アストロメリアの花言葉

キャラクターノベル制作 真柄 葉納品 2022年04月09日 08時48分30秒


「やぁ、ジュスト君、今日はとても天気がいいね!」

 ノックもなしにいきなり部屋へ突撃してきたかと思ったら、第一声がそれだ。
 相変わらずの不躾具合に辟易としながらも、ジュスト・ヴェルジーは訪問者を見上げる。

 ドアの前に立ち、日焼けした顔に軽薄な笑みを浮かべているこの男。名をハロルド・アシュバートンという。
 王国南東部に領地を持つアシュバートン伯爵家の跡取り息子にして、入学以来の同級生(腐れ縁)だ。
 長身で筋肉質。褐色の健康的な肌に金髪碧眼の整った容姿。実際に学園の女生徒諸君には大層おモテになる。興味はないが。

「何の用だ。見ての通り俺は忙しいんだが?」

 突然押しかけて来た友人に、ジュストは机に広げた書類を指さす。
 学園の課題――ではない。これは実家(ヴェルジー領)から届いたもの。兄が病床に伏し、次期当主の目算が高まった俺に祖父から押し付けられた政務の一端だ。

「んー? なんだ、面倒臭い事やってるな」
「ああ、本当に面倒臭い。だから、邪魔するな」
「手伝ってやろうか?」
「結構だ。それよりも、用がないならさっさと出て行ってくれ、何度も言うが俺は忙しい」
「まあまあそう言うなって。聞いたぞ、あの傲慢な薔薇の君と正式な婚約が決まったんだってな」
「……お前、どれだけ耳が早いんだよ」
「ふふん、アシュバートンの情報網を舐めるな。で、実際の所どうなんだ? どこまで進んだ? キスくらいはもう済ませたか?」
「……は?」

 折角書類に取り掛かろうと机に視線を移していたのに、またあの軽薄な笑みを見上げる事になった。

「お前な……ただ単に婚約が決まったというだけだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「は? おいおい、両家公認で愛しの姫君とイチャれるのに何もしてないのか? あのエロい体を好きにできる大義名分を得たのに?」
「お前、そういう目で……」
「いや、普通見るだろ。他の男子生徒からもそういう目で……って、わかったわかった。そんなに睨むなよ」

 独占欲強いなとハロルドが苦笑している。

 独占欲? 強くて何が悪い。もう俺達は婚約したんだ。それも正式に。
 あいつだって嫌がっていない。いや、むしろ好ましく思ってくれている。
 そう確信がある。間違ってはいない。……なのに、なんだ。この――――。

 ジュストはハロルドから目を逸らす。

「ふーむ、なるほどな。いいぜ、オレが聞いてやる。話してみろよ」

 ハロルドに先ほどまでのチャラけた調子はない。
 彼には気づいているんだろう。全てが順風満帆に進んでいるはずの二人の間に、何か大きな問題が横たわっている事を。
 だからこそ、友として聞かせてくれと言っている。
 これに応えないのは友として失礼だ。だから、素直に口にする。

「……名前を、呼んで貰えないんだ」
「は……マジで? まだあの他人行儀な呼び方されてんのか? いや、無いわー。マジ、ないわー」

 おい、さっきまでの親友モードはどこ行った。
 完全にチャラモードに戻ったハロルドは、可愛そうな目でジュストを見る。

「ってか、正式に婚約したんだろ? そんな調子で大丈夫なのかよ……あの爺さんが黙ってないだろう」
「うぐっ……」

 そう、それも大きな問題の一つだ。
 俺達の婚約は両家も同意している。同意しているが、過去のあった一件の事もあり、進んで俺達二人に干渉してきたりはしない。それはそれでありがたいが、一人、それを良しとしない人物がいる。それが、祖父だった。
 厳格で知られるヴェルジー家のご隠居様。ジュストにとっては幼少期からずっと恐怖の対象だ。
 その祖父が、事あるごとに口を挟んでくる。もし、名前も呼んで貰えないなんて知られたら……。

「しかし、名前か。名前なぁ……」
「ハリーは、その……恋人にはどう呼ばれているんだ? 参考までに教えてくれ」
「オレ? オレはそうだな、『浮気者』とか『甲斐性なし』とかかな。まったく酷いよな」
「……お前に聞いた俺が馬鹿だった」

 まるで悪びれる様子もなく肩をすくめる友人に、ジュストは溜息をつく。
 そうだ、こいつはこういう人間だ。女好きで着道楽。それも貴族の嗜みだと豪語して、悠々自適な学園生活(キャンパスライフ)を満喫している。

「人には生まれ持った役目がある。そして、誰もが己に与えられた役目を全うして生きている。そこの偶然も必然もないはずだ」
「……誰の受け売りだ?」
「語学の教授」

 ケラケラと楽しそうに――本当に楽しそうに笑う友人に、ジュストは深いため息をついた。

「まぁでも正直に羨ましいぞ。性格はきついが容姿端麗、英明果敢。いいケツしてるし、ありゃいい子を産んでくれる。そんな美味そうな婚約者を手に入れたんだ、気苦労の十や二十――」
「だからお前はそういう目で人の婚約者を……!」
「おっ、そうだ!」

 憤怒の拳を振り上げそうになったジュストに、ハロルドは何をひらめいたのかグッと顔を近づける。

「こうしよう。意地とか照れとか爺さんの恐怖も吹っ飛ぶくらい元気が出る最高にエロい下着を贈るんだ。あの巨峰に相応しいとびっきりの奴をな」
「……いい加減その口に砂利を詰めてから殴っても良いか?」
「こわっ! 野蛮(バルバロイ)か!?」
「誰がそうさせているんだ、誰が!」

 大袈裟に飛び退いたハロルドに、ジュストは椅子から立ち上がり、詰め寄ろう――――として今日何発目かの溜息をつく。
 ここで友人にキレ散らかしたところで何が解決する訳でもない。

 せめて対外的な婚約発表までには名を呼んで欲しい。
 義務ではなく本心で。
 過ぎし日のあの頃のように、ただ真っ直ぐに俺の名前を呼んで欲しい。
 それはエゴだろうか。自分だけ相手を愛称で呼び、返される呼称は敬称。
 あまりにも不釣り合いな呼び合いを、これからも続けていかなければならないのか。

「悩め、若人よ」

 ……今度は何モードだ?
 いきなり語りだしたハロルドを訝しく見つめる。

「お前のすべきことなんて一つしかないだろう」
「一つ……?」
「そうだ、彼女を敬う事。ただそれだけ。どうせ、『言葉遊び』だとかいって会うたびに張り合っているんだろう? まあ、それはそれで悪くない。薔薇に振り回されるのは、お前の生き甲斐だしな」
「おいっ」

 抗議の声を上げたジュストに、ハロルドは指を立てウインク。

「でもな、それは『子供時代』までにしておけよ」
「……俺がまだ子供だって言いたいのか」
「お前だけじゃない。あの姫君もだ」

 ハロルドは部屋から外の景色へ視線を移した。

「だから一日でも早く肌を重…………学園で魔法ぶっ放すのは勘弁な?」

 隣で膨らむエーテル流に、ハロルドは両手を上げて抗議する。

「もう家を継いでもおかしくない年だ。何時までも甘噛みし合ってないで、大人になれ。名を呼んで欲しい――いや、関係を元に戻したいのなら、お前から余計なもん(意地やら照れ)を捨てるんだよ」
「……余計なものを」

 自問するように呟いたジュストの肩に、ハロルドが手を置いた。

「……そうだな。俺が望んでいる事なのに、ただ待っているだけだった。それじゃ何も進まないのは当然か」

 先ほどまでの曇った表情は一変。ジュストはどこか晴れたかな顔で友人を見上げる。

「ありが――」
「よしっ! それじゃ礼は、お前の妹君でいいぞ」
「……は?」
「来年度入学するんだろ? 紹介しろよ、な?」
「……」
「おいジュスト、聞いてるか?」
「誰が……誰がお前なんかに紹介するかっ!」

 結局キレたジュストの叫びが貴族領に響き渡ったのだった――。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0