羽毟りは終わらない!
天魔大戦アポカリプス・ゼロ-四月革命- イベントノベル(テーマ)制作 真柄 葉納品 2022年04月27日 14時57分41秒
天魔の歴史は争いの歴史。
互いの存亡を賭けた果ての無い戦いは、永遠の時を刻む――――。
「他愛ない。身の程を知るがいいですわ」
地に堕ちた天使の群れを上空から眺め、26の軍団を統べる大悪魔オーカが髪をかき上げる。美しきその所作を部下達に褒めはやさせながら、オーカは天使の群れにとどめの一撃を叩き込もうと、荒廃した大地にふわりと降り立ち――。
――ぐきっ。
足を捻った。
「い、痛ったーーー!! なんですの! 罠ですの!? 私の予測にこんな結末はありませんわ!?」
部下達がおろおろと見守る中、オーカは痛む足首を押さえゴロゴロと転がる。
「くっ……天使ども、もう許しませんわ。私のこの槍でとどめ……槍……あ、あれ……私の槍はどこへ?」
憎き天使どもへ必殺の一撃をと、上がったオーカ。しかし、その手には先ほどまで確かに握っていた不壊の槍の姿はなかった。
●
「今日も人間の皆さんがこれでもかって食料を提供してくれて助かっちゃった。最近は食べ物だけじゃなくて、飲み物まで用意してくれて、至れる尽くせりね!」
三枚の羽をゆらゆらと揺らしながら、ペコは目の前に並べられたご馳走に目を輝かせる。
「チェーロも一緒にお手伝いしてくれてありがとう。大好きよ」
最愛の相棒と一緒に、下等種達の歓喜を肴に、今日もお腹いっぱいになるまで食べよう。
――ヒュっ!
さぁ、チェーロにお肉をあーん……。
●
「ああ、近くから天使たちの悲鳴が聞こえますわ。今日も平和ですわね」
何処からともなく響いてくる福音に耳を澄ませながら、イバラージョは、黒々とした空を漂う。
天使が空けたのだろうか、雲に開けられた大穴から、陽光が差し込んでいる。
せっかくだし、あの天使の梯子へ行ってみようか。素敵な出会いが待っている気がする。
そんな事を考えながら、イバラージョが空を泳いでいると……。
――ヒュっ!
「びゃっ!?」
突然吹き抜けた突風に煽られバランスを崩された。
何とか立て直そうと頭の翼をピコピコ羽ばたかせるも、その甲斐空しく真っ逆さまに墜ちていく――。
●
「ぶへっ!?」
『や……やったわっ! ペコちゃんってば強運の持ち主なのでは!?』
着地と同時に聞こえた声に、イバラージョはスポンッと地面から頭を引っこ抜いた。
「な、なんでしたの、今のは……」
さっぱり飲み込めない状況に、イバラージョがきょろきょろと辺りを見渡してみると。
「今日はなんていい日なんでしょう! ちょっと痛かったけど、あれだけ邪魔だった羽がポッキリ逝っちゃったのよ! チェーロ、どう素敵な姿になったでしょ!」
二人の悪魔が強運に踊っちまっていた。
「あっ! そこの金髪のお嬢さーん!」
ペコがイバラージョの姿を見つけ声をかける。イバラージョは「わたくしですの?」と自らを指さした。
「ええ、そうよ! もしかしてあなたがその槍で私の羽を毟ってくれたのね!」
「槍……? 羽を毟る……? はて」
「ほら、その羽よ!」
首をかしげるイバラージョに、ペコが彼女の足元を指さした。
「……ひぃぃっ!」
そこには、イバラージョに踏んづけられた一翼と槍が。
「も、もげてるーー!?」
さて状況を整理しよう。
目の前の何だか強そうな悪魔の羽がもげている。変な槍付きで。
もげた羽は自分が踏みつけている。変な槍と一緒に。
目の前の悪魔はなぜかとてもいい笑顔。
これにより導き出される答えは――。
「わ、わたくしじゃありませんの! あのこれはその、ふ、不可抗力ですわ!」
イバラージョはぶんぶんと首を振り、冤罪だと訴える。しかし、笑顔の悪魔はゆっくりと近づいてきて――。
「ありがとう!」
「うぎゃーー……え?」
痛い事されると身構えたイバラージョ、しかし、結果的に優しく手を取られることになった――。
●
「確かこちらの方に気配が……うん? なんですの?」
愛槍の気配を追って飛んでいたら、何か賑やかな声が聞こえた。
オーカは声のした方へと飛んでいく。
●
「さぁ、遠慮はいらないわ、沢山食べて!」
「うわぉ、ご馳走! いただきまーす!」
「なになに、宴会?」
賑やかな宴会場にふわりと舞い降りた濡れ羽色の翼。
オーカは二人に歩み寄り、問いかけた。
「そうなの! 今日、この素敵な悪魔さんが私の邪魔な羽をもいでくれたのよ!」
「えへへ……それほどでもありますわ」
キラキラと幸福を噛みしめるペコと、自慢げに胸を張るイバラージョ。
「へぇ、羽をもいで」
オーカは二人が指差すもがれた羽を見た。
「あれ、あの槍は」
そこには、ペコの一翼を大地に縫い付ける槍。オーカはつかつかと歩み寄り槍を引っこ抜いた。
「その槍のおかげで、邪魔な羽がもげたのよ。ほんと感謝よね!」
「え? これ私の槍だけど……」
「「「……んん?」」」
三人して視線を合わせ首を傾げる。
「……んー、よくわからないけど、いいわ! 今日は記念日なんですもの! 二人共、ありがとう! さぁ、宴を楽しみましょう!」
結局、誰がペコの羽を毟ったのかわからぬまま、三人はなし崩し的に宴を楽しむ――。
●
「ふんっ! 雑魚があたしの縄張りに入ってくるからそうなるんだよっ!」
炭と化した焼死体はもはや天使だったのか悪魔だったのかすら判別がつかない。
怪力乱神憤怒の悪魔シトラが縄張りに入ったが最後、全ての命はその拳に肉塊にされるか、憤怒の吐息で燃え殻にされる。
なのにだ、最近になってやけに領域侵犯が多発している。
「……ちっ、またか」
領域内で新たな命の反応を察知し、シトラは大地を蹴った。
踏み込みだけで大地を陥没させ爆煙を立ち上らせる。シトラの姿が一瞬にして掻き消え、紅い残像だけが虚空に刻まれる。
「ふんふんふふふ~ん♪」
――ぽよんっ。
「うぷっ!」
大地にわずかに残る緑の絨毯を軽やかなステップを踏みつつ堪能していたら、突然柔らかいものに包まれた。
「誰だてめぇ、あたしの縄張りで何してんだ」
ふにふにと柔らかいものを確認しながら見上げてみれば、シトラが見下ろしている。
「ひょわっ!?」
イバラージョは尻餅をつき悲鳴を上げた。
「な、縄張り、ですの……? わわわ、わたくしはただお散歩で……」
「はぁ? あたしの縄張りで散歩? 面白れぇじゃねぇか」
シトラが笑顔で近づいてくる。
イバラージョは悲鳴を上げ、必死で大地を這うが――――。
「あたしはシトラ。てめぇの名――――」
『うぎぃぃぃ! 天使長のいけずぅぅ!!』
シトラがイバラージョに手を差し出した、その瞬間。突然の疾風が二人を襲った。
「なっ、なんだ!」
全てを吹き飛ばす程の暴風に、シトラは膝を折り大地を掴む。
イバラージョも暴風に抗おうと、手を伸ばす――。
「て、てめぇ、どこ掴んでやがる!」
「びゃーー!! とーばーさーれーるー!!」
――ミッ。
イバラージョは暴風に飛ばされまいと必死に掴んだ。――――シトラの羽を。
――シッ!
「ぐあっ!!」
「ひあぁぁ、もげたあぁぁーー!!」
暴風の暴力に耐えきれず、イバラージョの身体はシトラの羽ごと飛ばされた。
風がやむ。
「……いたたた……ひどい目に遭いましたわ」
顔面から地面に着地したイバラージョが真っ黒に汚れた顔を上げた。
一体何が起きたのか。イバラージョは状況を把握しようと、辺りをきょろきょろと見渡す。
風は凪いでいる。代わりに空を覆い尽くさんばかりの怒気が溢れて……怒気……?
「てめぇ、よくもあたしの羽をやってくれたな……」
怒気が膨らむ方を見れば、口から火を吐き出すシトラが拳をぽきぽきと鳴らしながら近づいてくる。
「羽……?」
何の事かと視線を巡らせてみれば、確かに羽がしっかりと両手に握られていた。
「びゃぁ!? こここ、これは違っ! わたくしは悪くねぇーのですわ!?」
羽を差し出し必死に抗弁するも、怒気はますます膨らむ。
「覚悟はできてんだろうなぁオイ」
憤怒に狂う大悪魔。涙目で許しを請う三下悪魔。
彼我の距離がゼロに――――その時だった。
『天使長が隠してたババロアをちょーっと味見しただけなの、都市間反復横っ飛び2000回はひどすぎるにゃぁぁ!!』
あまりの速度に誰も聞き取れないサフィエルの絶叫が木霊ます中、再びの暴風が二人を襲う。
「なにっ! またか!」
「あひゃぁぁ!!!」
大地に拳を突きたて耐えるシトラ。
成す術無く吹き飛ばされるイバラージョ。
「オイ! てめぇふざけんなっ! あたしの羽もってどこ行く気だ、オイィィィ!!!」
毟られた羽と共に吹っ飛ばされたイバラージョの身体は、既に地平線の彼方。
「クソがぁぁぁ!!!!」
やり場のない怒りが慟哭となって吐き出される。
大地はシトラの怒りの炎に焼き尽くされた――。
●
「なんだって? もう一度言ってみな」
雨夜の玉座に体を預ける七魔連合が一柱ルスキニアは、首を垂れる部下を睥睨する。
部下の悪魔は震える声で再度告げた。羽狩りなる悪魔に羽を奪われたと。
「ふ……ふふふ、面白いじゃない。この私の部下を傷付けるなんて」
凍えるような笑い声の裏でルスキニアは思いを巡らせる。
自分の大切な部下を欠損させた存在。一体どうして落とし前をつけさせようか。
羽を奪われた部下はその悪魔の手下になった? いや違う。
部下の羽をその悪魔から取り返す? 当然だ。
いっそ、その悪魔も私の大切な下僕に……。悪くない。
「私をその悪魔の所へ案内するんだ。ああ、必ず取り返してやる」
凄烈な笑みを浮かべ、ルスキニアは玉座を立つ。
●
「やっと見つけたわ、羽狩り! 私と勝負しなさい!」
突然天から舞い降りてきたと思ったら、ズビシッと指を突きつけてくる悪魔。
「えっと……どちら様ですの? 人違いじゃありませんこと?」
興奮気味に翼を揺らすその悪魔ノワールに、イバラージョは首を傾げた。
「私は羽狩りでちょー有名なあなたを倒して『あの人』に褒めてもらうんだから!!」
「んんー? その羽狩りとはどなたの事ですの? わたくし、イバラージョと申しますが」
「もんどーむよー!!」
「もしもし?」と問いかけるイバラージョの話などまったく聞かず、ノワールは天に指を突き上げる。
途端、天に暗雲が渦巻き、雷鳴が轟き始めた。
「え……あ、あの……」
と、イバラージョがドン引きしたのも束の間、ノワールは不敵に笑うと指を振り下ろした。
――ドォォォォン!!
轟く雷鳴。抉れる大地。空気を割いた雷撃が辺りに拡散する。
「むむ、避けるとは!」
「外したのはそちら様でしょうっ!?」
「もんどーむよー!!」
「うぎゃぁ!! この人全然話聞きませんわー!!」
再び轟いた雷鳴に、イバラージョは逃げの一手。
後ろで何度も雷が落ち大地が抉れる音がする。
あんなものまともに喰らったら命が幾つあっても足りない。
イバラージョは頭の羽をピコピコ動かし、必死で逃げる。逃げる。逃げ――。
「見つけた。キミが羽狩りか! この泥棒猫、私の配下を返してもらうよ!」
「いえ人違いです」
「そう、ごめんな――――って待ちなっ!!」
いつの間にか追ってくる人数が増えているが、そんなもの気にしていたら雷に打たれて○ぬ。
「うにゃぁぁ!! もう、なんですの! わたくしの名前はイバラージョ! 羽狩りなんて知りませんわ!!」
叫びながら逃げるイバラージョを執拗に追う雷と、なんだかよくわからない追加の人達。
捕まるわけにはいかないと必死こいて逃げていたら、いきなり後ろから悲鳴が聞こえた。
「なんですの?」
振り向いて見れば、追加の人達の一人が羽を雷で撃たれ倒れている。そして聞こえる二つの声。
「な、何をしてくれる……! よくも私の部下の羽を奪ったな! よくも私の支配権を奪ったな!」
「え……?」
「そうか……! あれもキミの仕業か」
「いや、何の事よ」
「困るなあ……嘘をつかれるのは嫌いなんだ。どうしても死をくれてやりたくなる」
「だから、なんなのよ! 私は羽狩りを追うので忙しいの!」
「ふふふ……そうだ。これが『事実』なんだな。攻撃したキミと避けた羽狩り。二人は共犯だ!」
「なんでっ!?」
「さぁ、害悪ども、選びたまえ! 降伏か、死か!!」
「なんなのよその二択!? 私のせいじゃ……あれ、私のせい?」
「……あー、触らぬ悪魔に祟りなしですわね」
何だかよくわからない二人の悪魔のやり取りをそっと見ていたイバラージョは、こっそり気配を消した――。
●
黄昏の空。
川のせせらぎ。
朽ちた鉄橋。
「ふふっ、貴方がイバラージョね、こんにちは! いつも”風”が噂しているとおりとても強そうね!」
今にも『電車』が走って来そうなシチュエーションの元、天使と悪魔が相対す。
「一体何の噂ですのっ!? 迷惑なことこの上ありませんわ!」
「謙遜しなくてもいいのよ! 本当は倒した天使や悪魔の首を引っこ抜くところを、羽で許してあげてる強くて優しい女の子なのでしょ!」
「どこ情報ですの!?」
天使クローウェルの憧れを、イバラージョは唾を飛ばして否定する。
「そうだ、お友達になった記念に私とも羽を毟り合いましょう?」
「いつわたくしとあなたがお友達になりましたの!?」
「ふふ、意外と照れ屋さんなのね。黄昏時にこの様な河原で共に夕焼けを見つめる。もう立派なお友達よ?」
「イニシエのドラマか何かの見過ぎではありませんの!?」
冴えわたるイバラージョのツッコミも、その博愛っぷりをいかんなく発揮するクローウェルにはまるで効果がない。
クローウェルは瞬く間にイバラージョとの距離を詰めると、その肩に腕を回した。
「ふえっ!? いつの間――」
「作法とかあったらごめんなさいね。とりあえず、私からでいい?」
――ミ……シッ!!
「ふぎゃぁぁぁ!!??」
「さぁ、今度はイバラージョの番よ!」
いきなり羽を毟られてお目目ぐるぐるしているイバラージョに、クローウェルが背を見せる。
期待に満ちた瞳を輝かせながら、クローウェルは「これよこれ」と後ろ手に自分の羽をつついた。
さっぱり状況は掴めないが、このまま羽を毟らなければ解放されない予感がする。
イバラージョは目の淵に浮いた涙を拭うと、クローウェルの翼に手をかけ――。
――ブチっ!
一息でそれを毟った。
「ふふ、これで私達は本当のお友達ね。貴方の羽、大切にするわ!」
クローウェルは、毟った羽を大事に抱いて。
「私の羽も大事にしてね。自慢じゃないけどきっと貴方にいい風を運んでくれるから」
ふわりと宙に浮く。
「とっても楽しかったわ、ありがとうイバラージョ!」
涙目で見上げるイバラージョに満面の笑みを返し、クローウェルは夕日に向かって飛んでいった――。
●
時は現代。
数千年の時を経てさえ、戦火は一分のおさまりも見せていなかった。
「待ちなさいイバラージョ! 今日という今日こそ決着をつけてやる!!」
「だから、何の決着ですの!? 毎度毎度しつこいですわよ!!」
あれからというもの、イバラージョの晴れの気配を感じればどこからともなくすっ飛んできては対決を挑むノワール。
当然非力なイバラージョがまともに相手をするわけはなく、いつも必死こいて逃げていた。
今日も人間の遺構に身を潜め、ノワールを撒こうと息を殺していたら――。
「ようやく見つけた。さぁ、あの時の選択の答えを聞かせておくれ!」
「なっ! あなたは!」
ノワールの前になんだか見た事がある悪魔が手下を連れて降りてきた。
イバラージョは瓦礫の隙間からじっと成り行きを見守る。
「うん? 羽狩りはどうしたの。確かに気配がしたはずだけど」
「あなたが突然降りてきたから見失ったんでしょ! どうしてくれるのよ!」
「見失った? 私の部下の羽をもいだ挙句、何百年も逃げ続けた羽狩りを、私のせいで見失ったというの?」
「そ、そうよ! あなたのせいよ! というか、あれは私がやったんだからね! 羽狩りの手柄じゃないわ!」
「そうですわ! あれはわたくしのせいではありませんのよ! なんで、わたくしが追っかけられねぇーといけ……ない……はっ!?」
思わずノワールに同調してしまったイバラージョが、瓦礫から姿を現す。
「ふ……ふふふ! 居たね二人共。よかった、さぁ、選ぶといい! 死か、消滅か!!」
「「どっちも死んでる――!!」」
ルスキニアが迫る選択に、二人は同時に叫んだ――。
●
「はぁはぁ……ドえらい目に遭いましたわ」
ノワールを囮にするというインテリジェンスな作戦により、難を逃れたイバラージョ。
「それは大変だったわね。お水でもいかが?」
「あっ、ありがとう! ――――ぷはぁ! 生き返りますわ!! ……わ?」
「わ?」
一体誰が水をと横を振り向けば、首をかしげる天使さん。
「お久しぶりね。私の羽大事にしてくれている?」
「あああぁーー!! わたくしの羽を毟った人!!」
微笑みを絶やさない天使クローウェルの登場に、イバラージョは咄嗟に残りの羽を手で隠す。
「も、もうあげませんわよ!」
「あら、それは残念ね」
警戒心MAXでこちらを見るイバラージョに、クローウェルがくすくすと微笑んだ、その時だった。
「ようやっと見つけたぜ……くそ悪魔!!」
天から耳をつんざく暴声が轟く。
二人が何事かと見上げれば、焔を纏う褐色の悪魔が怒気を膨張させ降りてきた。
「よくもあたしの羽をちぎってくれたな……! あの時は謎の突風で見失ったが、今日はそうはいかねぇ!」
「びやぁぁーー!!??」
ぽきぽきと拳を鳴らしながら近づいてくるシトラに、イバラージョは涙目で逃走を図る――――が、回り込まれた。
「あ、あれは”風”が悪いんですの! わたくしのせいじゃありませんわーー!!」
「あのクソ暴風がやったってのか? はっはっ! 苦しい言い訳だな、オイ!」
――ピクッ。
「あたしの羽の代償は、その命できっちり支払ってもらうぜ!」
そう言ってシトラが拳を振り上げた、その瞬間。
「……”風”がなんですって?」
腰を抜かすイバラージョとシトラの間にクローウェルがすっと割り込んだ。
「何処の悪魔か知らないけど、”風”をくそ呼ばわりは看過できないわね」
「んだてめぇ……!」
「私はクローウェル。この子のお友達よ」
「はぁ? 天使が悪魔の友達だと……? くく……くははっ!! 嗤えねぇ冗談だな!!」
「あなたこそ笑えないわ。”風”を侮辱した事、そして私の友達を笑った事」
「はっ! だったらどうするよ! てめぇが代わりにやるのか?」
「それがお望みなら」
「面白れぇ……! まずはてめぇからやってやるよ!」
荒廃した大地に、暴拳と烈風が激突した――。
●
「今日はなんて日ですの……厄日ですの……?」
天魔大激突からからくも逃げおおせたイバラージョは、疲れた表情で空を漂う。
「あら、貴方はあの時の悪魔じゃありませんか」
「まぁ、本当! お久しぶりね!」
ふと聞こえた声の方を見れば、懐かしい顔が仲良くお弁当を食べていた。
イバラージョはうららかなその空間に引き寄せられ様に近づいていく。
「あぁ……なんて優しい空間ですの」
手招きに応じたイバラージョが、ぽすんと二人の間に挟まれた。
「またあの時みたいにたくさん食べましょう!」
「私が持参したお土産もありますのよ」
どうぞどうぞとお弁当を勧めてくる二人に感涙しながら、イバラージョは料理に手を伸ばすが――。
ーービュワッ!!
『ほんっと信じられない! 大切に残してあったかき氷を「溶けるから食っといた」とか、意味不明ぇ! ちゃんと時間停止かけて溶けないようにしてたの、絶対知ってるよね、あの天使長ぉぉーー!!』
何の前触れもなく突然襲った疾風が、楽し気なピクニックの席を通過する。
「びやぁぁあ!! わたくしのお弁当がーーーー!!」
イバラージョが天を掻くも、時すでに遅し。
二人が用意したお弁当とお土産は、遥か彼方へ吹き飛ばされたのだった――。
互いの存亡を賭けた果ての無い戦いは、永遠の時を刻む――――。
「他愛ない。身の程を知るがいいですわ」
地に堕ちた天使の群れを上空から眺め、26の軍団を統べる大悪魔オーカが髪をかき上げる。美しきその所作を部下達に褒めはやさせながら、オーカは天使の群れにとどめの一撃を叩き込もうと、荒廃した大地にふわりと降り立ち――。
――ぐきっ。
足を捻った。
「い、痛ったーーー!! なんですの! 罠ですの!? 私の予測にこんな結末はありませんわ!?」
部下達がおろおろと見守る中、オーカは痛む足首を押さえゴロゴロと転がる。
「くっ……天使ども、もう許しませんわ。私のこの槍でとどめ……槍……あ、あれ……私の槍はどこへ?」
憎き天使どもへ必殺の一撃をと、上がったオーカ。しかし、その手には先ほどまで確かに握っていた不壊の槍の姿はなかった。
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「今日も人間の皆さんがこれでもかって食料を提供してくれて助かっちゃった。最近は食べ物だけじゃなくて、飲み物まで用意してくれて、至れる尽くせりね!」
三枚の羽をゆらゆらと揺らしながら、ペコは目の前に並べられたご馳走に目を輝かせる。
「チェーロも一緒にお手伝いしてくれてありがとう。大好きよ」
最愛の相棒と一緒に、下等種達の歓喜を肴に、今日もお腹いっぱいになるまで食べよう。
――ヒュっ!
さぁ、チェーロにお肉をあーん……。
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「ああ、近くから天使たちの悲鳴が聞こえますわ。今日も平和ですわね」
何処からともなく響いてくる福音に耳を澄ませながら、イバラージョは、黒々とした空を漂う。
天使が空けたのだろうか、雲に開けられた大穴から、陽光が差し込んでいる。
せっかくだし、あの天使の梯子へ行ってみようか。素敵な出会いが待っている気がする。
そんな事を考えながら、イバラージョが空を泳いでいると……。
――ヒュっ!
「びゃっ!?」
突然吹き抜けた突風に煽られバランスを崩された。
何とか立て直そうと頭の翼をピコピコ羽ばたかせるも、その甲斐空しく真っ逆さまに墜ちていく――。
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「ぶへっ!?」
『や……やったわっ! ペコちゃんってば強運の持ち主なのでは!?』
着地と同時に聞こえた声に、イバラージョはスポンッと地面から頭を引っこ抜いた。
「な、なんでしたの、今のは……」
さっぱり飲み込めない状況に、イバラージョがきょろきょろと辺りを見渡してみると。
「今日はなんていい日なんでしょう! ちょっと痛かったけど、あれだけ邪魔だった羽がポッキリ逝っちゃったのよ! チェーロ、どう素敵な姿になったでしょ!」
二人の悪魔が強運に踊っちまっていた。
「あっ! そこの金髪のお嬢さーん!」
ペコがイバラージョの姿を見つけ声をかける。イバラージョは「わたくしですの?」と自らを指さした。
「ええ、そうよ! もしかしてあなたがその槍で私の羽を毟ってくれたのね!」
「槍……? 羽を毟る……? はて」
「ほら、その羽よ!」
首をかしげるイバラージョに、ペコが彼女の足元を指さした。
「……ひぃぃっ!」
そこには、イバラージョに踏んづけられた一翼と槍が。
「も、もげてるーー!?」
さて状況を整理しよう。
目の前の何だか強そうな悪魔の羽がもげている。変な槍付きで。
もげた羽は自分が踏みつけている。変な槍と一緒に。
目の前の悪魔はなぜかとてもいい笑顔。
これにより導き出される答えは――。
「わ、わたくしじゃありませんの! あのこれはその、ふ、不可抗力ですわ!」
イバラージョはぶんぶんと首を振り、冤罪だと訴える。しかし、笑顔の悪魔はゆっくりと近づいてきて――。
「ありがとう!」
「うぎゃーー……え?」
痛い事されると身構えたイバラージョ、しかし、結果的に優しく手を取られることになった――。
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「確かこちらの方に気配が……うん? なんですの?」
愛槍の気配を追って飛んでいたら、何か賑やかな声が聞こえた。
オーカは声のした方へと飛んでいく。
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「さぁ、遠慮はいらないわ、沢山食べて!」
「うわぉ、ご馳走! いただきまーす!」
「なになに、宴会?」
賑やかな宴会場にふわりと舞い降りた濡れ羽色の翼。
オーカは二人に歩み寄り、問いかけた。
「そうなの! 今日、この素敵な悪魔さんが私の邪魔な羽をもいでくれたのよ!」
「えへへ……それほどでもありますわ」
キラキラと幸福を噛みしめるペコと、自慢げに胸を張るイバラージョ。
「へぇ、羽をもいで」
オーカは二人が指差すもがれた羽を見た。
「あれ、あの槍は」
そこには、ペコの一翼を大地に縫い付ける槍。オーカはつかつかと歩み寄り槍を引っこ抜いた。
「その槍のおかげで、邪魔な羽がもげたのよ。ほんと感謝よね!」
「え? これ私の槍だけど……」
「「「……んん?」」」
三人して視線を合わせ首を傾げる。
「……んー、よくわからないけど、いいわ! 今日は記念日なんですもの! 二人共、ありがとう! さぁ、宴を楽しみましょう!」
結局、誰がペコの羽を毟ったのかわからぬまま、三人はなし崩し的に宴を楽しむ――。
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「ふんっ! 雑魚があたしの縄張りに入ってくるからそうなるんだよっ!」
炭と化した焼死体はもはや天使だったのか悪魔だったのかすら判別がつかない。
怪力乱神憤怒の悪魔シトラが縄張りに入ったが最後、全ての命はその拳に肉塊にされるか、憤怒の吐息で燃え殻にされる。
なのにだ、最近になってやけに領域侵犯が多発している。
「……ちっ、またか」
領域内で新たな命の反応を察知し、シトラは大地を蹴った。
踏み込みだけで大地を陥没させ爆煙を立ち上らせる。シトラの姿が一瞬にして掻き消え、紅い残像だけが虚空に刻まれる。
「ふんふんふふふ~ん♪」
――ぽよんっ。
「うぷっ!」
大地にわずかに残る緑の絨毯を軽やかなステップを踏みつつ堪能していたら、突然柔らかいものに包まれた。
「誰だてめぇ、あたしの縄張りで何してんだ」
ふにふにと柔らかいものを確認しながら見上げてみれば、シトラが見下ろしている。
「ひょわっ!?」
イバラージョは尻餅をつき悲鳴を上げた。
「な、縄張り、ですの……? わわわ、わたくしはただお散歩で……」
「はぁ? あたしの縄張りで散歩? 面白れぇじゃねぇか」
シトラが笑顔で近づいてくる。
イバラージョは悲鳴を上げ、必死で大地を這うが――――。
「あたしはシトラ。てめぇの名――――」
『うぎぃぃぃ! 天使長のいけずぅぅ!!』
シトラがイバラージョに手を差し出した、その瞬間。突然の疾風が二人を襲った。
「なっ、なんだ!」
全てを吹き飛ばす程の暴風に、シトラは膝を折り大地を掴む。
イバラージョも暴風に抗おうと、手を伸ばす――。
「て、てめぇ、どこ掴んでやがる!」
「びゃーー!! とーばーさーれーるー!!」
――ミッ。
イバラージョは暴風に飛ばされまいと必死に掴んだ。――――シトラの羽を。
――シッ!
「ぐあっ!!」
「ひあぁぁ、もげたあぁぁーー!!」
暴風の暴力に耐えきれず、イバラージョの身体はシトラの羽ごと飛ばされた。
風がやむ。
「……いたたた……ひどい目に遭いましたわ」
顔面から地面に着地したイバラージョが真っ黒に汚れた顔を上げた。
一体何が起きたのか。イバラージョは状況を把握しようと、辺りをきょろきょろと見渡す。
風は凪いでいる。代わりに空を覆い尽くさんばかりの怒気が溢れて……怒気……?
「てめぇ、よくもあたしの羽をやってくれたな……」
怒気が膨らむ方を見れば、口から火を吐き出すシトラが拳をぽきぽきと鳴らしながら近づいてくる。
「羽……?」
何の事かと視線を巡らせてみれば、確かに羽がしっかりと両手に握られていた。
「びゃぁ!? こここ、これは違っ! わたくしは悪くねぇーのですわ!?」
羽を差し出し必死に抗弁するも、怒気はますます膨らむ。
「覚悟はできてんだろうなぁオイ」
憤怒に狂う大悪魔。涙目で許しを請う三下悪魔。
彼我の距離がゼロに――――その時だった。
『天使長が隠してたババロアをちょーっと味見しただけなの、都市間反復横っ飛び2000回はひどすぎるにゃぁぁ!!』
あまりの速度に誰も聞き取れないサフィエルの絶叫が木霊ます中、再びの暴風が二人を襲う。
「なにっ! またか!」
「あひゃぁぁ!!!」
大地に拳を突きたて耐えるシトラ。
成す術無く吹き飛ばされるイバラージョ。
「オイ! てめぇふざけんなっ! あたしの羽もってどこ行く気だ、オイィィィ!!!」
毟られた羽と共に吹っ飛ばされたイバラージョの身体は、既に地平線の彼方。
「クソがぁぁぁ!!!!」
やり場のない怒りが慟哭となって吐き出される。
大地はシトラの怒りの炎に焼き尽くされた――。
●
「なんだって? もう一度言ってみな」
雨夜の玉座に体を預ける七魔連合が一柱ルスキニアは、首を垂れる部下を睥睨する。
部下の悪魔は震える声で再度告げた。羽狩りなる悪魔に羽を奪われたと。
「ふ……ふふふ、面白いじゃない。この私の部下を傷付けるなんて」
凍えるような笑い声の裏でルスキニアは思いを巡らせる。
自分の大切な部下を欠損させた存在。一体どうして落とし前をつけさせようか。
羽を奪われた部下はその悪魔の手下になった? いや違う。
部下の羽をその悪魔から取り返す? 当然だ。
いっそ、その悪魔も私の大切な下僕に……。悪くない。
「私をその悪魔の所へ案内するんだ。ああ、必ず取り返してやる」
凄烈な笑みを浮かべ、ルスキニアは玉座を立つ。
●
「やっと見つけたわ、羽狩り! 私と勝負しなさい!」
突然天から舞い降りてきたと思ったら、ズビシッと指を突きつけてくる悪魔。
「えっと……どちら様ですの? 人違いじゃありませんこと?」
興奮気味に翼を揺らすその悪魔ノワールに、イバラージョは首を傾げた。
「私は羽狩りでちょー有名なあなたを倒して『あの人』に褒めてもらうんだから!!」
「んんー? その羽狩りとはどなたの事ですの? わたくし、イバラージョと申しますが」
「もんどーむよー!!」
「もしもし?」と問いかけるイバラージョの話などまったく聞かず、ノワールは天に指を突き上げる。
途端、天に暗雲が渦巻き、雷鳴が轟き始めた。
「え……あ、あの……」
と、イバラージョがドン引きしたのも束の間、ノワールは不敵に笑うと指を振り下ろした。
――ドォォォォン!!
轟く雷鳴。抉れる大地。空気を割いた雷撃が辺りに拡散する。
「むむ、避けるとは!」
「外したのはそちら様でしょうっ!?」
「もんどーむよー!!」
「うぎゃぁ!! この人全然話聞きませんわー!!」
再び轟いた雷鳴に、イバラージョは逃げの一手。
後ろで何度も雷が落ち大地が抉れる音がする。
あんなものまともに喰らったら命が幾つあっても足りない。
イバラージョは頭の羽をピコピコ動かし、必死で逃げる。逃げる。逃げ――。
「見つけた。キミが羽狩りか! この泥棒猫、私の配下を返してもらうよ!」
「いえ人違いです」
「そう、ごめんな――――って待ちなっ!!」
いつの間にか追ってくる人数が増えているが、そんなもの気にしていたら雷に打たれて○ぬ。
「うにゃぁぁ!! もう、なんですの! わたくしの名前はイバラージョ! 羽狩りなんて知りませんわ!!」
叫びながら逃げるイバラージョを執拗に追う雷と、なんだかよくわからない追加の人達。
捕まるわけにはいかないと必死こいて逃げていたら、いきなり後ろから悲鳴が聞こえた。
「なんですの?」
振り向いて見れば、追加の人達の一人が羽を雷で撃たれ倒れている。そして聞こえる二つの声。
「な、何をしてくれる……! よくも私の部下の羽を奪ったな! よくも私の支配権を奪ったな!」
「え……?」
「そうか……! あれもキミの仕業か」
「いや、何の事よ」
「困るなあ……嘘をつかれるのは嫌いなんだ。どうしても死をくれてやりたくなる」
「だから、なんなのよ! 私は羽狩りを追うので忙しいの!」
「ふふふ……そうだ。これが『事実』なんだな。攻撃したキミと避けた羽狩り。二人は共犯だ!」
「なんでっ!?」
「さぁ、害悪ども、選びたまえ! 降伏か、死か!!」
「なんなのよその二択!? 私のせいじゃ……あれ、私のせい?」
「……あー、触らぬ悪魔に祟りなしですわね」
何だかよくわからない二人の悪魔のやり取りをそっと見ていたイバラージョは、こっそり気配を消した――。
●
黄昏の空。
川のせせらぎ。
朽ちた鉄橋。
「ふふっ、貴方がイバラージョね、こんにちは! いつも”風”が噂しているとおりとても強そうね!」
今にも『電車』が走って来そうなシチュエーションの元、天使と悪魔が相対す。
「一体何の噂ですのっ!? 迷惑なことこの上ありませんわ!」
「謙遜しなくてもいいのよ! 本当は倒した天使や悪魔の首を引っこ抜くところを、羽で許してあげてる強くて優しい女の子なのでしょ!」
「どこ情報ですの!?」
天使クローウェルの憧れを、イバラージョは唾を飛ばして否定する。
「そうだ、お友達になった記念に私とも羽を毟り合いましょう?」
「いつわたくしとあなたがお友達になりましたの!?」
「ふふ、意外と照れ屋さんなのね。黄昏時にこの様な河原で共に夕焼けを見つめる。もう立派なお友達よ?」
「イニシエのドラマか何かの見過ぎではありませんの!?」
冴えわたるイバラージョのツッコミも、その博愛っぷりをいかんなく発揮するクローウェルにはまるで効果がない。
クローウェルは瞬く間にイバラージョとの距離を詰めると、その肩に腕を回した。
「ふえっ!? いつの間――」
「作法とかあったらごめんなさいね。とりあえず、私からでいい?」
――ミ……シッ!!
「ふぎゃぁぁぁ!!??」
「さぁ、今度はイバラージョの番よ!」
いきなり羽を毟られてお目目ぐるぐるしているイバラージョに、クローウェルが背を見せる。
期待に満ちた瞳を輝かせながら、クローウェルは「これよこれ」と後ろ手に自分の羽をつついた。
さっぱり状況は掴めないが、このまま羽を毟らなければ解放されない予感がする。
イバラージョは目の淵に浮いた涙を拭うと、クローウェルの翼に手をかけ――。
――ブチっ!
一息でそれを毟った。
「ふふ、これで私達は本当のお友達ね。貴方の羽、大切にするわ!」
クローウェルは、毟った羽を大事に抱いて。
「私の羽も大事にしてね。自慢じゃないけどきっと貴方にいい風を運んでくれるから」
ふわりと宙に浮く。
「とっても楽しかったわ、ありがとうイバラージョ!」
涙目で見上げるイバラージョに満面の笑みを返し、クローウェルは夕日に向かって飛んでいった――。
●
時は現代。
数千年の時を経てさえ、戦火は一分のおさまりも見せていなかった。
「待ちなさいイバラージョ! 今日という今日こそ決着をつけてやる!!」
「だから、何の決着ですの!? 毎度毎度しつこいですわよ!!」
あれからというもの、イバラージョの晴れの気配を感じればどこからともなくすっ飛んできては対決を挑むノワール。
当然非力なイバラージョがまともに相手をするわけはなく、いつも必死こいて逃げていた。
今日も人間の遺構に身を潜め、ノワールを撒こうと息を殺していたら――。
「ようやく見つけた。さぁ、あの時の選択の答えを聞かせておくれ!」
「なっ! あなたは!」
ノワールの前になんだか見た事がある悪魔が手下を連れて降りてきた。
イバラージョは瓦礫の隙間からじっと成り行きを見守る。
「うん? 羽狩りはどうしたの。確かに気配がしたはずだけど」
「あなたが突然降りてきたから見失ったんでしょ! どうしてくれるのよ!」
「見失った? 私の部下の羽をもいだ挙句、何百年も逃げ続けた羽狩りを、私のせいで見失ったというの?」
「そ、そうよ! あなたのせいよ! というか、あれは私がやったんだからね! 羽狩りの手柄じゃないわ!」
「そうですわ! あれはわたくしのせいではありませんのよ! なんで、わたくしが追っかけられねぇーといけ……ない……はっ!?」
思わずノワールに同調してしまったイバラージョが、瓦礫から姿を現す。
「ふ……ふふふ! 居たね二人共。よかった、さぁ、選ぶといい! 死か、消滅か!!」
「「どっちも死んでる――!!」」
ルスキニアが迫る選択に、二人は同時に叫んだ――。
●
「はぁはぁ……ドえらい目に遭いましたわ」
ノワールを囮にするというインテリジェンスな作戦により、難を逃れたイバラージョ。
「それは大変だったわね。お水でもいかが?」
「あっ、ありがとう! ――――ぷはぁ! 生き返りますわ!! ……わ?」
「わ?」
一体誰が水をと横を振り向けば、首をかしげる天使さん。
「お久しぶりね。私の羽大事にしてくれている?」
「あああぁーー!! わたくしの羽を毟った人!!」
微笑みを絶やさない天使クローウェルの登場に、イバラージョは咄嗟に残りの羽を手で隠す。
「も、もうあげませんわよ!」
「あら、それは残念ね」
警戒心MAXでこちらを見るイバラージョに、クローウェルがくすくすと微笑んだ、その時だった。
「ようやっと見つけたぜ……くそ悪魔!!」
天から耳をつんざく暴声が轟く。
二人が何事かと見上げれば、焔を纏う褐色の悪魔が怒気を膨張させ降りてきた。
「よくもあたしの羽をちぎってくれたな……! あの時は謎の突風で見失ったが、今日はそうはいかねぇ!」
「びやぁぁーー!!??」
ぽきぽきと拳を鳴らしながら近づいてくるシトラに、イバラージョは涙目で逃走を図る――――が、回り込まれた。
「あ、あれは”風”が悪いんですの! わたくしのせいじゃありませんわーー!!」
「あのクソ暴風がやったってのか? はっはっ! 苦しい言い訳だな、オイ!」
――ピクッ。
「あたしの羽の代償は、その命できっちり支払ってもらうぜ!」
そう言ってシトラが拳を振り上げた、その瞬間。
「……”風”がなんですって?」
腰を抜かすイバラージョとシトラの間にクローウェルがすっと割り込んだ。
「何処の悪魔か知らないけど、”風”をくそ呼ばわりは看過できないわね」
「んだてめぇ……!」
「私はクローウェル。この子のお友達よ」
「はぁ? 天使が悪魔の友達だと……? くく……くははっ!! 嗤えねぇ冗談だな!!」
「あなたこそ笑えないわ。”風”を侮辱した事、そして私の友達を笑った事」
「はっ! だったらどうするよ! てめぇが代わりにやるのか?」
「それがお望みなら」
「面白れぇ……! まずはてめぇからやってやるよ!」
荒廃した大地に、暴拳と烈風が激突した――。
●
「今日はなんて日ですの……厄日ですの……?」
天魔大激突からからくも逃げおおせたイバラージョは、疲れた表情で空を漂う。
「あら、貴方はあの時の悪魔じゃありませんか」
「まぁ、本当! お久しぶりね!」
ふと聞こえた声の方を見れば、懐かしい顔が仲良くお弁当を食べていた。
イバラージョはうららかなその空間に引き寄せられ様に近づいていく。
「あぁ……なんて優しい空間ですの」
手招きに応じたイバラージョが、ぽすんと二人の間に挟まれた。
「またあの時みたいにたくさん食べましょう!」
「私が持参したお土産もありますのよ」
どうぞどうぞとお弁当を勧めてくる二人に感涙しながら、イバラージョは料理に手を伸ばすが――。
ーービュワッ!!
『ほんっと信じられない! 大切に残してあったかき氷を「溶けるから食っといた」とか、意味不明ぇ! ちゃんと時間停止かけて溶けないようにしてたの、絶対知ってるよね、あの天使長ぉぉーー!!』
何の前触れもなく突然襲った疾風が、楽し気なピクニックの席を通過する。
「びやぁぁあ!! わたくしのお弁当がーーーー!!」
イバラージョが天を掻くも、時すでに遅し。
二人が用意したお弁当とお土産は、遥か彼方へ吹き飛ばされたのだった――。