サフィラ、家出するってよ
キャラクターノベル制作 真柄 葉納品 2021年12月20日 16時35分55秒
それが現れたのは、彼女がまだ何も知らない少女の頃だった。
ある日、沐浴の為に集落の外れにある滝へと向かったサフィラ・アズラク・ナハルハルアリーブは、ふと自分の右脇に見知らぬ痣がある事に気付いた。
何か悪い病気なのかと、サフィラは急いで家に帰り、母シャフィーカに相談する。
母はサフィラの脇に出来た痣を見て驚くと共に、少しだけ悲しそうな表情を浮かべた。
「サフィラ、貴女は選ばれたのよ」
「選ばれたって、何に?」
「ナハルハルアリーブの巫女に」
「……へ?」
悲しげに微笑んでくる母に、サフィラはぽかんと口を開けてしまった。
巫女の存在は知っている。一族に伝わる儀式や祭事を司る大切な役目だ。確か、10年ほど前に先代の巫女が亡くなって、今は空位のはずだが……。
「……って、ええっ!? なんであたしなの!?!?」
サフィラは思わず大声で叫んでいた。
血に選ばれしナハルハルアリーブの巫女。一族を代表し他氏族との交渉役を務めたる、いわば一族の顔。それは誰かが選ぶものではなく、ナハルハルアリーブの血が選ぶと言われている。
10年間途絶えていた巫女の証ともいえる徴が、突如サフィラに発現したのだ。
「待って待って、あたしは30になったら出ていくって決めてるんだから、そんなの急に言われても困るよ!」
本来であれば大変な名誉である。しかし、サフィラは困惑していた。
巫女になるという事は氏族の代表になる事。それはこの集落から自由に出る事が叶わなくなるのと同義だった。
サフィラには夢があった。
幼い頃、たまたま集落を訪れた行商人と仲良くなり、読み古した旅行記を譲ってもらった。
本はとても貴重なものだ。いくら読み古したとはいえ、相当な価値がある。それを行商人が幼いサフィラに譲ってくれたのは、一体どんな理由があったのか。
今となっては知る由もないが、サフィラはその本を読むために、必死で字の勉強をした。
教えてくれたのは父アクバル。突然、字が習いたいと言ってきた娘にアクバルは驚きつつも、嬉しそうに字を教えてくれた。
しかし、サフィラが読み書きを何に使うか知ったアクバルは、ぱったりと字を教えるのをやめてしまった。
サフィラはそんな父に憤慨しつつも、長い時をかけほぼ独学で字を習得。ついに本の内容を読めるまでになった。
それがもう10年も前だ。
「そうね、サフィラには目標があるものね。うーん……」
夢の話を母は知っている。
古いしきたりを重んじる集落を抜け出て、旅行記の中の物語でしかなかった広い世界を肌で感じ、様々な国や地域を訪れ、人々と出会う。それがサフィラの夢。
シャフィーカとしても娘の夢をかなえてやりたい親心はもちろんある。しかし、掟の絶対性は理解しているし、反する意思もない。
「とにかくパパに相談してみるわ。少しだけ時間を頂戴」
「う、うん……よろしくおねがいします」
不安気に揺れるサフィラの頭を優しく撫でたシャフィーカは、最後に笑顔を向け部屋を出ていった。
●
一人になったサフィラは、鏡に映る痣をもう一度見た。
「なんであたしなの……?」
別に氏族の事が嫌いでも集落が嫌なわけでもない。巫女に選ばれたことだって、実感はないけど光栄だと思う。それでも、自分の夢はここの外にあるのだ。
こんな小さな痣一つで、これからの人生を決定されてしまう事に、自分は耐えられるだろうか。巫女として、威厳を持って氏族の顔に――。
「……あーー!! ムリっ!!」
想像しただけで息が詰まりそうになった。いくら栄誉だからと言って、やりたいかと言えば話は別だ。
ナイフで削り取れば、資格を失うだろうか。サフィラがそんな事を考えていると――――。
――ドドドドドドド……バンッ!!
「サフィラ、徴が出ただと!?」
「うぎゃぁぁ!!!」
突然開いたドアから顔をのぞかせた人物に、手近にあった木彫りのクマをぶん投げていた。
「ノックもなしに入ってくるな、変態!!」
急いで服をたくし上げたサフィラは、鼻頭を押さえ悶絶する人物に蹴りを加え部屋から追い出すと、勢いよくドアを閉めた。
ドアに背を当て荒れた息を整えつつ、部屋の外で木霊する悲鳴に耳を傾ける。
「……パパが悪いんだからね!」
ちょっとやりすぎたかなとも思わないでもないが、そもそも年頃の娘の部屋に突撃してくる父親が完全完璧に悪い。
だから悪くないと自分に言い聞かせながら、ゆっくりと扉を開き、顔だけ出して問いかけた。
「なにか用?」
「サフィラ! 徴が出たというのは本当か! さぁ、見せて見ろ! 父が……父が確認して――――」
――バタン!
前言撤回。
「何でパパに見せないといけないの! 変態!!」
再びドアを勢いよく閉めた。
突然脇を見せろとかほざいてくる父親に、はいどうぞと見せる娘がどこに居るのか。
「まったく、娘を一体何だと思ってるんだか」
サフィラが大きなため息をついたと同時に、ドアの向こうで人の立ち上がる気配がした。
「サフィラ、すまなかった。少し興奮してしまってな」
「……別にいい」
「そうか、なら脇を――――あ……い、いや、なんでもない」
こちらの怒りオーラでも感じたのか、アクバルの項垂れる空気が伝わってくる。
「いくら言われても見せないからね」
「ああ、それは諦めた。今度、寝ている時にでもこっそ――――」
再び烈火如きオーラを放つサフィラ。
「と、とにかく、お前が巫女として選ばれたのは間違いのない事実だ。俺は集落の掟に従って、お前を巫女として皆に紹介しなければならない」
「え、無理」
「そう、無理…………いや、無理じゃなくて!?」
きっぱりと断ってきた娘に、面食らったアクバル。思わずドアノブに手をかけるも、反対側からサフィラが押さえているので開かない。
「お前の事情もシャフィーカに聞いた。俺も可愛い娘の夢は応援してやりたい。だが、我が氏族にとって巫女は何よりも重要な役目だという事も理解して欲しい」
「……」
「30になるまでには、まだ2年あるだろう。一先ず、2年だけでいい。巫女を務めてもらえないだろうか」
ドアの向こうから父の切実な気持ちが伝わってくる。
サフィラはしばらく考えた後、渋々父親の提案を受け入れた――。
●
そして、あれから10年が過ぎた。
「あーーもぅ!! どうしてこうなったーーーー!!!!」
ベッドにダイブして枕に顔を埋める。
約束2年が過ぎた時には、サフィラは氏族の巫女としてのお役目を立派にこなすようになっていた。
最初は嫌々だったものの、両親の為と思い一生懸命取り組んだ。覚束なかった祭事や儀式の進行役も2年も経てば板につく。周りからの評判も、とてもいいらしい。興味はないけど。
他の氏族とのやり取りも、いつもの調子を隠し巫女然とした態度で臨んだ。
そうしたら、やっぱりうまくいってしまい、両親だけでなく集落の皆からもとても喜ばれた。これで氏族の将来は安泰だと、涙ながらに感謝された事もある。
「これじゃ、辞めるにやめられないじゃない……」
そうしている内に、2年が過ぎ、5年が過ぎ、ついに10年だ。毎年のように辞めたいと直談判しているが、はぐらかされ続けてきた。
「サフィラ、明日のお前の誕生日を祝って、集落の皆が宴を用意してくれているぞ」
ドアの向こうから父の声がする。
「……」
「サフィラ、寝ているのか?」
起きてるけど。とは、答えない。
「……とにかく、明日は皆への挨拶しっかり頼むぞ」
取れだけを言い残して、足音は遠ざかっていった。
父とはもう年単位で喋っていない。何を話しても巫女の事に結び付けてくる父との会話が辛くなり、自然と避けるようになってしまった。
「……なんで、あたしなの」
思い返すと泣けて来た。
10年間で少しずつ溜まっていった鬱憤が、ゆっくりと涙に解けて流れ落ちてくる。
こんなにも外の世界を渇望している自分が――。
「どうして……」
声がかすれる。何時しかサフィラは静かに泣いていた。
●
背中に感じた温もりにふと顔を上げた。
見ればベッドの横には母が座り、背中を優しく撫でてくれている。
「ママ……」
どれくらい泣いていただろう。窓の外はすっかり暗くなっていた。
「サフィラ、我慢させてごめんね」
どこまでも優しく温かい母の言葉に、サフィラの瞳から再び涙が零れ落ちる。
「お役目の事でずっと無理をかけて……私にとって一番大切なのは、サフィラ自身なのに」
そう言ってシャフィーカはサフィラをぎゅっと抱きしめた。
暖かな母の温もりに包まれながら、サフィラは大声を上げて泣いた。
「行きなさい」
そう言って母がサフィラの手にお金の入った小袋を乗せる。
「今まで我慢させてごめんね、サフィラ」
どういう事かと見上げたサフィラの頬に、母の温かな涙が零れ落ちた――。
●
巫女となったサフィラの生誕を祝う祭に、当の本人は姿を現すことはなかった。
神隠しだの、先祖の祟りだの、駆け落ちだの散々に噂されたが、結局真相は誰知るすべもなかった。ただ二人を除いては――。
あれから71年の歳月が過ぎた。
――ドドドドドドド……バンッ!!
「サフィラから手紙だと!!!」
アクバルが部屋へと入ると、シャフィーカが手紙を読んで微笑んでいる。
机にはマフラーと手袋。きっと娘からの贈り物に違いないとアクバルはピンときた。
しかし、シャフィーカは、これは私宛ですと、一刀両断。
さらに、愕然とするアクバルに苦笑したシャフィーカは――。
「なん……だと……」
カードに書かれた最後の一文にアクバルは固まった。
「あの子もいい歳だもの、彼氏の一人くらいできるわよ」
膝から崩れ落ちるアクバルにシャフィーカが可笑しそうに微笑む。
「サフィラ、元気そうでよかったわ」
アクバルから取り返したカードを胸に抱き、シャフィーカは遥か東方に想いを馳せる。
満足したら帰って来なさい。
そう心の中で呟いて――。
ある日、沐浴の為に集落の外れにある滝へと向かったサフィラ・アズラク・ナハルハルアリーブは、ふと自分の右脇に見知らぬ痣がある事に気付いた。
何か悪い病気なのかと、サフィラは急いで家に帰り、母シャフィーカに相談する。
母はサフィラの脇に出来た痣を見て驚くと共に、少しだけ悲しそうな表情を浮かべた。
「サフィラ、貴女は選ばれたのよ」
「選ばれたって、何に?」
「ナハルハルアリーブの巫女に」
「……へ?」
悲しげに微笑んでくる母に、サフィラはぽかんと口を開けてしまった。
巫女の存在は知っている。一族に伝わる儀式や祭事を司る大切な役目だ。確か、10年ほど前に先代の巫女が亡くなって、今は空位のはずだが……。
「……って、ええっ!? なんであたしなの!?!?」
サフィラは思わず大声で叫んでいた。
血に選ばれしナハルハルアリーブの巫女。一族を代表し他氏族との交渉役を務めたる、いわば一族の顔。それは誰かが選ぶものではなく、ナハルハルアリーブの血が選ぶと言われている。
10年間途絶えていた巫女の証ともいえる徴が、突如サフィラに発現したのだ。
「待って待って、あたしは30になったら出ていくって決めてるんだから、そんなの急に言われても困るよ!」
本来であれば大変な名誉である。しかし、サフィラは困惑していた。
巫女になるという事は氏族の代表になる事。それはこの集落から自由に出る事が叶わなくなるのと同義だった。
サフィラには夢があった。
幼い頃、たまたま集落を訪れた行商人と仲良くなり、読み古した旅行記を譲ってもらった。
本はとても貴重なものだ。いくら読み古したとはいえ、相当な価値がある。それを行商人が幼いサフィラに譲ってくれたのは、一体どんな理由があったのか。
今となっては知る由もないが、サフィラはその本を読むために、必死で字の勉強をした。
教えてくれたのは父アクバル。突然、字が習いたいと言ってきた娘にアクバルは驚きつつも、嬉しそうに字を教えてくれた。
しかし、サフィラが読み書きを何に使うか知ったアクバルは、ぱったりと字を教えるのをやめてしまった。
サフィラはそんな父に憤慨しつつも、長い時をかけほぼ独学で字を習得。ついに本の内容を読めるまでになった。
それがもう10年も前だ。
「そうね、サフィラには目標があるものね。うーん……」
夢の話を母は知っている。
古いしきたりを重んじる集落を抜け出て、旅行記の中の物語でしかなかった広い世界を肌で感じ、様々な国や地域を訪れ、人々と出会う。それがサフィラの夢。
シャフィーカとしても娘の夢をかなえてやりたい親心はもちろんある。しかし、掟の絶対性は理解しているし、反する意思もない。
「とにかくパパに相談してみるわ。少しだけ時間を頂戴」
「う、うん……よろしくおねがいします」
不安気に揺れるサフィラの頭を優しく撫でたシャフィーカは、最後に笑顔を向け部屋を出ていった。
●
一人になったサフィラは、鏡に映る痣をもう一度見た。
「なんであたしなの……?」
別に氏族の事が嫌いでも集落が嫌なわけでもない。巫女に選ばれたことだって、実感はないけど光栄だと思う。それでも、自分の夢はここの外にあるのだ。
こんな小さな痣一つで、これからの人生を決定されてしまう事に、自分は耐えられるだろうか。巫女として、威厳を持って氏族の顔に――。
「……あーー!! ムリっ!!」
想像しただけで息が詰まりそうになった。いくら栄誉だからと言って、やりたいかと言えば話は別だ。
ナイフで削り取れば、資格を失うだろうか。サフィラがそんな事を考えていると――――。
――ドドドドドドド……バンッ!!
「サフィラ、徴が出ただと!?」
「うぎゃぁぁ!!!」
突然開いたドアから顔をのぞかせた人物に、手近にあった木彫りのクマをぶん投げていた。
「ノックもなしに入ってくるな、変態!!」
急いで服をたくし上げたサフィラは、鼻頭を押さえ悶絶する人物に蹴りを加え部屋から追い出すと、勢いよくドアを閉めた。
ドアに背を当て荒れた息を整えつつ、部屋の外で木霊する悲鳴に耳を傾ける。
「……パパが悪いんだからね!」
ちょっとやりすぎたかなとも思わないでもないが、そもそも年頃の娘の部屋に突撃してくる父親が完全完璧に悪い。
だから悪くないと自分に言い聞かせながら、ゆっくりと扉を開き、顔だけ出して問いかけた。
「なにか用?」
「サフィラ! 徴が出たというのは本当か! さぁ、見せて見ろ! 父が……父が確認して――――」
――バタン!
前言撤回。
「何でパパに見せないといけないの! 変態!!」
再びドアを勢いよく閉めた。
突然脇を見せろとかほざいてくる父親に、はいどうぞと見せる娘がどこに居るのか。
「まったく、娘を一体何だと思ってるんだか」
サフィラが大きなため息をついたと同時に、ドアの向こうで人の立ち上がる気配がした。
「サフィラ、すまなかった。少し興奮してしまってな」
「……別にいい」
「そうか、なら脇を――――あ……い、いや、なんでもない」
こちらの怒りオーラでも感じたのか、アクバルの項垂れる空気が伝わってくる。
「いくら言われても見せないからね」
「ああ、それは諦めた。今度、寝ている時にでもこっそ――――」
再び烈火如きオーラを放つサフィラ。
「と、とにかく、お前が巫女として選ばれたのは間違いのない事実だ。俺は集落の掟に従って、お前を巫女として皆に紹介しなければならない」
「え、無理」
「そう、無理…………いや、無理じゃなくて!?」
きっぱりと断ってきた娘に、面食らったアクバル。思わずドアノブに手をかけるも、反対側からサフィラが押さえているので開かない。
「お前の事情もシャフィーカに聞いた。俺も可愛い娘の夢は応援してやりたい。だが、我が氏族にとって巫女は何よりも重要な役目だという事も理解して欲しい」
「……」
「30になるまでには、まだ2年あるだろう。一先ず、2年だけでいい。巫女を務めてもらえないだろうか」
ドアの向こうから父の切実な気持ちが伝わってくる。
サフィラはしばらく考えた後、渋々父親の提案を受け入れた――。
●
そして、あれから10年が過ぎた。
「あーーもぅ!! どうしてこうなったーーーー!!!!」
ベッドにダイブして枕に顔を埋める。
約束2年が過ぎた時には、サフィラは氏族の巫女としてのお役目を立派にこなすようになっていた。
最初は嫌々だったものの、両親の為と思い一生懸命取り組んだ。覚束なかった祭事や儀式の進行役も2年も経てば板につく。周りからの評判も、とてもいいらしい。興味はないけど。
他の氏族とのやり取りも、いつもの調子を隠し巫女然とした態度で臨んだ。
そうしたら、やっぱりうまくいってしまい、両親だけでなく集落の皆からもとても喜ばれた。これで氏族の将来は安泰だと、涙ながらに感謝された事もある。
「これじゃ、辞めるにやめられないじゃない……」
そうしている内に、2年が過ぎ、5年が過ぎ、ついに10年だ。毎年のように辞めたいと直談判しているが、はぐらかされ続けてきた。
「サフィラ、明日のお前の誕生日を祝って、集落の皆が宴を用意してくれているぞ」
ドアの向こうから父の声がする。
「……」
「サフィラ、寝ているのか?」
起きてるけど。とは、答えない。
「……とにかく、明日は皆への挨拶しっかり頼むぞ」
取れだけを言い残して、足音は遠ざかっていった。
父とはもう年単位で喋っていない。何を話しても巫女の事に結び付けてくる父との会話が辛くなり、自然と避けるようになってしまった。
「……なんで、あたしなの」
思い返すと泣けて来た。
10年間で少しずつ溜まっていった鬱憤が、ゆっくりと涙に解けて流れ落ちてくる。
こんなにも外の世界を渇望している自分が――。
「どうして……」
声がかすれる。何時しかサフィラは静かに泣いていた。
●
背中に感じた温もりにふと顔を上げた。
見ればベッドの横には母が座り、背中を優しく撫でてくれている。
「ママ……」
どれくらい泣いていただろう。窓の外はすっかり暗くなっていた。
「サフィラ、我慢させてごめんね」
どこまでも優しく温かい母の言葉に、サフィラの瞳から再び涙が零れ落ちる。
「お役目の事でずっと無理をかけて……私にとって一番大切なのは、サフィラ自身なのに」
そう言ってシャフィーカはサフィラをぎゅっと抱きしめた。
暖かな母の温もりに包まれながら、サフィラは大声を上げて泣いた。
「行きなさい」
そう言って母がサフィラの手にお金の入った小袋を乗せる。
「今まで我慢させてごめんね、サフィラ」
どういう事かと見上げたサフィラの頬に、母の温かな涙が零れ落ちた――。
●
巫女となったサフィラの生誕を祝う祭に、当の本人は姿を現すことはなかった。
神隠しだの、先祖の祟りだの、駆け落ちだの散々に噂されたが、結局真相は誰知るすべもなかった。ただ二人を除いては――。
あれから71年の歳月が過ぎた。
――ドドドドドドド……バンッ!!
「サフィラから手紙だと!!!」
アクバルが部屋へと入ると、シャフィーカが手紙を読んで微笑んでいる。
机にはマフラーと手袋。きっと娘からの贈り物に違いないとアクバルはピンときた。
しかし、シャフィーカは、これは私宛ですと、一刀両断。
さらに、愕然とするアクバルに苦笑したシャフィーカは――。
「なん……だと……」
カードに書かれた最後の一文にアクバルは固まった。
「あの子もいい歳だもの、彼氏の一人くらいできるわよ」
膝から崩れ落ちるアクバルにシャフィーカが可笑しそうに微笑む。
「サフィラ、元気そうでよかったわ」
アクバルから取り返したカードを胸に抱き、シャフィーカは遥か東方に想いを馳せる。
満足したら帰って来なさい。
そう心の中で呟いて――。