きらきら約束チョコレート
キャラクターノベル(グループ)制作 畑下はるこ納品 2022年02月17日 10時40分50秒
新暦1221年。
この年の2月、突如として迷宮都市エドゥノーグにて、カカオ豆ドロップ祭りが沸き起こった。
大陸全土がチョコレートフィーバーに湧き、多くの人が親しい者へチョコレートを贈り合う――そんな折の、とある一日。
都市国家リブラネスタにて、だわはサラと再会する。
●友人へのプレゼント
冷たい風に巻かれながら、だわは空を見上げていた。
「だわおにいちゃん!」
ほどなく、耳馴染みのある声が聞こえてくる。最初は遠く、徐々に近く。満面の笑みで駆けてくる小さなサラ――待ち合わせ相手を、だわはいつもの無表情で出迎えた。
「よかった、会え、て……!」
「ああ」
近づいて尚小ささを感じさせるサラの体躯は、改めてドワーフらしさを感じさせた。冬の寒さに上気している頬も、見目の幼さを引き立てている。
「ね、ね、今日は何、食べる?」
楽しみで待ちきれないとばかりに、サラはぴょんぴょんと小さく跳ね、三つ編みを揺らした。
二人は旅先で出会った、『ご飯美味しく食べる仲間』だ。だからこそサラは今日も何かしらを一緒に食べるのだと思っていたのだろう。だが今日に限っては、だわはそんなにお腹を空かせてはいなかった。
「サラ」
名前を呼べば、彼女は不思議そうに、だわの顔を見上げる。驚くだろうか、喜ぶだろうか。胸に少しばかりの心配を抱えながら、だわは後ろ手に持っていた小箱を差し出した。
「これ」
「……なあに? 開けてもいい?」
頷けば、サラはすぐさま箱にかかっていたリボンを引く。
「あ、わあ」
するする解かれたリボンの端が地面に触れそうになって、慌ててリボンを手繰るサラ。
(そんなに慌てる必要はないのに)
リボンを食べるわけでもなし、飾りが少し地面に触れるくらいどうということもないだろう。そう思いつつ、それでもサラが嫌なのであればと、だわは屈んでリボンの端を持ってやる。するとサラは大層嬉しそうに「ありがとう」と笑って、だわにリボン持ちを任せた。
そうして、丁寧に丁寧に包装を開いて。
「……わあ!」
中身を見て、サラはひときわ大きな声をあげた。
「すごい……! ありがとう、だわおにいちゃん!」
開いた箱の中には、今話題のチョコレート菓子が入っていた。
大陸中でチョコレートの流行が始まってからまだ一か月も経っていない。サラがこの艶やかな菓子を物珍しく感じるのも無理からぬことだった。しかも――。
「わたし、こんなきらきらなお菓子、もらったの、初めて……」
このチョコレートは、他に比べてもひときわ輝いていた。
表面に飾られているきらきらの粒は何だろうか。宝石? 砂糖粒? それとも何かの結晶? 送り主のだわもあまり深く理解はしていないが、何でも購入店の料理研究者が果汁などを駆使して作りあげた、とびきり見目をよくした砂糖粒、なのだそうだ。ひかりを受けてきらきらと艶めく不思議な装飾は、一瞬にしてサラの心を魅了した。
「すごい、すごい」
恭しく箱を掲げ、くるくると踊るように回るサラ。
「落とすぞ」
「わあ、ぜったい、だめ」
言われた途端、サラは大慌てで箱を掻き抱く。飾り粒が零れ落ちていないか慎重に確認する彼女へ、だわは手招きをする。
「ベンチで食べるといい」
「うん、うん!」
近くには公園とベンチがある。二人は軽い足取りでそこへ向かい、先客がいないのを確認すると揚々とベンチへ腰かけた。
膝の上に小箱を乗せて、サラはふにゃっと相好を崩す。
「食べるの、もったいない」
「食べない方がもったいない」
「わかってる、けど……」
唇をぎゅっと固くすると、サラは思い切ってチョコレートを摘まみ上げた。艶やかな表面にがぶりと食らいつくと、しっとりとした外見に反してサク、と軽い音が響いて。むくれて眇められていた瞳は見開かれ、春の木漏れ日のように光を灯した。
(わかりやすい)
何も言われなくても、美味しかったのだということが分かる。
「幸せ」
そして次にサラの口から出た言葉もまた、美味しかったと言外に伝えるものだった。
「幸せか」
「美味しいご飯は、幸せ、だもの」
彼女から立ち上る、まるで花でも咲いているかのようなほわほわという空気が、その言葉を裏打ちしている。
「だから、わたし、毎日いちばん幸せ」
「……?」
話の繋がりが見えず、サラの顔を見つめる。するとサラはうーんと唸った後、説明を続けた。
「今日のわたしより、明日の、わたしの方が、きっと、お料理上手だ、よ」
美味しいご飯が幸せで。明日は今日よりもっと美味しいご飯が作れるから。
なるほど、いつでも今が一番先で、進歩の頂点にいるから――そういうことかと納得し、だわは視線を外す。
「あ、でも、……」
するとまた困ったような呻き声が聞こえて、だわの瞳は忙しなくサラを捉え直す。彼女は酷い難問を前にした時のように、その顔に苦しみをたたえて……言った。
「こんなすごい、お菓子、まだ、作れないから、……んんんと、今日の、わたしが、幸せ?」
…………。
「きっと更新されるんじゃないか」
「そう、かなあ」
そうだったらいいと破顔するサラ。柔く象られたその表情を崩さないよう、だわは話を次へと広げていく。
「最近で一番印象深かった料理はあるか?」
「んんんと、うんと、……クッキー! あのね、真ん中が、飴で、きらきら、なの」
ハートや星や、きれいな丸や……様々に象られたその中央に、透明な飴を張る。それはまるで窓のようで、飴を覗けば向こうが透けて見えるのだそうだ。一生懸命説明を重ねるサラの言葉を聞いて、だわは空想の翼を広げる。
「飴が入ったクッキーか。様々な色にできそうだし、綺麗だろうな」
例えば蜂蜜でできた飴に果汁で色を付けたら。淡く彩られた小窓から見える景色は、また新鮮なものになるに違いない。
「知っている景色でも、時間帯や湿度等によって雰囲気が全く違って見えるからな。旅をしながら、時々そのクッキーを透かしてみたい」
様々に変わる世界の色へ、更に自分が好んだ色を重ねて見ることができたなら……それは。
「きっと綺麗だ」
「……うん」
空を見上げる、サラ。
彼女もきっと、だわと同じように、美しい小窓越しの旅へ想いを馳せてくれているのだろう。
「今度はどこ、旅する、の?」
「次の予定は――」
するすると、直近の行き先を上げていく。今日再会するまでにあった旅の中のちょっとした思い出話も交えると、サラはひとつひとつを楽しげに聞いて――。
「っくしゅ」
身震いしながらくしゃみをひとつ。
ベンチにずっと居続けるには、厳しい季節だ。
「そろそろ行くか」
「う、ん」
だわがすっと立ち上がると、サラもまた、すっかり空になった小箱を閉めてついてくる。
「次はいつ、会えるかな」
「一か月後くらいには戻ってくると思う」
「じゃあ、また会える、ね。何、食べるか、考えなきゃ」
歩き出そうとしただわの目の前へ、サラが小走りで駆けこんでくる。
「ね、だわおにいちゃん、また会おう、ね」
すっ、と指が差し出された。
「約束、だよ。きっとだ、よ」
乞うような瞳に応え、細くて小さな指に己の指を絡めて振る。それだけで寂しそうな顔はぱっと華やいだ。
「約束だ」
離れがたそうな指をそっと離して、代わりにだわは手を振った。
(また、来月)
精一杯の笑顔で見送ってくれる、小さなサラ。
守るべき存在に見送られながらの旅立ちは、その足取りに勇気をくれた。
この年の2月、突如として迷宮都市エドゥノーグにて、カカオ豆ドロップ祭りが沸き起こった。
大陸全土がチョコレートフィーバーに湧き、多くの人が親しい者へチョコレートを贈り合う――そんな折の、とある一日。
都市国家リブラネスタにて、だわはサラと再会する。
●友人へのプレゼント
冷たい風に巻かれながら、だわは空を見上げていた。
「だわおにいちゃん!」
ほどなく、耳馴染みのある声が聞こえてくる。最初は遠く、徐々に近く。満面の笑みで駆けてくる小さなサラ――待ち合わせ相手を、だわはいつもの無表情で出迎えた。
「よかった、会え、て……!」
「ああ」
近づいて尚小ささを感じさせるサラの体躯は、改めてドワーフらしさを感じさせた。冬の寒さに上気している頬も、見目の幼さを引き立てている。
「ね、ね、今日は何、食べる?」
楽しみで待ちきれないとばかりに、サラはぴょんぴょんと小さく跳ね、三つ編みを揺らした。
二人は旅先で出会った、『ご飯美味しく食べる仲間』だ。だからこそサラは今日も何かしらを一緒に食べるのだと思っていたのだろう。だが今日に限っては、だわはそんなにお腹を空かせてはいなかった。
「サラ」
名前を呼べば、彼女は不思議そうに、だわの顔を見上げる。驚くだろうか、喜ぶだろうか。胸に少しばかりの心配を抱えながら、だわは後ろ手に持っていた小箱を差し出した。
「これ」
「……なあに? 開けてもいい?」
頷けば、サラはすぐさま箱にかかっていたリボンを引く。
「あ、わあ」
するする解かれたリボンの端が地面に触れそうになって、慌ててリボンを手繰るサラ。
(そんなに慌てる必要はないのに)
リボンを食べるわけでもなし、飾りが少し地面に触れるくらいどうということもないだろう。そう思いつつ、それでもサラが嫌なのであればと、だわは屈んでリボンの端を持ってやる。するとサラは大層嬉しそうに「ありがとう」と笑って、だわにリボン持ちを任せた。
そうして、丁寧に丁寧に包装を開いて。
「……わあ!」
中身を見て、サラはひときわ大きな声をあげた。
「すごい……! ありがとう、だわおにいちゃん!」
開いた箱の中には、今話題のチョコレート菓子が入っていた。
大陸中でチョコレートの流行が始まってからまだ一か月も経っていない。サラがこの艶やかな菓子を物珍しく感じるのも無理からぬことだった。しかも――。
「わたし、こんなきらきらなお菓子、もらったの、初めて……」
このチョコレートは、他に比べてもひときわ輝いていた。
表面に飾られているきらきらの粒は何だろうか。宝石? 砂糖粒? それとも何かの結晶? 送り主のだわもあまり深く理解はしていないが、何でも購入店の料理研究者が果汁などを駆使して作りあげた、とびきり見目をよくした砂糖粒、なのだそうだ。ひかりを受けてきらきらと艶めく不思議な装飾は、一瞬にしてサラの心を魅了した。
「すごい、すごい」
恭しく箱を掲げ、くるくると踊るように回るサラ。
「落とすぞ」
「わあ、ぜったい、だめ」
言われた途端、サラは大慌てで箱を掻き抱く。飾り粒が零れ落ちていないか慎重に確認する彼女へ、だわは手招きをする。
「ベンチで食べるといい」
「うん、うん!」
近くには公園とベンチがある。二人は軽い足取りでそこへ向かい、先客がいないのを確認すると揚々とベンチへ腰かけた。
膝の上に小箱を乗せて、サラはふにゃっと相好を崩す。
「食べるの、もったいない」
「食べない方がもったいない」
「わかってる、けど……」
唇をぎゅっと固くすると、サラは思い切ってチョコレートを摘まみ上げた。艶やかな表面にがぶりと食らいつくと、しっとりとした外見に反してサク、と軽い音が響いて。むくれて眇められていた瞳は見開かれ、春の木漏れ日のように光を灯した。
(わかりやすい)
何も言われなくても、美味しかったのだということが分かる。
「幸せ」
そして次にサラの口から出た言葉もまた、美味しかったと言外に伝えるものだった。
「幸せか」
「美味しいご飯は、幸せ、だもの」
彼女から立ち上る、まるで花でも咲いているかのようなほわほわという空気が、その言葉を裏打ちしている。
「だから、わたし、毎日いちばん幸せ」
「……?」
話の繋がりが見えず、サラの顔を見つめる。するとサラはうーんと唸った後、説明を続けた。
「今日のわたしより、明日の、わたしの方が、きっと、お料理上手だ、よ」
美味しいご飯が幸せで。明日は今日よりもっと美味しいご飯が作れるから。
なるほど、いつでも今が一番先で、進歩の頂点にいるから――そういうことかと納得し、だわは視線を外す。
「あ、でも、……」
するとまた困ったような呻き声が聞こえて、だわの瞳は忙しなくサラを捉え直す。彼女は酷い難問を前にした時のように、その顔に苦しみをたたえて……言った。
「こんなすごい、お菓子、まだ、作れないから、……んんんと、今日の、わたしが、幸せ?」
…………。
「きっと更新されるんじゃないか」
「そう、かなあ」
そうだったらいいと破顔するサラ。柔く象られたその表情を崩さないよう、だわは話を次へと広げていく。
「最近で一番印象深かった料理はあるか?」
「んんんと、うんと、……クッキー! あのね、真ん中が、飴で、きらきら、なの」
ハートや星や、きれいな丸や……様々に象られたその中央に、透明な飴を張る。それはまるで窓のようで、飴を覗けば向こうが透けて見えるのだそうだ。一生懸命説明を重ねるサラの言葉を聞いて、だわは空想の翼を広げる。
「飴が入ったクッキーか。様々な色にできそうだし、綺麗だろうな」
例えば蜂蜜でできた飴に果汁で色を付けたら。淡く彩られた小窓から見える景色は、また新鮮なものになるに違いない。
「知っている景色でも、時間帯や湿度等によって雰囲気が全く違って見えるからな。旅をしながら、時々そのクッキーを透かしてみたい」
様々に変わる世界の色へ、更に自分が好んだ色を重ねて見ることができたなら……それは。
「きっと綺麗だ」
「……うん」
空を見上げる、サラ。
彼女もきっと、だわと同じように、美しい小窓越しの旅へ想いを馳せてくれているのだろう。
「今度はどこ、旅する、の?」
「次の予定は――」
するすると、直近の行き先を上げていく。今日再会するまでにあった旅の中のちょっとした思い出話も交えると、サラはひとつひとつを楽しげに聞いて――。
「っくしゅ」
身震いしながらくしゃみをひとつ。
ベンチにずっと居続けるには、厳しい季節だ。
「そろそろ行くか」
「う、ん」
だわがすっと立ち上がると、サラもまた、すっかり空になった小箱を閉めてついてくる。
「次はいつ、会えるかな」
「一か月後くらいには戻ってくると思う」
「じゃあ、また会える、ね。何、食べるか、考えなきゃ」
歩き出そうとしただわの目の前へ、サラが小走りで駆けこんでくる。
「ね、だわおにいちゃん、また会おう、ね」
すっ、と指が差し出された。
「約束、だよ。きっとだ、よ」
乞うような瞳に応え、細くて小さな指に己の指を絡めて振る。それだけで寂しそうな顔はぱっと華やいだ。
「約束だ」
離れがたそうな指をそっと離して、代わりにだわは手を振った。
(また、来月)
精一杯の笑顔で見送ってくれる、小さなサラ。
守るべき存在に見送られながらの旅立ちは、その足取りに勇気をくれた。