セリーヌの聞き込み~セラン・フェルゼンブルク~
キャラクターノベル制作 望月誠司納品 2021年07月24日 11時53分24秒
1220年夏――シルトラース帝国崩壊の刻より一ヵ月ほど前の頃の話である。
その時、セリーヌは十四歳で、パンクリアース学園に通っていた。
所属する狩猟部で弓の修練を終えた後、同年の友人であるカーミラと、狩猟部の一つ年上の先輩であるフィーネと共にカフェで涼みつつみお茶をしていた。
カフェは学園にほど近い通りにある貴族の子女向けのものである。
瀟洒な造りの華美な店で利用者には女性客が多い。
席は屋内と屋外があったが、その日、セリーヌ達はテラスに出されたテーブル席についていた。
夏の空は茜色から紺碧へと段階的に色を変えてゆき、涼やかな風が緩く吹いている。
店員がやってきて、一礼と共に白テーブルの上にランプ型の紋具を置き火を入れた。
通常の炎の橙色ではなく、鮮やかに青い魔法の火だった。他のテーブル席のランプも翠色であったり黄色であったり紫色であったりと色とりどりだ。
幻想的に仄かに輝く色彩が周囲を照らしてゆく。
時刻は既に宵へと差し掛かっていた。
「あら、もうそんなお時間ですの」
傍に控えていた使用人から耳打ちされて、それまで饒舌に談笑していたカーミラが口先を尖らせ無念そうな表情を浮かべた。
「カーミラはそろそろ時間?」
セリーヌはブラウンの長い髪を宵の風に揺らしながら小首を傾げる。
「ええ、今晩はちょっと家の関係で食事会がございますの……お話の途中で申し訳ないのですが、わたくしはここで失礼いたしますわ」
「ん、わかったわ。気にしなくて良いのよ」
「貴族の食事会なんて仕事みたいなもんだからねー、仕方ないね」
「フィーネさんだって貴族でしょうに他人ごとみたいにおっしゃるのね」
「メローヴィング家は最下級の貧乏貴族家だからー。そういうのとはほぼほぼ無縁だからね。気楽なもんだよ」
「そこはちょっと羨ましいですわね――っと急がないと遅れてしまいますわ」
「それじゃカーミラ、続きはまた今度ね」
「はい、セリーヌさん、フィーネさん、それではまた、ごきげんよう」
「ゴキゲンヨー」
そんな調子で十四歳のブロンドお嬢様は中座を詫びつつ、御付きの使用人を引き連れ帰っていった。
「セリーヌもあがる?」
銀色の艶やかな髪を後頭部で結い上げポニーテールにしている少女が、クッキーを齧りつつ問いかけて来る。
セリーヌは紺碧にグラデーションしてる空と大地の狭間を眺めた。
天空では星が輝きはじめている。
暑さが未だ大気に残る中、ひんやりと頬を撫でる風が心地良かった。
エルフ少女は耳先を二、三度小刻みに動かして宵風を感じつつ、少し考えてから問い返した。
「フィーネ殿はどうなされますか?」
「んー、私はもうちょっと涼んでいこうかな。お茶も飲みかけだし」
「それじゃ私ももうちょっとのんびりしようかと思います」
「了解~」
そういう訳でフィーネと二人きりになったセリーヌは、かねてより気になっていた事を彼女へと尋ねてみた。
「そういえば、フィーネ殿はセラン殿とはかなり親しいのですか?」
「えっ?」
十五歳の銀髪少女はルビー色の瞳をパシパシと瞬かせ、視線を横へと動かした。
「えぇと……いや、まぁ、そうだね、親しいっていえばそれなりに親しいかなぁ? 同郷人だし」
青色を用いて精巧な花の絵が描かれている白い磁器製のカップを手に取って持ち上げ、薄桃色の唇をそっと近づけ、中に満たされている赤橙色の液体を一口飲む。
洗練された優雅な所作でゆっくりとカップを置き、大きな赤瞳を再びセリーヌへと向けてくる。
「それが――どうかした?」
ランプの青い火に照らされる赤瞳には窺うような光が浮かんでいた。
「いえ、良くご存じでしたら、差し支えなければ幾つかセラン殿について教えていただきたいな、と思いまして」
「セランの、ねぇ……幾つかって?」
「そうですね……例えば、フィーネ殿から見たセラン殿の人となりとか」
すると小柄な赤瞳少女は訝し気な表情を浮かべて、
「ふーん、セリーヌってセランの事が気になってるの?」
エルフ少女は素直に頷いた。
「はい、セラン殿は現在、私の家庭教師をしてくれています。自分の家庭教師がどういう方なのか、やっぱり気になるじゃないですか」
するとフィーネは納得したように頷いて、
「なるほど……ん~……まぁ、悪い人じゃないよ。不安に思う必要はあんまり無いと思う」
「あんまり、なんですか?」
そこは絶対にでは無いのだろうか。
「いやぁ、だって世の中、何事も百パーセント確実な事はないからねぇ。私だってセランの全部を知ってる訳じゃあないし?」
「なんだかイマイチ安心できないご回答ですねぇ」
以前『何かあったら大声だすんですわよ!』とカーミラに言われた事を思い出しつつ、やっぱりセランが自室に来る時は隣の部屋でスタンバって貰ってた方が良いのかしらん、などと思うセリーヌである。
そんなエルフ少女の反応を見てフィーネは笑うと、
「あはは、ごめんごめん、まぁ実際の所はまず大丈夫だよ。セランが貴方を害するような真似をする事は無いと思う。ただ、心構えとして、いついかなる時でも誰が相手でも油断はするな、って姿勢は持っておいた方が良いってだけだね」
「はぁ、そうですか……」
フィーネが言ってるそれは要するに一般論なのでは? と思った。
いまいちセランがどういう人間なのか伝わってこない。微妙に煙に巻かれているというか……
そこでセリーヌは切り口を変えてみる事にした。
「フィーネ殿はセラン殿とはどこでお知り合いになったのですか?」
「えっ? ……それは勿論シルトラース帝国でだけど……もうちょっと詳しくって事?」
「はい。帝国内のどこでいつお知り合いになったのかなと」
「セリーヌ、ぐいぐい来るね」
「気になるので。あっ、勿論、あまりお話になられたくないのであれば、深くはお尋ねいたしませんが……」
セリーヌが慌てて補足する。
それを見てフィーネは紅茶が入ったカップを再び口元へと運んだ。
(……どうすべきか)
偽名フィーネ・メローヴィングこと本名ゾフィー・マルテルは、セロンやカサンドラと同様に軍事大国シルトラースの精鋭諜報部隊ヴェヒター・ヌルに所属する軍人である。
帝国弩弓教育課程を首席で卒業した秀才でもあり、つまり、色々欠点も持ってはいたが基本的には優秀な人間なのだ。
それはセロンやカサンドラも同様である。
優秀な諜報員である三人は、仮想敵国の学園へ身分を偽って潜入するという任務を授けられた際、十分な準備期間もあった事から、カバーストーリーをしっかりと練り共有していた。
だから、このように尋ねられた際にもきちんと受け答え用のストーリーの準備がある。
故にゾフィーが考えるのは、
(こういう時……諜報員でないまっとうな留学生の場合、どのように答えるのが自然なんだろう? その『自然な答え』を実行する事は、任務の遂行上支障がでる可能性はないか?)
といった事である。
要するに、親しくしている後輩から聞かれたからといって、本人の許可無くその過去を喋ってしまうのは失礼な行為にならないだろうか?
十五歳の留学生少女はそういう配慮をしないで行動するのが一般的なのか? そうでないなら、答えるのは不自然にならないか? しかし答えるのが一般的な少女であるなら答えない事こそ逆に不自然になるか?
答えるとしたら躊躇いがちなのか? それとも特に気にもしないで喋るのか?
どういう選択肢をどのような態度で喋るのが自然なのか?
とか、そういった諸々の事である。
下級とはいえ貴族の少女らしく優雅に紅茶を呑む仕草で僅かな時間を稼ぎつつ、その間にゾフィーは素早く思考を巡らせる。
温い紅茶で口内を湿らせ、カップをソーサーの上にゆっくりと置くと彼女は口を開いた。
「私がセランと初めて会ったのは――」
『セラン・フェルゼンブルク』についてゾフィーは話す事にした。真面目な性格をしているセリーヌが聞いて来る以上、多分リーンエス王国のこの年頃の少女達はあまりそういうのは気にしないのだろう。ある種の軍人達や脛に傷を持つ傭兵達のあつまりとは違う、恐らく過去を尋ねる事への忌避感が薄い。つまり、答えた方がより一般の学生少女らしい、と判断した為である。
また正体不明よりは経歴を知っていた方がセリーヌもセロンに対して安心するだろう、と思ったのも理由の一つである。
セロンは今、セリーヌの側で家庭教師をしているとの事だったから、その方がセロンが動きやすくなるだろう、と考えたのだ。
また、そうした方がセリーヌも喜ぶだろうな、という思いも少しあった。
語られる内容は嘘でしかなかったが。
「――帝都にある『聖ギルベルトとフレイ神殿の貧しき兄弟達の会』の館でだったよ」
聞き慣れぬ長い単語にセリーヌは目を瞬かせた。
「えぇと……聖ギル……?」
「うん、通称は『フレイ会』、豊穣と農耕を司る神であるフーレイ=コロノス様から名をいただいたという会だね。会員に読み書き計算を教えたり、農作業のアレコレを教えたり研究したりしている協会だよ。ほら、帝国って寒いじゃん? だからさ、あの国で農業するのってすっごく大変なんだよね」
「農業が大変……」
セリーヌは昔、幼いころに母に手を引かれて帝国の大平原を旅した時の事を思い出した。
とても寒かった。
それだけに母の手の暖かさが感じられたが――しかし、とても過酷な旅だった。
自分はよく幼い身であの旅程を踏破できたものだと我が事ながら感心する。きっと母が守ってくれていたのだろう、彼女とて限界ギリギリだっただろうに。
ともあれ、ああいう気候の大地で農耕するのが大変だというのは理解ができた。
「――それは、確かになんとなく想像はつきますね」
「うん、大変なんだよ。それで、私のメローヴィング家もセランのフェルゼンブルク家もとっても貧乏なんだよ。もーまさに最下級のド貧乏な貴族だよ」
と、銀髪ポニテ娘は身振り手振りを交えながら大仰に語る。
「なんで貴族の家なのにそんなに貧しいのかっていったら、領地の面積が狭い事もあるんだけれど、そもそもに面積に対する農作物の収穫高が他国、特にリーンエスとは比べ物にならないくらい少ないからなんだよね。作物の実りが悪いから貧しい」
「なるほど……」
話の筋が見えて来たような気がしてセリーヌは頷いた。
「そ、だからさ、私は子供心にももうちょっと領地を豊かにできないかなって考えて、農作業に強いフレイ会に入って勉強してたんだよ。セランもそうだったみたい。確か会ったのは私が十一歳の時だったかな。セランは私よりも先にフレイ会に入ってて十二歳だったと思う」
身を入れて喋っていると本当にそんな事があったような感覚がしてくるから不思議だな、とゾフィーは思う。まぁそんな過去は一片も無いのだが。
「セラン殿はフィーネ殿の先輩なんですね」
「そう、最初の頃は色々あって喧嘩とかもしたんだけれどね、あの人あれで面倒見が良いから、私みたいな奴相手でも先輩として根気良く色々教えてくれたよ」
これはあながちまるきりの嘘でもなかった。
ゾフィーが諜報部隊に入隊してからの教育係はセロンだった。
諜報員としてのイロハをあれこれと教えられたものである。
当時はゾフィーはカサンドラの事があってセロンとは険悪な関係であったのだが、それでもセロンはしっかりと教えてくれた。
「へー、だからセラン殿、勉強を教えるのがお上手なんですね」
「うん、セランは私みたいな不良生徒相手にも物を教えてきたから、だから人に教えるのに慣れてる所はあるかもね」
新設定が派生して生えてきたかもしれない。
今度会ったら『セロンパイセン、貴方教え上手って事になったから、きちんと家庭教師として有能にセリーヌに勉強教えてあげてね』と言っておこう、とゾフィーは思う。
セロンの負担を減らそうとした筈が逆に増やす事になってしまったような気がしないでもなかったが、まぁ苦労するのはセロンであってゾフィーではないから、ゾフィー的にはそれもまたオールオッケーである。
うん、怒られそうだ、御免なさい、と胸中で謝るゾフィーである。でもなんだかんだでセロンは人が好いからきっと許してくれるだろう、ともこの少女は考えていたりする。
「ま、ともかく、こうしてパンクリアース学園に留学してリーンエス王国の技術と知識を学んでいるのも、そのフレイ会での勉強の延長線上にあるような感じだよ。いずれ故郷に帰って家の領地を豊かにできたらなーって思ってる。セランは祖国全体の発展に貢献したい、とか考えてるみたいだけれど、私としてはとりあえず自分トコをなんとかするのが優先かな。まぁお国の援助で留学した以上、多少は貢献しなければならないけどね」
ゾフィーはフィーネの心境を語った。多分、留学生のフィーネなる少女ならばこう言うだろう、と思ったからだ。
「セラン殿って真面目ですよね」
「うん、真面目だねぇ」
偶にちょっと天然入るけどね、という言葉は呑み込む。
己の家庭教師が風変わりというのは不安だろう。セリーヌを不安にさせるような事は言わないように心がけるゾフィーである。
「セラン殿ってご趣味とかはなんなんでしょう?」
セリーヌが質問を重ねて来る。
十四歳の少女の好奇心は旺盛なようだった。
「趣味か、趣味は確か、読書とか言ってたかな? フレイ会で勉強してたら他にもいろんな知識を修めるのが趣味みたいになっちゃったんだって。だからあの人、農作業の知識以外にも色んな事に興味を示すよ。何が何処で役に立つかわからないからって」
確かこれは、農業系以外の分野にも顔を出すのに不自然にならないようにする為の設定だったな、とセリーヌはセロンとカサンドラと共にカバーストーリーを練り上げていた時の事を思い出しつつ言う。
「なるほど、趣味まで真面目なのですね……ちなみにフィーネ殿のご趣味はなんです?」
「私? あー、んー、私は、弓かなー」
本来ならば、ゾフィーも弓の腕前は隠している予定だったのだが、狩猟部での活動の際にカサンドラへとちょっかいをかけて来る不埒な男子が多かったので、つい、それを追い払う為に武威を示してしまった。後はなし崩しだった。色々考える癖にいざとなるとキレっぱやいのがゾフィーの欠点である。
なので、ここは趣味は弓という事にしておいた方が良いだろう、とゾフィーは判断した。
そうすれば弓の腕が立つ事の不自然さを多少は減らす事が出来る。
「あぁフィーネ殿、弓とってもお上手ですもんね」
「うん、農地には野盗とか魔獣とか場合によっては先日も出たクリーパーなんてのも出る事があるからね、作物を守る為には武力を持ってないとって思って弓の修練をはじめたんだけど、意外に普通に面白くってね、向いてたみたい」
嘘を取り繕う嘘の為に設定というのは派生してゆくものである、というのを実感中のゾフィーである。
「フィーネ殿は弓はお師匠様とかいらっしゃるのですか?」
「うん、フレイ会に元帝国弩弓教育課程で教官を務めていたっていう人がいてね、私の弓はその人に習ったんだ。だから、私の弓技は帝国式」
そんな奴いねぇ! と胸中で叫ぶゾフィーだったが、セリーヌは無邪気に笑って、
「まぁ、それじゃあ、フィーネ殿から弓を教わっている私の弓も帝国式という訳なんですね」
「あ、あぁ、そうだね、そうなるなぁ。北の技がこうして南の地で受け継がれるなんてなんだか不思議な感じだね」
「受け継がれてゆくもの、というのはそういうものなのかもしれませんよ」
ふふっとセリーヌは微笑した。
「……なるほど、そうかもね……」
ちょっと疲れを感じつつも表には出さないように努めつつ笑顔で紅茶を啜るゾフィー。
「ちなみにセラン殿の好物ってなんですか?」
「ん、好物? ビヒモーのステーキが好きとか言ってたねセランは」
「ふむ、ステーキ……わりとフツーに男子的ですね」
「そりゃセランは年頃の男子だもの」
「フィーネ殿は?」
「オスシ」
疲れて来たこともあって、つい普通に自分が好きなものを答えてしまったゾフィーである。
あっ、と思ったが表情には出さない。
エルフ娘が目を瞠った。
「年頃の女子の筈なのになんだか得体の知れないものが出てきましたよ、OSUSHI……?」
好物を得体が知れないもの呼ばわりされてゾフィーは口先を尖らせた。
「お・寿・司。えたいが知れなくなんてないよ、ロスガリア大陸が北東部の『辺境』地帯に割拠する都市国家の一つ、シャルガネに存在するヘルシーなそうるふーどだよ。とっても美味しいんだよ」
「そふるふーど……ちなみに一体どんなお料理なんです?」
「生魚の切り身を酢入りライスの上に乗せて手で圧縮して出される料理だよ」
「生魚……?! 手で圧縮……?! それは料理なんですか……?!」
「いや、これが美味しいんだって! おまけにとっても健康食で、いくら食べても太らないらしいよ」
「またまたー、それは流石に嘘でしょう。いくら食べても太らない食べ物なんて、自然の法則から外れています。もしそんなものがこの世に存在するのなら、それは悪魔の食べ物です」
「まぁあれは悪魔的に美味しいけどね」
「むぅ、そこまでですか……!」
「ちなみに私のオススメのお寿司はウニだ」
「UNI……」
そんな調子で二人は宵のカフェで紅茶を飲みつつ遅くまで語り明かしたのだった。
その時、セリーヌは十四歳で、パンクリアース学園に通っていた。
所属する狩猟部で弓の修練を終えた後、同年の友人であるカーミラと、狩猟部の一つ年上の先輩であるフィーネと共にカフェで涼みつつみお茶をしていた。
カフェは学園にほど近い通りにある貴族の子女向けのものである。
瀟洒な造りの華美な店で利用者には女性客が多い。
席は屋内と屋外があったが、その日、セリーヌ達はテラスに出されたテーブル席についていた。
夏の空は茜色から紺碧へと段階的に色を変えてゆき、涼やかな風が緩く吹いている。
店員がやってきて、一礼と共に白テーブルの上にランプ型の紋具を置き火を入れた。
通常の炎の橙色ではなく、鮮やかに青い魔法の火だった。他のテーブル席のランプも翠色であったり黄色であったり紫色であったりと色とりどりだ。
幻想的に仄かに輝く色彩が周囲を照らしてゆく。
時刻は既に宵へと差し掛かっていた。
「あら、もうそんなお時間ですの」
傍に控えていた使用人から耳打ちされて、それまで饒舌に談笑していたカーミラが口先を尖らせ無念そうな表情を浮かべた。
「カーミラはそろそろ時間?」
セリーヌはブラウンの長い髪を宵の風に揺らしながら小首を傾げる。
「ええ、今晩はちょっと家の関係で食事会がございますの……お話の途中で申し訳ないのですが、わたくしはここで失礼いたしますわ」
「ん、わかったわ。気にしなくて良いのよ」
「貴族の食事会なんて仕事みたいなもんだからねー、仕方ないね」
「フィーネさんだって貴族でしょうに他人ごとみたいにおっしゃるのね」
「メローヴィング家は最下級の貧乏貴族家だからー。そういうのとはほぼほぼ無縁だからね。気楽なもんだよ」
「そこはちょっと羨ましいですわね――っと急がないと遅れてしまいますわ」
「それじゃカーミラ、続きはまた今度ね」
「はい、セリーヌさん、フィーネさん、それではまた、ごきげんよう」
「ゴキゲンヨー」
そんな調子で十四歳のブロンドお嬢様は中座を詫びつつ、御付きの使用人を引き連れ帰っていった。
「セリーヌもあがる?」
銀色の艶やかな髪を後頭部で結い上げポニーテールにしている少女が、クッキーを齧りつつ問いかけて来る。
セリーヌは紺碧にグラデーションしてる空と大地の狭間を眺めた。
天空では星が輝きはじめている。
暑さが未だ大気に残る中、ひんやりと頬を撫でる風が心地良かった。
エルフ少女は耳先を二、三度小刻みに動かして宵風を感じつつ、少し考えてから問い返した。
「フィーネ殿はどうなされますか?」
「んー、私はもうちょっと涼んでいこうかな。お茶も飲みかけだし」
「それじゃ私ももうちょっとのんびりしようかと思います」
「了解~」
そういう訳でフィーネと二人きりになったセリーヌは、かねてより気になっていた事を彼女へと尋ねてみた。
「そういえば、フィーネ殿はセラン殿とはかなり親しいのですか?」
「えっ?」
十五歳の銀髪少女はルビー色の瞳をパシパシと瞬かせ、視線を横へと動かした。
「えぇと……いや、まぁ、そうだね、親しいっていえばそれなりに親しいかなぁ? 同郷人だし」
青色を用いて精巧な花の絵が描かれている白い磁器製のカップを手に取って持ち上げ、薄桃色の唇をそっと近づけ、中に満たされている赤橙色の液体を一口飲む。
洗練された優雅な所作でゆっくりとカップを置き、大きな赤瞳を再びセリーヌへと向けてくる。
「それが――どうかした?」
ランプの青い火に照らされる赤瞳には窺うような光が浮かんでいた。
「いえ、良くご存じでしたら、差し支えなければ幾つかセラン殿について教えていただきたいな、と思いまして」
「セランの、ねぇ……幾つかって?」
「そうですね……例えば、フィーネ殿から見たセラン殿の人となりとか」
すると小柄な赤瞳少女は訝し気な表情を浮かべて、
「ふーん、セリーヌってセランの事が気になってるの?」
エルフ少女は素直に頷いた。
「はい、セラン殿は現在、私の家庭教師をしてくれています。自分の家庭教師がどういう方なのか、やっぱり気になるじゃないですか」
するとフィーネは納得したように頷いて、
「なるほど……ん~……まぁ、悪い人じゃないよ。不安に思う必要はあんまり無いと思う」
「あんまり、なんですか?」
そこは絶対にでは無いのだろうか。
「いやぁ、だって世の中、何事も百パーセント確実な事はないからねぇ。私だってセランの全部を知ってる訳じゃあないし?」
「なんだかイマイチ安心できないご回答ですねぇ」
以前『何かあったら大声だすんですわよ!』とカーミラに言われた事を思い出しつつ、やっぱりセランが自室に来る時は隣の部屋でスタンバって貰ってた方が良いのかしらん、などと思うセリーヌである。
そんなエルフ少女の反応を見てフィーネは笑うと、
「あはは、ごめんごめん、まぁ実際の所はまず大丈夫だよ。セランが貴方を害するような真似をする事は無いと思う。ただ、心構えとして、いついかなる時でも誰が相手でも油断はするな、って姿勢は持っておいた方が良いってだけだね」
「はぁ、そうですか……」
フィーネが言ってるそれは要するに一般論なのでは? と思った。
いまいちセランがどういう人間なのか伝わってこない。微妙に煙に巻かれているというか……
そこでセリーヌは切り口を変えてみる事にした。
「フィーネ殿はセラン殿とはどこでお知り合いになったのですか?」
「えっ? ……それは勿論シルトラース帝国でだけど……もうちょっと詳しくって事?」
「はい。帝国内のどこでいつお知り合いになったのかなと」
「セリーヌ、ぐいぐい来るね」
「気になるので。あっ、勿論、あまりお話になられたくないのであれば、深くはお尋ねいたしませんが……」
セリーヌが慌てて補足する。
それを見てフィーネは紅茶が入ったカップを再び口元へと運んだ。
(……どうすべきか)
偽名フィーネ・メローヴィングこと本名ゾフィー・マルテルは、セロンやカサンドラと同様に軍事大国シルトラースの精鋭諜報部隊ヴェヒター・ヌルに所属する軍人である。
帝国弩弓教育課程を首席で卒業した秀才でもあり、つまり、色々欠点も持ってはいたが基本的には優秀な人間なのだ。
それはセロンやカサンドラも同様である。
優秀な諜報員である三人は、仮想敵国の学園へ身分を偽って潜入するという任務を授けられた際、十分な準備期間もあった事から、カバーストーリーをしっかりと練り共有していた。
だから、このように尋ねられた際にもきちんと受け答え用のストーリーの準備がある。
故にゾフィーが考えるのは、
(こういう時……諜報員でないまっとうな留学生の場合、どのように答えるのが自然なんだろう? その『自然な答え』を実行する事は、任務の遂行上支障がでる可能性はないか?)
といった事である。
要するに、親しくしている後輩から聞かれたからといって、本人の許可無くその過去を喋ってしまうのは失礼な行為にならないだろうか?
十五歳の留学生少女はそういう配慮をしないで行動するのが一般的なのか? そうでないなら、答えるのは不自然にならないか? しかし答えるのが一般的な少女であるなら答えない事こそ逆に不自然になるか?
答えるとしたら躊躇いがちなのか? それとも特に気にもしないで喋るのか?
どういう選択肢をどのような態度で喋るのが自然なのか?
とか、そういった諸々の事である。
下級とはいえ貴族の少女らしく優雅に紅茶を呑む仕草で僅かな時間を稼ぎつつ、その間にゾフィーは素早く思考を巡らせる。
温い紅茶で口内を湿らせ、カップをソーサーの上にゆっくりと置くと彼女は口を開いた。
「私がセランと初めて会ったのは――」
『セラン・フェルゼンブルク』についてゾフィーは話す事にした。真面目な性格をしているセリーヌが聞いて来る以上、多分リーンエス王国のこの年頃の少女達はあまりそういうのは気にしないのだろう。ある種の軍人達や脛に傷を持つ傭兵達のあつまりとは違う、恐らく過去を尋ねる事への忌避感が薄い。つまり、答えた方がより一般の学生少女らしい、と判断した為である。
また正体不明よりは経歴を知っていた方がセリーヌもセロンに対して安心するだろう、と思ったのも理由の一つである。
セロンは今、セリーヌの側で家庭教師をしているとの事だったから、その方がセロンが動きやすくなるだろう、と考えたのだ。
また、そうした方がセリーヌも喜ぶだろうな、という思いも少しあった。
語られる内容は嘘でしかなかったが。
「――帝都にある『聖ギルベルトとフレイ神殿の貧しき兄弟達の会』の館でだったよ」
聞き慣れぬ長い単語にセリーヌは目を瞬かせた。
「えぇと……聖ギル……?」
「うん、通称は『フレイ会』、豊穣と農耕を司る神であるフーレイ=コロノス様から名をいただいたという会だね。会員に読み書き計算を教えたり、農作業のアレコレを教えたり研究したりしている協会だよ。ほら、帝国って寒いじゃん? だからさ、あの国で農業するのってすっごく大変なんだよね」
「農業が大変……」
セリーヌは昔、幼いころに母に手を引かれて帝国の大平原を旅した時の事を思い出した。
とても寒かった。
それだけに母の手の暖かさが感じられたが――しかし、とても過酷な旅だった。
自分はよく幼い身であの旅程を踏破できたものだと我が事ながら感心する。きっと母が守ってくれていたのだろう、彼女とて限界ギリギリだっただろうに。
ともあれ、ああいう気候の大地で農耕するのが大変だというのは理解ができた。
「――それは、確かになんとなく想像はつきますね」
「うん、大変なんだよ。それで、私のメローヴィング家もセランのフェルゼンブルク家もとっても貧乏なんだよ。もーまさに最下級のド貧乏な貴族だよ」
と、銀髪ポニテ娘は身振り手振りを交えながら大仰に語る。
「なんで貴族の家なのにそんなに貧しいのかっていったら、領地の面積が狭い事もあるんだけれど、そもそもに面積に対する農作物の収穫高が他国、特にリーンエスとは比べ物にならないくらい少ないからなんだよね。作物の実りが悪いから貧しい」
「なるほど……」
話の筋が見えて来たような気がしてセリーヌは頷いた。
「そ、だからさ、私は子供心にももうちょっと領地を豊かにできないかなって考えて、農作業に強いフレイ会に入って勉強してたんだよ。セランもそうだったみたい。確か会ったのは私が十一歳の時だったかな。セランは私よりも先にフレイ会に入ってて十二歳だったと思う」
身を入れて喋っていると本当にそんな事があったような感覚がしてくるから不思議だな、とゾフィーは思う。まぁそんな過去は一片も無いのだが。
「セラン殿はフィーネ殿の先輩なんですね」
「そう、最初の頃は色々あって喧嘩とかもしたんだけれどね、あの人あれで面倒見が良いから、私みたいな奴相手でも先輩として根気良く色々教えてくれたよ」
これはあながちまるきりの嘘でもなかった。
ゾフィーが諜報部隊に入隊してからの教育係はセロンだった。
諜報員としてのイロハをあれこれと教えられたものである。
当時はゾフィーはカサンドラの事があってセロンとは険悪な関係であったのだが、それでもセロンはしっかりと教えてくれた。
「へー、だからセラン殿、勉強を教えるのがお上手なんですね」
「うん、セランは私みたいな不良生徒相手にも物を教えてきたから、だから人に教えるのに慣れてる所はあるかもね」
新設定が派生して生えてきたかもしれない。
今度会ったら『セロンパイセン、貴方教え上手って事になったから、きちんと家庭教師として有能にセリーヌに勉強教えてあげてね』と言っておこう、とゾフィーは思う。
セロンの負担を減らそうとした筈が逆に増やす事になってしまったような気がしないでもなかったが、まぁ苦労するのはセロンであってゾフィーではないから、ゾフィー的にはそれもまたオールオッケーである。
うん、怒られそうだ、御免なさい、と胸中で謝るゾフィーである。でもなんだかんだでセロンは人が好いからきっと許してくれるだろう、ともこの少女は考えていたりする。
「ま、ともかく、こうしてパンクリアース学園に留学してリーンエス王国の技術と知識を学んでいるのも、そのフレイ会での勉強の延長線上にあるような感じだよ。いずれ故郷に帰って家の領地を豊かにできたらなーって思ってる。セランは祖国全体の発展に貢献したい、とか考えてるみたいだけれど、私としてはとりあえず自分トコをなんとかするのが優先かな。まぁお国の援助で留学した以上、多少は貢献しなければならないけどね」
ゾフィーはフィーネの心境を語った。多分、留学生のフィーネなる少女ならばこう言うだろう、と思ったからだ。
「セラン殿って真面目ですよね」
「うん、真面目だねぇ」
偶にちょっと天然入るけどね、という言葉は呑み込む。
己の家庭教師が風変わりというのは不安だろう。セリーヌを不安にさせるような事は言わないように心がけるゾフィーである。
「セラン殿ってご趣味とかはなんなんでしょう?」
セリーヌが質問を重ねて来る。
十四歳の少女の好奇心は旺盛なようだった。
「趣味か、趣味は確か、読書とか言ってたかな? フレイ会で勉強してたら他にもいろんな知識を修めるのが趣味みたいになっちゃったんだって。だからあの人、農作業の知識以外にも色んな事に興味を示すよ。何が何処で役に立つかわからないからって」
確かこれは、農業系以外の分野にも顔を出すのに不自然にならないようにする為の設定だったな、とセリーヌはセロンとカサンドラと共にカバーストーリーを練り上げていた時の事を思い出しつつ言う。
「なるほど、趣味まで真面目なのですね……ちなみにフィーネ殿のご趣味はなんです?」
「私? あー、んー、私は、弓かなー」
本来ならば、ゾフィーも弓の腕前は隠している予定だったのだが、狩猟部での活動の際にカサンドラへとちょっかいをかけて来る不埒な男子が多かったので、つい、それを追い払う為に武威を示してしまった。後はなし崩しだった。色々考える癖にいざとなるとキレっぱやいのがゾフィーの欠点である。
なので、ここは趣味は弓という事にしておいた方が良いだろう、とゾフィーは判断した。
そうすれば弓の腕が立つ事の不自然さを多少は減らす事が出来る。
「あぁフィーネ殿、弓とってもお上手ですもんね」
「うん、農地には野盗とか魔獣とか場合によっては先日も出たクリーパーなんてのも出る事があるからね、作物を守る為には武力を持ってないとって思って弓の修練をはじめたんだけど、意外に普通に面白くってね、向いてたみたい」
嘘を取り繕う嘘の為に設定というのは派生してゆくものである、というのを実感中のゾフィーである。
「フィーネ殿は弓はお師匠様とかいらっしゃるのですか?」
「うん、フレイ会に元帝国弩弓教育課程で教官を務めていたっていう人がいてね、私の弓はその人に習ったんだ。だから、私の弓技は帝国式」
そんな奴いねぇ! と胸中で叫ぶゾフィーだったが、セリーヌは無邪気に笑って、
「まぁ、それじゃあ、フィーネ殿から弓を教わっている私の弓も帝国式という訳なんですね」
「あ、あぁ、そうだね、そうなるなぁ。北の技がこうして南の地で受け継がれるなんてなんだか不思議な感じだね」
「受け継がれてゆくもの、というのはそういうものなのかもしれませんよ」
ふふっとセリーヌは微笑した。
「……なるほど、そうかもね……」
ちょっと疲れを感じつつも表には出さないように努めつつ笑顔で紅茶を啜るゾフィー。
「ちなみにセラン殿の好物ってなんですか?」
「ん、好物? ビヒモーのステーキが好きとか言ってたねセランは」
「ふむ、ステーキ……わりとフツーに男子的ですね」
「そりゃセランは年頃の男子だもの」
「フィーネ殿は?」
「オスシ」
疲れて来たこともあって、つい普通に自分が好きなものを答えてしまったゾフィーである。
あっ、と思ったが表情には出さない。
エルフ娘が目を瞠った。
「年頃の女子の筈なのになんだか得体の知れないものが出てきましたよ、OSUSHI……?」
好物を得体が知れないもの呼ばわりされてゾフィーは口先を尖らせた。
「お・寿・司。えたいが知れなくなんてないよ、ロスガリア大陸が北東部の『辺境』地帯に割拠する都市国家の一つ、シャルガネに存在するヘルシーなそうるふーどだよ。とっても美味しいんだよ」
「そふるふーど……ちなみに一体どんなお料理なんです?」
「生魚の切り身を酢入りライスの上に乗せて手で圧縮して出される料理だよ」
「生魚……?! 手で圧縮……?! それは料理なんですか……?!」
「いや、これが美味しいんだって! おまけにとっても健康食で、いくら食べても太らないらしいよ」
「またまたー、それは流石に嘘でしょう。いくら食べても太らない食べ物なんて、自然の法則から外れています。もしそんなものがこの世に存在するのなら、それは悪魔の食べ物です」
「まぁあれは悪魔的に美味しいけどね」
「むぅ、そこまでですか……!」
「ちなみに私のオススメのお寿司はウニだ」
「UNI……」
そんな調子で二人は宵のカフェで紅茶を飲みつつ遅くまで語り明かしたのだった。