仕立屋アリエステラにて――
キャラクターノベル制作 真柄 葉納品 2021年07月21日 10時38分54秒
青く澄んだ空。大きく山を成す雲。そして、照り付ける太陽。一年を通して温かなヴェルクリエにも、ついに暑い季節がやってきた。
アンネエルカはすっかり夏の装いに変わった露店を眺め見ながら通りを歩く。
今日は久しぶりの休日。お宿の仕事も冒険者の依頼も受けていない完全にオフの日。だから、アンネは一人街に出た。誰とも約束せず、目的地も決めず、ぶらぶらと街を散策する特別な一日にする為に。
露店が並ぶ通りを抜け、芸術家が集まる一角に差し掛かる。アトリエなどがひしめくエリアだが、今日は覗く気分じゃなかった。
アンネはくるりと向きを変え、別の道へ向かう。
運河に架かる橋を越え、自然と足が向くのはやっぱりあのお店。
里帰り――とはちょっと違うけれど、『素敵』を補充するにはあそこが一番。だってそこは――。
「今回の新作はパンツスタイルなのね。暑い季節にぴったりの素敵なデザインだわ」
店先の装飾棚を眺めながら、アンネは一人幸せな気分に浸る。
ヴェルクリエの隠れた名仕立屋『アリエステラ』。母が営むこの仕立屋であつらえられるオーダーメイドの一品たちは、着る人の体格に合わせて作る事はもちろん、その人の性格や用途までしっかりと加味してあつらえられる。
採寸だけでも普通の仕立屋の倍以上の時間をかけるのは、着る人の人となりを知る為に沢山お話をするから。一着一着丹念に精魂込めて作られる特別な一着はヴェルクリエの人達だけでなく、遠く街や国を越えてファンがいるらしい。
特に冒険者向けの衣服が秀逸で、お洋服だから防御力自体はほとんどないけど、激しい戦闘や環境、そして鎧に合うように作られた服は、機能性と運動性に優れていて、ちょっとやそっとじゃ破れるどころかほつれたりもしない。
そしてなにより、パパの作る武器との合わせが最強なの! お洒落x素敵x機能美x性能=最強! お互いの事を知り尽くしている二人が手を合わせてコーディネートするんですもの、最強の称号を欲しいままにしているわ! ……といっても、二人のお店で合わせを頼めるのは、よほどの通だけができる贅沢なのだけれど――。
「アンネ、店の前で一人うんうん頷いてどうしたの?」
なんて一人妄想を膨らませていたら、突然声がかけられた。
見れば、いつの間にかドアから顔を出していた仕立屋の主人でアンネエルカの母『メイアマーレ』が、娘の奇行を苦笑しながら見つめている。
「えっと、特に用事という用事はないのだけれど、何故だかふらっとこっちに足が向いたの」
答えたアンネは恥ずかしさを紛らわせるように舌を出すと母の元に駆け寄った。
「ふふ、おかしな子ね。よかったら寄っていく? 今仕事が一段落したところなのよ」
アンネはメイアに誘われるままに店内へと入る。暑い日差しの外から一転、ひんやりとした店内にアンネはほっと一息を着いた。
「最初は店の前を通り過ぎるだけにしようかなって思ったのだけれど、陳列棚に素敵なお洋服が見えたんですもの。これは足を止めないわけにはいかないわ」
「ふふ、ありがとう。そう言ってくれるのはアンネだけよ」
「そんなことないわ! 皆ここのお洋服が大好きって言っているもの!」
「そう? それじゃ今度その皆を連れてきてもらおうかしら」
「任せて、たっくさん連れてくるから!」
ぐっと拳を握ったアンネに、メイアは優しい笑みを返す。
「そうだ。折角来たんだし、久しぶりに看板娘でもやっていかない? アンネったら、お宿ばかりでうちではあまりやってくれないんですもの」
「そんな事はないと思うのだけれど……そうね。久しぶりにママのお手伝いでも――」
「うん?」
言葉を止めたアンネに、メイアは首を傾げた。
「やっぱりしないわ。だって、私は冒険者ですもの。安い仕事は受けないのよ?」
「あら、それは失礼しました冒険者さん」
言って二人はくすくすと笑い合う。
「では、どうでしょう冒険者さん。試着権と引き換えに、一日看板娘をしていただくというのは」
まるで貴人に対する様な慇懃な仕草でアンネに提案するメイア。それを聞いたアンネの耳がピコンと跳ねた。
「試着権? もしかしてもしかして……新作が他にもあるのねっ!?」
「ええ、お得意様に頼まれたサマーワンピーズなんだけど、候補が3つあってどれをお納めしようか悩んでいるのよ」
「3つも!?」
困ってるのとわざとらしく話すメイアに、アンネは瞳を輝かせ店の奥を見る。
「お客様には信頼しているから全てを任せるって言われているんだけど、お孫さんへのプレゼントみたいだから、出来れば最高の夏をプレゼントしてあげたいじゃない。それで――ってアンネ?」
「これね! あぁ……素敵、どの子も素敵ね、ママ! 私としてはこの青の子がとてもいいと思うの! 夏の空をイメージした澄んだ青が鮮烈だし、スカートの裾に入っている白はきっと入道雲ね! あー、でもでも、こっちの緑の子も――」
「あらあら、まだお話の途中ですよ、冒険者さん」
奥の作業場から聞こえた声にメイアは肩を竦め、後を追った。
●
「そうそう、そういえば先日ね、楽しい事があったのよ」
「楽しい事?」
新作のワンピースをどれから着ようかと迷っているアンネに、メイアは柔らかい笑みを浮かべながら話しかける。
毎日が楽しいと日頃から豪語している母が、わざわざそんな事を言うのは、よほどのことかもしれない。アンネはワンピースに視線を向けながらも母の話の続きを待った。
「そうなの。実はね――」
メイアが話したのは、つい先日の出来事。
ヴェルクリエでも名の知れた商会の跡取りだという男が持ち込んだ商談の話だった。「商談の話?」と首をかしげるアンネにメイアは話を続ける。
ヴェルクリエで雑貨商を営む商会の跡取りの突然の訪問があったのはほんの数日前。いきなりの訪問に最初は困惑したけど、男が話す商談の内容、そして何よりこのお店の担当の話を聞いて思わず首を縦に振ったそうだ。
「担当さん?」
アンネは思わず問いかけた。商会の名前は知っているし、取り扱っている商品はどれも素敵なものばかり。でもそれだけで仕入れを決める程、メイアは商売に対して甘くない。だからこそ、商談の決め手となった担当とは誰だろうと、アンネは不思議に思った。メイアが即決するほどの担当なんて想像もできない。もしかしてお得意様の一人なのだろうか。
「ふふ、アンネも知っている子よ」
そんな事を思っていたら、メイアが嬉しそうに話した。
「え、私も?」
「知り合いやお友達ではないけど……そうね、ずっと古くからの顔見知りよ」
「顔見知り……? ええっ、誰かしら、そんな子いたかしら……」
「ふふ、紫色の瞳がとても綺麗な子よ」
楽しそうに微笑むメイアに、アンネは服を選ぶのも忘れて考え込んだ。
ずっと古くからの顔見知り……という事はお店によく来ていた人? 常連さんの誰かかしら……でも、メイアは『子』といった。という事は自分とそれほど変わらない年齢のはずで……。
「あ……」
と、母の話す担当の特徴を聞いたアンネは、とある人物に思い当たった。
「もしかして……いつもこのお店に来ていたあの子かしら? 装飾棚に張り付いて目を輝かせていた」
「正解。よく覚えていたわね」
「もちろん覚えているわ。いつも目を輝かせながらママの作ったお洋服を見つめていたもの。そうなのね……あの子が商会の子だったなんて」
アンネエルカはすっかり夏の装いに変わった露店を眺め見ながら通りを歩く。
今日は久しぶりの休日。お宿の仕事も冒険者の依頼も受けていない完全にオフの日。だから、アンネは一人街に出た。誰とも約束せず、目的地も決めず、ぶらぶらと街を散策する特別な一日にする為に。
露店が並ぶ通りを抜け、芸術家が集まる一角に差し掛かる。アトリエなどがひしめくエリアだが、今日は覗く気分じゃなかった。
アンネはくるりと向きを変え、別の道へ向かう。
運河に架かる橋を越え、自然と足が向くのはやっぱりあのお店。
里帰り――とはちょっと違うけれど、『素敵』を補充するにはあそこが一番。だってそこは――。
「今回の新作はパンツスタイルなのね。暑い季節にぴったりの素敵なデザインだわ」
店先の装飾棚を眺めながら、アンネは一人幸せな気分に浸る。
ヴェルクリエの隠れた名仕立屋『アリエステラ』。母が営むこの仕立屋であつらえられるオーダーメイドの一品たちは、着る人の体格に合わせて作る事はもちろん、その人の性格や用途までしっかりと加味してあつらえられる。
採寸だけでも普通の仕立屋の倍以上の時間をかけるのは、着る人の人となりを知る為に沢山お話をするから。一着一着丹念に精魂込めて作られる特別な一着はヴェルクリエの人達だけでなく、遠く街や国を越えてファンがいるらしい。
特に冒険者向けの衣服が秀逸で、お洋服だから防御力自体はほとんどないけど、激しい戦闘や環境、そして鎧に合うように作られた服は、機能性と運動性に優れていて、ちょっとやそっとじゃ破れるどころかほつれたりもしない。
そしてなにより、パパの作る武器との合わせが最強なの! お洒落x素敵x機能美x性能=最強! お互いの事を知り尽くしている二人が手を合わせてコーディネートするんですもの、最強の称号を欲しいままにしているわ! ……といっても、二人のお店で合わせを頼めるのは、よほどの通だけができる贅沢なのだけれど――。
「アンネ、店の前で一人うんうん頷いてどうしたの?」
なんて一人妄想を膨らませていたら、突然声がかけられた。
見れば、いつの間にかドアから顔を出していた仕立屋の主人でアンネエルカの母『メイアマーレ』が、娘の奇行を苦笑しながら見つめている。
「えっと、特に用事という用事はないのだけれど、何故だかふらっとこっちに足が向いたの」
答えたアンネは恥ずかしさを紛らわせるように舌を出すと母の元に駆け寄った。
「ふふ、おかしな子ね。よかったら寄っていく? 今仕事が一段落したところなのよ」
アンネはメイアに誘われるままに店内へと入る。暑い日差しの外から一転、ひんやりとした店内にアンネはほっと一息を着いた。
「最初は店の前を通り過ぎるだけにしようかなって思ったのだけれど、陳列棚に素敵なお洋服が見えたんですもの。これは足を止めないわけにはいかないわ」
「ふふ、ありがとう。そう言ってくれるのはアンネだけよ」
「そんなことないわ! 皆ここのお洋服が大好きって言っているもの!」
「そう? それじゃ今度その皆を連れてきてもらおうかしら」
「任せて、たっくさん連れてくるから!」
ぐっと拳を握ったアンネに、メイアは優しい笑みを返す。
「そうだ。折角来たんだし、久しぶりに看板娘でもやっていかない? アンネったら、お宿ばかりでうちではあまりやってくれないんですもの」
「そんな事はないと思うのだけれど……そうね。久しぶりにママのお手伝いでも――」
「うん?」
言葉を止めたアンネに、メイアは首を傾げた。
「やっぱりしないわ。だって、私は冒険者ですもの。安い仕事は受けないのよ?」
「あら、それは失礼しました冒険者さん」
言って二人はくすくすと笑い合う。
「では、どうでしょう冒険者さん。試着権と引き換えに、一日看板娘をしていただくというのは」
まるで貴人に対する様な慇懃な仕草でアンネに提案するメイア。それを聞いたアンネの耳がピコンと跳ねた。
「試着権? もしかしてもしかして……新作が他にもあるのねっ!?」
「ええ、お得意様に頼まれたサマーワンピーズなんだけど、候補が3つあってどれをお納めしようか悩んでいるのよ」
「3つも!?」
困ってるのとわざとらしく話すメイアに、アンネは瞳を輝かせ店の奥を見る。
「お客様には信頼しているから全てを任せるって言われているんだけど、お孫さんへのプレゼントみたいだから、出来れば最高の夏をプレゼントしてあげたいじゃない。それで――ってアンネ?」
「これね! あぁ……素敵、どの子も素敵ね、ママ! 私としてはこの青の子がとてもいいと思うの! 夏の空をイメージした澄んだ青が鮮烈だし、スカートの裾に入っている白はきっと入道雲ね! あー、でもでも、こっちの緑の子も――」
「あらあら、まだお話の途中ですよ、冒険者さん」
奥の作業場から聞こえた声にメイアは肩を竦め、後を追った。
●
「そうそう、そういえば先日ね、楽しい事があったのよ」
「楽しい事?」
新作のワンピースをどれから着ようかと迷っているアンネに、メイアは柔らかい笑みを浮かべながら話しかける。
毎日が楽しいと日頃から豪語している母が、わざわざそんな事を言うのは、よほどのことかもしれない。アンネはワンピースに視線を向けながらも母の話の続きを待った。
「そうなの。実はね――」
メイアが話したのは、つい先日の出来事。
ヴェルクリエでも名の知れた商会の跡取りだという男が持ち込んだ商談の話だった。「商談の話?」と首をかしげるアンネにメイアは話を続ける。
ヴェルクリエで雑貨商を営む商会の跡取りの突然の訪問があったのはほんの数日前。いきなりの訪問に最初は困惑したけど、男が話す商談の内容、そして何よりこのお店の担当の話を聞いて思わず首を縦に振ったそうだ。
「担当さん?」
アンネは思わず問いかけた。商会の名前は知っているし、取り扱っている商品はどれも素敵なものばかり。でもそれだけで仕入れを決める程、メイアは商売に対して甘くない。だからこそ、商談の決め手となった担当とは誰だろうと、アンネは不思議に思った。メイアが即決するほどの担当なんて想像もできない。もしかしてお得意様の一人なのだろうか。
「ふふ、アンネも知っている子よ」
そんな事を思っていたら、メイアが嬉しそうに話した。
「え、私も?」
「知り合いやお友達ではないけど……そうね、ずっと古くからの顔見知りよ」
「顔見知り……? ええっ、誰かしら、そんな子いたかしら……」
「ふふ、紫色の瞳がとても綺麗な子よ」
楽しそうに微笑むメイアに、アンネは服を選ぶのも忘れて考え込んだ。
ずっと古くからの顔見知り……という事はお店によく来ていた人? 常連さんの誰かかしら……でも、メイアは『子』といった。という事は自分とそれほど変わらない年齢のはずで……。
「あ……」
と、母の話す担当の特徴を聞いたアンネは、とある人物に思い当たった。
「もしかして……いつもこのお店に来ていたあの子かしら? 装飾棚に張り付いて目を輝かせていた」
「正解。よく覚えていたわね」
「もちろん覚えているわ。いつも目を輝かせながらママの作ったお洋服を見つめていたもの。そうなのね……あの子が商会の子だったなんて」