貴方をもっと知りたくて
キャラクターノベル制作 広大野人納品 2022年04月24日 12時57分49秒
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王都にある冒険者ギルドの一室。その中でも一際、厳重な造りの部屋にミア=リゼルは居た。
大理石のローテーブルに並べられた幾つもの資料は文字がびっしりと書き込まれている。
「こ、これが……エナハルトさんの……全て……」
今なら、怪しい夫の浮気調査の結果を手に取る人妻の気持ちが分かる気がした。
人に調査を依頼して、その成果が目の前に並ばれる――若干の後ろめたさと同時に、まるで推理小説のネタバレを手にしているような止めようのない興味心。
「ミアさん、今回の事は全て口外は禁止です。調査は勿論、依頼した事すらも」
机の反対側で受付男子イシアが淡々と告げる。
意中の人の調査は珍しい事ではない。けれど、相手が王国騎士というのは、普通、引き受けない。
今回、イシアが少女からの依頼を受けたのは別の意図があっての事だ。
(表向き冒険者であっても、どこかの諜報員やメドゥの一員という可能性もありますからね……エナハルトさんの御父上からも調査の続行を依頼されていますし)
イシアの考えなど知る由もないミアがそっと書類の一枚に手を取った。
「エナハルト・ティルム。1198年9月27日ティルム家に生まれる。幼少期より授恵者として才覚が見られ、1218年王国騎士叙勲。1220年7月1日騎士隊長ロゥレアと婚約……」
国境の町キリリウヌにてエナハルトが所属する隊が全滅したのは1220年8月頃だ。
そして、ミアが彼と出会ったのは、その翌年……。
「気になる事がありますか? ミアさん」
「い、いえ……。私、エナハルトさんの事、全然知らなかったんだなって」
他の書類も読んで少女はそんな感想を口にする。
彼が一人っ子だという事。ティルム家が歴史ある家柄であり、小さい頃から英才教育を受けてきた事。
「知らない方が『普通』ですよ」
「そう、なのですか?」
「世間一般的には直接、本人から聞くのです。それも、同じ時間を共に歩みながら……」
穏やかな口調だが、それはまるで諭すような言い方でもあった。
イシアの言葉は尚も続く。
「……ただ、相手の事を知ろうと思う気持ちも誰しもが持っているもの。その想いがミアさんは『普通』よりちょっと強いだけの話です」
「知らないよりかは知っておきたいのです。エナハルトさんがどこで生まれて、どんな生き方を歩んできて、どんな人達と繋がってきたのか……」
交友関係が記されていた書類を机に戻しながらミアはそう応えた。
友人知人は多かったがロゥレア以外の恋人の記載がなかった事に少し安堵する。そこは意外な事だったが……考えてもみれば、貴族の一人息子だ。安易な振る舞いは立場的にも許されなかったのだろう。あるいは……恋人といえる程、親密になった人がいなかったのかもしれない。
「逆にミアさんは、同じことをエナハルトさんに訊かれたらどうしますか?」
「それは……私の事、知って欲しいですが……ただ、私には記憶が無くて……」
少女の言葉に嘘はないようだとイシアは分析しながら聞いていた。
人を好きになればなる程、相手の事をもっと知りたくなる。その過程の中で、時には傷つく事もあれば、相容れないと思う事もあるだろう。
(……まぁ、当事者同士で上手くやって下さいとしか言えませんけど)
心の中で呟き、イシアはスッとソファーから立ち上がると自信なさそうに胸元に手をあてて大きなため息をついているミアに向かって言った。
「休日の彼をこっそりと見に行きますか」
不安にさせても意味がないのでそんな提案を出す。
「い、行きます!」
つい、反射的に応えてしまう少女であった。
少年に扮したミアと完璧な女装をしたイシアは二人はとある貴族の姉弟という設定で街中へと繰り出す。
目指したのは王国騎士団本部。休日でもエナハルトは鍛錬の為に訓練場に訪れるという。そこは行事でも使われる広場であり、観覧席も設けられていた。
「エナハルトさんが居る……」
広い芝生の中、すぐに分かった。
幾人かの王国騎士に混じって模擬剣を振るっている彼の姿が。
黒髪を揺らし、汗が陽の光に反射していた。鍛錬に集中している為か、ミアには気がついていないようだ。
「他の騎士の話によると、最近はいつも以上に打ち込んでいるらしいです……なにか心境の変化があったようで」
「……それって、私の事……ですか?」
「ですよ」
カッと耳の先端まで熱くなってミアは両頬を抑える。
嬉しいのと恥ずかしいのと両方が猛烈な勢いで渦巻いている気がした。
視線をエナハルトに向き直す。一歩踏み込むごとに大地が、いや……世界が震えているようだ。彼の真剣な瞳の輝きが驚く程に眩しい。
言われてみて……という訳ではないが、よりカッコ良く見えるのは、これが恋の力なのかもしれない。
「……というか、イシアさん……人が多くないですか?」
ミアは気がついてしまった。
訓練に励む王国騎士達をみつめる大勢の女性。それも一般市民ではない。貴族の婦人や令嬢ばかりだ。
「エナハルトさん目当てじゃないでしょうか」
あれほどのイケメンだ。モテない方がどうかしている。
飲み物やタオルなど差し入れを捻じ込もうと準備している女性も多い。
「あの妙な、女性慣れはここにあったのですね」
「自分の売り方を分かる事も、貴族には必要な技術ですから」
イケメン。それも傷心で独り身の若い王国騎士。
しかも実家は歴史ある由緒正しい家柄だ。放っておく方があり得ないというもの。
「……」
ミアが無言でエナハルトをジッと見つめる。
その様子にイシアは静かに訊ねた。
「『私なんかで良いのか』……とでも思っているのですか?」
「だって……あそこに並んでいる人達と比べたら、私……」
貴族の令嬢というだけでも、どこの生まれか分からない自分とは違う。
育ちも立場も何もかも……。
「それでも、彼はミアさんを選ぶと思いますよ。生まれや育ちや立場じゃない……『今から、僕が』と、きっと……そう言って」
少女からの依頼はこれで終わりといった様相でイシアが出口に向かって歩き出した。
ミアはお礼の言葉と共に軽く頭を下げて女装受付男子を見送ると、再び視線をエナハルトに向ける。
そして、僅かな思案の後、変装を外す。
ここで隠れている必要はもうないと分かったからだ。
イシアが調べてくれた事は情報として意味があるだろう。けれど、それで全てが分かる訳ではない。
同じ時間を共に歩みながら、お互いに知っていけばいい――そう、女装受付男子は背中を押してくれたのだから。
鍛錬が一段落して、ちょっとした人だかりが出来た場所へミアは駆け足で向かう。
少し伸びた髪を揺らしながら勇気を振り絞る。前より少しだけ彼の事を知れた今なら、これまで言えなかった彼の愛称で呼べそうだから。
「エナ!」
その声に彼は気がつくと人だかりの中を割って少女を出迎える。
貴婦人達のどよめきの中、エナハルトは驚いた身振りと共に訊ねてきた。
「どうしてここに?」
「来ちゃっいました」
「事前に言ってくれれば……でも、来てくれて、ありがとう。僕の可愛い春の妖精さん」
穏やかな微笑みと共にエナハルトはそう言うと、ミアに手を差し出す。
その手をミアはしっかりと握り締めた。
独占欲にも似た貴婦人達へのみせつけが少し混じっているかもしれないけれど、それ以上に、もっと彼の事を知りたいから、そして、彼にもっと自分の事を知って欲しいと、そう思えたからだった。
王都にある冒険者ギルドの一室。その中でも一際、厳重な造りの部屋にミア=リゼルは居た。
大理石のローテーブルに並べられた幾つもの資料は文字がびっしりと書き込まれている。
「こ、これが……エナハルトさんの……全て……」
今なら、怪しい夫の浮気調査の結果を手に取る人妻の気持ちが分かる気がした。
人に調査を依頼して、その成果が目の前に並ばれる――若干の後ろめたさと同時に、まるで推理小説のネタバレを手にしているような止めようのない興味心。
「ミアさん、今回の事は全て口外は禁止です。調査は勿論、依頼した事すらも」
机の反対側で受付男子イシアが淡々と告げる。
意中の人の調査は珍しい事ではない。けれど、相手が王国騎士というのは、普通、引き受けない。
今回、イシアが少女からの依頼を受けたのは別の意図があっての事だ。
(表向き冒険者であっても、どこかの諜報員やメドゥの一員という可能性もありますからね……エナハルトさんの御父上からも調査の続行を依頼されていますし)
イシアの考えなど知る由もないミアがそっと書類の一枚に手を取った。
「エナハルト・ティルム。1198年9月27日ティルム家に生まれる。幼少期より授恵者として才覚が見られ、1218年王国騎士叙勲。1220年7月1日騎士隊長ロゥレアと婚約……」
国境の町キリリウヌにてエナハルトが所属する隊が全滅したのは1220年8月頃だ。
そして、ミアが彼と出会ったのは、その翌年……。
「気になる事がありますか? ミアさん」
「い、いえ……。私、エナハルトさんの事、全然知らなかったんだなって」
他の書類も読んで少女はそんな感想を口にする。
彼が一人っ子だという事。ティルム家が歴史ある家柄であり、小さい頃から英才教育を受けてきた事。
「知らない方が『普通』ですよ」
「そう、なのですか?」
「世間一般的には直接、本人から聞くのです。それも、同じ時間を共に歩みながら……」
穏やかな口調だが、それはまるで諭すような言い方でもあった。
イシアの言葉は尚も続く。
「……ただ、相手の事を知ろうと思う気持ちも誰しもが持っているもの。その想いがミアさんは『普通』よりちょっと強いだけの話です」
「知らないよりかは知っておきたいのです。エナハルトさんがどこで生まれて、どんな生き方を歩んできて、どんな人達と繋がってきたのか……」
交友関係が記されていた書類を机に戻しながらミアはそう応えた。
友人知人は多かったがロゥレア以外の恋人の記載がなかった事に少し安堵する。そこは意外な事だったが……考えてもみれば、貴族の一人息子だ。安易な振る舞いは立場的にも許されなかったのだろう。あるいは……恋人といえる程、親密になった人がいなかったのかもしれない。
「逆にミアさんは、同じことをエナハルトさんに訊かれたらどうしますか?」
「それは……私の事、知って欲しいですが……ただ、私には記憶が無くて……」
少女の言葉に嘘はないようだとイシアは分析しながら聞いていた。
人を好きになればなる程、相手の事をもっと知りたくなる。その過程の中で、時には傷つく事もあれば、相容れないと思う事もあるだろう。
(……まぁ、当事者同士で上手くやって下さいとしか言えませんけど)
心の中で呟き、イシアはスッとソファーから立ち上がると自信なさそうに胸元に手をあてて大きなため息をついているミアに向かって言った。
「休日の彼をこっそりと見に行きますか」
不安にさせても意味がないのでそんな提案を出す。
「い、行きます!」
つい、反射的に応えてしまう少女であった。
少年に扮したミアと完璧な女装をしたイシアは二人はとある貴族の姉弟という設定で街中へと繰り出す。
目指したのは王国騎士団本部。休日でもエナハルトは鍛錬の為に訓練場に訪れるという。そこは行事でも使われる広場であり、観覧席も設けられていた。
「エナハルトさんが居る……」
広い芝生の中、すぐに分かった。
幾人かの王国騎士に混じって模擬剣を振るっている彼の姿が。
黒髪を揺らし、汗が陽の光に反射していた。鍛錬に集中している為か、ミアには気がついていないようだ。
「他の騎士の話によると、最近はいつも以上に打ち込んでいるらしいです……なにか心境の変化があったようで」
「……それって、私の事……ですか?」
「ですよ」
カッと耳の先端まで熱くなってミアは両頬を抑える。
嬉しいのと恥ずかしいのと両方が猛烈な勢いで渦巻いている気がした。
視線をエナハルトに向き直す。一歩踏み込むごとに大地が、いや……世界が震えているようだ。彼の真剣な瞳の輝きが驚く程に眩しい。
言われてみて……という訳ではないが、よりカッコ良く見えるのは、これが恋の力なのかもしれない。
「……というか、イシアさん……人が多くないですか?」
ミアは気がついてしまった。
訓練に励む王国騎士達をみつめる大勢の女性。それも一般市民ではない。貴族の婦人や令嬢ばかりだ。
「エナハルトさん目当てじゃないでしょうか」
あれほどのイケメンだ。モテない方がどうかしている。
飲み物やタオルなど差し入れを捻じ込もうと準備している女性も多い。
「あの妙な、女性慣れはここにあったのですね」
「自分の売り方を分かる事も、貴族には必要な技術ですから」
イケメン。それも傷心で独り身の若い王国騎士。
しかも実家は歴史ある由緒正しい家柄だ。放っておく方があり得ないというもの。
「……」
ミアが無言でエナハルトをジッと見つめる。
その様子にイシアは静かに訊ねた。
「『私なんかで良いのか』……とでも思っているのですか?」
「だって……あそこに並んでいる人達と比べたら、私……」
貴族の令嬢というだけでも、どこの生まれか分からない自分とは違う。
育ちも立場も何もかも……。
「それでも、彼はミアさんを選ぶと思いますよ。生まれや育ちや立場じゃない……『今から、僕が』と、きっと……そう言って」
少女からの依頼はこれで終わりといった様相でイシアが出口に向かって歩き出した。
ミアはお礼の言葉と共に軽く頭を下げて女装受付男子を見送ると、再び視線をエナハルトに向ける。
そして、僅かな思案の後、変装を外す。
ここで隠れている必要はもうないと分かったからだ。
イシアが調べてくれた事は情報として意味があるだろう。けれど、それで全てが分かる訳ではない。
同じ時間を共に歩みながら、お互いに知っていけばいい――そう、女装受付男子は背中を押してくれたのだから。
鍛錬が一段落して、ちょっとした人だかりが出来た場所へミアは駆け足で向かう。
少し伸びた髪を揺らしながら勇気を振り絞る。前より少しだけ彼の事を知れた今なら、これまで言えなかった彼の愛称で呼べそうだから。
「エナ!」
その声に彼は気がつくと人だかりの中を割って少女を出迎える。
貴婦人達のどよめきの中、エナハルトは驚いた身振りと共に訊ねてきた。
「どうしてここに?」
「来ちゃっいました」
「事前に言ってくれれば……でも、来てくれて、ありがとう。僕の可愛い春の妖精さん」
穏やかな微笑みと共にエナハルトはそう言うと、ミアに手を差し出す。
その手をミアはしっかりと握り締めた。
独占欲にも似た貴婦人達へのみせつけが少し混じっているかもしれないけれど、それ以上に、もっと彼の事を知りたいから、そして、彼にもっと自分の事を知って欲しいと、そう思えたからだった。