A Pile of Cakes
天魔大戦アポカリプス・ゼロ-四月革命- イベントノベル(テーマ)制作 STANZA納品 2022年05月06日 16時36分14秒
●
智天使アキトは闇の中を堕ちていた。
遥か遠くで小さな光が星のように瞬いている。
手を伸ばしても、届く筈はなかった。
光に焦がれたまま、その身体は闇に呑まれて行く。
ふと、傍らに気配を感じた。
(この気配……覚えがある……そう、あの日助けた……何だったか……)
人間界には行き倒れの亀を助けてドラゴンパレスなる城に招かれた勇者がいるそうだが。
(いや、僕が助けたのは――)
目の奥に光を感じ、アキトはうっすらと目を開ける。
ぼんやりと霞んだ視界には、明るい光が溢れていた。
(ここは……)
天界の自室だろうかと、重い頭で考える。
直後、人影が光を遮った。
『抵抗しても良いんだぜ?』
耳元でねっとりとした声が囁く。
身を捩って逃げようとすると、翼に激痛が走った。
上官の手が肩を押さえ付ける。
その力は抵抗を封じるほど強くはない、寧ろ軽く跳ね除けられそうな程に、弱く感じられた。
だが止めどなく襲い来る痛みのせいで身体に力が入らない。
上官の手が着衣の下に滑り込み、肌をまさぐる。
たったひとつ階級が違うだけで意思も尊厳も踏みにじられ、蹂躙されることに耐えなければならないこの理不尽に、アキトは虚しく呑み込まれて行く。
抵抗をやめたその身体を、人の体温を持ったナメクジのような舌が這い回り、そして――
「やめろ!」
アキトは翼の激痛も厭わず、最後に残った気力の全てを振り絞って、のしかかるそれを払い除けた。
痛みは来ない。
代わりに、自分のものではない小さな叫びが聞こえた。
●
「……あら?」
暴食の悪魔シェルリアは、居間を横切ろうとしたその足を止めた。
日当たりの良い窓辺に置かれたソファで、主のアキトがうたた寝をしている。
(珍しいですね、アキト様がこんな無防備に……)
シェルリアは黒い蝙蝠の翼を広げ、主人の前に音を立てないようにふわりと舞い降りた。
その寝顔は、普段の冷徹とさえ思えるほどに知的でクールな表情からは想像も付かない、脆く柔らかな少年のように見えた。
シェルリアは暫しその寝顔を堪能する。
(こんなに綺麗な顔で、見ず知らずの悪魔を助けてくれるくらい優しくて、なのに戦いになると途轍もなく強い……)
何だろうこのチート的スペック。
(だからこそ、こうしてお仕えしてるんですけども)
その日、シェルリアはガラの悪い悪魔達に絡まれていた。
いや、絡むどころか襲われる寸前だった。
そこに颯爽と現れたのが、この黒い蝙蝠と黒い鳥の二種類の翼を持つ四枚羽根の悪魔である。
圧倒的な数の差をものともせず、圧倒的な力の差で捻じ伏せるその様子に、シェルリアは魅入られた。
そして気が付けば、その悪魔の黒い服をむんずと掴み、こう言っていたのだ。
「私、貴方に一生付いていきます!」
惚れた。
恋愛感情ではない。
ただ、大将軍に付き従う副官のように、その隣に在りたいと思った。
(アキト様の一番側にいるのは私)
そう誇らしげに思ってしまうくらいは許されるだろう。
満足気に微笑みながら、シェルリアは主の寝顔を飽きもせずに眺め続け――ふと気付いた。
(身体を冷やしてはいけません、風邪をひいてしまいます)
毛布を持って来たシェルリアは、それを主人の身体にかけようと手を伸ばす。
その手が、物凄い勢いで振り払われた。
「……っ!」
●
自分は何か、主人の気に障ることをしたのだろうか。
シェルリアは毛布を取り落したことにも気付かない様子で、じっとアキトを見つめていた。
アキトもまた、何が起きたのかわからないと言うようにシェルリアを見つめ返す。
やがて、現実が夢想を弾き出した。
(そうだ、ここにあの上官がいる訳はない。ここは地獄にある僕の屋敷……)
そして今のアキトは、黒い四枚羽根の悪魔だ。
「……すまない。夢を見ていたみたいだ。何か用かい?」
柔らかな調子で尋ねると、シェルリアは石化が解けたようにピクリと身を震わせた。
「い、いえ、この様な場所でお眠りになってはお風邪を召すかと……」
慌てて毛布を拾い上げ、シェルリアは答える。
「ああ、そうか……」
どうやら自分はソファでうたた寝をしていたようだと、アキトは気付いた。
(僕を心配してくれたのか)
そうだ、あの日助けたのはこの悪魔だった。
それ以来ずっと自分に仕えている。
律儀なことだと半ば呆れ、だがそれを嬉しく思う気持ちも確かにあった。
「有難う。でももう目は覚めた。お茶の用意を頼む」
シェルリアの顔に笑みが弾ける。
「はい! 今日のお菓子はミルフィーユにしましょうかっ」
言った途端、テーブルに置かれた皿に何層もの薄い生地を重ねたパイ菓子が現れる。
それは、彼女がアキトに重宝されている理由のひとつだった。
勿論それだけではないが――
敢えて言葉にする必要もない。
二人の日々は、こうして平和に穏やかに、変わることなく続いて行く。
これはそんな日常の、ほんの小さな一欠片だった。
智天使アキトは闇の中を堕ちていた。
遥か遠くで小さな光が星のように瞬いている。
手を伸ばしても、届く筈はなかった。
光に焦がれたまま、その身体は闇に呑まれて行く。
ふと、傍らに気配を感じた。
(この気配……覚えがある……そう、あの日助けた……何だったか……)
人間界には行き倒れの亀を助けてドラゴンパレスなる城に招かれた勇者がいるそうだが。
(いや、僕が助けたのは――)
目の奥に光を感じ、アキトはうっすらと目を開ける。
ぼんやりと霞んだ視界には、明るい光が溢れていた。
(ここは……)
天界の自室だろうかと、重い頭で考える。
直後、人影が光を遮った。
『抵抗しても良いんだぜ?』
耳元でねっとりとした声が囁く。
身を捩って逃げようとすると、翼に激痛が走った。
上官の手が肩を押さえ付ける。
その力は抵抗を封じるほど強くはない、寧ろ軽く跳ね除けられそうな程に、弱く感じられた。
だが止めどなく襲い来る痛みのせいで身体に力が入らない。
上官の手が着衣の下に滑り込み、肌をまさぐる。
たったひとつ階級が違うだけで意思も尊厳も踏みにじられ、蹂躙されることに耐えなければならないこの理不尽に、アキトは虚しく呑み込まれて行く。
抵抗をやめたその身体を、人の体温を持ったナメクジのような舌が這い回り、そして――
「やめろ!」
アキトは翼の激痛も厭わず、最後に残った気力の全てを振り絞って、のしかかるそれを払い除けた。
痛みは来ない。
代わりに、自分のものではない小さな叫びが聞こえた。
●
「……あら?」
暴食の悪魔シェルリアは、居間を横切ろうとしたその足を止めた。
日当たりの良い窓辺に置かれたソファで、主のアキトがうたた寝をしている。
(珍しいですね、アキト様がこんな無防備に……)
シェルリアは黒い蝙蝠の翼を広げ、主人の前に音を立てないようにふわりと舞い降りた。
その寝顔は、普段の冷徹とさえ思えるほどに知的でクールな表情からは想像も付かない、脆く柔らかな少年のように見えた。
シェルリアは暫しその寝顔を堪能する。
(こんなに綺麗な顔で、見ず知らずの悪魔を助けてくれるくらい優しくて、なのに戦いになると途轍もなく強い……)
何だろうこのチート的スペック。
(だからこそ、こうしてお仕えしてるんですけども)
その日、シェルリアはガラの悪い悪魔達に絡まれていた。
いや、絡むどころか襲われる寸前だった。
そこに颯爽と現れたのが、この黒い蝙蝠と黒い鳥の二種類の翼を持つ四枚羽根の悪魔である。
圧倒的な数の差をものともせず、圧倒的な力の差で捻じ伏せるその様子に、シェルリアは魅入られた。
そして気が付けば、その悪魔の黒い服をむんずと掴み、こう言っていたのだ。
「私、貴方に一生付いていきます!」
惚れた。
恋愛感情ではない。
ただ、大将軍に付き従う副官のように、その隣に在りたいと思った。
(アキト様の一番側にいるのは私)
そう誇らしげに思ってしまうくらいは許されるだろう。
満足気に微笑みながら、シェルリアは主の寝顔を飽きもせずに眺め続け――ふと気付いた。
(身体を冷やしてはいけません、風邪をひいてしまいます)
毛布を持って来たシェルリアは、それを主人の身体にかけようと手を伸ばす。
その手が、物凄い勢いで振り払われた。
「……っ!」
●
自分は何か、主人の気に障ることをしたのだろうか。
シェルリアは毛布を取り落したことにも気付かない様子で、じっとアキトを見つめていた。
アキトもまた、何が起きたのかわからないと言うようにシェルリアを見つめ返す。
やがて、現実が夢想を弾き出した。
(そうだ、ここにあの上官がいる訳はない。ここは地獄にある僕の屋敷……)
そして今のアキトは、黒い四枚羽根の悪魔だ。
「……すまない。夢を見ていたみたいだ。何か用かい?」
柔らかな調子で尋ねると、シェルリアは石化が解けたようにピクリと身を震わせた。
「い、いえ、この様な場所でお眠りになってはお風邪を召すかと……」
慌てて毛布を拾い上げ、シェルリアは答える。
「ああ、そうか……」
どうやら自分はソファでうたた寝をしていたようだと、アキトは気付いた。
(僕を心配してくれたのか)
そうだ、あの日助けたのはこの悪魔だった。
それ以来ずっと自分に仕えている。
律儀なことだと半ば呆れ、だがそれを嬉しく思う気持ちも確かにあった。
「有難う。でももう目は覚めた。お茶の用意を頼む」
シェルリアの顔に笑みが弾ける。
「はい! 今日のお菓子はミルフィーユにしましょうかっ」
言った途端、テーブルに置かれた皿に何層もの薄い生地を重ねたパイ菓子が現れる。
それは、彼女がアキトに重宝されている理由のひとつだった。
勿論それだけではないが――
敢えて言葉にする必要もない。
二人の日々は、こうして平和に穏やかに、変わることなく続いて行く。
これはそんな日常の、ほんの小さな一欠片だった。