TestCase8 Apocalypse-0
天魔大戦アポカリプス・ゼロ-四月革命- イベントノベル(テーマ)制作 弓月 蒼納品 2022年05月06日 16時34分29秒
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●Playback---TestCase8-1
―――――哀しい。
何がそれほど哀しいのか。と、誰かが問うた。その無理解が哀しいのだと彼女は答えた。
どうしてそれほど哀しむのか。と、誰かが問うた。『主』の懊悩が晴れぬからだと彼女は答えた。
いつまでその悲しみを続けるのか。と、誰かが問うた。『主』の愛を誰もが理解するまでだと彼女は答えた。
全ては『主』の掌の上の出来事。和らぎこそが『主』の望みだと言うのに、誰もそれを解さない。
戦いは。争いは。終わる事無く続き、遂にはその狭間である人間界を崩壊せしめる寸前まで追い詰めていると聞く。
その無思慮を思う度、火の天使の最上位。熾天使の座に在る彼女。
Alexandra・Hexe・Claudiaの両の瞳からはとめどなく涙が毀れる。哀しい。哀しい。どうして相争うのか。
「おや、また祈りを捧げていたのですか? 精が出ますねえ」
「問う。汝、自らが『主』の従僕たる覚者たるや。その言い様は天使として不適格ではないですか……?」
「あはは、これはこれは耳が痛い」
耳を抑えてみせる『神の眼』■■■■の在り様は、日々を礼拝に捧げるAlexandraの頭痛の種だ。
僅か七柱しか存在しない■■■■。『主』への目通りが叶う特権階級。
何故こんな俗物が、熾天使である自分ですら果たせない眠れる『主』への謁見権限を持ち合わせているのか。
「ところで、我らが火の熾天使殿は此度の“零次黙示録”へ参戦為されないのですか?」
「“零次”……何ですか?」
興味がない為聞き流していた内容に、時折意味がある物を混ぜるのがこの天使の在り様だ。
曲者以外の何物でもないが、その情報通っぷりに助けられる一面が、無いでは、無い。
「主の御心を定める、天使の悪魔の“次世代”争奪戦。何でも次の人間界の支配者を決めるのだとか」
我が耳を疑った。『主』は全知にして全能。人間界もまた、彼の神の許容する世界の内の筈。
そこだけを切り離して“支配者”を定めなどしてしまっては、この世界の調和は著しく崩れるだろう。
そんな例外が行われる筈がない。それは、まるで神の愛の有限を定めるが如き愚行だ。
真意を――――否。神意を確かめなければならない。
「――――詳しく、聞かせて下さい」
●Playback---TestCase8-2
『辺獄』上天。天界と接する雲海。その間近を2柱の悪魔が飛翔していた。
天界に近付いたからとって天使が強化されたり悪魔が弱体化する訳ではない。であれば、戦に慣れた者なら上を取るは定石である。
「はぁー……? これあたしにとってはアウェーって言うか精神が女性型の天使ばっかりなんだけど」
「え、でもこんだけつぇーやつが集まってんの見るとバイブスブチアゲになんじゃん?」
「いやシトラはそれで良いかもだけどさ!」
色欲の悪魔シャルラッハは『辺獄』の雲海に紛れ眼下を眺めていた。興味本位で参戦したもののこの戦場は“厳しい”。
彼女の能力は搦め手に特化している。その性質上、格下相手の乱戦混戦はお手の物ではあるが。
『辺獄』においてあらゆる力は均一化される。つまり、厳密に“格下”と言える存在は如何な下級天使ですら存在しない。
その辺、特殊な能力を一切振り切って攻撃に特化した旧友。『怪力乱神』のシトラの明快さが羨ましい程だが。
(まあ……弱ったとこを狙い撃ちするって手もありか)
元下級天使、転じて下級悪魔であったシャルラッハは戦況を見る目が肥えている。有利不利を見誤る事はまず無い。
媚びて、誘って、惑わして、強者の影に隠れ力を蓄えてきた。弱肉強食の地獄では命が軽い。そうでもしなければ生き残れない。
「悪魔ども、汝らは邪悪なり……!」
白焔を纏う長剣じみた十字架が灼光を放つのが見えた。其処に居た下級悪魔の一団は今頃墜落し地獄の底だろう。
ざっと戦場を見た所、有力そうな天使には女性型が多いが、一番派手に悪魔を狩っているのはその男性型天使だ。
恐らく当初は天使軍と共に動いていたのだろうが、下級天使たちが守勢を固めた結果自然と目立ってしまっている。
今はまだ近付き難いものの、当面の目標はあれかな。などと値踏みしていたそんな矢先――――
「この中でつぇー奴はどいつだ―――――!!」
脳筋が隣でいきなり激発した。眼下の天使たちの視線が一気にそちらへ集中する。
あ、ヤバ。と完全に条件反射で旧友を見棄てていた。特にまるで動く気配が無かった金剛の鳥籠を提げた天使が明らかにヤバい、
『怪力乱神』は憤怒の悪魔でもそれなりに知名度がある。実際その姿を見て取った天使達は目に見え身構えていた。
にも拘わらずその鳥籠の天使だけは完全なる無防備。いっそ、異質なほど浮いていた。
「……へぇー? 良いのが居るじゃねぇか」
●Playback---TestCase8-3
「良いですか皆さん、敵味方の力量は均一。つまり出来るだけ密集するのが勝利の秘訣です!」
拳を振り上げた地の力天使リシエルの言に、下級天使達が大きく頷く。最前線は混沌の坩堝と化していた。
悪魔軍の攻撃は散発的で断続的ながら。追撃を試みた天使達が軒並み堕天し、敵となって襲い掛かって来るのだ。
恐らく『辺獄』の雲海の中に何かが――――魅了か、堕落かに極端に特化した悪魔が潜んでいる。
それが頭の弱い下級悪魔を誘導し、じわじわと天使軍を削っているのだ。相当性格が捻じれた邪悪な存在に違いない。
一方、天使軍は統率こそ取れている物の圧倒的指揮官の不足により密集して自らの身を護ることしか出来ておらず。
まるで挑発する様に襲って来る少数の悪魔、即ち神敵を目の当たりにして黙して受けるだけなど続けられる訳もない。
「怪我であれば、幾らでも癒してあげられるのですが……」
風の権天使レティシエルが困惑したように呟くのを聞き、リシエルが嘆息する。
此度の戦いに選出された天使はあまりに守勢に偏り過ぎている。これでは負けずとも勝ちは拾えない。何より――――
「お―――――らぁ―――――! 死ねぇ!!」
「残念ですが、こんなところで殺されるわけには参りません……!」
前者が悪魔、後者が天使である訳だが。前者が肩から振り下ろす大槌を、振り上げた鳥籠で跳ね上げる天使の雄々しさよ。
大振りの合間に挟まれる拳打、器用に体を捻り合わせる靴の踵の鋭さはどう言い繕っても武闘派天使の動きである。
火力に特化したシトラを的確に防ぐその挙動は味方であれば心強い、と思いきや。やはり印象というのはあるのだ。
普段は心優しく穏やかな、争いを好まない花の天使と知られる土の力天使クロリスのあまりの力戦奮闘に。
子供姿の下級天使達が完全に引いてしまっている。ドン引きである。何せ相手は名にし負う『怪力乱神』。
大きな戦いの場であれば大抵出没するという戦闘狂であり、同胞を殺された天使も少なくはない筈。
では、それと鳥籠で拮抗するクロリスは何者なのかという話である。リシエルもこれを装飾する言葉を知らない。
●Playback---TestCase8-5
「『主』は絶対である、だから『主』の掌の内なるもまた絶対? だったら何故戦争が起きるんですか……」
それは或いは、狂信の究極と言っても良いだろう。この世の事象全てを全能なる『主』の御業とするならば。
“他者を傷付けるならば己が身を傷付けよ”“善と悪、秩序と混沌、天地の全てを在るがままに受け入れよ”
その原則に則るならば、此度の戦いは不寛容の極みと言える。何せ片側の絶滅を是とするのだから。
故に、Alexandraはこれを試練と解釈し。天使と悪魔、いずれかを傷付ける者を傷付ける神意の代行を担うと決めた。
だが、実際に狩られる側からすればそんな理屈は狂気の沙汰だ。
「貴女の考える『主』はそうなのかもしれません。ですが、それに私達まで巻き込まないで下さい!」
「愚問。『主』の掌から外れた行動を取る私たちは、皆等しく滅ぶべきです」
リシエルの霊杖を叩き付けられた部位を、Alexandraの蒼焔が焼く。彼女の基礎戦闘能力は皆無に等しい。
一方リシエルも体中火傷のない場所が無い程だ。傷付ける程傷付く。それがAlexandraの権能である。
このままでは共倒れになる。覚悟を決めて杖先を向けると、玉砕覚悟で翼をはためかせる。
「問う。汝、世を尊ぶ覚者なりや」
「そんな難しいこと分かりません。ですが、貴女の所業は看過出来ない……!」
「愚かな……一時の感情で『主』の御心を損ねるなんて」
魔力を込めた霊杖がAlexandraの体躯を貫き、噴き出した鮮血全てが蒼焔へ変じる。その焔が体躯を焼き、光が満ちる。
自死の権能『壊劫の讃歌』――――それは即ち、己が存在を火へとくべる灼熱の慈悲。
「リシエル様……! 下がって……!」
「近付いてはいけませんレティシエル様! 貴女まで巻き込まれたら、誰が同胞を護るのです……!」
間近のリシエルは元より近くを飛ぶ下級天使達。それらを支えるレティシエルすら蒼焔の影響下から逃れられない。
周囲を一瞥し、覚悟は決まった。集った光が爆ぜ、周囲一帯を消滅させようとしたその瞬間。
「愚かなのは貴女です。Alexandra。『主』が真に愛に満ちた存在なら。貴女の死が『主』の御心に沿う筈がないのに」
反射の権能『主よ憐れみたまえ』奇跡と奇跡の衝突に『辺獄』が揺れ。
蒼と金の輝きが上天と下天を等しく引き裂く。莫大な魔力の本流に、両天使が自身の持ち得る全てを注いで拮抗する。
そうして――――光の内から二筋の星が棚引いた。
●Playback---TestCase8-8
「あはっ、どうしました? もっとタフに攻めてくれないと。ほらほらがんばれ♪ がんばれ♪」
くすくすと嗤いを織り交ぜ翼をはためかせるのも策の内。シャルラッハはその五感全てに魅了の魔力を帯びている。
挑発的な物言いに対し向けられる鋭い眼差しすら、視線が交差する度呪いを媒介するのだから。
「――――ッ、奇怪な業を……!」
一瞬、姿勢を崩したナハティガル=ラーが目元を抑えて翼をはためかせる。蓄積した悪魔の権能がその身体能力をも苛む。
流石に戦闘に特化した個体だけあって、その魔法抵抗は並の悪魔相手であれば十分なものなのだろう。
しかし、それ以外の全てを切り捨て『色欲』の特性を十全に生かした悪魔の色香は。
『辺獄』の法に則る限り。この場に限れば最高位の天使にすら――――“十分に、届き得る”。
(もう、一押しかな……)
そんな矢先。果たして其処に慢心が有ったか。或いは火の熾天使としての矜持故か。
手駒とした下級悪魔の肉壁が割れた事に気付いたのは、ナハティガルの方が先だった。
開戦当初より最前線で戦い続けた天使の権能は減衰が酷く余力は乏しい。しかし、同時に彼の天使は気付いていた。
天使軍同様、悪魔軍もまた指揮官に乏しく。特に明らかな指揮系が成立しているのは眼前の色欲の天使周辺のみ。
であれば、これを討つ事は引いては『主』の勝利へ直結するに違いない。命を賭すには、これ以上無い好機。
「舐めるな―――――! 『審判者』の名の下に……!」
翼を大きく羽ばたかせ急加速。下級悪魔を置き去りに残像よりも速く、十字剣を振り被った火の熾天使を前に。
近接戦能力皆無のシャルラッハは反応することすら満足に出来ない。せめて、首を絶たれまいと両手を突き出すが精一杯。
「その罪を、裁く!!」
「ひ、あっ、いやああああああああ、手が、あたしの手が―――――!!」
振り下ろし一閃。まさに突き出された両の手を一息で両断。返り血を拭う暇すら惜しみ返す刃で止めを――――
「―――――なーんて、言うと思いました?」
―――――――ナハティガルの動きが、そこで止まる。指一本すら自分の意志では動かせない。
彼が諸に被った流血は、その血肉の全てに魅了の魔力を帯びるシャルラッハの体液。呪いの媒体としてこれ以上はない。
地に伏せ泥を啜ろうと、生き残った者が勝者なのだから。
●Playback---TestCase8-9
「よぉシャル……今ちょい頭回ってなくてさぁ。どういう意味か説明してくんない?」
「そーね。ほんとは今回、ちょっと無理っぽいし一人でも道連れに出来たら十分かなーとか思ってたんだけどさ」
下天。地獄に程近い『辺獄』の底。堕ちて行く者達が最後に足掻く場所であり、その最終境界線。
悪魔と悪魔が対するのに、これほど相応しい場所も無いと。シャルラッハは瞳を細める。
元より霊的存在である悪魔にとって、受肉した腕など魔力を割けば象ることは造作も無い。
で、あるならば。頭蓋を半壊させたまま尚、爛々とした瞳で此方を見遣るシトラは。
自らの容を取り戻す程の余力も無いという事を意味している。文字通りの、死に体だ。
「何か、案外頑張れば勝てそうなんだよね。そしたらあたしが人間界の支配者よ? ね、アガるでしょ」
「はぁーん。それで――――今なら、このあたしでも倒せると思った訳だ」
大槌も無く。両腕から滴り続ける血液。そして両者の間を割るように、傀儡と化した白焔の天使が十字剣を構える。
「えぇ。ここで堕ちてくれる?」
「シャルの頼みでも、負けてもねぇのにそれは聞けねぇなァ――――!!!」
でしょうね、と予測通りの結論に至る旧友に躊躇無く白い焔を帯びた刃が振り下ろされる。
思った通り。本調子なら余裕で打ち合っただろうシトラの挙動は重く、遅い。
度重なるダメージが響いていた。魔力も尽きかけ切り札も無い。それでもシトラは己こそが最強だと謳う。
畏れ多くも悪魔が神を名乗るのだ。それは不敬に怒る天使達を無数に返り討ちにして来た証である。
その強さは、シャルラッハがどう足掻いても手に入れられない物。だからこそ今、色欲の悪魔は彼女を“堕とさなければ”ならない。
一合打ち合い。二合で腕を斬り落とし。三合で片羽を焼き尽くし、憤怒の悪魔が姿勢を崩す。
「くそ、強ぇなおい。こんなに強ぇならもっと前に――――」
「――――バイバイ、シトラ。今回はあたしの勝ち。来世でまた遊びましょ」
虚空に、それでも尚せめて相打ちに持ち込もうと伸ばした手をナハティガルの十字剣が振り払う。
錐揉みしながら『辺獄』の底へ堕ちて行った旧友を見つめ、シャルラッハは瞳を伏せて笑みを描いた。
かつて『笛吹姫』と呼ばれた時代に学んだことだ。“女王”は勝利する時笑うものなのだから。
●Playback---TestCase8-10
……そうして。『辺獄』に残った天使と悪魔。両軍勢はただ一人の指導者の下へ集う。
片や、戦う力を持たぬ|風の権天使レティシエル。片や、やはり戦う力を持たぬ色欲の悪魔シャルラッハ。
果たして、いずれも相争う力を持たない天使と悪魔が最後に残ったのは必然か、それとも神の意志か。
しかし両者の立場は同等ではない。レティシエルの周囲を囲むのは彼女に傷を癒され恩義に忠する下級天使達。
対して、シャルラッハが傍らに侍らすのは自らの魅了の呪いで雁字搦めにした元火の熾天使ナハティガルなのだから。
「どうしても、戦わなければならないのですか? これ以上傷付けて傷付いて、その先に何が有るかも分からないのに」
「次代の人間界の支配権が得られるって話は神の嘘? あは、天使様がそんな事言って良いんですかあ?」
「ち、違います! ただそういう可能性もあると――――」
「――――だとしても。《《勝てば》分かることですよね」
僅か数度のやりとりで。相容れない、どう足掻いても相容れない相手であると互いに理解出来た。
故に、それは未来永劫縮まる事のない平行線だ。殺し合うことですら、両者の距離を縮める事には繋がらない。
「行くぞ、権天使様を護れ……!」
「皆さんもやめて下さい、こんな戦い、何の意味も無いではないですか……!」
白い焔を帯びた天使を先頭に、下級悪魔と下級天使が衝突する。築かれた乱戦の中シャルラッハは定石通りの後退。
見た所、レティシエルは虫も殺せなさそうな貧弱さだが、鳥籠の天使の前例がある。
一見穏やかそうなタイプに限って頭がおかしかったりするのが天使だと。そう学んだ彼女にとって接近は悪手。
例え互いに消耗戦に縺れ込んだとしても、熾天使一柱の優位性で十分勝ちは拾い得る。
「うふふ、全員気持ち良く堕としてあげる」
――――其処で、安全策を取ったことはシャルラッハにとって傲りでも油断でも無かった。
けれど或いは。もし彼女が対していたのが『怪力乱神』であれば。同じ戦術で相対しただろうか。
恐らく、否だ。我が身を呈してでも罠を張る。ギリギリの綱渡りでも相手を仲間に取り込もうとする。
それが色欲の悪魔の本質。誘い、惑わし、欲に溺れさせる者。それを彼女はこの時この瞬間――――確かに、忘れていた。
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●Playback---TestCase8-1
―――――哀しい。
何がそれほど哀しいのか。と、誰かが問うた。その無理解が哀しいのだと彼女は答えた。
どうしてそれほど哀しむのか。と、誰かが問うた。『主』の懊悩が晴れぬからだと彼女は答えた。
いつまでその悲しみを続けるのか。と、誰かが問うた。『主』の愛を誰もが理解するまでだと彼女は答えた。
全ては『主』の掌の上の出来事。和らぎこそが『主』の望みだと言うのに、誰もそれを解さない。
戦いは。争いは。終わる事無く続き、遂にはその狭間である人間界を崩壊せしめる寸前まで追い詰めていると聞く。
その無思慮を思う度、火の天使の最上位。熾天使の座に在る彼女。
Alexandra・Hexe・Claudiaの両の瞳からはとめどなく涙が毀れる。哀しい。哀しい。どうして相争うのか。
「おや、また祈りを捧げていたのですか? 精が出ますねえ」
「問う。汝、自らが『主』の従僕たる覚者たるや。その言い様は天使として不適格ではないですか……?」
「あはは、これはこれは耳が痛い」
耳を抑えてみせる『神の眼』■■■■の在り様は、日々を礼拝に捧げるAlexandraの頭痛の種だ。
僅か七柱しか存在しない■■■■。『主』への目通りが叶う特権階級。
何故こんな俗物が、熾天使である自分ですら果たせない眠れる『主』への謁見権限を持ち合わせているのか。
「ところで、我らが火の熾天使殿は此度の“零次黙示録”へ参戦為されないのですか?」
「“零次”……何ですか?」
興味がない為聞き流していた内容に、時折意味がある物を混ぜるのがこの天使の在り様だ。
曲者以外の何物でもないが、その情報通っぷりに助けられる一面が、無いでは、無い。
「主の御心を定める、天使の悪魔の“次世代”争奪戦。何でも次の人間界の支配者を決めるのだとか」
我が耳を疑った。『主』は全知にして全能。人間界もまた、彼の神の許容する世界の内の筈。
そこだけを切り離して“支配者”を定めなどしてしまっては、この世界の調和は著しく崩れるだろう。
そんな例外が行われる筈がない。それは、まるで神の愛の有限を定めるが如き愚行だ。
真意を――――否。神意を確かめなければならない。
「――――詳しく、聞かせて下さい」
●Playback---TestCase8-2
『辺獄』上天。天界と接する雲海。その間近を2柱の悪魔が飛翔していた。
天界に近付いたからとって天使が強化されたり悪魔が弱体化する訳ではない。であれば、戦に慣れた者なら上を取るは定石である。
「はぁー……? これあたしにとってはアウェーって言うか精神が女性型の天使ばっかりなんだけど」
「え、でもこんだけつぇーやつが集まってんの見るとバイブスブチアゲになんじゃん?」
「いやシトラはそれで良いかもだけどさ!」
色欲の悪魔シャルラッハは『辺獄』の雲海に紛れ眼下を眺めていた。興味本位で参戦したもののこの戦場は“厳しい”。
彼女の能力は搦め手に特化している。その性質上、格下相手の乱戦混戦はお手の物ではあるが。
『辺獄』においてあらゆる力は均一化される。つまり、厳密に“格下”と言える存在は如何な下級天使ですら存在しない。
その辺、特殊な能力を一切振り切って攻撃に特化した旧友。『怪力乱神』のシトラの明快さが羨ましい程だが。
(まあ……弱ったとこを狙い撃ちするって手もありか)
元下級天使、転じて下級悪魔であったシャルラッハは戦況を見る目が肥えている。有利不利を見誤る事はまず無い。
媚びて、誘って、惑わして、強者の影に隠れ力を蓄えてきた。弱肉強食の地獄では命が軽い。そうでもしなければ生き残れない。
「悪魔ども、汝らは邪悪なり……!」
白焔を纏う長剣じみた十字架が灼光を放つのが見えた。其処に居た下級悪魔の一団は今頃墜落し地獄の底だろう。
ざっと戦場を見た所、有力そうな天使には女性型が多いが、一番派手に悪魔を狩っているのはその男性型天使だ。
恐らく当初は天使軍と共に動いていたのだろうが、下級天使たちが守勢を固めた結果自然と目立ってしまっている。
今はまだ近付き難いものの、当面の目標はあれかな。などと値踏みしていたそんな矢先――――
「この中でつぇー奴はどいつだ―――――!!」
脳筋が隣でいきなり激発した。眼下の天使たちの視線が一気にそちらへ集中する。
あ、ヤバ。と完全に条件反射で旧友を見棄てていた。特にまるで動く気配が無かった金剛の鳥籠を提げた天使が明らかにヤバい、
『怪力乱神』は憤怒の悪魔でもそれなりに知名度がある。実際その姿を見て取った天使達は目に見え身構えていた。
にも拘わらずその鳥籠の天使だけは完全なる無防備。いっそ、異質なほど浮いていた。
「……へぇー? 良いのが居るじゃねぇか」
●Playback---TestCase8-3
「良いですか皆さん、敵味方の力量は均一。つまり出来るだけ密集するのが勝利の秘訣です!」
拳を振り上げた地の力天使リシエルの言に、下級天使達が大きく頷く。最前線は混沌の坩堝と化していた。
悪魔軍の攻撃は散発的で断続的ながら。追撃を試みた天使達が軒並み堕天し、敵となって襲い掛かって来るのだ。
恐らく『辺獄』の雲海の中に何かが――――魅了か、堕落かに極端に特化した悪魔が潜んでいる。
それが頭の弱い下級悪魔を誘導し、じわじわと天使軍を削っているのだ。相当性格が捻じれた邪悪な存在に違いない。
一方、天使軍は統率こそ取れている物の圧倒的指揮官の不足により密集して自らの身を護ることしか出来ておらず。
まるで挑発する様に襲って来る少数の悪魔、即ち神敵を目の当たりにして黙して受けるだけなど続けられる訳もない。
「怪我であれば、幾らでも癒してあげられるのですが……」
風の権天使レティシエルが困惑したように呟くのを聞き、リシエルが嘆息する。
此度の戦いに選出された天使はあまりに守勢に偏り過ぎている。これでは負けずとも勝ちは拾えない。何より――――
「お―――――らぁ―――――! 死ねぇ!!」
「残念ですが、こんなところで殺されるわけには参りません……!」
前者が悪魔、後者が天使である訳だが。前者が肩から振り下ろす大槌を、振り上げた鳥籠で跳ね上げる天使の雄々しさよ。
大振りの合間に挟まれる拳打、器用に体を捻り合わせる靴の踵の鋭さはどう言い繕っても武闘派天使の動きである。
火力に特化したシトラを的確に防ぐその挙動は味方であれば心強い、と思いきや。やはり印象というのはあるのだ。
普段は心優しく穏やかな、争いを好まない花の天使と知られる土の力天使クロリスのあまりの力戦奮闘に。
子供姿の下級天使達が完全に引いてしまっている。ドン引きである。何せ相手は名にし負う『怪力乱神』。
大きな戦いの場であれば大抵出没するという戦闘狂であり、同胞を殺された天使も少なくはない筈。
では、それと鳥籠で拮抗するクロリスは何者なのかという話である。リシエルもこれを装飾する言葉を知らない。
●Playback---TestCase8-5
「『主』は絶対である、だから『主』の掌の内なるもまた絶対? だったら何故戦争が起きるんですか……」
それは或いは、狂信の究極と言っても良いだろう。この世の事象全てを全能なる『主』の御業とするならば。
“他者を傷付けるならば己が身を傷付けよ”“善と悪、秩序と混沌、天地の全てを在るがままに受け入れよ”
その原則に則るならば、此度の戦いは不寛容の極みと言える。何せ片側の絶滅を是とするのだから。
故に、Alexandraはこれを試練と解釈し。天使と悪魔、いずれかを傷付ける者を傷付ける神意の代行を担うと決めた。
だが、実際に狩られる側からすればそんな理屈は狂気の沙汰だ。
「貴女の考える『主』はそうなのかもしれません。ですが、それに私達まで巻き込まないで下さい!」
「愚問。『主』の掌から外れた行動を取る私たちは、皆等しく滅ぶべきです」
リシエルの霊杖を叩き付けられた部位を、Alexandraの蒼焔が焼く。彼女の基礎戦闘能力は皆無に等しい。
一方リシエルも体中火傷のない場所が無い程だ。傷付ける程傷付く。それがAlexandraの権能である。
このままでは共倒れになる。覚悟を決めて杖先を向けると、玉砕覚悟で翼をはためかせる。
「問う。汝、世を尊ぶ覚者なりや」
「そんな難しいこと分かりません。ですが、貴女の所業は看過出来ない……!」
「愚かな……一時の感情で『主』の御心を損ねるなんて」
魔力を込めた霊杖がAlexandraの体躯を貫き、噴き出した鮮血全てが蒼焔へ変じる。その焔が体躯を焼き、光が満ちる。
自死の権能『壊劫の讃歌』――――それは即ち、己が存在を火へとくべる灼熱の慈悲。
「リシエル様……! 下がって……!」
「近付いてはいけませんレティシエル様! 貴女まで巻き込まれたら、誰が同胞を護るのです……!」
間近のリシエルは元より近くを飛ぶ下級天使達。それらを支えるレティシエルすら蒼焔の影響下から逃れられない。
周囲を一瞥し、覚悟は決まった。集った光が爆ぜ、周囲一帯を消滅させようとしたその瞬間。
「愚かなのは貴女です。Alexandra。『主』が真に愛に満ちた存在なら。貴女の死が『主』の御心に沿う筈がないのに」
反射の権能『主よ憐れみたまえ』奇跡と奇跡の衝突に『辺獄』が揺れ。
蒼と金の輝きが上天と下天を等しく引き裂く。莫大な魔力の本流に、両天使が自身の持ち得る全てを注いで拮抗する。
そうして――――光の内から二筋の星が棚引いた。
●Playback---TestCase8-8
「あはっ、どうしました? もっとタフに攻めてくれないと。ほらほらがんばれ♪ がんばれ♪」
くすくすと嗤いを織り交ぜ翼をはためかせるのも策の内。シャルラッハはその五感全てに魅了の魔力を帯びている。
挑発的な物言いに対し向けられる鋭い眼差しすら、視線が交差する度呪いを媒介するのだから。
「――――ッ、奇怪な業を……!」
一瞬、姿勢を崩したナハティガル=ラーが目元を抑えて翼をはためかせる。蓄積した悪魔の権能がその身体能力をも苛む。
流石に戦闘に特化した個体だけあって、その魔法抵抗は並の悪魔相手であれば十分なものなのだろう。
しかし、それ以外の全てを切り捨て『色欲』の特性を十全に生かした悪魔の色香は。
『辺獄』の法に則る限り。この場に限れば最高位の天使にすら――――“十分に、届き得る”。
(もう、一押しかな……)
そんな矢先。果たして其処に慢心が有ったか。或いは火の熾天使としての矜持故か。
手駒とした下級悪魔の肉壁が割れた事に気付いたのは、ナハティガルの方が先だった。
開戦当初より最前線で戦い続けた天使の権能は減衰が酷く余力は乏しい。しかし、同時に彼の天使は気付いていた。
天使軍同様、悪魔軍もまた指揮官に乏しく。特に明らかな指揮系が成立しているのは眼前の色欲の天使周辺のみ。
であれば、これを討つ事は引いては『主』の勝利へ直結するに違いない。命を賭すには、これ以上無い好機。
「舐めるな―――――! 『審判者』の名の下に……!」
翼を大きく羽ばたかせ急加速。下級悪魔を置き去りに残像よりも速く、十字剣を振り被った火の熾天使を前に。
近接戦能力皆無のシャルラッハは反応することすら満足に出来ない。せめて、首を絶たれまいと両手を突き出すが精一杯。
「その罪を、裁く!!」
「ひ、あっ、いやああああああああ、手が、あたしの手が―――――!!」
振り下ろし一閃。まさに突き出された両の手を一息で両断。返り血を拭う暇すら惜しみ返す刃で止めを――――
「―――――なーんて、言うと思いました?」
―――――――ナハティガルの動きが、そこで止まる。指一本すら自分の意志では動かせない。
彼が諸に被った流血は、その血肉の全てに魅了の魔力を帯びるシャルラッハの体液。呪いの媒体としてこれ以上はない。
地に伏せ泥を啜ろうと、生き残った者が勝者なのだから。
●Playback---TestCase8-9
「よぉシャル……今ちょい頭回ってなくてさぁ。どういう意味か説明してくんない?」
「そーね。ほんとは今回、ちょっと無理っぽいし一人でも道連れに出来たら十分かなーとか思ってたんだけどさ」
下天。地獄に程近い『辺獄』の底。堕ちて行く者達が最後に足掻く場所であり、その最終境界線。
悪魔と悪魔が対するのに、これほど相応しい場所も無いと。シャルラッハは瞳を細める。
元より霊的存在である悪魔にとって、受肉した腕など魔力を割けば象ることは造作も無い。
で、あるならば。頭蓋を半壊させたまま尚、爛々とした瞳で此方を見遣るシトラは。
自らの容を取り戻す程の余力も無いという事を意味している。文字通りの、死に体だ。
「何か、案外頑張れば勝てそうなんだよね。そしたらあたしが人間界の支配者よ? ね、アガるでしょ」
「はぁーん。それで――――今なら、このあたしでも倒せると思った訳だ」
大槌も無く。両腕から滴り続ける血液。そして両者の間を割るように、傀儡と化した白焔の天使が十字剣を構える。
「えぇ。ここで堕ちてくれる?」
「シャルの頼みでも、負けてもねぇのにそれは聞けねぇなァ――――!!!」
でしょうね、と予測通りの結論に至る旧友に躊躇無く白い焔を帯びた刃が振り下ろされる。
思った通り。本調子なら余裕で打ち合っただろうシトラの挙動は重く、遅い。
度重なるダメージが響いていた。魔力も尽きかけ切り札も無い。それでもシトラは己こそが最強だと謳う。
畏れ多くも悪魔が神を名乗るのだ。それは不敬に怒る天使達を無数に返り討ちにして来た証である。
その強さは、シャルラッハがどう足掻いても手に入れられない物。だからこそ今、色欲の悪魔は彼女を“堕とさなければ”ならない。
一合打ち合い。二合で腕を斬り落とし。三合で片羽を焼き尽くし、憤怒の悪魔が姿勢を崩す。
「くそ、強ぇなおい。こんなに強ぇならもっと前に――――」
「――――バイバイ、シトラ。今回はあたしの勝ち。来世でまた遊びましょ」
虚空に、それでも尚せめて相打ちに持ち込もうと伸ばした手をナハティガルの十字剣が振り払う。
錐揉みしながら『辺獄』の底へ堕ちて行った旧友を見つめ、シャルラッハは瞳を伏せて笑みを描いた。
かつて『笛吹姫』と呼ばれた時代に学んだことだ。“女王”は勝利する時笑うものなのだから。
●Playback---TestCase8-10
……そうして。『辺獄』に残った天使と悪魔。両軍勢はただ一人の指導者の下へ集う。
片や、戦う力を持たぬ|風の権天使レティシエル。片や、やはり戦う力を持たぬ色欲の悪魔シャルラッハ。
果たして、いずれも相争う力を持たない天使と悪魔が最後に残ったのは必然か、それとも神の意志か。
しかし両者の立場は同等ではない。レティシエルの周囲を囲むのは彼女に傷を癒され恩義に忠する下級天使達。
対して、シャルラッハが傍らに侍らすのは自らの魅了の呪いで雁字搦めにした元火の熾天使ナハティガルなのだから。
「どうしても、戦わなければならないのですか? これ以上傷付けて傷付いて、その先に何が有るかも分からないのに」
「次代の人間界の支配権が得られるって話は神の嘘? あは、天使様がそんな事言って良いんですかあ?」
「ち、違います! ただそういう可能性もあると――――」
「――――だとしても。《《勝てば》分かることですよね」
僅か数度のやりとりで。相容れない、どう足掻いても相容れない相手であると互いに理解出来た。
故に、それは未来永劫縮まる事のない平行線だ。殺し合うことですら、両者の距離を縮める事には繋がらない。
「行くぞ、権天使様を護れ……!」
「皆さんもやめて下さい、こんな戦い、何の意味も無いではないですか……!」
白い焔を帯びた天使を先頭に、下級悪魔と下級天使が衝突する。築かれた乱戦の中シャルラッハは定石通りの後退。
見た所、レティシエルは虫も殺せなさそうな貧弱さだが、鳥籠の天使の前例がある。
一見穏やかそうなタイプに限って頭がおかしかったりするのが天使だと。そう学んだ彼女にとって接近は悪手。
例え互いに消耗戦に縺れ込んだとしても、熾天使一柱の優位性で十分勝ちは拾い得る。
「うふふ、全員気持ち良く堕としてあげる」
――――其処で、安全策を取ったことはシャルラッハにとって傲りでも油断でも無かった。
けれど或いは。もし彼女が対していたのが『怪力乱神』であれば。同じ戦術で相対しただろうか。
恐らく、否だ。我が身を呈してでも罠を張る。ギリギリの綱渡りでも相手を仲間に取り込もうとする。
それが色欲の悪魔の本質。誘い、惑わし、欲に溺れさせる者。それを彼女はこの時この瞬間――――確かに、忘れていた。
●Playback---Completed
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