彼方の日の憧憬
キャラクターノベル制作 畑下はるこ納品 2021年07月29日 12時15分28秒
ひとりで部屋にいると、どうにも黙々と考え込んでしまっていけない。
装飾品づくりの道具を持ち出して、スィーリーンは外に出た。寝床を離れて町の外れまで来ると、爽やかな風の吹き抜ける丘がある。大きな木の根元に腰を下ろして、器用に糸をより合わせていくと、葉擦れの心地よい音がまるで歓迎するかのようにスィーリーンを包んでくれた。
灰色に染まった糸を太く編み、括った中に石を組み込む。透明感のある青色の石は、夏によく映えそうだ。
(やっぱりこの石にして正解でしたね)
鞄に飾ろうか、それともここから装身具に仕立てようか。自らの加工の出来に満足したスィーリーンは、ふいに石の光を覗きたくなって、出来立てのその飾りを太陽へ翳す。すると紐の結び方が甘かったのか、石はぽろりと零れて落ちた。
「ああ」
思わず声が出てしまう。空中にあるうちに慌てて掴み上げ、無事を確かめるべく指を開く。
無傷の石の反射光が、スィーリーンの掌を薄青く染めていた。
(あの方の杖の石に似ている)
自然と湧き出た感想に、スィーリーンは戸惑った。考えてしまうからと外に出たのに、結局どこにいたって思考は止められやしないのだ。
(ああ、ここは……こんな爽やかな風はディズルと似ても似つかないのに)
それなのに、風はスィーリーンへディズルでの思い出を運んでくる。
スィーリーンの故郷の集落は、ディズル大湿地帯の片隅にある。
大人たちは農業と細工業に従事する者ばかりで、繰り返す日々に目新しい何かを持つ者は多くない。
狭い世界にいる人々には、行商人の持ち込む商品と、彼らの持つ噂話は貴重な娯楽だった。彼らはまるで吟遊詩人のようにもてはやされ、慣れない英雄譚を口ずさむことになる。
そして彼らの口から謳われた幾つかの話の中に、スィーリーンのいっとうお気に入りのものがあった。
「かたらずのちしゃのお話をしてください!」
幼いスィーリーンが、折り目正しく礼をする。難解な肩書の意味を――そしてその言葉が良い意味だけで綴られてはいないことを――スィーリーンは理解していなかったけれど、それでもとにかく、幼い心は言っていた。未知の他国で重用されるリザードマンの同胞。かの人はまるでおとぎ話の存在のようで、カッコイイ、と。
スィーリーンの望みに従って、行商人は様々な話をしてくれた。曰く、主君を狙う敵兵をひと睨みで撃退しただとか、彼の進言ひとつで軍が劇的な勝利を飾ったとか、果ては指を振るだけで敵兵がばったばったと薙ぎ倒されたとか。眉唾な話もあったが、そこは語り部の商人たちが期待に輝くスィーリーンの瞳に応えた、善意の結果だと思いたい。
「それでお嬢ちゃん、語らずの智者の特技といったら?」
「しょうかんじゅつ!」
その話を待っていた。スィーリーンが行商人に飛びつかんばかりに身を乗り出すと、行商人も心得たとばかりに、語らずの智者が使う召喚術について語り始める。この世界とは全く別の理を生きる、恐ろしき存在クリーパー。昏き澱から這い出てきた影、それを召喚し、意のままに操り敵を薙ぐ。敵は畏れ、ひれ伏し、味方はその圧倒的な力に誰しもが羨望を向けるだろう――。
「わあ……!」
小さな両手が握られる。そうでもしないと、興奮が抑えられないような気がした。
同じリザードマンだとはいうけれど、一体どんなヒトなんだろう? 涼やか青石を据えた杖、黄昏と夜を思わせる色彩のローブ、そこから月のように主張する白金色の鱗と角――聞きかじりの情報を集めては、服を真似て遊んでみたりもした。
憧れは募り、膨れ上がって夢となる。ああ、自分も。いつか自分も、かの偉大なキャスターのように――。
ざわ、と。葉擦れの大きな音が、スィーリーンの意識を今に連れ戻す。
「……語らずの智者」
背が伸びて、たくさんの物事を学び、大人になって。そうしてその称号に込められた敬意と揶揄の両方を識って、それでも憧れは消えなかった。彼の影に追いつくべく、研鑽を重ねてきた、なのに。
「……」
――エフレムが帝国崩壊を引き起こした張本人だと知って。
信じがたい、と思った。自分を固め、未来へ向けて立たせてくれた足元が、ずぶずぶと崩れていくような気持ちがして。
改めて、手の中の石を見る。
青空か水面か、その石は見る角度によって色を変えた。傾ければ雲を写し、別の方へ向ければ葉が落とす影を取り込んで深く染まり……何も言わずに煌めいている。
(時間が要るのでしょうね)
胸に宿る迷いへ、どう決着をつけるのか。故郷の湿地帯のようにぬかるんだ心から、確たる結論に至るまでに、道を踏み固める……そのための時間が、要る。
風に揺らされ、また木の葉の影が蠢いた。
そっと目を閉じる。ざわざわと響く音は、胸の中の荒波の音がそのまま耳に届いているようで……スィーリーンは何も語らず、ただただその音を聞いていた。
装飾品づくりの道具を持ち出して、スィーリーンは外に出た。寝床を離れて町の外れまで来ると、爽やかな風の吹き抜ける丘がある。大きな木の根元に腰を下ろして、器用に糸をより合わせていくと、葉擦れの心地よい音がまるで歓迎するかのようにスィーリーンを包んでくれた。
灰色に染まった糸を太く編み、括った中に石を組み込む。透明感のある青色の石は、夏によく映えそうだ。
(やっぱりこの石にして正解でしたね)
鞄に飾ろうか、それともここから装身具に仕立てようか。自らの加工の出来に満足したスィーリーンは、ふいに石の光を覗きたくなって、出来立てのその飾りを太陽へ翳す。すると紐の結び方が甘かったのか、石はぽろりと零れて落ちた。
「ああ」
思わず声が出てしまう。空中にあるうちに慌てて掴み上げ、無事を確かめるべく指を開く。
無傷の石の反射光が、スィーリーンの掌を薄青く染めていた。
(あの方の杖の石に似ている)
自然と湧き出た感想に、スィーリーンは戸惑った。考えてしまうからと外に出たのに、結局どこにいたって思考は止められやしないのだ。
(ああ、ここは……こんな爽やかな風はディズルと似ても似つかないのに)
それなのに、風はスィーリーンへディズルでの思い出を運んでくる。
スィーリーンの故郷の集落は、ディズル大湿地帯の片隅にある。
大人たちは農業と細工業に従事する者ばかりで、繰り返す日々に目新しい何かを持つ者は多くない。
狭い世界にいる人々には、行商人の持ち込む商品と、彼らの持つ噂話は貴重な娯楽だった。彼らはまるで吟遊詩人のようにもてはやされ、慣れない英雄譚を口ずさむことになる。
そして彼らの口から謳われた幾つかの話の中に、スィーリーンのいっとうお気に入りのものがあった。
「かたらずのちしゃのお話をしてください!」
幼いスィーリーンが、折り目正しく礼をする。難解な肩書の意味を――そしてその言葉が良い意味だけで綴られてはいないことを――スィーリーンは理解していなかったけれど、それでもとにかく、幼い心は言っていた。未知の他国で重用されるリザードマンの同胞。かの人はまるでおとぎ話の存在のようで、カッコイイ、と。
スィーリーンの望みに従って、行商人は様々な話をしてくれた。曰く、主君を狙う敵兵をひと睨みで撃退しただとか、彼の進言ひとつで軍が劇的な勝利を飾ったとか、果ては指を振るだけで敵兵がばったばったと薙ぎ倒されたとか。眉唾な話もあったが、そこは語り部の商人たちが期待に輝くスィーリーンの瞳に応えた、善意の結果だと思いたい。
「それでお嬢ちゃん、語らずの智者の特技といったら?」
「しょうかんじゅつ!」
その話を待っていた。スィーリーンが行商人に飛びつかんばかりに身を乗り出すと、行商人も心得たとばかりに、語らずの智者が使う召喚術について語り始める。この世界とは全く別の理を生きる、恐ろしき存在クリーパー。昏き澱から這い出てきた影、それを召喚し、意のままに操り敵を薙ぐ。敵は畏れ、ひれ伏し、味方はその圧倒的な力に誰しもが羨望を向けるだろう――。
「わあ……!」
小さな両手が握られる。そうでもしないと、興奮が抑えられないような気がした。
同じリザードマンだとはいうけれど、一体どんなヒトなんだろう? 涼やか青石を据えた杖、黄昏と夜を思わせる色彩のローブ、そこから月のように主張する白金色の鱗と角――聞きかじりの情報を集めては、服を真似て遊んでみたりもした。
憧れは募り、膨れ上がって夢となる。ああ、自分も。いつか自分も、かの偉大なキャスターのように――。
ざわ、と。葉擦れの大きな音が、スィーリーンの意識を今に連れ戻す。
「……語らずの智者」
背が伸びて、たくさんの物事を学び、大人になって。そうしてその称号に込められた敬意と揶揄の両方を識って、それでも憧れは消えなかった。彼の影に追いつくべく、研鑽を重ねてきた、なのに。
「……」
――エフレムが帝国崩壊を引き起こした張本人だと知って。
信じがたい、と思った。自分を固め、未来へ向けて立たせてくれた足元が、ずぶずぶと崩れていくような気持ちがして。
改めて、手の中の石を見る。
青空か水面か、その石は見る角度によって色を変えた。傾ければ雲を写し、別の方へ向ければ葉が落とす影を取り込んで深く染まり……何も言わずに煌めいている。
(時間が要るのでしょうね)
胸に宿る迷いへ、どう決着をつけるのか。故郷の湿地帯のようにぬかるんだ心から、確たる結論に至るまでに、道を踏み固める……そのための時間が、要る。
風に揺らされ、また木の葉の影が蠢いた。
そっと目を閉じる。ざわざわと響く音は、胸の中の荒波の音がそのまま耳に届いているようで……スィーリーンは何も語らず、ただただその音を聞いていた。