こんにゃくの旅
キャラクターノベル(グループ)制作 紀藤トキ納品 2021年12月06日 10時06分04秒
貧しい村の孤児院育ちだったシャロン・ラ・モリエールは、向上心旺盛な少女である。学びの場であるパンクリアース学園へ入る資格を手に入れてからは、しばしば足を踏み入れていた。そうすると、これまで縁のなかったジャンルの小説などを目にする事もあるわけで。
『まあ、婚約者以外の殿方と2人きりで会うなんて、許されない事ですわ』
(え、男の人と2人で会うのって許されない事なの? ……どうしよう)
読みかけの小説を手に、シャロンは困り果てていた。フットワーク軽いシャロンはその辺あまり頓着しない。というか婚約だのと言うのは貴族や金持ちだけで、だいたいの平民は大体頓着しないのだが。素直なシャロンは悩むことしばし、不意に訪れた天啓に声をあげた。
『こんにゃくしゃになればいいのですわ!』
何だか考え過ぎてお嬢様口調が移っている。最初に読んだ小説の綴りが間違えていたせいで、シャロンの知識の中ではこんにゃくしゃが正しい事になってしまったらしい。そんなわけで、シャロンのこんにゃくしゃ研究は始まった。教材は令嬢が出てくる恋愛小説とかドゥジンシである。
『婚約者がいるというのに、あの男は! 婚約者は1人しかいないのだから大事にしないと』
(こんにゃくしゃは1人しかいないのね! それに、こんにゃくしゃには大事にされるものなのだわ!)
大事にされたいというと、悠人・ラドルファスの顔が思い浮かぶ。ちょっと顔を赤らめつつ、シャロンは彼をこんにゃくしゃとする事を決めた。決めたと言えば決めたのだ。まあ、そんなことを普段から考えていたゆえの、夏の海のこんにゃくしゃ宣言なわけだが、その後もシャロンの学びは続いていた。
『来週、婚約者の領地にお伺いしますの。ご両親に挨拶して認めて頂かないと、婚約が本決まりにならないわ。私の事、気に入って頂けるかしら』
(そう、こんにゃくしゃは両親に認めてもらわないとダメ……。私の場合は孤児院のマザーでいいわね!)
一時期学園の図書館脇、日向ぼっこに最適なベンチに猫の尻尾がちらちら見えていたとかいないとか。シャロンの知識は主に書物の受け売りにより更に補強されていった。
●
「へぇ、こん……こんにゃく? ははぁ、それで育った孤児院にあいさつにねえ」
「そうなのです」
道中、乗せてもらった荷馬車の御者に楽し気な笑顔を返す余所行きシャロン。御者は困惑しつつ隣の悠人へ視線を移すが。
「うん、まあ」
悠人は見知らぬ他人へは愛想無しではあるが、否定的な雰囲気はない。正直に言えば彼も良く分かっていないのだが、シャロンが楽しそうだし、育った村も見てみたいし、と鷹揚に受け入れていた。まあ、納得しているなら野暮は言うまいと、御者は大人の対応を決め込む。「里帰りにゃ土産の1つでも持っていくと良い」と別れ際に日持ちする野菜を貰い、(良い人だ!)とシャロンは喜んで礼を告げた。悠人はどっさり南瓜と芋へ目をやり、ため息ひとつ。
「荷物をまとめなおすのは面倒だな。野営場所までは俺が持つよ」
実の所、2人のマジカルポケットは既にお土産が一杯だ。袋に入れてひとまとめにしているので収納できているが、追加しようと思えばちょっとした店を広げるような始末になる。
「その、さりげなく荷物を持ってくれるのって、とてもこんにゃくしゃっぽいわ!」
「そういうものかな」
シャロンもあれこれ聞いた内容を基に組み立てているだけなので、2人がそう思えばそうなのだ。機嫌のよい主の声に目を覚まし、背負い袋からちょろりと蛇が頭を出した。金の鱗が傾きだした陽光に照らされ赤く輝いている。
「ゼルエル、おはよう! でも、もう夕方よ?」
「寒いからかな。蛇には過ごしにくい季節だし」
主人の顔と、こんにゃくしゃの顔をちらりと見て、満足したのか荷物へと引っ込んだ。結構大きい蛇で、シャロンの荷物に占める分量は多い。そういえば、とシャロンは行き先の孤児院を思う。住み着いていた蛇は無事だろうか。弟分や妹分の孤児達にイジメられたり食べられたりしていないだろうか。
●
今日の野営の場所は、街道脇の広場だ。使う旅人も多いのか、火の場所や休む場所などが何となくわかる。先客は居ないようで、こんにゃ……もとい、今夜は2人きりになりそうだ。
「一度整理するか」
マジカルポケットに野菜を入れようとした悠人だが、食べ物でいっぱいの彼の側にはあまり余裕はない。ならばとシャロンも店を広げた。
「へぇ、靴下」
「全員分の靴下を編んできたのよ。みんな元気かしら? あ、悠人の分は別ね!」
お土産用のお肉、白パンに果物、お菓子をまとめなおして野菜のスペースを作る。衣服をクッションにすれば本の隙間にもう少し。
「たくさん貰ってしまって、少し余っちゃうわね」
「せっかくだから、夕食にもらったら? 干し肉にも芋は合うだろうし」
そう言う事になった。体の温まる汁ものを食べて、食後にはお茶の時間だ。
「悠人も飲むのよ! お腹が冷えるわ!」
あつあつは悠人に、少し冷ました分をシャロンに。同じように温めた『てゅ~る』をはむはむするシャロンの、少し前までの甲斐甲斐しい世話焼きぶりを思い出せば、寒さに強張る悠人の仏頂面も少し緩んだ気がした。
「にしても、冷えるな」
「それならば任せて!」
ふんす、とシャロンが胸を張る。なんでもこんにゃくしゃと冬山に取り残され、互いの体温を分け合う小説があったらしい。全年齢向けドゥジンシだったので肌を合わせる詳しい辺りはぼかされ、シャロンも良く分かっていなかった。分け合うってどうするのさ、と悠人が疑問に思えばするりと手に巻き付くモフっとした感触。
「私の尻尾で暖を取ればいいわ! こんにゃくしゃだから当然よ!」
(……尻尾で暖って獲れるものなのか)
もふもふすれば手触りは良いし、確かにちょっとは手が温かい。でも尻尾は体の一部だし、毛布から出していたらシャロンの方が寒いのではないか。それともハーフビーストはそうでもないのか?
(いや、やっぱり少し寒そうだよな)
悠人はちょっと惜しく思いつつも、シャロンが風邪をひく前に解放しようと決意した。荷物も片づけなおしたし、後は寝るだけだ。
「そういえば、こんにゃくしゃって何をすればいいんだ?」
「悠人をマザーに認めてもらうのよ。だめだって言われても3日くらい門前で立ち続ければ折れてくれるわ!」
「なんだか謎の儀式っぽいな、それ」
そう言われると、駄目と言われるのを前提で考えてしまう悠人である。後ろ向きなのは、生まれ育ちからして仕方がないのかもしれないが。ちなみに、謎の儀式のネタ元はまたもシャロンの読んだ小説であり、間違っても故郷の村に『こんにゃくしゃはその身を風雪に3日晒すことでその身の潔白を親族に認められる』などという風習がある訳ではない。というか、そもそも身が汚されていないのを証明するのは少女の側なのだが、そこも別に気にされてはいなかった。
「マザーっていう人の門前で3日立ってればいいんだね」
「ええ、そうね。大丈夫! 朝と昼と夜の差し入れはちゃんと作ってあげるわ!」
それならば何とかなるな、と思う程度に悠人はシャロンの家族に認められたいらしい。村を出たばかりの自分とは随分変わったものだ、と思わないでもないが。堪能した尻尾を解放した途端に、何やらにゃーにゃー転がっている少女を見やり、少年はそれもまあいいか、と自分の変化を淡々と受け入れた。
『まあ、婚約者以外の殿方と2人きりで会うなんて、許されない事ですわ』
(え、男の人と2人で会うのって許されない事なの? ……どうしよう)
読みかけの小説を手に、シャロンは困り果てていた。フットワーク軽いシャロンはその辺あまり頓着しない。というか婚約だのと言うのは貴族や金持ちだけで、だいたいの平民は大体頓着しないのだが。素直なシャロンは悩むことしばし、不意に訪れた天啓に声をあげた。
『こんにゃくしゃになればいいのですわ!』
何だか考え過ぎてお嬢様口調が移っている。最初に読んだ小説の綴りが間違えていたせいで、シャロンの知識の中ではこんにゃくしゃが正しい事になってしまったらしい。そんなわけで、シャロンのこんにゃくしゃ研究は始まった。教材は令嬢が出てくる恋愛小説とかドゥジンシである。
『婚約者がいるというのに、あの男は! 婚約者は1人しかいないのだから大事にしないと』
(こんにゃくしゃは1人しかいないのね! それに、こんにゃくしゃには大事にされるものなのだわ!)
大事にされたいというと、悠人・ラドルファスの顔が思い浮かぶ。ちょっと顔を赤らめつつ、シャロンは彼をこんにゃくしゃとする事を決めた。決めたと言えば決めたのだ。まあ、そんなことを普段から考えていたゆえの、夏の海のこんにゃくしゃ宣言なわけだが、その後もシャロンの学びは続いていた。
『来週、婚約者の領地にお伺いしますの。ご両親に挨拶して認めて頂かないと、婚約が本決まりにならないわ。私の事、気に入って頂けるかしら』
(そう、こんにゃくしゃは両親に認めてもらわないとダメ……。私の場合は孤児院のマザーでいいわね!)
一時期学園の図書館脇、日向ぼっこに最適なベンチに猫の尻尾がちらちら見えていたとかいないとか。シャロンの知識は主に書物の受け売りにより更に補強されていった。
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「へぇ、こん……こんにゃく? ははぁ、それで育った孤児院にあいさつにねえ」
「そうなのです」
道中、乗せてもらった荷馬車の御者に楽し気な笑顔を返す余所行きシャロン。御者は困惑しつつ隣の悠人へ視線を移すが。
「うん、まあ」
悠人は見知らぬ他人へは愛想無しではあるが、否定的な雰囲気はない。正直に言えば彼も良く分かっていないのだが、シャロンが楽しそうだし、育った村も見てみたいし、と鷹揚に受け入れていた。まあ、納得しているなら野暮は言うまいと、御者は大人の対応を決め込む。「里帰りにゃ土産の1つでも持っていくと良い」と別れ際に日持ちする野菜を貰い、(良い人だ!)とシャロンは喜んで礼を告げた。悠人はどっさり南瓜と芋へ目をやり、ため息ひとつ。
「荷物をまとめなおすのは面倒だな。野営場所までは俺が持つよ」
実の所、2人のマジカルポケットは既にお土産が一杯だ。袋に入れてひとまとめにしているので収納できているが、追加しようと思えばちょっとした店を広げるような始末になる。
「その、さりげなく荷物を持ってくれるのって、とてもこんにゃくしゃっぽいわ!」
「そういうものかな」
シャロンもあれこれ聞いた内容を基に組み立てているだけなので、2人がそう思えばそうなのだ。機嫌のよい主の声に目を覚まし、背負い袋からちょろりと蛇が頭を出した。金の鱗が傾きだした陽光に照らされ赤く輝いている。
「ゼルエル、おはよう! でも、もう夕方よ?」
「寒いからかな。蛇には過ごしにくい季節だし」
主人の顔と、こんにゃくしゃの顔をちらりと見て、満足したのか荷物へと引っ込んだ。結構大きい蛇で、シャロンの荷物に占める分量は多い。そういえば、とシャロンは行き先の孤児院を思う。住み着いていた蛇は無事だろうか。弟分や妹分の孤児達にイジメられたり食べられたりしていないだろうか。
●
今日の野営の場所は、街道脇の広場だ。使う旅人も多いのか、火の場所や休む場所などが何となくわかる。先客は居ないようで、こんにゃ……もとい、今夜は2人きりになりそうだ。
「一度整理するか」
マジカルポケットに野菜を入れようとした悠人だが、食べ物でいっぱいの彼の側にはあまり余裕はない。ならばとシャロンも店を広げた。
「へぇ、靴下」
「全員分の靴下を編んできたのよ。みんな元気かしら? あ、悠人の分は別ね!」
お土産用のお肉、白パンに果物、お菓子をまとめなおして野菜のスペースを作る。衣服をクッションにすれば本の隙間にもう少し。
「たくさん貰ってしまって、少し余っちゃうわね」
「せっかくだから、夕食にもらったら? 干し肉にも芋は合うだろうし」
そう言う事になった。体の温まる汁ものを食べて、食後にはお茶の時間だ。
「悠人も飲むのよ! お腹が冷えるわ!」
あつあつは悠人に、少し冷ました分をシャロンに。同じように温めた『てゅ~る』をはむはむするシャロンの、少し前までの甲斐甲斐しい世話焼きぶりを思い出せば、寒さに強張る悠人の仏頂面も少し緩んだ気がした。
「にしても、冷えるな」
「それならば任せて!」
ふんす、とシャロンが胸を張る。なんでもこんにゃくしゃと冬山に取り残され、互いの体温を分け合う小説があったらしい。全年齢向けドゥジンシだったので肌を合わせる詳しい辺りはぼかされ、シャロンも良く分かっていなかった。分け合うってどうするのさ、と悠人が疑問に思えばするりと手に巻き付くモフっとした感触。
「私の尻尾で暖を取ればいいわ! こんにゃくしゃだから当然よ!」
(……尻尾で暖って獲れるものなのか)
もふもふすれば手触りは良いし、確かにちょっとは手が温かい。でも尻尾は体の一部だし、毛布から出していたらシャロンの方が寒いのではないか。それともハーフビーストはそうでもないのか?
(いや、やっぱり少し寒そうだよな)
悠人はちょっと惜しく思いつつも、シャロンが風邪をひく前に解放しようと決意した。荷物も片づけなおしたし、後は寝るだけだ。
「そういえば、こんにゃくしゃって何をすればいいんだ?」
「悠人をマザーに認めてもらうのよ。だめだって言われても3日くらい門前で立ち続ければ折れてくれるわ!」
「なんだか謎の儀式っぽいな、それ」
そう言われると、駄目と言われるのを前提で考えてしまう悠人である。後ろ向きなのは、生まれ育ちからして仕方がないのかもしれないが。ちなみに、謎の儀式のネタ元はまたもシャロンの読んだ小説であり、間違っても故郷の村に『こんにゃくしゃはその身を風雪に3日晒すことでその身の潔白を親族に認められる』などという風習がある訳ではない。というか、そもそも身が汚されていないのを証明するのは少女の側なのだが、そこも別に気にされてはいなかった。
「マザーっていう人の門前で3日立ってればいいんだね」
「ええ、そうね。大丈夫! 朝と昼と夜の差し入れはちゃんと作ってあげるわ!」
それならば何とかなるな、と思う程度に悠人はシャロンの家族に認められたいらしい。村を出たばかりの自分とは随分変わったものだ、と思わないでもないが。堪能した尻尾を解放した途端に、何やらにゃーにゃー転がっている少女を見やり、少年はそれもまあいいか、と自分の変化を淡々と受け入れた。