或る運命の邂逅
天魔大戦アポカリプス・ゼロ-四月革命- イベントノベル(テーマ)制作 畑下はるこ納品 2022年04月20日 10時02分59秒
●運命の出会い
小さい頃から、シェルリアの周りは敵だらけだった。
端的にその理由を述べるとすれば、シェルリアが強くなかったからだ。悪魔の社会は弱肉強食、さして戦いの得意でないシェルリアが保護されるはずもない。
シェルリア自身はいじめられているなどと可愛げのある表現で現実を受け入れている。だがそれはシェルリアの明るい気質がそうさせるだけで、実態はそんな生易しいものではない。日々、彼女は敵わない相手に力を誇示され続けてきた。
その日シェルリアは、他の悪魔の暴虐からたまたま逃げそびれた。
いつもどおり殴られるのを覚悟して身を固くする。しかし相手はシェルリアの細い手首を掴み、どこかへ引っ張っていこうとした。
行く手にあるのは建物の陰。流石にその意味がわからないシェルリアではなかった。
――冗談じゃないです。確かに私は可愛いですけど! あなたの顔が好みじゃないです!
「嫌ですってば! 離して下さいよー!」
「うるせえな、殺されてえか!」
死か、慰み者か。不条理な二択を強いられて、シェルリアの喉がひっと鳴る。それでも、幾ら自分が力弱い存在であったとしても、コイツとそんなことをするのは嫌だ。必死で足を突っ張って引きずり込まれまいとしていると、硬い拳が降ってきて――。
「そこで何をしている」
ぴた、と拳が止まった。
「何だテメエ、邪魔すんじゃねえよ!」
怒声が飛ぶその先を見て、シェルリアは息を飲んだ。二対の黒い翼、その根元にはすらりと美しい肢体。完璧な曲線を描く輪郭の内に、憂いを宿した瞳が静かに輝いている。
(すごいイケメンです――って)
我に返る。見惚れている場合じゃない!
「助けて下さい!」
必死で叫んだ。賢い行動じゃなかったかもしれない。他者に助けを求めるなんて、自分が弱い存在だと証明しているのと同じ。そもそも己の力で立てない者なんて、他の悪魔にとっても助ける価値はない。
ダメかもしれない。諦念が己を支配しかけた、その時。
「波よ、波よ。世界の揺らぎよ――震えろ」
「――え」
アイツが吹っ飛んだ。何が起きたか分からなくて、シェルリアは彼の方を見た。彼は綺麗な顔を歪ませて、上がった優雅に腕を下ろす。
「僕の前で下らない真似をするな。不愉快だ」
言葉どおりに不機嫌そうに吐き捨てると、彼はそのまま靴先を横へ向けて、歩き去ろうと一歩を踏み出す。
「ま、待って下さい!」
「……」
「無視しないで、あの、助けてもらったお礼を……!!」
「興味無い」
にべもない返事に心が折れかける。けれどここで諦められはしない。
「ダメです、待って! 私を一緒に連れて行ってください!」
彼の目の前に飛び出して、両手を広げて行く手を遮る。怜悧な瞳が呆れたような色を帯びると、シェルリアはその輝きに圧倒され……けれどすぐに我を取り戻す。
「あの、なんでもします!」
「何故」
「なぜって」
「……いや、何でもない」
そう言って、彼はまたシェルリアを避けて進んでいこうとする。どうしたら止められる? どうしたら。必死に思考を巡らせて、シェルリアは破れかぶれに己の能力を叫ぶ。
「お、美味しいお菓子を出せます!」
――彼の足が、止まった。
「え?」
彼は口元を覆い、何事か考えて。そしてその印象的な瞳をついとシェルリアへ向けた。
「……フルーツタルトも出せるかい?」
「はい!」
力いっぱい拳を握って肯定すると、少し考えた後、彼は三度歩き出す。お気に召さなかったのだろうか? 慌てるシェルリアから二歩、三歩離れたところで、彼は背中を向けたまま問いかけてくる。
「行かないのか?」
「え……」
それは、つまり――ついてきていいということ。
「い、行きます! どこか座れるところで、フルーツタルト出しますね!」
浮かれた心が、足取りを弾ませる。踊るように彼のすぐ後ろについて、黒鳥と被膜の翼をじっと眺めて……ふとシェルリアは、その二対の翼の持ち主に問いかける。
「あの、何て呼べばいいですか?」
彼は歩みを止めないまま、首だけをこちらへ向ける。
そしてその印象的な瞳にシェルリアを映しながら、小さく呟いた。
「――アキト」
●救われたかったモノ
――酔狂なことをしたものだ、と思う。
こんな悪魔をひとり助けたところで、いいことなんてあるはずもない。現に周りをうろちょろし始めて、面倒くさいことこの上ない。
だが。
(助けてください、か)
薄く燻る、最悪の記憶。
抵抗は封じられ、翼は熱く灼けつく。従えば痛みと屈辱、抗えば無慈悲な激痛。拷問の様な時間はアキトの身体も尊厳も酷く傷つけた。失意と絶望と、言い表しようのない暗く昏い心がアキトの世界を真っ黒に染めあげ、縋るものを失った腕はそれでも何かを求めて空を掻いた。
『たすけて』
――その手を、誰かが取ってくれていたなら。
益体もない考えを、アキトは静かに振り払う。影を落とす心に蓋をして、アキトは彼女から視線を外した。
小さい頃から、シェルリアの周りは敵だらけだった。
端的にその理由を述べるとすれば、シェルリアが強くなかったからだ。悪魔の社会は弱肉強食、さして戦いの得意でないシェルリアが保護されるはずもない。
シェルリア自身はいじめられているなどと可愛げのある表現で現実を受け入れている。だがそれはシェルリアの明るい気質がそうさせるだけで、実態はそんな生易しいものではない。日々、彼女は敵わない相手に力を誇示され続けてきた。
その日シェルリアは、他の悪魔の暴虐からたまたま逃げそびれた。
いつもどおり殴られるのを覚悟して身を固くする。しかし相手はシェルリアの細い手首を掴み、どこかへ引っ張っていこうとした。
行く手にあるのは建物の陰。流石にその意味がわからないシェルリアではなかった。
――冗談じゃないです。確かに私は可愛いですけど! あなたの顔が好みじゃないです!
「嫌ですってば! 離して下さいよー!」
「うるせえな、殺されてえか!」
死か、慰み者か。不条理な二択を強いられて、シェルリアの喉がひっと鳴る。それでも、幾ら自分が力弱い存在であったとしても、コイツとそんなことをするのは嫌だ。必死で足を突っ張って引きずり込まれまいとしていると、硬い拳が降ってきて――。
「そこで何をしている」
ぴた、と拳が止まった。
「何だテメエ、邪魔すんじゃねえよ!」
怒声が飛ぶその先を見て、シェルリアは息を飲んだ。二対の黒い翼、その根元にはすらりと美しい肢体。完璧な曲線を描く輪郭の内に、憂いを宿した瞳が静かに輝いている。
(すごいイケメンです――って)
我に返る。見惚れている場合じゃない!
「助けて下さい!」
必死で叫んだ。賢い行動じゃなかったかもしれない。他者に助けを求めるなんて、自分が弱い存在だと証明しているのと同じ。そもそも己の力で立てない者なんて、他の悪魔にとっても助ける価値はない。
ダメかもしれない。諦念が己を支配しかけた、その時。
「波よ、波よ。世界の揺らぎよ――震えろ」
「――え」
アイツが吹っ飛んだ。何が起きたか分からなくて、シェルリアは彼の方を見た。彼は綺麗な顔を歪ませて、上がった優雅に腕を下ろす。
「僕の前で下らない真似をするな。不愉快だ」
言葉どおりに不機嫌そうに吐き捨てると、彼はそのまま靴先を横へ向けて、歩き去ろうと一歩を踏み出す。
「ま、待って下さい!」
「……」
「無視しないで、あの、助けてもらったお礼を……!!」
「興味無い」
にべもない返事に心が折れかける。けれどここで諦められはしない。
「ダメです、待って! 私を一緒に連れて行ってください!」
彼の目の前に飛び出して、両手を広げて行く手を遮る。怜悧な瞳が呆れたような色を帯びると、シェルリアはその輝きに圧倒され……けれどすぐに我を取り戻す。
「あの、なんでもします!」
「何故」
「なぜって」
「……いや、何でもない」
そう言って、彼はまたシェルリアを避けて進んでいこうとする。どうしたら止められる? どうしたら。必死に思考を巡らせて、シェルリアは破れかぶれに己の能力を叫ぶ。
「お、美味しいお菓子を出せます!」
――彼の足が、止まった。
「え?」
彼は口元を覆い、何事か考えて。そしてその印象的な瞳をついとシェルリアへ向けた。
「……フルーツタルトも出せるかい?」
「はい!」
力いっぱい拳を握って肯定すると、少し考えた後、彼は三度歩き出す。お気に召さなかったのだろうか? 慌てるシェルリアから二歩、三歩離れたところで、彼は背中を向けたまま問いかけてくる。
「行かないのか?」
「え……」
それは、つまり――ついてきていいということ。
「い、行きます! どこか座れるところで、フルーツタルト出しますね!」
浮かれた心が、足取りを弾ませる。踊るように彼のすぐ後ろについて、黒鳥と被膜の翼をじっと眺めて……ふとシェルリアは、その二対の翼の持ち主に問いかける。
「あの、何て呼べばいいですか?」
彼は歩みを止めないまま、首だけをこちらへ向ける。
そしてその印象的な瞳にシェルリアを映しながら、小さく呟いた。
「――アキト」
●救われたかったモノ
――酔狂なことをしたものだ、と思う。
こんな悪魔をひとり助けたところで、いいことなんてあるはずもない。現に周りをうろちょろし始めて、面倒くさいことこの上ない。
だが。
(助けてください、か)
薄く燻る、最悪の記憶。
抵抗は封じられ、翼は熱く灼けつく。従えば痛みと屈辱、抗えば無慈悲な激痛。拷問の様な時間はアキトの身体も尊厳も酷く傷つけた。失意と絶望と、言い表しようのない暗く昏い心がアキトの世界を真っ黒に染めあげ、縋るものを失った腕はそれでも何かを求めて空を掻いた。
『たすけて』
――その手を、誰かが取ってくれていたなら。
益体もない考えを、アキトは静かに振り払う。影を落とす心に蓋をして、アキトは彼女から視線を外した。