情熱の行方

キャラクターノベル制作 真柄 葉納品 2021年08月25日 16時13分46秒


「何度も言うが――ダメだ」

 綺麗に整えられた机上に、羊皮紙が放り投げられる。

「なんで! 折角できたお客様なんだから、最初にばっちり心をつかんでおくのは商売にだって大切だと思うんだよ!」

 盛大な溜息付きで返品された提案書に憤慨するリゼット・ブランは、兄の机に両手を突き身を乗り出した。

「……はぁ。これの一体どこが『ばっちり心をつかんでおく』なのか説明してみろ」

 と、兄ジュスト・ブランは机の上に投げられたリゼットの提案書だというものをコツコツと指で突きながら問いかける。

「どこって、全部だよ! お客様(アリエステラ)はお手頃価格で質のいい品を仕入れる事が出来て嬉しいし、お店側(ブラン商会)も沢山商品を買ってもらえて嬉しいし、いう事なしでしょ!」
「……リゼット、お前はそれを本気で言っているのか?」
「な、何? 何か変なこと言ってる……?」

 呆れる様な悲しむ様なそんな視線を向けられたリゼットは自信を無くし問い返した。

 三日三晩徹夜で考えて提出した提案書には、最近得意先の一つに名を連ねた仕立屋『アリエステラ』への営業方針への提案が記されていた。
 アリエステラの素晴らしさが懇々と綴られ、如何にアリエステラとの取引がブラン商会の益になるのかを、リゼット目線で書かれている。
 提案書である羊皮紙は幾つも削り跡があり、何度も何度も書き直したのだろう事を伺わせた。それほどまでして作り上げた渾身の提案書だった。

「はぁ……紙を無駄にしなかったのは褒めてやるが、商売は遊びじゃないんだぞ。まだ半人前の俺ですらこの提案書を見て商売をしようなんてこれっぽちも思わない」
「そ、そんな! アリエステラとの取引はお兄ちゃんが決めてくれたことでしょ! それをより良いものにしようと思って頑張って考えたんだよ!」
「だから、これのどこが『よりよいもの』なんだ。これはただのえこひいきだ」
「そ、そんなんじゃ――」
「無いって言いきれるのか?」

 リゼットはジュストにじっと見つめられ、うっと言葉を飲んだ。

「お前があの店(アリエステラ)を大切に思っているのは知っている。小さなころから通い詰めた大好きな店だもんな。俺もお前のやりたい事に協力してやりたい気持ちもなくはない」
「そ、それじゃ!」
「だがな、商売っていうのは、売る側も買う側もどちらも笑顔でいなくてはいけないんだ。お前のこの提案は買う側しか笑顔にならない。売る側――俺達の事がすっぽり抜け落ちている」
「どちらも笑顔……」
「そうだ。俺達がやっているのは商売だ。慈善事業じゃない。もし、お前の提案がまかり通る様な商会があるなら、そんな商会は明日には店じまいだ」

 じっと自分の提出した提案書に視線を落とすリゼットに、ジュストは溜息を一つつき、さらに続ける。

「俺はまだ父さんや姉さんの足元にも及ばないが、この商会を継ぐ以上……いや、継がないで済むならそれに越したことはないが……と、ともかく、この商会を潰すわけにはいかない」
「そんな、大袈裟な……」
「大袈裟? ああ、大袈裟だ。大袈裟な事なんだよ、これは。いいか? よく考えろリゼット。こういうえこひいきな取引を一度でも行うと、それが常態化する危険性がある。商売相手は、あの気のいい女主人さんみたいな人ばかりじゃない」
「美人だしね」
「ああ。美人……って、そこは関係ないだろう!?」

 にやにやと見つめる妹におほんと咳払い一つ、ジュストは話を続ける。

「まったく……。商売には越えてはいけない一線ってものがあるんだ。それを踏まえた上での提案なら受けるが、お前のこれはあの店の笑顔の事しか考えていない」
「……」

 ジュストに言われリゼットは表情を引き締め机の提案書に視線を落とす。
 あの店の事を想い、あの店の為になるのならと沢山のアイデアを詰め込んだ提案書を、兄に言われて改めて見つめ直す。
 確かにあのお店(アリエステラ)に出来る限りいいものを安く使ってもらいたくて、作った提案書だ。あのお店の事を想って、うちの商品があの仕立屋で素敵な洋服になる事を夢見て――。

「せ、せめて最初のお取引だけでもダメかな……! 折角お兄ちゃんが繋いでくれた縁だもの、第一印象はよくしたいの!」

 それでもリゼットは諦めきれず、ジュストに詰め寄った。

「はぁ……まだ言うのか。いいか? 俺達がやっているのは『卸』だ。小売じゃない。一度の取引でいくらの額が動くか、お前はわかっているのか?」
「えっと……」
「――これだけの額が動く」
「っ!?」

 スッと机の上に滑らされたメモ書きに、リゼットは思わず目を見開いた。

「もし仮にお前の提案を全て聞いたら――こうだ」
「……」
「わかるか? うちの商会がいくらの損失を負う羽目になるか。お前に補填できるのか?」
「……できない」

 書き加えられた数字は、一個人ではとてもではないが払える額ではなかった。

「……とはいえ、お前の気持ちもわからないでもない」
「え……?」

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0