重兵9番隊、晩秋の日常

キャラクターノベル制作 革酎納品 2021年11月22日 12時15分31秒

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 シルトラース帝国辺境の山岳街カルケルーア・ロモズは、いわずと知れたロモズ歩兵団の本拠地である。
 このカルケルーア・ロモズ内には幾つもの練兵場が用意されており、ギーゼラ率いる重兵9番隊は主に重兵用として整備されている練兵場を使うことが多い。
 そろそろ冬の気配が漂い始めた秋の陽射しの中、その日も重兵9番隊は日課とされている戦闘訓練で汗を流していた。
 いつもなら練兵場脇のベンチでのんびりと訓練風景を眺めているだけのギーゼラだったが、この日は新たな戦術機動を修練するということで、自ら隊列に加わり全体の動きをチェックしていた。
 重兵9番隊員は元帝国兵かスラム出身の荒くれ者で編成されており、体力自慢が多いのだが、新たな戦術機動は従来よりも若干複雑な軌道を取るということで、頭脳労働が苦手な者には少々ハードルが高い。
 そんな中でギーゼラだけは誰よりも早く全ての軌道を頭に叩き込み、各班の動きも俯瞰して理解する様になっていた。
 新戦術機動訓練は朝から晩まで続き、途中の休憩時間や昼食休憩などを含めると、結構な長時間を訓練に費やすこととなる。
 まともな訓練を受け始めたのがロモズ歩兵団入団後というスラム出身者はもとより、元帝国兵でさえも音を上げそうになる程のハードな訓練だったが、ひとりギーゼラだけは涼しい顔だ。授恵者としての卓越した体力の為せる業といえるだろう。
 冒険者となって以降、ギーゼラは己の技量を隠す為に敢えて力任せな戦法を取り続けてきたが、この日ばかりはそういう訳にもいかず、小剣や槍、盾なども手に取らなければならなかった。ここで初めて、部下達はギーゼラが想像以上に武具の扱いに長けている事実を知った。
 今までの、叩き潰すことに特化した武器と戦術しか知らない隊員達にとっては、この日ギーゼラが見せた動きは非常に新鮮だったに違いない。

 夕食前の最後の休憩時、ギーゼラは半ば指定席と化している練兵場脇のベンチに腰を下ろしていたが、そこに重兵9番隊副長ジャルーハ・フェッソがふたり分の水筒を携えて同じベンチに腰掛けてきた。
 ギーゼラは差し出された水筒を素直に受け取り、軽く喉を潤す。
「隊長はまだお若いですけど、我々が思った以上に帝国兵法の基礎にお詳しいですね」
 元帝国兵で歩兵隊と騎馬支隊での所属歴があるジャルーハは、ギーゼラが新たに考案した戦術機動が一部の帝国兵の騎馬陸戦訓練課程に組み込まれているものに、非常によく似ていると指摘した。
 そしてこの日の訓練中でギーゼラが見せた歩法、各種武器の取り扱い、構え、陣形に入る際の位置取り等、それらが全て帝国軍流の軍人作法に則っていることにも気づいていた。
 ギーゼラは幾分はにかんだ様子で、少し困った様な苦笑を浮かべた。
「うーん、バレちゃいましたかぁ……実は父が帝国軍人でね、基礎を色々叩き込まれたことがあったから」
「矢張りそうでしたか。訓練を受けた者でなければまず不可能な動きも、さらっと何げなくこなしていらっしゃったから、もしやとは思っておりましたが」
 しかしだからこそ、重兵9番隊の面々はギーゼラに絶大な信頼を置いて訓練に必死に喰らいつこうと頑張っている、ともジャルーハは静かに語った。もしもギーゼラが他の皆と同じ様に辛そうな顔を見せていたら、ここまでの長時間訓練に誰も耐えられなかったのではないだろうか。
「ちょっとキツい戦術機動だったかもねぇ……もうちょっと楽な動線に変更しましょうか?」
「いえ、大丈夫です。この戦術機動自体は非常に理に適ってますし、部隊として完全習得出来れば、実際の戦場に於いては強力な武器にもなります。皆もやる気になってますから是非このまま続けましょう」
 ジャルーハの応えを受けて、ギーゼラは微笑を返した。
 隊員達がその気になって頑張ってくれるなら、これに越したことはない。何より、疲弊し切った彼らをギーゼラの治癒師としての力で癒してやれるのが、一番の悦びでもあった。
 ついつい嬉しさが込み上げて来そうになるギーゼラだが、まだ訓練は終わっていない。愉悦の高揚感を得るのは、この日の訓練課程が終わってからでも遅くはないだろう。

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 翌日は、完全オフだった。
 前日の戦術機動訓練の疲労を残さない為にと、ギーゼラとジャルーハで予め協議を重ね、ハードな訓練の翌日は必ず休みにしようということで話が纏まっていたのである。
 尤も、授恵者としての豊富な体力を誇るギーゼラにとっては、いつもの休暇と変わらない。他に行くあても無いからということで、ロモズ歩兵団事務棟の専用執務室に籠り、何をするでもなくだらだらと過ごしたり、趣味の同人執筆に没頭してみたり、或いはお祭りで貰った金魚の世話をしてみたりと、のんびりした時間を楽しんでいる。
 因みに金魚鉢は、ジャルーハがシャルガネ産の陶器製のものを用意してくれていた。元々は質素な手桶で飼っていたのだが、折角なら風流に育ててみてはということで、フランクス商会に取り寄せて貰ったのだ。
 ところがこの日は朝から、以前の手桶に金魚を一時的に移している。鉢の内側が汚れてきたということで、ジャルーハが金魚鉢の洗浄を買って出てくれたのだ。
 実はギーゼラが不在の際は、ジャルーハがこの金魚の世話をしている。案外ギーゼラ以上に、ジャルーハの方が愛着を抱いているのかも知れない。
 ギーゼラもジャルーハの好意に甘えることにして、自身は締め切りが迫っているドゥジンシ発表会ウィンターコンヴェンションに向けて最後の追い込みをかけることにした。
 そして昼時になって、ジャルーハが綺麗に洗い終えた金魚鉢に水を張って、執務室に運び入れてきた。
「隊長、執筆の方はどうです?」
「うーん……ちょっと煮詰まっちゃってますねぇ」
 金魚を洗い終えた鉢に戻すジャルーハに対し、ギーゼラは珍しく浮かない顔を見せた。締め切りが迫ってくると日程が先に立ってしまい、内容が後回しになってしまう。一部のドゥジンシ作家には決して珍しい現象ではなかったが、よもやギーゼラ自身がその悪循環に陥ってしまうとは、本人も予想外だった。
「そういやぁ隊長、更に悪いニュースが」
 気の毒そうな表情でジャルーハが呼びかけると、ギーゼラの手が思わず止まった。ジャルーハが悪いニュースだと告げる時は、本当に恐ろしい知らせが飛び込んで来ることをギーゼラはよく知っていた。
 そして今回もその例に漏れなかった。
 曰く、今度発表するドゥジンシの製本を依頼している製本工房から、納品遅延が発生しそうだとの連絡が飛び込んできたとの由。
 というのも、ギーゼラが完成原稿を持ち込む当日に、役所の方からも頁数の多い文書の製本依頼が舞い込んでくる予定なのだという。こちらは公的機関からの要請だということで、どうしてもギーゼラ作のドゥジンシは後回しになる。
 このままでは、ウィンターコンヴェンションでの発表に間に合わない。製本工房からの連絡では、一週間早めに完成原稿を入稿してくれれば、役所依頼の製本着手前にギーゼラのドゥジンシ製本を完了させるということらしい。
「えぇ~……原稿締め切りを一週間早めろってことですかぁ」
 だが、やるしかない。
 ギーゼラのドゥジン信仰魂に、火が点いた。

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アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0