばし、途中にあった木をなぎ倒し、小屋を粉砕し、廃屋に突っ込み……止まった。
「プッハー! あちゃー! メッチャ飛び飛びシタじゃんジャーン!」
もちろんコースアウト。リュシェは慌てて瓦礫から顔を出しコースに復帰しようと、辺りを窺うが――。
「な、なんなのよこれ……一体どこの誰がこんな事を」
目の下に真っ黒なクマを湛え、手には人類の英知を握りしめ、呆然と会場を見つめていたアルトストラタスと、目が合った。そして、運命を感じた。
「素敵ナ……じゃ、ナイだワヨ! 中間管理職オーラを纏うソチラ様はどちらサマ?」
リュシェは無意識のうちにその人影に声をかけていた。
「む。貴女は一体どなたです……? うん、その腕章は」
その声に気付いたアルトストラタスはリュシェへと近づき、腕章に目を止めた。
アルトストラタスはリュシェを瓦礫から引っこ抜くと、目の前で起こっている騒乱の説明を求める。
「……ハネ娘プリティピジョン?」
パンパンと埃を払うリュシェから企画の全容を聞きアルトストラタスは更に困惑。今この天界で何が起こっているのか、その優秀な頭脳をフル回転させ考える。考える。考える……ピカーン!
「なるほど、そういう事ね。ねぇ、貴女、ゴールはどこかしら」
「マッ! 参戦サンセン!!??」
「違う。そんな訳ないでしょう? いいから、協力なさい」
そう言ってアルトストラタスはリュシェに耳打ちした。
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「セブンスナイト様、ハリーハリー! 何だかいつの間にかモブの羽が手の中にありますの!!」
「はいはい、ハリーハリー。ってか、いつそんなもん毟ったんだよ。やるじゃねえか」
「わかりませんわ!? おかげでとっても視線が痛い!! 早急に離脱しませんと命の危機ですわ!!」
相変わらずセブンスナイトに肩車されつつトップを疾走するイバラージョが、いつの間にか毟った羽を手に、猛追してくるミルスを見て絶叫している。
「くっ。あの悪魔、また天使の羽を……!」
「ふふ、あの彼氏さんすごいわね。イバラージョを肩車してるのにあんなに早い」
「お嬢様っ! 何を呑気に撮影しているんですか!」
「えー、だって皆の雄姿をちゃんと記録に納めなくちゃもったいないじゃない」
二人を猛追するミルスの横を並走するクローウェルは、何故かカメラ片手に参加者の皆を応援&撮影していた。
「お嬢様が本気を出せば、あのような下賤な悪魔など、すぐに抜き去れます! どうか本気を出してください!」
「ふふ、それも面白いのだけど、貴方の飛んでいる姿を記録に残しておきたいの」
「え、私の姿を……?」
「だから、私にかっこいい所を沢山見せてね。応援しているわ、私の従者様」
それだけを言うと、クローウェルはミルスを置いて先の二人の元へ飛んでいく。
「……わかりました、お嬢様。そのご期待に応えて見せます」
クローウェルの残した言葉を激励と受け取ったミルスは、改めて先を見る。
お嬢様に追いつかれギョッとしているイバラージョ達を睨み付けると、大きく翼をはためかせ――。
「にゃっしゃーー!! ミルスっち抜いたりー!!」
音速を越えたサフィエルにあっさり抜かれた。
大暴走から復帰したサフィエルは、持ち前の速度はもちろん、こっそり調べてあった抜け道を使い、慣性ドリフトやブーストダッシュを決めまくり、あの膨大な遅れを取り戻していた。
「このまま一気にトップを頂くんだからーー!!」
目の前には現在トップの悪魔夫妻。そして、何故かカメラを構えるクローウェル。
サフィエルは翼を折りたたむと空力を最大限にし、弾丸となって先頭を追う。
「……誰にも優勝賞品は渡さない」
しかし、その背後から猛烈な勢いで迫る人影があった。
アマツカゼは一気に先頭集団まで詰め寄り大きく翼を広げ速度を落とすと、天頂に巨大な魔方陣を描いた。
魔法陣から放たれた禍々しいばかりの魔力が、参加者達を撃つ。
「……これで能力は封じた。さぁ、フィジカルで勝負よ」
アマツカゼの魔力が参加者達の特殊能力を縛る。当然、自らの能力もだ。
これで純粋な速度勝負。神の奇跡だの悪魔の災厄だのが介入する余地は無くなった。
「ふふ……能力を縛ったとろでなんですの。私の従者にそんなものは通用しませんわ!」
だが、自らの特殊能力をまったく使っていないオーカにはその呪縛は無意味。
オギの駆る馬車が一気に速度を上げ、上位陣を猛追していく。
アマツカゼのデバフのおかげか、どんどんと後続が距離を詰め先頭集団は大混戦。
チェックポイント『庭園』、『草原』、『神殿』を越え、抜きつ抜かれつのデッドヒートが繰り広げられていた。
そんな先頭集団の後方、とんでもないスピードで迫る影があった。
「ドーケドケドケーイ! このママ負けランネェんだワヨ! リュシェはアイボーと一緒! ブチ抜くゼっ!!」
空を飛んでいるはずなのに土煙をもうもうとあげ、迫りくるのは……リュシェ?
いつの間に着替えたのか学ランに身を包み、どどーんと天を衝くリーゼントヘアーで疾走してくる。しかも、どこからともなく聞こえるこの歌は……。
「「「なぜ演歌っ!!」」」
と、先頭集団の総ツッコミが入る中、演歌をBGMに爆走してくるリュシェ。そして、その背には……。
「貴方たち、ゴールで待っているから、覚悟なさい」
仁王立ちするアルトストラタスの姿があった。
まったくもって理解不能の闖入者の登場に目を剥く天魔たちを一瞬で追い越し、二人はかっ飛んでいった。
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ゴールである『コロッセオ』には、観客達が詰めかけ、選手達の到着を今か今かと待ちわびる。
『おーっと! ついに先頭が見えた!!!』
コロッセオに響いた馬蹄の音に、実況天使がマイクに向かって叫ぶ。
最初に入ってきたのは、オーカが乗る馬車だった。
「ふふふっ! やはり最後に勝つのは私ですわ! さぁ、讃えなさい! 我が策を! 我が完璧を!!」
馬車の上で仁王立ちするオーカは、観客にその雄姿を見せつけるように、オギに速度を落とさせると、両手を振って声援に応える。
『オーカ選手余裕だ! 余裕の凱旋だ!! しかし、そんな事をしている暇があるのか!?』
「うん?」
実況天使が何やら訳の分からない事を叫んでいる。
オーカが何の事だと首をかしげていると――。
「うりゃりゃりゃーー!! これが諦めないって事だぁぁぁぁ!!!!」
最後の力を振り絞ったサフィエルの追い込みがさく裂し、オーカを抜き去った。
「へ……? ここがゴールじゃありませんの……?」
そう、オーカはやらかした。コロッセオに入ればゴールだと思い込んだ。
しかし、本当のゴールは……。
『ゴオォォォッォォォル!!! サフィエル選手、一着でゴールだぁぁ!!!』
実況天使の絶叫がコロッセオに響き渡る。
ゴールテープを切ると同時に倒れ込んだサフィエルの雄姿に、観客達の大歓声が降りそそいだ。
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次々とゴールしてくる選手達を観客達の歓声を迎える。
ゴールテープを切った選手達は、闘技場内をゆっくりと飛びながら、観客の声援に応えた。
そして、ウイニングランを終え、選手達が控室へと向かおうとした……その時だった。
「何処の誰が企画したか知らないけれど、後始末するのが誰かわかってやっているのかしらね?」
絶対零度を思わせるその声に、選手達は凍り付いた。
「アタシの仕事を増やすな! こちとら5日も寝てねえんだよ!!」
一転、天雷の如き怒号が選手たちに降り注ぐ。
そこには、仁王立ちでブチ切れたアルトストラタスの姿があった。
頭を冷やせと浴びせられた大洪水でびしょ濡れの選手達が一列に正座させられる。
少しでも動こうものなら、射殺さんばかりの視線が向けられた。
「クローウェル様! 貴女がいらしてなんですかこの失態は!」
「ふふ、とても楽しいわよ?」
「ミルスさんもクローウェル様をちゃんと止めてくださいよ!」
「す、すみません……」
「サフィエルさんは相変わらずスピード出し過ぎなのよ!!」
「ひぃ……ごめんなさい」
「リュミュシェールさんは、神殿裏までいらっしゃい。顔を戻しても許しません!」
「ヒョェ……せっかく乗せたノニ……」
「貴女は、やるなら馬車なんか使わずに正々堂々勝負しなさい!」
「ふふ、今のお仕事に不満がある様ね。どう、私の所に来れば幸せにしてあげるわよ」
「結構です!」
「あー、説教中悪いが提案だ」
「貴方は……、聞くだけ聞いてあげましょう」
「イバラージョを俺の膝の上でってのはどうよ?」
「却下! お説教中になにイチャつこうとしてるの! 天使の羽まで毟ってただで帰すと思っているの!?」
「こ、これは気付いたら毟れていたのですわ!!」
「言い訳無用! 大人しく座ってなさい!」
一人一人丁寧にお説教をしていくアルトストラタス。
参加者達もその迫力に圧倒され、素直に怒られる。
「それから――」
そして、最後の一人――。
「レリーチェちゃん! 急に姿を見せなくなったと思ったら……もう!」
姉妹と慕った姿を見つけ、困った様な嬉しい様な複雑な表情を浮かべた。
「アルト……もう二度と会う事はないと思ってた。でも、最後に会えてよかった」
そう言って、アマツカゼは手を伸ばす。
「まったく、お説教の最中だっていうのに……私も会えてうれしかったけど、二度と戻って来ちゃダメよ」
アルトストラタスは伸ばされた手を取り、少しだけ辛そうに微笑んだのだった――――。