『緋玖国後宮物語ー異聞ー』~星の瞬きを越えて~
キャラクターノベル制作 真柄 葉納品 2021年09月09日 17時03分05秒
200年の太平。永きに渡って平和を築いてきた国『緋玖国』。
第三代皇帝が整えたこの都には、今世界中の人々が押し寄せ、この世で最も栄華を誇る都とさえ言われていた。
整備された道には露天商が並び、しきりに声をあげている。ここで手に入らないものはきっと何もないのだろう。そんな錯覚さえ覚えそうな繁栄ぶり。
「賑やかね」
アンネエルカは、この太平の世の礎を築いた偉大なる皇帝の偉業を思い出しながら、賑やかで平和な街を歩いていた。
「……本当に大した人。さて、長居をしていたら、人の気に当てられるわ」
頭巾の下に隠した人ならざる角が、人間の感情の機微を敏感にとらえる。
喜怒哀楽、角を伝い流れ込んでくる様々な想いから逃げるように、アンネエルカは足を速めた。
●
都を二分する巨大な朱門が見えてきた。あれをくぐれば喧騒とはさよなら。現皇帝がおわす宮殿になる。
アンネエルカは頭巾を目深にかぶり直し、朱門を目指す――そんな時だった。
――ドンッ。
建物の角から飛び出してきた影に、思い切り体を当てられた。
「いてて……ごめんなさいっ! えっと……綺麗なお姉さん!」
見れば尻餅をついた少年が頭を下げている。
長く伸ばした前髪で表情はうかがい知れないが、身なりを見れば物乞いの類ではなさそうだ。人好きのする陽気な笑みを口元に浮かべ、申し訳なさそうに頭を搔いていた。
「気を付けなさい」
「ありがとう! 優しいお姉さん!」
アンネエルカが手を差し伸べると、少年は嬉しそうにその手を取り立ち上がり、尻についた埃を払う。
「それじゃ、僕は行くね! ぶつかってごめんなさい!」
そして、深く頭を下げ逃げるようにその場を後にしようとした。
「……待ちなさい」
「いでででっ!!」
だが、アンネエルカは少年を逃がさなかった。咄嗟に少年の手首を掴んだかと思うと、ぎゅっと捻り上げる。
「く、くそっ! は、離せよっ! この馬鹿力っ!!」
腕を捻り上げられつま先立ちする少年は、前髪の隙間から金色の瞳を覗かせ睨み付けてくる。
先ほどまでの可愛げのあった口調は一変。粗野で乱暴な口ぶりへと変わっていた。
「この都で物取りがどうなるか、知らない訳じゃないわよね」
「知るかよっ! いいから離せ、この野郎!!」
「私は女よ。野郎じゃないわ」
「ふんっ! その平べった――いぎゃあぁぁぁ!!」
少年の腕は更に捻り上げられ、ついに足が宙に浮く。
「……あなた」
同位に来た少年の顔を見たアンネエルカは、ふとその顔に見覚えを感じた。
しかし、それがどこの誰だったのか……。人の顔なんてほとんど覚えていない。流れる時間の違う人間なんて覚えていても何の意味もない。そう、何の意味も……。
「なんだよ!」
アンネエルカの刹那の思考は、少年の怒鳴り声に霧散する。
「……このまま、警備兵に突き出すわ」
「お、おい! ちょっと待て! それだけは勘弁してくれ! そ、そうだ、俺には家で待つ病気の母と幼い兄妹達がいて……あと、飲んだくれの親父とボケた爺さんも追加しとく!」
「大家族なのね。それは大変でしょう」
「そうだろ! わかったなら見逃してくれよ。家には俺の帰りを待つやせこけた愛犬たちもいてだな――」
「他にはいないの? 遠い親戚とか、近所のおばさんとか」
「あぁ、いるいる! えっと親戚のおばさんが確か3人位――」
「行きましょう」
「うわぁぁ! 待って待って!!」
ぷらーんと釣り上げられたまま、少年は自由の効く手で懐をまさぐると、小さな袋を取り出した。
「ほ、ほら、これなら返すから! な、なっ!」
少年は袋をアンネエルカの前にぶら下げる。
朱の布に金糸で緻密な文様が縫い込まれた小さな巾着袋。
「それにしても古臭い袋だな。ぼろぼろじゃねぇか」
初めてじっくりと見たその巾着袋から、少年は視線を外さない。中身が何かも知らないのに、ずっと巾着を見つめている。そして――。
「それに、この袋……」
「……それに、何?」
ぽつりと呟いた言葉に、アンネエルカは問いかけた。
なぜか少年が語るこの袋の話を聞かなければならないと、そう思ってしまったから。
「それに……なんだか懐かしい。……は? なんだ、懐かしい?」
少年は自分で呟いた言葉に首をかしげている。
「あなたは……」
「な、なんだよ! 返すから、離せよ、ブs――――いだだだだぁぁっ!?」
「本当にこの子のどこが……いえ、なんでもないわ」
アンネエルカは少年から袋を取り返すと懐へとしまった。
「……ねぇあなた、名前は?」
「は? そんなもん聞いてどうするんだ。教えると思ってるのか?」
顔を逸らせる少年に、アンネエルカは名を聞く。
「私の名前はアンネエルカよ」
そして、代わりにと自らの真名を呟いた。
「え……アンネ、エルカ……?」
真名を聞いた少年は、震える声でゆっくりと振り向くとアンネエルカの瞳をじっと見つめる。
振り向いた拍子に露わになった両方の眼で――。
第三代皇帝が整えたこの都には、今世界中の人々が押し寄せ、この世で最も栄華を誇る都とさえ言われていた。
整備された道には露天商が並び、しきりに声をあげている。ここで手に入らないものはきっと何もないのだろう。そんな錯覚さえ覚えそうな繁栄ぶり。
「賑やかね」
アンネエルカは、この太平の世の礎を築いた偉大なる皇帝の偉業を思い出しながら、賑やかで平和な街を歩いていた。
「……本当に大した人。さて、長居をしていたら、人の気に当てられるわ」
頭巾の下に隠した人ならざる角が、人間の感情の機微を敏感にとらえる。
喜怒哀楽、角を伝い流れ込んでくる様々な想いから逃げるように、アンネエルカは足を速めた。
●
都を二分する巨大な朱門が見えてきた。あれをくぐれば喧騒とはさよなら。現皇帝がおわす宮殿になる。
アンネエルカは頭巾を目深にかぶり直し、朱門を目指す――そんな時だった。
――ドンッ。
建物の角から飛び出してきた影に、思い切り体を当てられた。
「いてて……ごめんなさいっ! えっと……綺麗なお姉さん!」
見れば尻餅をついた少年が頭を下げている。
長く伸ばした前髪で表情はうかがい知れないが、身なりを見れば物乞いの類ではなさそうだ。人好きのする陽気な笑みを口元に浮かべ、申し訳なさそうに頭を搔いていた。
「気を付けなさい」
「ありがとう! 優しいお姉さん!」
アンネエルカが手を差し伸べると、少年は嬉しそうにその手を取り立ち上がり、尻についた埃を払う。
「それじゃ、僕は行くね! ぶつかってごめんなさい!」
そして、深く頭を下げ逃げるようにその場を後にしようとした。
「……待ちなさい」
「いでででっ!!」
だが、アンネエルカは少年を逃がさなかった。咄嗟に少年の手首を掴んだかと思うと、ぎゅっと捻り上げる。
「く、くそっ! は、離せよっ! この馬鹿力っ!!」
腕を捻り上げられつま先立ちする少年は、前髪の隙間から金色の瞳を覗かせ睨み付けてくる。
先ほどまでの可愛げのあった口調は一変。粗野で乱暴な口ぶりへと変わっていた。
「この都で物取りがどうなるか、知らない訳じゃないわよね」
「知るかよっ! いいから離せ、この野郎!!」
「私は女よ。野郎じゃないわ」
「ふんっ! その平べった――いぎゃあぁぁぁ!!」
少年の腕は更に捻り上げられ、ついに足が宙に浮く。
「……あなた」
同位に来た少年の顔を見たアンネエルカは、ふとその顔に見覚えを感じた。
しかし、それがどこの誰だったのか……。人の顔なんてほとんど覚えていない。流れる時間の違う人間なんて覚えていても何の意味もない。そう、何の意味も……。
「なんだよ!」
アンネエルカの刹那の思考は、少年の怒鳴り声に霧散する。
「……このまま、警備兵に突き出すわ」
「お、おい! ちょっと待て! それだけは勘弁してくれ! そ、そうだ、俺には家で待つ病気の母と幼い兄妹達がいて……あと、飲んだくれの親父とボケた爺さんも追加しとく!」
「大家族なのね。それは大変でしょう」
「そうだろ! わかったなら見逃してくれよ。家には俺の帰りを待つやせこけた愛犬たちもいてだな――」
「他にはいないの? 遠い親戚とか、近所のおばさんとか」
「あぁ、いるいる! えっと親戚のおばさんが確か3人位――」
「行きましょう」
「うわぁぁ! 待って待って!!」
ぷらーんと釣り上げられたまま、少年は自由の効く手で懐をまさぐると、小さな袋を取り出した。
「ほ、ほら、これなら返すから! な、なっ!」
少年は袋をアンネエルカの前にぶら下げる。
朱の布に金糸で緻密な文様が縫い込まれた小さな巾着袋。
「それにしても古臭い袋だな。ぼろぼろじゃねぇか」
初めてじっくりと見たその巾着袋から、少年は視線を外さない。中身が何かも知らないのに、ずっと巾着を見つめている。そして――。
「それに、この袋……」
「……それに、何?」
ぽつりと呟いた言葉に、アンネエルカは問いかけた。
なぜか少年が語るこの袋の話を聞かなければならないと、そう思ってしまったから。
「それに……なんだか懐かしい。……は? なんだ、懐かしい?」
少年は自分で呟いた言葉に首をかしげている。
「あなたは……」
「な、なんだよ! 返すから、離せよ、ブs――――いだだだだぁぁっ!?」
「本当にこの子のどこが……いえ、なんでもないわ」
アンネエルカは少年から袋を取り返すと懐へとしまった。
「……ねぇあなた、名前は?」
「は? そんなもん聞いてどうするんだ。教えると思ってるのか?」
顔を逸らせる少年に、アンネエルカは名を聞く。
「私の名前はアンネエルカよ」
そして、代わりにと自らの真名を呟いた。
「え……アンネ、エルカ……?」
真名を聞いた少年は、震える声でゆっくりと振り向くとアンネエルカの瞳をじっと見つめる。
振り向いた拍子に露わになった両方の眼で――。