この名を歴史に刻むまで
キャラクターノベル制作 真柄 葉納品 2022年01月19日 16時47分44秒
それは長い学園史において異例中の異例であった。
ヒューマンではない、人類としての定義も怪しいゴブリンが、学園の門をくぐったのだ。
王国でも名のある家名を背負った子女達の中には、ゴブリンという種すら初めて見る者もいただろう。
見た事も無い様な緑の肌。
禿げあがった頭に生えた一本角。
言葉こそ標準語を話しているが、それは明らかに自分達とは異質のものだった。
そして、それをすんなりと受け入れる程、学園の風土は醸成していない。
緑肌のゴブリンが学園を歩けば奇異の目を向け、当人に聞こえるだろう声量である事ないこと噂する。
入学を許した上層部へ不満を露わにする者もいた。
しかし、ゲルトはそんな視線や言葉なんて気にもしない。
ロスガリア屈指の知識量を誇る学び舎で、最高の教育を受けられる。
それはゲルトにとって何物にも代えがたい幸福であり、『差別』など些末事に過ぎなかった。
朝日が昇るに合わせ目を覚ましたゲルトは、平民寮の自室で手早く着替えを済ませ身なりを整える。
学生になって着る物や身だしなみにも気を遣うようになった。周りの貴族や金持ちに合わせる――為ではない。自身を整え、心を正し、学問へと真摯に取り組む心構えという奴だ。
ゲルトは用意を済ませ、部屋を出ると凛とした空気が漂う廊下を進み、玄関から外へ出た。
「おはよう、ノーラ。今日もよろしくな」
玄関で座って待っていたのは、相棒の白狼ノーラ。
寮内に連れていけないのは残念だが、学園内への入場が許されるだけでも特例中の特例らしい。
それもこれも、ノーラの優秀さのおかげ。
まるで人の言葉を理解しているかの如く振舞う白狼に、教授達は大層驚き興味を持ってくれた。
おかげで学園内に居場所を作ってやれた。
「それじゃ、行ってくるから。大人しく待ってるんだぞ」
嬉しそうに喉を鳴らすノーラに別れを告げ、向かうのはいつもの場所。学園内でもとりわけ存在感を放つ『大図書館』だ。
図書館のドアをくぐった途端、紙とインクのにおいが波の様に押し寄せる。
特別な時間と特別な空気を独り占め。ゲルトはこの瞬間が大好きだった。
床に足音を刻みながら目指すのは奥。背の何倍もある本棚の森を抜け、辿り着いたのは小さな扉だった。
扉をノックすると、中から「入れ」と声が聞こえる。
早朝にもかかわらず即座に返事が来るところを見ると、どうやらまた寝ていないらしい。
ゲルトは苦笑しつつ小さな扉をくぐった。
「教授、おはよう、ございます」
手入れの行き届いた本の森とは打って変わって、ここはまるでジャングル。無秩序に積み上げられた本の森を縫うように抜け、辿り着いたのはこれまた小さな机。
「……ゲルトか」
そこに座っていたのは見た目からは想像もつかない程、古風な喋り方をするハーフリングだった。
彼の名前はザント・ザント。
パンクリアース学園の中でも変わり者の部類に入る人物だ。
しかしながら、その薬学の知識量は王国一とも評される人物で、大図書館の片隅に私室を許される程。
「もう朝だ……ですよ、教授。寝ないのか?」
パンクリアース学園に来てからというもの、目上の者に対しては丁寧な言葉遣いを心掛けているのだが、まだまだ覚束ない。
「ふむ、睡眠時間が無くなったか。よいよい、時間を得した」
そんなゲルトの荒い言葉遣いなど気にもせず、ザントは机に並べられた実験装置に火をくべた。
途端、部屋中に嗅いだこともない様な匂いが充満していく。
「教授、なんだこれ!? ってか、本のある所で火なんて使うな……ですよ!」
「うるさいのぉ、すぐ終わるわい。だーっとれ」
机に詰め寄せるゲルトに、ザントはしっしっと手払い。
不満げに顔を歪めるゲルトを前に、実験道具を指さした。
「……ふあっ!? なんだこれ、発光してるぞ!?」
「うむ、成功のようじゃな。この植物はな、過度の熱ストレスを与えると発光するのじゃ」
食い入るように実験装置の中に入った植物を見つめるゲルトに、ザントは自慢げに鼻を鳴らした。
「すごい……どういう成分で出来てるんだ。夜行草の一種か?」
「ほっほっほ。どうじゃ、ゲルト。世界にはまだまだ未知の素材が眠っておるじゃろう」
「ああ、すごいな……」
「おお、そうじゃ」
と、ゲルトがまじまじと発光植物を眺めていると、ザントが本の山から一冊のノートを抜き出した。
「ほれ、お主のレポートを返しておこうかのぉ」
「おっ、どうだった……でした?」
「うむ、実によく纏められておった。特にシルバード近郊の固有植物の項は興味深かったの」
「ああ、あれはオレが住んでた所の近くに生えてる草だったんだけど、こっちじゃぜんぜん見ないなって思ってたんだ。なんか、特別な効能でも見つかった……ですか?」
返されたノートを捲りながら、ゲルトは問いかける。
「うむ、それに関してなのじゃが――――」
応えるザント。
二人は日課になった早朝植物談義に花を咲かせた。
●
「……あっ! もうこんな時間だ!」
図書館の外から登校時間を告げる鐘が鳴っている。
「ふむ、では今日の談義はこれくらいにしておくか」
「うん、それじゃ教授。また後で――――って、何毛布に包まってるんだ!? 今日、教授の授業あるだろう!? しかも一限目!!」
「うん? そうじゃったか……まぁ、気が向かんから、寝る」
「いや、ダメだろ!?」
毛布に包まり机の下に潜ろうとするザントを引っ張り出して担ぐと、ゲルトは急いで部屋を出た。
出勤してきた司書や調べものに来た教授に挨拶すると、「毎朝大変だな」と慰めの言葉が返ってくる。
ゲルトは彼等に苦笑を返しつつ、ザントを抱えたまま図書館を後にした。
「ノーラ!」
出てすぐに口笛を吹いて相棒を呼ぶ。するとすぐにノーラが建物の影から勢いよく飛び出してきた。
突撃する勢いでゲルトの元へ突っ込んでくるノーラ。いつもなら両手を広げて受け止めてやるけど、今は毛布を抱えているからできない。
ノーラはその事を機敏に感じ取り、ゲルトの前で急停止。お座りして次の指示を待った。
「よしよし、えらいぞノーラ」
ゲルトはノーラの頭を二度ほど撫でてから、その背中に毛布を乗せる。
「今日も教授を頼んだ――――って、なに口に咥えてるんだ?」
改めて見ればノーラの口に真っ赤なスカーフが引っかかっていた。
ゲルトには見覚えがあった。そう、これは確か貴族の生徒がよく身に着ける――――。
「ノーラ! もしかして、これを盗って来たのか!?」
ゲルトはすまし顔で尻尾を揺らすノーラを見た。
賢いノーラがそんな事をするはずがない。
そう信じたいが、目の前のスカーフは確かに貴族のものだ。
「何処だ野良犬!!」
「こっちに逃げたぞ!!」
そんな時だった、校舎の向こうから声が聞こえた。
声は二人分。随分と怒りを含んだ声が近づいてくる。
すると、校舎の影から二人の男子学生が現れる。
二人はノーラの姿を見つけると、ゆっくりと歩いてきた。
「うん? おいおい、こいつ」
「ああ、『噂』のゴブリン君じゃん」
ノーラを背に隠すゲルトを見た男子生徒達が、その姿に明らかに侮蔑のこもった声を投げかける。
「そういや、こいつが飼い主だっけか」
「ああ、飼い犬の落とし前はきっちり主人につけてもらわないとな」
「なんだと! ノーラは野良犬なんかじゃない! それに賢いこいつが悪さをするはずないだろ! 何かやってたのは、お前等の方じゃないのか!」
「はぁ? 証拠咥えてるくせによく言うぜ」
「ああ、言い訳出来ないよな」
噛みついてきたゲルトに対して、余裕を崩さない男子生徒達。
いやらしい笑みを浮かべながら、ノーラの口元を指さした。
「こりゃ、生徒会に報告して『退学』にしてもらうか」
「た、退学!?」
そして、男子生徒必殺の一言がゲルトに投げかけられる。
差別や侮蔑は耐えれば済む。だが、退学となれば話は別だ。
苦労して入ったこの学び舎を去らなければならない。そんなの……。
嫌だ。
それだけは絶対に。
口元を戦慄かせるゲルトに、男子生徒達が勝ち誇ったように手を伸ばした――――その時だった。
「ふーむ、臭いのぉ」
声はノーラの背中から。
毛布に包まれ眠っていたかと思っていたザントが、鋭い視線を男子生徒達に向けていた。
「お主ら、何を吸っておった?」
「「な゛っ……」」
ザントに一睨みされ、あれだけ勝ち誇っていた男子生徒達がたじろぐ。
「よかったのぉ、見つけてくれたのがノーラで」
ザントは毛布から手を出し、褒めて褒めてと尻尾を揺らすノーラの頭を撫でた。
そう、ノーラは男子生徒達の悪行を発見し、諫める目的でスカーフを奪ったのだ。
「ノーラに免じて見なかった事にしてやる。さっさと水でも浴びて授業に行け」
「「は、はいっ!」」
小さなハーフリングであるザントに凄まれ、二人は一目散に逃げて行った。
「教授……」
「そんな顔をするでない。お主は何も悪くないのじゃからな」
ザントは毛布から抜け出しゲルトに並ぶ。
「それにこの程度の事でしょげている暇があるのか? この学び舎に籍を置くと決めたのじゃろう。ほれ、胸を張れ」
「う、うん。ありがと、教授」
ザントに思いっきり背中を叩かれ、ゲルトは背を伸ばした。
ザントは再びノーラに跨ると、「いつものように頼むぞ」と走りだしてしまった。
「……そうだ。オレはここで頑張るって決めたんだ」
一人残されたゲルトは考える。そして、改めて決意した。
――キーンコーンカーンコーン。
「うわ、やばっ! 授業始まる!!」
授業開始5分前の鐘で、置いていかれた事にようやく気付いたゲルトは、慌てて校舎に走っていったのだった――。
予期せぬ幸運に恵まれ、始まった学園生活。
学園唯一のゴブリン生徒は、この学園で何を成すのか。そして、何を残すのか。
未来はまだ誰にもわからない――。
ヒューマンではない、人類としての定義も怪しいゴブリンが、学園の門をくぐったのだ。
王国でも名のある家名を背負った子女達の中には、ゴブリンという種すら初めて見る者もいただろう。
見た事も無い様な緑の肌。
禿げあがった頭に生えた一本角。
言葉こそ標準語を話しているが、それは明らかに自分達とは異質のものだった。
そして、それをすんなりと受け入れる程、学園の風土は醸成していない。
緑肌のゴブリンが学園を歩けば奇異の目を向け、当人に聞こえるだろう声量である事ないこと噂する。
入学を許した上層部へ不満を露わにする者もいた。
しかし、ゲルトはそんな視線や言葉なんて気にもしない。
ロスガリア屈指の知識量を誇る学び舎で、最高の教育を受けられる。
それはゲルトにとって何物にも代えがたい幸福であり、『差別』など些末事に過ぎなかった。
朝日が昇るに合わせ目を覚ましたゲルトは、平民寮の自室で手早く着替えを済ませ身なりを整える。
学生になって着る物や身だしなみにも気を遣うようになった。周りの貴族や金持ちに合わせる――為ではない。自身を整え、心を正し、学問へと真摯に取り組む心構えという奴だ。
ゲルトは用意を済ませ、部屋を出ると凛とした空気が漂う廊下を進み、玄関から外へ出た。
「おはよう、ノーラ。今日もよろしくな」
玄関で座って待っていたのは、相棒の白狼ノーラ。
寮内に連れていけないのは残念だが、学園内への入場が許されるだけでも特例中の特例らしい。
それもこれも、ノーラの優秀さのおかげ。
まるで人の言葉を理解しているかの如く振舞う白狼に、教授達は大層驚き興味を持ってくれた。
おかげで学園内に居場所を作ってやれた。
「それじゃ、行ってくるから。大人しく待ってるんだぞ」
嬉しそうに喉を鳴らすノーラに別れを告げ、向かうのはいつもの場所。学園内でもとりわけ存在感を放つ『大図書館』だ。
図書館のドアをくぐった途端、紙とインクのにおいが波の様に押し寄せる。
特別な時間と特別な空気を独り占め。ゲルトはこの瞬間が大好きだった。
床に足音を刻みながら目指すのは奥。背の何倍もある本棚の森を抜け、辿り着いたのは小さな扉だった。
扉をノックすると、中から「入れ」と声が聞こえる。
早朝にもかかわらず即座に返事が来るところを見ると、どうやらまた寝ていないらしい。
ゲルトは苦笑しつつ小さな扉をくぐった。
「教授、おはよう、ございます」
手入れの行き届いた本の森とは打って変わって、ここはまるでジャングル。無秩序に積み上げられた本の森を縫うように抜け、辿り着いたのはこれまた小さな机。
「……ゲルトか」
そこに座っていたのは見た目からは想像もつかない程、古風な喋り方をするハーフリングだった。
彼の名前はザント・ザント。
パンクリアース学園の中でも変わり者の部類に入る人物だ。
しかしながら、その薬学の知識量は王国一とも評される人物で、大図書館の片隅に私室を許される程。
「もう朝だ……ですよ、教授。寝ないのか?」
パンクリアース学園に来てからというもの、目上の者に対しては丁寧な言葉遣いを心掛けているのだが、まだまだ覚束ない。
「ふむ、睡眠時間が無くなったか。よいよい、時間を得した」
そんなゲルトの荒い言葉遣いなど気にもせず、ザントは机に並べられた実験装置に火をくべた。
途端、部屋中に嗅いだこともない様な匂いが充満していく。
「教授、なんだこれ!? ってか、本のある所で火なんて使うな……ですよ!」
「うるさいのぉ、すぐ終わるわい。だーっとれ」
机に詰め寄せるゲルトに、ザントはしっしっと手払い。
不満げに顔を歪めるゲルトを前に、実験道具を指さした。
「……ふあっ!? なんだこれ、発光してるぞ!?」
「うむ、成功のようじゃな。この植物はな、過度の熱ストレスを与えると発光するのじゃ」
食い入るように実験装置の中に入った植物を見つめるゲルトに、ザントは自慢げに鼻を鳴らした。
「すごい……どういう成分で出来てるんだ。夜行草の一種か?」
「ほっほっほ。どうじゃ、ゲルト。世界にはまだまだ未知の素材が眠っておるじゃろう」
「ああ、すごいな……」
「おお、そうじゃ」
と、ゲルトがまじまじと発光植物を眺めていると、ザントが本の山から一冊のノートを抜き出した。
「ほれ、お主のレポートを返しておこうかのぉ」
「おっ、どうだった……でした?」
「うむ、実によく纏められておった。特にシルバード近郊の固有植物の項は興味深かったの」
「ああ、あれはオレが住んでた所の近くに生えてる草だったんだけど、こっちじゃぜんぜん見ないなって思ってたんだ。なんか、特別な効能でも見つかった……ですか?」
返されたノートを捲りながら、ゲルトは問いかける。
「うむ、それに関してなのじゃが――――」
応えるザント。
二人は日課になった早朝植物談義に花を咲かせた。
●
「……あっ! もうこんな時間だ!」
図書館の外から登校時間を告げる鐘が鳴っている。
「ふむ、では今日の談義はこれくらいにしておくか」
「うん、それじゃ教授。また後で――――って、何毛布に包まってるんだ!? 今日、教授の授業あるだろう!? しかも一限目!!」
「うん? そうじゃったか……まぁ、気が向かんから、寝る」
「いや、ダメだろ!?」
毛布に包まり机の下に潜ろうとするザントを引っ張り出して担ぐと、ゲルトは急いで部屋を出た。
出勤してきた司書や調べものに来た教授に挨拶すると、「毎朝大変だな」と慰めの言葉が返ってくる。
ゲルトは彼等に苦笑を返しつつ、ザントを抱えたまま図書館を後にした。
「ノーラ!」
出てすぐに口笛を吹いて相棒を呼ぶ。するとすぐにノーラが建物の影から勢いよく飛び出してきた。
突撃する勢いでゲルトの元へ突っ込んでくるノーラ。いつもなら両手を広げて受け止めてやるけど、今は毛布を抱えているからできない。
ノーラはその事を機敏に感じ取り、ゲルトの前で急停止。お座りして次の指示を待った。
「よしよし、えらいぞノーラ」
ゲルトはノーラの頭を二度ほど撫でてから、その背中に毛布を乗せる。
「今日も教授を頼んだ――――って、なに口に咥えてるんだ?」
改めて見ればノーラの口に真っ赤なスカーフが引っかかっていた。
ゲルトには見覚えがあった。そう、これは確か貴族の生徒がよく身に着ける――――。
「ノーラ! もしかして、これを盗って来たのか!?」
ゲルトはすまし顔で尻尾を揺らすノーラを見た。
賢いノーラがそんな事をするはずがない。
そう信じたいが、目の前のスカーフは確かに貴族のものだ。
「何処だ野良犬!!」
「こっちに逃げたぞ!!」
そんな時だった、校舎の向こうから声が聞こえた。
声は二人分。随分と怒りを含んだ声が近づいてくる。
すると、校舎の影から二人の男子学生が現れる。
二人はノーラの姿を見つけると、ゆっくりと歩いてきた。
「うん? おいおい、こいつ」
「ああ、『噂』のゴブリン君じゃん」
ノーラを背に隠すゲルトを見た男子生徒達が、その姿に明らかに侮蔑のこもった声を投げかける。
「そういや、こいつが飼い主だっけか」
「ああ、飼い犬の落とし前はきっちり主人につけてもらわないとな」
「なんだと! ノーラは野良犬なんかじゃない! それに賢いこいつが悪さをするはずないだろ! 何かやってたのは、お前等の方じゃないのか!」
「はぁ? 証拠咥えてるくせによく言うぜ」
「ああ、言い訳出来ないよな」
噛みついてきたゲルトに対して、余裕を崩さない男子生徒達。
いやらしい笑みを浮かべながら、ノーラの口元を指さした。
「こりゃ、生徒会に報告して『退学』にしてもらうか」
「た、退学!?」
そして、男子生徒必殺の一言がゲルトに投げかけられる。
差別や侮蔑は耐えれば済む。だが、退学となれば話は別だ。
苦労して入ったこの学び舎を去らなければならない。そんなの……。
嫌だ。
それだけは絶対に。
口元を戦慄かせるゲルトに、男子生徒達が勝ち誇ったように手を伸ばした――――その時だった。
「ふーむ、臭いのぉ」
声はノーラの背中から。
毛布に包まれ眠っていたかと思っていたザントが、鋭い視線を男子生徒達に向けていた。
「お主ら、何を吸っておった?」
「「な゛っ……」」
ザントに一睨みされ、あれだけ勝ち誇っていた男子生徒達がたじろぐ。
「よかったのぉ、見つけてくれたのがノーラで」
ザントは毛布から手を出し、褒めて褒めてと尻尾を揺らすノーラの頭を撫でた。
そう、ノーラは男子生徒達の悪行を発見し、諫める目的でスカーフを奪ったのだ。
「ノーラに免じて見なかった事にしてやる。さっさと水でも浴びて授業に行け」
「「は、はいっ!」」
小さなハーフリングであるザントに凄まれ、二人は一目散に逃げて行った。
「教授……」
「そんな顔をするでない。お主は何も悪くないのじゃからな」
ザントは毛布から抜け出しゲルトに並ぶ。
「それにこの程度の事でしょげている暇があるのか? この学び舎に籍を置くと決めたのじゃろう。ほれ、胸を張れ」
「う、うん。ありがと、教授」
ザントに思いっきり背中を叩かれ、ゲルトは背を伸ばした。
ザントは再びノーラに跨ると、「いつものように頼むぞ」と走りだしてしまった。
「……そうだ。オレはここで頑張るって決めたんだ」
一人残されたゲルトは考える。そして、改めて決意した。
――キーンコーンカーンコーン。
「うわ、やばっ! 授業始まる!!」
授業開始5分前の鐘で、置いていかれた事にようやく気付いたゲルトは、慌てて校舎に走っていったのだった――。
予期せぬ幸運に恵まれ、始まった学園生活。
学園唯一のゴブリン生徒は、この学園で何を成すのか。そして、何を残すのか。
未来はまだ誰にもわからない――。