忘れられない夏の一日
キャラクターノベル(グループ)制作 白葉うづき納品 2021年09月09日 12時52分59秒
見上げた空には突き抜けるような青が広がっていた。そこに厚く膨らんだ白が浮かび、横切るように鳥が空向こうへと飛んでいく。広がる海は穏やかに陽光を反射し、光の粒を散りばめたかのようにきらきらと輝いていた。耳を澄ますと、寄せては返す波の音が聞こえてくる。
それを目にしたハル・チフとエルシー・サリバンは、その瞳をめいっぱい開いた。驚きは徐々に喜色へ染まり、顔を見合わせた二人は手を取り合う。砂漠出身の二人にとって憧れの光景が目の前にあった。
「エル!」
「ハル!」
「海だー!」
「海だよー!」
「にゃ、海キレー!! すっごいキラキラしてるねー!」
「なかなかのモンだな!」
呼応するよう元気いっぱいに叫んだのはサフィラ・アズラク・ナハルハルアリーブ。話しかけたハヤト=ガラン=ヴォルファングも金瞳を輝かせて満足そうに頷いた。今日は快晴、海で遊ぶにもってこいだ。
「エルたちったらあんなにはしゃいで」
「元気ですね」
「私たちも任務以外となれば、あまり海に赴くことはありませんからね。このような光景に胸が躍る気持ちはわかります」
「ふふ、そうですね。私も今日がとても楽しみでしたし」
少し遅れて姿を現したのは、ネーヴェ・グラヌローザにキーゼ、イズレンディル・パラリムにコルネリウス・アーラ。穏やかに話しているイズレンディルとコルネリウスも、滅多にないこの機会にそわそわと気を逸らせる。皆の様子にネーヴェはにこにこと微笑み、キーゼはいつも通り表情を無くしていた。
***
荷物を置き簡単に休む場所を整えると、各々遊ぶ姿へ。着替え終えたエルシーは照れくさそうに頬を染め、ハルの前でくるりと回ってみせた。花柄の赤いビキニに光を透かしたような美しいパレオが尻尾と共にふわりとひらめく。この水着は恋人である彼が、エルシーのために選んでくれたものだ。
「ねぇハル、似合うかな?」
「似合うですっ! 僕……もう幸せ」
「えへへ、ありがと! あ、ネネ!」
「ネーヴェさん、今日はお誘いありがとう! お城づくり、始めるです?」
頬を赤らめ合う初々しい二人を微笑ましく思いながら、ネーヴェが砂浜に立つ。彼女も水着姿だ。髪をまとめ上げ、ホルターネックの白ビキニに美しい青のグラデーションがかったパレオ。普段から纏うことが多い色は、彼女の白い肌によく似合っていた。
「ええ、ぜひ。エルもハルさんも、お付き合いいただき感謝しています」
「お安い御用だよっ」
「任せてくださいなのです!」
「ふふ。少しはしゃいでしまいますね」
「みんなー!」
照れくさそうに目元を和らげるネーヴェと皆が顔を上げると、サフィラが荷台を引き、ハヤトがその後ろから荷台を押して向かってきていた。荷台には大量に砂が詰まれており、砂浜だというのに二人は力強く運んでくる。
「すごい量の砂ですね……!? 荷台はどうしたんですか?」
「近くの民家の人に借りて、ハヤトと一緒に積んで持ってきたんだ! これだけ砂があればどんな城でも作れると思う!」
「どうせならデッカく作りたかったしな! サフィラのアイディアだぜ!」
「ふふ、確かに。作るなら大きく、それでいて強固に仕上げたいですね。ネーヴェさん、お城の建設予定地は何処にしましょう?」
「まあ、本当に頼もしいですね。それでは……」
サフィラにハヤト、コルネリウスとやる気満々の面子にネーヴェはまた微笑む。何処に建てるか、どんな城にするか。話し合いは楽しくわいわいと、真剣に行われた。
***
「まずはざっくり形を作る所からかしら。サフィさんたちが持ってきてくださった砂を重ねていけば、しっかりしたものが作れそうですね」
「土台の強度を上げたいですね。海水を混ぜながら、ぎゅっと握って固まるくらいだと上手くいきやすいみたいですよ」
「わ、本当だ! これなら模様も細かく描けそうだよハル!」
「きれいな模様を入れましょう、エル!」
皆で協力して砂を積み、少しずつ海水を混ぜ、ネーヴェとハルが全体的なバランスを見ながら土台が作られていく。お喋りも弾みながら単純作業が進められ、さらに六人がかりゆえに規模がものすごく大きくなっていった。
「そちらはどうですか、サフィラさん」
「順調! ……あ! 見えてきたよー!」
積み上げた砂を左右から掘り進めていくと、開通を報せる逆側の光が見える。わくわくしながら崩れる砂の壁を掘り、砂を外に出し、完成した所でサフィラはその穴に顔を突っ込んだ。
「にゃ、トンネル開通ー!」
「サフィラさんがこんにちはなのですよ、崩れないの凄いです!」
「耐久面は私が保証しますよ」
全体的なバランスを見ていたハルが手を振って迎え、コルネリウスは満足そうにふふんと笑う。
「大きなものが出来ましたね。小さな遊び場……この場合は何というのでしょう?」
「僕らの秘密基地なのです」
「秘密基地……」
堀を作るため砂に膝をついていたネーヴェは、ハルの言葉に楽しそうに笑う。
「とても、心が躍る響きですね」
「おー! なかなかデカいトンネルが出来たじゃねーか!」
「すごいでしょ! 後でハヤトもくぐってみてー!」
「ここ終わったら行くなー!」
両手で手を振るサフィラに手を振り返し、城の上部で作業をするハヤトは腕を組む。彼の頭の中にあるイメージはシャルガネ風の城だ。屋根は下に流れるようなデザインにしてそれっぽく出来たが、上にシンボル的なものも置きたい。思考に耽っていると、下の方で城壁に彫刻を施していたエルシーが一仕事終えたところだった。固く、けれど柔い壁に動物や植物をモチーフとした細かな装飾が施されている。
「エルシーは器用だなー」
「えへへ、こういうの好きなのかも。ハヤトさんのところもすごい! 何かお手伝いできるところはある?」
「いいのか? それじゃー……」
わいわいと楽しげに相談をする二人を、ハルとサフィラが見上げる。
「エル! ハヤトさん! 僕もやりたいのです!」
「あたしもデザインしていー?」
「おっ、モチロン!」
「皆で一緒にやろー!」
子どもの遊びともいえる砂の城づくり、けれど作るからには手を抜きたくない。そんな本気の冒険者たちが協力し、知識と知恵、体力を駆使して砂の巨大城が段々と形を成していく。
「城ですか……」
そんな真剣な遊びを、キーゼは少し離れた場所から観察していた。黒いハーフパンツに上着姿というラフな格好だったが、その手には少し濡れた赤ワインのボトルが握られている。視線の先では青と白が良く似合う女性が楽しそうに笑っていて、キーゼはボトルにそのまま口を付けて呷った。
「城というものは、威厳の為のものか、あるいは砦としての機能かという側面がありますね。……ふむ。あの城を攻略するにはまずここに兵を配置。ここから攻め上げて陽動したのち、本命の隊をこちらから攻め込ませる……ですかね」
呟きながら瞳を細め、その構造を外から紐解きながら、空いている手で中空をなぞるように指を動かす。彼の頭の中では今、一手ずつ進めながら様々な可能性を考えるといった、あの城を攻略する情景がありありと浮かんでいた。
「皆さん精が出ますね。キーゼさんは暑くありませんか?」
「それなりですが、辛くはありません」
思考の最中、掛けられた声に顔を向けるとイズレンディルがいた。両手に飲み物を持っている所を見ると、差し入れに行く途中でキーゼのところへ寄ったらしい。
「ちょうどよかった。パラリム氏、ぜひご意見を窺いたいのですが」
「おや、なんでしょう。私が答えられるものなら良いのですが」
飲み物を持ちながらしゃがみ込む。キーゼはいつもと同じ表情で城を指差した。
「あの城の落とし方について思案をしていました。貴方ならどう攻めますか?」
「え? ええと……そう、ですね」
予想外の問いに目を丸くしたイズレンディルは、けれど真剣に考えてくれる。それからしばし、二人で城攻めに関する議論が交わされた。
***
緩く手を挙げるキーゼを背に、イズレンディルはコルネリウスとともに砂の城にいた。砂は彼の身長ほどに積み上げられており、今は細かな装飾やさらなる建造が行われている。
「こんなに大きなものを造れるとは……! すごいお城になってきていますね!」
「ふふ、皆で協力した成果です! それで、イズさん。この辺りがうまく行かなくて……」
「これは……削った分、こちらの強度が落ちて少し不安定になっていますね。抑えておきますので、少し補強をいたしましょう」
「はい!」
大量の砂を運び、海水も含ませながら手慣れた様子でコルネリウスは強度を上げていく。そんな恋人を頼もしく思いながら、イズレンディルも砂にまみれて城の彩りを手伝う。
イズレンディルからの差し入れを飲みながら、二人の様子を見たり周りを見回していたエルシーははっと気づく。ここにいる男性は、これまでの戦場や大規模な戦いで褒章を得た人ばかりではないだろうか。
「賞を取ると、恋人が出来るジンクス……とかあるのかなぁ」
「ごほっ!」
むせるサフィラに、エルシーは目を瞬かせる。彷徨った視線が彼の姿を捉えると、少しだけ頬を染めた。
「ま、まだそーいう関係じゃ……あ! ネヴェりんが堀の水入れしてる! 手伝おエルっち!」
「うん!」
――そして、太陽がちょうど真上に昇った頃。
「出来たーー!!」
海岸近くの砂浜に、巨大な砂の城が完成していた。
大の大人ほどの高さを備えたその城の中心には広場があり、その周りを大小の大きさの異なる連なった城が取り囲んでいた。シャルガネ風の屋根、屋根飾りは勇ましい魚。城の周りにはネーヴェを中心として作った堀が広がり、トンネルをくぐれば城に囲まれた広場に出る。壁にはエルシーの装飾や、手の空いた者が掘った飾りが施されていた。
「ここがポイント!」
「まあ……! 素敵ね、エル」
エルシーが指差した箇所には皆の絵姿が彫ってあった。ネーヴェは瞳を輝かせると、そうだと手を合わせる。
「この壁にスペースがあるので、記念に皆さんで何か書きこみませんか?」
「いいねー! ハヤト、こっちに書こ!」
「おう! カッコいいの書いてやろーぜ!」
「ぜひやりましょう! イズさんは何にしますか?」
「そうですね……海にちなんだものが良いでしょうか」
「エル。僕、エルを描いていいです?」
「いいの? もちろん!」
賛成の言葉の中、披露目にと呼ばれていたキーゼも目を瞬かせたのち、その瞳に了承して。
わいわいと賑やかに砂を掘りながら、陽光の下に皆の協力の結晶が光り輝く。ネーヴェは汗を拭い、完成した城と、皆の笑顔を前に楽しそうに微笑んだ。
***
昼食を取った後、午後はそれぞれで過ごすこととなった。イズレンディルとコルネリウスは波打ち際まで歩いてくると、イズレンディルが寄せては返す波に足を浸す。
「コルネさん、気持ちいい冷たさですよ」
お手をどうぞ、と差し出された手に手を乗せ、コルネリウスも海水に踏み入れる。冷たい水が、眩しい陽光で火照った体を程よく冷ましてくれた。
「本当ですね。とても涼しいし、心地良い温度です」
「これくらいなら、水に身を浸しても大丈夫そうです。コルネさんも大丈夫そうですか?」
「はい!」
「ふふ。ゆっくり参りましょう」
手を取り合い、二人は海に沈む砂浜を歩き出した。イズレンディルは海に慣れないコルネリウスをリードするよう進みながら腰元まで沈め、コルネリウスは彼に身を任せて一歩一歩、慣れない感覚に高揚しながら進んでいく。
二人の周りの海は透明な色を湛え、砂に貝、海藻が揺らめき――そして時折、海の中が光った。
「コルネさん、こちらです! 綺麗なお魚がいますよ」
「……わ! すごい……!」
二人の目の前で、幾数匹の魚が泳いでいく。鱗に光が反射し、ゆらゆらと揺蕩っては光となり煌めいた。よく見れば周りにも小さな魚が泳いでいる。
「綺麗……キラキラしてますね」
「ええ。魚の鱗が反射しているようです。……そうだ、コルネさん」
イズレンディルが取り出したのはガラス瓶。口広の瓶底を海に浸け、彼女を手招く。見つめていたコルネリウスは呼ばれるがまま近付き、彼と寄り添う形で覗き込んだ。
「こうしてガラスで覗けば海中もよく見えます。……どうですか?」
「……! すごい……! 海の様子やお魚がはっきり見えますね」
「ええ、可愛いですね。……南の海だからか、少し色が鮮やかな魚が多いみたいです」
「あら、あれは……何でしょうか」
「すぐ隠れてしまいましたが、にゅるにゅるしていらっしゃいましたね!」
少しずつ場所を移動しながら、海の底をガラス越しに覗いていく。魚、貝、サンゴ――ゆらゆらとゆらめく世界は穏やかで美しく、色鮮やかな海の生き物たちが優雅に暮らしていた。
「コルネさん、こちらへ」
「え? きゃっ」
不意に腰元へイズレンディルの手が回され、そのままエスコートされるよう砂浜へ導かれる。肌へと触れる感触に目を瞬かせた。
「イズさん?」
「足元にクラゲが居たのです。……ネリーが刺されたら大変でしたので」
「! ふふ。ありがとうございます、ディリー」
「他の場所も覗いてみましょう。今日はたくさん海の生き物に会えそうですね」
「はい、楽しみです」
どちらからともなく手を差し出し、絡めながら砂浜を歩きだす。優しくて穏やかな海での時間は、もう少し続いていく。
***
「ハヤトー! 早く早く!」
「待てって、……おーいサフィラ!」
「ん? わーっ!?」
振り向いたサフィラにびっしょりと冷たい水がかかった。全身濡れた彼女が目を瞬かせると、水を掛けた張本人のハヤトは悪戯っ子のように楽しそうに笑う。
「油断大敵ってな~♪」
「もーっ! やられた! えい、えい!」
「おっと、そう簡単に焔雷狼は捕らえられねーぜ?」
彼女がかける水を、ハヤトは左右にステップして軽やかに避ける。水がかからず怒ったようなサフィラは、小さく頬を膨らませて可愛らしい。――そして彼女が動くたび、わがままなボディがあちこち跳ねて。
(うひょ~♪)
「ハヤトー? なんか鼻の下伸ばしてない?」
「気のせいだって! っぶ!?」
瑞々しい肢体に目を奪われていると、突然鼻先に水が打ちこまれた。飛んできた方向を見ると、サフィラが両手に太い筒らしきものを持っている。
「じゃーん! さっきその辺にいた人から貰った紋具の試作品! ここ押すと水がぴゅんぴゅん出るんだ!」
「ぶっ、ちょ、そんなモンいつのまに貰ってたんだよ!?」
「ゆだんたいてきー!」
満足するまで水を掛け合った後、二人は海へ出て、透きとおる水を泳いでいく。海の中は色鮮やかな魚や海藻、サンゴがゆらめき美しい光景が広がっていた。
「ハヤト、向こうまで競争しよっ!」
「おう、負けねーぜ!」
砂浜を駆けまわり、近くの岩場まで泳いだり、競争したり。散々楽しんだ後、二人は休憩と称して日陰でくつろいでいた。寝転がると突き抜けるような青空が広がり、雲がゆったり浮かんでいる。
「はー、遊んだねーっ」
「もうすぐ陽が傾くんじゃねーか? サフィラと過ごしてると時間過ぎんのはえーな」
会話を重ねながら、疲れからいつの間にか二人は目を閉じて夢の中へ。――しばらくして、サフィラがぱちりと瞳を開く。横を見ると、豪快ないびきを立ててハヤトが眠りこけていた。
「……」
引き寄せられるように近付いて、顔を覗き込んで、――頬に手を添えて。
色付きの良い唇が重なろうとした瞬間。
金色と、目が合った。
「……サフィラ?」
「んぇっ!! わーっ!?」
「お、おい! 落ち着け! って……」
慌てたサフィラは顔を真っ赤にし、ハヤトの上でわたわたと暴れる。落ち着かせようとハヤトが伸ばした手は、ふにゃりとしたものを掴んで。
「……」
「……」
「……!!」
ばちん! と大きな音が響く。それからしばらく、違う赤に頬を染めた二人が気まずげに日陰で涼んでいた。
***
「なかなか涼しいですね」
「良かったです。思ったより広さもあって……まあ」
「波の浸食で出来た洞窟でしょうが、自然は時に思いもよらないものを生み出しますから」
「本当に。こんな綺麗な景色を見られるなんて……ふふ、嬉しい予想外です」
海の傍には、砂浜の他に幾つかの岩場も存在していた。岩場の中には人が入れるほどの洞窟もあり、涼みにとネーヴェはそこへキーゼを誘う。人一人が通れるほどの隙間をくぐった先には水が湛えられており、奥もそれなりに広くなっていた。天井から零れる一条の光が海に反射し、ゆらゆらと洞窟内を美しく照らす。さざ波の音も、緩やかに優しく響いていた。
「ねえ、キーゼさん」
「はい。……ああ」
洞窟内を見ていたキーゼは、岩場に座った彼女の隣へ腰を下ろす。上着を脱いできた彼は、いつもよりほんの少し距離が近いようにも思えた。波が寄せては返す静かな音を聞きながら、ネーヴェは彼の肩に寄りそう。――ここなら、こうして。
「そんな気分、なんですね」
「ええ。二人きりだからかもしれません」
「こんな人気のない所に来て……知りませんよ?」
「こうしたいと思ったの。お嫌でしたか?」
「まさか」
柔らかな感触と言葉に、キーゼは瞳を細める。それから背中に手を回し、ゆっくりと包み込むように彼女を抱きしめた。茶化した響きを持ちながら、注ぐよう、耳元に口を近づける。
「こう、水着で肌が触れあう分、普段と違いますね? ……おや、照れてます?」
「……当然です。こんなに近いんですもの……」
「……もう少し近づきましょうか」
「え、きゃっ」
耳まで赤くしたネーヴェが目を瞬かせるうちに、彼に後ろから抱きかかえられていた。驚いて振り向くと、すぐそばにキーゼの顔がある。二人が身に纏うものは水着だけな分、お互いの体温が直に伝わる。
「もう、……近すぎじゃありません?」
「これだけ側に居るんですからほとんど同じですよ」
小さく笑い、ネーヴェは自分の身体に回る彼の手に手を重ねる。――呼吸音が、心臓の音が近くで聞こえる。二人しかいない静かな場所の分、それははっきりと強く感じられた。身じろぐことさえも躊躇われるような世界。
「キーゼさん」
「……ネーヴェ」
ネーヴェの手に、キーゼの手が重なる。穏やかな海と互いの音を聞きながら、二人はしばらく、洞窟の中での時間を過ごした。
***
「エルっ海で遊ぼう!」
「うん!」
手を取り合ったハルとエルシーが、波打ち際まで走っていく。水に足を浸すと、冷たくて気持ちいい感覚がじんわりと広がった。
「ハル!」
「気持ちいいねエル、わっ!」
「えへへ、隙ありー!」
ハルが振り返った瞬間水がかかる。見ると、ひざ下まで水に入ったエルシーが楽しそうに笑っていた。海の中に行くということで腰回りの布を外し、さっきよりも身軽な姿だ。そんな彼女もすごく可愛い。
「も、もう、悪戯っ子なのです。 僕だって、えい!」
「わ、やったなー!」
しばらく水を掛け合い、はしゃぎ声をあげながら追いかけ合って。波打ち際で存分に遊んだ後、エルシーがハルの手を取る。
「あの辺きれいだよ! あっちまで泳いでみよう、ハル!」
「わ、きらきらしてる! うん、行ってみよう!」
水の中に入ると、いつもふわふわと揺れている二人の大きな尻尾は別物のようにゆらゆらと揺らめく。ゆっくりとしたスピードで泳ぎながらきらきら光る場所に来てみると、そこには数えきれない魚の群れが泳いでいた。
「お魚いっぱいだ!」
「海とお魚が光ってたんだね! ……あれ、何か大きいのがいる……」
「一緒に泳ぎたいみたいです?」
二人の下で、大人の背丈ほどある生き物が魚と優雅に海を泳いでいた。背中に三角鰭をつけ、少し弧を描いた身体を持つ生き物は敵意も見えず、ゆったりと二人の周りをたゆたう。その生き物に触れたり、一緒に泳いだり。ハルとエルシーは美しい海の中を、海の生き物と心行くまで楽しんだ。
「海、すっごい綺麗だったね!」
「お魚さんもいっぱいいたし、海の中もすごかったのです!」
海から上がり、休憩中の二人は興奮気味に海の中のことを話す。見たこともない景色、感じたことのない感触、すべてが二人にとって新鮮だった。砂漠ではまず体験できない。
話を続けながら、エルシーは故郷のことを思い出し、そして目の前のハルを見つめる。彼が羽織らせてくれたブランケット、昔に比べて大きくなった手、伸びた背。そのどれもに大人の気配を感じて、少し、胸の中が跳ねた。
「あの、エル」
「! なーに?」
「……水着、とっても似合ってて素敵なのです」
頬を赤く染めたハルの手が、エルシーの手に重なる。温かな温度にまたエルシーの胸が跳ねた。
「……えへへ、嬉しい」
「エル」
影が重なり、頬に柔らかな感触が触れる。照れくさそうにハルが微笑んだ。
「大好きですよ」
「! ハル、あたしも」
同じように近付き、頬に柔らかく唇が触れる。
徐々に陽が落ちてきた光と同じように、二人の頬は赤く染まっていた。
***
「あー!!」
陽が沈みかけた海に声が響く。
戻ってきた砂浜には皆で作った砂の城があり、その一角は波によって崩されかけていた。
「これは……潮の満ち引きの関係でしょうか。波には勝てませんでしたね……」
「ここは思ったよりも水位が上がるのですね」
「残念だな~。せっかくすごいの出来たのに!」
「頑張って皆で作ったのにねー……」
呟くコルネリウスにイズレンディルが寄り添い、サフィラとエルシーも残念そうに眉を下げる。
「ふふ。私はとても満足していますよ。皆さんとこんなにも素敵な体験が出来ましたから」
「そうですね。とても攻め甲斐のある城だったと思いますし」
「攻められてたです……!?」
「酒飲んでるって思ったらそんなコト考えてたのかよ!?」
ネーヴェに呼応するキーゼの言葉に、ハルとハヤトが目を見開く。
「そうですね。皆で遊んだ時間がなくなった訳じゃありませんから」
「私も皆で作り上げた景色、覚えておりますよ」
「あたしもー! すっごい楽しかった!」
「今度はもっとデカい城を作ってやろーぜ!」
「いいですね! 大きいはロマンなのです! ね、エル」
「! うん!」
しょんぼりしていたエルシーにハルが声を掛けると、エルシーも笑顔を見せ。
今日という一日を存分に楽しんだ皆を、砂の城や海が見送っていた。
それを目にしたハル・チフとエルシー・サリバンは、その瞳をめいっぱい開いた。驚きは徐々に喜色へ染まり、顔を見合わせた二人は手を取り合う。砂漠出身の二人にとって憧れの光景が目の前にあった。
「エル!」
「ハル!」
「海だー!」
「海だよー!」
「にゃ、海キレー!! すっごいキラキラしてるねー!」
「なかなかのモンだな!」
呼応するよう元気いっぱいに叫んだのはサフィラ・アズラク・ナハルハルアリーブ。話しかけたハヤト=ガラン=ヴォルファングも金瞳を輝かせて満足そうに頷いた。今日は快晴、海で遊ぶにもってこいだ。
「エルたちったらあんなにはしゃいで」
「元気ですね」
「私たちも任務以外となれば、あまり海に赴くことはありませんからね。このような光景に胸が躍る気持ちはわかります」
「ふふ、そうですね。私も今日がとても楽しみでしたし」
少し遅れて姿を現したのは、ネーヴェ・グラヌローザにキーゼ、イズレンディル・パラリムにコルネリウス・アーラ。穏やかに話しているイズレンディルとコルネリウスも、滅多にないこの機会にそわそわと気を逸らせる。皆の様子にネーヴェはにこにこと微笑み、キーゼはいつも通り表情を無くしていた。
***
荷物を置き簡単に休む場所を整えると、各々遊ぶ姿へ。着替え終えたエルシーは照れくさそうに頬を染め、ハルの前でくるりと回ってみせた。花柄の赤いビキニに光を透かしたような美しいパレオが尻尾と共にふわりとひらめく。この水着は恋人である彼が、エルシーのために選んでくれたものだ。
「ねぇハル、似合うかな?」
「似合うですっ! 僕……もう幸せ」
「えへへ、ありがと! あ、ネネ!」
「ネーヴェさん、今日はお誘いありがとう! お城づくり、始めるです?」
頬を赤らめ合う初々しい二人を微笑ましく思いながら、ネーヴェが砂浜に立つ。彼女も水着姿だ。髪をまとめ上げ、ホルターネックの白ビキニに美しい青のグラデーションがかったパレオ。普段から纏うことが多い色は、彼女の白い肌によく似合っていた。
「ええ、ぜひ。エルもハルさんも、お付き合いいただき感謝しています」
「お安い御用だよっ」
「任せてくださいなのです!」
「ふふ。少しはしゃいでしまいますね」
「みんなー!」
照れくさそうに目元を和らげるネーヴェと皆が顔を上げると、サフィラが荷台を引き、ハヤトがその後ろから荷台を押して向かってきていた。荷台には大量に砂が詰まれており、砂浜だというのに二人は力強く運んでくる。
「すごい量の砂ですね……!? 荷台はどうしたんですか?」
「近くの民家の人に借りて、ハヤトと一緒に積んで持ってきたんだ! これだけ砂があればどんな城でも作れると思う!」
「どうせならデッカく作りたかったしな! サフィラのアイディアだぜ!」
「ふふ、確かに。作るなら大きく、それでいて強固に仕上げたいですね。ネーヴェさん、お城の建設予定地は何処にしましょう?」
「まあ、本当に頼もしいですね。それでは……」
サフィラにハヤト、コルネリウスとやる気満々の面子にネーヴェはまた微笑む。何処に建てるか、どんな城にするか。話し合いは楽しくわいわいと、真剣に行われた。
***
「まずはざっくり形を作る所からかしら。サフィさんたちが持ってきてくださった砂を重ねていけば、しっかりしたものが作れそうですね」
「土台の強度を上げたいですね。海水を混ぜながら、ぎゅっと握って固まるくらいだと上手くいきやすいみたいですよ」
「わ、本当だ! これなら模様も細かく描けそうだよハル!」
「きれいな模様を入れましょう、エル!」
皆で協力して砂を積み、少しずつ海水を混ぜ、ネーヴェとハルが全体的なバランスを見ながら土台が作られていく。お喋りも弾みながら単純作業が進められ、さらに六人がかりゆえに規模がものすごく大きくなっていった。
「そちらはどうですか、サフィラさん」
「順調! ……あ! 見えてきたよー!」
積み上げた砂を左右から掘り進めていくと、開通を報せる逆側の光が見える。わくわくしながら崩れる砂の壁を掘り、砂を外に出し、完成した所でサフィラはその穴に顔を突っ込んだ。
「にゃ、トンネル開通ー!」
「サフィラさんがこんにちはなのですよ、崩れないの凄いです!」
「耐久面は私が保証しますよ」
全体的なバランスを見ていたハルが手を振って迎え、コルネリウスは満足そうにふふんと笑う。
「大きなものが出来ましたね。小さな遊び場……この場合は何というのでしょう?」
「僕らの秘密基地なのです」
「秘密基地……」
堀を作るため砂に膝をついていたネーヴェは、ハルの言葉に楽しそうに笑う。
「とても、心が躍る響きですね」
「おー! なかなかデカいトンネルが出来たじゃねーか!」
「すごいでしょ! 後でハヤトもくぐってみてー!」
「ここ終わったら行くなー!」
両手で手を振るサフィラに手を振り返し、城の上部で作業をするハヤトは腕を組む。彼の頭の中にあるイメージはシャルガネ風の城だ。屋根は下に流れるようなデザインにしてそれっぽく出来たが、上にシンボル的なものも置きたい。思考に耽っていると、下の方で城壁に彫刻を施していたエルシーが一仕事終えたところだった。固く、けれど柔い壁に動物や植物をモチーフとした細かな装飾が施されている。
「エルシーは器用だなー」
「えへへ、こういうの好きなのかも。ハヤトさんのところもすごい! 何かお手伝いできるところはある?」
「いいのか? それじゃー……」
わいわいと楽しげに相談をする二人を、ハルとサフィラが見上げる。
「エル! ハヤトさん! 僕もやりたいのです!」
「あたしもデザインしていー?」
「おっ、モチロン!」
「皆で一緒にやろー!」
子どもの遊びともいえる砂の城づくり、けれど作るからには手を抜きたくない。そんな本気の冒険者たちが協力し、知識と知恵、体力を駆使して砂の巨大城が段々と形を成していく。
「城ですか……」
そんな真剣な遊びを、キーゼは少し離れた場所から観察していた。黒いハーフパンツに上着姿というラフな格好だったが、その手には少し濡れた赤ワインのボトルが握られている。視線の先では青と白が良く似合う女性が楽しそうに笑っていて、キーゼはボトルにそのまま口を付けて呷った。
「城というものは、威厳の為のものか、あるいは砦としての機能かという側面がありますね。……ふむ。あの城を攻略するにはまずここに兵を配置。ここから攻め上げて陽動したのち、本命の隊をこちらから攻め込ませる……ですかね」
呟きながら瞳を細め、その構造を外から紐解きながら、空いている手で中空をなぞるように指を動かす。彼の頭の中では今、一手ずつ進めながら様々な可能性を考えるといった、あの城を攻略する情景がありありと浮かんでいた。
「皆さん精が出ますね。キーゼさんは暑くありませんか?」
「それなりですが、辛くはありません」
思考の最中、掛けられた声に顔を向けるとイズレンディルがいた。両手に飲み物を持っている所を見ると、差し入れに行く途中でキーゼのところへ寄ったらしい。
「ちょうどよかった。パラリム氏、ぜひご意見を窺いたいのですが」
「おや、なんでしょう。私が答えられるものなら良いのですが」
飲み物を持ちながらしゃがみ込む。キーゼはいつもと同じ表情で城を指差した。
「あの城の落とし方について思案をしていました。貴方ならどう攻めますか?」
「え? ええと……そう、ですね」
予想外の問いに目を丸くしたイズレンディルは、けれど真剣に考えてくれる。それからしばし、二人で城攻めに関する議論が交わされた。
***
緩く手を挙げるキーゼを背に、イズレンディルはコルネリウスとともに砂の城にいた。砂は彼の身長ほどに積み上げられており、今は細かな装飾やさらなる建造が行われている。
「こんなに大きなものを造れるとは……! すごいお城になってきていますね!」
「ふふ、皆で協力した成果です! それで、イズさん。この辺りがうまく行かなくて……」
「これは……削った分、こちらの強度が落ちて少し不安定になっていますね。抑えておきますので、少し補強をいたしましょう」
「はい!」
大量の砂を運び、海水も含ませながら手慣れた様子でコルネリウスは強度を上げていく。そんな恋人を頼もしく思いながら、イズレンディルも砂にまみれて城の彩りを手伝う。
イズレンディルからの差し入れを飲みながら、二人の様子を見たり周りを見回していたエルシーははっと気づく。ここにいる男性は、これまでの戦場や大規模な戦いで褒章を得た人ばかりではないだろうか。
「賞を取ると、恋人が出来るジンクス……とかあるのかなぁ」
「ごほっ!」
むせるサフィラに、エルシーは目を瞬かせる。彷徨った視線が彼の姿を捉えると、少しだけ頬を染めた。
「ま、まだそーいう関係じゃ……あ! ネヴェりんが堀の水入れしてる! 手伝おエルっち!」
「うん!」
――そして、太陽がちょうど真上に昇った頃。
「出来たーー!!」
海岸近くの砂浜に、巨大な砂の城が完成していた。
大の大人ほどの高さを備えたその城の中心には広場があり、その周りを大小の大きさの異なる連なった城が取り囲んでいた。シャルガネ風の屋根、屋根飾りは勇ましい魚。城の周りにはネーヴェを中心として作った堀が広がり、トンネルをくぐれば城に囲まれた広場に出る。壁にはエルシーの装飾や、手の空いた者が掘った飾りが施されていた。
「ここがポイント!」
「まあ……! 素敵ね、エル」
エルシーが指差した箇所には皆の絵姿が彫ってあった。ネーヴェは瞳を輝かせると、そうだと手を合わせる。
「この壁にスペースがあるので、記念に皆さんで何か書きこみませんか?」
「いいねー! ハヤト、こっちに書こ!」
「おう! カッコいいの書いてやろーぜ!」
「ぜひやりましょう! イズさんは何にしますか?」
「そうですね……海にちなんだものが良いでしょうか」
「エル。僕、エルを描いていいです?」
「いいの? もちろん!」
賛成の言葉の中、披露目にと呼ばれていたキーゼも目を瞬かせたのち、その瞳に了承して。
わいわいと賑やかに砂を掘りながら、陽光の下に皆の協力の結晶が光り輝く。ネーヴェは汗を拭い、完成した城と、皆の笑顔を前に楽しそうに微笑んだ。
***
昼食を取った後、午後はそれぞれで過ごすこととなった。イズレンディルとコルネリウスは波打ち際まで歩いてくると、イズレンディルが寄せては返す波に足を浸す。
「コルネさん、気持ちいい冷たさですよ」
お手をどうぞ、と差し出された手に手を乗せ、コルネリウスも海水に踏み入れる。冷たい水が、眩しい陽光で火照った体を程よく冷ましてくれた。
「本当ですね。とても涼しいし、心地良い温度です」
「これくらいなら、水に身を浸しても大丈夫そうです。コルネさんも大丈夫そうですか?」
「はい!」
「ふふ。ゆっくり参りましょう」
手を取り合い、二人は海に沈む砂浜を歩き出した。イズレンディルは海に慣れないコルネリウスをリードするよう進みながら腰元まで沈め、コルネリウスは彼に身を任せて一歩一歩、慣れない感覚に高揚しながら進んでいく。
二人の周りの海は透明な色を湛え、砂に貝、海藻が揺らめき――そして時折、海の中が光った。
「コルネさん、こちらです! 綺麗なお魚がいますよ」
「……わ! すごい……!」
二人の目の前で、幾数匹の魚が泳いでいく。鱗に光が反射し、ゆらゆらと揺蕩っては光となり煌めいた。よく見れば周りにも小さな魚が泳いでいる。
「綺麗……キラキラしてますね」
「ええ。魚の鱗が反射しているようです。……そうだ、コルネさん」
イズレンディルが取り出したのはガラス瓶。口広の瓶底を海に浸け、彼女を手招く。見つめていたコルネリウスは呼ばれるがまま近付き、彼と寄り添う形で覗き込んだ。
「こうしてガラスで覗けば海中もよく見えます。……どうですか?」
「……! すごい……! 海の様子やお魚がはっきり見えますね」
「ええ、可愛いですね。……南の海だからか、少し色が鮮やかな魚が多いみたいです」
「あら、あれは……何でしょうか」
「すぐ隠れてしまいましたが、にゅるにゅるしていらっしゃいましたね!」
少しずつ場所を移動しながら、海の底をガラス越しに覗いていく。魚、貝、サンゴ――ゆらゆらとゆらめく世界は穏やかで美しく、色鮮やかな海の生き物たちが優雅に暮らしていた。
「コルネさん、こちらへ」
「え? きゃっ」
不意に腰元へイズレンディルの手が回され、そのままエスコートされるよう砂浜へ導かれる。肌へと触れる感触に目を瞬かせた。
「イズさん?」
「足元にクラゲが居たのです。……ネリーが刺されたら大変でしたので」
「! ふふ。ありがとうございます、ディリー」
「他の場所も覗いてみましょう。今日はたくさん海の生き物に会えそうですね」
「はい、楽しみです」
どちらからともなく手を差し出し、絡めながら砂浜を歩きだす。優しくて穏やかな海での時間は、もう少し続いていく。
***
「ハヤトー! 早く早く!」
「待てって、……おーいサフィラ!」
「ん? わーっ!?」
振り向いたサフィラにびっしょりと冷たい水がかかった。全身濡れた彼女が目を瞬かせると、水を掛けた張本人のハヤトは悪戯っ子のように楽しそうに笑う。
「油断大敵ってな~♪」
「もーっ! やられた! えい、えい!」
「おっと、そう簡単に焔雷狼は捕らえられねーぜ?」
彼女がかける水を、ハヤトは左右にステップして軽やかに避ける。水がかからず怒ったようなサフィラは、小さく頬を膨らませて可愛らしい。――そして彼女が動くたび、わがままなボディがあちこち跳ねて。
(うひょ~♪)
「ハヤトー? なんか鼻の下伸ばしてない?」
「気のせいだって! っぶ!?」
瑞々しい肢体に目を奪われていると、突然鼻先に水が打ちこまれた。飛んできた方向を見ると、サフィラが両手に太い筒らしきものを持っている。
「じゃーん! さっきその辺にいた人から貰った紋具の試作品! ここ押すと水がぴゅんぴゅん出るんだ!」
「ぶっ、ちょ、そんなモンいつのまに貰ってたんだよ!?」
「ゆだんたいてきー!」
満足するまで水を掛け合った後、二人は海へ出て、透きとおる水を泳いでいく。海の中は色鮮やかな魚や海藻、サンゴがゆらめき美しい光景が広がっていた。
「ハヤト、向こうまで競争しよっ!」
「おう、負けねーぜ!」
砂浜を駆けまわり、近くの岩場まで泳いだり、競争したり。散々楽しんだ後、二人は休憩と称して日陰でくつろいでいた。寝転がると突き抜けるような青空が広がり、雲がゆったり浮かんでいる。
「はー、遊んだねーっ」
「もうすぐ陽が傾くんじゃねーか? サフィラと過ごしてると時間過ぎんのはえーな」
会話を重ねながら、疲れからいつの間にか二人は目を閉じて夢の中へ。――しばらくして、サフィラがぱちりと瞳を開く。横を見ると、豪快ないびきを立ててハヤトが眠りこけていた。
「……」
引き寄せられるように近付いて、顔を覗き込んで、――頬に手を添えて。
色付きの良い唇が重なろうとした瞬間。
金色と、目が合った。
「……サフィラ?」
「んぇっ!! わーっ!?」
「お、おい! 落ち着け! って……」
慌てたサフィラは顔を真っ赤にし、ハヤトの上でわたわたと暴れる。落ち着かせようとハヤトが伸ばした手は、ふにゃりとしたものを掴んで。
「……」
「……」
「……!!」
ばちん! と大きな音が響く。それからしばらく、違う赤に頬を染めた二人が気まずげに日陰で涼んでいた。
***
「なかなか涼しいですね」
「良かったです。思ったより広さもあって……まあ」
「波の浸食で出来た洞窟でしょうが、自然は時に思いもよらないものを生み出しますから」
「本当に。こんな綺麗な景色を見られるなんて……ふふ、嬉しい予想外です」
海の傍には、砂浜の他に幾つかの岩場も存在していた。岩場の中には人が入れるほどの洞窟もあり、涼みにとネーヴェはそこへキーゼを誘う。人一人が通れるほどの隙間をくぐった先には水が湛えられており、奥もそれなりに広くなっていた。天井から零れる一条の光が海に反射し、ゆらゆらと洞窟内を美しく照らす。さざ波の音も、緩やかに優しく響いていた。
「ねえ、キーゼさん」
「はい。……ああ」
洞窟内を見ていたキーゼは、岩場に座った彼女の隣へ腰を下ろす。上着を脱いできた彼は、いつもよりほんの少し距離が近いようにも思えた。波が寄せては返す静かな音を聞きながら、ネーヴェは彼の肩に寄りそう。――ここなら、こうして。
「そんな気分、なんですね」
「ええ。二人きりだからかもしれません」
「こんな人気のない所に来て……知りませんよ?」
「こうしたいと思ったの。お嫌でしたか?」
「まさか」
柔らかな感触と言葉に、キーゼは瞳を細める。それから背中に手を回し、ゆっくりと包み込むように彼女を抱きしめた。茶化した響きを持ちながら、注ぐよう、耳元に口を近づける。
「こう、水着で肌が触れあう分、普段と違いますね? ……おや、照れてます?」
「……当然です。こんなに近いんですもの……」
「……もう少し近づきましょうか」
「え、きゃっ」
耳まで赤くしたネーヴェが目を瞬かせるうちに、彼に後ろから抱きかかえられていた。驚いて振り向くと、すぐそばにキーゼの顔がある。二人が身に纏うものは水着だけな分、お互いの体温が直に伝わる。
「もう、……近すぎじゃありません?」
「これだけ側に居るんですからほとんど同じですよ」
小さく笑い、ネーヴェは自分の身体に回る彼の手に手を重ねる。――呼吸音が、心臓の音が近くで聞こえる。二人しかいない静かな場所の分、それははっきりと強く感じられた。身じろぐことさえも躊躇われるような世界。
「キーゼさん」
「……ネーヴェ」
ネーヴェの手に、キーゼの手が重なる。穏やかな海と互いの音を聞きながら、二人はしばらく、洞窟の中での時間を過ごした。
***
「エルっ海で遊ぼう!」
「うん!」
手を取り合ったハルとエルシーが、波打ち際まで走っていく。水に足を浸すと、冷たくて気持ちいい感覚がじんわりと広がった。
「ハル!」
「気持ちいいねエル、わっ!」
「えへへ、隙ありー!」
ハルが振り返った瞬間水がかかる。見ると、ひざ下まで水に入ったエルシーが楽しそうに笑っていた。海の中に行くということで腰回りの布を外し、さっきよりも身軽な姿だ。そんな彼女もすごく可愛い。
「も、もう、悪戯っ子なのです。 僕だって、えい!」
「わ、やったなー!」
しばらく水を掛け合い、はしゃぎ声をあげながら追いかけ合って。波打ち際で存分に遊んだ後、エルシーがハルの手を取る。
「あの辺きれいだよ! あっちまで泳いでみよう、ハル!」
「わ、きらきらしてる! うん、行ってみよう!」
水の中に入ると、いつもふわふわと揺れている二人の大きな尻尾は別物のようにゆらゆらと揺らめく。ゆっくりとしたスピードで泳ぎながらきらきら光る場所に来てみると、そこには数えきれない魚の群れが泳いでいた。
「お魚いっぱいだ!」
「海とお魚が光ってたんだね! ……あれ、何か大きいのがいる……」
「一緒に泳ぎたいみたいです?」
二人の下で、大人の背丈ほどある生き物が魚と優雅に海を泳いでいた。背中に三角鰭をつけ、少し弧を描いた身体を持つ生き物は敵意も見えず、ゆったりと二人の周りをたゆたう。その生き物に触れたり、一緒に泳いだり。ハルとエルシーは美しい海の中を、海の生き物と心行くまで楽しんだ。
「海、すっごい綺麗だったね!」
「お魚さんもいっぱいいたし、海の中もすごかったのです!」
海から上がり、休憩中の二人は興奮気味に海の中のことを話す。見たこともない景色、感じたことのない感触、すべてが二人にとって新鮮だった。砂漠ではまず体験できない。
話を続けながら、エルシーは故郷のことを思い出し、そして目の前のハルを見つめる。彼が羽織らせてくれたブランケット、昔に比べて大きくなった手、伸びた背。そのどれもに大人の気配を感じて、少し、胸の中が跳ねた。
「あの、エル」
「! なーに?」
「……水着、とっても似合ってて素敵なのです」
頬を赤く染めたハルの手が、エルシーの手に重なる。温かな温度にまたエルシーの胸が跳ねた。
「……えへへ、嬉しい」
「エル」
影が重なり、頬に柔らかな感触が触れる。照れくさそうにハルが微笑んだ。
「大好きですよ」
「! ハル、あたしも」
同じように近付き、頬に柔らかく唇が触れる。
徐々に陽が落ちてきた光と同じように、二人の頬は赤く染まっていた。
***
「あー!!」
陽が沈みかけた海に声が響く。
戻ってきた砂浜には皆で作った砂の城があり、その一角は波によって崩されかけていた。
「これは……潮の満ち引きの関係でしょうか。波には勝てませんでしたね……」
「ここは思ったよりも水位が上がるのですね」
「残念だな~。せっかくすごいの出来たのに!」
「頑張って皆で作ったのにねー……」
呟くコルネリウスにイズレンディルが寄り添い、サフィラとエルシーも残念そうに眉を下げる。
「ふふ。私はとても満足していますよ。皆さんとこんなにも素敵な体験が出来ましたから」
「そうですね。とても攻め甲斐のある城だったと思いますし」
「攻められてたです……!?」
「酒飲んでるって思ったらそんなコト考えてたのかよ!?」
ネーヴェに呼応するキーゼの言葉に、ハルとハヤトが目を見開く。
「そうですね。皆で遊んだ時間がなくなった訳じゃありませんから」
「私も皆で作り上げた景色、覚えておりますよ」
「あたしもー! すっごい楽しかった!」
「今度はもっとデカい城を作ってやろーぜ!」
「いいですね! 大きいはロマンなのです! ね、エル」
「! うん!」
しょんぼりしていたエルシーにハルが声を掛けると、エルシーも笑顔を見せ。
今日という一日を存分に楽しんだ皆を、砂の城や海が見送っていた。