変わる世界、変わらぬ場所
キャラクターノベル制作 真柄 葉納品 2022年04月01日 15時28分43秒
「ゲルトさん、事件の重要参考人としてご同行願えますか」
パンクリアース学園の中庭。
暖かな陽気の中、愛狼のノーラの毛皮を借りうとうとと微睡んでいたら、突然声をかけられた。
「は……?」
眠気が一気に吹っ飛ぶ。
ゲルトが声の方を見上げれば、『風紀委員』と書かれた腕章をつけた生徒達が立っていた。
風紀委員? なんだそれ……。
見た事聞いた事もない役職を名乗った生徒達に呆気にとられるゲルト。ノーラは異変を感じたのか両者の間に体を割り込ませる。
「うっ……と、とにかく、聴聞室まで来ていただけますか。お話はそこでお伺いします」
リーダーらしき生徒がノーラの圧に怯みながらも、ゲルトに同行を求めた。
さっぱり状況が掴めない。一体何の事だ? 聴聞室? どこだそこは――。
ゲルトは訝しくリーダーを見つめる。
「それはついて行かないといけない話なのか?」
「……同行していただけないのであれば、貴方の容疑は一層深まる事になります」
ゲルトの問いに、リーダーは表情を曇らせた。自分達には事件調査の権限が与えられていると説明してくる。
容疑? なんだ容疑って。オレが何か悪いことしたっていう事か。
もちろん身に覚えなんてない。
「ここでは詳しく説明してくれないのか?」
「他の人の目もあります。事を大きくしたくないのであれば、素直についてきてください」
有無を言わせぬ返事。反論は無駄だって言いたいのか。
威嚇を続けるノーラの背を軽く撫でてやる。
どうするべきか……とは言っても、ここで意固地になってもきっと事態は好転しない。
相手は同じ学園の生徒だし、いきなり何かされるようなことはないだろう。
「わかったよ。話を聞けばいいんだな」
ゲルトは「こんな奴等の言う事を聞く必要はない」と、抗議の視線を向けてくるノーラの頭をひと撫でする。
「大丈夫だ。きっとなんかの間違いだと思うから、ちゃんと話して誤解を解いてくる。お昼一緒にしてやれなかったらごめんな」
抗議と不安が入り交じる複雑な表情を浮かべるノーラに微笑み、ゲルトは生徒達の後をついて『聴聞室』なる場所へと向かった。
●
「はぁっ!? なんでオレがそんなものの盗まないといけないんだ! オレは何もやってない!」
『聴聞室』で聞かされた話に、ゲルトは思わず声を上げた。
リーダーの語った話の内容はこうだ。
先日、専科棟のとある研究室から『危険物』が盗まれた。
それは大変危険な品であり、一般の生徒には使用はもちろん、閲覧すら禁止されているという。
研究室を管理していた教授が探したが見つからず、学園内の盗難の可能性があると、生徒会へと相談に来たそうだ。
「……否定したいのはわかりますが、証拠があるのです」
「しょ、証拠……?」
「今お見せしますよ」
右手だけ白手袋をしたリーダーが薄く微笑み、机に小さな包みを置いた。
「これです」
「なっ!? こ、これって……!」
包みの中にあったのは、白毛の束だった。
見間違えるはずがない。これは――。
「研究室に落ちていたものです。おや、貴方の服にも同じようのものが付いていますね」
と、リーダーはゲルトの服についていた毛を指さした。
「それが貴方をここへ呼んだ理由です」
ゲルトの焦った表情に生徒達の口元に蔑みの笑みが浮かぶ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! これは何かの間違いだろう!」
「間違い? 校内であのような危険な生物を連れているのは貴方しかいません。それとも他に連れている方がいるのでしょうか? いないでしょう。少なくとも私は知りません。そもそも、なんであんな獣がこの神聖な学園の中で野放しにされているのか、私には理解できません――――っと、話が逸れました。とにかく、これが犯行のあった現場に落ちていたのは間違いのない事実です。そして、この毛は貴方の連れている獣のものだ。もう、疑う余地もないと思いませんか?」
「そ、それは……」
ゲルトは言葉に詰まった。
リーダーは右手の手袋を整えながらほくそ笑んでいる。
その表情からよくわかる。彼等も、ゴブリンが学園にいる事を許せない側の人間なのだ。
「……どこへ行くんですか」
無言で立ち上がったゲルトに、リーダーが声をかける。
「どうせ何を言っても駄目だってことはわかってるからな。オレが本当の犯人を捕まえて来ればいいんだろ」
「本当の犯人……そうですね、そうなれば貴方の嫌疑は晴れる――――まぁ、そんな者がいればですが」
「いるに決まってるだろ! オレもノーラも犯人じゃない!」
リーダーの挑発に思わず声を荒らげてしまった。そんな事をしても自分が不利になるだけなのに。
「ふんっ、いくら喚いてもかまいませんが、貴方は容疑者なのです。この部屋から出す事はできません」
「なっ……!」
そうか、そういう事か。
これはもう嫌がらせ――いや、そんなぬるいものじゃない。相手に反撃の機会を与える気もなく、一方的に断罪する――――オレを嵌める為の『罠』だ。
ゲルトは学園唯一のゴブリンとして『貴族以外』への見せしめにされたのだ。
ようやくその事に気付くも、もうどうする事も出来ない。そもそも、この部屋にノコノコついてきた自分が悪い。
「くっ……」
「貴方の処分は追って沙汰があります。それまでの間、この部屋を自室と思ってゆっくりしてくださいね」
生徒達が立ち上がった。
椅子に腰かけ肩を震わせるゲルトを見下しながら、その脇を抜けドアをくぐる。
「安心してください、『餌』は運んであげますよ。愛しの獣と同じものをね」
――バタンっ……カチッ。
ゲルトだけが残された『聴聞室』が施錠された――。
●
「作戦は滞りなく完了いたしました、アンゼルム様」
「ふんっ、ようやくか。小汚いゴブリン風情が随分と手間取らせてくれたな」
「これで学園の空気も少しは綺麗になりますね」
「喜ぶのは早い。この学園には、まだ平民などという雑種がはびこっている。あれ等も早々に駆逐せねば……」
「はい。全ては王国貴族の為に」
「うむ」
●
夜の帳が降りた。部屋には小さな照明用紋具が一つきり。
「ノーラ……違うよな」
仄かな灯りに照らされる机に残された包みを見た。
包みの中にはノーラの毛束がある。リーダーの生徒が証拠だと言ったものだ。
ノーラがそんな事をするはずはない。絶対にだ。
……そう頭でわかっているのに、心の中にもやもやとしたものが広がっていく。
「くそっ……どうすればいいんだ」
ゲルトはいたたまれなくなって立ち上がり、部屋の中を見渡す。
小さな部屋。机と椅子以外の家具はなく、廊下へ続くドアと中庭を見下ろせる窓がある。
自分は冒険者だ。こんな薄いドア一枚くらい簡単に蹴破れるし、3階だろうと飛び降りられる。
……ダメだ。そんな事をしたら、また『罪』を着せられる。逃げたら容疑を認めたようなものだ。
ゲルトは考える。このまま窃盗犯にされたら、きっと退学だ。
折角進級できたのに、こんな事で学園を去らなければいけないなんて間違ってる。
「……やっぱり嫌疑を晴らすしかない」
そうだ。自分自身で犯人じゃないと証明しなければ事態は好転しない。
この学園に本当の意味での味方はいない。自分を救えるのは自分しかいないのだ。
ゲルトは、何か突破口は無いかと部屋を調べ始める――。
●
お昼を過ぎた――――戻ってこない。
夕方になった――――戻ってこない。
夜が来た――――でも、彼は帰ってきていない。
ノーラはずっと待っていた。言われた通り、中庭のあの場所で。
何かおかしい――そう思った。
約束したのに――彼は嘘は言わないから。
ノーラは立ち上がり、鼻先を空へと向けた。
彼の残り香を追う。
よくわからない草の匂いがする彼。間違えるはずはない――――ノーラは駆け出した。
●
「せめて、本当に研究室に落ちていたのかを調べられれば――――うん?」
部屋を調べていたゲルトがふと机の包みを見た。
白い布に包まれたノーラの毛……いや、なんだ、色が……おかしい?
ノーラの毛は、まるで草原で遊んだ後のように淡く色づいていた。
「触っても大丈夫かな……」
罠の可能性もあるがこのまま何もしないよりはいい。ゲルトは意を決しノーラの毛を摘まみ上げた。
「なっ!」
途端、毛はほろほろと細かく千切れ落ちる。思わず手で受けそうになったが、思いとどまった。
おかしい。ノーラの毛はこんな脆くはない。
「毛が……腐敗? いや違う、組織が崩壊している」
細切れになった毛を見つめ、ゲルトが分析した。
よく見れば毛を包んでいた包みまで変色している。
もし毛と同じ状態なら、包みの布も崩れるはず……。
「やっぱり」
ゲルトがゆっくりと包みの端を持ち上げた途端、変色していた部分が崩れるように穴が開いた。
「これは……そうだ、あれだ」
そして、ゲルトはこれを知っている。これに似た症状を生前、父親に見せてもらった。それは『触れてはいけない草』。父親が口を酸っぱくして言っていたのでよく覚えている。
「まさか盗まれた『危険物』って『ボナージ草』なのか…………はっ! ちょっと待て! 包みを持ってたリーダーの右手……そうだ、手袋をしてた! まさか……ボナージ草を素手で触ったのか!?」
多分、間違いない。だったら、盗んだ者が危ない。
ゲルトが何とかリーダーと連絡をつけられないかと部屋を見渡す。
もちろん都合のいい連絡装置などない。こうなったら窓から叫ぶか……そう思案していた時だった。
『ワゥ!』
外から聞き慣れた声が聞こえた。ゲルトはすぐに窓に駆け寄り下を覗き見る。
「ノーラ!」
そこには中庭から心配そうに見上げているノーラの姿があった――。
●
見上げる――――声の方を。
「ノーラ! すぐにこれを持っていた人をここへ連れてくるんだ!」
はらはらと舞い落ちてくる布片。
ノーラはジャンプしてそれを咥えると、臭いを嗅いだ――――。