秋晴れの香しい日常
キャラクターノベル制作 革酎納品 2021年11月07日 12時56分57秒
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シルトラース帝国領カルケルーア・ロモズは、山岳の集落群をひとつに纏めた町である。
その為、秋が深まってきた昨今の朝は吐く息が白く染まる。その一方で晴天が多く、日中は上着が不要な程の暖かさに恵まれることが少なくない。
カルケルーア・ロモズを拠点とするロモズ歩兵団は、一部の隊長や副長を除いてはほぼ全員がこの地を新たな人生の礎としており、日々の生活、或いは休日のひと時までもをカルケルーア・ロモズで過ごすことが大半だった。
そしてこの日、ロモズ歩兵団重兵3番隊は訓練も哨戒任務も無い完全なオフ(しかも二連休)だった。
隊長コルネリウス・アーラはひとり荷車を押して、南集落地の小川沿いに設置されている洗濯場へと足を運んでいた。
「今日はお天気も良いですし、皆さんお休みですから色々と済ませてしまいましょうか」
隊の兵舎で、居残っていた隊員達にそう告げたコルネリウス。ある者は未完成のまま工程が進んでいない兵舎の手直しに、ある者は畑仕事に、そしてまたある者はロモズ旧村(現在の王国領ロモズ)から運び込んだ諸々の資材の仕分けにと動き出した。
折角の休日なのだから、ゆっくり体を休めさせてくれ――といった様な不平不満を口にする者は、誰ひとりとして居ない。皆、笑顔でコルネリウスの言葉に従った。率先して自らの役割を選ぶ姿は、彼らがコルネリウスに深く心酔し、全ての信頼を置いていることを如実に物語っていた。
そしてコルネリウスはというと、全員分の汚れた衣服や汗を吸い込んだ毛布等を掻き集めて、洗濯場で半日過ごすことを自らに課した訳である。
清流の傍らに設置された板張りの洗濯場に、荷車上の衣類や毛布等を全て放り出してから、一枚ずつチェックを進める。
破れている箇所やほつれている箇所、或いは何らかの不具合が生じているものは無いかなどを入念にチェックしてゆく。洗ってしまってからでは、乾くまで手を付けられなくなる。その為、今このタイミングで実施する必要があった。
最初はしっかり真面目にチェックを進めていたコルネリウスだが、ある瞬間、何故か全身の動きがピタリと止まった。
その時、彼女が手にしていたのは副長の隊服だったのである。
(あ……あぁ、ど、どうしよう……)
心の奥底から込み上げてくる、凄まじいまでの欲求。
吸いたい。気の済むまで、思いっ切り吸いたい。
人類の三大欲望は食欲、性欲、睡眠欲だと聞いたことがあるが、コルネリウスには更に第四の欲望、即ち吸引欲というものが具わっているのかも知れない。
別に悪いことをする訳ではなく、ただ愛しい恋人の体の匂いが染みついた衣服に、顔を埋めてその香りを満喫したい。本当にただ、それだけなのだ。
(ちょ、ちょっとだけ……ちょっとだけなら……)
大体この様な弁解で自らを誤魔化す時というのは、ちょっとだけでは終わらないことが多い。
或いは副長当人が居なかったので、つい魔が差してしまった、と開き直っても良いだろう。
コルネリウスは周囲に他者の目が無いことをしっかり確認してから、改めて副長の隊服をその美貌にぎゅっと押し付けた。
嗚呼、何たる至福のひと時か。この香り、この匂い。誰にも邪魔されること無く、胸の奥にまですぅぅぅぅぅっとひと息に吸い込むことが出来る、この快感。
最高の瞬間だった。
心ゆくまで、愛しいひとの匂いを堪能した。
そしてふと瞼を開いたその時、コルネリウスは全身で凍り付いた。
洗濯場へと繋がる林道に、ふたつの人影が愕然と佇んでいた。重兵3番隊の頼れる班長達、ローデス・プレクターとケルフィス・ディクロンの両名だった。
副長隊服の匂いを堪能していたコルネリウスは、このふたりの班長と思いっ切り目が合ってしまった。
●
重兵3番隊長の美貌のエルフ、コルネリウス・アーラ。
壁エルフのおねえさん、コルネリウス・アーラ。
数々の強敵を前にして尚、怯むことなく猛然と戦う女傑コルネリウス・アーラ。
だがその正体は、匂いフェチ――ふたりの班長ローデスとケルフィスはこの事実を、如何様にして理解し、そして己の中で消化したのだろう。
「あ、あぁ、えぇっと、こ、これはですね、その……」
何とかこの場をいい繕って誤魔化そうとするものの、かといって口止めという行為に対しては気が咎めてしまい、上手く言葉が続かないコルネリウス。
それにしても、何故ふたりの班長が近くに居ることに気が付かなかったのだろうか。
コルネリウス自身には全く分からないことだったが、実は結構長い時間、副長の隊服を堪能していた。全神経を副長の匂いという一点に集中し切っていた為、時間の経過も、そして他者の気配も全く感知出来ていなかったのである。
良くいえば集中力が凄いと表現出来るし、悪くいえば没入感に陥って注意力が途絶えていた、と見ることも出来る。
だがこの場で、そんなことを論じても無意味だろう。
それからややあって、二メートル近い頑健な巨躯を誇るローデスが、ハッと我に返った様子で慌てて別方向に視線を飛ばし、
「おい、何だあれはッ! 敵の潜入兵かッ?」
などとわざとらしい雄叫びを上げた。変に棒読みなのが、涙ぐましい努力を思わせる。
するともうひとりの班長、しなやかな体躯と優男風の容貌で隊員達からの人気が高いケルフィスが、まるで調子を合わせる様に、
「それは聞き捨てならんッ! 追跡だッ!」
と、畑で採ってきた大根をまるで長剣の様に構えて走り出した。
するとローデスも、うぉぉぉぉと叫びつつ、ジャガイモを殴打武器の如く両手に握り締めてどこかへと突っ走っていってしまった。
まさに、阿吽の呼吸。
戦場に於いても不慮の事故というものはよく起きる。寧ろ付き物といって良い。
そしてこの場のコルネリウス匂いフェチ発覚事案も、彼らは事故と判断した様だ。咄嗟の機転で、洗濯場の光景は見なかったこととし、周辺に他の誰かが居たとしても、ふたり揃って別方向に意識を向けさせる寸劇(この場合は茶番と呼んでも良いかも知れないが)で事無きを得る。
日頃からしっかりと意思の疎通が取れているからこその、瞬時の対応だった。
勿論この時、念話を通じて言葉を交わし合った訳ではない。だがコルネリウスの心には、
(隊長、ご安心を。俺達はいつだって隊長の味方です)
(エルフもヒューマンも関係ありません。誰にだって趣味嗜好ってのはあるもんです)
というふたりの声が、確かに届いた様に思えた。
そのコルネリウスは副長隊服を他の洗濯物の中へそっと押し込み、何事も無かったかのように作業を続ける。笑顔を浮かべているが、明らかに作り笑いであった。
「さ……さぁ、お洗濯、お洗濯」
手の動きが恐ろしくぎこちない。
そして林道の向こうでは未だにローデスとケルフィスが、何やら訳の分からない雄叫びを上げている。きっと後で他の隊員達に、
「班長、何やってんスか」
と白い目で見られることだろう。
(あなた方の尊い犠牲は、決して無駄には致しません……!)
コルネリウスはぐっと拳を握り締めた。
当人達はこの日の出来事を美談として捉えるだろうが、傍から見ると、三人が三人共、絆というものの捉え方がちょっと変な方向にずれているというだけの話であった。
だが、それが良い。
シルトラース帝国領カルケルーア・ロモズは、山岳の集落群をひとつに纏めた町である。
その為、秋が深まってきた昨今の朝は吐く息が白く染まる。その一方で晴天が多く、日中は上着が不要な程の暖かさに恵まれることが少なくない。
カルケルーア・ロモズを拠点とするロモズ歩兵団は、一部の隊長や副長を除いてはほぼ全員がこの地を新たな人生の礎としており、日々の生活、或いは休日のひと時までもをカルケルーア・ロモズで過ごすことが大半だった。
そしてこの日、ロモズ歩兵団重兵3番隊は訓練も哨戒任務も無い完全なオフ(しかも二連休)だった。
隊長コルネリウス・アーラはひとり荷車を押して、南集落地の小川沿いに設置されている洗濯場へと足を運んでいた。
「今日はお天気も良いですし、皆さんお休みですから色々と済ませてしまいましょうか」
隊の兵舎で、居残っていた隊員達にそう告げたコルネリウス。ある者は未完成のまま工程が進んでいない兵舎の手直しに、ある者は畑仕事に、そしてまたある者はロモズ旧村(現在の王国領ロモズ)から運び込んだ諸々の資材の仕分けにと動き出した。
折角の休日なのだから、ゆっくり体を休めさせてくれ――といった様な不平不満を口にする者は、誰ひとりとして居ない。皆、笑顔でコルネリウスの言葉に従った。率先して自らの役割を選ぶ姿は、彼らがコルネリウスに深く心酔し、全ての信頼を置いていることを如実に物語っていた。
そしてコルネリウスはというと、全員分の汚れた衣服や汗を吸い込んだ毛布等を掻き集めて、洗濯場で半日過ごすことを自らに課した訳である。
清流の傍らに設置された板張りの洗濯場に、荷車上の衣類や毛布等を全て放り出してから、一枚ずつチェックを進める。
破れている箇所やほつれている箇所、或いは何らかの不具合が生じているものは無いかなどを入念にチェックしてゆく。洗ってしまってからでは、乾くまで手を付けられなくなる。その為、今このタイミングで実施する必要があった。
最初はしっかり真面目にチェックを進めていたコルネリウスだが、ある瞬間、何故か全身の動きがピタリと止まった。
その時、彼女が手にしていたのは副長の隊服だったのである。
(あ……あぁ、ど、どうしよう……)
心の奥底から込み上げてくる、凄まじいまでの欲求。
吸いたい。気の済むまで、思いっ切り吸いたい。
人類の三大欲望は食欲、性欲、睡眠欲だと聞いたことがあるが、コルネリウスには更に第四の欲望、即ち吸引欲というものが具わっているのかも知れない。
別に悪いことをする訳ではなく、ただ愛しい恋人の体の匂いが染みついた衣服に、顔を埋めてその香りを満喫したい。本当にただ、それだけなのだ。
(ちょ、ちょっとだけ……ちょっとだけなら……)
大体この様な弁解で自らを誤魔化す時というのは、ちょっとだけでは終わらないことが多い。
或いは副長当人が居なかったので、つい魔が差してしまった、と開き直っても良いだろう。
コルネリウスは周囲に他者の目が無いことをしっかり確認してから、改めて副長の隊服をその美貌にぎゅっと押し付けた。
嗚呼、何たる至福のひと時か。この香り、この匂い。誰にも邪魔されること無く、胸の奥にまですぅぅぅぅぅっとひと息に吸い込むことが出来る、この快感。
最高の瞬間だった。
心ゆくまで、愛しいひとの匂いを堪能した。
そしてふと瞼を開いたその時、コルネリウスは全身で凍り付いた。
洗濯場へと繋がる林道に、ふたつの人影が愕然と佇んでいた。重兵3番隊の頼れる班長達、ローデス・プレクターとケルフィス・ディクロンの両名だった。
副長隊服の匂いを堪能していたコルネリウスは、このふたりの班長と思いっ切り目が合ってしまった。
●
重兵3番隊長の美貌のエルフ、コルネリウス・アーラ。
壁エルフのおねえさん、コルネリウス・アーラ。
数々の強敵を前にして尚、怯むことなく猛然と戦う女傑コルネリウス・アーラ。
だがその正体は、匂いフェチ――ふたりの班長ローデスとケルフィスはこの事実を、如何様にして理解し、そして己の中で消化したのだろう。
「あ、あぁ、えぇっと、こ、これはですね、その……」
何とかこの場をいい繕って誤魔化そうとするものの、かといって口止めという行為に対しては気が咎めてしまい、上手く言葉が続かないコルネリウス。
それにしても、何故ふたりの班長が近くに居ることに気が付かなかったのだろうか。
コルネリウス自身には全く分からないことだったが、実は結構長い時間、副長の隊服を堪能していた。全神経を副長の匂いという一点に集中し切っていた為、時間の経過も、そして他者の気配も全く感知出来ていなかったのである。
良くいえば集中力が凄いと表現出来るし、悪くいえば没入感に陥って注意力が途絶えていた、と見ることも出来る。
だがこの場で、そんなことを論じても無意味だろう。
それからややあって、二メートル近い頑健な巨躯を誇るローデスが、ハッと我に返った様子で慌てて別方向に視線を飛ばし、
「おい、何だあれはッ! 敵の潜入兵かッ?」
などとわざとらしい雄叫びを上げた。変に棒読みなのが、涙ぐましい努力を思わせる。
するともうひとりの班長、しなやかな体躯と優男風の容貌で隊員達からの人気が高いケルフィスが、まるで調子を合わせる様に、
「それは聞き捨てならんッ! 追跡だッ!」
と、畑で採ってきた大根をまるで長剣の様に構えて走り出した。
するとローデスも、うぉぉぉぉと叫びつつ、ジャガイモを殴打武器の如く両手に握り締めてどこかへと突っ走っていってしまった。
まさに、阿吽の呼吸。
戦場に於いても不慮の事故というものはよく起きる。寧ろ付き物といって良い。
そしてこの場のコルネリウス匂いフェチ発覚事案も、彼らは事故と判断した様だ。咄嗟の機転で、洗濯場の光景は見なかったこととし、周辺に他の誰かが居たとしても、ふたり揃って別方向に意識を向けさせる寸劇(この場合は茶番と呼んでも良いかも知れないが)で事無きを得る。
日頃からしっかりと意思の疎通が取れているからこその、瞬時の対応だった。
勿論この時、念話を通じて言葉を交わし合った訳ではない。だがコルネリウスの心には、
(隊長、ご安心を。俺達はいつだって隊長の味方です)
(エルフもヒューマンも関係ありません。誰にだって趣味嗜好ってのはあるもんです)
というふたりの声が、確かに届いた様に思えた。
そのコルネリウスは副長隊服を他の洗濯物の中へそっと押し込み、何事も無かったかのように作業を続ける。笑顔を浮かべているが、明らかに作り笑いであった。
「さ……さぁ、お洗濯、お洗濯」
手の動きが恐ろしくぎこちない。
そして林道の向こうでは未だにローデスとケルフィスが、何やら訳の分からない雄叫びを上げている。きっと後で他の隊員達に、
「班長、何やってんスか」
と白い目で見られることだろう。
(あなた方の尊い犠牲は、決して無駄には致しません……!)
コルネリウスはぐっと拳を握り締めた。
当人達はこの日の出来事を美談として捉えるだろうが、傍から見ると、三人が三人共、絆というものの捉え方がちょっと変な方向にずれているというだけの話であった。
だが、それが良い。