パンクリアース学園の怪
キャラクターノベル制作 唐揚げ納品 2021年09月29日 16時14分15秒
「……"森の魔人"、ですか?」
カミル・ノヴァーク――のちに「レオナルド・ピーフォウル」と名乗り、冒険者として旅をすることになる男――は、聞き覚えのない単語に目を丸くした。
その純朴な表情はいかにも人がよさそうで、貴族らしさはあまり感じられない。
事実、ここパンクリアース学園に、能力を見込まれて特別推薦される平民は居なくもない……が、カミルはあくまで、伯爵家の次男坊だ。
権力に目を濁らせた若者が多い中、彼の素朴さはある意味貴重と言える。
「そうだよ。なんでも、森の奥深くに住んでいて、人を攫ってしまうらしい」
医学者であることを示す白いローブに身を包んだ男性が、頬杖を突いて言う。
年頃は30過ぎといったところで、その表情はカミルと反対に神経質そうだ。
もっとも、その原因の一助を担っているのは、今話している少年なのだが……。
ともあれ彼の名はディルクと云う。この学園で医療を専門とする教師である。
「神隠しだとかなんだとか言われているが、まあ所詮噂は噂だ。
本当に攫われた者が帰ってこないなら、そもそも噂は立つまい」
ディルクは呆れた様子で言った。学生の間での、この手の噂はよくある話だ。
ではなぜ、彼はそんな他愛もない話をカミルにしているのかというと、理由はふたつ。
ひとつは彼が、カミルのことを(彼なりに)教え子として可愛がっているため。
何かとそそっかしいカミルのこと、心労が絶えない立場ではあるのだが。
「はあ、そんな噂があるんですね……ところで、どうしてそんな話を私に?」
「……その魔人はな、赤い髪をしているそうなんだ」
訝しむカミルに対し、ディルクは言った。
「赤い髪」
「そう。まるで血を被ったような赤い髪をしているらしい。加えて」
カミルは怪訝な顔をし、師の話に耳を傾けている。
集中している……しているのだが、師の様子に気付いていない。
具体的に言うと、めっちゃ睨まれてるのに全然気付いてなかった。
「森の魔人とやらは、薬草の群生地でよく目撃されているそうなんだ」
「えっ、そうなんですか? 私もよく採集に行きますが、そんな不審な影見たことも聞いたこともないですよ」
「…………」
ディルクの細長い瞳が、じぃいい~~~っとカミルを見つめる。
カミル本人は気付いていない。というかもう魔人のことしか考えていない。
「……いいかいカミル、その魔人というのは私が思うに」
「その噂が本当なら、許されざることですね……!」
「は?」
今度はディルクが目を丸くする番だ。握り拳をぶるぶる震わせるカミル!
「罪のない生徒を攫うなんて……そんなこと、あってはいけないことです!
しかもわざわざ薬草の群生地に現れるっていうことは、魔人の目的はひとつですよ」
「……一応聞くが、その目的とは?」
「それは当然、怪我をした生徒を狙っているからに違いありません!」
「…………」
がったん! ディルクは頬杖を突いた状態から盛大にずっこけた。
「先生!? 大丈夫ですか!」
「いや、その台詞はどちらかというと私が言いたいんだが」
ディルクは眼鏡の位置を直しつつ、ため息をついた。
しかしカミルはみなまで言うな、とばかりに頭を振る。
「いいえ、言葉にしていただかなくてもわかります。先生の悔しさ、そして怒り。
私も絶対に許せません……"森の魔人"め、怪我人や病人を狙うとは、なんて卑劣な奴なんだ……!!」
「……はぁ~~~」
ディルクは額に手を当てて、重い重いため息をついた。
師の様子が妙なことには気付かないくせに、カミルはなぜかこのため息には気付いた。
「先生、心配しないでください。"森の魔人"は私が見つけ出します!」
「いや、あの」
「ついでに無くなりそうな薬草を採集してきますね! あと、そうだ!
もし魔人に攫われそうな生徒がいたら、その前に私が保護しておきます!
なあに、問題ありません! 奴が襲いかかってくるなら返り討ちにしてやりますよ! では!」
しゅたっ! と手を挙げ、ものすごい勢いで飛び出していくカミル。
おそらく本気で、薬草を集めつつ"魔人"も探すつもりなのだろう。
「……あいつ、もしかして本気でやってるのか……??」
ディルクはしばし呆然とし、やがて机に突っ伏した。
彼がカミルにこんな話をしたもう一つの理由――それは言うまでもない。
「誰がどう考えたって、お前のことだろうが……ッ!!」
噂の"森の魔人"は、義憤に燃えるカミル本人だからである……。
そもそもなぜ、こんな噂が広まってしまったのか。
それは、森でカミルがたびたびやってきた「ある行為」が原因なのだ。
本人の名誉のために述べておくと、カミルに悪気は決してない。
むしろ彼のやっていることは紛れもない善行だし、妥当性もある。
しかし状況の複雑さと、「ある行為」に巻き込まれた生徒の状態と、
とにかく様々な要因が重なり合った結果、存在しない魔人が生まれてしまったのだ。
「ある行為」――それは、例の"魔人"の仕業だという「神隠し」である。
といっても、カミルがなんらかの不思議な力で生徒をどこかに隠してるとか、
噂通りの事実は一切……いや、そこそこない。すべては悲しい誤解なのだ。
師はそれとなーく、最終的にはストレートに真実を告げることで、カミルに「少しは考えて行動しろ」と促すつもりだったのだが、逆効果になってしまった。
そして当のカミルはというと、さっそく同じことを繰り返そうとしていた……。
学園の森のやや奥深く、貴重な薬草がいくつも自生するエリア。
自衛のための武具と、採集用の道具を携えたカミルは、一転して凛々しい表情であたりの様子を伺っている。
「"森の魔人"……僕を攫おうっていうなら、相手になるぞ……!」
だからそれはお前のことだよ、とツッコミを入れてくれる人は特に居ない。
カミルの頭の中では、もうすでに魔人がどこかに潜んでいるということになっていた。
生徒としての成績は決して悪くないのだが、こういうところが玉に瑕である。
カミルは、別に武術に優れている……と、いうわけではない。
なにせ彼は、貴族としての政治的知識と医学を修めにこの学園に来たのだ。
武器の扱いや自衛手段について、最低限の手ほどきを受けてはいるが、それはあくまで嗜みとして必要なレベルの話。
授恵者として生まれつきの才能を持つとはいえ、並外れて腕が立つわけではない。
……のだが、こうスイッチが入ると、カミルはいささか周りが見えなくなる。
というかまあ、普段からあんまり人の話を聞いていないところがある。
医学の徒のはしくれとして、卑怯卑劣な"森の魔人"に対する怒りもあろう。
もっとも、勝手に卑怯卑劣なキャラ付けをしたのもカミルなのだが。
と、その時である。
「う、うう……」
「!」
どこかから聞こえてきたうめき声に、カミルはハッと顔を上げた。
怪我人か、病人か。いずれにしても今の声の感じは、ただごとではない。
「"森の魔人"に連れ去られる前に、急がないと!」
カミルは耳をそばだて、声のする方へと駆け出した。
このあたりには、薬草を採集するために何度もやってきている。いわば庭だ。
どういう魔獣が住み着いているかも知ってるし、大体は対処できる。
しかし極稀に、カミルでは太刀打ちできないような存在が紛れ込むことがある。
腕試しに森のさらに奥へ向かい、逃げ帰ってきた生徒が迷い出るのもこのへんだ。
そう、カミルはそれをよく知っている――そうやって何度も「攫ってきた」からだ。
やがてカミルは、足を押さえてうずくまる男子生徒を見つけた。
一瞥して分かる程度に、森に踏み込むには相応しくない装備をしている。
「クソッ、あんな魔獣にやられるなんて……俺は侯爵家の長男なんだぞ……!」
「そこの君! 大丈夫かい? どうやら足を怪我しているみたいだね」
「!?」
カミルが草むらをかき分けて寄ろうとすると、男子生徒は顔を青くした。
「そ、その声……! も、ももももしかして、"森の魔人"!?」
「え? いや、僕は……」
カミルは生い茂る草をがさりとどかし、名乗ろうとした。
が、まず怪我の具合を確かめたかったので、無意識に前のめりになってしまう。
するとどうなるかというと、高く茂る木々のせいで見通しの悪くなった暗がりから、「血を被ったような赤髪」が先に見えてしまうのだ!
「ひぃいいいい!! や、やっぱりぃいいいい!!」
「いや、だから違……ダメだ、気絶してる」
あわれ、男子生徒は完全に白目を剥いて気絶してしまっていた。
カミルは頭をかきつつ、とりあえず問題の怪我の具合をチェックした。
「っと、動脈は傷ついてないし腱も大丈夫そうだ。これなら命に別状はないな。
多分怪我に慣れてないせいで気が動転してたんだろうけど……おーい」
「…………」
「うーん、ダメか。仕方ないなこれは……うん、いつも通り保健室に運ぼう!」
どっこいせ、と、怪我をした男子生徒を抱え上げるカミル。
薬草採集用の背負い袋があるため、少々手荒だが肩に担ぐ形になる。
もちろん最低限の応急処置をした上でだ。絵面は「まるで人攫いのよう」だが。
「いやー、よかったなあ。"森の魔人"に攫われる前に保護できるなんて!
しかもこの程度の怪我なら、治療の練習台としては申し分ないぞぉ!」
と、カミルはニコニコと笑顔を浮かべて歩き出す。
……そう、これこそが、噂の原因となってしまった「ある行為」。
カミルは森の中で怪我人を見つけては、治療の練習がてら専科棟の保健室に「運んであげて」いた。
もっとも人の話を聞かない彼の性格のこと、自分の身分を詳しく明かしたり行き先を懇切丁寧に説明するようなことは、残念ながらほとんどない。
これまたカミルの名誉のために付け加えると、彼としても「いちいち名を名乗っていたりしたら、まるで感謝を強要しているような気がする」という一種の遠慮があったりするのだが。
怪我の大小はあれど、カミルが「攫って」きた生徒の多くは、慣れない負傷に気が動転していたり、そもそも気を失っていたり、状況をきちんと把握できている者がほぼ皆無。
しかも一部の生徒に至っては、誰かに手助けしてもらったという事実を汚点と考え、自分が負傷したことを無理やり誤魔化そうとまでする始末だ。
こうして気がついたら保健室にいた生徒の曖昧な証言や、自分の醜態を隠そうとする横柄な貴族生徒のでまかせがミックスされ、出来上がったのが"森の魔人"……と、いうわけである。
噂が独り歩きしている間も、カミルは当然この「神隠し」をやめようとはしなかった(そもそも噂を知らなかったのだから無理もない)。
おかげで本人は気付いていないものの、"森の魔人"のディティールが補強され、この男子生徒のようにカミルを魔人と誤認――本人ではあるのがまたややこしい――してしまう、という悪循環が続いている。
ディルクが真相に気付けたのは、ひとえに師としてカミルのことをよく見ているからだろう。
で、その噂の当事者の様子はというと。
「この傷なら、あのあたりに生えてる薬草が使えるかな。よし、さっそく摘んでいこう!
いやあ、人助けもして治療の練習も出来て、今日も僕はいいことをしてるなあ!
"森の魔人"の好きにさせないためにも、これからは定期的に森を見回ろう!」
やっぱり気付いていないし、なんなら火に油を注ぐつもり満々だ。
もっともこうした経験が、カミルが"レオナルド"になってから、大いに役立つことになるのだが……それはまだ、今のところは別のお話、である。
カミル・ノヴァーク――のちに「レオナルド・ピーフォウル」と名乗り、冒険者として旅をすることになる男――は、聞き覚えのない単語に目を丸くした。
その純朴な表情はいかにも人がよさそうで、貴族らしさはあまり感じられない。
事実、ここパンクリアース学園に、能力を見込まれて特別推薦される平民は居なくもない……が、カミルはあくまで、伯爵家の次男坊だ。
権力に目を濁らせた若者が多い中、彼の素朴さはある意味貴重と言える。
「そうだよ。なんでも、森の奥深くに住んでいて、人を攫ってしまうらしい」
医学者であることを示す白いローブに身を包んだ男性が、頬杖を突いて言う。
年頃は30過ぎといったところで、その表情はカミルと反対に神経質そうだ。
もっとも、その原因の一助を担っているのは、今話している少年なのだが……。
ともあれ彼の名はディルクと云う。この学園で医療を専門とする教師である。
「神隠しだとかなんだとか言われているが、まあ所詮噂は噂だ。
本当に攫われた者が帰ってこないなら、そもそも噂は立つまい」
ディルクは呆れた様子で言った。学生の間での、この手の噂はよくある話だ。
ではなぜ、彼はそんな他愛もない話をカミルにしているのかというと、理由はふたつ。
ひとつは彼が、カミルのことを(彼なりに)教え子として可愛がっているため。
何かとそそっかしいカミルのこと、心労が絶えない立場ではあるのだが。
「はあ、そんな噂があるんですね……ところで、どうしてそんな話を私に?」
「……その魔人はな、赤い髪をしているそうなんだ」
訝しむカミルに対し、ディルクは言った。
「赤い髪」
「そう。まるで血を被ったような赤い髪をしているらしい。加えて」
カミルは怪訝な顔をし、師の話に耳を傾けている。
集中している……しているのだが、師の様子に気付いていない。
具体的に言うと、めっちゃ睨まれてるのに全然気付いてなかった。
「森の魔人とやらは、薬草の群生地でよく目撃されているそうなんだ」
「えっ、そうなんですか? 私もよく採集に行きますが、そんな不審な影見たことも聞いたこともないですよ」
「…………」
ディルクの細長い瞳が、じぃいい~~~っとカミルを見つめる。
カミル本人は気付いていない。というかもう魔人のことしか考えていない。
「……いいかいカミル、その魔人というのは私が思うに」
「その噂が本当なら、許されざることですね……!」
「は?」
今度はディルクが目を丸くする番だ。握り拳をぶるぶる震わせるカミル!
「罪のない生徒を攫うなんて……そんなこと、あってはいけないことです!
しかもわざわざ薬草の群生地に現れるっていうことは、魔人の目的はひとつですよ」
「……一応聞くが、その目的とは?」
「それは当然、怪我をした生徒を狙っているからに違いありません!」
「…………」
がったん! ディルクは頬杖を突いた状態から盛大にずっこけた。
「先生!? 大丈夫ですか!」
「いや、その台詞はどちらかというと私が言いたいんだが」
ディルクは眼鏡の位置を直しつつ、ため息をついた。
しかしカミルはみなまで言うな、とばかりに頭を振る。
「いいえ、言葉にしていただかなくてもわかります。先生の悔しさ、そして怒り。
私も絶対に許せません……"森の魔人"め、怪我人や病人を狙うとは、なんて卑劣な奴なんだ……!!」
「……はぁ~~~」
ディルクは額に手を当てて、重い重いため息をついた。
師の様子が妙なことには気付かないくせに、カミルはなぜかこのため息には気付いた。
「先生、心配しないでください。"森の魔人"は私が見つけ出します!」
「いや、あの」
「ついでに無くなりそうな薬草を採集してきますね! あと、そうだ!
もし魔人に攫われそうな生徒がいたら、その前に私が保護しておきます!
なあに、問題ありません! 奴が襲いかかってくるなら返り討ちにしてやりますよ! では!」
しゅたっ! と手を挙げ、ものすごい勢いで飛び出していくカミル。
おそらく本気で、薬草を集めつつ"魔人"も探すつもりなのだろう。
「……あいつ、もしかして本気でやってるのか……??」
ディルクはしばし呆然とし、やがて机に突っ伏した。
彼がカミルにこんな話をしたもう一つの理由――それは言うまでもない。
「誰がどう考えたって、お前のことだろうが……ッ!!」
噂の"森の魔人"は、義憤に燃えるカミル本人だからである……。
そもそもなぜ、こんな噂が広まってしまったのか。
それは、森でカミルがたびたびやってきた「ある行為」が原因なのだ。
本人の名誉のために述べておくと、カミルに悪気は決してない。
むしろ彼のやっていることは紛れもない善行だし、妥当性もある。
しかし状況の複雑さと、「ある行為」に巻き込まれた生徒の状態と、
とにかく様々な要因が重なり合った結果、存在しない魔人が生まれてしまったのだ。
「ある行為」――それは、例の"魔人"の仕業だという「神隠し」である。
といっても、カミルがなんらかの不思議な力で生徒をどこかに隠してるとか、
噂通りの事実は一切……いや、そこそこない。すべては悲しい誤解なのだ。
師はそれとなーく、最終的にはストレートに真実を告げることで、カミルに「少しは考えて行動しろ」と促すつもりだったのだが、逆効果になってしまった。
そして当のカミルはというと、さっそく同じことを繰り返そうとしていた……。
学園の森のやや奥深く、貴重な薬草がいくつも自生するエリア。
自衛のための武具と、採集用の道具を携えたカミルは、一転して凛々しい表情であたりの様子を伺っている。
「"森の魔人"……僕を攫おうっていうなら、相手になるぞ……!」
だからそれはお前のことだよ、とツッコミを入れてくれる人は特に居ない。
カミルの頭の中では、もうすでに魔人がどこかに潜んでいるということになっていた。
生徒としての成績は決して悪くないのだが、こういうところが玉に瑕である。
カミルは、別に武術に優れている……と、いうわけではない。
なにせ彼は、貴族としての政治的知識と医学を修めにこの学園に来たのだ。
武器の扱いや自衛手段について、最低限の手ほどきを受けてはいるが、それはあくまで嗜みとして必要なレベルの話。
授恵者として生まれつきの才能を持つとはいえ、並外れて腕が立つわけではない。
……のだが、こうスイッチが入ると、カミルはいささか周りが見えなくなる。
というかまあ、普段からあんまり人の話を聞いていないところがある。
医学の徒のはしくれとして、卑怯卑劣な"森の魔人"に対する怒りもあろう。
もっとも、勝手に卑怯卑劣なキャラ付けをしたのもカミルなのだが。
と、その時である。
「う、うう……」
「!」
どこかから聞こえてきたうめき声に、カミルはハッと顔を上げた。
怪我人か、病人か。いずれにしても今の声の感じは、ただごとではない。
「"森の魔人"に連れ去られる前に、急がないと!」
カミルは耳をそばだて、声のする方へと駆け出した。
このあたりには、薬草を採集するために何度もやってきている。いわば庭だ。
どういう魔獣が住み着いているかも知ってるし、大体は対処できる。
しかし極稀に、カミルでは太刀打ちできないような存在が紛れ込むことがある。
腕試しに森のさらに奥へ向かい、逃げ帰ってきた生徒が迷い出るのもこのへんだ。
そう、カミルはそれをよく知っている――そうやって何度も「攫ってきた」からだ。
やがてカミルは、足を押さえてうずくまる男子生徒を見つけた。
一瞥して分かる程度に、森に踏み込むには相応しくない装備をしている。
「クソッ、あんな魔獣にやられるなんて……俺は侯爵家の長男なんだぞ……!」
「そこの君! 大丈夫かい? どうやら足を怪我しているみたいだね」
「!?」
カミルが草むらをかき分けて寄ろうとすると、男子生徒は顔を青くした。
「そ、その声……! も、ももももしかして、"森の魔人"!?」
「え? いや、僕は……」
カミルは生い茂る草をがさりとどかし、名乗ろうとした。
が、まず怪我の具合を確かめたかったので、無意識に前のめりになってしまう。
するとどうなるかというと、高く茂る木々のせいで見通しの悪くなった暗がりから、「血を被ったような赤髪」が先に見えてしまうのだ!
「ひぃいいいい!! や、やっぱりぃいいいい!!」
「いや、だから違……ダメだ、気絶してる」
あわれ、男子生徒は完全に白目を剥いて気絶してしまっていた。
カミルは頭をかきつつ、とりあえず問題の怪我の具合をチェックした。
「っと、動脈は傷ついてないし腱も大丈夫そうだ。これなら命に別状はないな。
多分怪我に慣れてないせいで気が動転してたんだろうけど……おーい」
「…………」
「うーん、ダメか。仕方ないなこれは……うん、いつも通り保健室に運ぼう!」
どっこいせ、と、怪我をした男子生徒を抱え上げるカミル。
薬草採集用の背負い袋があるため、少々手荒だが肩に担ぐ形になる。
もちろん最低限の応急処置をした上でだ。絵面は「まるで人攫いのよう」だが。
「いやー、よかったなあ。"森の魔人"に攫われる前に保護できるなんて!
しかもこの程度の怪我なら、治療の練習台としては申し分ないぞぉ!」
と、カミルはニコニコと笑顔を浮かべて歩き出す。
……そう、これこそが、噂の原因となってしまった「ある行為」。
カミルは森の中で怪我人を見つけては、治療の練習がてら専科棟の保健室に「運んであげて」いた。
もっとも人の話を聞かない彼の性格のこと、自分の身分を詳しく明かしたり行き先を懇切丁寧に説明するようなことは、残念ながらほとんどない。
これまたカミルの名誉のために付け加えると、彼としても「いちいち名を名乗っていたりしたら、まるで感謝を強要しているような気がする」という一種の遠慮があったりするのだが。
怪我の大小はあれど、カミルが「攫って」きた生徒の多くは、慣れない負傷に気が動転していたり、そもそも気を失っていたり、状況をきちんと把握できている者がほぼ皆無。
しかも一部の生徒に至っては、誰かに手助けしてもらったという事実を汚点と考え、自分が負傷したことを無理やり誤魔化そうとまでする始末だ。
こうして気がついたら保健室にいた生徒の曖昧な証言や、自分の醜態を隠そうとする横柄な貴族生徒のでまかせがミックスされ、出来上がったのが"森の魔人"……と、いうわけである。
噂が独り歩きしている間も、カミルは当然この「神隠し」をやめようとはしなかった(そもそも噂を知らなかったのだから無理もない)。
おかげで本人は気付いていないものの、"森の魔人"のディティールが補強され、この男子生徒のようにカミルを魔人と誤認――本人ではあるのがまたややこしい――してしまう、という悪循環が続いている。
ディルクが真相に気付けたのは、ひとえに師としてカミルのことをよく見ているからだろう。
で、その噂の当事者の様子はというと。
「この傷なら、あのあたりに生えてる薬草が使えるかな。よし、さっそく摘んでいこう!
いやあ、人助けもして治療の練習も出来て、今日も僕はいいことをしてるなあ!
"森の魔人"の好きにさせないためにも、これからは定期的に森を見回ろう!」
やっぱり気付いていないし、なんなら火に油を注ぐつもり満々だ。
もっともこうした経験が、カミルが"レオナルド"になってから、大いに役立つことになるのだが……それはまだ、今のところは別のお話、である。