友として、仲間として、恋人として
キャラクターノベル(グループ)制作 革酎納品 2021年07月16日 10時48分20秒
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その古民家が、いつ頃からそこにあったのかは誰も知らない。
とある集落を過ぎてから街道を脇道に逸れてゆくと、森にぶつかる。穏やかな緑に囲まれたその一角に分け入ってゆくと、シルトラース様式の古い建築物が見えてくる。
睡狼邸と名付けられたその建物は、かつてはそれなりの身分の者が住居として使用していたことが伺える。現在は外壁の大半が蔦に覆い尽くされ、ともすれば近隣を行き交う旅人が廃墟と見紛うこともあるとか、無いとか。
だが、ひとの気配はある。のみならず、静かな獣の息遣いも時折、漏れ聞こえてくることがあった。
「ふぅ……半月ぶりだね」
玄関先のポーチにゆったりと佇むテス・クラルスは、懐かしげに左右へと視線を巡らせた。
傍らでふたり分の荷物を床に降ろしていたロイ・アウレアは、金の襟巻毛が美しい漆黒の相棒ルプスの為に水筒の中身を皿に満たして、その鼻先にそっと置いてやった。
「それにしてもハードな二週間だったな。隊の皆も相当キツかっただろけど、オレも久々にバテたよ」
「ロイは何事にも一所懸命過ぎるから……」
悪戯っぽい笑みを返しながら、テスは我が家の扉を押し開いた。
ロモズ歩兵団にて追加の副長選抜考査が実施されたのが、二週間と少し前。
この選抜考査を受験したテスは、ロイが率いる遊兵4番隊の副長に採用された。先任副長ジリアン・コルヴァはテスの就任を部下共々、心から歓迎してくれた。
その際、ロイがテスのことをかつての師匠だから技量的には安心して欲しい旨を語ると、ジリアン以下遊兵4番隊のテスに対する態度が一変した。
ジリアンと隊員達はテスを副長ではなく、先生と呼び始めたのである。これには流石にテスも、そしてロイもただただ仰天するばかりであった。
「そらぁ隊長、先生とお呼びせなあきませんやろ」
ジリアンはからりと笑った。彼女は、シルトラース帝国内では決して珍しくない平原地帯の遊牧民部族出身であった。そして遊兵4番隊の他の面々も全て、ジリアンと同じ部族出身である。
彼らはその率直さと朴訥さに於いては他の民族よりも遥かに抜きんでているのでは、とロイは時折その様に感じることがあった。
目の前の事実をありのままに受け入れ、ひとたび傑物と認めた人物には徹底的に追従する気質――ジリアンの部族は、隊長ロイと副長テスを心の奥底から受け入れる腹を固めたと見て良かった。
●
テスは遊兵4番隊の面々をよく知りたいと願い、約半月程、彼らと寝食を共にした。
ただ一緒に生活するだけではなく、テスが自ら考案した訓練メニューを彼らに提案した。ロイの為に、本気でこの隊を強くしたいと願うテスの想いを、隊員達は真正面から受け止めた。
「先生、ちょっとこれキツくないですかぁ!?」
「おにー! 先生、マジ鬼っすー!」
訓練の最中、そこかしこで笑いを含んだ悲鳴や奇声が飛び交ったが、彼らは誰ひとりとして本気で不平を並べる様なことはしなかった。
「久々に大勢と一緒に過ごせて楽しかったな」
「けど、彼らが肉の取り合いで揉めてた時には、流石のテスもお前ら年幾つだって顔してたっけ」
睡狼邸のリビングでソファーにくつろぎながらノートを開くテスに、ロイは肩を竦めて苦笑を向けた。
テスが手にしているノートは、随分とボロボロだ。そこには遊兵4番隊員達の名前や特徴、個人評価等が事細かに書き連ねてある。だが、このノートも最早不要だ。今やテスは彼らの顔と名前のみならず、声や性格、得意とするところや技術の修練度等を全て頭の中に叩き込んでいた。
これ程の把握力を発揮しているのだからと、当初ロイは、テスこそが隊長に相応しいとの考えを抱いていた。が、テスにはその気が無かった。寧ろ、逆だ。テスはロイが率いている隊だからこそと、副長に応募した。ロイの方針と隊への想いを何よりも大切にしたかったのだ。
ロイは、テスのそんな心遣いが嬉しかった。その想いを受け、副長テスを素直に受け入れる気にもなった。
そしてその判断に、間違いは無かった。
「テスが入ってくれたことで、彼らとの距離が随分、近くなった様な気がする」
揃ってソファーに腰を下ろし、ふたりでノートを繰りながらロイは大きく吐息を漏らした。これまでは隊長と隊員達という関係だったのだが、先生テスが間に入ることで、双方の親しみが何倍にも膨れ上がった様な気がしたのだ。
「ロイも彼等と一緒になって、死ぬだのキツいだの、散々に吠えてたしね」
「うん、まぁ、それもあるだろうけど」
ロイの肩に体重を預けながら、テスが悪戯っぽく笑う。ロイも苦笑を禁じ得ない。
「けど、テスもよく耐えたなぁって思う。いつもなら1日10時間寝ないと気が済まないのに、夜は9時就寝、朝は5時起きの生活だなんて、今までだったら考えられなかったよなぁ」
「あー、酷いなぁ」
テスの抗議には、穏やかな笑みが伴う。しかし今思い出してみても、テスは隊員達と共に自らも訓練を消化する毎日を、辛いとは思わなかった。
食堂では彼らの子供の様な食欲に目を細め、夜は平和な頃の思い出話に耳を傾け、遊牧民の静かでのどかな生活に想いを馳せた。
帝国崩壊以降、様々な苦難が難民や冒険者達に怒涛の勢いで襲い掛かってきた。だがこの半月、それらの辛い記憶がまるで吹き飛ぶかの様な楽しい毎日が続いた。
ロイとふたりきりで過ごす甘いひと時とはまた別種の、穏やかで笑顔に満ちた日々だった。
●
兵舎に於ける臨時合宿最終日。
ロイ、テス、ジリアンは三人だけで酒席を設けた。改めて、互いの腹を割ろうと考えたのだ。
「今後は二名体制になるが、ジリアンに不満は無い。副長としての二択なら、オレはジリアンを選ぶ」
これはロイの偽らざる心境だ。事実、隊員はロイを隊長と仰ぎ、テスを先生と呼び親しんでいるが、矢張り同じ部族出身の姉御肌ジリアンが隊員達にとっては不可欠だ。
テスはロイの考えを支持した。ロイのジリアンへの信頼を十分納得して受け入れ、その上で副長就任を拝命したのだ。何の不満があろうか。
「心配せんでも宜しいて、隊長。そんな局面は、うちらが阻止しますよって」
ジリアン達にはロイもテスも必要な存在なのだという。例えロイが、テスを切り離す様な決断を迫られる事態に陥っても、ジリアン達がテスを絶対に繋ぎ止めると胸を張った。
今後、帝国奪還戦が本格化すれば遊兵としての任務はより激しさを増し、緻密に細分化されてゆくだろう。その成功の為にはテスの力が必要になるという事実を、ジリアンはよく理解していた。
「安心して欲しい。テスは真に納得しないと動かないからこそ、味方にした時は強い御守になる」
「そらぁ隊長の先生ですもん。見てたら分かりますて」
ジリアンはヒューマンやエルフの枠を超え、テスをひとりの傑物として見ていた。その黒い瞳の奥にあるのは決して揺らぐことのない厚い信頼だった。
気が付くと、テスはロイの腕の中で穏やかな寝息を立ていた。ロイはそっとテスの面を引き寄せ、ほんの一瞬だけ、軽く唇を重ねた。
「遊兵4番隊へ、ようこそ」
激しい戦いが、待っている。命のやり取りが、ふたりを地獄に呼び寄せようとしている。
だが今は――この静かな時間を心から楽しむことにしよう。
その古民家が、いつ頃からそこにあったのかは誰も知らない。
とある集落を過ぎてから街道を脇道に逸れてゆくと、森にぶつかる。穏やかな緑に囲まれたその一角に分け入ってゆくと、シルトラース様式の古い建築物が見えてくる。
睡狼邸と名付けられたその建物は、かつてはそれなりの身分の者が住居として使用していたことが伺える。現在は外壁の大半が蔦に覆い尽くされ、ともすれば近隣を行き交う旅人が廃墟と見紛うこともあるとか、無いとか。
だが、ひとの気配はある。のみならず、静かな獣の息遣いも時折、漏れ聞こえてくることがあった。
「ふぅ……半月ぶりだね」
玄関先のポーチにゆったりと佇むテス・クラルスは、懐かしげに左右へと視線を巡らせた。
傍らでふたり分の荷物を床に降ろしていたロイ・アウレアは、金の襟巻毛が美しい漆黒の相棒ルプスの為に水筒の中身を皿に満たして、その鼻先にそっと置いてやった。
「それにしてもハードな二週間だったな。隊の皆も相当キツかっただろけど、オレも久々にバテたよ」
「ロイは何事にも一所懸命過ぎるから……」
悪戯っぽい笑みを返しながら、テスは我が家の扉を押し開いた。
ロモズ歩兵団にて追加の副長選抜考査が実施されたのが、二週間と少し前。
この選抜考査を受験したテスは、ロイが率いる遊兵4番隊の副長に採用された。先任副長ジリアン・コルヴァはテスの就任を部下共々、心から歓迎してくれた。
その際、ロイがテスのことをかつての師匠だから技量的には安心して欲しい旨を語ると、ジリアン以下遊兵4番隊のテスに対する態度が一変した。
ジリアンと隊員達はテスを副長ではなく、先生と呼び始めたのである。これには流石にテスも、そしてロイもただただ仰天するばかりであった。
「そらぁ隊長、先生とお呼びせなあきませんやろ」
ジリアンはからりと笑った。彼女は、シルトラース帝国内では決して珍しくない平原地帯の遊牧民部族出身であった。そして遊兵4番隊の他の面々も全て、ジリアンと同じ部族出身である。
彼らはその率直さと朴訥さに於いては他の民族よりも遥かに抜きんでているのでは、とロイは時折その様に感じることがあった。
目の前の事実をありのままに受け入れ、ひとたび傑物と認めた人物には徹底的に追従する気質――ジリアンの部族は、隊長ロイと副長テスを心の奥底から受け入れる腹を固めたと見て良かった。
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テスは遊兵4番隊の面々をよく知りたいと願い、約半月程、彼らと寝食を共にした。
ただ一緒に生活するだけではなく、テスが自ら考案した訓練メニューを彼らに提案した。ロイの為に、本気でこの隊を強くしたいと願うテスの想いを、隊員達は真正面から受け止めた。
「先生、ちょっとこれキツくないですかぁ!?」
「おにー! 先生、マジ鬼っすー!」
訓練の最中、そこかしこで笑いを含んだ悲鳴や奇声が飛び交ったが、彼らは誰ひとりとして本気で不平を並べる様なことはしなかった。
「久々に大勢と一緒に過ごせて楽しかったな」
「けど、彼らが肉の取り合いで揉めてた時には、流石のテスもお前ら年幾つだって顔してたっけ」
睡狼邸のリビングでソファーにくつろぎながらノートを開くテスに、ロイは肩を竦めて苦笑を向けた。
テスが手にしているノートは、随分とボロボロだ。そこには遊兵4番隊員達の名前や特徴、個人評価等が事細かに書き連ねてある。だが、このノートも最早不要だ。今やテスは彼らの顔と名前のみならず、声や性格、得意とするところや技術の修練度等を全て頭の中に叩き込んでいた。
これ程の把握力を発揮しているのだからと、当初ロイは、テスこそが隊長に相応しいとの考えを抱いていた。が、テスにはその気が無かった。寧ろ、逆だ。テスはロイが率いている隊だからこそと、副長に応募した。ロイの方針と隊への想いを何よりも大切にしたかったのだ。
ロイは、テスのそんな心遣いが嬉しかった。その想いを受け、副長テスを素直に受け入れる気にもなった。
そしてその判断に、間違いは無かった。
「テスが入ってくれたことで、彼らとの距離が随分、近くなった様な気がする」
揃ってソファーに腰を下ろし、ふたりでノートを繰りながらロイは大きく吐息を漏らした。これまでは隊長と隊員達という関係だったのだが、先生テスが間に入ることで、双方の親しみが何倍にも膨れ上がった様な気がしたのだ。
「ロイも彼等と一緒になって、死ぬだのキツいだの、散々に吠えてたしね」
「うん、まぁ、それもあるだろうけど」
ロイの肩に体重を預けながら、テスが悪戯っぽく笑う。ロイも苦笑を禁じ得ない。
「けど、テスもよく耐えたなぁって思う。いつもなら1日10時間寝ないと気が済まないのに、夜は9時就寝、朝は5時起きの生活だなんて、今までだったら考えられなかったよなぁ」
「あー、酷いなぁ」
テスの抗議には、穏やかな笑みが伴う。しかし今思い出してみても、テスは隊員達と共に自らも訓練を消化する毎日を、辛いとは思わなかった。
食堂では彼らの子供の様な食欲に目を細め、夜は平和な頃の思い出話に耳を傾け、遊牧民の静かでのどかな生活に想いを馳せた。
帝国崩壊以降、様々な苦難が難民や冒険者達に怒涛の勢いで襲い掛かってきた。だがこの半月、それらの辛い記憶がまるで吹き飛ぶかの様な楽しい毎日が続いた。
ロイとふたりきりで過ごす甘いひと時とはまた別種の、穏やかで笑顔に満ちた日々だった。
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兵舎に於ける臨時合宿最終日。
ロイ、テス、ジリアンは三人だけで酒席を設けた。改めて、互いの腹を割ろうと考えたのだ。
「今後は二名体制になるが、ジリアンに不満は無い。副長としての二択なら、オレはジリアンを選ぶ」
これはロイの偽らざる心境だ。事実、隊員はロイを隊長と仰ぎ、テスを先生と呼び親しんでいるが、矢張り同じ部族出身の姉御肌ジリアンが隊員達にとっては不可欠だ。
テスはロイの考えを支持した。ロイのジリアンへの信頼を十分納得して受け入れ、その上で副長就任を拝命したのだ。何の不満があろうか。
「心配せんでも宜しいて、隊長。そんな局面は、うちらが阻止しますよって」
ジリアン達にはロイもテスも必要な存在なのだという。例えロイが、テスを切り離す様な決断を迫られる事態に陥っても、ジリアン達がテスを絶対に繋ぎ止めると胸を張った。
今後、帝国奪還戦が本格化すれば遊兵としての任務はより激しさを増し、緻密に細分化されてゆくだろう。その成功の為にはテスの力が必要になるという事実を、ジリアンはよく理解していた。
「安心して欲しい。テスは真に納得しないと動かないからこそ、味方にした時は強い御守になる」
「そらぁ隊長の先生ですもん。見てたら分かりますて」
ジリアンはヒューマンやエルフの枠を超え、テスをひとりの傑物として見ていた。その黒い瞳の奥にあるのは決して揺らぐことのない厚い信頼だった。
気が付くと、テスはロイの腕の中で穏やかな寝息を立ていた。ロイはそっとテスの面を引き寄せ、ほんの一瞬だけ、軽く唇を重ねた。
「遊兵4番隊へ、ようこそ」
激しい戦いが、待っている。命のやり取りが、ふたりを地獄に呼び寄せようとしている。
だが今は――この静かな時間を心から楽しむことにしよう。