【手紙】あなたに捧げる祈りとは
キャラクターノベル制作 夏八木ヒロ納品 2022年05月11日 16時19分00秒
フェアロス・アーラ・アスプロス――親愛なる父へ
父さん、お元気ですか? そろそろ暖かくなって来ましたね。そちらもだいぶ過ごしやすくなってきたのではないでしょうか。
皆も元気にしていること、新たな季節が素晴らしい実りを授けてくださることを、いつも遠き地より願っています。
私の方もいろいろあったけれど、ちゃんと元気に過ごしていますよ。そこは、どうか安心してくださいね。
けれど此度は父さんにひとつお願いがあって、こうして手紙を書くことを決めました。文面での伝達になってしまうこと、申し訳ありません。
少し長くなるかもしれませんが、最後まで目を通してくださると嬉しいです。
それは冒険者としての仕事の折、私たちはとあるエルフの里を訪れました。というのも、ヒューマンの暮らしている別の里で、赤ん坊が攫われるという事件があったからです。その原因を知り、解決することが私たちの任務でした。
赤子を攫った一連の事例は、エルフの里では『取り替え子』と呼ばれるものでした。エルフの一部の氏族で行われている風習。降りた天啓に基づいて生まれた赤子を別の赤子と入れ替えるというものです。
調べていく内にわかったことですが、このエルフの里は私の『故郷』でもありました。私は、私の出自について、ここで意図せず知ることとなったのです。
……もしかしたら父さんは、ここまで書けば察してしまうかもしれませんね。
事件は一応解決し、夫婦の元に赤子を届けることは叶ったのです。しかし、エルフの赤子については、親元に返すことはできませんでした。ですから今は、こちらで保護をしている状態です。
私と同じ境遇の子です。そこに、複雑な想いがないとは決して言いきれません。
この子の名は『フェアエ』といいます。偶然にも貴方と同じ精霊の子です。そこに少しだけ運命のようなものを感じるのは、私だけでしょうか。
父さん、お願いがあります。この子を――フェアエを家族として迎えて頂けないでしょうか?
今の私には、彼女のためにしてあげられることがこれしかありません。それがフェアエにとって一番良い選択だとも思うのです。
ねえ、父さん。貴方は私の出自を、一度だって語ってくれたことはありませんでした。父さんのことだから、今まで何も知らなかったということは無いのでしょう?
幼い花精に何を想い、育てていてくれたのかを思うと――いいえ。たとえ私がどんな道を辿り貴方に出会ったとしても、変わらず救い父として育ててくれたことはわかります。
私は、父さんの子供だから。私のこの出自については、きっとあまり重要では無いのだと今は思うのです。私は本当に幸せ者でした。だからこそ、一人になってしまいそうなフェアエを幸せにするためには、父さんに相談するしかないとも思いました。
大切な兄や姉、弟妹たち。血は繋がらなくても、私たちはずっと家族です。家を離れてからなおさら、私はその想いを強くしています。兄さんもこんな想いだったのかな……そうだといいな、と思います。
最初に、里が私の故郷だったと書きました。でも本当は、私の故郷は、やっぱり父さんのいる“家”なのだと思いたい。
だからね。フェアエにもいつか、心の底からそう思える人たちができることを祈りたいんです。あなたの家で生まれ、あの広い庭を駆けて育った私だから、きっとそう思うことができる。
だから――頑固で強情で、決めてしまったことを曲げられない娘で本当にごめんなさい。でも私は確かに、同じ精霊に祝福されたのではないかと思っています。とにかく、近々フェアエを連れて家に帰ります。
こんな小さな子でも、きっと自分の今の境遇を少なからず感じているはずなんです。早く安心させてあげたい。父さんならこの気持ちを、わかってくれると信じています。
だからどうか、一度小さな精霊に会ってください。お願いします。
ああ、勝手に家を飛び出した癖に、今も甘えてばかりでごめんなさい。
せめて帰ったら、少しでも親孝行をさせてください。その時は、この旅先で見たいろいろな話を聞いて貰いたいです。もちろん私のいない間の家での話や、私の小さな頃の話もまた、たくさん聞かせてくださいね。
それでは。どうか皆、健勝で。会って話をするのを、本当に楽しみにしています。
父さん、愛しています。
――コルネリウスより、フェアロスへ捧ぐ
●
書き終えたところで赤子のぐずつき始める声が聞こえ、コルネリウス・アーラは慌てて立ち上がった。便箋を置きっぱなしにしてフェアエのベッドへと駆け寄る。
エルフの子はまだ幼く、気侭に泣いては振り回される日々だ。けれど不思議とこちらのことをわかっているかのような――たとえば今も、手紙が書き上がるまでは随分大人しく寝ていてくれていた――説明のつかない挙動も多い。
その妙に聞き分けの良い性質に、コルネリウスはほんの少し不安になってしまう。今まさに父へ書いた通り、急に親元を離れ彼方此方をたらい回ししている己の現状を、フェアエが全く理解していないとは思えなかった。いや、たとえ何もわからずとも不安はあるに決まっている。――そうに、決まっている。
(こんなに小さな子に、そんな不安な思いをさせてしまうのはあまりにも惨い)
ベールコートの孤児院に引き取って貰うことも、他の場所に相談をすることもできただろう。けれどコルネリウスはそうしなかった。フェアエの境遇は否が応でも自分と重なるものであり、だからこそ自身の経験から胸を張って送り出せる選択をしたかったのだ。そして、一刻も早く安心をさせてあげたかった。
(それでも、自身の本当の家族に見放された傷は癒えないかもしれない。フェアエにとってはたった一つの家族だったのだから)
それでも、コルネリウスは今幸せだ。だから未来を祈るしかない。
大丈夫。父さんならきっとフェアエの未来を良いものにしてくれるはずだ。自分もできることは何だってやろう。
「フェアエ、どうしたのかな。お腹がすいた? それとも、嫌な夢でも見たの?」
抱き上げてあやすとフェアエはすぐに泣き止み、そして楽しげに笑った。小さな手を賢明に伸ばし、ふくふくと柔らかい頬に赤みが差している。赤子とは、愛らしさの塊のような存在だ。
取り替え子の風習がどうして必要なのか、その詳細などをコルネリウスは知らない。知りたいとも思わないし、恐らく理解もできないだろう。
種族の都合や親の都合は、自分では何もできないこの子には少しも関係のないことだ。放り出されて、あまつさえ捨てられて良いはずがない。
「フェアエ。あなたは幸せになっていいの」
確信を持って、コルネリウスは口にする。
父さんはエルフだし、ライラお姉ちゃんはハーフビーストだ。尊敬する今は亡き姉と兄は、それぞれハーフリングとヒューマンだった。フェアエにも種族の異なる沢山の兄姉がたくさんできるだろう。
種族という垣根など、その程度のものだ。それぞれ種としての違いはあるが、完全な断絶となるほどのものではない。時間をかけて、ゆっくりと越えられるものだと思う。言葉を交わし、理解し合うことはできるはずなのだ。
(父さんがそれを、私の命に示してくれた)
だから、連れて帰ることを決めたのだ。コルネリウスは頷いて、フェアエの軽い――けれども温かな体躯をそっと、抱きしめる。
父さん、お元気ですか? そろそろ暖かくなって来ましたね。そちらもだいぶ過ごしやすくなってきたのではないでしょうか。
皆も元気にしていること、新たな季節が素晴らしい実りを授けてくださることを、いつも遠き地より願っています。
私の方もいろいろあったけれど、ちゃんと元気に過ごしていますよ。そこは、どうか安心してくださいね。
けれど此度は父さんにひとつお願いがあって、こうして手紙を書くことを決めました。文面での伝達になってしまうこと、申し訳ありません。
少し長くなるかもしれませんが、最後まで目を通してくださると嬉しいです。
それは冒険者としての仕事の折、私たちはとあるエルフの里を訪れました。というのも、ヒューマンの暮らしている別の里で、赤ん坊が攫われるという事件があったからです。その原因を知り、解決することが私たちの任務でした。
赤子を攫った一連の事例は、エルフの里では『取り替え子』と呼ばれるものでした。エルフの一部の氏族で行われている風習。降りた天啓に基づいて生まれた赤子を別の赤子と入れ替えるというものです。
調べていく内にわかったことですが、このエルフの里は私の『故郷』でもありました。私は、私の出自について、ここで意図せず知ることとなったのです。
……もしかしたら父さんは、ここまで書けば察してしまうかもしれませんね。
事件は一応解決し、夫婦の元に赤子を届けることは叶ったのです。しかし、エルフの赤子については、親元に返すことはできませんでした。ですから今は、こちらで保護をしている状態です。
私と同じ境遇の子です。そこに、複雑な想いがないとは決して言いきれません。
この子の名は『フェアエ』といいます。偶然にも貴方と同じ精霊の子です。そこに少しだけ運命のようなものを感じるのは、私だけでしょうか。
父さん、お願いがあります。この子を――フェアエを家族として迎えて頂けないでしょうか?
今の私には、彼女のためにしてあげられることがこれしかありません。それがフェアエにとって一番良い選択だとも思うのです。
ねえ、父さん。貴方は私の出自を、一度だって語ってくれたことはありませんでした。父さんのことだから、今まで何も知らなかったということは無いのでしょう?
幼い花精に何を想い、育てていてくれたのかを思うと――いいえ。たとえ私がどんな道を辿り貴方に出会ったとしても、変わらず救い父として育ててくれたことはわかります。
私は、父さんの子供だから。私のこの出自については、きっとあまり重要では無いのだと今は思うのです。私は本当に幸せ者でした。だからこそ、一人になってしまいそうなフェアエを幸せにするためには、父さんに相談するしかないとも思いました。
大切な兄や姉、弟妹たち。血は繋がらなくても、私たちはずっと家族です。家を離れてからなおさら、私はその想いを強くしています。兄さんもこんな想いだったのかな……そうだといいな、と思います。
最初に、里が私の故郷だったと書きました。でも本当は、私の故郷は、やっぱり父さんのいる“家”なのだと思いたい。
だからね。フェアエにもいつか、心の底からそう思える人たちができることを祈りたいんです。あなたの家で生まれ、あの広い庭を駆けて育った私だから、きっとそう思うことができる。
だから――頑固で強情で、決めてしまったことを曲げられない娘で本当にごめんなさい。でも私は確かに、同じ精霊に祝福されたのではないかと思っています。とにかく、近々フェアエを連れて家に帰ります。
こんな小さな子でも、きっと自分の今の境遇を少なからず感じているはずなんです。早く安心させてあげたい。父さんならこの気持ちを、わかってくれると信じています。
だからどうか、一度小さな精霊に会ってください。お願いします。
ああ、勝手に家を飛び出した癖に、今も甘えてばかりでごめんなさい。
せめて帰ったら、少しでも親孝行をさせてください。その時は、この旅先で見たいろいろな話を聞いて貰いたいです。もちろん私のいない間の家での話や、私の小さな頃の話もまた、たくさん聞かせてくださいね。
それでは。どうか皆、健勝で。会って話をするのを、本当に楽しみにしています。
父さん、愛しています。
――コルネリウスより、フェアロスへ捧ぐ
●
書き終えたところで赤子のぐずつき始める声が聞こえ、コルネリウス・アーラは慌てて立ち上がった。便箋を置きっぱなしにしてフェアエのベッドへと駆け寄る。
エルフの子はまだ幼く、気侭に泣いては振り回される日々だ。けれど不思議とこちらのことをわかっているかのような――たとえば今も、手紙が書き上がるまでは随分大人しく寝ていてくれていた――説明のつかない挙動も多い。
その妙に聞き分けの良い性質に、コルネリウスはほんの少し不安になってしまう。今まさに父へ書いた通り、急に親元を離れ彼方此方をたらい回ししている己の現状を、フェアエが全く理解していないとは思えなかった。いや、たとえ何もわからずとも不安はあるに決まっている。――そうに、決まっている。
(こんなに小さな子に、そんな不安な思いをさせてしまうのはあまりにも惨い)
ベールコートの孤児院に引き取って貰うことも、他の場所に相談をすることもできただろう。けれどコルネリウスはそうしなかった。フェアエの境遇は否が応でも自分と重なるものであり、だからこそ自身の経験から胸を張って送り出せる選択をしたかったのだ。そして、一刻も早く安心をさせてあげたかった。
(それでも、自身の本当の家族に見放された傷は癒えないかもしれない。フェアエにとってはたった一つの家族だったのだから)
それでも、コルネリウスは今幸せだ。だから未来を祈るしかない。
大丈夫。父さんならきっとフェアエの未来を良いものにしてくれるはずだ。自分もできることは何だってやろう。
「フェアエ、どうしたのかな。お腹がすいた? それとも、嫌な夢でも見たの?」
抱き上げてあやすとフェアエはすぐに泣き止み、そして楽しげに笑った。小さな手を賢明に伸ばし、ふくふくと柔らかい頬に赤みが差している。赤子とは、愛らしさの塊のような存在だ。
取り替え子の風習がどうして必要なのか、その詳細などをコルネリウスは知らない。知りたいとも思わないし、恐らく理解もできないだろう。
種族の都合や親の都合は、自分では何もできないこの子には少しも関係のないことだ。放り出されて、あまつさえ捨てられて良いはずがない。
「フェアエ。あなたは幸せになっていいの」
確信を持って、コルネリウスは口にする。
父さんはエルフだし、ライラお姉ちゃんはハーフビーストだ。尊敬する今は亡き姉と兄は、それぞれハーフリングとヒューマンだった。フェアエにも種族の異なる沢山の兄姉がたくさんできるだろう。
種族という垣根など、その程度のものだ。それぞれ種としての違いはあるが、完全な断絶となるほどのものではない。時間をかけて、ゆっくりと越えられるものだと思う。言葉を交わし、理解し合うことはできるはずなのだ。
(父さんがそれを、私の命に示してくれた)
だから、連れて帰ることを決めたのだ。コルネリウスは頷いて、フェアエの軽い――けれども温かな体躯をそっと、抱きしめる。