襲われた少女達~レッドベリルと黒装束~
キャラクターノベル制作 望月誠司納品 2021年12月25日 12時05分37秒
鮮やかに青く透明な硝子の中で橙色の火が燃えている。
円筒状の青硝子の下には黄金色の金属で台座が備えられている。台座には細微な魔術紋が彫り込まれ、つまみが取り付けられていた。
照明に使用される紋具である。
棚の上には同種の――しかし細部が異なった――ランプやランタンが並べられていた。天井からも幾つか吊り下げられている。
「これキレイね」
エメラルド色の瞳の少女が青硝子のランプを覗き込んでいる。
長く伸ばしたサラサラのブラウンの髪を後頭部で紺色の布で結い上げている少女だ。
パンクリアース学園の生徒セリーヌである。
「ですわねー」
同じように隣でサファイア色の瞳の少女が青硝子越しの火を見つめている。
顔の左右で縦にロールした金色の髪を持つ貴族少女。セリーヌの学友カーミラである。
二人は本日パンクリアース学園から出て街へと繰り出し買い物に来ていた。
セリーヌの寮の自室で使用しているランプの調子が悪くなってきていたので替わりとなるランプを購入しに来たのである。
「あっ、でもこちらもよろしくなくて?」
「確かにー、すっきりシンプルだけど上品ね」
隣にある透明な硝子の円筒に瀟洒な台座がつけられているランプを指してカーミラが言い、セリーヌは頷く。
店内に並べられている無数のランプは魅力的なデザインの物が多く、なかなか決定しなかった。見て選んでいるだけでも楽しいので、ついつい長居してしまう。
これも良い、あれも良い、と二人で言い合った結果、セリーヌはシンプルだが瀟洒な造りのランプを購入する事に決めた。カーミラは現在使用しているランプに特に不調はなかったが同じランプを購入していた。
「ふふっ、お揃いですわね」
輝くブロンドの貴族少女が弾んだ調子で笑う。
「でもカーミラはランプが特に不調とか無いわよね。余計に買っちゃってどうするの?」
ふと疑問に思って問いかけると、
「あら、気分で使い分けるだけの事ですわ」
「贅沢ー」
「伯爵の娘ですもの」
とくすくすと笑った。
伯父の元に居候している身分であるセリーヌと違い、正真正銘の貴族令嬢であるカーミラにとっては紋具とはいえランプの一つや二つ贅沢のうちにも入らないのだろう。
そんな会話を交わしつつ、ランプが納められた木箱が入った紙袋を抱えたセリーヌは、店員の挨拶に見送られドアベルを鳴らしながら扉を開き、同じく紙袋を抱えたカーミラと共に店の外へと出る。
夏の空は青く晴れ、白い雲が空の高い所を流れていた。
リーンエス王国の王都グランスパーダは今日も今日とて人々の活気に溢れている。
往来してゆく人々の流れ。
(あれ、あの人……)
セリーヌは雑踏の中に以前に見かけた事がある姿を認めた。
歳の頃は十七、八といった所だろうか。
墨を溶かしたような、腰程までに真っ直ぐに伸びた漆黒の髪が揺れている。
処女雪のように真っ白な肌を透かし柄とひだ寄せ装飾がふんだんにあしらわれた真っ赤なドレスに包み、華美なドレスには似つかわしくない長弓を背に負っていた。細い腰には細微な装飾の施されたベルトが回され、矢筒が下げられている。
(確か、セラン殿のお知り合い……?)
目が合った。
セリーヌが視線をやる前から彼女はセリーヌを見つめていた。
左右で色が違う黒と紅のオッドアイがセリーヌを見つめている。
彼女の左右にも女が二人立っていて、その二人もセリーヌをじっと見つめていた。
向かって左に立つ一人は、細微な紋様と深いスリットの入った青い神官法衣に、矮躯ながらも起伏豊かな身を包んだ少女だ。
中央に立つ少女と同様、長い黒髪と左右で色の違う紅瞳黒瞳を持っている。ただ、目の焦点はどこかずれていた。
円と十字が組み合わされた紋様が入れられた帽子をかぶり、身の丈を優に超える長大な鉄棍を手にしている。
向かって右に立つ一人は、細い長身をタイトな黒革のつなぎに包み、その上から黒鋼の胸当てを重ね着していた。
頭部には黒い円錐型兜をかぶり、手には槍を持っている。
蝶番で兜に取り付けられている鳥の嘴のように尖ったバイザーは今は上にあげられていて、白い素顔が晒されていた。
覗く髪色はやはり黒で、双眸の色もやはり黒瞳紅瞳だ。無機質に冷めた色をしている。
三人の少女達の背後には鎖帷子と外套に身を固めた複数の男達が立っていた。彼等もやはりセリーヌをじっと見つめている。
(……なに?)
セリーヌは背筋に粟立つような悪寒を覚えた。
黒瞳紅瞳の三人の黒髪女と武装した男達が道の彼方からセリーヌを見つめたまま、セリーヌの方へと歩いて来る。
「セリーヌさん、あの方達は……?」
カーミラもその集団から向けられている視線に気づいたか、訝しむような声をかけてきた。
「真ん中の女の人は見た事がある。セラン殿とお知り合いのようだったけど……」
私に何か用でもあるのだろうか? と思いセリーヌがカーミラと二人道に立ち尽くしていると、不意に腕に強い力が加わった。
「――走って!」
腕を引かれ驚きつつ見やれば、それは艶やかな銀髪を後頭部で結い上げている赤瞳の少女、フィーネ・メローヴイングだった。
「えっ、ちょっ」
カーミラが戸惑いの声をあげる。
「ともかく走って!」
「わっ、わかりましたっ」
真剣な面差しと声音から只事では無さそうだったので、セリーヌは言われるがままに走った。カーミラも同じく駆け出し、三人は店舗と店舗の間の細い路地へと飛び込んで駆けてゆく。
「あいつらヤバイ。近づいちゃ駄目だ。セリーヌを狙ってる」
「ええっ?」
「本当ですの?」
「レッドベリル三姉妹っていう帝国じゃ有名なお尋ね者――」
フィーネの言葉が終わるよりも前に路地の出口に人影が現れた。手には矢が装填されたクロスボウが構えられ、その鋭い鏃の先端が向けられている。
(えっ?)
街中で唐突に装填された殺傷武器が出現しその放たれる先が自分達へと向けられている事の非現実感にセリーヌの頭が真っ白になる。
鋭く響き渡る弩弦の音と共に矢が撃ち放たれ閃光の如く飛び、先頭を駆けるフィーネの身が沈み込んだのが見えた。
次の刹那、手品のようにフィーネの手に現れた短剣が飛来した矢を打ち払い、フィーネは猛ダッシュして加速跳躍、飛び蹴りを放って男の顔面に靴底を叩き込んだ。もんどりを打って男が回転し吹き飛ばされてゆく。
「マジでっ?! さっきのヤツ天下の王都で白昼堂々躊躇いなく撃ってきたんだけどっ?! どういう事っ?!」
銀髪ポニテ娘が駆けながら動揺と疑問を叫んでいたが、
「す、すごいですねフィーネ殿! さすが狩猟部!」
セリーヌは部の先輩の背を追って駆けつつその達人技をとりあえず褒め称えた。
「しゅ、狩猟部関係ある……?」
疾走にはやくも息を乱し始めながらカーミラが喘ぐように言う。
「まさか街の衛兵抱き込んでる……? くそっ! 王国兵は信用出来ない! カーミラ! 貴方、セランに報せにいって! 貴方だけなら連中多分スルーする可能性が結構高いだろうから!」
「け、結構高いって不確定要素多過ぎやしません事それッ?!」
「でもドラクリヤのお嬢様、貴方の体力じゃついて来れないでしょ。一緒の方向に逃げて遅れて追いつかれたら確実にアウトだよ!」
「うぐぐ、わかりましたっ!」
カーミラは体力は無いが状況の把握力と決断力は有った。
「セリーヌさん、フィーネさん、どうかご無事で!」
言って金髪少女は方向を転ずる。
「カーミラも!」
セリーヌは別の道へと駆け入ってゆく友人の無事を祈り、その背へと声を投げた。
「私達は学園に行くよ!」
疾走するフィーネがポニーテールの銀髪を躍らせながら肩越しに振り向き言う。
「あそこなら流石に敵の手も伸びてない筈だ!」
「わかりました!」
セリーヌは頷き銀髪娘の背を追って、学園への道を駆けるのだった。
●
グランスパーダの街中を二人の少女が駆けている。
先頭は歳の頃十五、六歳程度の銀髪赤瞳の少女、それに続くのが十四歳の茶色の長い髪を紺色の布で結い上げた緑瞳の少女。
そしてその二人を追いかける三人の黒髪少女と複数の男達だ。
通りをゆく人々が何事かと彼女達へと視線をやり、厄介事に巻き込まれては御免だとばかりに道を左右に開けてゆく。
「なんだなんだ喧嘩か?!」
「どうせまたパンクリアースだろ」
どうやら学園生の一部は度々街で問題を起こす事もあったようで、王都の人々の態度はどこか慣れを感じさせるものだった。セリーヌ達の年頃を見て過去に騒動を起こした少年少女達と同類なのだろうと判断したらしい。
おかげで逃げ道を塞がれるような事はなかったが、同時に助けも入ってこなかった。王都の治安を守っている筈の衛兵達さえも駆けつけてこない。もっともフィーネの言によれば、衛兵達はセリーヌの背後から追ってきている少女達に抱き込まれている可能性があるそうで信用できない、という話だったが、セリーヌからしてみると俄かには信じられない話だった。王都の衛兵を抱き込むなんてそんな真似が出来るものなのだろうか。しかし、現にこれだけの騒ぎになっていても衛兵は駆けつけて来なかった。
息を切らしながら駆けているとフィーネが肩越しに振り向き舌打ちすると短剣を宙に翳した。
無数の光弾がセリーヌ達の前方に――実際は全周囲に――出現し、後方へと矢の如くに流れてゆく。
無数の爆音と爆砕音と共に苦悶の男声があがって通りの野次馬達から悲鳴があがった。
駆けながらセリーヌが肩越しに振り向くと、追ってきていた男の二名ばかりが倒れていて、道に複数の穴が空いているのが見えた。フィーネがなんらかの魔術を放ったらしい。セリーヌとそう背丈も変わらぬ小さな先輩は弓や剣だけでなく魔法も一級品で使えるようだ。多才である。まるで伝承歌に聞くどこかの軍の特殊部隊員みたいだ。
「振り向かないで! セリーヌは走るのに専念ッ!! 後ろは私がなんとかするからッ!!」
「……はいっ!」
茶色髪の少女は荒くなっている呼吸の合間に短く返事を返した。セリーヌはカーミラよりは体力に優れていたが、授恵者という訳ではないので授恵者であるフィーネと比較すれば大幅に速度や持久力に劣る。この場は有難く先輩を信じて任せ自分は前だけを見て駆ける事に決めた。
セリーヌは息を乱しながらも必死に駆け、度々フィーネが背後を振り向いて射撃して迫ってきている追っ手達の足止めを行い、そうこうしているうちにやがて学園の敷地が近づいて来た。
パンクリアース学園の外には門前市のように学生向けの店が多数建ち並んでいる。
(逃げきれ、そう……?!)
夏空の下、既に汗は滝のように流れ、心臓が早鐘を打ち、肺は裂けそうで非常に苦しかったが、見慣れた風景に微かに安堵が湧き上がって来る。そうしてセリーヌがフィーネと共に店舗の間を通された道を疾走している時だった。
店と店の細い通路から不意に黒い影が閃光の如く飛び出して来て、フィーネへと踏み込んだ。
「がはっ?!」
フィーネからくぐもった苦悶の声があがった。
見やると、銀髪少女の腹に黄色く不気味に輝く鉄棒が突き刺さっていた――否、それは鉄の棒ではなく鋭い刃を持つ刀だった。
刀の主は、横合いから飛び出して来た影――フード付きの漆黒の長衣に身を包んだ不気味な男だった。
(なッ――?!)
セリーヌは驚愕に目を見開き足を止めた。
頭が真っ白になった。
上手く呼吸が出来ない。
どくんと心臓が強くはねる。
腹を刺されたフィーネは身をくの字に折り、それでも短剣を振り上げたが一撃を繰り出すよりも速くに黒装束の男は銀髪少女の胸元を黒い暴風の如く蹴りつけた。
銀髪ポニーテールの少女が仰け反りながら吹き飛んでゆき、腹から血濡れた刃が抜ける。鮮血が噴出して宙に赤色を撒き散らしながらフィーネが吹き飛んでゆく。
放物線を描いて落下し大地に背中から叩きつけられた少女は、腹部を見る見るうちに赤く染め上げた。彼女はそれでも立ち上がろうともがいたが、しかし傷口に留まっていた不気味な黄色い光が蠢いてフィーネの身に絡みついてゆき、すると銀髪少女の四肢からがくりと力が抜け動かなくなった。
鉄塊で頭部を殴りつけられたかのように視界が揺れた。
「フィ……フィーネ殿ッ!!!!」
セリーヌは絶叫した。
信じられなかった。
これまで無敵を誇っていた――セリーヌの目から見て――フィーネがあっさりとやられてしまった。
愕然としていると、セリーヌの肩に重みが加えられる。掴まれた、肩を。
――もう一人、居る。後ろに。
背後頭上より重く低い声が降って来る。
「……安心しろ。ヴェヒター・ヌルどもは頑強だ。この程度では死にはせん」
死にはせん?
こんなっ、刺されてっ?
セリーヌにはとても安心出来なかった。
ヴェヒター某と聞き慣れない単語が聞こえたが、それを気にしているような余裕は無かった。
普通の人間ならまず助からない深手である。
セリーヌはフィーネが死んでしまうと気が気でなかった。
フィーネを刺し抜いた血濡れた刀を手にした黒フードの不気味な男は、倒れている銀髪少女の傍らに跪くと片手をその腹へとあてて光を放ち始める。
「保証しよう、あの小娘は助かる。だが、お前が反抗するなら、その保証は無くなるが」
セリーヌは身を戦慄かせた。
肩越しに背後頭上を仰ぎ見る。
黒いフードを目深に被った男の口元は笑みに形作られていた。
その時だ。
――あらあら……他人が追い込んだ小鹿に横から喰らいつくとは、躾のなってない狗ですわね。
ソプラノの涼やかな女の声が響いた。
そちらへと視線をやれば、血のように赤いドレスに身を包んだ紅瞳黒瞳の長い黒髪女が立っていた。
レッドベリル。
帝国のお尋ね者だという女性。
黒いフードの男は鼻を鳴らした。
「追い詰めた? まんまと逃げられる寸前だった、の間違いだろう。一旦事を起こした以上、こうして確保出来た事は感謝して貰いたいぐらいだがな」
険のある調子で皮肉気に言う。
どうやら黒フードとレッドベリルはあまり良好な関係では無いらしい。
「感謝? そうねぇ……そちらの小鹿達をこちらにプレゼントしてくださるのでしたらしてもよろしくてよ?」
真っ赤なドレスの黒髪女が片手をあげる。
左右に並んでいた長身痩躯の少女がバシネットのバイザーを金属音を鳴らしながら降ろし槍を手に前に出る。
法衣に身を包むツインテールの小柄な少女が「……ヒヒッ!」と目を血走らせ忍び笑いを漏らしながら進み出る。
後に続いていた武装した男達も半包囲するように扇状に広がってゆく。
「貴様……どういうつもりだ」
男の声は張り詰め掠れていた。
フィーネを不意打ちながらに仕留めた恐るべき達人達だったが、どうやら彼等の様子を見るに二人だけではこの三姉妹達を相手取るのは難しいらしい。
「どう? 預けてくださらない?」
紅瞳黒瞳の女が艶然と微笑む。
自らが優位にあるという空気が滲み出ていた。
「――愚かな女だ」
フィーネの腹に光をあてていた黒ローブの男が立ち上がった。
フードの陰から暗く、しかし鋭い光を宿した瞳を覗かせ赤ドレスの少女を睨む。
「俺は遠隔での連絡手段を心得ている。どういう意味か、解るか?」
瞬間、女が視線を鋭くした。
少女二人と男達が動きを止める。
「……脅すつもり?」
「脅して来たのはそちらだろう。弁える事だな気狂い売女。もしもお前達が我等に逆らうのならば、お前の――」
「お黙りなさい」
男が黙り、セリーヌの背後に居るもう一人の黒フードがせせら笑いを漏らした。
「この小娘どもは我等の拠点へと連れてゆく。構わないな?」
「……好きになさい」
黒髪少女は黒フードを睨みつけるようにして言った。
セリーヌの頭越しに、セリーヌの運命が勝手に決められてゆく。
怒りが湧いてくるが、抵抗出来なかった。フィーネが抑えられているし、何よりフィーネを倒してしまうような者達をセリーヌが単独でどうこう出来る訳がなかった。
ぎゅっと震える拳を握り締める。
「行くぞ」
物でも扱うかのようにセリーヌは乱暴に腕を引かれた。
ぐったりとしてるフィーネが黒フードの男の肩に担ぎ上げられたのが視界の隅に見えた。
(一体どうして、こんな事に……なんで、私を?)
セリーヌは怒りと不安の感情を胸の奥に渦巻かせながら、黒フードに引きずられるように、彼等の拠点へと連行されて行ったのだった。
円筒状の青硝子の下には黄金色の金属で台座が備えられている。台座には細微な魔術紋が彫り込まれ、つまみが取り付けられていた。
照明に使用される紋具である。
棚の上には同種の――しかし細部が異なった――ランプやランタンが並べられていた。天井からも幾つか吊り下げられている。
「これキレイね」
エメラルド色の瞳の少女が青硝子のランプを覗き込んでいる。
長く伸ばしたサラサラのブラウンの髪を後頭部で紺色の布で結い上げている少女だ。
パンクリアース学園の生徒セリーヌである。
「ですわねー」
同じように隣でサファイア色の瞳の少女が青硝子越しの火を見つめている。
顔の左右で縦にロールした金色の髪を持つ貴族少女。セリーヌの学友カーミラである。
二人は本日パンクリアース学園から出て街へと繰り出し買い物に来ていた。
セリーヌの寮の自室で使用しているランプの調子が悪くなってきていたので替わりとなるランプを購入しに来たのである。
「あっ、でもこちらもよろしくなくて?」
「確かにー、すっきりシンプルだけど上品ね」
隣にある透明な硝子の円筒に瀟洒な台座がつけられているランプを指してカーミラが言い、セリーヌは頷く。
店内に並べられている無数のランプは魅力的なデザインの物が多く、なかなか決定しなかった。見て選んでいるだけでも楽しいので、ついつい長居してしまう。
これも良い、あれも良い、と二人で言い合った結果、セリーヌはシンプルだが瀟洒な造りのランプを購入する事に決めた。カーミラは現在使用しているランプに特に不調はなかったが同じランプを購入していた。
「ふふっ、お揃いですわね」
輝くブロンドの貴族少女が弾んだ調子で笑う。
「でもカーミラはランプが特に不調とか無いわよね。余計に買っちゃってどうするの?」
ふと疑問に思って問いかけると、
「あら、気分で使い分けるだけの事ですわ」
「贅沢ー」
「伯爵の娘ですもの」
とくすくすと笑った。
伯父の元に居候している身分であるセリーヌと違い、正真正銘の貴族令嬢であるカーミラにとっては紋具とはいえランプの一つや二つ贅沢のうちにも入らないのだろう。
そんな会話を交わしつつ、ランプが納められた木箱が入った紙袋を抱えたセリーヌは、店員の挨拶に見送られドアベルを鳴らしながら扉を開き、同じく紙袋を抱えたカーミラと共に店の外へと出る。
夏の空は青く晴れ、白い雲が空の高い所を流れていた。
リーンエス王国の王都グランスパーダは今日も今日とて人々の活気に溢れている。
往来してゆく人々の流れ。
(あれ、あの人……)
セリーヌは雑踏の中に以前に見かけた事がある姿を認めた。
歳の頃は十七、八といった所だろうか。
墨を溶かしたような、腰程までに真っ直ぐに伸びた漆黒の髪が揺れている。
処女雪のように真っ白な肌を透かし柄とひだ寄せ装飾がふんだんにあしらわれた真っ赤なドレスに包み、華美なドレスには似つかわしくない長弓を背に負っていた。細い腰には細微な装飾の施されたベルトが回され、矢筒が下げられている。
(確か、セラン殿のお知り合い……?)
目が合った。
セリーヌが視線をやる前から彼女はセリーヌを見つめていた。
左右で色が違う黒と紅のオッドアイがセリーヌを見つめている。
彼女の左右にも女が二人立っていて、その二人もセリーヌをじっと見つめていた。
向かって左に立つ一人は、細微な紋様と深いスリットの入った青い神官法衣に、矮躯ながらも起伏豊かな身を包んだ少女だ。
中央に立つ少女と同様、長い黒髪と左右で色の違う紅瞳黒瞳を持っている。ただ、目の焦点はどこかずれていた。
円と十字が組み合わされた紋様が入れられた帽子をかぶり、身の丈を優に超える長大な鉄棍を手にしている。
向かって右に立つ一人は、細い長身をタイトな黒革のつなぎに包み、その上から黒鋼の胸当てを重ね着していた。
頭部には黒い円錐型兜をかぶり、手には槍を持っている。
蝶番で兜に取り付けられている鳥の嘴のように尖ったバイザーは今は上にあげられていて、白い素顔が晒されていた。
覗く髪色はやはり黒で、双眸の色もやはり黒瞳紅瞳だ。無機質に冷めた色をしている。
三人の少女達の背後には鎖帷子と外套に身を固めた複数の男達が立っていた。彼等もやはりセリーヌをじっと見つめている。
(……なに?)
セリーヌは背筋に粟立つような悪寒を覚えた。
黒瞳紅瞳の三人の黒髪女と武装した男達が道の彼方からセリーヌを見つめたまま、セリーヌの方へと歩いて来る。
「セリーヌさん、あの方達は……?」
カーミラもその集団から向けられている視線に気づいたか、訝しむような声をかけてきた。
「真ん中の女の人は見た事がある。セラン殿とお知り合いのようだったけど……」
私に何か用でもあるのだろうか? と思いセリーヌがカーミラと二人道に立ち尽くしていると、不意に腕に強い力が加わった。
「――走って!」
腕を引かれ驚きつつ見やれば、それは艶やかな銀髪を後頭部で結い上げている赤瞳の少女、フィーネ・メローヴイングだった。
「えっ、ちょっ」
カーミラが戸惑いの声をあげる。
「ともかく走って!」
「わっ、わかりましたっ」
真剣な面差しと声音から只事では無さそうだったので、セリーヌは言われるがままに走った。カーミラも同じく駆け出し、三人は店舗と店舗の間の細い路地へと飛び込んで駆けてゆく。
「あいつらヤバイ。近づいちゃ駄目だ。セリーヌを狙ってる」
「ええっ?」
「本当ですの?」
「レッドベリル三姉妹っていう帝国じゃ有名なお尋ね者――」
フィーネの言葉が終わるよりも前に路地の出口に人影が現れた。手には矢が装填されたクロスボウが構えられ、その鋭い鏃の先端が向けられている。
(えっ?)
街中で唐突に装填された殺傷武器が出現しその放たれる先が自分達へと向けられている事の非現実感にセリーヌの頭が真っ白になる。
鋭く響き渡る弩弦の音と共に矢が撃ち放たれ閃光の如く飛び、先頭を駆けるフィーネの身が沈み込んだのが見えた。
次の刹那、手品のようにフィーネの手に現れた短剣が飛来した矢を打ち払い、フィーネは猛ダッシュして加速跳躍、飛び蹴りを放って男の顔面に靴底を叩き込んだ。もんどりを打って男が回転し吹き飛ばされてゆく。
「マジでっ?! さっきのヤツ天下の王都で白昼堂々躊躇いなく撃ってきたんだけどっ?! どういう事っ?!」
銀髪ポニテ娘が駆けながら動揺と疑問を叫んでいたが、
「す、すごいですねフィーネ殿! さすが狩猟部!」
セリーヌは部の先輩の背を追って駆けつつその達人技をとりあえず褒め称えた。
「しゅ、狩猟部関係ある……?」
疾走にはやくも息を乱し始めながらカーミラが喘ぐように言う。
「まさか街の衛兵抱き込んでる……? くそっ! 王国兵は信用出来ない! カーミラ! 貴方、セランに報せにいって! 貴方だけなら連中多分スルーする可能性が結構高いだろうから!」
「け、結構高いって不確定要素多過ぎやしません事それッ?!」
「でもドラクリヤのお嬢様、貴方の体力じゃついて来れないでしょ。一緒の方向に逃げて遅れて追いつかれたら確実にアウトだよ!」
「うぐぐ、わかりましたっ!」
カーミラは体力は無いが状況の把握力と決断力は有った。
「セリーヌさん、フィーネさん、どうかご無事で!」
言って金髪少女は方向を転ずる。
「カーミラも!」
セリーヌは別の道へと駆け入ってゆく友人の無事を祈り、その背へと声を投げた。
「私達は学園に行くよ!」
疾走するフィーネがポニーテールの銀髪を躍らせながら肩越しに振り向き言う。
「あそこなら流石に敵の手も伸びてない筈だ!」
「わかりました!」
セリーヌは頷き銀髪娘の背を追って、学園への道を駆けるのだった。
●
グランスパーダの街中を二人の少女が駆けている。
先頭は歳の頃十五、六歳程度の銀髪赤瞳の少女、それに続くのが十四歳の茶色の長い髪を紺色の布で結い上げた緑瞳の少女。
そしてその二人を追いかける三人の黒髪少女と複数の男達だ。
通りをゆく人々が何事かと彼女達へと視線をやり、厄介事に巻き込まれては御免だとばかりに道を左右に開けてゆく。
「なんだなんだ喧嘩か?!」
「どうせまたパンクリアースだろ」
どうやら学園生の一部は度々街で問題を起こす事もあったようで、王都の人々の態度はどこか慣れを感じさせるものだった。セリーヌ達の年頃を見て過去に騒動を起こした少年少女達と同類なのだろうと判断したらしい。
おかげで逃げ道を塞がれるような事はなかったが、同時に助けも入ってこなかった。王都の治安を守っている筈の衛兵達さえも駆けつけてこない。もっともフィーネの言によれば、衛兵達はセリーヌの背後から追ってきている少女達に抱き込まれている可能性があるそうで信用できない、という話だったが、セリーヌからしてみると俄かには信じられない話だった。王都の衛兵を抱き込むなんてそんな真似が出来るものなのだろうか。しかし、現にこれだけの騒ぎになっていても衛兵は駆けつけて来なかった。
息を切らしながら駆けているとフィーネが肩越しに振り向き舌打ちすると短剣を宙に翳した。
無数の光弾がセリーヌ達の前方に――実際は全周囲に――出現し、後方へと矢の如くに流れてゆく。
無数の爆音と爆砕音と共に苦悶の男声があがって通りの野次馬達から悲鳴があがった。
駆けながらセリーヌが肩越しに振り向くと、追ってきていた男の二名ばかりが倒れていて、道に複数の穴が空いているのが見えた。フィーネがなんらかの魔術を放ったらしい。セリーヌとそう背丈も変わらぬ小さな先輩は弓や剣だけでなく魔法も一級品で使えるようだ。多才である。まるで伝承歌に聞くどこかの軍の特殊部隊員みたいだ。
「振り向かないで! セリーヌは走るのに専念ッ!! 後ろは私がなんとかするからッ!!」
「……はいっ!」
茶色髪の少女は荒くなっている呼吸の合間に短く返事を返した。セリーヌはカーミラよりは体力に優れていたが、授恵者という訳ではないので授恵者であるフィーネと比較すれば大幅に速度や持久力に劣る。この場は有難く先輩を信じて任せ自分は前だけを見て駆ける事に決めた。
セリーヌは息を乱しながらも必死に駆け、度々フィーネが背後を振り向いて射撃して迫ってきている追っ手達の足止めを行い、そうこうしているうちにやがて学園の敷地が近づいて来た。
パンクリアース学園の外には門前市のように学生向けの店が多数建ち並んでいる。
(逃げきれ、そう……?!)
夏空の下、既に汗は滝のように流れ、心臓が早鐘を打ち、肺は裂けそうで非常に苦しかったが、見慣れた風景に微かに安堵が湧き上がって来る。そうしてセリーヌがフィーネと共に店舗の間を通された道を疾走している時だった。
店と店の細い通路から不意に黒い影が閃光の如く飛び出して来て、フィーネへと踏み込んだ。
「がはっ?!」
フィーネからくぐもった苦悶の声があがった。
見やると、銀髪少女の腹に黄色く不気味に輝く鉄棒が突き刺さっていた――否、それは鉄の棒ではなく鋭い刃を持つ刀だった。
刀の主は、横合いから飛び出して来た影――フード付きの漆黒の長衣に身を包んだ不気味な男だった。
(なッ――?!)
セリーヌは驚愕に目を見開き足を止めた。
頭が真っ白になった。
上手く呼吸が出来ない。
どくんと心臓が強くはねる。
腹を刺されたフィーネは身をくの字に折り、それでも短剣を振り上げたが一撃を繰り出すよりも速くに黒装束の男は銀髪少女の胸元を黒い暴風の如く蹴りつけた。
銀髪ポニーテールの少女が仰け反りながら吹き飛んでゆき、腹から血濡れた刃が抜ける。鮮血が噴出して宙に赤色を撒き散らしながらフィーネが吹き飛んでゆく。
放物線を描いて落下し大地に背中から叩きつけられた少女は、腹部を見る見るうちに赤く染め上げた。彼女はそれでも立ち上がろうともがいたが、しかし傷口に留まっていた不気味な黄色い光が蠢いてフィーネの身に絡みついてゆき、すると銀髪少女の四肢からがくりと力が抜け動かなくなった。
鉄塊で頭部を殴りつけられたかのように視界が揺れた。
「フィ……フィーネ殿ッ!!!!」
セリーヌは絶叫した。
信じられなかった。
これまで無敵を誇っていた――セリーヌの目から見て――フィーネがあっさりとやられてしまった。
愕然としていると、セリーヌの肩に重みが加えられる。掴まれた、肩を。
――もう一人、居る。後ろに。
背後頭上より重く低い声が降って来る。
「……安心しろ。ヴェヒター・ヌルどもは頑強だ。この程度では死にはせん」
死にはせん?
こんなっ、刺されてっ?
セリーヌにはとても安心出来なかった。
ヴェヒター某と聞き慣れない単語が聞こえたが、それを気にしているような余裕は無かった。
普通の人間ならまず助からない深手である。
セリーヌはフィーネが死んでしまうと気が気でなかった。
フィーネを刺し抜いた血濡れた刀を手にした黒フードの不気味な男は、倒れている銀髪少女の傍らに跪くと片手をその腹へとあてて光を放ち始める。
「保証しよう、あの小娘は助かる。だが、お前が反抗するなら、その保証は無くなるが」
セリーヌは身を戦慄かせた。
肩越しに背後頭上を仰ぎ見る。
黒いフードを目深に被った男の口元は笑みに形作られていた。
その時だ。
――あらあら……他人が追い込んだ小鹿に横から喰らいつくとは、躾のなってない狗ですわね。
ソプラノの涼やかな女の声が響いた。
そちらへと視線をやれば、血のように赤いドレスに身を包んだ紅瞳黒瞳の長い黒髪女が立っていた。
レッドベリル。
帝国のお尋ね者だという女性。
黒いフードの男は鼻を鳴らした。
「追い詰めた? まんまと逃げられる寸前だった、の間違いだろう。一旦事を起こした以上、こうして確保出来た事は感謝して貰いたいぐらいだがな」
険のある調子で皮肉気に言う。
どうやら黒フードとレッドベリルはあまり良好な関係では無いらしい。
「感謝? そうねぇ……そちらの小鹿達をこちらにプレゼントしてくださるのでしたらしてもよろしくてよ?」
真っ赤なドレスの黒髪女が片手をあげる。
左右に並んでいた長身痩躯の少女がバシネットのバイザーを金属音を鳴らしながら降ろし槍を手に前に出る。
法衣に身を包むツインテールの小柄な少女が「……ヒヒッ!」と目を血走らせ忍び笑いを漏らしながら進み出る。
後に続いていた武装した男達も半包囲するように扇状に広がってゆく。
「貴様……どういうつもりだ」
男の声は張り詰め掠れていた。
フィーネを不意打ちながらに仕留めた恐るべき達人達だったが、どうやら彼等の様子を見るに二人だけではこの三姉妹達を相手取るのは難しいらしい。
「どう? 預けてくださらない?」
紅瞳黒瞳の女が艶然と微笑む。
自らが優位にあるという空気が滲み出ていた。
「――愚かな女だ」
フィーネの腹に光をあてていた黒ローブの男が立ち上がった。
フードの陰から暗く、しかし鋭い光を宿した瞳を覗かせ赤ドレスの少女を睨む。
「俺は遠隔での連絡手段を心得ている。どういう意味か、解るか?」
瞬間、女が視線を鋭くした。
少女二人と男達が動きを止める。
「……脅すつもり?」
「脅して来たのはそちらだろう。弁える事だな気狂い売女。もしもお前達が我等に逆らうのならば、お前の――」
「お黙りなさい」
男が黙り、セリーヌの背後に居るもう一人の黒フードがせせら笑いを漏らした。
「この小娘どもは我等の拠点へと連れてゆく。構わないな?」
「……好きになさい」
黒髪少女は黒フードを睨みつけるようにして言った。
セリーヌの頭越しに、セリーヌの運命が勝手に決められてゆく。
怒りが湧いてくるが、抵抗出来なかった。フィーネが抑えられているし、何よりフィーネを倒してしまうような者達をセリーヌが単独でどうこう出来る訳がなかった。
ぎゅっと震える拳を握り締める。
「行くぞ」
物でも扱うかのようにセリーヌは乱暴に腕を引かれた。
ぐったりとしてるフィーネが黒フードの男の肩に担ぎ上げられたのが視界の隅に見えた。
(一体どうして、こんな事に……なんで、私を?)
セリーヌは怒りと不安の感情を胸の奥に渦巻かせながら、黒フードに引きずられるように、彼等の拠点へと連行されて行ったのだった。