美徳と微笑

キャラクターノベル制作 九弐ニデル納品 2021年11月25日 11時33分57秒

 ”次男”という存在がある。
 長男がいる以上、彼らの取り分はあっても少ない。そのくせ、長男の代わりをいつか務めるかも、とうっすらした期待と監視の視線にいつも取り巻かれている。だから世の次男という者は世渡りが巧くなるし、妙なことを知っていて、小綺麗で、女達からの浮ついた眼差しを一身に受け止めるようになる。


 ヴェルジー伯爵家次男、ジュスト・ヴェルジーはその典型だった。
 ヴェルジー伯領は王国東部の穀倉地帯にあり、長い歴史と豊かな農作物の恵みを受ける穏やかな土地だ。現ヴェルジー伯爵エドゥアールは内にあっては穏やかな気性で領地と領民を慈しみ、外にあっては繊細なバランス感覚と精強な騎士団で中立を保っている。その騎士団の団長は将来を嘱望されたヴェルジー家長男、フェリクス。彼はこの土地の申し子とでもいうように、堅実で真面目な人物だ。つまり――

「兄上」
 フェリクスは、反故をジュストが拾い上げるのをちらりと見た。眉を顰めても美しく見えるように努力し、今ではそうでなくやろうと思っても出来なくなっている弟。
「この手紙は」
 隣で騎士団を保有する小領主が代替わりした。そこに遣る挨拶状だ。
「いくらこちらが格上とはいえ、これは余りに無愛想にございましょう」
「ふむ……しかし、特に言うこともないのでな」
 そうでしょうか? と新しい一枚を引き出したジュストは柔らかな指でペンを滑らせる。フェリクスは剣の稽古で傷ついた己の指を撫でた。

 その昔、2人は並んで丸太を叩いていたのだ。はじめは棒で。やがて丸太が人になり、棒が剣になったころ、ジュストは稽古をあっさりと辞めた。騎士への憧れが自分より強く、魔獣退治から帰ってきた者を捕まえては話をせがみ、訓練の見様見真似でレスリングを何度も挑んできた弟の決断が不思議だったフェリクスが訊くと、何でもないことのように彼は答えてくれた。
「私は、場を動かすことが好きなのでございます。場を決定することでなく。あとは、そう……重い鎧が似合いません」
 そうして、ジュストはパンクリアース学園に入っていった。

 そこはいまの貴族社会の縮図のようなところらしかった。
 どんどん達筆に、装飾的に、数の増えてくるジュストからの手紙を読む限り、彼はそこで魔法研究と同じくらい政治に勤しんでいるようだった。たまに、自分への客人でも弟を知っている人物がいるようになった。
「ああ、いま学園にいらっしゃるとか。私の娘も、そこで」
 どの客も娘経由でばかり情報が来るのが気になりはしたが、休暇で戻ってくるジュストを問い詰めるほどでもない。寮に帰る時には豊かな領地と交易の産物を山ほど荷造りする彼は、悠然と笑う男に育っていた。

「これで如何でしょうか。……兄上、使者の役目は是非私に」
 詰まることなく書き上げた手紙を乾かしながら、休暇はまだまだあることです、とジュストは面白そうに言う。伯の息子が直々に行くようなところではないのだが。留めかけて、どうせ何か掴んでのことに違いないと思い直した。
 ジュストは本当に、剣の腕に見切りをつけたから已む無く学園に入ったのだろうか。フェリクスはその疑問を何度も胸に押し込めている。彼の手紙はふわふわと日常が綴られているようで、たまに学内の、ひいては外の世界の勢力争いの話がするりと紛れ込んでいた。伯爵家としてそれに密かに助けられたことも一度や二度ではない。自分のように頭の固い者が上に立つならば、その身辺に信頼できる情報通はどうしても必要なのだ。彼にはそれが分かっていたのではないか。

「うむ。頼もうか」
 文面を確認する。問題はなかったが、一点だけ。下書きではただ一覧にしていた、そう高価でもない祝いの品について。
「”直接使者に尋ねられたし”。何でもないことをこう書くことで、特別だと思わせられるものでございます」
 封をした手紙を持ち上げ、ジュストは明朝に出発いたします、と礼をした。丁寧でふわりと軽いその姿態は到底”次期当主”のものではない。ただし、自分よりも数段”貴族”である、そうフェリクスは感じる。弟が送って来た手紙に女性に平手で打たれた回数を数え上げたものがあったのを、慈しむような笑いと共に思い出した。
「その考えをどうやって身に着けたのかは聞かずに済ませておこう。いつも助かっている」

 翌朝。
 そろそろこの地にも冬が来る。荷馬車の中身が樽ばかりなのを見下ろしながら、ジュストはやあ、おはよう、おはよう……と道を開ける領民に愛想よく笑いかける。蹄の音に紛れて若い女の嬉しそうな声と、窘めるような老婆の声がした。
 ――ほんとうに素敵なお方だわ!
 ――なに、団長様が一番よ。
 馬を早足にさせたジュストは朝日に目を細めた。俺の愛する翡翠の園よ、兄上と永く栄えるがいい。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0