畑のお肉はお好きですか?

キャラクターノベル制作 炙りとろ左門納品 2021年12月15日 12時55分12秒

 ジュスト・ヴェルジーは皿の中のそれに気づいた。気づいてしまった。
 しかし、動揺を顔に出すことはしない。貴族という生き物は得てして——感情の機微というものを微笑みの下に覆い隠せるようでなくてはならない。動揺など、付け入る隙を与えるだけ、もってのほかだ。
 だが今、ジュストが反射的に表情を繕ったのは、目の前にいるのが同じ貴族であるとか、身内ではない友人だとか、政敵だとか——だからではない。
「どうでしょう、おぼっちゃま。今年の豆は甘くできたと思うんですわ」
 年月の刻まれたしわくちゃの顔を、さらにしわくちゃにして笑う、1人の農夫であるからだ。
「……う、ん」
 ごめん、ちょっと言葉に詰まった。繕いきれなかった。
 なぜか。

● ジュスト・ヴェルジーは豆が苦手である
 ——ということを、この農夫は知っているから。
 ジュストがいるのはこの農夫の家だ。今年の作付や収穫はどうかという話を聞きに寄った際に、少し遅い昼食を共にすることになったのだ。とれたての野菜を使ったスープを作ったので是非、という馴染みの農夫の笑顔を見て、ジュストもついつい頷いてしまった。
 しかしジュストはすっかり忘れていた。この農夫はあの豆を育てているということを。 
「甘くできたと思うんです」
 農夫はぐっと拳を握って熱弁を繰り返す。ジュストはそれに再び頷いた。
「ですから豆嫌いのおぼっちゃまでも——」
「待ってそれは言わないでくれ誰が聞いているかわからないから」
 誰が聞いているかわからない、なんて台詞を緊迫した状況以外で使うことになるとは思っていなかった。しかし緊張の具合はそれの比ではない。
 ジュストとこの農夫の出会いは、ジュストが幼い頃まで遡る。パンクリアース学園に入る前から、ジュストはこの農夫と懇意にしていた。
 その時は、ジュストは豆が苦手ではなかった。むしろ豆は好きな方だったと記憶している。農夫が豆類を中心に育てていると聞いて様子を見に行ったのが最初であり、農夫は品種改良する予定の豆を見せてくれた。だがそれを試食した時、その苦味と口の中の水分を奪われる感覚に耐えられなかったのだ。
 その豆の名はグリュネギ。ほのかな苦味とほろほろ崩れる食感はやはり好みの分かれるところではあるが、放っておいても育つ強靭さとそこそこ実をつけることから、園芸初心者や家庭菜園向きである。
「グリュネギはスープに入れると水分を含んでしっとりとします。この鮮やかな緑はスープに彩りを添えてくれますし、今季の甘さなら子供たちにも人気が出るかなと思いましてな」
「そうだね……」
 農夫は楽しそうに今期の品種改良の様子(レポート)を語る。ジュストはそれをしっかり聞いていなければいけない立場だが、すでに上の空だった。スープの中に浮かぶ他の豆類を見て、これは好きな品種、これは苦手な品種と考え込んでしまう。
 だが、愛する領民、それも幼い頃から懇意にしている相手が善意で出してきたものを無下にするわけにはいかない。
「……いただきます」
 ジュストは覚悟を決めた。農夫が手塩をかけて育てた豆だ。今季はもしかしたら、ジュストのあの苦い記憶を払拭してくれるかもしれない。
「…………」
 スプーンでグリュネギ以外の豆も掬っておく。少しでもあの記憶を遠ざけたい。そしてそれを、口に運んだ。
 ほのかな甘み、の後にくる苦味。グリュネギのざらりとした感覚——を認識する前にジュストは心を無にした。前季のグリュネギよりはマシ、とはいえマシという評価を農家の前でしていいはずはないので、それはすぐさま思考の彼方に弾き飛ばす。
「ど、どうでしょう?」
「確かに、前のものより甘みが増していると思う」
 スープの味が染み込んでいるぶん、元の苦味は多少なり和らいでいる。農夫は諸手を挙げて喜んだ。豆は世代交代が早いが、交雑のしやすさは固定化の難しさにも繋がる。この豆の品質を維持できるかどうかが腕の見せ所だ。
「よかった! それでですね、グリュネギをもっと食べてもらいたくて……豆粉とか豆餅とかも作ろうかなと考えておるんですわ」
 ジュスト(領主家の次男)にトラウマを植え付けたという責任感もあるのだろう。自分で手がけた品種という自負も相まって、農夫のグリュネギに対する思い入れは深い。そんな嬉しそうに今後の展望を語られると、ジュストも口の中の苦味は忘れるしかない。
「おぼっちゃま、他に苦手な野菜はありませんか!? わしがおぼっちゃま好みの野菜に改良してみせますぞ!」
「できればそれは秘密にしたいなあ」
 特に彼女には知られたくない。
 しかしそんな美味しい話を、彼女が放っておくはずはないのだ——。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0