価値の意味
キャラクターノベル(グループ)制作 真柄 葉納品 2021年08月04日 14時59分49秒
ギルドから受けた依頼も無事報告まで終わり、エルケ・シャルフとハリス・アル・ターミルは、報酬を握りしめ街へと繰り出していた。
「今日も街は賑やかね」
「ええ、我々の成した依頼がこの平和の一助になっているかと思うと、尚更感慨深いものがありますね」
「いや、真面目か」
二人は依頼で消費されたカロリーを補うべく、露店が並ぶ市を歩く。
どこからともなく漂ってくる香ばしい匂いに誘われふらふら、あまーい薫りにゆらゆら、欲望の赴くままに食を求め屋台を回っていた。
「おぉ、あの屋台は」
「うん? なに、知り合い?」
と、指さすハリスを追い、エルケが前方の人だかりを見る。
「随分賑わってる屋台ね。何を売ってるんだろう?」
「少し顔を出していきませんか、エルケ殿」
「え? 別にいいけど、あれは何の屋台なの?」
「そうと決まれば、早速行きましょう!」
「ちょ、ちょっとハリス君!?」
有無を言わさぬ力強さで手を引かれ、二人は前方の人混みに突進していった。
●
二人が訪れた屋台は、若干みすぼらしい見た目とは裏腹に、よほど人気があるのか、大勢の買い物客に囲まれ大繁盛している。
扱っている商品は、野菜。そして、売り手はリザードマンの青年だった。
二人は人波を掻き分け店の前に立つと、こちらに気付いた売り手がハリスに声をかけてきた。
「同胞ハリスではありませんか!」
「やはり貴殿でしたか。ご無沙汰しております。今日も我らが野菜は大好評ですね」
「ええ、ええ。それはもちろん! 我々が丹精込めて作り上げた子供達はこの街の民にもすこぶる評判がいいですよ!」
「それは実に重畳! 作り手として、これほど嬉しい事はありませんね!」
「全く同感です、同胞ハリス! この調子ですと昼を待たずに売り切れてしまいます!」
まるで劇の一場面でも見る様な芝居がかったやり取りに、エルケは完全に置いてけぼり。
一体何事かと問いかけようにも、二人のやり取りに隙が無く入って行けない。
「エルケ殿も、お一ついかがですか? 我々が日々精魂込めて育て上げた自慢のトマトですよ!」
そんなエルケの事を知ってか知らずか、ハリスが店先に並んだ小ぶりなトマトを指先で摘まみ上げると、恭しくエルケの前に差し出した。
「え、ええ。ありがとう」
この流れで断るのもあれかと思ったのか、エルケは素直に受け取り二人のリザードマンから期待の眼差しを向けられつつ口に運ぶ。
「……んんっ!?」
するとどうか。一噛みしただけであふれ出てくる果汁。その瑞々しさもさることながら、驚嘆するのはその甘さだった。まるで果物――いや、スイーツかと思わせる程に甘いトマトを、エルケはいつの間にかぺろりと胃に納めていた。
「な、なにこれ。こんなにおいしいトマト初めて食べたわ。……いったい、これは何なの?」
「これは何なのと言われましても、我々ターミル族が精魂込めて作り上げた自慢のトマトですが?」
「いやいや。これはそんな単純なものじゃないでしょ。いくら精魂込めて作っても、こんなトマトにはならないわよ」
「はて、異なことを申されますね。これがトマトではないとすれば、一体何なのですか?」
「それはこっちが聞きたいわよ!」
困ったように首をかしげるハリスに、エルケは思わず声を荒げてしまった。
しかし、それも仕方ない。こんなにも美味しいモノを口にしたのは生まれて初めてだったから。これがトマトだと言われても疑ってしまうのも無理のない話しだった。
「これは、この人だかりも納得するわね。どうせ他の野菜も美味しいんでしょ?」
「それはもう。どの子もどこへ嫁に出しても恥ずかしくありません!」
エルケに答えるハリスの顔はまさに子を嫁に出す父親のそれである。
「はいはい、ほんとにアナタの野菜にかける情熱には頭が下がるわ。それにしても、このトマトがこれだけ美味しいんだし、随分とお値段も……」
トマトだけでなく他の野菜達にも語り掛けているハリスを横目に、エルケはちゃっかり拝借したおかわりのトマトを頬張りながら、野菜達の前に掲げられた値札を見て――。
「ぶふっ!? はぁ!? 何よこれ!!」
その値段設定に思わずトマトのハリスに向かって噴射した。
「ななな、何ともったいない!! このトマト達は我々ターミル族が精魂込めて作った……エルケ殿……?」
ハリスは自分の顔にべっとりと着いたトマトの果汁を拭いては口に運びを繰り返し、これは文句の一つでも言わなければと、エルケの方を見て――かたまった。
「……開いた口が塞がらないっていうのは、この事ね」
「い、一体何をそこまで怒っておられるのですか……私が何か気に障るような事でもしましたか……?」
一体何をそんなに怒りを露わにしているのか。わなわなと肩を震わせるエルケに、ハリスは戸惑い問いかける。
「何がって、これよ!」
と、エルケが指差したのは、屋台に並べられた値札だった。
「……むむむ? これが何か。字は間違っていないと思うのですが」
識字率の低いロスガリアにあっても、売買に必要な数字だけは読める人も多い。そんな人たちでもわかる様に、値札は大きくわかりやすく表示しているのだが、エルケはなぜかそれを見て怒り心頭のようだ。
「ちょっとここじゃなんだから、こっちに来て!」
そして、エルケは有無を言わせぬ勢いでハリスの腕を掴むと、露店の前の人混みを抜け街の角へ向かった。
●
――どんっ!
エルケがハリスに壁ドン……するにもあまりに身長差がありすぎるので、ハリスのわき腹辺りに手をつく。
エルケは一瞬「デカいわね」と呟きつつも、ググっとハリスを見上げた。
「何なの、あの値段設定は!!」
「ね、値段設定ですか? 何かおかしなところでもありましたか。これでも市場を調査し、大きく値崩れを起こさないラインで設定しているのです。もちろん、売り手が独断で値付けする事はありません。全て集落の賢人達が需要と供給のバランスを鑑み、絶妙な値段設定で庶民の方々に手に取ってもらえるように考えているのですよ」
つま先立ちなり詰め寄るエルケに、ハリスはそんな事かとターミル族自慢の値付けシステムを解説した。
「はぁ!? もしかして、ターミル族みんな同一価格に設定してるの!?」
「ええ、もちろんです。市に出す子達はどれも我がターミル族が厳選に厳選を重ねた逸品ぞろい。品質に抜かりはありません!」
「いや、そういう事じゃなくて!」
「むむ……では、一体何をそこまで怒っておいでなのですか」
話せば話す程、機嫌の悪くなっていくエルケに、ハリスも困り果てる。
「アナタ達の商品が素晴らしいのはよくわかった。あのトマトはとても美味しかったからね」
「おぉ、お気に召していただけましたか。そのお言葉、我が一族の誉れとなりましょう」
賛辞を受け素直に喜ぶハリスに、エルケは大きく溜息。
「でもね、アナタ達はアレの本当の価値をわかっていないのよ」
「むむむ? 本当の価値……ですか」
「あの野菜の値段を付けているのが、一族の賢人達なのよね?」
「え、ええ。そうです。我が一族でも特に情熱溢れる者達です」
「……いいわ。行きましょ」
「……行きましょ、とは、一体どこへ行くのですか?」
「そんなの決まってるでしょ。アナタの故郷よ。お偉い賢人たちに私がちょっとアドバイスしてあげるから!」
そう言うとエルケはハリスの腕を取った。