そして、未来を願う
キャラクターノベル制作 伊治納品 2021年12月26日 16時34分41秒
●
リーンエス王国モルガーナ子爵領郊外。
王国ではあまり見られない、シャルガネの色を感じさせる家屋は、海神・江流の自宅である。と言っても、この海神邸、寝る場所と私物を置いておく場所以上の意味合いがあまりない。冒険者の江流はパンクリアース学園に通う身でもあり、出歩いていることが多いからだ。
そんな海神邸に、江流はいた。
手にあるのは、一通の手紙。依頼帰りにギルドの職員に預かりものとして手渡されたものだ。
『会いに行くので家に居ろ』
要約するとこのような内容の手紙の主は、両親によるものだ。
ギルドに直接赴いた訳ではなく、ギルドに用事がある商人を通じて出されたものだそうで、ギルドの職員は江流の両親と顔を合わせていなかった。商人もご兄姉から手紙を預かったらしいと言われて、一瞬言葉に詰まったのは職員には内緒だ。
両親は妹池瑠が病死した後、これからは自分の為に生きるよう残して失踪しており、江流が妹の死後辿った軌跡を伝える術などなかったというのに。
薫衣草で染められた羊皮紙に記された文字をもう一度目で追う。
(筆跡は、一致している)
間違いなく、本人だ。
●
両親が姿を見せたのは、昼過ぎだ。
「元気そうだな!」
「あら、いい家ね」
父波流と母波美は、両親の手紙を託された商人に江流の兄姉と思われていた位に若い見た目だ。江流の見た目も実年齢を言うと驚かれるレベルで、隠してはいないが学園で本格的に広がると胃が痛くなる事態も起こりそうだ。
出迎えた江流はそのまま居間へ案内し、両親には来訪が来ると聞いて慌てて準備した百合茶を振舞う。
「あれからどうしてたんだ?」
「今はあちこち旅をしているよ」
「家には?」
「引き払ったよ」
江流は波流の言葉に驚いた。
冒険者としてシャルガネを訪れていることもあるが、実家に足を運ぶのが難しく行けないままであった分余計に。
「あの家をそのままにしておくとあの子が旅に出られなくなる」
「!」
「あの子はもう自由だ。きっと、自分の自由に、思うまま、生きたい場所を旅しているよ」
ロスガリア大陸の名所を見て回る夢を見ていた池瑠は、もうこの世にはいない。
身体が弱く、授恵者であっても冒険者としての登録はできなかった。
江流がシャルガネで安定した役人よりも霞を食べて普通の人間より長く生きる仙人が扱う仙術・道術へ至る為に冒険者を選んだのは、池瑠の命が少しでも延び、その夢を叶えられたらと思ったからだ。
当たり前のことができない。
具合が良い時、それも晴れた日に家の南、海が見える丘で潮の満ち引きを見ること、その位の冒険しかできなかった。
「……」
風が冷たくなった頃合いに家へ帰る時、名残惜しそうな妹の顔を思い出し、江流は静かに目を閉じる。
久しく、思い出していなかった表情だ。
最近はこの場にいたら楽しそうに笑っていただろうと想像した笑顔の方を思い浮かべていたから。
「そうだな。自由に旅をして笑っててほしい」
自分が思い出せば、いつだって会いに来てくれる。
家族自身があの子にとっての家なのだから。
両親はそう思った江流が見せた表情に頬を緩めた。
「こちらも今は自分達を優先して、行きたい場所に行ってるよ」
江流も小さな子どもではない。
両親が我が子をどれだけ優先させていたか、自らを犠牲にしていたか気づいている。
それに、彼らはそう言っているけど、大陸の名所を巡って池瑠が見たかったものを見ているに違いないのだから。
「池瑠にも教えてるのか?」
「当然。家族でしょう」
「見つけていないだけですれ違っているかもしれないな」
江流が問うと、両親は両親らしい言い回しでそう返した。
不思議な両親だと、年を重ねるごとに思う。
真面目な人柄を疑ったことはないが、年単位で顔を合わせていないのに年を重ねたように見えない所とか。見た目若いと言われるのはこの両親の影響があると思うが、両親は微笑むのみだ。
(それこそ仙人に弟子入りしているみたいだ)
この両親ならあり得てしまう。
そう思わせる何かがあるから、この両親は不思議なのだ。
●
そうして、過去からの軌跡へ思いを馳せていた江流は百合茶を含み――
「ところで――あなた、もう少し死地に耐性をつけないと駄目よ。緊急避難選択とか……ね?」
母からの不意打ちに思いきり咽た。
「いや、江流は冒険者として適切な行動をとったのだろう。冒険者には生存本能と判断の速さが大事だと聞く」
「なるほど! あなた物知り!」
父は何故自分をダシに母といちゃつくのか、息子にはよく判らない。
「色々な所を旅しているからって、万能ではないもの、誰かの守護者になりたいと願ったとかなんて知らないわよ?」
「だから、何でそんなことまで知ってんだよ……?」
江流は両親の情報網がどういうものなのか分からない。
学園に通う子を持つ貴族に伝手があるか、紛 れ 込 ん だペットで見ていたかとかが普通に考えられるが、それは一般論だ。この両親を一般論で考えてはいけない。
薫衣草で染めた羊皮紙で手紙を寄越してきた時点で警戒すべきだった。
両親は間違いなく、冒険者としての活動は勿論、学園の異性関係(とそれに纏わるあれそれ)を把握している。
(待てよ、そのつもりはなかったが百合茶……)
両親はともかく、ある見解にはゴブリン領よりも狭い見識しかないがある令嬢への想いは大陸全土を覆う一部の者にバレたら、怖いことになる。百合茶は学園生ではない人に譲ろう。
江流が短時間で自らの生存ルートを弾き出している間に両親は百合茶をすっかり飲み終えていた。
「お前がなりたいモノになれれば自然と分かるさ」
答えは江流自身の未来にある。
そう言わんばかりの両親は、そろそろお暇するという。
「宿は取っているのか?」
「ええ。大丈夫よ」
江流の、宿をまだ確保していないのなら、という申し出に問題ないと返される。
「もっとあちこち見て回るつもりだ。気が向いたらまた連絡する」
「俺から連絡することってできないのか?」
両親の消息は把握しておきたい、と言うと、波流は江流の頭を幼い頃のように撫でた。
「今度はもう少し早めに気を向かせる」
ああ、自分からはできないのか。
江流は自分からは取りたいと思っても取れない理不尽にため息を吐く。
波美が江流を幼い頃のように抱きしめる。
「あなたも池瑠もずっと私達の子よ。変わらず、大好きよ」
「……うん」
いってきます。
両親はそうして、海神邸を出ていった。
「……いってらっしゃい」
どうか、また会おう日まで。
「でも、池瑠に少し嫉妬するな」
だって、家族全員に自由に会いに行けるのだから。
●
その夜、不思議な夢を見た。
池瑠の夢だ。
元気そうな池瑠が笑って、朝の空を駆け、昼の海に心を躍らせ、夕暮れを見つめ、星空に手を伸ばしていた。
両親の夢だ。
波流と波美が寄り添って、森を抜け、山を越え、時には海を見て、訪れる街を楽しんでいる。
ああ、あの子は本当に自由になった。
ああ、両親は今自分達の為に生きている。
目が覚めた時、不思議と寂しさは感じなかった。
共にあった日々は既に過去のものでも、今もこれからも家族である事実に変わりはない。
これからも、海神・江流であることに変わりはない。
(だから――俺も自分の願いを大事にしよう)
夢に口を綻ばせた江流が、両親からの 圧 に気づくのはもう少し先の話だ。
リーンエス王国モルガーナ子爵領郊外。
王国ではあまり見られない、シャルガネの色を感じさせる家屋は、海神・江流の自宅である。と言っても、この海神邸、寝る場所と私物を置いておく場所以上の意味合いがあまりない。冒険者の江流はパンクリアース学園に通う身でもあり、出歩いていることが多いからだ。
そんな海神邸に、江流はいた。
手にあるのは、一通の手紙。依頼帰りにギルドの職員に預かりものとして手渡されたものだ。
『会いに行くので家に居ろ』
要約するとこのような内容の手紙の主は、両親によるものだ。
ギルドに直接赴いた訳ではなく、ギルドに用事がある商人を通じて出されたものだそうで、ギルドの職員は江流の両親と顔を合わせていなかった。商人もご兄姉から手紙を預かったらしいと言われて、一瞬言葉に詰まったのは職員には内緒だ。
両親は妹池瑠が病死した後、これからは自分の為に生きるよう残して失踪しており、江流が妹の死後辿った軌跡を伝える術などなかったというのに。
薫衣草で染められた羊皮紙に記された文字をもう一度目で追う。
(筆跡は、一致している)
間違いなく、本人だ。
●
両親が姿を見せたのは、昼過ぎだ。
「元気そうだな!」
「あら、いい家ね」
父波流と母波美は、両親の手紙を託された商人に江流の兄姉と思われていた位に若い見た目だ。江流の見た目も実年齢を言うと驚かれるレベルで、隠してはいないが学園で本格的に広がると胃が痛くなる事態も起こりそうだ。
出迎えた江流はそのまま居間へ案内し、両親には来訪が来ると聞いて慌てて準備した百合茶を振舞う。
「あれからどうしてたんだ?」
「今はあちこち旅をしているよ」
「家には?」
「引き払ったよ」
江流は波流の言葉に驚いた。
冒険者としてシャルガネを訪れていることもあるが、実家に足を運ぶのが難しく行けないままであった分余計に。
「あの家をそのままにしておくとあの子が旅に出られなくなる」
「!」
「あの子はもう自由だ。きっと、自分の自由に、思うまま、生きたい場所を旅しているよ」
ロスガリア大陸の名所を見て回る夢を見ていた池瑠は、もうこの世にはいない。
身体が弱く、授恵者であっても冒険者としての登録はできなかった。
江流がシャルガネで安定した役人よりも霞を食べて普通の人間より長く生きる仙人が扱う仙術・道術へ至る為に冒険者を選んだのは、池瑠の命が少しでも延び、その夢を叶えられたらと思ったからだ。
当たり前のことができない。
具合が良い時、それも晴れた日に家の南、海が見える丘で潮の満ち引きを見ること、その位の冒険しかできなかった。
「……」
風が冷たくなった頃合いに家へ帰る時、名残惜しそうな妹の顔を思い出し、江流は静かに目を閉じる。
久しく、思い出していなかった表情だ。
最近はこの場にいたら楽しそうに笑っていただろうと想像した笑顔の方を思い浮かべていたから。
「そうだな。自由に旅をして笑っててほしい」
自分が思い出せば、いつだって会いに来てくれる。
家族自身があの子にとっての家なのだから。
両親はそう思った江流が見せた表情に頬を緩めた。
「こちらも今は自分達を優先して、行きたい場所に行ってるよ」
江流も小さな子どもではない。
両親が我が子をどれだけ優先させていたか、自らを犠牲にしていたか気づいている。
それに、彼らはそう言っているけど、大陸の名所を巡って池瑠が見たかったものを見ているに違いないのだから。
「池瑠にも教えてるのか?」
「当然。家族でしょう」
「見つけていないだけですれ違っているかもしれないな」
江流が問うと、両親は両親らしい言い回しでそう返した。
不思議な両親だと、年を重ねるごとに思う。
真面目な人柄を疑ったことはないが、年単位で顔を合わせていないのに年を重ねたように見えない所とか。見た目若いと言われるのはこの両親の影響があると思うが、両親は微笑むのみだ。
(それこそ仙人に弟子入りしているみたいだ)
この両親ならあり得てしまう。
そう思わせる何かがあるから、この両親は不思議なのだ。
●
そうして、過去からの軌跡へ思いを馳せていた江流は百合茶を含み――
「ところで――あなた、もう少し死地に耐性をつけないと駄目よ。緊急避難選択とか……ね?」
母からの不意打ちに思いきり咽た。
「いや、江流は冒険者として適切な行動をとったのだろう。冒険者には生存本能と判断の速さが大事だと聞く」
「なるほど! あなた物知り!」
父は何故自分をダシに母といちゃつくのか、息子にはよく判らない。
「色々な所を旅しているからって、万能ではないもの、誰かの守護者になりたいと願ったとかなんて知らないわよ?」
「だから、何でそんなことまで知ってんだよ……?」
江流は両親の情報網がどういうものなのか分からない。
学園に通う子を持つ貴族に伝手があるか、紛 れ 込 ん だペットで見ていたかとかが普通に考えられるが、それは一般論だ。この両親を一般論で考えてはいけない。
薫衣草で染めた羊皮紙で手紙を寄越してきた時点で警戒すべきだった。
両親は間違いなく、冒険者としての活動は勿論、学園の異性関係(とそれに纏わるあれそれ)を把握している。
(待てよ、そのつもりはなかったが百合茶……)
両親はともかく、ある見解にはゴブリン領よりも狭い見識しかないがある令嬢への想いは大陸全土を覆う一部の者にバレたら、怖いことになる。百合茶は学園生ではない人に譲ろう。
江流が短時間で自らの生存ルートを弾き出している間に両親は百合茶をすっかり飲み終えていた。
「お前がなりたいモノになれれば自然と分かるさ」
答えは江流自身の未来にある。
そう言わんばかりの両親は、そろそろお暇するという。
「宿は取っているのか?」
「ええ。大丈夫よ」
江流の、宿をまだ確保していないのなら、という申し出に問題ないと返される。
「もっとあちこち見て回るつもりだ。気が向いたらまた連絡する」
「俺から連絡することってできないのか?」
両親の消息は把握しておきたい、と言うと、波流は江流の頭を幼い頃のように撫でた。
「今度はもう少し早めに気を向かせる」
ああ、自分からはできないのか。
江流は自分からは取りたいと思っても取れない理不尽にため息を吐く。
波美が江流を幼い頃のように抱きしめる。
「あなたも池瑠もずっと私達の子よ。変わらず、大好きよ」
「……うん」
いってきます。
両親はそうして、海神邸を出ていった。
「……いってらっしゃい」
どうか、また会おう日まで。
「でも、池瑠に少し嫉妬するな」
だって、家族全員に自由に会いに行けるのだから。
●
その夜、不思議な夢を見た。
池瑠の夢だ。
元気そうな池瑠が笑って、朝の空を駆け、昼の海に心を躍らせ、夕暮れを見つめ、星空に手を伸ばしていた。
両親の夢だ。
波流と波美が寄り添って、森を抜け、山を越え、時には海を見て、訪れる街を楽しんでいる。
ああ、あの子は本当に自由になった。
ああ、両親は今自分達の為に生きている。
目が覚めた時、不思議と寂しさは感じなかった。
共にあった日々は既に過去のものでも、今もこれからも家族である事実に変わりはない。
これからも、海神・江流であることに変わりはない。
(だから――俺も自分の願いを大事にしよう)
夢に口を綻ばせた江流が、両親からの 圧 に気づくのはもう少し先の話だ。