とある学園生の編入初日

キャラクターノベル制作 辻村朝納品 2021年10月04日 10時40分55秒

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 いくら安宿の一部屋といっても、慣れてしまえば住めば都。
 急にベッドの寝心地が変わったら、睡眠も安定しなくなるというもので。
「……ふぁ」
 だからハリーヌ・ヨツユビは、いつも抜け目なく行動することを心がけている彼女にしては珍しく、ベッドから体を起こすなり欠伸をした。
 未だ眠気が強いのは、きっと昨晩眠った、否、昨日から住んでいるこの部屋のせいだろう。

 パンクリアース学園学生寮。

 時の運に恵まれ、9割(ほぼ)ヨツユビハリネズミのハーフビーストながら貴族教員の推薦状を貰い、ロスガリア大陸最難関とも言われる学園の編入試験に合格。
 晴れてパンクリアース学園1年生となったハリーヌは、昨日からこの寮の部屋に引っ越して暮らしている。
 貴族に属さない一般市民用の学生寮とはいえ、そこは王立。一部屋一部屋の広さも綺麗さも、ベッドを含めた家具等の調度品も安宿のそれとは大違いのレベルだ。
(……違いすぎて、寝るに寝付けなかったわけでございますが)
 内心の呟きの代わりに、溜息を一つ。
 引っ越しの疲れも多少あったのに、ぐっすりとは寝られなかった。浅い眠りを繰り返し、夜更けに何度か目を覚ましかけた。
 おまけに燃える故郷(忌まわしき)過去をちらっと夢に見たりしたので、正直寝覚めは最悪だ。
 とはいえ、夢の中の故郷は現実(過去)のように燃え落ちたわけではなかった。急に降り注いだ強烈な雨が、一気に炎の勢いを弱くしたのだ。
 何故だろう、と夢うつつに考えたところで目が覚めたのだがーー寝ぼけ眼で辺りを見回したハリーヌは、ベッドの上のとある光景に気がついた。
「み、ミケ、お前ェ……」
 さしものハリーヌも呆然とする光景だった。
 ベッドの上で今も体を丸め眠っている、ペットのうちの一匹である三毛猫のミケ。

 そのすぐそばの布団の上に出来た、ちょっと臭う大きな染み。

 そしてハリーヌは更に悪いことに気が付いてしまった。
 1限目の講義に間に合うように行動するには、そろそろ起きなければ拙い。
 ただしその行動予測は、何のトラブルもないことが前提だ。

(この猫野郎……ハーフビーストの新参が初日に遅刻とか許されねぇだろ……!)

 一気に意識が覚醒した。
「起きるでございますよ! ミケ、ゴリラも!」
 布団を大きくはためかせてミケを叩き起こし、部屋の隅でやはり眠っていたもう一匹のペットーーゴリラのゴリラ(これが名前)にも声をかける。
 全くもって朝から慌ただしい。ミケがおもらしをした布団を天日干しにし、急いで制服に着替え始める。
 そんな忙しくしているハリーヌの横で、やっとお目覚めのミケがひと鳴きした。
「……お前をまた学園に住まわせることになるとは思わなかったでございますね」
 一瞬手を止め、傍らのミケを見遣る。
 元はと言えばこのミケ、パンクリアース学園の敷地内で野良猫として生き延びていた。それをちょっとした経緯を経て、ハリーヌが飼い猫として引き取ったのだ。
 と、ちょっとしみじみとしている場合ではなかったことをハリーヌはすぐに思い出す。
「ゴリラも……いや、流石に分かっているでございますね」
 昨日のうちに「お貴族様の園似相応しく執事服を着るように」と念を押していた甲斐があった。ゴリラは改めてハリーヌが何も言わずとも、きっちり執事服を身に着けていた。
「よし、早く出発するでございますよ!」
 急いだ勢いのまま、1人と2匹(傍目には3匹)は寮の部屋を飛び出した。

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 ところで、編入試験を受けた冒険者として、ハリーヌの存在は一部では知られている。
 あくまで一部である。
 そして、ハーフビーストの庶民が学園の正式な学生であるということは、ヒューマン至上主義に染まった貴族学生にとっては度し難いものらしい。

 中等部の教室の一番隅の席へ滑り込む。
 なんとか1限目に間に合った。ちなみに、ミケは教室に入れないのでかつての野良猫時代のようにお散歩中。ゴリラもそのお目付け役でこの場にはいない。
 その時点で、ハリーヌは周囲から好奇の目を向けられていることに気が付いていた。そんなことだろう、とも思ってはいたが。

 いざ体験してみると、貴族学生(特に貴族派)のヒューマン至上主義から来るハーフビースト蔑視は大したものだった。
 まず、転入生あるあるな周囲からの質問攻めとかそういうポジティブな受け入れはない。
 かといって全く興味を抱かれていないのではなく、皆遠巻きにハリーヌを見てはこそこそ何かを話している。休み時間の教室中のいたるところでそれが起きていることを、ハリーヌは天眼で俯瞰したがために気付いていた。別にその為に俯瞰したわけではなく、生き抜くための処世術として状況観察をしていただけなのだが。
 当然昼食時も1人きり。……と思いきや、少しばかり違った。
「これ、あげますよ。食べますよね?」
 と、近くの席にいた男子生徒がいかにも親切ぶって差し出したのは、近くで採ったあろう虫の死骸。野生のハリネズミの主食の一つである。虫が生きていれば、だが。
 ハリーヌはつぶらな瞳を二、三度ぱちくりさせた後、
「……では、お言葉に甘えていただくでございますよ」
 受け取った。
 するとまたそこかしこから嘲笑めいた笑い声が聞こえてきた。死骸を渡した男子学生もニヤついた笑みを浮かべたまま、自分が所属しているらしいグループに戻っていく。
 彼が合流したグループはそのまま教室を出ていったのだが、我慢しきれなくなったらしく声を上げて笑い出した。
 どのみちハリーヌも教室で昼を済ませるつもりはなかったので、虫の死骸を握りしめて教室を出る。
 人気のない校舎裏まできたところで、
「ふざけてんじゃねぇぞ、クソが」
 死骸をその場に叩きつけた。
 ハリーヌがただのハリネズミに対してだったら、彼らももう少し優しく接しているのだろうとは思う。……たぶん、教室内の愛玩動物として。
 しかしハリーヌはハーフビーストだ。しかも、かなりビースト成分が濃い目の。
 ビースト成分の濃度などもしかしたら関係しないのかもしれない。
 ただ、ハーフビーストである。
 そのことだけで、貴族たちはハリーヌをあえてハリネズミのように扱うことでハリネズミ以下の存在として見ていることをハリーヌ自身に知らしめた。

 ……が、それが何だというのだ。分かっていたことだ。
 そもそも成り上がり志向の一環で学園に編入したハリーヌにとっては些事である。
 編入生とはいえ、このままうまいことやり過ごして卒業ができればそれだけで箔がつく。将来的に成金になる為に何かしらのビジネスを起こすにしても、パンクリアース学園卒業生というものは信用されるのに十分過ぎる肩書だ。
 そう、イジメられることなどどうでもいい。そういった待遇には、故郷を燃やされたあの時から慣れている。
 ちょっと失敗したな、と思ったことと言えば、将来を見据えてのコネクション作りだ。
「総選挙に立候補しておけば、当選しそうな強者たちと面識を作れたのでございますかねぇ」
 校舎裏で1人昼食を楽しみながら、ぽつりと呟く。編入するタイミングの問題もあったので、どうしようもなくはあったのだが。
 さてそれなら、次はどうするべきか。
 学園を出来るだけ平穏無事に生き抜く為の術を見出すべく、ハリーヌは思考を巡らせるのだった。

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アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0