座敷牢の少女達

キャラクターノベル制作 望月誠司納品 2022年04月01日 10時07分19秒

 何も見えなかった。
 両目に布が巻かれ塞がれていた。
 両手も背の後ろに回され縄で拘束されている。

 あの後、フィーネが黒フードの男に腹を刺されて倒され、セリーヌも捕まえられてしまった後、セリーヌは少し歩かされた。
 そして、何も見えぬ中、馬車に乗せられたようだった。
 それから少しの間移動して馬車から降ろされ、また歩かされた。

 長いような、短いような時の後、やがて扉が開かれ軋む耳障りな音が響いて、背中を押される。
 つんのめるように二、三歩たたらを踏んで前へと出ると「しばらくここで大人しくしているが良い」と声が響き、扉が閉まり、施錠される音が響いた。

「あら……珍しいですね、新しい人?」

 鈴を転がしたような声が響く。
 セリーヌはどきりとした肩を震わせた。

「……誰か、いるの?」
「ええ。縛められているのですね? 少しじっとしていてください。ほどいてあげます」

 声からすると年若い少女だろうか? 恐らくセリーヌより年下だろう。
 気配が近づいてきて、彼女はまず目に巻かれている布をほどいてくれた。

 視界が開けた。

 セリーヌは牢屋のような所を想像していたが、予想に反してそこは一見、貴族令嬢の私室のような、瀟洒で華美な部屋だった。

「ここは……」
「座敷牢ですよ」

 背後から少女の声がして、背の後ろに回されている手首に力が加えられた。縄は目隠しほどには簡単にはほどけないようだった。
 やはり牢ではあるらしい。
 室内にいるのはセリーヌの他には少女一人のみで、どうやらフィーネは別の場所へと連れていかれてしまったようだった。

「なかなかきつく結ばれていますね……蝶々結びにしておけばよろしいですのに」

 少女はぶつくさと愚痴っていたが、やがて縄が緩み、両手首から圧迫感が消えた。

「ありがとう」

 セリーヌが振り向くと黒髪をセミロングにした歳の頃、十二歳程度の女の子が立っていた。

「どういたしまして」

 少女はにっこりと満面の笑みを浮かべた。
 セリーヌは少しどきりとした。
 少女の瞳が、さきほど襲撃してきたレッドベリル三姉妹と同じ紅と黒のオッドアイだったからだ。

「ねぇ貴女……その、チェスはできますか?」
「えっ? ……ええ、少しなら」
「素晴らしい! では、一局指しませんか? 一人遊びも退屈で退屈でしょうがなかったのですよ」
「待って」

 セリーヌは扉へと視線を向けた。
 扉のノブへと手を伸ばし、回す。が、当然、鍵がかかっていて、一定以上回らなかった。前後左右にノブを動かしてもガチャガチャと音が鳴るだけで、セリーヌの細腕で加えられる力程度ではまるで壊れる気配はしなかった。

「無駄ですよ。この部屋からは出られません……散々、試しましたもの」

 紅瞳黒瞳の少女の声には諦念の色が強く滲んでいた。

●
「ここは……一体なんなの?」

 セリーヌが少女に向き直って問いかけると少女はベッドの上にドスンと倒れ込むようにして腰を下ろし、

「拠点ですね。彼等の」
「彼等? ……私は、黒ずくめの男達に襲われて連れてこられたのだけど、そいつらの事?」
「黒ずくめ、ええ、黒ずくめ、そうですね、そいつらです」
「彼等は一体何者なの……?」
「わたくしでは、わからないです」
「名前は?」
「それすらもわからない。ただ、呼ばれています、影法師、と」
「影法師……」

 一体、何が目的でセリーヌ達を襲ったのか?
 何故、セリーヌとフィーネを攫ったのか?
 何故、セリーヌを既に少女がいるこの部屋に入れたのか? フィーネは無事だろうか?
 彼等は組織のようだが規模は一体どの程度の組織なのか?
 王都だけに根を張っている組織なのか? それとも国中にいる組織なのか? それともあるいは大陸中に影響力を持っている超巨大組織?
 セリーヌでもその名を耳にした事があるような、古い組織なのか?
 それともまったく新しい、新興の組織なのか?
 首魁はだれだ?
 バックに誰かついていたりするのか?

 何もかもがわからない。

「……助けってくると思う? 私、街中でいきなり襲われたのよ」

 治安の悪い田舎町ならいざしらず、セリーヌがいたのは天下に名だたるリーンエス王国の王都グランスパーダの通りだった。
 そこで白昼堂々、襲いかかってきて攫われたのだ。
 普通だったら、通報されて王都の衛兵が飛んできて阻止される。
 もしも攫われてしまったとしても、少なくともただちに捜査・追跡の手が伸びてくる筈だった。

「そうなのですか? 彼らも派手にやりますね。ですが……王国の衛兵などはあてにしない方がよろしいでしょう」
「……どうして? なんで? どうしてそんな事が罷り通るのよ?!」

 そんな気はしていたが、はっきりと少女に言い切られセリーヌは愕然とした。

「わたくしにも……理由まではわかりません。けれど、実際、襲われた時に衛兵は駆けつけてきましたか? 来なかったでしょう?」
「……ええ」

 眉間に皺を刻み唇を噛みしめてセリーヌは頷いた。
 グランスパーダの衛兵には失望した。
 王都は一見、華々しい栄華に包まれているように見えていたが、その治安は最悪だ。当たり前のように太陽の光の下でも人が消され、そしてそれでも誰も動かない。
 恐ろしい事だ。
 人が消えたのに。

「――影法師達は王都の衛兵達に影響力があるのです」

 少女の声は鈴の音のように可憐だったが、今のセリーヌの耳には氷の精霊の囁きのように冷たく聞こえた。

「……そんな事、できるものなの?」
「実際に、できています。その事実があります」
「そんな事ができるなんて……」
「ええ」

 黒髪少女は頷いた。

「影法師達、あるいは、その背後についている存在は……リーンエス王国の中核、奥深くに、非常に強い影響力をもっている」

 必然、そういう事だった。

「まず小悪党の類ではありません。大物です。普通、そんな事はできませんから」

 普通はできない事を平然とやってのけるのだから、ただものではない。

「それって……」
「ええ、王か、宰相か、近衛騎士団長か、あるいは――」

 黒髪少女はこの国の最高権力者と国の中枢を牛耳る実力者達の名をぽんぽんと並べた。

「――それらに匹敵する強大な権力を握ってる者」

 セリーヌは唸った。
 どう考えても、いずれであっても、伯父の家に居候しているだけの自分が関わり合いになるような手合いではないような気がするのだが。

 いや――

(そういえば、あの時)

 セリーヌが六歳だったあの時、フィルエス大森林を離れる切っ掛けとなった出来事。
 あの時、森にやってきた人間達は、随分と立派な服装をしていなかったか。

(……何か、お父さんとお母さんは、人間社会の上層部と関りが、ある……?)

 セリーヌが俯き思考に沈んでいると遠慮がちに声をかけられた。

「あの……立ちっぱなしは、お疲れになりませんか? お好きな所におかけになられて構いませんよ」
「あ……うん、そうね」

 セリーヌは室内を見回すと、テーブルの傍に置かれている椅子の一つを引いて「それじゃお言葉に甘えるのよ、有難う」と礼を言って座った。

「そういえば……まだ名乗ってなかったわね。縄と目隠しをほどいてくれて有難う。私、セリーヌっていうの」
「わたくしはティケと申します。ティケ・エーレスリートです」
「よろしくね。ティケはやっぱり貴族の家の子なの?」

 ゾフィーはノーナらをレッドベリル三姉妹とは説明したが、そのレッドベリル伯爵の家名『エーレスリート』という名を、セリーヌ達へは伝えていなかった。
 珍しい瞳色の共通性からその可能性を考えつつも、まさか自分と同じように捕らえられている娘がそんなわけはないだろう、と関連性を除外する。

「はい、一応、端くれです。セリーヌさんもですか?」
「一応、そうなるのかしら……伯父さんの所に居候になってるだけなんだけどね」
「なるほど、だからチェスできるのですね」

 言いつつ、少女は室内からボードと箱を取り出している。
 なんとなく見覚えがある形状だ。
 おそらく、あれはチェスボードと駒入れだ。

「…………好きなの? チェス?」
「はい!」

 満面の笑顔で、いそいそとセリーヌの対面の席にティケは座り、テーブルの上にチェスボードと駒入れ箱を設置した。

「……わかったのよ。どうも自力で脱出するのは難しそうだし、縄をほどいて貰ったお礼っていうのにもあれだけど、一局、指しましょう」
「ありがとうございます!」

 セリーヌが溜息まじりに言うとティケは両手をあげて喜んだのだった。

●
 黒と白の駒が格子状に色分けされたボード上を動いてゆく。
 セリーヌは学園で成績優秀な学生であるカーミラ相手に何度かやって勝ち越していたので腕にはそこそこ自信があったのだが、

(つ……強くないこの子?!)

 ティケという少女のチェスの強さは次元が違った。
 何度やっても瞬く間に、魔法のようにキングが追い詰められて、チェックメイトにされてしまう。
 ティケは明らかに十四歳の自分よりも幼い、小さな女の子であるにも関わらずである。

「詰みです?」
「ええ、詰みなのよ。まいったのよ」
「やった!」

 セリーヌが息を吐いて片手を額にあてて首を左右にふると、ティケは満面の笑みで喜びの声をあげた。

「ティケってチェスすっごく強いのね。びっくりしちゃったのよ」
「セリーヌさんもお強いですよ! とっても楽しいです!」
「有難う。でも、強いって言ってくれるのは嬉しいけど、すっごいボロ負け続きなんだけど……」
「あ、えっと、その、わたくしは、ここじゃやれる事があまりないので、ずっとこればっかやってたので……」

 ここじゃやれる事があまりない――

「……ティケは、この部屋にどれくらいいるの?」

 駒をボード上に並べ直しながら問えば、

「どれくらいになりますかね……まぁ、結構長いですね」

 セミロングの黒髪少女も駒をボード上に並べ直しながら答えた。

「ティケは……どうしてこの部屋にいるの?」

 少女の顔がさっと翳った。
 セリーヌは慌てて手を左右に振った。

「あっ、いや、言いづらい事なら言わなくて良いのよ」
「……有難うございます。まぁ……お家の事情、みたいな、もの、ですね……」
「お家の」
「はい……エーレスリートってシルトラース帝国の伯爵家なんですが、なんか色々あるみたいなんです……で、その色々の結果、私は今、ここにいる事に……」
「帝国の伯爵令嬢なのに、リーンエスの王都に……」

 故郷より遠く離れた異国の座敷牢の中に、幼い身ながらずっと囚われている。
 セリーヌは眉に皺を寄せた。
 にわかに同情の念が湧き上がって来る。

「はい、色々あるらしくって…………あの、セリーヌも、王国の出身じゃないですよね?」

 少々強引な話題の転換の仕方だったが、セリーヌはそれに乗った。

「あら、よくわかったわね?」
「エルフさんですし、言葉の感じがちょっとだけ違う所があります」

 リーンエスは人間主義で、貴族に異種族がいる事は滅多に無い。

「なるほどなのよ」

 セリーヌは感心して頷いた。チェスの天才的な腕前といい、なかなか利発な子供のようだ。少し、対人慣れしてないように感じられる部分もあったが、それは子供な上に座敷牢生活が長い為だろう。人と接した経験自体が恐らく少ないのだ。

「確かに、私は、そう……王国の出身じゃないのよ」
「どちらのご出身なのですか?」
「それは……ちょっと言えないのよ。ごめんね」

 母から己の素性は誰にも知られるなと言われていた事を思い出し、その言いつけに従って口を噤む。

「あっ、こっ、こちらこそ、ごめんなさい」

 ティケが慌てて言ってバツが悪そうに俯いたのでセリーヌは「いいのよ」と柔らかく微笑を向けておいた。

「……じゃあ、セリーヌは攫われる前は何をしてる人だったかとかは……聞いても、良いですか?」
「ええ、それは大丈夫よ。といっても、単なる学生だったってだけなのだけどね」
「学生というと……私塾とかの? あっ、もしかしてパンクリアース学園ですか?」
「ええ、学園に通ってるの」
「わぁ、すごい! 名門じゃないですか! セリーヌ、頭イイんですね!」
「いやぁ、どうなんだろうね……」

 セリーヌは頬を掻いた。
 まぁ成績はそう悪くなかったし、最近は優秀な家庭教師であるセランからも色々と教わっていたから成績もぐんぐん伸びてきてはいた。

(そういえば、フィーネ殿、セラン殿を呼びにいけってカーミラに言ってたのよ……)

 少し、不思議に思う。
 王国の衛兵が信用できないと判断した、それはまぁわかる。
 でもあの場はドタバタしていたからさほど疑問に思わなかったが、今、落ち着いて振り返ってみると、何故、フィーネはセランを頼れとカーミラに言ったのだろう?
 セランとて十代の若き青年である。ただの一般人の学生だ。
 シルトラースから留学してくるくらいだから、優秀な学生ではあるだろうし、なんとなく頼りになりそうな雰囲気は普段からあったので、さほど不自然とは思わなかったのだが、よく考えると不思議だ。

(……もしかして……フィーネ殿の普段からのセラン殿への態度を考えると……セラン殿も、物凄く強かったり、する?)

 フィーネはセランに一目置いている。
 それは普段の態度からなんとなくわかるのだ。明確には言葉にしないが、滲み出ている。
 
 それは勉学など他の点が優秀だからなのだと思っていた。
 実際、セランはとても座学が優秀であったし。
 しかし座学ならフィーネも非常に優秀なのだ。同格だ。

 セランは弓はできないと言っていた。
 しかし、剣は得意だといっていて、以前に一度見せてくれた手突き矢を使って見せてくれた突きは雷光の如くに鋭かった。
 常人離れした鋭さだった。
 授恵者であるフィーネと同等か、それ以上であるように見えた程だ。
 それは自分が素人だから、凄さの違いがわからない為にそう見えただけだと思っていたが――

(……セラン殿って、実は普通にめちゃくちゃ強い?)

 なんせあのフィーネが頼りにするくらいなのだ。
 セランは「自分はただの一般人でフィーネのように強くはない」と言っていたが――それは本当か?

 人間というのは、嘘をつく。

 エルフの少女は人間社会に出てきてそれを骨身に染みて知っていた。
 諸々考えると、フィーネの態度がおかしいのであるとか、自分の勘や感覚が狂っているのだ、というよりは「セランの自称と普段の装いの方こそが嘘なのだ」という方が納得がいく。
 過去の事を思い返し、あれこれと考えれば、考えるほど、その可能性の方が高いような気がしてきた。

(フィーネ殿はカーミラにセラン殿に報せるように言った……)

 リーンエス王国の衛兵は信用できない。
 頼りにならない。
 王国からの助けをあてにしても無駄だろう。

 だが、セランなら――?
 あのセランなら、もしかしたらなんとかしてくれるのではないだろうか。

「……ねぇティケ」
「はい」
「この部屋に武器にできそうなものってある?」
「えっ……武器に?」

 ティケは左右で色の違う目を真ん丸に見開いた。

「どうして? この部屋からは出られません。食事を運び入れる時などに係の者を襲うつもりですか? 無茶です。あの黒装束達はとっても強いのです!」
「ええ、それはよく知ってるのよ、彼等が強い事は」

 セリーヌは慌てて立ち上がろうとしたティケに落ち着くようにと両手の平を下に向けて上下に動かした。

「私一人で襲いかかったりはしないわ。でも、もしかしたら、助けが来るかもしれないの。その時に、無力でいるよりは、武器を持っておいた方が何かの役に立つかもしれないのよ」
「助けが……?」

 ティケは疑いを表情に浮かべながらも勢いを緩めて再び椅子に座った。

「助けなんて、そうそう来れる場所じゃありませんが、ここは……」
「でも、もしかしたら来てくれるかもしれないの」
「王国兵以外に?」
「ええ、王国兵以外に」

 セリーヌが頷くとティケは「ふぅん……」と口元に指をあて何やら考え込むようにし始めた。

「そうですね、にわかには信じられませんが……でもセリーヌ、チェスの相手をしてくれた良い人ですからねっ」

 ティケはにぱっと笑うと胸に手をあてて「ご協力いたしましょう!」と宣言してくれた。

「ありがとう」

 セリーヌは微笑んで礼を言った。

「それで、武器になりそうなイイカンジのものって何かある?」
「椅子の脚を圧し折って棍棒にするのが良いです」
「…………生粋の貴族令嬢って大胆なのね」
「本で読んだだけです!」

 ティケはそう叫んだが、セリーヌが今座っている椅子は牢内のものとはいえ、かなり豪華そうな造りで、金額にすればかなりのように見えたから、これを破壊して脚を千切ってそれを棍棒にすると良い、と平然と惜し気もなく提案するというのは、金銭に頓着しない感覚の持ち主でなければできないだろうな、と思う。

「脚を圧し折るには梃子の原理使うとイイと思うのですよ」

 ティケは立ち上がると「よいしょっと」可愛らしい鈴を転がしたような声と共に豪奢な椅子を持ち上げ、ベッドの方へと移動させ始めた。

「……いや、でも、ほんとに良いの……? それ、お高いでしょう? やっぱり?」
「どうせあの影法師達の財産です。わたくしのものではありません」
「圧し折りましょう」

 セリーヌは影法師達がフィーネを刺してくれた場面をにわかに思い出し、笑顔で椅子を破壊する事を決意したのだった。


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アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0