秋味
キャラクターノベル制作 真柄 葉納品 2021年09月30日 16時31分51秒
夏の色と秋の色が交じり合うこの季節が好きだ。
陽気の残滓を残す昼も、冬の足音を感じる夜も。たった一日の内に、移り変わりゆく季節を感じる事が出来る。
早朝、朝日が昇ると共に目覚めた海神・江流は、朝の支度を終えた。
辺りの空気はしんと静まり返り、返す音はない。
仄かな冷気を孕んだ空気が、まだ湿った頬をゆっくりと撫でていく中、江流は台所へと向かった。
「さてと」
何を作ろうかと、まな板に向かう。
食材はまだ何も用意していないし、献立も考えていない。
いつも台所の前に立ってから、心に浮かんだものを作る。それが日課だった。
「それも一人暮らしの特権だ」
家族や恋人がいれば、また変わった楽しみもあるのだろうけど、今はこれでいい。心の赴くままに包丁を握り、火をおこし、食材と向き合う。
まずくても美味くてもすべて自己責任。だから、色々なことを試す事が出来た。
「今日はどんな材料があったかな」
まな板から視線を上げ、小窓の傍の食材棚を見る。
今は食欲の秋。
市場で仕入れた味自慢の味覚たちが、棚をぎっしりと埋めている――。
「うっわ。何にもないな……」
はずだったのだが、ここ最近依頼が立て込んでいたおかげで、買い出しらしい買い出しができていなかった。おかげで食材棚がとても寂しい。
「どうするかな。流石にキャベツ一玉じゃなにも作れないぞ……」
食材棚にどーんと鎮座する丸侭のキャベツと睨めっこしながら江流は考える。
キャベツは万能食材だ。煮てもよし、焼いてもよし、生でもよし。食べようはいくらでもある。しかし……。
「キャベツだけ食べてもな……俺は兎じゃないし」
流石にキャベツだけでは料理の幅が広がらない。せめて肉……いや、今の季節なら魚があれば……。
「前にリブラネスタの食堂で食べたエビのフライは美味かったな。あれと同じって贅沢は言わないけど……あー、だめだ。口の中が魚になった」
江流は思い出した味に後悔した。いや、味自体は素晴らしく美味かったのを覚えているのだが、今思い出しても手が届かない。そんなものを思い出し、口の中がすっかりできあがってはまさに生き地獄……。
「うん?」
魚?
さかな……何か忘れているような……。
「……っ! あああぁぁぁっ!!」
朝の静けさを台無しにする大音声が響き渡る。
「やばいっ! 忘れてた!!」
江流は慌てて手を洗い直すと、乱暴に手拭きで拭き、虚空に手を伸ばす。
すると突然空間が割れ、江流の腕を飲み込んだ。
「この間、シャルガネでガイドした時の奴だろ。あれからどれくらい経った」
江流は頭の中で暦をめくる。虚空の中に入っているものは、少し前に入れたっきり忘れていた代物だ。
虚空の中で手を動かし、堅いものに触れた。江流は急いでそれを掴むと一気に引き抜いた。
「……よし、ちゃんと冷たいな。問題は中身だ」
虚空の中は時が動かず、状態に変化がないとわかってはいるものの、やはり随分と前の生ものは心配になる。
江流は流し台に置いた小さな箱を、そっと開けてみた。
「……はぁ、大丈夫そうだ。よかった」
念のためにと顔を近づけて匂いを嗅いでみたが、刺激臭は感じられない。
江流は箱の中に手を入れ、中身を取り出した。
「よし、目もくすんでいないし、新鮮だ」
氷で締まっているので身は堅いが、瞳は澄んでいて新鮮さが伺える。
秋の恵みを受け、でっぷりと太った魚体は朝日を受けキラキラと光っている。
それは、たっぷりと脂ののった鯵だった。
「さて、食材の確保は完了っと」
偶然思い出したのも何かの縁。
朝には贅沢すぎる食材が手に入った事に、江流は満足げに笑みを浮かべた。
「何作ろうかな。刺身でも十分食べれる鮮度だけど……」
さて、次の問題は料理法だ。
相手は旬の鯵だ。よほどひどい料理方法を取らない限り、まずいものが出来上がるはずはない。
刺身、塩焼き、なめろう、つみれなんかも美味いか。
色々な料理が頭をよぎり、その都度舌が記憶を呼び覚ます。
「やば……」
そんな事をしていたものだから、ぐーっと腹が鳴った。
朝はそれほどがっつりと食べたりしない江流だったが、思い出した数々の味に体の方が反応してしまった。
腹の虫を宥めようとお腹を摩っていたら、今度は口に涎まで溢れて来くる。
「これはがっつりと腹に溜まるものがいいか」
江流は再び思案する。
鰺の調理法は数あれど、どれを作れば今の自分の胃袋を満足させられるか……。
「やっぱ揚げ物か」
結局、色々巡り巡って思い出したのはリブラネスタの食堂で食べたあのエビのフライ。
あれは美味かった。
依頼帰りですこぶる腹の空いていた時に、がっつりとタルタルソースのかかったエビのフライを口いっぱいに頬張ったあの瞬間は、今でも鮮明に思い出せる。
「そうと決まれば油だな。確か米油がこの辺に……」
作るものを決定した江流は早速と調理にかかる。
流し台の下に保存していた米油のツボを取り出し鍋に開けると、火起こし用の紋具で竈に火を入れた。
パチパチと薪がはぜる音を聞きながら、食材の準備にかかる。
まずはアジをさばく――前に、衣の用意だ。
「今日も生んでてくれよ」
江流は台所から離れ、内庭へと急ぐ。
通用口を出ればそこは小さな庭になっている。
「さて、どうかな」
庭の一角にある鶏小屋。
こいつまた来やがったと威嚇する鶏たちを避けながら、江流は巣に陣取る雌鶏の腹の下に手を突っ込んだ。
「よしよし、いい子だ」
江流はぎろりと睨み付けてくる雌鶏に笑顔を向けつつ、腹の下の堅いものを一つ拝借した。
「さて、あとはパン粉か……あったかな」
温かい卵を手の中で遊ばせつつ鳥小屋から失礼した江流は、残りの材料を思い出す。
衣に必要なのは、卵と小麦粉、そしてサクサクに揚げるためのパン粉だ。
江流は台所に戻ると、残りの材料を探し始める。
10分ほど探して小麦粉は無事見つかった。しかし、パン粉がない。
「うーん、パン粉なしで揚げるか? いや、でもなぁ……それじゃフライじゃないしなぁ」
並べられた食材を前に江流が首をひねった。やはり懸念していた通りパン粉はなかった。
卵と小麦粉だけでも揚げ物はできなくはない。しかし、パン粉を付けるのと付けないのでは出来上がりに雲泥の差がある。
「何か代用できるものは……」
再び流し台の下を漁ってみる。
「お、これは……」
そして見つけたのは『麩』だった。
江流はどうにか使えないものかと、取り出して眺めてみる。
「砕けばいけるか?」
そう言うと麩を幾つか袋に入れ、綿棒で叩いて粉々にした。
ある程度叩いた所で、恐る恐る袋の口を開いてみれば――。
「お、悪くないな」
いい具合の粉状になった麩に、江流は満足げに呟いた。
●
そうこうしていたら、油が温まった。
パン粉代わりの麩粉を少し落として温度を見る。
「……よし、いい感じだ」
温度は適温。薪の火を調整し、温度を一定に保つと江流は下ごしらえしてあった鯵を鍋へと投入した。
パチパチと水分のはじける音が響き、香ばしい香りが漂ってくる。
水分が飛ぶと後はじっくりと火を入れていく。じゅうじゅうと何とも食欲を誘う音が静かな台所に流れた。
「……よし、今だ」
上げるタイミングは音で決める。
リブラネスタの食堂のおばちゃんが教えてくれた揚げ物のコツだった。
江流はタイミングを見計らい、油の中に浮いていた鯵を掬い上げた。
陽気の残滓を残す昼も、冬の足音を感じる夜も。たった一日の内に、移り変わりゆく季節を感じる事が出来る。
早朝、朝日が昇ると共に目覚めた海神・江流は、朝の支度を終えた。
辺りの空気はしんと静まり返り、返す音はない。
仄かな冷気を孕んだ空気が、まだ湿った頬をゆっくりと撫でていく中、江流は台所へと向かった。
「さてと」
何を作ろうかと、まな板に向かう。
食材はまだ何も用意していないし、献立も考えていない。
いつも台所の前に立ってから、心に浮かんだものを作る。それが日課だった。
「それも一人暮らしの特権だ」
家族や恋人がいれば、また変わった楽しみもあるのだろうけど、今はこれでいい。心の赴くままに包丁を握り、火をおこし、食材と向き合う。
まずくても美味くてもすべて自己責任。だから、色々なことを試す事が出来た。
「今日はどんな材料があったかな」
まな板から視線を上げ、小窓の傍の食材棚を見る。
今は食欲の秋。
市場で仕入れた味自慢の味覚たちが、棚をぎっしりと埋めている――。
「うっわ。何にもないな……」
はずだったのだが、ここ最近依頼が立て込んでいたおかげで、買い出しらしい買い出しができていなかった。おかげで食材棚がとても寂しい。
「どうするかな。流石にキャベツ一玉じゃなにも作れないぞ……」
食材棚にどーんと鎮座する丸侭のキャベツと睨めっこしながら江流は考える。
キャベツは万能食材だ。煮てもよし、焼いてもよし、生でもよし。食べようはいくらでもある。しかし……。
「キャベツだけ食べてもな……俺は兎じゃないし」
流石にキャベツだけでは料理の幅が広がらない。せめて肉……いや、今の季節なら魚があれば……。
「前にリブラネスタの食堂で食べたエビのフライは美味かったな。あれと同じって贅沢は言わないけど……あー、だめだ。口の中が魚になった」
江流は思い出した味に後悔した。いや、味自体は素晴らしく美味かったのを覚えているのだが、今思い出しても手が届かない。そんなものを思い出し、口の中がすっかりできあがってはまさに生き地獄……。
「うん?」
魚?
さかな……何か忘れているような……。
「……っ! あああぁぁぁっ!!」
朝の静けさを台無しにする大音声が響き渡る。
「やばいっ! 忘れてた!!」
江流は慌てて手を洗い直すと、乱暴に手拭きで拭き、虚空に手を伸ばす。
すると突然空間が割れ、江流の腕を飲み込んだ。
「この間、シャルガネでガイドした時の奴だろ。あれからどれくらい経った」
江流は頭の中で暦をめくる。虚空の中に入っているものは、少し前に入れたっきり忘れていた代物だ。
虚空の中で手を動かし、堅いものに触れた。江流は急いでそれを掴むと一気に引き抜いた。
「……よし、ちゃんと冷たいな。問題は中身だ」
虚空の中は時が動かず、状態に変化がないとわかってはいるものの、やはり随分と前の生ものは心配になる。
江流は流し台に置いた小さな箱を、そっと開けてみた。
「……はぁ、大丈夫そうだ。よかった」
念のためにと顔を近づけて匂いを嗅いでみたが、刺激臭は感じられない。
江流は箱の中に手を入れ、中身を取り出した。
「よし、目もくすんでいないし、新鮮だ」
氷で締まっているので身は堅いが、瞳は澄んでいて新鮮さが伺える。
秋の恵みを受け、でっぷりと太った魚体は朝日を受けキラキラと光っている。
それは、たっぷりと脂ののった鯵だった。
「さて、食材の確保は完了っと」
偶然思い出したのも何かの縁。
朝には贅沢すぎる食材が手に入った事に、江流は満足げに笑みを浮かべた。
「何作ろうかな。刺身でも十分食べれる鮮度だけど……」
さて、次の問題は料理法だ。
相手は旬の鯵だ。よほどひどい料理方法を取らない限り、まずいものが出来上がるはずはない。
刺身、塩焼き、なめろう、つみれなんかも美味いか。
色々な料理が頭をよぎり、その都度舌が記憶を呼び覚ます。
「やば……」
そんな事をしていたものだから、ぐーっと腹が鳴った。
朝はそれほどがっつりと食べたりしない江流だったが、思い出した数々の味に体の方が反応してしまった。
腹の虫を宥めようとお腹を摩っていたら、今度は口に涎まで溢れて来くる。
「これはがっつりと腹に溜まるものがいいか」
江流は再び思案する。
鰺の調理法は数あれど、どれを作れば今の自分の胃袋を満足させられるか……。
「やっぱ揚げ物か」
結局、色々巡り巡って思い出したのはリブラネスタの食堂で食べたあのエビのフライ。
あれは美味かった。
依頼帰りですこぶる腹の空いていた時に、がっつりとタルタルソースのかかったエビのフライを口いっぱいに頬張ったあの瞬間は、今でも鮮明に思い出せる。
「そうと決まれば油だな。確か米油がこの辺に……」
作るものを決定した江流は早速と調理にかかる。
流し台の下に保存していた米油のツボを取り出し鍋に開けると、火起こし用の紋具で竈に火を入れた。
パチパチと薪がはぜる音を聞きながら、食材の準備にかかる。
まずはアジをさばく――前に、衣の用意だ。
「今日も生んでてくれよ」
江流は台所から離れ、内庭へと急ぐ。
通用口を出ればそこは小さな庭になっている。
「さて、どうかな」
庭の一角にある鶏小屋。
こいつまた来やがったと威嚇する鶏たちを避けながら、江流は巣に陣取る雌鶏の腹の下に手を突っ込んだ。
「よしよし、いい子だ」
江流はぎろりと睨み付けてくる雌鶏に笑顔を向けつつ、腹の下の堅いものを一つ拝借した。
「さて、あとはパン粉か……あったかな」
温かい卵を手の中で遊ばせつつ鳥小屋から失礼した江流は、残りの材料を思い出す。
衣に必要なのは、卵と小麦粉、そしてサクサクに揚げるためのパン粉だ。
江流は台所に戻ると、残りの材料を探し始める。
10分ほど探して小麦粉は無事見つかった。しかし、パン粉がない。
「うーん、パン粉なしで揚げるか? いや、でもなぁ……それじゃフライじゃないしなぁ」
並べられた食材を前に江流が首をひねった。やはり懸念していた通りパン粉はなかった。
卵と小麦粉だけでも揚げ物はできなくはない。しかし、パン粉を付けるのと付けないのでは出来上がりに雲泥の差がある。
「何か代用できるものは……」
再び流し台の下を漁ってみる。
「お、これは……」
そして見つけたのは『麩』だった。
江流はどうにか使えないものかと、取り出して眺めてみる。
「砕けばいけるか?」
そう言うと麩を幾つか袋に入れ、綿棒で叩いて粉々にした。
ある程度叩いた所で、恐る恐る袋の口を開いてみれば――。
「お、悪くないな」
いい具合の粉状になった麩に、江流は満足げに呟いた。
●
そうこうしていたら、油が温まった。
パン粉代わりの麩粉を少し落として温度を見る。
「……よし、いい感じだ」
温度は適温。薪の火を調整し、温度を一定に保つと江流は下ごしらえしてあった鯵を鍋へと投入した。
パチパチと水分のはじける音が響き、香ばしい香りが漂ってくる。
水分が飛ぶと後はじっくりと火を入れていく。じゅうじゅうと何とも食欲を誘う音が静かな台所に流れた。
「……よし、今だ」
上げるタイミングは音で決める。
リブラネスタの食堂のおばちゃんが教えてくれた揚げ物のコツだった。
江流はタイミングを見計らい、油の中に浮いていた鯵を掬い上げた。