褐色の魔女
キャラクターノベル制作 ウケッキ納品 2021年12月28日 11時50分49秒
●褐色の魔女
冬の寒さ厳しい山の奥地。
激しい吹雪によって辺りは白い世界。雪は深く、少し歩けば足が埋もれる程だ。
そんな山の中で、熊型魔獣【ボアグザ】は焦りを感じて後ずさる。
魔獣である彼が睨みつけるのは目の前の雪煙の中。彼の攻撃によって巻き起こった雪煙の中を警戒して睨んでいる。
この山の中でボアグザは上位に入る魔獣だった。彼に楯突く者はほぼおらず、この山で最強の名を欲しいままにしていたのだ。
しかし、数時間前突如として彼は“何か”の奇襲を受ける。
不可思議な術で足を止められ、動けない彼に飛んできたのはエーテルの矢。凄まじい速度で飛んできたそれは彼の利き腕をもぎ取る。
痛みに震えながら彼が目撃したのは……雪の中を疾駆し障害物から障害物へと移動するゴブリナの姿だった。見た所、自分よりも小さく強そうには見えない。
そんな小さな者に翻弄されるのはこの山最強という自負があったボアグザには許されないことだ。それが彼の思考から逃走の二文字を消えさせる。
切断された腕の痛みを根性で無視し、辛うじて動く足を気合で動かしながらボアグザは大きく振り被って剛腕を薙ぐ。直後、腕の軌跡に合わせた衝撃波が放たれた。
真っ直ぐに飛んだ衝撃波はゴブリナが隠れている岩を粉々に粉砕したのだった。
雪煙が晴れない中、ボアグザの額を汗が流れる。
彼が相対した大抵の生物であれば……あの一撃に耐えた者はいない。
相手はゴブリナ、確実に倒したはずなのだ。
だがなぜだろうか。ボアグザの胸中はざわめく。本能が告げている、まだ警戒を解くべきではないと。
その時、何かに肩を叩かれた気がしてボアグザは振り返る。だがそこには勿論“何もいない”のだ。
先程、ゴブリナと接敵してから何かがおかしいと彼は思う。
誰かが、見えない“何か”が自分の傍に常にいる、そんな気がしてならない。当然、辺りを見回して誰もいない。誰かがいるということはあり得なかった。
視線を晴れつつあった雪煙へ戻した瞬間、その中から再びエーテルの矢が飛来する。まだ足が満足に動かせないボアグザは避けきれず、右足を貫かれその場にしゃがみ込んだ。足から流れた赤い血が雪を赤く染める。
「グゥウオオオオオオ!」
咆哮を上げ、ボアグザは渾身の衝撃波を口から放った。雪を吹き飛ばしながら彼の前方を風の塊が猛進する。だがそこにゴブリナの姿はない。
辺りは雪に隠れた岩や、雪の塊が多く身を隠すには有益な地形。そのどれかにゴブリナが隠れているのだろうが、ボアグザには見当もつかなかった。
どのくらい彼女と相対しているだろうか。彼は窮地に陥った者特有の極度の緊張で時間が既にわからなくなっていた。
「……いのりはとどかず」
呟くような声が聞こえる。そして訪れるまた見えない“何か”の気配。彼にはそれが魔女の声にも聞こえた。
暴れるようにやたらめったら衝撃波を放ってみるが、それは雪煙を発生させるだけでゴブリナに当たった手応えはない。
自分は魔女にでも遊ばれているのだろうか。
命を弄ぶ魔女にでも目を付けられたのだろうか。
これは自分が見ている悪夢ではないのか。
そんな不安がボアグザの脳裏をよぎる。切断された腕のじわじわとした痛みがこれが悪夢ではないということを無慈悲に知らせる。
雪深い地で。
最強と自負していた彼に訪れた“死”の恐怖。
一度訪れた恐怖は拭い去ることはできず、それは決定的な行動の遅れにも繋がる。
死角から放たれたエーテルの矢――魔矢をボアグザは避けきれず、胸部にそれを受けて雪の中に倒れた。
倒れて意識を失いながら、死へと向かう中……薄れる視界で見えたのは褐色でスタイルのいい美しいゴブリナの姿。褐色の魔女……それが彼の脳裏に浮かんだ、最期の言葉であった。
雪に倒れて絶命するボアグザを検分するゴブリナ――ストレガ・L・リベルガストラ。
彼女は近隣の村から依頼を受け、穴持たずの熊を狩りに来たのだった。
熊の毛皮は防寒具や様々な装備の材料となる。内臓は有益な効果をもたらす数々の薬品の原料となり、熊の分厚くどろっとした脂は燃料として優秀。骨などは細工品や工芸品と用途を挙げればキリがない。
熊に捨てる所などはない。彼女にとって見れば彼の身体は全てが有用な素材なのだ。
日が落ち、寒さが厳しくなる前にストレガは熊の解体作業に入る。彼女の解体技術は見事な物で、日が落ちる前には全ての解体作業を終え、荷物を纏めて下山することができた。
麓にあった村に着くと、彼女は依頼品として熊の素材を村人へと納品する。
どうやら狩った熊……ボアグザはかなり大型であった為か、村人の想定を遥かに超えた納品量となった。
村では使いきれないから報酬の上乗せ代わりにと、ストレガは余った革や肉、内臓を貰い受ける。
滞在の為に取っていた小さな宿の一室に戻るとストレガは机の上に木の皿をいくつか置き、そこに内臓や熊の爪や瞳などを乗せていく。
「薬品調合にて大事なのは新鮮さなのだ。新鮮な部位は新鮮なうちに使うべきなのだ」
そう言いながら小型の鍋を取り出すとそこに水を入れ、爪や瞳、内臓の一部を暖炉の火で煮詰めていく。ぐつぐつと煮られた素材はどろっと溶けていった。
妖しい色になったそこへ小袋から緑色の葉を数枚取り出すと、静かに入れていく。木の棒でぐるぐると妖しい色の液体を掻き混ぜる様は、はたから見れば魔女に見えるかもしれない。
ある程度煮詰まった所で木製のスプーンでストレガは液体をすくうと一口、口に運ぶ。目を閉じて味わうと彼女はもう一枚、緑色の葉を追加で鍋に放り込む。
「ふむ、もう少し苦みが必要なのだ。これでは効力がいまいち……何を足すべきか」
鍋をかき混ぜながら彼女は手元に自作のメモを広げている。そこには彼女の直筆で様々な薬品の実験結果が記されていた。
熊の爪や内臓は滋養強壮などの生薬として使われることがある。
だがこれらは味を度外視した物であり、勿論匂いなども苦手な者には耐えがたいものだ。
だが味や匂いと引き換えに効力は中々。自前で使えば冒険の手助けになるだろう。販売して路銀の足しにするのもありかも知れない。
なんにせよ、確かな知識と技術で作られた生薬には一定の価値があるということだ。
出来上がった薬液をひとすくい口へと運ぶ。苦みと酸味が混ざった何とも言えない味がストレガの口内へ広がる。
「……味はいまいちだがいい出来なのだ。この配合なら……」
再び筆を走らせ、ストレガは手元のメモに今回の実験結果を細かく記していくのであった。
後日、元気の出る薬を求めていた村人へこの生薬を渡した所“味は酷いが元気は出た”と少々評判となったという。
冬の寒さ厳しい山の奥地。
激しい吹雪によって辺りは白い世界。雪は深く、少し歩けば足が埋もれる程だ。
そんな山の中で、熊型魔獣【ボアグザ】は焦りを感じて後ずさる。
魔獣である彼が睨みつけるのは目の前の雪煙の中。彼の攻撃によって巻き起こった雪煙の中を警戒して睨んでいる。
この山の中でボアグザは上位に入る魔獣だった。彼に楯突く者はほぼおらず、この山で最強の名を欲しいままにしていたのだ。
しかし、数時間前突如として彼は“何か”の奇襲を受ける。
不可思議な術で足を止められ、動けない彼に飛んできたのはエーテルの矢。凄まじい速度で飛んできたそれは彼の利き腕をもぎ取る。
痛みに震えながら彼が目撃したのは……雪の中を疾駆し障害物から障害物へと移動するゴブリナの姿だった。見た所、自分よりも小さく強そうには見えない。
そんな小さな者に翻弄されるのはこの山最強という自負があったボアグザには許されないことだ。それが彼の思考から逃走の二文字を消えさせる。
切断された腕の痛みを根性で無視し、辛うじて動く足を気合で動かしながらボアグザは大きく振り被って剛腕を薙ぐ。直後、腕の軌跡に合わせた衝撃波が放たれた。
真っ直ぐに飛んだ衝撃波はゴブリナが隠れている岩を粉々に粉砕したのだった。
雪煙が晴れない中、ボアグザの額を汗が流れる。
彼が相対した大抵の生物であれば……あの一撃に耐えた者はいない。
相手はゴブリナ、確実に倒したはずなのだ。
だがなぜだろうか。ボアグザの胸中はざわめく。本能が告げている、まだ警戒を解くべきではないと。
その時、何かに肩を叩かれた気がしてボアグザは振り返る。だがそこには勿論“何もいない”のだ。
先程、ゴブリナと接敵してから何かがおかしいと彼は思う。
誰かが、見えない“何か”が自分の傍に常にいる、そんな気がしてならない。当然、辺りを見回して誰もいない。誰かがいるということはあり得なかった。
視線を晴れつつあった雪煙へ戻した瞬間、その中から再びエーテルの矢が飛来する。まだ足が満足に動かせないボアグザは避けきれず、右足を貫かれその場にしゃがみ込んだ。足から流れた赤い血が雪を赤く染める。
「グゥウオオオオオオ!」
咆哮を上げ、ボアグザは渾身の衝撃波を口から放った。雪を吹き飛ばしながら彼の前方を風の塊が猛進する。だがそこにゴブリナの姿はない。
辺りは雪に隠れた岩や、雪の塊が多く身を隠すには有益な地形。そのどれかにゴブリナが隠れているのだろうが、ボアグザには見当もつかなかった。
どのくらい彼女と相対しているだろうか。彼は窮地に陥った者特有の極度の緊張で時間が既にわからなくなっていた。
「……いのりはとどかず」
呟くような声が聞こえる。そして訪れるまた見えない“何か”の気配。彼にはそれが魔女の声にも聞こえた。
暴れるようにやたらめったら衝撃波を放ってみるが、それは雪煙を発生させるだけでゴブリナに当たった手応えはない。
自分は魔女にでも遊ばれているのだろうか。
命を弄ぶ魔女にでも目を付けられたのだろうか。
これは自分が見ている悪夢ではないのか。
そんな不安がボアグザの脳裏をよぎる。切断された腕のじわじわとした痛みがこれが悪夢ではないということを無慈悲に知らせる。
雪深い地で。
最強と自負していた彼に訪れた“死”の恐怖。
一度訪れた恐怖は拭い去ることはできず、それは決定的な行動の遅れにも繋がる。
死角から放たれたエーテルの矢――魔矢をボアグザは避けきれず、胸部にそれを受けて雪の中に倒れた。
倒れて意識を失いながら、死へと向かう中……薄れる視界で見えたのは褐色でスタイルのいい美しいゴブリナの姿。褐色の魔女……それが彼の脳裏に浮かんだ、最期の言葉であった。
雪に倒れて絶命するボアグザを検分するゴブリナ――ストレガ・L・リベルガストラ。
彼女は近隣の村から依頼を受け、穴持たずの熊を狩りに来たのだった。
熊の毛皮は防寒具や様々な装備の材料となる。内臓は有益な効果をもたらす数々の薬品の原料となり、熊の分厚くどろっとした脂は燃料として優秀。骨などは細工品や工芸品と用途を挙げればキリがない。
熊に捨てる所などはない。彼女にとって見れば彼の身体は全てが有用な素材なのだ。
日が落ち、寒さが厳しくなる前にストレガは熊の解体作業に入る。彼女の解体技術は見事な物で、日が落ちる前には全ての解体作業を終え、荷物を纏めて下山することができた。
麓にあった村に着くと、彼女は依頼品として熊の素材を村人へと納品する。
どうやら狩った熊……ボアグザはかなり大型であった為か、村人の想定を遥かに超えた納品量となった。
村では使いきれないから報酬の上乗せ代わりにと、ストレガは余った革や肉、内臓を貰い受ける。
滞在の為に取っていた小さな宿の一室に戻るとストレガは机の上に木の皿をいくつか置き、そこに内臓や熊の爪や瞳などを乗せていく。
「薬品調合にて大事なのは新鮮さなのだ。新鮮な部位は新鮮なうちに使うべきなのだ」
そう言いながら小型の鍋を取り出すとそこに水を入れ、爪や瞳、内臓の一部を暖炉の火で煮詰めていく。ぐつぐつと煮られた素材はどろっと溶けていった。
妖しい色になったそこへ小袋から緑色の葉を数枚取り出すと、静かに入れていく。木の棒でぐるぐると妖しい色の液体を掻き混ぜる様は、はたから見れば魔女に見えるかもしれない。
ある程度煮詰まった所で木製のスプーンでストレガは液体をすくうと一口、口に運ぶ。目を閉じて味わうと彼女はもう一枚、緑色の葉を追加で鍋に放り込む。
「ふむ、もう少し苦みが必要なのだ。これでは効力がいまいち……何を足すべきか」
鍋をかき混ぜながら彼女は手元に自作のメモを広げている。そこには彼女の直筆で様々な薬品の実験結果が記されていた。
熊の爪や内臓は滋養強壮などの生薬として使われることがある。
だがこれらは味を度外視した物であり、勿論匂いなども苦手な者には耐えがたいものだ。
だが味や匂いと引き換えに効力は中々。自前で使えば冒険の手助けになるだろう。販売して路銀の足しにするのもありかも知れない。
なんにせよ、確かな知識と技術で作られた生薬には一定の価値があるということだ。
出来上がった薬液をひとすくい口へと運ぶ。苦みと酸味が混ざった何とも言えない味がストレガの口内へ広がる。
「……味はいまいちだがいい出来なのだ。この配合なら……」
再び筆を走らせ、ストレガは手元のメモに今回の実験結果を細かく記していくのであった。
後日、元気の出る薬を求めていた村人へこの生薬を渡した所“味は酷いが元気は出た”と少々評判となったという。