銀麗立志
キャラクターノベル制作 真柄 葉納品 2021年08月28日 16時00分36秒
「ふぅ……そろそろ冬毛に生え変わるし、しっかり綺麗にしておかないと」
ここは帝国南部の小さな農村。村の労働力たるビヒモーたちの牧場で、道具の整備をしていたシルワ・カルブクルスは、額に浮く汗をぬぐう。
「あれ……?」
シルワは突然胸騒ぎを感じ空を見上げた。
空は夏特有の抜ける様な青空が広がっている、はずだった――。
「なに、あれ……!」
北の方角。そこには今まで見た事も無い様な禍々しく黒い靄が湧き立っている。
「帝都の方だ……」
あれは駄目なものだ。直感というか、本能がそう伝えているように感じる。
シルワは無意識に村へと駆け出していた。
●
「急げ! 家財は諦め、命を優先せよ!」
近隣都市の兵士が村を訪れたのは翌日の早朝だった。
武装した兵士達が家々のドアを乱暴にノックすると、今帝国で起こっている事のあらましを伝えていく。
起き抜けに知らされた事実に村民は大いに混乱した。しかし、緊迫した兵士の表情にただ事でないと悟った村民達は、言われるままに避難準備を始める。
シルワも家族と共に南側の門へ移動した。
村の人口は多くないので、すぐにみんな集まってくるはず――。
――きゃああぁぁぁぁ!!
そう思っていたら突然、村の北側から女性の悲鳴と共に火が上がった。
村民達は動揺し始め、隊長が落ち着く様にと声を張り上げる。
「あっ、あの子達が……!」
そんな中、シルワはビヒモー達の事を思い出した。
異変が迫る中、すぐに逃げ出さないとわかっている。でも、あの子達は小屋に入れられたままだ。あのままじゃ逃げるどころじゃない。
シルワは決意に頷くと、集まった村民の中から飛び出した。
後ろから家族の声が聞こえるが、足を止めず駆ける。連れていくのは難しいけど、せめてドアを開けて逃がしてあげないと。
シルワはそれだけを考え、外れにあるビヒモーたちの小屋へ向かった。
●
「はぁはぁ……よかった。何ともない」
村の火の手はどんどん広がっている。
シルワは村の様子を横目に見ながら、急いでビヒモー小屋のドアを開け放つ。
「みんな、急いで! 一緒に連れてはいけないけど、出来るだけ遠くに逃げて!」
状況の飲み込めていないのんびりビヒモー達の尻を強く叩く。
ビヒモーたちは抗議の悲鳴を上げるも、シルワの迫力に押され渋々歩みを始めた。
「もっと早く! 急ぐの! もぉ! この!」
とはいえ相手はビヒモー。歩みは実に鈍い。
シルワは小屋に吊るしてあった削蹄刀を手にビヒモー達を急かした。すると鈍重な歩みながら、ビヒモー達は外に広がる草原へと散っていく。
シルワはビヒモー達を見送ると、村へと戻る為に踵を返した。
●
「な、何これ……」
シルワが戻ってみると、村は――完全炎に包まれていた。
「父さん、母さん!」
シルワは南門へと急ぐ。炎に崩れる幼馴染の家の横を通り、広場を越え、通りを南へ。
熱で肺が焼かれてはいけないと、姿勢を低くできるだけ息を吸わずに駆け抜ける。
「な、何あれ……」
ようやく南門へと辿り着いたシルワが見たものは、武器を構える兵士達と得体のしれない獣だった。
「なっ! まだ生存者がいたのか! くそっ!」
兵士がシルワに気付き、獣に武器を投げつけて隙を作ると、彼女の元へと駆けてくる。
「なにをしているんだ、急いで逃げろ! 村人達は既に南へと向かった!」
呆然とするシルワの肩を掴み兵士が唾を飛ばす。シルワはこくこくと何度も首を振った。
そして、兵士が必死で足止めしている脇を抜け、村民を追って駆け出す。――兵士達の断末魔を背に聞きながら。
●
必死に走りついに村民達の背が見えた。
「みんな、待って――」
シルワが手を伸ばし、最後尾に追いすがろうとした、その時だった。
「危ない!」
突然横からの衝撃にシルワは吹き飛ぶ。
「うぅ……」
道を逸れ草原へと突っ込んだシルワは、ふらつく頭で元居た場所を見た。
そこには一人の兵士が、あの獣と対峙している姿がある。
「無事か!」
獣の大きな口を槍で何とか押し返す兵士が、シルワに声をかける。
シルワはこくこくと何度も頷いて答えた。
「よし! 早く合流するんだ! ここは俺が――」
兵士がそう言った瞬間だった。
「あ……」
シルワが声を上げる間もなく、兵士は別の獣に頭から食われた。
「あ……あぁぁ……!」
ぼりぼりと聞いた事のない音を発しながら、獣に飲まれていく兵士。
景色が歪む。
喉が渇く。
身体ががくがくと震えている。
血が……巡っている。
目の前で繰り広げられる凄惨な光景を、自分ではない何かがじっと見つめていた。
「なに……これ」
今まで経験した事のない不思議な感覚に、シルワはどうしていいかわからず呆然と立ち尽くす。
「なにをしている! こっちへ来い!」
呆然と成り行きを見つめていたシルワの身体が突然引き起こされた。
シルワは引きずられる様に草原から出されると、どんと背中を押される。
「ここは我々が押さえる! 早々に合流されよ!」
先ほどの獣二体に対峙していた兵士の一団。その隊長だろう人物が声をあげていた。
「怯むは許さぬ! 我等、帝国軍兵士! 人類の盾たらん!!」
「「「おうっ!!!」」」
隊長の声に合わせた隊員達は武器を構えると、獣へ突撃していった。
「あっ……ああ……」
シルワは兵士達と獣の戦いから逃げるように後ずさる。
――コツン。
ゆっくりと距離を取って逃げ出そうとしたシルワの脚に何かが当たった。
視線を下げて見れば、それは先ほど頭から飲まれた兵士の持っていた斧槍だった。
シルワは無意識にそれを拾い上げると、避難民を追って駆け出した。
●
「父さん、母さん!」
シルワは斧槍を抱いたまま村民の列に呼び掛けた。しかし、返事は返ってこない。
もっと先の方にいるかもと、シルワは足を速めた。
――ぐああぁぁ!!
そんな時、後方から男の悲鳴が聞こえた。
シルワは足を止め、ゆっくりと後ろを振り向いた。
自分の横を村民達が慌てて通過していく中、シルワは避難民の列の最後尾に食いついた、あの獣の姿を見た。
「そんな……」
あれがここまで来たという事は、足止めを行っていた兵士は既に……。
シルワはずっと抱えていた斧槍をぎゅっと握ると、逃げ惑う村民の波を割って来た道を戻り始めた。
列の最後尾へ集結していた兵士達に合流したシルワは、震える手で斧槍を構える。
「何をしているんだ君は!」
「わ、私も戦います!!」
「馬鹿な事を言わずに逃げろ! ここもいつまで持つかわからない、少しでも早く遠くへ行け!」
当然、兵士は反対するが――。
「き、きます!」
「ぐっ!」
シルワの声に武器を構え直した兵士。獣の猛攻が始まり、シルワを追い返すどころではなくなった。
避難民を守る最終防衛線。兵士の数は5。対する血に塗れた獣の数は2。数で言えば圧倒的にこちらが有利。だが、相手はただの獣じゃない。クリーパーだ。
シルワは聞いた事があった。クリーパーはただの人では絶対に倒せないと。
現にこの小型の獣でさえ、百兵に勝る程の圧を感じた。
(……なんでこんなに冷静なんだろう)
そんな強大な獣と対峙する中、シルワの心はなぜかとても静かだった。
先ほどまで恐怖ですくみ上っていた体は、呼吸の一つ、筋肉の動き、血の巡りに至るまで平静を取り戻している。まるでビヒモーの毛づくろいをしていた時のような落ち着きようだ。
「ぐあっ!!」
自分の身体の異変に戸惑うシルワが一瞬気を逸らした隙に、兵士の一人が獣に腕を食いつかれた。
「こ、このっ! 離れろぉ!」
シルワは無我夢中で斧槍を振り回し、獣を打ち付ける。
『ぎゃんっ!!』
「え……」
効いた。だだ、滅茶苦茶に打ち付けた斧槍が、獣の身体に当たり血を流させた。
獣は警戒する様に兵士から口を離し、距離を取る。
「なに……どういう事?」
獣にダメージを与えた。獣だけでなく兵士達にも驚きが広がる中、その事実に一番驚いていたのは、当のシルワだ。
「すごい! 君は授恵者だったのか!」
呆然とするシルワに兵士が声をかける。その表情は希望に溢れていた。
「授恵者……?」
先ほどの一撃でぐにゃりと歪んでしまった斧槍をじっと見つめ、シルワは呟いた。
『授恵者』とは特別な力を神に与えられた存在。それも聞いた事があった。でも……。
「い、一体何の事ですか……?」
「なにって、その力にその技! それは紛れもなく授恵者の持つ力だ!」
兵士はシルワの手を取りグッと握る。そして、先ほどの一撃は、まさしく授恵者が繰り出す一撃そのものだと説明した。
「勝てる……! 勝てるぞ!」
シルワの手を握っていた兵士が残りの4人を鼓舞する。
まるで、英雄でも現れた様なはしゃぎぶりだ。
「さぁ、この武器を使ってくれ! それはもう使い物にならないだろう!」
兵士は腰に下げていた剣をシルワに手渡し、歪んでしまった斧槍を引き取った。
「あ、あの……私、剣なんて使った事がないんですけど……」
「む、そうなのか。でも大丈夫だ! 君の力ならあの程度のクリーパー、訳はないはずだ!」
兵士は頼むと頭を下げ、シルワを前面に押し出す。
シルワは戸惑いながらも剣を抜き放ち、獣を見据えた。
「軽い……剣ってこんなに軽いの」
無骨な兵士用の剣の軽さに驚いていると、獣が飛び掛かってきた。
シルワは咄嗟に剣を頭上に掲げ、獣の口撃を受け止める、が――。
――ガキンッ!
獣の一噛みに鉄製の剣があっさりと砕け散った。
「えっ!?」
剣の防御を越えて襲い来る獣の攻撃を、何とか身を翻しやり過ごしたシルワ。
しかし、武器はもう使えない。何か他の物はないかと、視線を巡らせる。
「やはり即席の武器では駄目なのか! 君! 何か自分の武器はないか!」
兵士が後ろで叫んでいる。
兵士が言うには、長い月日をかけ自分のエーテルを馴染ませた武器でないと、授恵者の力に耐えられないという事だった。
そういう事は先に言ってほしい。そう思っても遅い。兵士の言が正しいなら、ここにある武器は全て使えない事になる。まさか、この獣相手に素手でやれって……。
「……あ、ある」
と、シルワはふと思い出した。長年ずっと愛用してきた『武器』……?
村から逃げる時、咄嗟に持ってきてしまった、あれがある。
「こんなもので、戦えるの……?」
シルワは腰に手を回し、ひっかけていたそれを外した。
それは――あの削蹄刀だった。
「来た!」
半信半疑で削蹄刀を見つめていたシルワは、兵士の声にハッと我に返る。
――ガキンッ!
間一髪、咄嗟に掲げたナイフが獣の口撃を食い止めた。
「こ、壊れない」
先ほどの剣よりも見た目は随分と頼りないのに、ナイフは傷一つつかず獣の攻撃を食い止めている。
シルワは獣の腹に蹴り距離を取った。
「行けるか、授恵者殿!」
「は、はい! やってみます!」
シルワの返事に兵士は村民を守る為、後退をはじめ、彼女は獣二体の矢面に立つ。
だが、不思議と恐怖はなかった。
「やれる……!」
シルワは小さく呟くと、自ら攻撃へと転じた。
●
「流石だ、授恵者殿。そんなナイフであの獣をやっつけてしまうなんて」
「は、はぁ……」
シルワを褒めたたえる兵士達に、生返事を返す。
戦闘経験なんてまるでなかったただの村娘が、削蹄刀一本で獣を倒した。
まるでお伽噺の様な話に、シルワ自身がまだ信じられないでいた。
「急いで村人達に追いつこう。まだ敵が残っているかもしれない」
兵士と共に駆け戻りつつ、シルワはずっと削蹄刀を見つめる。
ビヒモーの世話でずっと使っていた削蹄刀。切れ味が落ちるとビヒモーたちが文句を言うので、いつも手入れは欠かさなかった。
「それがこんな所で役に立つなんて……ありがとう」
しっかりと手になじむ『愛刀』に感謝しながら、ぎゅっと胸に抱く。
「な、なんだ、どういう事だ……!」
そんな時だった。突然、先頭を走る兵士が脚を止めた。
前方からは、逃げたはずの村民達が必死の形相でこちらに向かってきている。
「皆!? な、なんで戻ってくるの!」
シルワは必死で声をかけるが、村民達は顔に恐怖を張り着かせ走り抜けていく。
「な、なんだあれ……」
村民達の異変にシルワが慌てていると、兵士が声を震わせた。
シルワは急いで兵士の視線に合わせる。
それは見た事も無い様な巨大なクリーパーだった。
巨大な頭に裂けた口。ぞろりと生え揃う歯は一つ一つが槍先かと見紛う程に鋭い。
人の何倍もある体躯で逃げ惑う村民達を追い、太い脚で踏みつぶし、鋭い爪で薙ぎ倒し――巨大な口で喰らっていた。
「う、うわぁぁぁ!!」
シルワは考える前に飛び出していた。
生まれてからずっと村の事しか知らなかったシルワにとっては、どれもこれも知っている顔。名前も年齢も全部知っている。一緒に遊んで、一緒にご飯を食べて、一緒に仕事をした――大切な人達。
シルワは愛刀を握り、今まさに振り下ろされようとした腕を切りつけた。
『グオォォォ!!』
鈍竜がシルワの一撃を受け、悲鳴を上げる。
「き、効いた!」
シルワは逃げ遅れた人達に「逃げて!」と叫ぶと、村民を守る様に鈍竜の前に立ち塞がった。
「大丈夫、やれるよ、シルワ」
自分を鼓舞するために呟き、愛刀をぎゅっと握る。
怒りに沸く思考が「やれ」と叫ぶ。冷静な心がそれを押さえつける。
体の中にある二つの感情に戸惑いながらも、シルワは相手の動きをじっと見据えた。
鈍竜がシルワに向け腕を振り下ろした。
シルワは大振りの攻撃を屈んでかわすと、太い脚に肉薄する。
愛刀を逆手に持ち、走り抜けざまに肉を切り裂いた。
鈍竜の悲鳴が上がる中、シルワはすぐさま取って返すと、今度は反対の脚に愛刀を振り下ろす。
どろりとした体液が飛び散り、再び鈍竜の悲鳴が木霊した。
鈍竜の攻撃は、まるで羽根を得たように軽くなった体の前では止まって見えるほどの鈍い。
シルワは鈍竜の必殺の口撃を難なくかわすと、その鼻先に愛刀の一撃を見舞った。
「はぁはぁ……いける!」
図体ばかりで相手は完全に翻弄されている。シルワはこれを機と見て取り大地を蹴った。
だが――。
「っ!?」
鈍竜の口元が――歪んだ気がした。
そして、それを感じた時にはすでに遅かった。突然、真横から痛烈な衝撃に見舞われ、シルワの身体は木っ端のごとく吹き飛ぶ。
「がっ……はっ!」
横撃に加え、地面への衝突に、シルワは口から大量の血を吐いた。
視界が歪む。
呼吸がおかしい。
身体中が痛い――。
攻撃の正体は尻尾だった。その存在を完全に失念していた。そして、鈍竜はその事がわかっていたのだ。なんと狡猾な奴だろうか……!
息をするのも苦しいのに、頭の中だけはやけに冷静だった。
シルワは先に起こった事を一瞬で理解する。そして、次にどう動かねばならないか思考を巡らせる。
しかし……。