竜に成れない竜人

キャラクターノベル制作 小湊拓也納品 2021年09月18日 12時22分43秒

 功徳を積み重ね、転生を繰り返す事で、自分たちリザードマンはやがて竜に成る。
 幼い頃から、そう教えられてきた。
 ちっぽけなリザードマンが、大いなる竜へと転生する事が本当に出来るのか。実証する手段は、今のところ無い。
 疑いを抱く事すら本来ならば許されないのだろう、とジャミラ・アサド・ディヤーは思う。
 竜という偉大なる存在への、遙かなる憧れ。
 それを歌っているのは、母の1人である。ディヤー一族に代々伝わる、竜への祈りの歌。
 歌い手として、この母を超える者が一族にはまだいない。
 笛で主旋律を奏でているのは、一族の中で最も年若い父親だ。
 兄や姉、弟たち妹たちが、それに弦楽器や太鼓を合わせてゆく。
 伝統の楽曲が響き流れる中、竜と化す。
 それが、踊り子たるジャミラの役割である。
 観客に、天翔る竜の姿を見せなければならない。
 羽ばたく事の出来ない、この両腕で。地を歩み駆ける事しか出来ない、この両脚で。
 とある街の、春の祭礼。
 主催者の依頼でディヤー一族は、踊り子ジャミラ・アサド・ディヤーによる舞踏をこうして披露する事になった。
 客受けは、悪くはない。
 熱狂を、ジャミラは全身で感じ取った。
 光の当たりようによっては銀色に輝く、青い鱗をまとった全身に、眼差しと歓声が浴びせられる。
 ぎらつく眼差し。いくらか、下卑た響きのある歓声。
 構わない、とジャミラは思う。何であれ、自分の踊りを見て熱狂してくれるのであれば。
 特にヒューマンの男性にとって、リザードマンの踊り子というものは、そこそこに物珍しく、様々に興味を掻き立てられる存在ではあるだろう。
 それで良い。ディヤー一族の技芸に興味を抱いてくれるのであれば、入り口はどのようなものでも構わない。
 熱狂する観客たちに、ジャミラは白い牙を見せて微笑みかけた。
 伝統の楽曲に合わせて、強靭な細腕が舞う。筋肉で形良く支えられた胸が揺れる。引き締まりくびれた胴が捻転し、綺麗な腹筋が柔らかく歪む。たくましい美尻から伸びた尻尾が弧を描き、むっちりと力強い太股が跳ね上がる。
 もしも自分が竜に転生したならば、これら全てが失われてしまうのであろうか。
 それは悲しい事だ、とジャミラは思った。
 悲しみが、踊りに表れてしまったかも知れない。
 それでも、観衆は悦んでくれた。


 ディヤー一族は、芸能の民である。春から秋にかけて大陸各地を巡り、踊りと音楽で人々を癒し愉しませる。
 ディヤー一族は、戦闘の民でもある。春から秋にかけて大陸各地を巡り、戦いで人々を守る。
 踊りも戦いも、自分にとっては同じもの、なのであろうか。ジャミラは、そう思う。
 ここは、舞台ではない。人里から、いくらか離れた山林である。
 今は、踊りの時間ではない。戦いの時間だ。父母兄弟姉妹が奏でてくれる音楽は、ない。
 一族伝統の楽曲を、頭の中で流しながら、ジャミラは踏み込んだ。疾駆か、あるいは跳躍か。
 青銀色の肢体が、旋風の如く回転躍動しながら、クリーパーの群れの真っただ中を通過する。艶やかな尻尾が、それに鋼の大剣が、いくつもの弧を描く。
 鉤爪を振り立てる豪腕が、毒牙を剥いた生首が、びっしりと棘を生やした触手が、全方向からジャミラを強襲しながら切断され、宙を舞った。
 叩き斬られたクリーパーの屍が大量にぶちまけられ、痙攣をする。その凄惨な光景の中心にジャミラは着地し、状況を確認した。
 リザードマンの男たちが何名か、あちこちで倒れ、あるいは木にもたれ、負傷の痛みに呻いている。
 ディヤー一族の、戦士たち。
 ジャミラの、父や兄や弟である。
 全員、クリーパーとの戦闘で傷を負っているものの、生きてはいる。
 特に重傷を負った1人に、ジャミラは声をかけた。
「……父さん、大丈夫?」
「……駄目かも……知れん……」
 何人もいる父の1人である。
「わしも……いよいよ、転生の時を……迎えるのかな……」
「まだよ。父さんは、まだまだ竜には成れない」
 ジャミラは、微笑みかけた。
「あなたは、何人もの母さんを泣かせてきた。功徳が全然、足りていないわ」
「……言うなよ……わしも、反省しとる……」
「反省も足りていない。まだまだ、生きてもらわないとね」
 この父は大丈夫であろう、とジャミラは判断した。早急な手当てが、必要ではあるが。
 比較的、軽傷の弟が、父に応急処置を施しながら言う。
「ジャミラ姉さんは……本当に、強いな」
「私なんて、まだ全然よ。戦いも、踊りも……」
 観衆に、竜の姿を見せる。それが自分は全く出来ていない、とジャミラは思う。
 何故なのか。頭では、理解している。
 功徳と転生を重ね、やがては竜と成る。それがリザードマンという生物の、本能に刻み込まれた宿願であるのだとしたら。
 自分ジャミラ・アサド・ディヤーは、異端であるのかも知れない。心のどこかで、竜に成る事を拒んでいる。
(私は……私よ。私以外のものには、なりたくない……)
「いや……お前はやっぱり、ものが違うよ。ジャミラ」
 兄の1人が、言った。
「お前は、強いんだよ。俺たちなんかより、ずっと……なあジャミラ、気を悪くしないで欲しいんだが」
「一族の誰もが、薄々気付いている事だ。お前も、心のどこかで自覚はしているだろう」
 別の兄が、じっと見つめてくる。
「ジャミラ、お前は……」
 話は、そこまでだった。
 地響きが、聞こえた。山林全体が、揺れたかのようである。
 木々を踏み折りながら、巨大なものが出現していた。
 クリーパーであった。獣か蟲か魚か、よくわからぬ形状をしている。鉤爪があり牙もあり、全身が獣毛に覆われているかと思えば、ある部分は鱗である。触手も生えている。
 そんな怪物が、たった1人の女戦士以外は負傷して壊滅状態に近いリザードマンの傭兵団を、猛襲する。
 この山林に潜んで人々を殺傷するクリーパーの討伐を、ディヤー一族はこの度、傭兵団として請け負ったのだ。
 逃げる、という選択肢はない。ジャミラは剣を構え、負傷者を背後に庇った。
 歌が、聞こえた。
 熟練の歌姫である母には遠く及ばぬ、稚拙で無骨な発声。
 まるで洗練されていない、野太い歌声であった。
 伝統の歌。竜を讃え、崇める歌。
 負傷した父や兄弟たちが、歌っている。
 太く澱んだ歌声が、ジャミラの背中を押す。
 心に、火を灯す。竜の炎。
 功徳を積み転生を重ね、竜と成る。リザードマンという生物は皆、そう願っている。
 それが自分にも、当てはまるのか否か。
 この場では関係ない、とジャミラは思った。
(そう。今、この場においては……私は、天翔る竜にならなければいけない……!)
 観衆の見守る舞台の上で、美しい楽曲を奏でてもらっても、竜には成れない。
 戦場で、野太く無骨な歌を聴きながら、であれば竜に成れるかも知れない。
 そんな未熟な踊り子が、自分だ。今は、それで良い。
 ジャミラは跳躍し、鋼の大剣を一閃させた。
 斬撃の瞬間、ほんの一瞬だけ、自分は天翔る竜に成れたのだろうか。
 クリーパーは両断され、巨大な屍となって左右に倒れ、地響きを立てた。
「やっぱり……な」
 ふわりと着地したジャミラに、兄の1人が言葉をかける。
 先程、言いかけた言葉をだ。
「ジャミラ……お前は、授恵者なんだよ」

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アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0