旅立つ理由
キャラクターノベル制作 真柄 葉納品 2021年07月19日 11時17分17秒
帝国北部、北壁山脈にほど近い小さな街『ヤーデ』。元は銀狐のハーフビースト達が住まう小さな集落だったが、エーテルを含む鉱石が発見されたことで帝国人が押し寄せ、街は鉱山街として発展した。
元居た住民達は利を狙う帝国人に街の一角に押しやられ、劣悪な環境での生活を強いられていた。
街は帝国人が支配し、元の住民達は仕事らしい仕事にもあり付けない。日々の食い扶持を稼ぐのが精一杯。そんな最底辺の生活がセツリの全てだった。
最底辺の仕事、経験も知恵も何もいらない、体力と時間を使った分だけ賃金に変わる。それだけの仕事。生来の怪力持ちであったセツリは、その人並離れた体力を使い仕事をこなす。貧しい家族の生活は、セツリの細腕にかかっていた。
「ここに置いておきます」
いつものルート。いつもの荷物。16になったセツリは今日も変わらぬ仕事に勤しむ。
大の大人でも一つ抱えるのがやっとの木箱を三つ、店の軒先に置いた。
「あ、ああ。今日もありがとう」
その仕事ぶりに荷を受け取った親父が顔を引きつらせる。
店員は街の隅に巣食う人と獣の混じった異様の娘に、憐憫半分侮蔑半分の視線を向け、手垢に塗れた銅貨を箱の分だけ渡した。
「ありがとうございます」
抑揚なく礼を言ったセツリはそのまま店を去ると、次の仕事場所へ向かった。
●
「いつもすまないな」
「いえ、仕事ですから」
気の弱そうな青年が運び賃を手渡してくる。
「……あの、数が合いません」
手のひらに感じる硬質の感触は箱の数より多い。セツリは首をひねりつつ店員の青年を見上げた。
「き、気にしないで、いつもありがとう」
「……はぁ」
セツリは掌に視線を落とす。運んできた木箱は5つ。銅貨の数は7つ。2つ多い。
何故お礼を言われるのかわからないが、どうやらこれはもらえるらしい。
「それで、うちの商品を買ってくれればいいからさ」
「商品……」
青年に言われ、ここが食料品店なのだという事を思い出した。
「なるほど、買い物をさせて、余分に与えた硬貨を回収する、そう言う訳ですね」
「い、いや、別にうちじゃなくてもいいんだけど。ほら、うちなら少しくらいおまけできるから……」
不思議そうに見上げるセツリに、青年は顔を寄せ小声で話す。
「よくわかりませんが、購入すればいいのですね。では、燕麦をお願いします」
「燕麦……? 小麦じゃなくていいのか?」
「小麦……? ああ、あのよくわからない白い粉ですね。結構です。燕麦をください」
「よくわからないって……パンの材料だよ?」
「パン? よくわかりませんね。売ってもらえないのであれば別のお店へ行きます」
「わわっ! わかった、ちょっと待ってて!」
自分の店で買えと言っておきながらよくわからないものを勧めてくる青年。セツリは店の中に消えた青年を訝しみながらも戻ってくるのをじっと待った。
「へぇ、あんたかい。噂の子は」
しばらく待っていたら、路地の先から声が聞こえた。
見れば見た事もない服を着崩した女が立っている。
「ねぇ、あんた。こんな所で何をやってるんだい?」
「何を、と言われましても、先ほど頂いた賃金が多かったのでお店に還元する為、燕麦を購入し待っている所ですが」
コツコツとよくわからない靴を鳴らし近寄ってきた女にセツリは懇切丁寧に現状を説明した。
「は? 燕麦、なんでそんなもん買ってるんだい? 家畜の餌か何かかい?」
「む。残念ながら、家畜を飼育できる程、我が家に余裕はありません。燕麦は我が家のご馳走です」
「ご馳走……そうかい、流石『獣混じり』」
気を悪くしたセツリの事など気にもせず、女はニヤリと真っ赤な唇を釣り上げる。
そして、不躾にセツリの顎をくいっと持ち上げた。
「……ふーん、悪くないじゃないか」
「これはなんの真似でしょうか。離していただけますか」
「ねぇ、アンタ、名前は?」
「私はセツリと言います。それが何か」
「セツリ……いいね」
女は名前を聞きだすとようやくセツリの顎を解放する。
セツリは女に触られていた所がなんとなく嫌だったので、顎をごしごしと擦った。
「ねぇ、セツリ。美味しいものを食べたくないかい?」
「はい? 美味しいものとは燕麦でしょうか。それなら今購入しましたので大丈夫です」
「ぷっ! 燕麦なんかよりもっともっと美味いものさ」
「む……そんなものがあるのですか?」
燕麦を馬鹿にされたようで少し不機嫌になったセツリだったが、食への探求心がないわけではない。女の言葉に興味を惹かれ問いかけた。
「もちろんさ。香ばしく焼けた小麦のパン。そこに生ハムをスライスして載せて、極めつけにチーズさ。もう、頬っぺたが落ちるほどうまいさね」
「……よくわからないので、共用語でお願いします」
身振り手振り迄添えて美味をアピールする女に対し、セツリは眉間に皺を寄せた。
「はは、こりゃ筋金入りだね。いいよ、わかりやすく教えてあげる」
女は呆れるように言うとセツリに囁きかける。
「食べた事もない様な美味しいものを食べるために、もっと楽に稼げる方法があるんだけど、興味ないかい?」
「仕事の種類でしょうか。残念ながら、学も無く字も知らないので、私にはこれしかありません」
と、セツリは積まれていた箱を3つ軽々と持ち上げて見せる。
「はは、そんなつまらない仕事なんて今日で終わりさ。それに、あんたはもっといいものを持ってるじゃないか」
女は箱を下したセツリに近づくと、腹部に指をあてた。
そして、そのままセツリの上半身に向け這わせる。
「思った通り、引き締まったいい身体じゃないかい」
「はぁ、これしか取り柄がないもので」
セツリは体の鍛え方を言われていると思い答えるが、女はニヤリと口元を歪めた。
「そうかい、身体しか取り柄がねぇ。いいね、そう言う子は好きだよ」
一体何がわかっているのか、セツリは腹部から胸部にまで上がってきた女の指を見下ろす。
「あの、くすぐったいのでやめてもらいたいのですが」
「ふむ、感度も悪くないね。いいよ、ますます気に入った」
自分のどこに気に入られる要素がわからず、セツリは首をかしげる。
服は麻のボロ。水浴びもまともにできないので、顔や体は土埃と垢で汚れている。髪は――唯一の自慢だけど、最近は伸ばし放題。この街にはどこにでもいるただの労働力でしかない。
それに視力の悪いセツリは、物を見る時目を寄せる癖があり人相も悪い。
「家族もいるんだろう? 私のいう事を聞けば、金を稼いで家族に楽をさせてやれる」
「家族を……」
そう言われれば心が揺れてしまう。毎日セツリの帰りを待っているやせた家族たち。
その姿が脳裏に浮かび、セツリは思わず声を上げていた。
「お金を稼ぎたいです」
「ふふふ、そうかい。それじゃ早速――」
「ま、待て!」
女がセツリの手を取ろうとしたそんな時だった。燕麦を抱えて戻ってきたあの店員が現れたのは。
「ちっ、なんだいあんたは。邪魔しないでもらえるかい。こっちは商売の話をしているんだ」
「その子に何をさせるつもりだ!」
「あんたには関係ないだろう。私はこの子に仕事を紹介するだけさ」
女は青年に憎々しげに視線を送ると、ぼーっとしていたセツリの手を取った。
「さぁ、行こうかね」
生返事なセツリは女に引かれるままに路地の出口へ向かう。
元居た住民達は利を狙う帝国人に街の一角に押しやられ、劣悪な環境での生活を強いられていた。
街は帝国人が支配し、元の住民達は仕事らしい仕事にもあり付けない。日々の食い扶持を稼ぐのが精一杯。そんな最底辺の生活がセツリの全てだった。
最底辺の仕事、経験も知恵も何もいらない、体力と時間を使った分だけ賃金に変わる。それだけの仕事。生来の怪力持ちであったセツリは、その人並離れた体力を使い仕事をこなす。貧しい家族の生活は、セツリの細腕にかかっていた。
「ここに置いておきます」
いつものルート。いつもの荷物。16になったセツリは今日も変わらぬ仕事に勤しむ。
大の大人でも一つ抱えるのがやっとの木箱を三つ、店の軒先に置いた。
「あ、ああ。今日もありがとう」
その仕事ぶりに荷を受け取った親父が顔を引きつらせる。
店員は街の隅に巣食う人と獣の混じった異様の娘に、憐憫半分侮蔑半分の視線を向け、手垢に塗れた銅貨を箱の分だけ渡した。
「ありがとうございます」
抑揚なく礼を言ったセツリはそのまま店を去ると、次の仕事場所へ向かった。
●
「いつもすまないな」
「いえ、仕事ですから」
気の弱そうな青年が運び賃を手渡してくる。
「……あの、数が合いません」
手のひらに感じる硬質の感触は箱の数より多い。セツリは首をひねりつつ店員の青年を見上げた。
「き、気にしないで、いつもありがとう」
「……はぁ」
セツリは掌に視線を落とす。運んできた木箱は5つ。銅貨の数は7つ。2つ多い。
何故お礼を言われるのかわからないが、どうやらこれはもらえるらしい。
「それで、うちの商品を買ってくれればいいからさ」
「商品……」
青年に言われ、ここが食料品店なのだという事を思い出した。
「なるほど、買い物をさせて、余分に与えた硬貨を回収する、そう言う訳ですね」
「い、いや、別にうちじゃなくてもいいんだけど。ほら、うちなら少しくらいおまけできるから……」
不思議そうに見上げるセツリに、青年は顔を寄せ小声で話す。
「よくわかりませんが、購入すればいいのですね。では、燕麦をお願いします」
「燕麦……? 小麦じゃなくていいのか?」
「小麦……? ああ、あのよくわからない白い粉ですね。結構です。燕麦をください」
「よくわからないって……パンの材料だよ?」
「パン? よくわかりませんね。売ってもらえないのであれば別のお店へ行きます」
「わわっ! わかった、ちょっと待ってて!」
自分の店で買えと言っておきながらよくわからないものを勧めてくる青年。セツリは店の中に消えた青年を訝しみながらも戻ってくるのをじっと待った。
「へぇ、あんたかい。噂の子は」
しばらく待っていたら、路地の先から声が聞こえた。
見れば見た事もない服を着崩した女が立っている。
「ねぇ、あんた。こんな所で何をやってるんだい?」
「何を、と言われましても、先ほど頂いた賃金が多かったのでお店に還元する為、燕麦を購入し待っている所ですが」
コツコツとよくわからない靴を鳴らし近寄ってきた女にセツリは懇切丁寧に現状を説明した。
「は? 燕麦、なんでそんなもん買ってるんだい? 家畜の餌か何かかい?」
「む。残念ながら、家畜を飼育できる程、我が家に余裕はありません。燕麦は我が家のご馳走です」
「ご馳走……そうかい、流石『獣混じり』」
気を悪くしたセツリの事など気にもせず、女はニヤリと真っ赤な唇を釣り上げる。
そして、不躾にセツリの顎をくいっと持ち上げた。
「……ふーん、悪くないじゃないか」
「これはなんの真似でしょうか。離していただけますか」
「ねぇ、アンタ、名前は?」
「私はセツリと言います。それが何か」
「セツリ……いいね」
女は名前を聞きだすとようやくセツリの顎を解放する。
セツリは女に触られていた所がなんとなく嫌だったので、顎をごしごしと擦った。
「ねぇ、セツリ。美味しいものを食べたくないかい?」
「はい? 美味しいものとは燕麦でしょうか。それなら今購入しましたので大丈夫です」
「ぷっ! 燕麦なんかよりもっともっと美味いものさ」
「む……そんなものがあるのですか?」
燕麦を馬鹿にされたようで少し不機嫌になったセツリだったが、食への探求心がないわけではない。女の言葉に興味を惹かれ問いかけた。
「もちろんさ。香ばしく焼けた小麦のパン。そこに生ハムをスライスして載せて、極めつけにチーズさ。もう、頬っぺたが落ちるほどうまいさね」
「……よくわからないので、共用語でお願いします」
身振り手振り迄添えて美味をアピールする女に対し、セツリは眉間に皺を寄せた。
「はは、こりゃ筋金入りだね。いいよ、わかりやすく教えてあげる」
女は呆れるように言うとセツリに囁きかける。
「食べた事もない様な美味しいものを食べるために、もっと楽に稼げる方法があるんだけど、興味ないかい?」
「仕事の種類でしょうか。残念ながら、学も無く字も知らないので、私にはこれしかありません」
と、セツリは積まれていた箱を3つ軽々と持ち上げて見せる。
「はは、そんなつまらない仕事なんて今日で終わりさ。それに、あんたはもっといいものを持ってるじゃないか」
女は箱を下したセツリに近づくと、腹部に指をあてた。
そして、そのままセツリの上半身に向け這わせる。
「思った通り、引き締まったいい身体じゃないかい」
「はぁ、これしか取り柄がないもので」
セツリは体の鍛え方を言われていると思い答えるが、女はニヤリと口元を歪めた。
「そうかい、身体しか取り柄がねぇ。いいね、そう言う子は好きだよ」
一体何がわかっているのか、セツリは腹部から胸部にまで上がってきた女の指を見下ろす。
「あの、くすぐったいのでやめてもらいたいのですが」
「ふむ、感度も悪くないね。いいよ、ますます気に入った」
自分のどこに気に入られる要素がわからず、セツリは首をかしげる。
服は麻のボロ。水浴びもまともにできないので、顔や体は土埃と垢で汚れている。髪は――唯一の自慢だけど、最近は伸ばし放題。この街にはどこにでもいるただの労働力でしかない。
それに視力の悪いセツリは、物を見る時目を寄せる癖があり人相も悪い。
「家族もいるんだろう? 私のいう事を聞けば、金を稼いで家族に楽をさせてやれる」
「家族を……」
そう言われれば心が揺れてしまう。毎日セツリの帰りを待っているやせた家族たち。
その姿が脳裏に浮かび、セツリは思わず声を上げていた。
「お金を稼ぎたいです」
「ふふふ、そうかい。それじゃ早速――」
「ま、待て!」
女がセツリの手を取ろうとしたそんな時だった。燕麦を抱えて戻ってきたあの店員が現れたのは。
「ちっ、なんだいあんたは。邪魔しないでもらえるかい。こっちは商売の話をしているんだ」
「その子に何をさせるつもりだ!」
「あんたには関係ないだろう。私はこの子に仕事を紹介するだけさ」
女は青年に憎々しげに視線を送ると、ぼーっとしていたセツリの手を取った。
「さぁ、行こうかね」
生返事なセツリは女に引かれるままに路地の出口へ向かう。