【神双】アーネリーと過ごす日

キャラクターノベル制作 広大野人納品 2021年09月29日 10時41分36秒

●

 ふわふわっとした金髪に、爽やかな空色の瞳。顔の輪郭は幼さを残したような可愛らしい線。
 美少女と言ってしまえばその通りだろうか。冒険者ギルドの受付嬢であるアーネリーは『見た目』だけは良かった……そう『見た目』だけは……。
「あぁぁぁぁぁ! ロイさん、違う物を渡していました!」
 鼓膜が破れるのではないかと思うほど甲高い声が部屋の中に響く。
 軽いめまいを覚えながら、ロイ・アウレアは作業の手を止めた。
「こっちです! この書類でした!」
 とある冒険者の報告書の書き写し……なのだが、用紙が違ったようだ。
「……まぁ、大丈夫だ」
 と、ロイは微笑を浮かべて返すものの、作業自体は半分ほど進んでいたので、実は手痛い。
 一刻とはいえ、アーネリーの助手となったロイであったが、これは深刻な事だと認識した。
 まず、彼女は、何をやらせてもミスをする。ちゃんと手順書があっても、間違える。仕事をすると仕事が増えるタイプだ。
「すみません……」
 反省はしているようだが、次に繋がらない――それが、アーネリーという人物。
 ロイは手伝っているだけなので、今はそれでも問題はないが……将来が心配になるのはロイの歳のせいだろうか……。
 温くなった水を入れ替える為、気落ちした様子で部屋から出ていく姿は、可哀想にも見える。
 一からやり直しとなった作業に取り掛かる為、ロイは再び筆に手を伸ばした。
 冒険者達の報告書を写す――という単純作業だが、やってみるとなかなか楽しいものがあった。
 自分自身が関わらなかった依頼の顛末を知れ、また、知らないクリーパーとの戦いは、これからも冒険者として活動する以上、とても参考になるからだ。
「知識というものはこうして活用されていくものなのですね」
 独り言が零れる。
 同じ敵が現れるとは限らない。それでも、似たような事象があった時、知っているのと知らないとでは、明暗が分かれる事があるのが、戦いというものだ。
「新しいお水を持って来ました」
 グラスに中に入った氷がぶつかる音を響かせながら、アーネリーが帰って来た。
 両手にしっかりとお盆を持っているが、あれでは、足元が見えてないのではないだろうか……などと、嫌な予感して慌ててロイが立ち上がるのと、うっかりな受付嬢が足を躓くのは、全く同時だった。
 どうして何もない所で転ぶのか、どうしてグラスが大きく弧を描きながら宙を飛ぶのか、そんな事を感じた次の瞬間、ロイは、受付嬢に押し倒されてしまう。
 林檎のような甘い香水を感じたのも束の間、慌てて謝ろうとしたアーネリーの後頭部に、ガツンとグラスが落下した。
「大丈夫か?」
 アーネリーの下敷きになりながら、ロイは声を掛ける。
 グラスに入っていた水で二人とも濡れてしまったが、すぐに乾く程度だ。
「う……うぅ……ぅぅぅぅ……」
 彼女はまた『うっかり』をやらかしてしまった事に、強いショックを受けているようだった。
 無理もない。ついさっき、ミスして、気を取り直そうとした所で、コレなのだから……。
 ロイはアーネリーを軽く抱き締めると、ポンポンと背中を優しく叩いた。
 落ち込んだ人間を責めても仕方ないし下手に励ましても慰めにもならないだろうから。だから、赤子をあやすように、ただただ抱き締める。
 それから暫く、そのままロイの胸で嗚咽を続けるアーネリーだったが、やがて、胸に沈んでいる想いを吐くように呟いた。
「……私、昔から、こんなんで……沢山の人に迷惑、ばっかり……でも、それでも……『置き物』よりかはって……」
 それは――彼女の『欠けた』事。
 なまじ見た目だけは良いから、何もするなと、ただそこに居ればいいと、抑圧されていた頃の話。
「外も歩かせてもらえず……家の中でも、部屋から自由に出られなくて……ただ毎日、毎日……窓の外の風景を……絵に描いたり……」
 冒険者への依頼説明の際、彼女が絵を描いたもの見せる時があるが、絵が上手い理由はここにあったようだ。
 想像力が豊かなのも、きっと、そんな生き方をして来たからこそ、知らない間に磨かれたものなのだろう。
「そうだったんだな」
「だけど……こんなんじゃ…………ロイさんにも迷惑かけて……やっぱり、私……動かない方がいいの、かな……人形のように着飾って、まるで『置き物』のように……」
 零れ落ちる涙がロイの服を濡らしていく。
 人には意思がある。彼女はただの『置き物』になる事を拒絶して、受付嬢という仕事を選んだのだろう。
 そこに至る経過はきっと、過酷なものがあったのに違いない。『置き物』のような人生ではなく、人として生きようと、彼女は彼女なりに、ずっと戦ってきたのだ。
 ロイはギュッと抱き締める力を込めた。
「迷惑かけない人なんかいない。だから、気にする必要はないんだ」
「でも、これから先、また沢山の人に――」
 言い訳めいた事を続けようとした所を、ロイの紡いだ言葉が割って入る。
「『うっかり』も場合によっては意味があって、エクエスさんが冒険者として登録できたのも、結果的にはアーネリーさんの『うっかり』だし、オレが今、ここで、色々な冒険者の話を見て学ぶ事が出来るのも、その『うっかり』のおかげだ」
 もし、アーネリーがうっかりしなかったら……遺跡で保護された謎の剣士は、今、どうなっていたか分からない。最悪、どこぞの研究所に運ばれていたかもしれない。タイミングによっては街を襲ったクリーパーによる悲劇がもっと大規模な事になっていた可能性もある。
 また、ロイがここで知った他依頼の情報が、何かで役に立つ事があるかもしれない。それが、万人を救う事に繋がる可能性を、誰も否定はできないはずだ。
「……私、いいんですか?」
 アーネリーの空色の瞳が潤んだまま、ロイに訴える。
 彼女が受付嬢として、あり続ける事に。『置き物』の人生に戻らなくても良い事に。
「続けたい想いがあるなら」
「はいっ! 私、今の仕事、続けたいです!」
 詰まっていた澱みが抜けたような勢いで、アーネリーは声を張り上げた。
 彼女はきっと、これからも受付嬢を続けるだろう。『うっかり』する時もあるけど……時と場合によっては、それが意味を持つ事だってあると、今、知る事ができたから。
 もっとも、周囲からは少しでもミスは減らして貰いたいものだが……それについては、今後を期待するしかないだろう。それに、ミスが許される内は、アーネリーという人柄が周囲から愛されている証拠とも言える。
 本当にダメならとっくに辞めさせられているだろうし。
「ところで……まだ、このままだろうか?」
 押し倒されたまま彼女が覆い被さるように乗って、ロイが抱き締めている状態だ。
 他の人に見られたら、ものすっごい誤解されそうな絵面。しかし、彼女は離れる事を惜しむ。
「えと……。折角だから、もう少しだけ……こうしていて良いですか?」
 そう言って、少し照れながら身体の全てをロイに預けるアーネリー。
 冒険者として社会的な死――のリスクはあるかもしれないが、ここで断る人が居るのだろうかとも思うし、彼女の我が儘に付き合うのも悪くはない。
 だから、ロイはアーネリーのふわっとした金髪に手を触れながら応えた。
「えぇ、喜んで」
「ありがとうございます」
 彼女の赤みがかった頬で浮かべる満面の笑みは、着飾った人形の『置き物』とは比べものにならないほど、とても可愛く見えたのであった。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0