揺れる満月の学び舎
キャラクターノベル(グループ)制作 真柄 葉納品 2022年01月28日 12時36分14秒
差し込む日差しを灯に、海神・江流は届いた手紙に目を通していた。
「……ふーむ」
手紙の差出人はフールフン・アドーマー。
以前知り合った人物で、冒険者用のペットの育成や繁殖、新しいパートナーの開拓などを行っている女性だ。
「鉱石のエーテル以外は受け付けそうにない、か。うーん……変なもの与えて腹でも壊しちゃまずいしな……」
江流は手紙の一文に指を滑らせ呟くと、視線を上げた。
貴重なガラスのはまった窓のさんで、小さな毛玉が日の光を浴びて羽毛を光らせている。
掌に乗るほど小さなこの毛玉は、揺満月という種の鳥だ。
遥か北方、北壁山脈の麓に住むと言われた幻の鳥。それが何の巡り合わせか、今こうして手の届く場所にいる。
江流はそっと指を伸ばし、日向ぼっこに忙しい揺満月の羽毛を撫でた。
まるで新雪の様に柔らかな羽毛は、江流の指をずぼっと呑み込む。すると揺満月の高い体温が指から伝わってきた。
突然羽毛に差し込まれた異物に、揺満月は抗議の身震い。
江流は「わるいわるい」と小さく囁くと指を抜いた。
「とはいえ、調べてないのでわからない。まぁ、そうだろうな。なんせ幻の鳥だ」
手紙の続きを読む。
過去に人と生活を共にした時期があったとはいえ、その生態はほとんどが謎だ。
生息域が北壁山脈の麓であったために、文献なんかもほとんど残っていないとフールフンは言っていた。
江流は一縷の望みをかけ、パンクリアース学園が誇る大図書館にその文献を求めた。
何日も図書館へ通いつめ、ようやく記述を見つけたのが『北壁山脈生物図鑑』と書かれた、古びた本だった。
しかし、そこに描かれていたのは、この愛らしい鳥とは似ても似つかない抽象的な絵と、「エーテルを食う飛べない鳥」という一文のみ。
「そんなことわかってるっての」
俺の数日間の努力を返せと言いたくなるような閲覧結果に、江流は嘆息する。
「エーテルを餌にしてる事は確かなんだし、何とか安定供給が出来ればいいんだが……なぁ、俺のエーテルを食う気はないのか?」
江流は、日向ぼっこ真っ最中の揺満月に問いかける。
多少動物の気持ちがわかる江流に見えたのは、揺満月が感じる困惑の『色』。
「やっぱダメか、うーん……」
実は以前に一度試してみた。
麦粒ほどの銀に、自らのエーテルを注ぎ貯えさせ、揺満月の目の前に置いた。
だが、揺満月は興味こそ示したものの、嘴をつける事はしなかった。
「そうそう掘りに行くわけにもいかないしなぁ……」
揺満月の餌は、天然のエーテルを含む鉱物だ。
良質なものを求めようとすれば、ダンジョンなり鉱山なりそれ相応の場所へ行って採掘しなければならない。揺満月はこんなに小さいくせに大食漢だ。学業もあり冒険者稼業もある江流にとって、鉱山でつるはしを振るっている暇はそれほどない。
「やっぱ、詳しい奴に相談してみるか」
結局それが一番だと、江流は日向でまどろんでいる揺満月を掬い上げ部屋を出た。
●
「……それで、私の知見を頼りに来たと」
「ああ、あんたならなんかわかるかなと思ってさ」
学園の大食堂。優雅に紅茶を嗜んでいたAlexandra・Hexe・Claudiaを見つけ、江流が正面に腰かけた。
「で、それが件の鳥、ですか」
Alexandriaは机の上でまん丸く蹲る毛玉を見る。
小さくて丸いほわほわの毛玉が、時折顔を上げてはきょろきょろと辺りを伺っている。
やば、可愛――――。
一瞬崩れそうになった表情を引き締め、Alexandriaは江流を見た。
「餌については、この手紙に書かれている様に、我々のエーテルを食料にするには適さないでしょうね。自然界に存在する無垢のエーテルこそがこの子の唯一の食事で間違いないと私も思います。既に住環境を変えてしまっているのです。更に食事環境まで変えてしまうのは、この子にとって良い事だとは思いませんね」
Alexandriaは「生物学は専門外ですが」と添えて、江流に提案する。
「やっぱりそうだよな。って、そうそう。その住環境も問題があって」
「ふむ……気温周りの事でしょうか」
「おっ、さすがクラウディアさん。そう、気温。こっちは「夏」があるだろ。今はまだいいけど、夏になった時、この子が温度に耐えられるかが心配なんだ。出来るだけ涼しい場所を確保して、そこに入れておけばいいかなとも考えているんだけど」
「ふむ……環境作りをするのであれば、生息地を模した環境を用意してあげるのが鉄則ではありますが、あの極地の環境をこの王国で再現するのはかなり困難ですね。かと言って、紋具を使用した人工環境も少し悩むところです」
「えっ、紋具を利用した環境は駄目なのか? 冷蔵用の紋具で冷やしてやろうかなと考えていただけど」
「そうですね、一日二日であればそれでもいいでしょう。しかし、メンテナンスはどうするのですか? 紋具は定期的にエーテルを供給しなければ作動しません。エーテルを断たれた段階で、魔法的効果――――この場合は冷却効果ですね。それは、霧散する。冒険者である貴方が依頼で学園を空けて、十日後に帰って来た時にはフライドチキンの出来上がり、とはなりたくないでしょう?」
「あー……そうか、なるほどなぁ……」
Alexandriaの言い分は実に正しい。
エーテルの制御に長けた彼女の見識は、江流の気付かなかった問題点を露わにしてくれた。
「って事は、ここで飼うには不向きって事か……。折角懐いてくれたのにな」
「学園に置くのであれば、どなたかに依頼をするという事も考えられるのでは? 紋具は一般人でも稼働可能ですし、手伝ってくれそうな知り合いが居れば解決すると思います。この子は小柄なので飼育環境も小さくて済むでしょう。相対的に必要な冷媒も小型で済みます」
「伝手か……うーん、冒険者仲間には知合いがそれなりに居るが……みんな依頼になると出払うしな」
「当然私も出払いますので維持管理には不向きですね」
「だよな……むむむ……」
的確なAlexandriaの意見に反論の余地はないように思う。
江流は揺満月を指でコロコロしながら考えた。
やはり住環境のまったく違う場所へ連れ出したのは失敗だったのか。
この愛らしい見た目と人懐っこさに惹かれ、無理を言って譲ってもらったのは間違いだったのか。
いっそ、フェンガリに作る予定だという揺満月の保護区に返して、種の保存の為の繁殖活動に遣った方がいいのか。
結論が見えぬまま思考だけがぐるぐると回る。
「それほど悩む必要のある事ですか?」
「……え?」
「協力者がいないのであれば、作ればよろしいでしょう」
「作る……雇うって事か?」
「それも一つの手ですが、費用がかかります」
「こいつの為なら多少は用意するつもりだ」
「まぁ貴方がそれでいいと仰るならそれでいいでしょう」
「む、何か他の案があるのか?」
「ええ、もっと単純で、もっと安価で、もっと楽ができる方法が」
「な、なんだそれ。そんな方法があるのなら教えてくれよ」
勿体ぶるなと顔をしかめる江流に、Alexandriaは優雅に紅茶をすする。
「簡単な事です。ここは大陸一の学び舎と名高い場所。その知識と歴史を求め多くの人々が訪れます」
「それはわかってるが、こいつと何の関係があるんだ?」
カップを皿へと戻り、訝しむ江流を見る。
「ありますとも。この子を学びの対象とすればいいのです」
そして、Alexandriaはコロコロと体を揺らす揺満月の頭を指で撫でながら、そう答えた。
「……ふーむ」
手紙の差出人はフールフン・アドーマー。
以前知り合った人物で、冒険者用のペットの育成や繁殖、新しいパートナーの開拓などを行っている女性だ。
「鉱石のエーテル以外は受け付けそうにない、か。うーん……変なもの与えて腹でも壊しちゃまずいしな……」
江流は手紙の一文に指を滑らせ呟くと、視線を上げた。
貴重なガラスのはまった窓のさんで、小さな毛玉が日の光を浴びて羽毛を光らせている。
掌に乗るほど小さなこの毛玉は、揺満月という種の鳥だ。
遥か北方、北壁山脈の麓に住むと言われた幻の鳥。それが何の巡り合わせか、今こうして手の届く場所にいる。
江流はそっと指を伸ばし、日向ぼっこに忙しい揺満月の羽毛を撫でた。
まるで新雪の様に柔らかな羽毛は、江流の指をずぼっと呑み込む。すると揺満月の高い体温が指から伝わってきた。
突然羽毛に差し込まれた異物に、揺満月は抗議の身震い。
江流は「わるいわるい」と小さく囁くと指を抜いた。
「とはいえ、調べてないのでわからない。まぁ、そうだろうな。なんせ幻の鳥だ」
手紙の続きを読む。
過去に人と生活を共にした時期があったとはいえ、その生態はほとんどが謎だ。
生息域が北壁山脈の麓であったために、文献なんかもほとんど残っていないとフールフンは言っていた。
江流は一縷の望みをかけ、パンクリアース学園が誇る大図書館にその文献を求めた。
何日も図書館へ通いつめ、ようやく記述を見つけたのが『北壁山脈生物図鑑』と書かれた、古びた本だった。
しかし、そこに描かれていたのは、この愛らしい鳥とは似ても似つかない抽象的な絵と、「エーテルを食う飛べない鳥」という一文のみ。
「そんなことわかってるっての」
俺の数日間の努力を返せと言いたくなるような閲覧結果に、江流は嘆息する。
「エーテルを餌にしてる事は確かなんだし、何とか安定供給が出来ればいいんだが……なぁ、俺のエーテルを食う気はないのか?」
江流は、日向ぼっこ真っ最中の揺満月に問いかける。
多少動物の気持ちがわかる江流に見えたのは、揺満月が感じる困惑の『色』。
「やっぱダメか、うーん……」
実は以前に一度試してみた。
麦粒ほどの銀に、自らのエーテルを注ぎ貯えさせ、揺満月の目の前に置いた。
だが、揺満月は興味こそ示したものの、嘴をつける事はしなかった。
「そうそう掘りに行くわけにもいかないしなぁ……」
揺満月の餌は、天然のエーテルを含む鉱物だ。
良質なものを求めようとすれば、ダンジョンなり鉱山なりそれ相応の場所へ行って採掘しなければならない。揺満月はこんなに小さいくせに大食漢だ。学業もあり冒険者稼業もある江流にとって、鉱山でつるはしを振るっている暇はそれほどない。
「やっぱ、詳しい奴に相談してみるか」
結局それが一番だと、江流は日向でまどろんでいる揺満月を掬い上げ部屋を出た。
●
「……それで、私の知見を頼りに来たと」
「ああ、あんたならなんかわかるかなと思ってさ」
学園の大食堂。優雅に紅茶を嗜んでいたAlexandra・Hexe・Claudiaを見つけ、江流が正面に腰かけた。
「で、それが件の鳥、ですか」
Alexandriaは机の上でまん丸く蹲る毛玉を見る。
小さくて丸いほわほわの毛玉が、時折顔を上げてはきょろきょろと辺りを伺っている。
やば、可愛――――。
一瞬崩れそうになった表情を引き締め、Alexandriaは江流を見た。
「餌については、この手紙に書かれている様に、我々のエーテルを食料にするには適さないでしょうね。自然界に存在する無垢のエーテルこそがこの子の唯一の食事で間違いないと私も思います。既に住環境を変えてしまっているのです。更に食事環境まで変えてしまうのは、この子にとって良い事だとは思いませんね」
Alexandriaは「生物学は専門外ですが」と添えて、江流に提案する。
「やっぱりそうだよな。って、そうそう。その住環境も問題があって」
「ふむ……気温周りの事でしょうか」
「おっ、さすがクラウディアさん。そう、気温。こっちは「夏」があるだろ。今はまだいいけど、夏になった時、この子が温度に耐えられるかが心配なんだ。出来るだけ涼しい場所を確保して、そこに入れておけばいいかなとも考えているんだけど」
「ふむ……環境作りをするのであれば、生息地を模した環境を用意してあげるのが鉄則ではありますが、あの極地の環境をこの王国で再現するのはかなり困難ですね。かと言って、紋具を使用した人工環境も少し悩むところです」
「えっ、紋具を利用した環境は駄目なのか? 冷蔵用の紋具で冷やしてやろうかなと考えていただけど」
「そうですね、一日二日であればそれでもいいでしょう。しかし、メンテナンスはどうするのですか? 紋具は定期的にエーテルを供給しなければ作動しません。エーテルを断たれた段階で、魔法的効果――――この場合は冷却効果ですね。それは、霧散する。冒険者である貴方が依頼で学園を空けて、十日後に帰って来た時にはフライドチキンの出来上がり、とはなりたくないでしょう?」
「あー……そうか、なるほどなぁ……」
Alexandriaの言い分は実に正しい。
エーテルの制御に長けた彼女の見識は、江流の気付かなかった問題点を露わにしてくれた。
「って事は、ここで飼うには不向きって事か……。折角懐いてくれたのにな」
「学園に置くのであれば、どなたかに依頼をするという事も考えられるのでは? 紋具は一般人でも稼働可能ですし、手伝ってくれそうな知り合いが居れば解決すると思います。この子は小柄なので飼育環境も小さくて済むでしょう。相対的に必要な冷媒も小型で済みます」
「伝手か……うーん、冒険者仲間には知合いがそれなりに居るが……みんな依頼になると出払うしな」
「当然私も出払いますので維持管理には不向きですね」
「だよな……むむむ……」
的確なAlexandriaの意見に反論の余地はないように思う。
江流は揺満月を指でコロコロしながら考えた。
やはり住環境のまったく違う場所へ連れ出したのは失敗だったのか。
この愛らしい見た目と人懐っこさに惹かれ、無理を言って譲ってもらったのは間違いだったのか。
いっそ、フェンガリに作る予定だという揺満月の保護区に返して、種の保存の為の繁殖活動に遣った方がいいのか。
結論が見えぬまま思考だけがぐるぐると回る。
「それほど悩む必要のある事ですか?」
「……え?」
「協力者がいないのであれば、作ればよろしいでしょう」
「作る……雇うって事か?」
「それも一つの手ですが、費用がかかります」
「こいつの為なら多少は用意するつもりだ」
「まぁ貴方がそれでいいと仰るならそれでいいでしょう」
「む、何か他の案があるのか?」
「ええ、もっと単純で、もっと安価で、もっと楽ができる方法が」
「な、なんだそれ。そんな方法があるのなら教えてくれよ」
勿体ぶるなと顔をしかめる江流に、Alexandriaは優雅に紅茶をすする。
「簡単な事です。ここは大陸一の学び舎と名高い場所。その知識と歴史を求め多くの人々が訪れます」
「それはわかってるが、こいつと何の関係があるんだ?」
カップを皿へと戻り、訝しむ江流を見る。
「ありますとも。この子を学びの対象とすればいいのです」
そして、Alexandriaはコロコロと体を揺らす揺満月の頭を指で撫でながら、そう答えた。