フィナンシェの娘と力を求める理由

キャラクターノベル制作 望月誠司納品 2022年04月21日 15時18分24秒


 フィナンシェの家は周囲から異端と呼ばれ疎まれていた。


「良ーい剣だろユークリア!」

 燃えるような赤髪の、この頃スクスクと背が伸びて来た少年が木剣を見せびらかすように掲げている。
 なんでもフィルエス大森林の霊樹から削り出された、それはそれは霊験あらかたな貴重な一振りであるらしい。

「そうだね。良かったね」

 明るい蜂蜜色の、艶やかな長髪を持つ少女は、青玉(サファイア)のような青い瞳をついっと横へと向けて、少年とは視線を合わせずに答えた。
 フィナンシェ家の娘、ユークリア・フィナンシェである。少年とは同年代の、少女としての特徴が少しではじめた、小柄な少女だ。

 取り合おうとしない金髪少女の様子を見て、赤髪の少年は一瞬顔を顰めたが、すぐに口元と目元を弛緩させるとユークリアの前方に回りこんで来た。

「興味ないふりしてるけど、本当は羨ましいんだろ?」
「はぁ?」

 金髪青瞳の少女は眉間に皺を刻んで少年の赤瞳を睨んだ。
 一般的に、少女というのは木剣に興味などもたないものである。
 しかし――ユークリアの場合は少し事情が違った。

”力こそが物を言う帝国において強さこそが絶対的に必要だ”

 幼くして既にその結論に辿り着いていた。
 力がなければ、攻撃される。
 弱者が周囲から狙われ、つけ込まれて、散々に虐げられるという事は、これまでの短い人生の中でも良くわかっていた。
 今、この赤毛の少年に絡まれているように。
 このいじめっこの少年は昔からそうだった。
 何かにつけてユークリアに絡み、攻撃してくる。

 少年が躊躇いなく攻撃してくるのは、フィナンシェ家が異端であり、社交界から奇異の目で見られており、周囲から浮いていたからだ。
 孤立している家の者は立場が弱い。
 周りが助けてくれない。
 どころからグループの連帯を保つ為に、嫌味だったり陰口だったりで積極的に攻撃されたりする。人は何かを攻撃する時にこそ団結するからだ。

 加えて、ユークリア個人にも力がなかった。
 未だ幼い少女だった。

 致命的が反撃がかえってくるとわかっていれば、人は不用意に攻撃しない。
 だが、少年はユークリアにちょっかいをかける事にまったく躊躇いがなかった。

 舐められているのだ。要するに。

 だから、ユークリアはそんな周囲からの扱いを変えようと、講師を招いて武術を習った。力をつける為に。
 無論、貴族として粗暴にならないように、礼儀作法の勉強もかかさず行っている。
 帝国貴族の一員として対等にあれるようにと日々努力を重ねていた。

 故にユークリアは武に強い興味のある女の子であり――したがって、実をいうと木剣にも興味がない訳ではないのだ。
 どちらかというと興味津々である。
 しかし、

「別に。興味なんてないし」

 金髪少女は青い宝石のような瞳を再び横に逸らした。
 正直にそんな事を言えば、それを手にしている少年から、またどんなからかいをされるかわかったものではないからである。

「――嘘つくなよ」

 逸らした視線の先に少年が回り込んでくる。
 ユークリアはイラッとした。うざったいことこの上ない。
 少女はつんとした険を含んだ口調で淡々と答える。

「無いったら無いの」
「ふぅん……そうか、――になんか師事してる奴にはこの剣の価値はわからないか」

 ユークリアに武術を教えてくれている講師の名を少年はだしてきた。
 師は周囲から疎まれているフィナンシェ家の娘にも武術を教えてくれる人格者だったが、

「ガラくん、君、今、なんて言ったの?」
「ん? おぉ? 聞こえなかったか! 俺は優しいからな、変人のフィナンシェの娘にだって何度でも言ってやるぜ!」

 赤髪の少年が口の両端を吊り上げ、赤瞳をぬらりと輝かせた。

「あんな腰抜けに指南されてるから、お前は低能の雑魚なんだなって言ってやったんだよ!」

 こいつ……!

 ユークリアはガラを睨みつけた。

「先生を腰抜けと言った?」
「おっ! やるか? いいぜ! かかってこいよ! あんな奴より俺のが強いと教えてやる! 腰抜けを腰抜けと言って何が悪い! 腰抜けの弟子が相手なら、この剣を使うまでもない。素手で十分だ!」
「放った矢は戻らないぞ!」

 カッと頬を紅潮させた金髪少女は怒声と共にガラへと踏み込んだ。
 予備動作を少なく、素早くコンパクトに、師に教えられた通りに体幹を使い、全身の関節を連動させ、握った拳を赤髪の少年の鼻面へと目がけて繰り出す。

 会心の一撃だった。

 しかし、

「――やっぱ、そんなもんか?」

 乾いた音と共に、ユークリアの拳はガラの掌に難なく受け止められてしまっていた。
 視界がブレた。
 重い衝撃が身を貫き、激痛が荒れ狂う。

「がはっ?!」

 少年の足先が少女の腹部に深々と突き刺さっていた。

「オラオラどうした腰抜けの弟子! 威勢が良いのは口先だけか?!」

 嘲笑を顔に浮かべ赤髪少年が見下ろして来る。
 金髪少女はたたらを踏んで後退し、激しく咳き込みつつも両手を前に出し構え直した。
 少年を睨む青い瞳は闘志に溢れていた。

「こんな程度でっ!!」
「おっ、いいねぇ! だがどれだけもつかなァッ?!」

 長い金髪を振り乱してユークリアが飛び掛かり、ガラが赤い瞳を輝かせ笑った。

●
 こんな、はず、じゃあ……

 鍛錬してきた。
 ずっと努力を重ねてきた。

 だが、ユークリアはガラに良いように痛めつけられていた。
 発育の良い少年であるガラと、小柄な少女であるユークリアとの間には、身体能力の差という壁が、想像よりも遥かに厚く立ちはだかっていた。

「オラッ!!」

 強(したた)かに蹴り飛ばされ体重の軽い金髪少女の身が吹き飛び地に転がる。

「ハッ! 女が男に勝てるかよ! ちったぁ身の程って奴を思い知ったか?!」

 ガラが嗜虐的に牙を剥きながらさらにユークリアを痛めつけようと近づいて来る。

 悔しい……!

 悔しい……!

 悔しい……!

 師の名誉も。
 自分の名誉も。
 身の安全も。

 何も、守れない。

 こんな獣のような少年に、不当に良いようにされてしまう。

 ユークリアは限界だったが、それでも歯を喰いしばって、気力だけで立ち上がった。

「アァ? まだやる気か? 良いぜ、この一撃で完全にわからせてやるッ!!」

 ガラが拳を振り上げ迫って来る。

――一撃。

 せめてこのクソ野郎の鼻っ面にせめて一撃!

(神よっ!!)

 ユークリアは無我夢中で歯を喰いしばりながら、満身創痍の身に鞭を打って踏み込み、相打ち覚悟で、己のすべてを籠めて右の拳を繰り出した。

 鈍い音が響いた。

 風を巻いて光の如く繰り出された少女の拳が、少年の顔面に真っ直ぐにつき刺さり、鼻骨を打ち砕き、首を勢いよく後方に仰け反らせ、その身を車輪の如く縦に回転させながら、吹っ飛ばした。

 少年が鼻血を盛大に宙に撒き散らしながら大地に叩きつけられ勢いよく転がり、やがて近くの樹木に激突して止まった。
 ガラは完全に白目を剥いていて、身を痙攣させていた。

「……へっ?」

 それが、ユークリアが授恵者として目覚めた瞬間だった。



――諸々の経験から、少女が改めて実感し悟った事は、努力し力をつけなければ世界に否定され消えてしまう、という事だった。

 もしも、あのとき力を授かる事がなかったら、きっと自分はガラにずっと付きまとわれて、潰されていただろうとユークリアは肌で感じた。

 だから、やがて彼女はさらなる力を求め、両親の反対を押し切って、帝国兵士見習いに志願するのだった。



登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0