【獗烙】ある夜の港町にて

キャラクターノベル制作 広大野人納品 2021年11月30日 12時42分59秒

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「はーい! 頼れるミアさんの健康診断ですよー!」
 扉を唐突に開いたミアが両手を広げて宣言した。
 部屋の主であるエナハルト・ティルムが驚いた表情を向けている。驚くのは当然、なにせ今は夜なのだから。
 彼は仕事の途中だったようで浅く腰掛けた椅子の前の机には所狭しと書類や本が積まれていた。
「こんな夜更けに、いきなりどうしたのですか?」
「……いきなりどうしたのかって?」
 騎士の質問にミアは開けた扉をパタンと閉じて、すかさずカチャっと鍵を掛けた。
 すると華奢な身体を堂々と張って力説する。
「エナハルトさんは、どうにも抱え込んでしまう人だと分かったので……頼り甲斐をアピールしてるんです」
「君はいつでも頼り甲斐のある妖精さんだよ」
 微笑を浮かべそう言いつつ、書類に目を戻すエナハルト。
 普通、こんな夜中に若い娘が来たら、ちょっとは意識するのが健全な年頃の男の子だろうに、そんな様子が微塵も感じられない所を見ると睨んだ通り『抱え込んでいる』のだろう。
「そうではなくて、ですね……ほらほら、私、お役に立ちますよ」
 机に寄ると幾つかの小瓶を籠から取り出して並べていく。
 檸檬の香り豊かな濃縮果汁や気付け薬、精力剤等を置いた。
「ミアさん……流石に精力剤は……」
「仕事続きのエナハルトさんに一番必要な物ですよ!」
「……あ、そういう……」
 少し困惑した様子の王国騎士の反応。
 何か期待させてしまったようだが、それが何かを知るほどミアはまだ大人では無かった。
 けれども、期待されていた事は確かだった事は分かったようで寂し気な表情を浮かべる。
「うーん。やっぱり、私が子供なのでダメなのでしょうか……」
「ダメという訳では……」
 そう返しながらエナハルトは視線をミアから外した。
 この王国騎士は意識しているのか無意識なのか、他者に踏み込ませない一線を敷いている。
 理由は明白だった――ロゥレアという女性の存在だ。
「エナハルトさんの好みは年上の方のようですし……やはり、包容力?」
 華奢な身体が恨めしいとミアは思う。傷ついた人を簡単に手籠めに取れる力が欲しい。
 いや、ミアもこれから魅力的な躰に成長するかもしれない……保障は無いがっ!
「……頑張りますね。背も伸ばします」
「ミアさんは今のままでも――」
 視線を戻して来たエナハルトは、そこまで言い掛けた所で何かに気が付いたように言葉を止めた。
「どうしましたか?」
「あ……いや……そうだったんだって」
 穏やかな表情で立ち上がるとミアの前に進む。そのまま自然な流れで少女の柔らかい髪に手を伸ばした。
 唐突になんだろうと思う――髪フェチかと疑いたくなったが、そうではないようだ。
「僕も同じだったんだ。君と……」
 小さな呟きは告白にも似て。
 言われた内容が理解できないままのミアよりも先にエナハルトは心の内に気が付いた事を紡ぐ。
「頼って欲しい気持ちや支えられるという自負が、あの時の僕を形成していた。あの人が抱えている全てを背負えるって……そんな風に思っていた」
 ロゥレアという女性とどう知り合ったのかまで教えて貰ってはいない。
 ミアが知っているのは、病死した夫がいたという事――つまり、夫を失って傷心の沼底に沈んだロゥレアに、かつてのエナハルトは……。
 そこまで推測したミアの脳裏にジードの言葉が流れる。
 『君に埋まる事の無い想いを満たす覚悟はあるのか?』
 言葉の意味を今、問われているのだろう。
 ミアは拳を力強く握った。
 覚悟の有る無しなんて分からない。分かっているのは彼の力になりたいという想いだ。
「私がエナハルトさんと同じだと?」
 状況は確かに似ているが、全く同じではないはずだ。
 だって『ロゥレアはエナハルトに頼った』のに『エナハルトはミアに頼っていない』のだから。
「君が向くべき先は僕ではいけないんだよ」
 スッと脇を抜けるように歩く彼の袖をミアは反射的に掴んだ。
 立ち去ってしまう、目の前から居なくなってしまう、そんな気がしたから。
「……キリリウヌには連れて行ってくれますか?」
 因縁の地。いつかは訪れなければいけない廃墟の街。
 そこで何があったのか、向き合う日がいずれ来る事をミアは予見していた。
「冒険者に依頼は出す予定だよ」
 エナハルトはミアと目を合わすと自分の中で抑えている感情が溢れそうな気がして、扉の方を見つめつつ答える。
 それが逆効果だと分かっていながらも、そうでもしないと、自分を繕う事ができないから。
「……置いていかない?」
 想像もしなかった思わぬ少女の言葉。
 それがエナハルトの心の奥底で繰り返し響いた。
 かつて『置いて』いったのは自分だ。いや『置き残された』のが、ある意味、今の自分かもしれない。
 もう二度と手の届かない彼方に最愛の人は逝ってしまったのだから。
 エナハルトは言葉を絞り出すように発した。
「……君は……僕のようになってはいけない」
 同じ目に遭わせたくはないという意地だけがエナハルトの理性を支えていた。
 必要とされている事を『愛されている』と勘違いしたまま、ロゥレアの最期に漏れた台詞に全てを砕かれ、哀れに崩れきった惨めな自分のようにはなって欲しくない――と。
「私が頼りないからですか! また置いていかれたくないのに!」
「それだよ、ミアさん。僕と『同じ』と言ったのは」
 掴まれた袖を振り払うエナハルトはしかし、立ち去るのではなく、ミアを優しく抱き締めた。
「僕は……怖いんだ。キリリウヌに行く事も皆を危険に晒すのも……頼ったつもりが、君に甘えてしまう事も……」
 甘え続けた結果、また勘違いしてしまう事が。 
「……それでも頼って下さい。沢山、甘えて下さい」
 きっとそんな関係は歪んでいるのだろう。
 けれど、だからといって律する事が何故出来るというのか。
 ミアの想いに、エナハルトは腕に力を込め――られなかった。
 甘えたいと言えば、今のミアならばきっと受け入れてくれる。悲しみも苦しみも欲望も、その欠落は埋まらないと知りながらも。
 これが大人な女性との密会であれば、あるいは酔った勢いがあれば、それでも仕方ないと言い訳できただろう。
「……キリリウヌへ行くには上層部の許可が必要です。その時が来たら依頼は出します……恐らく、現地は屍人が多いでしょうから縁があれば頼む事になります」
「私は頼れるヒーラーですよ~」
 ニッコリと笑う少女の無自覚さと純粋さに自分の選択が過ちではなかったとエナハルトは内心、ホッとする。
「そうでしたね。凄く頼りにしていますよ、ミアさん」
「はいっ!」
 ミアはやる気に満ち溢れるような返事をした。
 彼が敷いた一線を越えたような、そんな気がしたから。もっとも、正確に論じるのならばエナハルトが一線を越えなかったのだが。
「折角なので書類の整理をお願いしましょうか……ただ、もう少しだけこのままでもいいですか?」
 瞳を閉じて気持ちを落ち着かせているようなエナハルトに、ミアは彼の背を軽く叩いて応える。まるで母親に甘えて来る幼児を安心させるかのように。
「これ、私でなかったらセクハラですよ、エナハルトさん」
「流石に見境無しにはしませんよ。ミアさんに『だけ』です」
「……ずるい言い訳です」
「でも、こんなやり取りも好きではないですか?」
 互いの耳元で囁くようにそんな大人な会話を交わす。
 こうして、港町ウシタのある一夜が過ぎていくのであった。

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アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0