百合の花咲く淑女の小路

キャラクターノベル制作 弓月 蒼納品 2021年12月07日 14時24分17秒

●紫の百合ファンクラブ

「――――何と言うことだ。由々しき、実に由々しき事態だ」

 パンクリアース学園における淑女の共同体『百合園会』。
 その実態は貴族令嬢達の秘密のお茶会であり、特権階級のサロンの1つと知られている。
 
 その副主催と言えば、言わずと知れた第五学年の王子様(プリンス)。
 『碧の君』オリヴィア・ライムグラスである事は今更説明するまでも無いだろう。

「ですよねですよね! まさかまさかあの紫姉様が……!」 

「……この様な展開は想定外。これも……竜の御曹司の策謀……ですか」

 如何にも楽しそうに乗って来たのは第三学年の情報通『黄の君』メリーベル・シュゼット。
 一方沈痛な面持ちで視線を落とすは第四学年の姫『白の君』ナスターシャ・ストロフィア。

 彼女ら3人は百合園会の中核であり、実質的な情報発信者でもある。 
 そんな彼女らが、揃って声を震わせる場面になどそう立ち会えるものではなく。

 周囲を取り囲む淑女たちも遂にこの日が来たか――――と、戦慄を禁じ得ない。

「あの、ボクらの愛する天上の紫宝が、こ、こ、こ――――」

「落ち着いて下さい碧姉様! 深呼吸、深呼吸ですよ!」

「時は決して戻らない……けれど、未来は変えられる。紫水姉様語録その4です」

 よろめく『碧の君』をメリーベルが支え。ナスターシャが儚げな相貌に憂いを帯びる。
 そう、既に百合園会総員が知る所なのである。この緊急事態の詳細は。即ち―――

「恋を、した可能性がある――――ッ!!!」

 放課後の学園の中庭に、黄色い悲鳴が響き渡った。

 ――――

「我ら紫の百合同好士団(ファンクラブ)は!」

「1つ、天上より地に舞い降りた貞淑の女神たる紫宝の君を愛し!」

「1つ、穢れ多き地に花開いた紫姉様の一切の愁いと陰りを取り除き!」

「1つ……貴族令嬢として清く正しく美しく……紫水姉様の豊かな学生生活を護ります」

「そう――――故にボクたちは断固この事態を看過してはならない……!」

 『百合園会』に集う色とりどりの貴種の花。中でもその頂点。
 『紫の君』は、いわゆる会の象徴(シンボル)であり、同時に偶像(アイドル)でもある。
 
 紫の百合同好士団(ファンクラブ)とはそんな『紫の君』が百合園会に属し、活動を続ける中で。
 その類稀な華やかさと愛らしさ。そして何より面倒見の良さに心の臓を完全に撃ち抜かれ。

 決して戻らぬ学園生活を愛すべき『紫の君』に捧げ(てしまっ)た淑女達の集いであると言えた。
 総数は百合園会の内外も含めれば三桁は揺るがないと言われている。

 勿論その凡そ殆どが貴族令嬢である事を勘案すると余りに救いがない。親は泣いているぞ。

「件の方はエル・ウミガミと仰られる様ですね! 職業は冒険者だとか」

「ぼ、冒険者……!? それはつまり――――」

「……実質無職と言うこと。暴力で自由業でその日暮らしですね。……紫水姉様可哀想」

 散々な言われっぷりだが、蝶よ花よと育てられた温室育ちの貴族令嬢を無礼(なめ)てはいけない。
 彼女らにとって定職と言える業種は、大陸(ロスガリア)におけるゴブリン領より狭いのだ。
 
「いや、人を職種で判断してはならない。労働に貴賎は無いのだから」

「素晴らしい貴き者の義務(ノブレスオブリージュ)です碧姉様……!」

「だけど……このままだと、紫水姉様は悪い狼に」

 狼に……! その先がどうなるのか令嬢達の大半にとっては想像の埒外にあるが。
 一部の耳年増なお嬢様方には刺激が強過ぎたのか眩暈を起こし倒れる者が続出する!

 この世に神は居ないのか。美しく優しい『紫の君』が何をしたと言うのか。
 否。断じて否である。救われるべき方に手が伸びないなら自ら伸ばすのが令嬢の嗜み。

 スカートの襞(プリーツ)は乱さぬように、愚かな冒険者(むしょく)に裁きの鉄槌を下すのだ。
 何、最悪娘に甘いお父様に泣きつけば、王国における庶民の生殺与奪など断頭台の悪徳商人同然。

 人は自らが正義の側に居ると信じられる時最も残酷になれるとは、風刺戯曲(オペラ)の定番だが。
 全く、人の振り見て我が振り直せ(ゴブリンは鏡を持たない)とは良く言った物である。

●お姉様原理主義

 勿論そんな事は露知らぬ海神・江流は降って湧いた編入試験対策として勉強の真っ最中。
 何故突然そんな気になったのかと言えば。件の紫の瞳の姫君の存在が全く関わっていない。

 ――――と、言ったら大いに嘘になる訳ではあるが!!!

「編入試験? おやおや学園の試験の難易度が分からない、庶民にありがちな間違いだね」

「ですよねー、でも冒険者は冒険者で互いに協力しあって頑張ってるみたいですよ?」

「……無職は、時間だけは浴びるほどある……油断は、禁物です」

 例え淑女であろうとも年頃の女子は目敏い。それがお姉様の未来に関わる事なら尚更に。
 王都に外出していた生徒が江流を発見し、動向がメリーベルへ届くのは必然とすら言えた。

 そんな、少し時が進んだ『百合園会』でも相変わらず、話題はお姉様一色。
 と言うより……『紫の君』が出席していない『百合園会』のお茶会は大体こんな物である。

「まさかそんな強行突破が可能だとでも? ボクですら合格する自信はないって言うのに」

「碧姉様の成績でも無理なら私なんて猶更じゃないですかー……」

「……でも、紫水姉様なら……?」

 第五学年の優等生。眉目秀麗才色兼備文武両道と言われる『紫の君』であれば。
 確かに、無茶振りの権化。難問奇問の世界大会。難攻不落と言われる編入試験でも――――

「あ、そう言えば新入生のオルファちゃんが入学試験通ったって……言ってた、様な」

「「!?」」

 百合園会会員でなくとも、流石に『白銀の薔薇』程まで知名度が有れば知っている。
 オリヴィアとナスターシャが目を見開いたのは。『白銀』が試験に通ったという部分ではなく。

 むしろ"入学試験を通って学園に入って来る"生徒が実在する――――と言う事実の方であり。

「ど、どうするんだ正攻法ならボクらじゃ止められないぞ!?」

「落ち着いて下さい碧姉様、そうなったらそうなったで好都合じゃないですか」

「飛んで火に居る……哀れな無職。紫水姉様も……きっと正気を取り戻し……ます」

 さりとて挫折を知らぬ王国貴族令嬢一堂、その自己肯定感故に前向き(ポジティブ)である。
 逆境(ピンチ)をも好機(チャンス)と捉える彼女らにとって、例え想定を外れた流れすらも問題にはならない。

 今まさに、哀れな冒険者の学園生活は風前の灯火と言って良く。

「そうだね。言われてみれば例え入学したとして血筋すら定かではない庶民なんだし」

「そうですよー、幾ら紫姉様が少しばかり夢見る乙女だったとしても流石に安心かと」

「……でも」

 不意に毀れたナスターシャの呟きに。オリヴィアとメリーベルが口元に運んだ茶杯(ティーカップ)を止める。

「私達には全く予期しない視点を持たれているのが……紫水姉様、なのも事実では」

 茶杯(ティーカップ)を下ろし顔を見合わせる三人。そうして、揃って首を縦に振る。

「確かに。ボクの時もあの仲裁は彼女にしか為し得なかった」

「もしも紫姉様が本気なら、故郷のお父上(紫水候様)でも連れてこないと……」

「……それこそ、火に油を注ぐ(這者に贄を貢ぐ)ようなもの。……凡そ逆効果でしょう」

 『百合園会』の象徴(シンボル)、『紫の君』。その能力は運動や学問に捉われない。
 大体何でも並以上にやってのけると言うその万能性は多くの下級生の羨望を集め余りあるが。

 同格の位置に居る一部令嬢達が畏敬を憶えるのは、その恐るべき政治力である。
 彼女は単一の身ですら当然の様な顔で場の空気を支配する。そういった資質を備えている。

 それは同じように"女流貴族"として権謀術数を磨いて来た令嬢達にとっても脅威だった。
 彼女は基本純粋で柔らかな感性の持ち主だが、一度敵と見定めた相手にまるで容赦はしない。

 穏やかに、微笑みながら、平然と対する者を手折って見せる。その手腕は――――

「ああ、でもそういう紫宝も良い……!」

「紫姉様、あのふわふわ笑顔で徹底して追い詰めて来ますもんねー……格好良い……」

「……完敗を喫して……憐れまれてから優しくされたいです……紫水姉様……」

 ――――一部、特定の属性のご令嬢達にとってはご褒美でしかなかった訳だが。
 彼女らこそは紫の百合同好士団(ファンクラブ)。

 紫のお姉様原理主義達の集いにして。ちょっと色々拗らせた令嬢達の集いである。
 入学すら未確定の庶民など、彼女たちに掛かれば相手にすらならない――――筈だった。

●君から始まる物語

 聴講生としてであれば、既に幾度か通った学園内の廊下。
 けれど、それほど経っていない筈なのに足取りは重く。心もそれに引きずられる。

 編入試験にやって来た江流は3つの誤算と割と手痛い対面を喫していた。
 1つ。学園内を歩く一部男子学園生の視線が矢鱈と冷ややかであること。

 庶民の冒険者が学園内に入って来る。それそのものには学園生も慣れた筈だ。
 聴講生だからと言って、そんな蔑む様な視線を向けられた記憶はあまりない。

 つまり、こういった傾向は聴講生全般ではなく、江流個人に向いている事になる。
 一体何をしてしまったのか。それについて完全に心当たりが無いとは流石に言わないが。

 まさか流石に自意識過剰過ぎるだろう……と。極力気にせずいたものの……

「……ち、庶民が」

 肩がぶつかった、恐らく貴族の上級生と思しき生徒に吐き捨てられるに至り。
 どうもこれは気の所為ではないぞ……?と言う実感を得た昨今。これがまず第1の誤算。

(……と言うか、肩より視線より胃が痛い……)

 編入試験。事前に相当真剣に勉強を積み重ねて来た筈だが。
 いざ実際に開いてみると的確な試験対策が無ければ即死……! と言う勢いで。

 あんまりにも酷い難問奇問の坩堝に放り込まれ、溺死寸前で這い出した。
 ある程度解けたと実感出来たのは全体の精々半分で、残り半分は最早運を天に任せる外無い。

 これで不安が無いと言えば――――流石に、虚偽申告だろう。
 そうして最後の一つ。3つ目の誤算が。今、江流が呼び出された先に居る。

「――――それで? 試験の手応えはどうだったんだいエル・ウミガミ」

「……いや、結構出来たと思うけど……君は誰で、何だこれ」

 編入試験の直後も直後。学園の裏庭にて。
 何故こんな場所に呼び出され、見たまま綺麗処の御令嬢に囲まれているのか。

 江流にも此処まで来ると心当たりがない。無いが、恐らく『百合園会』絡みである事は分かる。
 少なくとも、そこが分かる程度には。彼自身自分の立場を一定理解はしており。

「つまりですね。私達は『百合園会』の仲間として、尊敬すべる紫姉様が特別視する貴方が。
 紫姉様に対しどういう感情を抱いているのか確認しに来た訳です」

「……つまり、最後通牒(ジャッジメント)、です」

 貴族の園と聞くパンクリアース学園には似合わない、"ちょっと裏まで顔貸せやあ!"
 な場面でも。囲んでいるのが貴族の令嬢ばかり3人となれば空気感は大きく異なり。

「つまり、あなた達の自己判断と言う訳か。良かった、安心した」

「安心……!? それはどういう……」

「好きかどうかってのが恋愛かって話なら、俺は彼女を好きとは言えない」

「!?」「!?!?」「!!?!!?」

 まるで理解出来ない、と言う風に瞳を瞬いて固まった令嬢3人を一瞥し。
 江流は漸く理解を得る。やはり、自分の想定は間違っていなかった――――と。

「有り得ない! あの紫宝の一体何処に瑕疵があると――――」

「あ、これは死罪ですね」

「死罪です」

 互いの持つリボンを束ねにじり寄って来る貴族令嬢と言う構図は、割と真面目に恐怖を煽る。

「いや、違うよ。今の俺には彼女の隣に立って見て貰える立場がまるで足りないよね。
 だから今、必死になってそれを集めてる。立場も実績も。多分それでも全然なんだろうけど」

「あ、たり前です……! 紫水姉様の取り成しが無ければ、私は学園に何て二度と来れなかった……!」

「……私が同級生の噂話を集め過ぎて孤立した時。手を差し伸べてくれたのは紫姉様でした」

「ボクが下級生達との間であわや人傷沙汰まで行った時に、彼女が居なければどうなっていたか……」

 令嬢達は誰一人取っても立ち居振る舞いが洗練されている。名のある家系なのだろう。
 そんな令嬢らがこぞって護りにやって来る。"彼女"の立場がそういった次元に或る。

 学園を歩いていても、随分と不躾な視線に晒された。令嬢達ですらこうであるなら。
 彼女を目で追う令息達にとっては尚更に、江流は余程目障りであったに違いない。

 彼女は花だ。そう称されるに足るだけのことを積み上げてきた、王国が誇る大輪の花。
 だから誰しもが、それを摘もうという不届き者を赦せない。

 けれどそれではあの花は独りだ。唯一輪、凛と咲く。そんな美しさだってあるけれど――――

「……だから。俺は"これから好きになる"んだ」

 継いだその一言に。困惑したような眼差しが向けられ、暫し。
 沈黙を割く様に明るい碧の髪を短く切りそろえた令嬢が、一歩進み出て声を上げる。 

「認めない。ボクらは君を認めない。その言葉に嘘が無いなら僕らを認めさせてみせると良い」

「紫姉様は百合園会至上の花。それは次代の王国を彩る最高峰の花と言うことですよ?」

「……貴方は、きっと。その高みに……いいえ、必ず膝を折る事になります」

 言いたい事を言いたいだけ言って、連れ立って去って行く令嬢達の後ろ姿に。
 思いがけず笑みが漏れる。強がって、威勢を張って、背筋を伸ばして歩く令嬢達。

 全くその、何て誠実な事だろう。彼女らは幼い。幼さ故に、その姿勢には嘘が無い。
 彼女らに認められようと思えば。江流もまた、大人の狡さに頼ってはならないのだろう。
 
 編入試験の狂った難易度に強張っていた心身が、解された様にすら感じられた。
 他の入学希望者は知れずとも"此処"はまだ――――開始地点(スタートライン)ですらない。

 容易な道ではないのだろう。平坦な道でも、恐らくないのだろう。
 けれど元より分かっていた事だ。江流の目指す道は高く、遠く、最初から遥かな彼方に在る。

 頂きの高さに恐れを抱く程度なら、故郷を出てなど来なかったに違いない。世界は、広い。

「よし、始めるか」

 目指す先は見えた。あとは只管に登るだけだ。それはきっと、間違いではない。
 踏んだ足は思ったよりもずっと軽く、去り行く戦友達に敬意を示して歩み行く。

 ―――――それはきっと。君から始まる物語。

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アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0